僕にその手を汚せというのか ◆1aw4LHSuEI
彼女が死んだ。
そう聞いた瞬間にいったい何を考えたものか分からなくなってしまった。
それでも手は事務的に動いて情報を写し続ける。
そんな自分の冷静な部分が、少しだけ煩わしく感じた。
軽く頭を振る。そんなことで気が紛れる筈も無いのだけれど。
不思議と、涙は出ない。
何故だろうか。
彼女が死んだということを信じていないから、か?
違うだろう。
確かに彼女は学園都市数多の能力者の頂点に立つレベル5。
死角より放たれた攻撃にすら反応する電磁波網。戦略級の破壊力を誇る超電磁砲。
滅多な事では死なないように思える。
しかし、その能力が如何に強力だろうとも彼女は殺し屋でも軍人でもない、ただの女子中学生なのだ。
今まで人を殺したことなんてなかったし、これから殺す気も無かっただろう。
だから彼女は本当の人殺しにはきっと敵わない。
笑顔で近づいて背中から刺したか。疲れて寝込んだところを襲われたか。殺意の無さを利用しての特攻か。
少し考えただけでもこれだけ浮かぶ。
それに、今流れた放送は参加者にとっては数少ない情報入手源だ。
主催者がそこに嘘を混ぜればそれだけ信頼は落ちる。
そして、もしそうであるならば分かる人間にはすぐに嘘だと分かってしまう。……例えば、本人などには。
主催者―――帝愛グループはこの殺し合いをゲームと言った。そして、勝ち抜いた場合の報酬も用意している。
つまり、詳しい理由は分からないが帝愛グループはただの殺し合いでなくゲームという形式をとった殺し合いをさせたいのだろう。
ゲームの進行役が信頼を無くしてしまったらゲームは成立しない。
だからこそ……この放送は全て真実が語られている可能性が高いだろう。
ああそうだ。彼女は十中八九死んでいる。
では、何故自分は泣かない。泣けないのか。
彼女には、幸せでいて欲しかった。
笑っていて、欲しかった。
自分のような後ろ暗い世界とは無縁なところで。
傷つかないで、欲しかった。
本当は自分が……彼女を守ると言えたなら、どんなに良かっただろう。
だがそれは幻想殺しの少年に託した。
そのほうが自分にとっても、彼女にとってもいいことだと、思えたからだ。
でも彼女は死んだ。
彼は、彼女を守ることが出来なかった。
辛い。
彼のせいにして怒りで悲しみを紛らわせようと思う自分が醜く思えて仕方がない。
無力さ、無情さ。そして、圧倒的な現実。
痛くて、苦しい。
それでも涙は零れない。
一体それは、何故なのだろうか。
□ □ □
朝の日差しに照らされた、誰もいない学校の廊下を一人歩く。
どうやらここでは激しい戦闘が行われた後らしい。
校舎は所々壊れていた。それも場所によっては手酷く。
一階と二階を結ぶ階段など完全に崩壊している。一体どうすればこうなるというのだろうか。
案内板によれば3階にあるという史学準備室に向かいながら、そんなことを考えた。
そう。今、
海原光貴ことエツァリは黒曜石を手に入れるために学校へと赴いていた。
彼女が死んだ。では自分は何をすればいいのだろう。
そこに迷いが生まれたから……空虚なまま、何もしないよりはと思い当初の予定通りに動いている。
ひょっとすると、優勝して彼女を生き返らせればいいのか?
―――いや、それはきっと彼女が悲しむだろう。
あの少年や、後輩の少女を犠牲にしてまで彼女が生きたいかといえば……そんなわけはないのだから。
もちろん本音を言えば全てを犠牲にしてでも、彼女には生きていて欲しい。
ああ。他に何も出来ないと言うのなら、いっそのことそんな想いなど裏切って―――
―――いや、待て。
主催者は本当に願いを叶える気があるのか。そんな技術を持っているのか。
それも疑問だ。
技術に関して言えば不可能とは言わない。
世界には死者蘇生の神話には事欠かない。
もっとも有名だろう聖書における救世主の復活、ギリシャ神話におけるオルフェウスの妻エウリュディケー、北欧神話におけるバルドル、
日本書紀や古事記などにも記されている。
それらを元に術式を組み立てれば或いは。
しかし、問題もある。
それらの神話においてほぼ例外なく死者蘇生は困難で条件の厳しいものだ。
そうそう容易に再現できるものではない。
―――待て、だからこその回数制限か?
金により叶えるという手法はどうも回りくどいものだと感じていたけれども……条件が厳しく簡単に蘇生を行うことが出来ないのではと仮説を立てれば納得がいく。
そこで賞金を与えてその範囲内での願いを叶える……。なるほど。弱みを見せずに叶える願いに限界があることを示すいいシステムだ。
と、いうことは主催者は願いを叶える意思があるのか。
―――いや、それは断定できない。
金が全てだと言い切った連中が、その気になれば簡単に葬れる優勝者にすんなり賞金を渡すだろうか……?
「殺し合いはもうしたくないと言う意見が多く聞こえたから途中から首輪の起爆装置は停止してあった。
こちらの不手際で少しその解除が遅れてしまったが。ゆえにこのバトルロワイアルは無効となる。よって賞金は出せない」
―――ぐらいのことはいいそうだ。
ごねるなら首輪を爆破すればいい。そもそも優勝者を生還させるつもりがあるかどうかすら、怪しい。
つまり、現時点での予想では。
主催者は信用できない。が、死者蘇生の技術を持っていてもおかしくない。
と、いったところか。
―――なんてことだ。
優勝すらも、彼女を確実に生き返らせる方法とは考えられないと言うことか。
自分の冷静さが、嫌になる。
単純に優勝を目指し、彼女のためだと殺しまわれたら―――それはどれほど心安らかだっただろうか。
自分を正当化して、どろどろとした心を解き放ち。誰も彼もを殺して殺して―――力尽きて死ぬ。
―――それはきっと、とても魅力的な誘いだった。
しかし、その方法は選べない。
確実でなく,彼女の望みどおりではない方法など。取れるはずが無い。
出来ることならば。
では自分が彼女の為に出来ることがあるというのなら。
それは、なんなのだろうか。
自問しようと答えは見つからず。ただ探索を続ける。
□ □ □
結果から言えば黒曜石は存在した。史学資料室ではなく同じ階の職員室に。
「―――しかし、これは何とも……」
綺麗に研磨された黒曜石。ストラップが通してあり、袋に入ったままだったそれは「パワーストーン“黒曜石”」と書いてあった。
包装されていたので何かと思いあけてみたが、誰かが用意しておいたプレゼントだったのだろうか……?
一応、本物の黒曜石には間違いは無いようだから『トラウィスカルパンテクウトリの槍』の術式を使うことは出来るだろうが……
術式用に調整してないので使用できて2、3度が限界といったところか。
また、少々尖ってはいるがナイフには程遠い形状なので、元々余り高くない精度がさらに下がっているだろう事が予想できる。
至近距離からの一撃にかけるくらいしか出来ないだろう。
―――まあ、それでもないよりはずっとましだ。
そんなことを考えながら振り向くと、そこには一人の少女の遺体が転がっていた。
「――……あなたは、どんな風に考えてどう生きたんでしょうね」
いや、それを遺体と呼んでいいものなのか。四肢は捻じ曲がり内臓は飛び散り骨は形すらとどめていない。
どうすればこんな死に方をするのだろう。自分の『トラウィスカルパンテクウトリの槍』でも、こうまで執拗に人を甚振りはしない。
魔術か、能力によるものだろう。それも強力な。そう、見当をつける。
しかしこれはどう見ても近代兵器の仕業には見えなかった。
学園都市に潜入し、魔術結社出身のエツァリは魔術、能力のどちらについても知識がある。
そこから導き出した答えは、これは魔術の仕業ではないだろうということ。
基本的に魔術には元となる神話や伝承が存在する。そのためある程度だが使用した跡を見ればその癖のようなものが見えてくる。
しかし、この死体にはそれがない。あるのはただ暴力的な意思だけだ。
なによりこの単純にねじ切られた後。これはテレキネシス系の能力者が使うものと考えられる。
レベルでいうならば……4ぐらいだろうか。直接見たわけではないし、他にもっと出来ることがあるならば5ということも考えられるが……。さて。
そして、ここから導き出せることは。
例え相手が人畜無害そうな丸腰の少女であったとしても……決して残酷な殺人者ではないなどと言うことは出来ないということだ。
こんな能力があるというのなら、武器は必要ないだろう。甘い顔をして近づいて、不意に攻撃を仕掛けることが出来る。
学園都市の能力者は皆十代の子供というところからも……十分に信憑性のあることに思えた。
―――彼女も、そうして殺されたのかもしれない。
優しい彼女のことだ。力の弱い参加者を装って近づけば無碍にすることは無いだろう。
そんな彼女の好意を利用して―――殺す。
ありえない話ではない。
ねじ切れた少女の死体をもう一度眼をやる。
虚ろになった目からは、涙の流れた跡がある。
開いた口は、何を言い残したのだろうか。
捩れた体は、もう人間にすら見えない。
似ていない。
全く似ていない。
精々が制服を着た少女である、というぐらいなのに……
何故だろう。
この名前も知らない少女が、彼女に被ってみえる。
虚ろに、曲げられて、捻られて、晒されて。
そうやって、彼女も死んでいる。
ああ。
好きなのに。
―――殺そう。
何の混じりけもなしに海原光貴は、エツァリは、そう思った。
□ □ □
主催者が信用できない。彼女の世界を守りたい。彼女に生きていて欲しい。彼女を殺した奴を殺す。彼女を殺したかも知れない奴を殺す。
全部やらなきゃいけないってのが、彼女に惚れた男の辛いところだ。
自分は一体何を悩んでいたのだろうか。
簡単なことじゃないか。
殺し合いに乗った人間を全員殺す。
上条当麻や
白井黒子を守る。主催者を打倒して―――死者蘇生の業を手に入れる。
そして、彼女を生き返らせればいい。
勿論、問題はある。
殺人者は強いだろう。自分では勝てないかもしれない。
上条当麻が死んだらどうする。彼には死者蘇生の術は効かないかも知れない。
首輪をどうやって外せばいい。これがあるうちは打倒主催など夢また夢である。
これだけじゃない。考えれば考えるだけ、穴は存在し確実さは減っていく。
――――それでも、こうするしかない。
エツァリは彼女に生きていて欲しい。笑って生きていて欲しかった。
そしてそのときに隣にいるのは、自分でない暖かい場所の人間であるべきだ。
だから、そのためなら何でもしよう。どんな不可能と思えることでも。身を削ってでも。
自分勝手な理想だと分かっているけれど。
それでも、この幻想だけは決して譲れない。
まだやることが残ってる。
だから、涙は流せない。
くちゅり。
中途半端に固まった血液が立てる音。
血に塗れた床を踏み少女の死体へと近づく。
その眼が不意に自分を睨んでいる様な気がして。それを無視して包丁を取り出した。
首輪の回収は簡単だった。
殆ど原型を留めていなかった体は首と胴も皮一枚で繋がっているような状況だったからだ。
既にどうしようもなく壊れた死体とはいえ、首を切るのは少々後味が悪い。
死体を捌くのには慣れているほうだと思っていたのだけれど。それでも気分は悪くなる。
彼女を―――投影しているのか。この名も知らぬ少女に。
そうなのかもしれない。
そうなのだろう。
だが必要なことなのだ。主催者の呪縛から逃れるためには、サンプルが必要なのだから。
護符の為にと比較的傷の少ない箇所から皮膚を採取し立ち上がる。
うつろな瞳が。生首が。こっちを見ている。睨んでいる。
彼女が。責めるような眼で。口を開き―――
「 」
―――それは何も言いはしない。
居た堪れなくなってデイパックから取り出したタオルを彼女の顔にかけた。
……死体なんて見慣れたはずだったのに。
答えは出ない。
その代わりに、一つだけ宣言しておく。
「―――殺します。貴女を殺した人間を。貴女を殺そうとした人間を。貴女を殺すかもしれなかった人間を。みんな」
そして、気付かされる。
自分の持つ殺意に。
純粋な復讐心に。
何だ。
理屈を捏ねて格好をつけてはみたものの。
俺はただ。
彼女を殺した奴が憎くて憎くて仕方がないだけじゃあないか。
「その通り」
―――少しだけ。誰かが笑ったような気がした。
□ □ □
海原光貴は歩き出す。
名前。放送でそう言われたのだから自分の正体――エツァリ――はばれていないのだろうか。
それとも知ってあえてそう呼ぶのか。
まあいい。
如何にも日本人である外見に外国人の名前では使いにくい。
どうせ暫くはこの顔を捨てるつもりはなかったのだ。
都合がよかったと考えよう。
主催者の考えは気になるけれど。
今は考えていても仕方ない。
さて、とりあえずは落ち着いて護符を作ることの出来る場所を見つけよう。
だが、殺し合いに乗った奴は殺す。
どんな手段を使ってでも。
「―――ああ、そうだ。彼に会ったら文句の一つでも言わせて貰わないと」
そして彼女の世界を取り戻す。
それだけでいい。
それ以外は、何もいらない。
【E-2/学校 校庭/一日目/朝】
【海原光貴@とある魔術の禁書目録】
[状態]:健康、疲労(小)
[服装]:ブレザーの制服
[装備]:S&W M686 7ショット(7/7)in衝槍弾頭 包丁@現地調達 、黒曜石のパワーストーン@現地調達
[道具]:支給品一式、コイン20束(1束50枚)、大型トランクケースIN3千万ペリカ、衝槍弾頭予備弾薬35発
洗濯ロープ二本とタオル数枚@現地調達 、15センチほどの
加治木ゆみの皮膚、加治木ゆみの首輪
[思考]
基本:主催者を打倒し死者蘇生の業を手に入れて
御坂美琴を生き返らせる。
0:殺し合いに乗った奴は殺す。
1:手に入れた皮膚から護符を作るために落ち着ける場所を探す。
2:これ以上彼女の世界を壊さない為に上条当麻、白井黒子を保護
3:
バーサーカーと
本多忠勝を危険視
[備考]
※この海原光貴は偽者でその正体はアステカのとある魔術師。
現在使える魔術は他人から皮膚を15センチほど剥ぎ取って護符を作る事。使えばその人物そっくりに化けることが出来る。海原光貴の姿も本人の皮膚から作った護符で化けている。
※タオルを一枚消費しました。
※主催者は本当に人を生き返らせる業を持っているかもしれないと思っていますが信用はしていません。
※上条当麻には死者蘇生は効かないのでは、と予想しました。
※加治木ゆみを殺したのは学園都市の能力者だと予想しています。
【黒曜石のパワーストーン@現地調達】
何の変哲もない黒曜石のパワーストーン。通販やらみやげ物売り場で売っていそうなものである。
※海原は『トラウィスカルパンテクウトリの槍』を使えば数回の使用で破損。
また精度も良くないだろうと予想しましたが実際に使用していないので詳細は不明です。
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最終更新:2010年01月22日 23:50