こんな俺に世界を守る価値があるのか ◆mist32RAEs
空は透き通るようにして、まさしく澄み渡るといった表現が相応しい。
夜から朝へと色を変えつつあるその下で無人の市街地が赤に染まろうとしている。
そこに存在する二人の赤によって、だ。
燃え盛る赤。
アリー・アル・サーシェス。
溶岩のように煮立つ赤。
アーチャー。
赤い太陽の朝日。
サーシェスの炎を思わせるような赤毛。
アーチャーの血で染まったかのような紅の外套。
そして鉄火がもたらす流血の予感すらも同じ色。
さらに二人は赤い激情をその心から解き放ち、向かい合う。
その表情。
獣の笑みが見せ付ける、歓喜とない交ぜになったサーシェスのそれ。
鋼鉄のように重く圧し掛かる視線がぶつけるアーチャーのそれ。
その感情の名は殺意という。
人を殺せば血が流れるゆえに、その発起となる感情に色があるのならば、やはりそれは赤だろう。
サーシェスの手には戦国最強を屠りしガトリングガンと魔王のショットガン。
アーチャーの手には無限の双剣、干将・莫耶。
あたりは静かだ。
ビルの谷間を掠める風の音が微かに聞こえるだけ。
対峙する二人の間でのみぶつかり合う圧力が、大気を軋ませているのはおそらく錯覚。
いや本当に錯覚なのか。
そのうちに軋みは増大し、そして空間を砕き割ってしまうかのように思える。
きっとその瞬間に赤が弾ける。
アーチャーが。
サーシェスが。
朝日の色に染まった大気が。
二人の殺意が。
結果として流れる鮮血が。
やがてちゃきり、という金属音が静寂の中で響いた。
それはどちらの持つ鋼のものか。
サーシェスか。
アーチャーか。
もしかしたら両方同時か。
戦争屋の口元が歪み、弓兵は眦を決する。
それが合図だ。
一気に染まっていく。
朝日に染まる。
戦意に染まる。
血に染まる。
――赤に染まる。
◇ ◇ ◇
やべえ。
一目見ただけでわかったがこいつはやべえ。
猛獣みたいなやべえ匂いがぷんぷんしやがる。
だが解せねえ。
あのツラだ。あのツラは戦争屋ってより、かたっくるしい軍人みてえなツラだ。
しかも戦いってもんの楽しみをしらねえ。てか頭っから拒否してやがる。
険しいツラしやがってよぉ。時々いやがるんだよな、戦いが嫌いなくせに余計な責任感でしゃしゃり出てくる馬鹿がよ。
イラつくぜぇ、クルジスのガキみてえに無駄に思いつめやがって。
戦いを楽しめねえような奴が戦場に出てくんじゃねえよ、人には向き不向きってもんがあんだからよ。
事情ってもんがあるにせよ、せめて割り切ってこいよ。
クソの役にもたたねえ綺麗事ほざくために戦いに来てんのかテメェは!?
そうじゃねえだろ。
理屈抜きでよぉ、胸の中がガーってなるような燃え上がるアレだろ。
黙ってたっていつかはくたばるんだ。
命ひとつになんの意味がある。
皆殺しだ、皆殺しだ。
死のうが生きようが知ったこっちゃねえが、命を晒して真っ先に駆けるこのスリルはたまらねえ。
俺の目当ては名誉でも金でもねえのさ。
皆殺しだ、皆殺しだ。
どいつもこいつも綺麗事ほざこうがどうしようが戦争大好きで仕方ねえんだろうが。
戦争が嫌いってんなら、俺を否定するなら、ガンダムに乗って殺しにかかってくんじゃねえよクソッタレ。
おとなしく戦い捨てて平和に暮らしてろよ、俺がいつかテロでぶち殺しにこないよう祈りながらなぁ!
分かってんのかよ、クルジスのガキィ!
皆殺しだ、皆殺しだ。
くたばっても結構、生き残りゃあなお結構。
恩だの仇だのは知ったこっちゃねえが、そのほうが盛り上がるってんならやぶさかじゃねえ。
皆殺しだ、皆殺しだ。
気付かねえとでも思ってんのか、赤コートさんよお。
テメエみてえな戦いを楽しめねえ類の人種がなんでわざわざ出てきた?
正々堂々じゃなけりゃ嫌ですなんてキャラしてねーだろうが。
隠れて不意打ちでも狙撃でもすりゃあいいってのによお。
考えられるのは、その出てきた民家から俺の気を引き離したいってとこだ。
皆殺しだ、皆殺しだ。
それに分かるんだよ、命の気配ってやつが。
ゲリラなんてーのは民間人に化けてテロをかましてなんぼの商売だ。
ニコニコ笑った無害そうなガキやバーサンが差し出した花束に爆弾、なんてなぁ使い古された手段もいいとこ。
だからこっちも殺されねえように、ぜぇんぶ殺すのさ。
男も、女も、ガキも、老人も、妊婦も、逃げようが隠れていようが皆殺しだ。
非戦闘員なんて言い訳はとおらねえぜ。
どんなやつだって引き金をひく指一本があれば人を殺せるんだからな。
それが戦場だ。だから命の気配を本能で嗅ぎ取れなきゃこっちが死ぬ。
プンプン匂うぜぇ、そこにいるのがよ。
――皆殺しだ、皆殺しだぁ!!
◇ ◇ ◇
連続する爆発音が大気に嵐を巻き起こした。
続いて鋭く澄み渡る音の連打は窓ガラスが爆ぜて砕ける音だ。
雨戸が撃ち抜かれ、撃ち砕かれて倒れゆく鈍い音。
ガトリングの炸裂音が響き渡り続ける中で家の壁が抉り取られ、崩されていく。
アーチャーが飛び込まんとする一歩手前、絶妙の間合いでサーシェスのガトリングガンは撃ち放たれた。
だがその銃器の狙いは相対する敵、すなわちこちらではない。
「――!?」
その後方。
一軒の民家。
轟々と大気を裂く音と共に、無数の弾丸が撃ち貫いた。
そこには二人の娘がいることをアーチャーは知っている。
ゆえに思わず振り向き、安否の確認を行ってしまう。
ただのガトリングの一斉射というにはあまりに凄まじい破壊力だ。
雨戸もガラス窓も撃ち砕かれ、あまつさえ壁までが崩れかけ、おそらく柱も何本か折られたのか、民家そのものがぎしぎしと傾いでいる。
アーチャーは現状を一目で把握、だがそれは敵に背を向けるのと同義だ。
地を蹴る音を背後から聞き取る。
振り向けばすでに敵は逃走を開始していた。
「ちっ!」
逃すわけには行かない。
先ほどの機先をとった勘といい、戦場の嗅覚じみたものは図抜けている。
それが相手に対するアーチャーの評価だった。
この手合いはこういったサバイバルで生き残ることにかけては滅法得意だ。
そいつが殺し合いに積極的に関わっているとなっては、逃せば大きな災いとなる確率が高い。
おまけに図らずも今ここで自らが立証してしまったとおり、
衛宮士郎のような人間はもっとも苦手とするタイプだ。
このような男に殺されるわけにはいかない。
自分も、もう一人の自分も。
ゆえに目的の障害となる可能性は今ここで駆逐する――!
「逃さん!」
「けっ!」
敵は狭い路地へと飛び込んだ。
朝日は昇りきっておらず、まだ薄暗い細道を赤毛の男が駆け抜けていくのが見える。
追い足ではこちらが圧倒的に勝っている。
相手はサーヴァントクラスの身体能力には遠く及ばない。
そうとわかれば直ちに排除するべきだ。このまま――、
「おらよッ!」
追撃せんとするアーチャーにショットガンの弾幕が襲い掛かった。
狭い路地に入り込めば逃れるスペースはない。だがそれは人間であるならの話だ。
一蹴りの跳躍で、建物の二階天井ほどの高さまで飛び上がり、それを回避。
僅かに赤い外套の裾を掠めただけだが、これも尋常の銃弾ではない。
喰らえばサーヴァントですらダメージを受ける。
そんな予感はおそらく間違ってはいまい。
「化物かよッ!?」
「消えてもらうぞ、戦争狂!」
飛び上がったままで干将・莫耶――二本の夫婦剣を投擲する。
アーチャーのサーヴァントの力によって放つそれはただの剣ではありえず、もはや砲弾と呼ぶのが相応しい威力を持つ。
朝焼けの大気を甲高い音を立てて切り裂き、そして獲物を真っ二つにすべく襲い掛かった。
「やべっ――」
相手はぎりぎりで一本目をかわした。
だがそのままの勢いで細い道路に突き刺さった剣は、アスファルトを砕き割って散弾のように跳ね上がらせる。
それに巻き込まれ、動きを封じられたところに二本目。
直撃。
しとめたか――と感じた直後、鋭い金属音が響き渡り、その確信を掻き消した。
「ぐぁああっ!!」
敵の鈍い悲鳴。
ダメージを与えたことに違いないが仕留めてはいない。
直撃なら声など出せるはずもなく体が吹き飛んで絶命しているはずだ。
一撃目で捲き起こった土煙の向こうに目を凝らすと、地に伏せてのた打ち回る赤毛の男の姿があった。
手足に欠損はなく、胴体が千切れてもいない。
だがそのそばには銃身の半ばがほぼ直角にへし折れたショットガンが転がっていた。
「その銃を盾にしたのか? しかし、そんなもので私の一撃を受け止められるとは解せん。
何かの細工がしてあるのか……まあ、どちらにしろ貴様はここで終わりだ」
「くそった……れ……」
注意深く淡々と、アーチャーは地に蹲る敵に向かって歩みを進める。
これでとどめを刺せば終わりだ。
戦いは決着する。
その時、駆け抜けてきた路地の向こう側――御坂たちがいる方角から、何かが崩れ落ちる音が聞こえてきた。
◇ ◇ ◇
『ダイジョウブ! ダイジョウブ!』
「……ぐっ」
やかましい電子音声にうんざりしながら自らの呻き声を聞く。
結構しっかりした声だな、と半ば他人事のように考えながら
C.C.は力を入れて身を起こした。
あたりは薄暗い。割れた窓から朝日が差し込んでいる。
いったいなにがどうなったのか、彼女は記憶を掘り起こす。
爆発かと思うほどの激烈なガトリングの掃射を立てこもる民家もろともに浴びて、どうやら意識が途絶えてしまったらしい。
『シーツーオキタ! シーツーオキタ!』
「ああ、起きたよ。すまんが少し静かにしろ」
オレンジ色のハロとかいう名前のロボットに声をかけ、そして現状の確認を試みる。
気絶していたのは数秒か、数十秒か。
体力をだいぶ消耗していたこともあるし、あの鼓膜そのものを殴りつけるような轟音と衝撃の嵐を浴びては無理もない。
だがこの程度、ただの人間ならともかく、不死の魔女としてはいささか情けないように思った。
わき腹と太腿を弾丸がかすめ、肉がちぎれて出血。
頭からも血が出ているようだが、只の人間ならともかく自分ならばたいしたことはないだろう。
「やれやれ……ん、人間?」
そういえばもう一人、自分の傍でのんきに寝こけていた娘がいたのを思い出した。
周りを見回しながら、その娘に呼びかけてみる。
ほどなくして見つかった。二メートルも離れてはいない。
まだぼんやりと暗い部屋の中、床に飛び散ったガラスに注意しながら中腰で近づく。
ガトリングの掃射をくらった民家はひどい有様だ。
壁やガラス窓はおろか、柱や箪笥などの家具まで穴だらけで、そこらじゅうに破片が飛び散っている。
そんな中で、バチバチとうるさかった小娘は蹲るようにしてベッドの隅に体を横たえていた。
「おい、大丈夫か。怪我は――」
近づいてみてわかった。
身体の下、ベッドのシーツに血溜まり。
抱き起こしてみれば顔は青い。
出血がひどいのだ。
自らの手で押さえているわき腹は、すでにどす黒い赤に染まっていた。
あの銃撃によるものであることは言うまでもない。
C.C.は思わず歯噛みする。あの赤い男は何をやっているのかと。
「……いったあ……」
「おとなしくしてろ、ここから逃げるぞ」
「……アンタ」
「余計な口を叩くな」
御坂の身体を肩にかついで立ち上がろうとすると、足取りがおぼつかずに大きくふらついた。
まだ血を吸われた影響が残っているのだ。
あの大喰らいの吸血女め、と心の中で毒づく。
「ちょっと……アンタこそだいじょ……」
「黙れといったぞ。大丈夫だ、さっき聞いていたんだろう。私は死なないから大丈夫だ」
民家の軋みが大きくなっている。
このままではいつ崩れて押し潰されてもおかしくはない。
外の状況はわからないが、とにかくここから脱出するのが先決だった。
だるさが抜けずふらつく身体の悲鳴を無視。
意識で逆に無理を押し付け、一歩一歩出口に向かって歩き出すよう命令する。
ぎぎ、ごご、と大きく軋む音が二人を包み込む。
最早一刻の猶予もないことは明らかだった。
「……ありがとう」
ビリビリ女の声だ。
大きな軋みの音が邪魔で聞こえないフリをした。
自分は何を似合わないことをやっているのだろうか。
不死の魔女と言われた自分が必死になって人命救助の真似事とは、らしくないにもほどがある。
『デグチ! デグチ!』
床を飛び跳ねるハロの先導に従って、御坂の体を引きずるように歩いていく。
パキリと足元で音がした。
割れたガラスを踏んだ音か。
足の裏を切ったかもしれないが気にしている暇はない。
「……くそ、開かない。歪んでるのか!?」
ドアの目の前まできたが、押しても引いてもびくともしなかった。
崩れようとする建物自体の重さで潰され、動かなくなっている。
こうなってはもう末期だ。
軋みの音が断続的なものから段々と大きく長くなっていく。
『ジカンナイ! ジカンナイ!』
「くそっ!」
苛立ちの感情に任せてドアを蹴りつけ、ついでにハロも蹴って黙らせたが、そんなものでどうにかなるはずもない。
どうする。
自分はともかくこの娘は――、
「……ごめん、ちょっと手伝って」
声をかけられてハッとなる。
見れば、ビリビリ女――たしかミサカという名前だった――は自分の荷物から何かを取り出そうとしている。
先ほどは話だけで、互いの荷物を確かめたりはしなかった。
この状況をどうにかできる何かを持っているのか。
思い至ったC.C.はミサカという少女の指示通りにデイパックの中身を取り出す。
「……財布? このコインでいいのか?」
「うん、ありがと……」
コインをどうするつもりだとは聞かない。
間近でよく見てみれば、顔色は一層ひどくなっており、その唇は力なく震えるように言葉を紡ぐ。
口元には血のあと。限界が近いのは一目でわかった。
おそらく内臓に致命的なダメージを受けている。
ここを抜け出しても、すぐに適切な治療を行わなければ遠からず死ぬだろう。
だがどちらにせよ、このままでは押し潰されるだけだ。
ならばせめて好きにさせるべきだと、そう思った。
自分をおいて人は死んでいく。
いつものことだ――そう思えばC.C.の感情は急激に冷めていった。
一際大きく軋む建築物の音。
それが二人を死の傍へと追いやる声のように聞こえた。
だが私は死ねないんだよ。
どうやってもそうなんだ。
いつしか全て諦めて割り切るように、そう思っていた。
そして今も――、
「――大丈夫、必ず助けるから」
そう思った、そんな時。
彼女はそういって笑った。
軋む音が崩壊のレベルに達したのはその瞬間。
紫電が薄暗闇に飛び散る。
細く、血の気のない白い手で放り投げたコイン。
二人の頭上に弧を描き、放物線を描きながら、やがて落ちゆく。
顔を上げてそれを追った直後、その向こうに映る天井が降り落ちてきた。
矮小な自分たちを押し潰そうとする、それはまるで意地悪な運命のようだ。
それを誰が打ち破れる?
誰が――、
「ぶっ壊れろ――――!!!!」
魔女は見た。
迷い無き眼光。
煌くその意志が弾けるかのような蒼雷。
弾き出されたコインは白金の輝きを帯びて、暗く覆いかぶさろうとする闇をことごとく蹴ちらし、天へと上る。
超電磁砲。
C.C.の知らない、撃ち出したその一撃が、意地悪な運命を前にした
御坂美琴の答えだった。
『――大丈夫、必ず助けるから』
諦めてなどいなかった。
それどころか最期の力を振り絞ってまでC.C.を助けようとした。
「あ――」
民家の床から上は全て吹き飛び、頭上には夜明けの光にかき消されようとする月があった。
その下でC.C.は御坂の身体を抱きかかえ、呆けたように肺の中から声を搾り出す。
窮地は脱した。だがもう一つの窮地は依然としてそこに在る。
流れ出る血は本人だけでなく、すでにC.C.すらべっとりと赤く染めていた。
息は細く、意識はあるのかどうか分からない。
「あ、あ――」
何故だ。
何故助けた。
出会って間もない、赤の他人だ。
何かをしてやったつもりもない。
なのに、何故?
そんな血まみれの体でどうして?
教えてくれ。
私を、魔女と忌み嫌われる私を何故?
聞きたいんだ。
だから死なないで――、
「ルルーシュ――!」
ここにいない者の名を呼んだところで、都合よく助けに来るはずもない。
それに気付いてC.C.は他に何か術はないかと思考を巡らせる。
誰か、誰か――、
「アーチャ――――――――ッッ!!!!」
藁をも掴むというのはこういうことなのかもしれない。
この場で唯一の可能性、その名を朝焼けの空に向かって叫んだ。
セイギノミカタに救いを求めるその声が、朝日の赤に染まる空間に響き渡った。
◇ ◇ ◇
「呼んでるぜ、アーチャーって……どうすんだい、おめえさんは?」
「……!」
崩壊の音が路地の向こうから響いた直後、さらなる轟音と共に空に向かって稲妻が立ち昇った。
いかにも切迫しているとわかる女の呼び声が聞こえたのはその後すぐだった。
眼前の赤コートの男を呼んでいるのだと、呼び声を聞いたときの反応を見てサーシェスは察知した。
さらにカマをかけてみれば、今にも自分にとどめを刺さんとしていたこの男は息を呑み、動きを止めた。
これは最早、そうですと言っている様なものだ。
ここで終わりかと半ば観念したが、思わぬ機を得た。ここが命の分水嶺。
九死に一生を得るかどうかはこの瞬間にかかっている。
サーシェスはアーチャーの僅かな反応も見逃すまいと目を細めて様子を伺う。
そしてそうしながら慎重に言葉を選び、揺さぶりをかける。
「やるならさっさとしなよ。だが俺もそうなりゃ抵抗するぜ? 十秒でも二十秒でも足掻いて、足掻いて、足掻きまくる。
あの声の様子はかなり切羽詰ってるみたいだが、どうするんだ。悩んでる時間も惜しいんじゃねえのかい」
いつものように相手の感情を煽るような言い方はしない。
低く抑えた声で淡々と、伝えるべきことのみを告げる。
それこそが今、この場でもっとも効果的な方法だ。
そしてアーチャーのこわばった表情を観察し、その通りだったと確信を得る。
「貴様……」
煮えたぎる怒りを押さえ込んだ声だった。
おっかねえな――と、心中で冷や汗をかくが、それをおくびにも出さない。
先程の轟音と稲妻で一瞬の隙ができたおかげで、倒れ付した姿勢からどうにかガトリングガンを構えることができた。
相対距離は五メートルほど。
だが銃口を突きつけたところで、この男を殺せる気が全くしない。
もしこちらに向かってくれば、形振り構わず逃げ惑っても十秒持つのがせいぜいだろう。
自分の命は紛れも無く、目の前の赤い外套の男が握っていた。
「……」
沈黙。
何秒経った?
まだそんなに時間は過ぎていないはずだ。
このアーチャーという男が、決断するにあたってそんなにモタモタするような愚図だとは思えない。
とすれば、これは錯覚か。
命を刃の上に乗せた瞬間というのは随分と長く感じるものだ。
幾度も修羅場を潜り抜けてはいるが、こういう展開はあまり経験がない。
サーシェスほどの男がここまで追い詰められたのは、それこそ数えるほどしかなかった。
その数えるほどの相手であるガンダムマイスターの顔が脳裏をかすめ、やがて――、
「――投影完了」
アーチャー、一瞬の早業。
どこからともなく先程の双剣のうちの黒い一本を取り出して、投げつける構えを取っていた。
考える前に身体が反応した。
形振り構わず、地を転がるようにしてその場を離れる。
一瞬の後、サーシェスが倒れこんでいた場所が爆砕した。
先程の攻撃と同じだ。
その剣を投げつけるというだけで、それは砲弾の威力を持っていた。
どうやら策が失敗したかと歯噛みしつつも、こうなれば少しでも足掻こうと、体勢を立て直しながらアーチャーの姿を探す。
「――あ?」
サーシェスの視界に映ったのは、遠ざかっていく赤い外套の背姿だった。
どういうことか。
向こうが撤退を選んだということを理解するまで僅かな時間があった。
そしてそう思い至った瞬間に足腰から力が抜けそうになる。
思わず大きく息をついた。
助かった――掛け値なしにそう思う。
「っと、やべえ。だからってグズグズしてられねえやな」
機を見るに敏。
切り替えと変わり身の早さが生き残る秘訣だ。
いつだってそうやって死線を潜り抜けてきたのだ。
へし折れたショットガンはもう駄目だ。
ここに捨てていくしかないが、一発撃った感触は悪くなかっただけに惜しいことをしたと思う。
現状の装備はガトリングガンと包丁にドライバー。
「まだだ……まだ足りねえ」
ここから遠ざかるべく駆け出しながら、苦い顔で呟いた。
あの化物を打倒しなければ優勝は望めない。
同士討ちを待って漁夫の利を狙うのは現実味がなさすぎる。
先程の稲妻のような光がアーチャーの同行者によるものだとすれば、ああいう怪物の類が複数いることになるからだ。
いや、自分自身がこの目で見たではないか。
片倉小十郎の持っていた雷を放出する刀と同じような、とんでもない力を持つ武器がこのバトルロワイアルでは溢れかえっている。
この手に構えるガトリングガンも、実際に撃てば見た目以上の破壊力を秘めていた。
「ちょいと搦め手を使う必要があるかもな……」
どうにかして強力な支給品を取り揃えたい。
どうやらこのサバイバルゲームで生き残る秘訣はまずそこにある、とサーシェスは見た。
真っ向から奪う、というのは得策ではない。
向こうも強力な支給品を持っている可能性がある以上、素人相手に苦戦することも充分ありえる。
となれば、不意打ち、騙し、裏切り、盗むなどそういった手段も必要になるだろう。
搦め手とはそういう意味だ。
幸い、先程の戦闘では名前を知られていない。
自分の正体と名前を知っているのは、現在確認できるところでは片倉小十郎だけだ。
先に奴と接触して情報を得てしまえばお手上げだが、この広い会場ではそう早く情報が広まることはないだろう。
何も知らない奴らを騙す隙は充分にある。
「とりあえずは奴等と鉢合わせしねえように河岸を変えるか……さて、何処に向かうかな」
地図を取り出し、これから行く先を吟味し始める。
戦争屋の表情は、負け戦の直後にも関わらず早くも次の闘争に向けて活き活きと輝いていた。
【E-5/市街地 路上/一日目/早朝】
【アリー・アル・サーシェス@機動戦士ガンダムOO】
[状態]:疲労(中)、腹部にダメージ、額より軽い出血(止血済み)。
[服装]:赤のパイロットスーツ
[装備]:ガトリングガン@戦国BASARA 残弾数50% 果物ナイフ@現実 作業用ドライバー数本@現実
[道具]:基本支給品一式、 ガトリングガンの予備弾装(3回分) ショットガンの予備弾丸×78 文化包丁@現実
[思考]
基本:この戦争を勝ち上がり、帝愛を雇い主にする。
1:周辺を見て回り、できれば組める相手を見つける。
2:殺し合いをより楽しむ為に強力な武器を手に入れる。組んだ相手を騙すことも辞さない。
3:アーチャー、片倉小十郎との決着をいずれつける。
【備考】
※セカンドシーズン第九話、刹那達との交戦後からの参戦です。
※ガトリングガンは予備弾装とセットで支給されていました。
※破壊されたショットガンが放置されています。
※何処に向かうかは次の書き手さんに任せます。
◇ ◇ ◇
『ミサカシッカリ! ミサカシッカリ!』
誰も傷つかない世界が欲しかった。
『ミサカシッカリ! ミサカシッカリ!』
だけど――この世界は誰かが傷つかなければ、幸福は形を保てない。
『ミサカシッカリ! ミサカシッカリ!』
それに気付かず――いや、気付きながらも、それならば自らが傷ついて誰かが幸せになるなら、それでいいと思った。
『ミサカシッカリ! ミサカシッカリ!』
今度こそ終わりだと、今度こそ誰も悲しまないだろうと、つまらない意地を張り続けた。
『ミサカシッカリ! ミサカシッカリ!』
それが苦痛だと思う事も、破綻していると気付く間もなく、ただ走り続けた。
『ミサカシッカリ! ミサカシッカリ!』
ただ俺は、自分が知りうる限りの世界では、誰にも涙して欲しくなかっただけだった。
「アーチャー……」
いまだに帯電する空間の、オゾン臭の真ん中で、不死の魔女は駆けつけた赤い弓兵を見上げてその名を呼んだ。
丸いボール状のロボットらしき物体が、その周りを飛び跳ねながら同じ言葉を繰り返している。
この女は血に汚れることなど全く意に介さず、傷ついた御坂美琴を抱いたままで助けを待っていたのだ。
「こいつが死にそうなんだ、助けてくれ……」
――そんなことはできない。
かつて正義の味方を目指した。
誰かの涙を止めたいと思った。
だがそれは大きな間違いだった。
そもそもセイギノミカタなどというものに、そんなことは所詮、無理な芸当だったのだ。
悪を滅ぼすのが、災いを討ち果たすのがセイギノミカタの務めというのならば、そんなものは災いが無数の幸福を食い散らかした後を片付ける掃除屋に過ぎない。
ゆえに誰かが犠牲になることを止められない。ゆえに誰かの涙を止めることなどできない。
誰もが笑っていられる世界など、もたらすことはできやしない。
だから自分に御坂美琴は救えない。
こんな男に今できることはたった一つ。
それは誰にでもできること。
セイギノミカタなどというものには一切関係のないこと。
英霊という人を超えた力――百里を駆ける駿馬の如き健脚に意味は無く、剛勇無双の膂力も意味はない。
だけどここには他に誰もできるものはおらず、だから自分がやらなければならないことだ。
それは、たった一言告げるだけ。
目の前で血塗れの「ソレ」を抱きかかえて雛鳥のように助けを求めるこの女に、たった一言告げるだけ。
「――もう死んだよ」
【御坂美琴@とある魔術の禁書目録 死亡】
【残り50人】
【E-5/市街地 一軒家前/一日目/早朝】
【アーチャー@Fate/stay night】
[状態]:健康 魔力消費(小)
[服装]:赤い外套、黒い服
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×3
[思考]
基本:過去の改竄。エミヤシロウという歪みを糺し、自分という存在を抹消する
1:……。
2:情報を集めつつ、士郎を捜し出し、殺害する
3:士郎を殺害するために、その時点における最も適した行動を取る
4:荒耶、赤毛の男(サーシェス)に対し敵意。
[備考]
※参戦時期は衛宮士郎と同じ第12話『空を裂く』の直後から
※凛の令呪の効果は途切れています
※参加者は平行世界。またはそれに類する異界から集められたと考えています。
【C.C.@コードギアス 反逆のルルーシュR2】
[状態]:体力枯渇(小)、左の肩口に噛み傷、わき腹・太腿・頭部から出血(全て徐々に再生中)
[服装]:血まみれの拘束服
[装備]:オレンジハロ@機動戦記ガンダム00
[道具]:基本支給品一式 誰かの財布(小銭残り35枚)@???、ピザ(残り63枚)@コードギアス 反逆のルルーシュR2
[思考]
基本:ルルーシュと共に、この世界から脱出。
不老不死のコードを譲渡することで自身の存在を永遠に終わらせる――?
1:……。
2:ルルーシュと合流する
3:利用出来る者は利用するが、積極的に殺し合いに乗るつもりはない
[備考]
※参戦時期は、TURN 4『逆襲 の 処刑台』からTURN 13『
過去 から の 刺客』の間。
※制限によりコードの力が弱まっています。 常人よりは多少頑丈ですが不死ではなく、再生も遅いです。
※E-5から立ち上った超電磁砲の光が周囲から見えたかもしれません。
時系列順で読む
投下順で読む
最終更新:2010年01月24日 22:58