不幸 ◆NrR3sMF5RA



それはいつもと同じ見慣れた光景のはずだった。

いつも通りの校舎。
いつも通りの職員室。
いつも通りの廊下。

それはいつもと変わらぬ日常。

いつも通り?の教室。
いつも通り?の生徒達。

すっかり当たり前となってしまった風景がそこにあった。
そしてどこか不思議な感じを覚える。
その理由には全く心当たりがない。
だがこの時ばかりはそれは後で考えればいいと思った。

そして月詠小萌はいつも通りの言葉をかける。

「はーい、ホームルーム始めますよ」

その声に従って生徒達が続々と席に着く。
最近は何かと先生に反抗する生徒が多くなる中でこのクラスは至極平和だった。
ただ中には数人、席に着いても小萌がいるにもかかわらず隣同士でお喋りを続ける光景がいくつか目に飛び込んできた。

「はいはい、そこー、静かにしてくださいねー」

そう言われて注意された女子生徒二人はバツが悪そうな顔をしながら居住まいを整えた。
眉毛がタクワンを思わせる女子生徒と前髪で顔を隠しそうな人見知りな女子生徒。
そこでふと疑問に思った。
あの二人は前からこのクラスにいたのだろうかと。
だがすぐに気にならなくなった。
何にせよ今あの二人がこのクラスの一員である事に変わりはないからだ。
他にも話している生徒がいたが、二人が注意されるのを見てすぐに小萌の方に目を向けていた。

「えっと、今日はみんなにビッグニュースです。なんと今日から転入生追加なのです」

その途端に沸き起こる歓声。
これまたいつも通りの光景。
それに何故か安心する自分がいる事に小萌は少し驚いた。
いつも通りの当たり前の光景を目にしてなぜこんなにも不思議な気持ちになるのかと。

「ちなみに女の子ですよ。おめでとう野郎ども、残念でした子猫ちゃん達、さあ転入生ちゃんどうぞ」

だがそれは置いておく事にした。
今は緊張しているであろう転入生をフォローする事が教師としての務め。
少なくとも小萌はそう思ったからだ。
そして教室の扉がゆっくりと開いて件の転入生が皆の前に現れた。

「はじめまして、浅上藤乃と言います」
「みんなー、仲良くしてあげてくださいねー」

名前を表すが如く藤色の綺麗な髪の清楚でおとなしそうな女子生徒の登場でクラスのボルテージは一気に跳ね上がった。
綺麗な女子生徒が新たに加わるという事で歓喜する男子生徒達。
その男子の様子を少し冷ややかな目で見る女子生徒達。
だが中には周囲とは違った反応を示す生徒もいた。



「キャラ。被っている」

新たな転入生の登場で自身の影の薄さがさらに加速する事に危惧を抱く黒髪の女子生徒。
ふと浅上藤乃と声が似ている事に気付いたが、深刻そうな表情をしているので今はそっとしておく事にした。

「とーま、お腹すいたー」
「まだ1時間目始まっていないよ」

最後列でグテッとして項垂れているシスター服の少女と眼鏡をかけてサイドポニーでナイスバディーな女子生徒。
どこかおかしな気がするが、気のせいという事で流しておく。

「今月もこいつのおかげで食費が嵩む……不幸だ……」

そして黒髪でツンツン短髪の男子生徒がお決まりのセリフを口に出して落ち込んでいる。
これまたいつもの光景だ。
近くの青髪ピアスの男子生徒と金髪グラサンの男子生徒が慰めているようだが、どうやらあまり効果はないらしい。

「もう、上条ちゃんはしょうがないですね」

いつもの光景。
つまりは日常。
いろいろあるが、それでもここはなんだかんだ言って居心地がいい。
手間が掛かる生徒が多いが、その方が自分には合っている。
それは小萌の美点でもある。
某不幸な少年曰く「出来の悪い子供を見れば見るほどニコニコの笑顔になる」という評価は的を得ている。

そうこれは幸福。
月詠小萌にとっては紛れもなく幸福な日々。

そう間違いなく小萌にとって幸福な――。


――夢だった。


 ◇ ◇

人には運が良い時と運が悪い時がある。
所謂ツイている時とツイていない時だ。
大抵の人はそれが多少の偏りはあってもバランスよく人生の中で配分されている。
ただ中にはその偏りが極端な人もいる。
毎度毎度不幸に纏わりつかれる人や常時金運に恵まれている人とか。

だが月詠小萌に関してはそんな事はない。
至極普通の運のツキ具合だ。

まずバトルロワイアルに巻き込まれたこと自体は大きな不幸だ。
そして支給品がコンデンスミルクだけという事も不幸だ。

だが二人の生徒を危険人物から無事に逃がせた事は幸運だ。
その後も何度も死にそうな目に遭いながら今まで生きていられた事も幸運と言える。

だから次に小萌を不幸が襲ったのは必然と言えるのだろうか。
いやこれは必然ではなくただの偶然――言い換えれば巡り合わせだろう。

それは不幸な事故だった。
小萌が命からがら藤乃から逃げのびて避難した住宅地。
そこで小萌は自ら簡単な応急措置を行った。
その直後、緊張が解けた事もあって意識を失ってしまった。

そしてそれを最期に小萌は眠るように死んでいった。

小萌の状態は酷いものだった。
藤乃を足止めした時の無理が祟ったのか疲労により体力はほとんど底をつき、左腕はこのままなら壊死確定。
主要な動脈は外れていたおかげで銃撃による激しい失血には至らなかったが、それでも小柄な小萌にとっては致命的。
しかも今の時間は日の光が一切ない冷たい夜であり、当然の如く日中に比べて気温は低い。
その結果として出血と夜風は衰弱していた小萌の体温を容赦なく奪い去り、残り少ない体力すら毟り取っていった。
結局命に関わる失血は辛うじて止められたが、小萌にはそこから回復するだけの体力が残っていなかった。
小萌の不幸はそれに尽きる。

こうして意識が戻らないまま何も知らずに小萌は手当ての甲斐もなく儚くも力尽きて永遠の眠りについた。
これは不幸、ただ不幸な事故でしかない。

だがこれはある意味幸運な事かもしれない。
藤乃に曲げられた左腕は放っておけば確実に壊死していた。
そうなれば遠からずクラッシュ症候群を引き起こして苦しみながら死んでいく可能性もあった。
そうでなくてもここはバトルロワイアルの会場。
これからどんな死よりも恐ろしい目に遭うか分かったものではない。
それに比べたら意識がないまま眠るように死んだ方が余程幸せとも言える。

もちろん本人はこんなところでむざむざと死んでいく事に納得しないだろう。
まだやり残した事も山ほどあったに違いない。
だが何かをやり遂げたと思って死んでいけた事は幸運であり幸福なのかもしれない。

その証拠に死の瞬間の顔は不思議と幸せそうであった。


【月詠小萌@とある魔術の禁書目録  死亡確認】
【残り56人】

[備考]
※【E-2/学校近くの民家】に月詠小萌の死体とデイパックがあります。


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099:生存本能(サバイバル) 月詠小萌 GAME OVER


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最終更新:2009年11月23日 23:03