偽者(レプリカ)、E-2学校に死す! ◆70O/VwYdqM






――……あー、何か忘れてるような……。





 そんな事をヴァンが思ったのは手に持った子供用の玩具を一通り遊び倒し、最後に変形したアリオスガンダムを元の人型に戻そうとしていた矢先のことだった。
 視線の先には船首を鋭角に尖らせた飛行形態のアリオスガンダム。
 そのフォルムが何かを彷彿とさせる。

 子供のように肩の部分である飛行形態の船首を開いたり閉じたりを繰り返すヴァン。
 開いたり閉じたり。
 開いたり閉じたり開いたり。
 開いたり閉じたり開いたり閉じたり開いたり。
 開いたり閉じたり開いたり閉じたり開いたり閉じたり開いたり閉じたり開いたり。
 開いたり閉じたり開いたり閉じたり開いたり閉じたり開いたり閉じたり開いたり閉じたり開いたり閉じたり開いたり。
 開いたり閉じたり開いたり閉じたり開いたり閉じたり開いたり閉じたり開いたり閉じたり開いたり閉じたり開いたり閉じたり。
 開いたり閉じたり開いたり閉じたり開いたり閉じたり開いたり閉じたり開いたり閉じたり開いたり閉じたり開いたり閉じたり開いたり……。

 バキッ!

 アリオスガンダムの胴体から腕が何処かに消えた。
 支えを失ったアリオスガンダムはヴァンの両手から無残に落下する。
 床に叩きつけられるアリオスガンダム。
 哀れ、アリオスガンダムは撃墜されてしまいました。
 鬼のような形相の黒衣の巨人の手によって……。





【アリオスガンダム@現実 破壊】





 ……とまぁ、一つの命が終わったかのように書いたところで所詮は玩具。
 リアルに切羽詰った状況を思い出した人間の暴挙を抑止できる力は無い。

 ヴァンは気づいた。
 気づいてしまった。
 ……いや、正確には、“ようやく”思い出したと言うべきだろう。
 自分が今、こんなことをしている場合ではない、と言うことを……。
 大切なものが奪われていると言う現実を。



 ……悲しいことに、それは6時間経ってようやく訪れた瞬間だった……。



「……ダン!!!」



 ヴァンの頭に浮かび上がったのは目の前で無残な姿を晒しているアリオスガンダムと同様とも言うべき機械の巨人。
 自身の相棒であり、分身であり、命であり、大切な人に託された願いの欠片。
 ロボットとパイロットなどと言う単純な言葉で括れない唯一無二の命を分けた存在だ。
 ヴァンはダン無くしては生きられない。
 ダンはヴァン無しでは自己修復もままならない。
 ヨロイと搭乗者が直結された、まさに自分そのものというべき分身。
 そんな大切なものを、今の今までヴァンは考えようともしなかったのだ。

「奴らっ!ダンを!!俺のダンを!!」

 ヴァンを激情に囃し立てたのはある種の願い。
 カギ爪への復讐を果たした今、唯一ヴァンに残された最後の願いだ。
 それは、自分の命を救ってくれた最愛の女性、エレナの願い。
 “ヴァンに生きて欲しい”、そんな当たり前で純粋なる願い。
 その願いを叶える為に、エレナは残り少ない命を使い、ダンをヴァンに託したのだ。
 その必死の想いを、ヴァンが知らないはずはない。
 ヴァンの命はエレナによってダンと直結された。
 つまり、ヴァンの命とダンは、エレナの最後の願いであり、ヴァンに残された最後のもの。
 決して失ってはいけない、かけがえのないもの……。
 決して、容易く奪われてはいけないもの……。

 復讐を果たせた今だからこそ、その事を深く実感する。



 ゆえに、その命とも言うべき存在の異常事態に改めて気がついたとき、ヴァンは感情に任せるままに怒りを顕にする。



 ヴァンが思い出していたのは昨夜の出来事。
 奇妙な女の前で感情に任せるままにヴァンはダンを呼び出した。
 ハットにぶら下がるリングに指を通して回転させ、ダンを呼び出すというイメージを固定化する。
 何時もどおり手に持った蛮刀に神経電気を伝え、無数の穴が剣の表面に開くのを感じ取り、V字型に振りかざしてダンを呼び出すというイメージを空に向かって飛ばす。
 それだけ……、たったそれだけの工程をクリアするだけでダンを呼び出せるはずだった。
 だが、待てど暮らせどダンが降りてこない。
 今まで、一度たりとも自分を裏切らなかった相棒がここに来て呼び出しを無視したのだ。
 これはヴァンでも解るほどの明らかな異常事態。
 勿論、ダンが気分でヴァンを裏切った等とはヴァン自身も考えていない。
 いくらヴァンでも、ダンが呼び出しに応じなかったという事実が何を指してるのかぐらい流石に解る。

「俺からダンを奪いやがったのか!」

 今更。
 本当に今更なのだが、そう吐き捨てるヴァンの表情は真剣そのもの。
 とても先ほどまで玩具遊びに興じていた男と同一人物とは思えない。

 ダンは奪われた。
 おそらく、この殺し合いを企画した最初にモニター越しに現れたあの二人の男と女に……。

 それが容易に理解できるからこそ、今現在ぶつけ様のない怒りを全身から立ち上らせているのである。

「クソッ!!こんな事してる場合じゃねぇ!!」

 両の手に握られたひび割れたアリオスガンダムの肩から腕までのパーツを床に叩きつけ、ヴァンは怒りの形相のままに模型店を飛び出した。
 向かう先は天井のない外だ。
 勿論、もう一度ダンを呼び出すためだ。
 結果は同じだろうとはヴァンも感じている。
 だが、今はそれしか出来ない。
 重要なのは感情に赴くままに動き出すことだ。
 感情に赴くままに止まっていたのでは何もならない。
 そんな至極当然の思考に基づいての行動、そして当然、試した結果待ってるだろう今後の明確な方針決め。
 それをなす為にはこんな場所で遊んでいる暇は無い、と自身を怒りに流されるままに鼓舞し、行動を始めたのだ。



 そしてその結果、ヴァンはこの地に来て始めて明確な行動方針を得た。



――ダンを取り戻す。

――何があろうと取り戻す。

――デイパックに入っていた地図には『宇宙開発局』と呼ばれる施設もあった。

――『宇宙』という言葉は覚えてる。

――確かダンがねぐらにしている衛星がある場所だ。

――なら、ここは何かダンに関係があるんじゃないか?

――わからない。

――わからないが、わからないなら行ってみるのが手っ取り早い。

――途中機械に詳しい奴がいたら協力してもらうのも悪くない。

――とにかく、どんな事をしてもダンを取り戻す。



 新たな決意を胸に、黒衣の男、ヴァンは一路東へと進路を定めて歩き出した。
 黒いタキシードをはためかせて……。



 ◆ ◆ ◆



 所変わってE-2、学校校庭。
 放送により新たに定めた自身の行動方針に則り、行動を開始した一人の魔術師がそこにいた。
 今現在彼は、自身の顔の表すままに海原光貴と名乗り、最愛の女性、御坂美琴を生き返らせる為の険しい道のりを歩んでいる最中である。
 一歩、また一歩。
 冷酷な仮面の下に決して消えることの無い青い高温の炎を揺らめかせながら、前へと進む。
 たとえその行く道の先に待つのが絶望しかないとしても、魔術師は歩みを止めない、止めるわけにはいかない。
 なぜなら、もう魔術師にとっての当たり前の平和は失われてしまったのだから……。

「美坂さん……」

 彼女に生きていて欲しい。笑って生きていて欲しい……。
 そんな願いを胸に、魔術師は歩を進める。
 だが、切実な願いほど叶わない事を魔術師は知っている。
 願いを叶えるには果てしない努力と決意が必要だ。
 自身を削るほどの努力と、どんなに絶望を嘗めようと諦めない心と、地獄に突き落とされる事を構わないと笑って言える程の決意。
 それを理解しているからこそ、魔術師の歩みに迷いは無い。

 まず必要なのは願いを叶えるための最低限の力。
 止まっているだけでは決して得られない様々な力。
 武器、情報、仲間……。
 何でもいい、利用できるものは利用し、また恥を捨て助力を請い、必ず願いを達成させる。

「待っていてください……」

 魔術師の過酷な歩みは、まだ始まったばかり……。





 ……だが、現実はそんな魔術師の想像を遥かに凌駕するほど過酷で残酷なもの……。
 なぜなら、魔術師は早速、願い成就の為の最大の障害と邂逅する事となるからだ。
 魔術師の何がいけなかったのだろう。
 魔術師に何が足りなかったのだろう。
 それは誰にもわからない。
 あえて言うならこう付け加えよう。
 ただ『不幸』だったと……。



 ◆ ◆ ◆



 魔術師であり、今は海原と名乗る男は目標に向かって歩いている……。
 そこに一欠けらの慢心も油断もない。
 慎重と言う言葉を軽んじられるほど愚かじゃないからだ。
 海原はサバイバルのお手本のように慎重に慎重を重ねて行動している。
 自身の願いの為に、あらゆる状況での他者との接触の仕方も考えているし、奇襲にあうことも考慮し、辺りへの注意も何時も以上だ。
 勿論、戦闘になったときに容赦せず相手を殺す覚悟を背負い、その準備も最低限だが出来ている。
 銃を持ち、切り札として黒曜石も手に入れた。
 戦闘手段としては磐石とは言いがたいが、今の自分に用意出来る最大限の環境を整えたつもりだ。
 ゆえに、何が、どんな相手が、視界に飛び込んでこようとある程度冷静でいられる。
 そう思っていた。
 そう思っていた、はずだった……。





 それは突然現れた、わけではない。
 海原の視界にあの男が入ったのは目算にして25メートルと言う十分に離れた距離での事。
 通常なら、まだ十分に思考に余裕が持てる距離だ。
 たとえ向こうが殺し合いに乗っていて、銃をいきなり撃ってきたとしても、これだけ離れているならば、相手が動いた瞬間に身を隠して初撃を避ける事ぐらいは出来るだろう。
 幸い、今海原が立っているのは、正門へと向かう間にある、針葉樹林が立ち並ぶ校庭隅の並木道。ここなら木々の隙間に身を隠す事は十分可能だ。
 学校の玄関から校庭に出た海原だったが、そのまま一直線に出口である正門へと向かうような危険な真似はしなかった事が幸いしたのだ。

 25メートルと言う距離、何かあっても隠れる事ができる木々、それらを駆使すれば十分戦える。何も問題はない。
 それは当然とも言うべき冷静な思考だ。
 海原もそう思った。
 そう思ったはずだった。
 だが……、現実問題、海原の思考は容易く停止していたのだ……。



 目の前に、一人の男が立っていた。
 銀色の甲冑に鬼を連想させる額当て、悪魔の羽根のような背中から出る六本の飾りに、右手に握られた長すぎるとも思える刀。
 異様な風体。
 いや、風体なんて軽く流していいものじゃない。
 姿だけでなく、海原の目に映った男はその周囲をも異界へと取り込んだかのように変えているのだ。
 男の周囲に黒い影のようなものが立ち込めている。
 それだけだったら何かの魔術かとも思えたが、その異様な雰囲気が遠く離れているはずの海原に無言の圧力を掛けてくるのだ。
 一切の動きを許さないかのように、一切の思考を許さないかのように、男は現れただけで、海原の持つ冷静な思考を容易く打ち砕く。
 海原の視界に映っているのは、禍々しく、この世のものとは到底思えない何かだ。
 そう瞬時に思わせるほどに、その邂逅は衝撃のものだった。



――何だ……、あれは……



 体躯は見上げるほど大きくはない。
 大きくはないはずなのに、海原はその姿を幻視した。
 2メートル、3メートル、いや4メートル5メートル……。
 無表情に佇んでいる筈の男が、なぜか悪鬼羅刹かのように映り、それこそ隣に聳える校舎ほどの大きさではないかと錯覚する。

 勿論そんな事はない、と海原もわかっている。
 だが、男の放つ殺意をも超えた圧倒的な威圧感が海原にそれを見せるのだ。
 言うなれば、これが海原と現れた男との差。
 誤魔化しきれない、一見しただけで二人の間で済んだ勝負付け。
 海原は、一言も交わす前から、視界に捉えた男に恐怖を覚えたのだ。



――マズイ!!



 なぜそんな行動を取ったのかは海原もわからない。
 一言も発しもせず、また相手が何かをしてきたわけでもないのに、海原は動いた。動いてしまった。
 おそらく生物としての原始的防衛反応だったのだろう。
 海原は、何かに背を押されるように持っていた銃を男に向けていた。

 銃、拳銃。
 引き金を引けば人が死ぬもの。
 それを海原は迷い無く目の前の男に向けたのだ。
 相手を殺す事に躊躇いはない。躊躇っている場合じゃない。
 そう思わせるほどの威圧感であり、禍々しい気配。
 浮かび上がった衝動に駆られるまま、海原は引き金に指を掛けた。
 だが、その瞬間、海原の頭の中に残った最後の思考回路が待ったを掛ける。
 理由は単純、引き金を引いた先に待つ未来を想像してしまったからだ。

 銃の射程は確か25メートル程、届かない距離じゃない。
 だが、届いたとして、いったいどこを狙えというのだろう?
 男は全身に西洋甲冑と思われる銀色の鎧を着込んでいる。
 この銃がどれ程の威力かはわからないが、あの鎧を貫き、男に致命傷を果たして与える事ができるのだろうか?
 与えられなかったら?いや、それ以前に全弾よけられる可能性も十分にある。
 そうなれば、待っているのは残弾を撃ち尽くした後、悠然と距離を詰められ殺される自身の無残な未来だけだ。
 それはダメだ。
 そんな風に無謀な行動は取れない。とってはいけない。
 なら、どうするべきか……。



 銃を相手に向けた事で海原の中に僅かに冷静な思考が戻ってくる。
 だが、遅い。
 その一瞬の迷いこそが致命的。
 海原が男に銃を向けた事で、当然のように男も動いていたのだから……。



「虫ケラか…こざかしいわ…!」



 男はポツリと呟いただけで、その言葉を殺意と共に海原に向ける。
 そして、25メートルというそれなりに長い距離を一瞬で0にした。



 気がついた時には、男は海原の眼前にいた。
 銃を向け、引き金を引く直前だったというのに、その異常性を前にして石のように硬直する。
 死を覚悟する間もない。
 男はなんの躊躇いもなく、海原に向かって刀を振り下ろしていたのだから……。



 ◆ ◆ ◆



 海原光貴は死んだ。



 それは確かな事実。



 もうこの地に、海原光貴と呼ばれる者は存在しない。



 殺された。



 殺された。



 海原光貴は殺された。



 何の迷いも躊躇いもない、悪魔の放つ残酷なまでに冷酷な一撃により、海原光貴は殺されたのだ。



 いない。



 どこにもいない。



 もう海原光貴はどこにいない。



 姿形も無い。



 この地から、海原光貴という存在そのものがない。



 消えた。



 消えた。



 最初から存在しなかった存在が、ついに……消えた……。




 ◆ ◆ ◆



「はぁ、はぁ、はぁ……」

 E-2北、住宅街を縫うように走り、何かから逃げる男が一人。
 それは、ただの魔術師だった。

――あんなの、反則でしょう……。

 とりあえず近くにあった電柱に寄りかかり、息を整えながら心の中で愚痴をこぼす。勿論無駄と解りながら。

――運がよかった、と言うべきでしょうか?

――いや、あんなのと出会った時点で運が悪いと考えるべきでしょうね……。

――……まぁ、だが、僕は生きている。

――それは確かな事。

――失ったのは、偽りの仮面一つ……。

 魔術師は、この地に集められた64人の誰でもない顔をしていた。
 それも当然。
 魔術師は先の戦いの際、被っていた仮面を砕かれていた。
 この地での男の呼び名は海原光貴、その仮面を、魔術師は失ってしまったのだ。

――これぞ紙一重と言うのでしょうかね……。

 今現在の男の姿は魔術師本来の姿であり、名を名乗るのであれば『エツァリ』と名乗るのが適当であろう。
 先ほどまでの自身の姿、海原光貴と呼ばれる男の顔はもうどこにも無い。
 なぜなら、『エツァリ』が『海原光貴』へと化ける為に必要な護符を、先の男に切り裂かれてしまったからだ。



 エツァリは先の絶望的なまでに恐怖した戦いを思い出す。

 一気に距離を詰めたあの禍々しい気を放つ男。
 その男が当時まだ海原だったエツァリに対して刀を振り下ろそうとした刹那、エツァリが取った行動は単純にして明快。
 エツァリはただ、閉じていた左手の平を開いただけだ
 銃を男に向けた時、同時に左手でポケットから出していた黒曜石のパワーストーンをある術式に基づいて発動させただけ……。
 ただ、それだけだった……。

 トラウィスカルパンテクウトリの槍、そのゼロ距離射撃。
 空か降る金星の光りを黒曜石に反射させ、その光を浴びせることで攻撃する魔術をエツァリはあの土壇場で発動させたのだ。

 もともとトラウィスカルパンテクウトリの槍は不可視の攻撃だ。
 それを離れた相手に当てようとするとどうしても幾度かの射線修正を余儀なくされてしまう。
 だが、相手が近づいてきたあの瞬間に限り、その射線修正は必要なくなる。
 何せ近づけば近づくほど的が大きくなるのだ。
 ゆえに、エツァリはあの瞬間、光りが男の銀の鎧に反射した事を確認しただけで魔力を注ぎ込んだ。
 狙いなんてどうでもいい。
 ただ当たればそれでいい。
 当たって、この状況を何とかできれば……。
 そんな単純な願いと共に……。

 結論から述べよう。
 エツァリの攻撃は当たった。
 トラウィスカルパンテクウトリの槍は確かに男の銀の鎧にあたり、分解した。
 そう文字通り鎧だけを。

――あれを奇跡と……、呼ぶべきなのでしょうか……。

 男の一撃は確かにエツァリを殺害しようとした殺意のこもった一撃だった。
 あの一撃をまともに食らっていればどう抗おうとエツァリの死は免れなかった事だろう。
 だが、現実は決まりつつあった未来を覆した。
 男は突然砕かれた自身の鎧に驚き、振り下ろそうとした刀の狙いを外してしまう。
 それは単純にして明快な奇跡。
 計算で起きたわけじゃない、まったくの偶然の産物。
 ゆえにエツァリは死すべき運命を回避した。
 その代わり、大切なものを失う事になったが……。

 エツァリが失ったもの、それは顔。
 あの時、外した刀の切っ先が僅かにエツァリの額と、護符を貼り付けていた胸元へと走り、まるでカマイタチのように切り裂いていった。
 そのどちらも肉体には届いてはいなかったのが不幸中の幸いだったが、エツァリの施した魔術を断ち切るには十分な一撃だった。
 こうして、エツァリは海原光貴というもう一つの姿を失った。

 勿論、突然の出来事に呆然としている程、完全に恐怖に支配されていたわけじゃない。
 男の鎧が砕かれたのを合図に、エツァリは単純な指令を全身向けて発したのだ『逃げろ』と……。
 正直な話、その時点でエツァリに男と向き合う勇気は微塵も無かった。
 それだけの恐怖をエツァリは感じたのだ。
 ゆえに、エツァリに残された最後の選択肢は逃げの一択。
 殺し合いに乗ったものを殺すと言うスタンスをその時だけは投げ出し、エツァリは迷い無く逃げる事を選択するしかなかったのだ。

 エツァリは駆け出した。
 鎧を砕かれた事に驚いた男の一瞬の隙を突き、横を通り過ぎ、正門へと向かう。
 振り返って攻撃すると言う頭すらない。
 あるのは、一刻も早く男から離れると言う一点のみ。
 無我夢中で走り、そうして、現在に至った。
 それはまさに奇跡と呼べるひと時。



――にしても……、情けない……ですね……。



 拾い上げたのは自身の命。
 失ったのは海原光貴と言う顔。
 これだけ聞けばエツァリの払った代償は安いものだろう。
 だが、失ったものは文字通りの意味での『顔』だけじゃない。
 気概、プライド、決意、それらを恐怖という名の闇に掠め取られた。
 体は未だ震え続けている。
 冷や汗も止め処なく溢れ流れ落ちる。
 怖い、恐ろしい。
 一度は殺し合いに乗ったものを殺すと決意したエツァリだったが、その心は容易く現実という名の魔獣に打ちのめされたのだ。



――あんなの……、反則ですよ……。



 エツァリは冷静だ。
 冷静に考える為だけの頭は今も健在だ。
 それゆえに、先ほどの恐怖を冷静に考えてしまうのだ。

 単純な戦闘力云々ではない。
 エツァリとて、強力な攻撃手段や新たな魔術を手に入れれば先ほどの男を殺す術を考え出す事もできるだろう。
 だが、出来るのは考えることだけ。
 実行に移すとなると話は違ってくる。
 おそらくだが、エツァリはもうあの男を前にして『逃げ』以外の選択肢を選ぶ事はできないだろう。
 良く見積もっても、せいぜい後ろ向きな思考を隠し、無理やり薄っぺらい決意で自身を奮い立たせる程度。
 いざ死が迫ったら、再びあの言い知れぬ恐怖を味わい、勝てると言う気概を失ってしまう。
 それがエツァリと、あの男との間で行われた勝負付けの結果だ。

 エツァリはもう、一人ではさっきの男に立ち向かえない。
 たとえ使い慣れた黒曜石のナイフを持った万全の状態であろうと、あの男に勝つイメージを浮かべる事ができないのだ。
 それがこの世界の現実。
 エツァリとあの男との間で交わされた、当人同士にしかわからない絶対的な密約だ。



――こんな情けない姿……彼女は許さないかもしれませんね……。



 自虐的な笑みを浮かべる。
 思い起こすは最愛の女性の姿。
 だが、それはわかりやすい逃避だという事に当人は気づいていない……。
 エツァリは止まった。立ち止まってしまった。
 もう一度動き出せるかの確証も無いまま、過酷な道の真ん中で、立ち止まった……。
 その時―――。



「……あの……、すいません。
 少し道を聞きたいのですが……」



 救いの声?がエツァリに投げられた。



 ◆ ◆ ◆





 奇妙な縁が二人の男を出会わす。





 最愛の女性を殺され復讐に走った男と最愛の女性の為に過酷な道を進み始めた男。





 その出会いが二人の未来にどう影響を与えるのか、それは誰も知らない……。



【E-2/北、住宅街/一日目/午前】

【海原光貴@とある魔術の禁書目録】
[状態]:健康、疲労(大)
[服装]:ブレザーの制服
[装備]:S&W M686 7ショット(7/7)in衝槍弾頭 包丁@現地調達 、黒曜石のパワーストーン@現地調達
[道具]:支給品一式、コイン20束(1束50枚)、大型トランクケースIN3千万ペリカ、衝槍弾頭予備弾薬35発   
    洗濯ロープ二本とタオル数枚@現地調達 、15センチほどの加治木ゆみの皮膚、加治木ゆみの首輪
[思考]
基本:主催者を打倒し死者蘇生の業を手に入れて御坂美琴を生き返らせる。
0:殺し合いに乗った奴は殺す。必要なら他者に協力を求める。
1:手に入れた皮膚から護符を作るために落ち着ける場所を探す。
2:これ以上彼女の世界を壊さない為に上条当麻白井黒子を保護
3:バーサーカー本多忠勝を危険視
[備考]
※この海原光貴は偽者でその正体はアステカのとある魔術師。
 現在使える魔術は他人から皮膚を15センチほど剥ぎ取って護符を作る事。使えばその人物そっくりに化けることが出来る。海原光貴の姿も本人の皮膚から作った護符で化けている。
※タオルを一枚消費しました。
※主催者は本当に人を生き返らせる業を持っているかもしれないと思っていますが信用はしていません。
※上条当麻には死者蘇生は効かないのでは、と予想しました。
※加治木ゆみを殺したのは学園都市の能力者だと予想しています。
※海原光貴に化ける為の護符を完全に破壊されました。今現在の姿はエツァリそのものです。



【ヴァン@ガン×ソード】
[状態]:満腹、ダンを奪われた怒り
[服装]:黒のタキシード、テンガロンハット
[装備]:ヴァンの蛮刀@ガン×ソード
[道具]:基本支給品一式、調味料×大量、徳用弁当×6、1L入り紙パック牛乳×5
[思考]
基本:ダンを取り戻す
1:とりあえず宇宙開発局に行く、道に迷ったら人に聞く。
2:機械に詳しい奴を探す
3:向かってくる相手は倒す
4:主催とやらは気にくわない
[備考]
※26話「タキシードは明日に舞う」にてカギ爪の男を殺害し、皆と別れた後より参戦。
※ヴァンは現時点では出会った女性の名前を誰一人として覚えていません。
※死者が蘇生している可能性があることを確認しましたが、結論は保留にしました。
※第一回放送を聞き逃しました。





「我は陥ちぬ」



 魔王は一人、苛立ちを押し殺し、当初の予定通り『学校』を闊歩する。

 その姿は、このゲームが始まった頃からは想像もできぬほど変わり果て、みすぼらしい物へと成り下がってしまっていた。
 自慢の鎧は砕かれ、その時の衝撃で下に来ていた衣も無残に切り裂かれ、今では、上半身裸。
 こんな野生児のような哀れな姿を見て、誰が『天下布武』を謳う織田軍の総大将だと思えるだろうか。

 当然、信長も今の自身の姿は到底許せるものではない。
 だが、許せないだけで、決して自信の尊厳は揺るがさない。
 これまでどおり魔王としての風格と威厳を持ち、確固たる自信を持って歩を進める。
 それが第六天魔王と名乗る男の姿だった。



「虫ケラ共め……」



 信長の口から漏れた虫ケラという言葉。
 それは当然、先ほど殺し損ねた男と、マリアンヌと共に逃げた女に対しての言葉だ。

 追撃しようと思えば出来たはずなのに、信長は男を追うようなことはしなかった。
 あの時点では鎧が砕かれただけで無傷だったはずなのに、遠ざかる男の背中を信長は見送ったのだ。
 それはなぜか?
 それはマリアンヌを追おうとしなかった理由と同じ。
 これ以上の戦闘は、たとえ、一方的な虐殺になろうとも体力の消費を避けられないと判断したからである。
 その上、鎧を砕いたあの不可視の攻撃も信長の足を止めさせるには十分な理由だった。
 何の力も無いと思っていた男。
 そう思ったからこそ、信長は体力を無駄に消耗させず、さっさと終わらそうと考え、遊ぶつもりも無く一撃で葬ろうとしたのだ。
 だが、その判断は裏目に出る。
 参加者の中には不可思議な力や道具を使う者もいる。
 その考え自体は信長も持っていたが、あのような虫ケラ風情が自分に一矢報いるなど到底考えられるはずも無い、とアッサリと切り捨ててしまった。
 それは自身の浅はかさを露呈させたに過ぎない。
 それをあの瞬間思い知らされ、信長は自身が慢心していた事を思い知らされたのだ。



「二度は無い。二度は無いぞ虫ケラ共……
 我は第六天魔王! 我は織田信長! 我が全て滅ぼす!」



 視聴覚室と書かれた部屋に入り、壁に垂れ下がった黒い布を切り裂き、首に巻きつけマントをつくる。
 その即席マントを翻し、魔王はこの世の全てを飲み込むようなどす黒い眼を大きく見開き、地獄の底から震えが走るような咆哮を上げた。



 魔王、未だ息災なればこそ……。



【E-2/学校 視聴覚室/一日目/午前】

【織田信長@戦国BASARA】
[状態]:疲労(極大) 全身に裂傷 
[服装]:上半身裸に黒のマント
[装備]:物干し竿@Fate/stay night
[道具]:基本支給品一式、予備マガジン91本(合計100本×各30発)
[思考]
基本:皆殺し。
1:ひとまず『学校』で休息と同時に視察。
2:目につく人間を殺す。油断も慢心もしない。
3:信長に弓を引いた光秀も殺す。
4:もっと強い武器を集める。
[備考]
※光秀が本能寺で謀反を起こしたor起こそうとしていることを知っている時期からの参戦。
※ルルーシュやスザク、C.C.の容姿と能力をマリアンヌから聞きました。どこまで聞いたかは不明です。
※視聴覚室の遮光カーテンをマント代わりにしました。





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111:僕にその手を汚せというのか 海原光貴 148:それは不思議な出会いなの
107:さよならのありか ヴァン 148:それは不思議な出会いなの
113:過去 から の 刺客 織田信長 145:魔王再臨


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最終更新:2009年12月16日 11:01