結ンデ開イテ羅刹ト骸 ◆tu4bghlMIw
「……テメェなにしやがンだ」
「なにを、と訊かれても」
金髪の男の手が白髪の華奢な少年の顎元に伸びる。
いや、そもそも『少年』という言葉は考えものか。彼の身体付きは一見して少女のソレと区別が付かない。
ホルモンバランスの異常か、それとも太陽光や紫外線などの外部刺激の少なさか。
アルビノのような白い髪。クリムゾンの双眸。真っ白い肌。
女と男を識別するための要素が、著しく、欠落している。断定することは、出来ない。
だが、一つだけ。乾いた唇から漏れる押し殺した声だけは、第二次性徴を迎えた男性のそれと称して間違いないだろう。
口うるさく喚くその声波だけが、彼の性別に明確な回答をもたらす。
そして――その確固たる結果こそが、二人の間に決して赦されない『禁忌』という言葉として横たわっていた。
「言ったはずだ」
場所は海風漂う海沿いの小屋。今にも崩壊してしまいそうなバラックだ。
室内に人影は二つ。潮の臭いが染みついた柱と密閉された窓。
熱く滾るような吐息と体温が部屋の温度を上昇させる。
構図は簡単だ。シンプルでそして非常に分かりやすい。
人類にとって、最も好ましく、身近で、そして欠かせない要素である――愛。
その感情を行使するにあたって、性別の差など些細な問題ではない。それだけのことだった。
「――私は君が欲しい、と」
「っっっ……!」
先のアルビノのような外見の少年へ金色の長髪を靡かせた美青年、
ゼクス・マーキスがのし掛かっていた。
対する
一方通行《アクセラレータ》の紅石のような瞳が大きく見開かれる。
そして、ゆっくりと唾液を飲み込む音。衣擦れ。遠鳴りのように響く波。絡み合う視線と肢体。
「そういう、ことなのかよ」
「ああ」
「チッ……クソが」
ごろん、と一方通行が観念したかのように背中を汚れきった板の間に預けた。
「…………好きにしろ」
「抵抗、しないのだな」
「ンだ、泣き喚いて罵声の一つでも口にしろってェのかァ?」
何故か愉しそうに、クッと一方通行が唇の端を持ち上げた。
「でもよォ、俺ァはそォいうまどろっこしいのは好きじゃねェンだ。
それとも、アレかァ。しっかり、お優しく、こォして言葉にしてやンねェと分からねェか」
日頃の彼は常に狂犬のように荒々しく、周りの者を遠ざけるような眼をしていた。
だが、彼がそんな暴虐な態度を取るには理由がある。
否。理由があるからこそ、彼の歪みは大きく、そして深刻なモノへと形を変えていたのだ。
「満足させてみろ、ってンだよ」
「ッ――」
ゼクスが唇を噛んだ。いつの間にか攻守は逆転していた。
上か下か、という単なるカタチの問題ではない。
どちらが相手を精神的に屈服させ、リードを取るかという命題。何よりも――重要なこと。
「はっ……なンだァ? 怖じ気づいたってェのかよ。
これだからお上品な血統書付きの犬は好きじゃねェ。餌が当たり前みてェに用意されるのが当然だと思ってやがる。
ちィっとばっかし焦らしてやったらすぐにコレだ。盛りの付いた野良犬みてェな眼ェしてるくせによォ。
ンだァ、そんなもンで俺のことを――っァ!?」
台詞の途中で一方通行からあまりに大袈裟な嬌声が漏れた。
「私も舐められたものだな」
「テ、メェ……!!」
一方通行を悶絶させたのは――ゼクスの指先だった。ゼクスの巧みな指技はすなわち、経験の現れである。
彼は亡国の王子という側面を持つ一方で、秘密組織OZのエースパイロットという肩書きを持っている。
光のような疾さと正確さでモビルスーツを操り、敵機を撃墜することから、付いた通り名がライトニング・カウント(閃光の伯爵)。
軍隊仕込みの熟練した技と電光石火の攻めは、たとえ学園都市最強の超能力者、レベル5の一方通行といえど一溜まりもない。
「満足させてみろ、か。よかろう。君の身体も随分と期待しているようだからな」
ゼクスの氷のような視線に一方通行は小さく口元を歪ませる。
その笑みがどのような意味を持つのか。
恐怖でもあり、不安でもあり、期待でもあり。綯い交ぜになった感情の塊が一方通行の胸の奥で熱を放っていた。
そして、混ざり合う慕情と繋いだ汗の香りにただ侵されるように――二人は堕ちていく。
「――というような情事が我々と出会うまでに繰り広げられた後であると、私は確信して止まないわけなのだが。
とはいえ、決めつけるのは良くない。出来ればお二人には採点を頼みたい所だ。
流石に出会って四時間ほどでハードコアに興ずる余裕はないと思い、かなりマイルドな方向性にしてみたのだがどうだろう。
ああっ、すまん! 本当は既に多種多様なアブノーマルプレイを経験済みなのかもしれんが、今日の私は少しばかり乙女ちっくストライクでな。
普段、自分とあまり接点のないタイプの男性が多すぎて純情路線に走ってしまった。
ちなみに、二人のタチとネコについてなのだが、コレは私としても断言しにくい所だ。
特に難しいのが一方通行≪アクセラレータ≫さん……そういえば、名簿で君の名前を見た時から気になっていたのだが、今読み方を聞いて更に驚いたよ。
いくら何でも一方通行と書いてアクセラレータと読ませるのはかなり無理があるのではないかな。
同じ厨二だとしても、恒久の氷結と書いてエターナルフォースブリザード。それくらいならば私も許せるのだが……すまんな、微妙に話が逸れた。
そのような理由で、私はフレンドリーに『一方さん』とそちらを呼びたいのだが、問題ないだろうか」
「「…………」」
ゼクス・マーキスと一方通行、
伊達政宗と
神原駿河の四人はほんの一時間ほど前に出くわしたばかりであった。
四人の
現在位置はD-6の駅周辺に建てられたデパート内のカフェテリア。
主催者に対して反抗心を持つ人物、ということで出会い自体も割合スムーズに進行した――のだが。
「なァ、コイツぶっ殺していいかァ?」
「……止めておけ」
爛々と赤い眼を輝かせ、唇をヒクヒクと震わせながら一方通行が訊いた。
あまりに明確なまでの――殺意。
ちなみに、これはあくまで駿河が外見と声から判断して展開した妄想なので、一方通行の具体的な性別に関する言及はされていない。
「意外なことに阿良々木先輩ですらBLの素養はないのだからな……カップリング論を口にしても共感を抱いて貰えないか。
次回からは私の頭の中だけに留めておくとしよう」
まさに、『全然意外じゃねぇよ!』というツッコミがどこからか聞こえて来そうなシチュエーションである。
二人の冷ややかな反応を他所に、うんうん、と勝手に頷く駿河。
思わず思考がフットーして妄想をベラベラ口にしてしまったが、ドン引きしてしまうのも仕方ないという所か。
少しは自重しよう。そんなことを駿河は思った。
「神原駿河。お前のjokeはちぃっとばかし、長すぎるぜ。大事な話をしてんだ。武芸者の話には口を出さねぇで貰いてぇ」
「とはいえ筆頭。三人ものキャラの濃い男性陣に囲まれ、私は少々焦ってしまったのだ。
何もせずボーッとしているだけでは、禁書目録(空気)になってしまうからな。
いや、放置プレイは私の主食ではあるのだが……まぁそれはいい。自己紹介も兼ねて、私に出番をくれてもいいのではないだろうか」
「Ha、ha! そいつぁ配慮が足りなかった。すまねぇな」
構図は分かりやすい。デパートの五階。
飲食エリアに設置されたカフェテリアで妙な取り合わせの四人組が額を付き合わせていた。
学園最強の超能力者――一方通行。
金髪流麗の軍服の男――ゼクス・マーキス。
青い武者鎧の戦国武将――伊達政宗。
天才バスケット少女――神原駿河。
主に会話をしているのはゼクスと政宗だ。
もちろん、彼らの話していることはかなりズレまくっている。
「頑駄無? 十尺を余裕で越えるカラクリ武者ねぇ……『戦国最強』みてぇのがゴロゴロしてるわけだな。
そいつぁスゲェ。バテレンの技術は日本より大分先に進んでるってことかい」
「……バテレン、か。私の記憶では日本に戦国武将が存在したのは数世紀以上前だったはずだが。一方通行、日本人として君の意見を聞きたい所だ」
「合ってる。伊達政宗なんざァ、五百年は昔の人間だ。どォせ、成りきりかなンかだろうがなァ」
当然、その理由は『伊達政宗』というどう見ても歴史的な人物との邂逅にある。
彼が着込んでいる甲冑と甲はまさに戦国時代のソレ。
常識的に考えれば、こんな格好をしている人間と出会えば眼を疑うのは当然だろう。
「いや、違う。おそらくコレは≪怪異≫ではないかな」
「≪怪異≫だァ?」
「そう。戦国武将、伊達政宗の≪怪異≫に取り憑かれてしまった戦國男子。それが筆頭の真の姿だ」
「はっ、憑依なんてオカルトな単語出してくるじゃねェか。
つっても、記憶操作≪マインドハウンド≫に洗脳能力≪マリオネッテ≫辺りを併用すりゃあ、似たようなもンも可能だろうがなァ」
「……超能力、か。精神に何らかの細工を施された、と解釈すれば彼のこの状態も説明出来る気もするな。
機械を用いても精神状態に大きな影響を及ぼすことは可能だ。
私の周りには≪ゼロシステム≫という神経伝達物質の分泌量をコントロールするシステムがあってだな……」
結果、三人は政宗の頭が完全におかしくなっている、という前提で話を進め始める。
一見、出会ってからほとんど時間が経っていない割に、随分と馴染んでいるように見えるが、実際はそうではない。
単純に、誰よりもツッコミ所が満載の戦国武将(しかも武将のくせに英語を話す)への懐疑が一時的な結束力を生み出していただけの話だ。
異なる世界から呼び出されている――という意識はあるものの、彼があまりにアバンギャルドな存在であるため、思わず別の方向性を模索してしまうのだ。
とはいえ――
「どうにも困った奴らだぜ。憑依? 俺がghostにでも祟られてるってぇのかい。
この奥州筆頭・伊達政宗――生まれてこの方、他人の意志に呑まれたことも、頭を弄くられた経験もねえ」
実際に――彼は本物の伊達政宗なのだから、三人の推測は完全に的外れだった。
歴史の教科書に記されている事実は完全に異なるとはいえ、そもそも史実とは後の歴史家が作り上げるものである。
戦国時代において、「Are you ready guys!?」などという英語を口癖にし、ビームを出して空を飛び回り、
ハンドルとマフラーの付いた馬イクに跨る武将が本当に存在しなかったと、百パーセントの自信でもって断言することの出来る人間は稀少だろう。
「…………あぁっ?」
「どうした筆頭。妙な声など出して。もしや急に喘いでみたい気分にでもなったのだろうか。
筆頭にそういう趣味があったのなら、喜んで私もお供させて貰うぞ。こう見えて嬌声には自信がある」
「Be Quiet! 生憎と、鳴いてる場合じゃなくなったようだ」
口元に一本指を立て、政宗が神原の戯言を静止した。
そして、徐に腰掛けていた椅子から立ち上がると懐から取りだしたドラムスティックをまるで投げナイフのように投擲した。
丁度、政宗にとっての真後ろ、階下へと通じる階段のある方向だ。
空を飛ぶ燕のように真っ直ぐ飛んでいったドラムスティックは――ドッ、と鈍い音を立ててコンクリートの壁に突き刺さる。
「Hey! HIDE and SEEKは止めにしようぜ!」
「きゃっ!!」
第五の人間の声、である。単純な感覚の鋭敏さではこの面子の中では政宗が最も優れている。
能力をセーブされている一方通行や、モビルスーツ戦闘が専門分野であるゼクスは周囲に気を配る動作に慣れていない。
基本的には運動神経の良い少女であるだけの神原など、尚更だ。
政宗が一番最初に来訪者の気配を察知することは、半ば当然とも言えた。
「な、な、何するのよぉーっ!! 危ないじゃないっ!!!」
「Oh,Sorry……っと!?」
現れた少女に叱責され、肩をすぼめ、謝罪の言葉を口にするもソレはすぐさま驚愕の呻きに形を変えた。
とはいえ、彼女の登場に眼を剥いたのは政宗だけではなかった。
ゼクスも一方通行も、実際、我が眼を疑わずにはいられなかったのだから。
なぜなら、頬を膨らませ、こちらへ歩み寄る少女の格好が――極めて露出度の高いビキニしか身につけていなかったのである。
「なンだァ、ありゃあ……頭おかしいンじゃねェか。髪の色もピンクだしなァ」
「…………一方さん」
「あン?」
怪訝な顔つきで神原に声を掛けられた一方通行が振り向く。
彼の名前はあくまで≪アクセラレータ≫であり、≪いっぽうつうこう≫ではない。
故に神原駿河の口から本当に宣言通りに放たれた≪いっぽうさん≫という呼称は、何とも座りが悪い。
頬を赤らめ、妙にソワソワし始めた駿河が言った。
「――あの女の子、物凄くエロ可愛いと思わないか?」
「……知らねェよ」
補足するまでもないが、神原駿河にとってBLを嗜む腐女子という属性は単なる一側面に過ぎない。
彼女はそれ以外でも多彩な性癖を持ち合わせている。つまり、分かりやすく言うと――
「なっ……そうか、一方さんはもしや、阿良々木先輩すら持ち得なかったBL属性を……!?
先程の激高は事実を指摘された故のツンデレ……そう考えれば辻褄が合う」
「……ふざけンな、腐れ女。勝手に妄想してンじゃねェよ」
「ちなみに、私はレズだ」
「…………勝手に言ってろ」
神原駿河は生粋の変態なのである。
▽
「さてと……長居したな。情報交換も終わったし、俺はそろそろお暇させて貰うぜ」
あまりに数が多いから、ということで一方通行が投げて寄越した缶コーヒーを飲み干した政宗がそう呟いた。
「筆頭!? いきなり何を言い出しているんだ!?」
しかし、立ち上がった政宗へ、隣の駿河が信じられないモノを目撃したかのような言葉を投げ掛ける。
とはいえ、政宗自身は彼女が何故こんな態度を取るのか分からなかったらしい。
「Huhn?」と不思議そうな顔をして、彼女を眺めた。
「まだ私と
プリシラさんが話を始めてから二十一分しか経っていないのだぞ!?」
神原がバンッ、と右手で机を叩いた。あまりにも無駄に激しい主張であった。
そんな彼女の態度を見て、プリシラは首を傾げた。
何故、家でデュオ達を待っていることを約束したプリシラがデパートにいるのか、その理由は単純だ。
まず、彼女達の待ち合わせ場所とこのデパートが目と鼻の先に位置している点。
そして、これが最も重要な理由ではあるのだが――水着以外の服が入手したかった、ということだ。
ちょっとだけなら、いいよね。
プリシラはそんなことを思い、一切の衣服が存在しなかった民家を後にし、すぐ見える場所にあったデパートへと訪れたのだ。
そして、その途中で政宗達一行と出くわしたことになる。
「Ha、誰に付いていくかは神原駿河、お前の勝手だ。頭を変えたいってんなら俺は止めねぇ。
顰め面されるだろうが、ゼクス達に厄介になるのも悪くねぇだろう。今のCOFFEEみてぇに甘い道程を行こうってわけじゃねぇんだ」
「むぅ……筆頭の一転攻勢にさしもの私も困り果ててしまうな……」
チラリ、と名残惜しそうな眼で駿河がプリシラを見つめた。
プリシラが四人と遭遇してから、約十分。
それほど大した情報交換は出来なかったが、自分も早めに戻らないとならないだろう。
「仕方ない。私も退出するとしよう。筆頭はタチだから、強引に下の人間を引っ張っていけるのが長所だからな。
矮小な一市民に過ぎない私にとって、これ以上ないほどのヘッドだよ」
そう言うと、駿河もデイパックを背負い直し、ゆっくりと立ち上がる。
そして、「世話になったな。ゼクスさん、一方さん、プリシラさん」と軽く挨拶をしてから、既に歩き出していた政宗の後を追った。
嵐のような時は収まり、何とも微妙な静けさだけが残った。
「うざってェ二人組がやっと消えたか」
ぽつり、と一方通行が呟いた。
「で、アンタはいつまで一緒にいるつもりだ」
「……一方通行。その言い方は彼女にあまりに失礼だぞ」
「甘ちゃんだなァ、ゼクス。俺ァ、善意で忠告してやってンだよ。
他の人間と待ち合わせしときながら、フラフラ出歩くのは馬鹿のやるこった。
役に立たねェ人間と馴れ合うほど暇じゃねェンだ。さっさと消えな」
まるで邪魔者を見るような眼で、一方通行がプリシラを眺める。
彼のそんな素っ気ない態度にプリシラは若干、頬を膨らませながら、
「ひっどーい! 女の子にそんな乱暴な口利いちゃダメでしょ!」
「女の子だァ? 痴女みてェな格好して、ほっつき歩いてたアホ女が言う台詞か、ソレ」
「……ねぇ『ちじょ』って、なに?」
「おいおい。ふざけてンのか、アンタ?」
「ふざけてなんてない!」
「…………マジで言ってンのかよ。はァ、逆にこっちが驚くぜ」
プリシラの回答が、どうも一方通行には相当不可解だったらしい。
一方で、プリシラとしては尋ねてもまともに答えが返ってこないことが不満でならない。
ゼクスの方に期待を込めた視線を寄せても、気まずそうに眼を逸らされるだけ。
白髪ロン毛の男が口にした『いんばい』という単語もよく分からないし、どうも難しい言葉を使う人間が多すぎる気がする。
「でも、わたしもう着替えたし! 『ちじょ』なんかじゃないんだから!」
そう――あの後、プリシラは見事に水着に代わる衣装を手に入れていた。
しかし、デパートの婦人服売り場から新しい服を調達したわけではない。
一方通行の支給品に、なんとプリシラが普段ブラウニーへ搭乗する時に着用するボディスーツが含まれていたのである。
非常にノリノリで着替えを手伝ってくれた駿河のおかげで、既にプリシラは目的を果たすことが出来ていた。
「いや、一方通行の言っていることも、あながち間違いではない」
「ゼ、ゼクスさんもわたしが『ちじょ』だって言うんですか?」
「……違う。君が待ち合わせ場所から、一人でここまで来てしまったことだ」
「あっ……」
ゼクスの言葉に、プリシラは思わず顔を顰めた。
「もっとも……君一人を置いて飛び出して行く人間にも問題はあるが。
デュオ・マックスウェル……再会出来た時は、『ミリアルド・ピースクラフト』がよろしく言っていたと伝えて貰いたい所だ。
ああ見えて彼は意外と面倒見の良い男らしくてね。君が帰ってくるのを心配して待っているはずだぞ」
その言葉を聞いて、プリシラはグッと胸元で拳を握り締めた。
ゼクスの言い分はもっともだ。
衝動的に飛び出してきてしまったが、おそらく例の民家で入れ違いになっている可能性は高い。
書き置きも何も残してはいないのだ。最悪、自分が襲われたものだと勘違いされるかもしれない……。
「わたし、帰ります!」
「それがいい。一方通行、私達も行くぞ。彼女を一人で出歩かせるわけにはいかない」
「あ、いえ。大丈夫です。ほんのすぐ近くですし」
「ゼェクス、ガキの使いじゃねェンだ。ほっとけ」
掌を追い払うように振る一方通行。
プリシラは彼のそんな態度に正直かなりムカッとしたのだが、ここは年上の自分が我慢するべき所だと考え、なんとか自制した。
「じゃあ、これで。二人と合流したら……」
「ああ。私達はこれから街を南下して、宇宙開発局へと向かう。
君達の方針にもよるが、縁があるならもう一度出会える機会もあるだろう」
「はい。分かりました! 色々ありがとうございます!」
ぺこり、とプリシラは頭を下げた。
「特に謝られるようなことはしていない。こちらも情報を入手出来て嬉しい限りだよ」
「一方通行も服、ありがとね。支給品だったのに」
「ンな服持っててもどうせ使わねェ。ゴミを捨てる手間が省けただけだ」
「なんなら、代わりにこの水着、あげようか?」
「……変な気ィ使ってンじゃねェ」
口元に微笑を携えているゼクスと違い、
一方通行の表情は駿河にBLの話題を振られていた時よりも険しくなっていた。
苛立ちを交えつつ、木製のテーブルを白い指先が叩く。そして、
「じゃあ、また! 一方通行もコーヒーばかり飲んでちゃダメだよ。
ちゃんとご飯食べないと、体力付かないんだから!」
と――言い残して、プリシラも席を立つのだった。
▽
「……君は、彼女に大して随分と妙な態度だったな」
「うるせェ。アイツ、頭ン中弱すぎだろ。俺より年上のくせにアレはねェよ」
恐ろしいまでに邪気がない相手。
一方通行の頭の中へ、とある少女の顔が浮かび上がる。
見た目はまるで似ていないが、あの脳天気さは根本では同じタイプであるようにも思える。
「どうだろうな。今時珍しいタイプだとは思うが」
「チッ…………結局残ったのは俺とオマエだけか」
ゼクスの妙に落ち着いた態度を見て、一方通行が小さく舌打ちをした。
ゼクス、一方通行、そしてプリシラ。
そして政宗に駿河と五人もの人間が先程までこの場所にはいた。
それぞれ、殺し合いに乗るつもりはないが、それぞれの目的は微妙に異なっていた。
主催を潰し、この遊戯を破壊しようとする者――伊達政宗。
最終的な目標は前者と同じだが、何よりも親しき人間の保護を最優先に考える者――ゼクス・マーキス、一方通行。
反抗する具体的なプランを持っているわけではないが、知り合いを探している者――神原駿河、プリシラ。
だが、可能性としては五人が纏まって行動する、という案もあったはずだ。
数は力。それはホワイトファングの指導者であるゼクスも、奥州伊達軍の筆頭である政宗も十分に熟知している。
では、何故それをやらなかったのか――といえば。
「現状を把握したいからこそ、あえて別れて行動する、ね。裏目に出ても知らねェぞ」
「とはいえ、君の能力もあまり大人数と共闘するのに適していないだろう」
「まァな」
「だからこそ、私は――」
目的が異なると同時に、彼らがあまりにこの島の現状に無知である、という理由があった。
調べるべきことは山ほどある。
無事に帰還するには、島の形やライフライン、科学技術、力を持つ参加者の保護など、多くの難題が待ち受けている。
プリシラの言葉から、進んで殺し合いを享受している人間がやはり存在していることも明らかになった。
少なくとも、彼らを排除・拘束することが出来なければ、この舞台が収束するとは考えにくい。故に、
「コネクションを形成し、一つの《グループ》を作る。集団を形成しようとする人間は多く存在するはずだ。
だが、当然のようにその枠組みから外れる者も多数出て来る。
年齢、性別、主義、主張、人種すら異なる者達が一つに纏まるためには私のような人間が必要なのだよ」
「カカッ、アンタの妹も似たよォなことやってるかもなァ」
「どうかな……。だが、殺し合いを強制されていることで、不安定な精神状態に陥っている者も多いだろう。
リリーナならば、そのような人間を見たら放っておくことは出来ない、とは思う」
根底で繋がった集団――つまり、このバトルロワイアルに反抗し、転覆を企てる人間で力を合わせるという考え。
ゼクスと一方通行も共に探し出したい相手がいる。
とはいえ、闇雲に走り回るにはこの島は少々広すぎる。
ならば、信頼出来る人間を見つけ出し、手分けして互いの知り合いの庇護を行うことが最も効率的だ。
「つっても、あの腐れ女とあの武将みてェな分かりやすい奴ばかりじゃねェ。
真っ正面から突っ込んで来る虫なら俺がブチ殺す。ケドよ、今日の十八時か?
あと十二時間後に、又聞きの連鎖で人間が集まって、顔も合わせたとして――オマエ、それ掌握出来んのかよ。
「……腹に一物隠し持った人間が混ざる可能性は勿論ある」
「だよなァ」
「だが、やるさ。そうでもしなければ活路はない。元々、生還の可能性の方が格段に少ない状況なのだ。
多少のリスクは覚悟しなければ、ゲーム盤をひっくり返すことは出来ない。だろ?」
「ハッ」
数時間前に、一方通行が発した言葉を模倣し、ゼクスが小さく笑った。
「とはいえ、私は発起人ではあるが、必ずしもまとめ役をやるかと言えばそうでもない」
「はァ?」
「相応しい人間がいたら、私はその席を譲るつもりだ。もちろん、軋轢が起こらないよう精一杯のサポートはするがね。
……残念ながら、私は弱い。途中で命を落とす可能性は決して低くない」
「例えば、誰だよ」
「政宗なんて適任だろう。彼は生粋のリーダー体質だよ。後ろに彼を支える人間がいれば、申し分ないだろうな。
それに――運の良いことに、私の目の前にも一人、候補者がいる」
「俺はリーダーなんて柄じゃねェよ」
ふいっ、と一方通行が顔を背けた。ゼクスの言葉を性質の悪い冗談だと解釈したのだろう。
その時、だった。
「――あ?」
「どうした、一方通行」
「黙ってろ。こっちは、能力制限されてンだ。雑音入れンじゃねェ」
不意に立ち上がった一方通行が、自身の耳を抑えながら眼を剥いた。
「…………コイツは、」
彼の能力はベクトル操作。
この世に存在するありとあらゆる指向性を持つ要素を自在に操ることが出来る。
その能力の応用の一つに『音』も含まれる。
空気振動である音のベクトルを操り、拡散する振動波を集約することで彼は非常に遠くの物音をも聞き分けることが出来る。
例えば――女の叫び声、男の嗤い声、などであっても。
【D-6/デパート/一日目/早朝】
【一方通行@とある魔術の禁書目録】
[状態]:健康 能力使用可能(最大使用時間、残り十四分)
[服装]:私服
[装備]:
[道具]:基本支給品一式、缶コーヒー×24、ランダム支給品×1(確認済み)
[思考]
1:このゲームをぶっ壊す!
2:打ち止めを守る(※打ち止めはゲームに参加していません)
[備考]
※知り合いに関する情報を政宗、ゼクス、プリシラと交換済み。
『一方通行の能力制限について』
【制限は能力使用時間を連続で15分。再使用にはインターバル一時間】
【たとえ使用時間が残っていても、ある程度以上に強力な攻撃を使えば使用時間が短縮されます】
【今回の使用はあまりに過度の能力だったため、次からは制限される可能性があります】
※ゼクスのいた世界について情報を得ました。
※主催側で制限を調節できるのではないかと仮説を立てました。
※飛行船は首輪・制限の制御を行っていると仮説を立てました。
【ゼクス・マーキス@新機動戦記ガンダムW】
[状態]:健康
[服装]:軍服
[装備]:
真田幸村の槍×2
[道具]:基本支給品一式
[思考]
1:リリーナを探す
2:一方通行を……
3:第三回放送の前後に『E-3 象の像』にて、一度信頼出来る人間同士で集まる
[備考]
※学園都市、および能力者について情報を得ました。
※MSが支給されている可能性を考えています。
※主催者が飛行船を飛ばしていることを知りました。
▽
「急がなくちゃ」
慣れたパイロットスーツに身を包み、プリシラがデパートの階段を駆け下りる。
桃色のポニーテールが風に揺れ、襟元を擽る。
彼女が待ち合わせの民家を出てから、まだ大して時間は経過していない。
とはいえ、もちろんタイムラグはあるだろうが、今、自分が
セイバーとの約束を破っていることに変わりはない。
(わたし、どうすれば良かったんだろう)
そんな、郷愁にも似た感情がプリシラの中になかったと言えば、嘘になる。
プリシラがこの島で出会った人間は誰もが誰も、自分の意志に従って行動する者ばかりだった。
口だけではない。ちゃんと自分に何が出来て、どんな力があるのか把握している人達だ。
愛機であるヨロイ・ブラウニーさえあれば、プリシラも戦力になることが出来るだろう。
先程出会ったゼクスもプリシラと同じく、機動兵器のパイロットだったようだが、機体の支給に関しては推測の域を出ない、と語っていた。
わざわざ殺し合い、と言っているのだから生身で戦わせることに意味があるだろうと、プリシラ自身も思ったりする。
(でも、優しい人達と出会えたのは良かったな)
だからこそ――無力感、とでも言えばいいのだろうか。
何とも言えない、やるせなさだけがプリシラの心の中に募っていた。
思わず、民家を飛び出してしまったのも、そう言う意味で少しセンチメンタルになっていたせいかもしれない。
いつものプリシラならば、たとえセイバーに拒否されたとしても、彼女と一緒にデュオを助けに行ったと思う。
(それが出来なかったのは……どうして?)
殺し合いを強いられることが正しいことだとは絶対に思わないし、
最初に首を飛ばされた女の子のような犠牲者は一人も出したくない。
自分に出来ることはないだろうか。
それを模索していたからこそ、待ち合わせ場所を飛び出してしまったのだろうか。
実際、この後デュオ達と上手く合流出来たならば、得る物はあっただろうが……。
「――おやおや。これは先程のお嬢さんではないですか」
生ぬるい風が辺り一面に満ちていた。
太陽が顔を出し、黒の世界が薄れた光に溢れる時間帯。
その男の周囲だけは、不自然なまでに暗澹とした瘴気で枯れ果てたような様相を示す。
白と赤、という印象がプリシラの頭で一つの像を結ぶ。
そっくりだった。だが、どうしてここまで纏う雰囲気が違うのだろう。
真っ白い髪。爛々と輝く赤い眼。青白い肌。
無愛想ながら、その身に宿した熱い信念を感じずにはいられなかった――彼とはまるで正反対の一片の曇りもない、悪。
「あの衣装は脱いでしまわれたのですか? ンフフフフフフッ……非常によく似合っていらしたのに」
「っ――」
あっ、と思った時はもう遅かった。
淡い希望は儚くも砕け散った。
少女が夢見た幻想は、理想は、願いは紅に濡れたの白刃に刈り取られる。
見る者に底知れない気持ち悪さを抱かせる笑みを貼り付けた男が言葉と共に大地を駆けた。
ずぶり、と男の手にしていた大鎌の刃がプリシラの腹部へと沈み込んだ。
そして、払い。飛び交う鮮血。切り裂かれる皮膚と肉。
すぅっと力の抜けた四肢が地面に吸い込まれそうになる。
「……ぐっ…………!」
腹部から血が滲む。
深々と突き刺さった刃が切り裂いた肉が、血管が、神経が悲鳴を上げる。
「あははっははっ……やっと、流れたっ……! 紅く輝く果実のような……血がっ……!」
鎌の先端に付着した血液を蛇のように舌を伸ばし、男が舐め取った。
そしてビクッ、ビクッ、と全身を痙攣させるように震わせた。
特に大地を踏みしめる両脚から這い上がって来たかのような衝動に身を任せ、下半身を震わせる様は、プリシラに生理的嫌悪感を超えた恐怖を抱かせる。
彼がどのような悦楽を味わっているのか、それはプリシラには全く理解出来ない。
しかし、背中で捉えるその声は、押し寄せる高波のように彼女の心を蝕む。
プリシラは半ば感覚的に男とは反対の方向へ駆けだしていた。
「どちらへ行かれるのですか? せっかく、再会出来たのです。互いの運命に祝福を上げようではありませんか」
「誰……がアンタ……なんかとっ……!」
「淫売に相応しい下品な視線です……! ですが、それがいいッ!
「その憤怒の中に隠しきれない屈辱と恐怖を抱いた眼! 苦痛と困惑で上擦った声! 無力さに強く噛み締められた麗しき唇!
いいッ、素晴らしいッ! もっともっと、私を見てくださいッ! 熱い怨嗟で私を昂ぶらせてッ!」
既に、自分の身体がどうしようもなくなっているのは悟っていた。
「ああっ……ああっ……! 久しぶりに貪る馳走のなんと甘美なことかッ!
信長公ッ! 貴方が今、身を任せていらっしゃるであろう絶頂の感覚に今、私も達しつつあります!」
背後から愉しそうな声が聞こえてくる。
ただ、プリシラは本能に従い、逃げ出すことしか出来なかった。
まともな叫び声を上げることさえ出来ない。
背後から迫ってくる存在が、あまりに異質で、そして――計り知れなくて。
大好きな人の名前を頭の中で言葉にする。
まるで、その存在を意識することだけで自分を保っていられるかのように。
「さぁ、遊びましょう! お嬢さん! 私と共にッ!」
背後から迫る羅刹の声が、朝焼けの光の中で腫瘍のように蠢いていた。
【C-6/草原南東部/一日目/早朝】
【プリシラ@ガン×ソード】
[状態]:体力枯渇、腹部に大きな刺し傷、裂傷(ダメージ大)、大量出血
[服装]:ヨロイ搭乗時のボディスーツ@ガン×ソード
[装備]:無銘・短剣@Fate/stay night、ミズーギーの水着(白のきわどいビキニ)
[道具]:
[思考]
基本:殺し合いなんてしたくない。
1:光秀から逃げる
※参戦時期は17話途中、水着着用時
※名簿を確認していません。
※重傷です。処置しなければ(しても?)数時間以内に死亡します
※知り合いに関する情報をゼクス、一方通行、政宗、駿河、と交換済み。
【
明智光秀@戦国BASARA】
[状態]:疲労(小)
[服装]:甲冑(一部損壊)
[装備]:桜舞@戦国BASARA
[道具]:基本支給品一式 、信長の大剣@戦国BASARA
[思考]
0:目の前の前菜を貪る
1:一刻も早く信長公の下に参じ、頂点を極めた怒りと屈辱、苦悶を味わい尽くす。
2:信長公の怒りが頂点でない場合、様子を見て最も激怒させられるタイミングを見計らう。
3:途中つまみ食いできそうな人間や向かってくる者がいたら、前菜として頂く。
▽
「どうした筆頭? 難しい顔をして」
「……いや」
政宗が北東の方角を見つめ、眉を顰めた。隣の駿河が不思議そうにそれを見つめる。
彼らの現在位置はD-5の政庁。ゼクス達と別れた二人は、一路進路を西に取っていた。
「嫌な風が吹いて来たな、なんて思ってよ」
「ふむ」
駿河が顎を一撫でして頷いた。
「ならば急ごうではないか――風が止む前に」
「どこに、だよ」
「私に聞かれても困るぞ。私は敏感肌ではあるが、超常的な感覚には自信がない。
むしろ、そちらは筆頭の得意とする分野だと思うが」
「俺だって神道の心得があるわけじゃねぇ」
そして、政宗は虚空を眺めながら小さく呟いた。
「だが――こういう空気が大好きな奴を知っているだけだ」
「先程、危険人物として挙げていた『明智光秀』という人物のことか」
「ああ」
「筆頭にそこまで言わせる人間なのか。私の中の明智光秀像はイマイチ冴えない地味系の男、といった感じだぞ」
「Ha、ha! 相変わらず想像力が豊かだな! どこからそんなimageが出て来たんだ?
あの男は一度見たら忘れられるような相手じゃねぇよ」
スッと、政宗は空を見上げた。
辺りを覆い隠していた暗闇は消え去り、一日目の夜が完全に明けようとしていた。
【D-5/政庁前/一日目/早朝】
【伊達政宗@戦国BASARA】
[状態]:健康
[服装]:眼帯、鎧
[装備]:
田井中律のドラムスティク×2@けいおん!
[道具]:基本支給品一式、不明支給品1(武器・確認済み)
[思考]
基本:自らの信念の元に行動する。
1:主催を潰す。邪魔する者を殺すことに抵抗はない。
2:信長、光秀の打倒。
3:神原は変態。馬の件は嘘じゃなかったし、とりあえず泳がせとこう。
4:ゼクス、一方通行、プリシラに関しては少なくとも殺し合いに乗る人間はないと判断
[備考]
※参戦時期は信長の危険性を認知し、幸村、忠勝とも面識のある時点からです。
※神原を完全に信用しているのかは不明。城下町に住む庶民の変態と考えています。
※知り合いに関する情報をゼクス、一方通行、プリシラと交換済み。
※三回放送の前後に『E-3 象の像』にて、信頼出来る人間が集まる、というゼクスのプランに同意しています。
政宗自身は了承しただけで、そこまで積極的に他人を誘うつもりはありません。
【神原駿河@化物語】
[状態]:健康、腕に縄縛紋あり
[服装]:私立直江津高校女子制服
[装備]:縄@現実
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品0~2(未確認)、神原駿河のBL本セット
[思考]
基本:殺し合いをしたくはない。
1:出来れば
戦場ヶ原ひたぎ、
阿良々木暦と合流したい。
2:政宗と行動を共にする。
[備考]
※アニメ最終回(12話)より後からの参戦です
※政宗には戦場ヶ原たちの情報、怪異の情報を話していません。
※政宗を戦国武将の怪異のようなもの、と考えています。
※知り合いに関する情報をゼクス、一方通行、プリシラと交換済み。
※三回放送の前後に『E-3 象の像』にて、信頼出来る人間が集まる、というゼクスのプランに同意しています。
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最終更新:2009年12月01日 23:28