騎士 失格 (前編) ◆SDn0xX3QT2



『クルルギドノ! クルルギドノ!』
「なに? ハロ」
『セイチョウ、マダ? セイチョウ、マダ?』
「もう少しだよ」
『モウスコシ! モウスコシ!』


夜は既に終わりを告げようとしていた。
昇りはじめた太陽の光に照らされる街は、街灯しか明かりのなかった時とは違って見える。
といっても、変わるのはあくまでも印象だけ。
ここにある風景がスザクにとって有り得ないものであるという事実は変わらない。

八年前までの"日本"になら、こういった場所もあっただろう。
だが、今の世界には存在しない。
ここにあるのは"日本"が"エリア11"になった時に失われてしまったはずの街並み―――これがスザクの認識である。


「異世界、なのかな。本当に……」


思わず漏れた呟き。
それはスザクがこの島に飛ばされた直後、もしかしたら、と考えたこと。

理由はふたつあった。
ひとつめは、10億ペリカの使い道として書かれていた『元の世界への生還』という表現。
"元の世界"ということは、ここは"別の世界"―――そう捉えることは、できなくはない。
そしてもうひとつが、この街並みの異常性。

だが、スザクがここが異世界である可能性を考えたのは、本当に僅かな時間のことだった。
どちらの理由も、異世界などというものの存在を肯定するにはあまりにも弱すぎる。特に前者はこじつけに近い。
だからスザクは自分の考えを一度は捨てたのだ。

その後スザクは当然のこととして、この島にいる人間は皆、神聖ブリタニア帝国を知っている、
皇帝ルルーシュとその騎士である自分は、世界の敵として憎まれ命を狙われているものと考えて行動した。

しかし実際は、スザクが今までに出会った者たちは全員が、ブリタニアのこともスザクのことも知らないと言った。

もちろん、その言葉を完全に信じたわけではない。
一度は捨てた異世界の存在という考えが頭に浮かびはしたが、それを全面的に肯定できるような根拠も無い。
このバトルロワイアルに関して、確証をもって「絶対に間違いない」と断言できることを、スザクは何ひとつ持たない。

それでも決めなくてはならなかった。
自身の行動方針を―――どのリスクを選ぶのかを。

スザクは、ここが異世界かどうかはともかく、真田幸村阿良々木暦もセイバーもデュオ・マックスウェルも、
ブリタニアを知らず、少なくともルルーシュ個人の命を狙うことはないものとして行動することを選択した。
その結果が、チームを組もうという提案。
全てを疑い、自身の行動に枷を嵌めるのは、デメリットが大き過ぎる。スザクはそう判断したのだ。
更にスザクは、ハロに収められた情報を入手する手段を求め、単独行動を取ることを決めた。


そして、今に至る。



『セイチョウ、ツイタ? セイチョウ、ツイタ?』

足を止めたスザクの周りをハロが跳ねる。
スザクの目の前には、ただ、政庁、とだけ書かれている門がある。
その門の先にある建物は、スザクが"政庁"という言葉から連想するものとはかけ離れていた。
灰色の、四角い、七階建てのビル。
ブリタニア式の建築物でさえない。だが、この近辺の風景から予想していた範囲内ではある。
むしろこの街の中に、トウキョウ租界にあったような政庁が建っていたら不自然極まりないだろう。

「ハロ、おいで」

スザクが両手を差し出すと、ハロはまるで飛びつくようにその腕の中へと跳ねた。
そしておとなしくスザクに抱きかかえられる。

『クルルギドノ! クルルギドノ!』
「少しの間、おとなしくしててくれるかな?」
『リョウカイ! リョウカイ!』


腕の中のハロを見ながら、スザクはふと、アーサーのことを思い出した。
スザクがアーサーと初めて出会ったのは、ユーフェミアと初めて出会った日。
怪我をしていたのをユーフェミアが助け、アーサーと名前を付けた。
今では一応スザクの飼い猫ということになっている。
しかし、アーサーがスザクにおとなしく抱かれることはあまりない。抱かせてくれたと思ったら噛みつかれる。
アーサーのつれない態度に落ち込んだことは一度や二度ではない。
それでもスザクはアーサーが好きだった。アーサーは特別だった。
もしもここで命を落とせばもう二度と会えないし、
生きて戻ることができたとしてもそう遠くない未来―――"枢木スザク"が世界から消える時には、別れなければならないけれど。


そんなことを想いながら、スザクは門を抜け、さらに入口の前まで進む。と、自動ドアが音をたてず静かに開いた。
少しの間立ち止まり、様子を窺ってから中へと入る。
フロアは蛍光灯の灯りに照らされていた。
かなり広い。
通路の両脇に婚姻届や出生届などの受付カウンターがズラリと並び、突当たりには幾つかのソファとテーブルが置かれている。
正面にあるエレベーターは、四階に停まっていることを示すランプが点いていた。

スザクはエレベーターがある方へと歩を進める。
スザクの目当てはエレベーターではなく、おそらくエレベーターの近くにあるであろう建物内部の案内図だ。
そしてそれは予想通り、エレベータのすぐ傍、入口からは死角になっている壁に貼られていた。
一通り確認する。目についたのは最上階である七階にある『情報管理室』の表示。
ハロの中の情報を閲覧できる機材がある可能性が最も高いのはここだろう。

案内図で階段の位置も確かめる。
入口からは見えなかったが、ソファが置かれていたあの場所の更に奥にあるらしい。
辺りを警戒しながら階段へと向かう。
人の気配はしない。
何か今後役に立ちそうな物があればと思ったが、有用な物は見当たらなかった。
もっとしっかり探せば何か発見できるかもしれないが、今はハロが優先だ。


ソファとテーブルの置かれたスペースは、入口から見えたのは一部分だけだったらしい。
実際に来てみるとかなり広く、ソファの数も多い。五十人は余裕で座れそうだ。
壁に沿って飲料の自動販売機が三台、その横にはマガジンラックが並んでいる。
今は空だが、かなりの量の雑誌類や新聞が置けるだろう。
他にもテレビが二台。

一目で誰もいないとわかるその空間を、スザクは真っ直ぐに階段へと向かおうとした。ちょうどその時―――

テレビの電源が、ひとりでに、入った。


 『突然の無礼を、まずは詫びよう』


機械によって加工された声が響く。
テレビの画面には、スザクのよく知る仮面が、映っていた。


 『私の名はゼロ。諸君と同じ、このバトルロワイアルの参加者だ』


――――違う。

すぐにわかった。
これはルルーシュではない。
仮面こそスザクのよく知る物だったが、その仮面の下にある服装や体格が、口調が、パフォーマンスが、違う。
何よりも


 『人々よ、我を恐れよ! 私はここに、諸君ら全員の抹殺を宣言する!』


掲げる理念が、ルルーシュとスザクが創りあげようとしている"ゼロ"とは、明らかに違っている。


 『諸君らが本当に『生きている』と、自らの行いが『正しい』と確信があるのなら――抗ってみせろ!』


その言葉を最後に、テレビはついた時と同様、勝手に消えた。




「殺し合いの中で正しく進化ねぇ…… Ha!詭弁だな。アンタはそうは思わねぇか?」


スザクは背後から聞こえた声に振り返り――そして、驚きに目を見開いた。

声がしたこと。それ自体に驚きは無かった。
ゼロを名乗る人物の映像が流れだしてすぐ、スザクはその気配に気づいていた。
相手に殺気が無いことも、おそらくは自分の存在を隠すつもりが無いのであろうということも。
スザクが驚いたのは声がしたこと、人がいたことではなく、

「奥州筆頭、独眼竜、伊達政宗
 面倒な段取りは無しにしてえ。アンタが殺し合いに乗ってないなら、話をしたい」

振り返った先にいたのが、戦国武将だったことだ。
その隣には、殺し合いの場には不釣り合いなほどの笑顔を浮かべた女子高生が立っている。

神原駿河。主な武器は加速装置だ」
「すみません。何故だかわかりませんが、加速装置は自分の武器のような気がします」
「それは、不思議なこともあるものだな」
「で、アンタの答えを聞かせてもらおうか?
 さっきのゼロって奴の言ったことをどう思ってるのか。殺し合いに乗ってるのか、乗ってねぇのか」

再び政宗に問われ、スザクは少し考えて答える。

「自分は、ゼロの意見に賛同するつもりはありません。積極的に人を殺し優勝を目指すつもりもありません」

スザクの言葉は、政宗の質問に対する答えにはなっていない。
だが、今のスザクには"乗っていない"と断言することはできなかった。
優勝を目指すつもりはないが、ルルーシュと自分の身を守る為なら相手を殺すことを躊躇うつもりもない。
誰も殺さないとは言えない以上、『殺し合いに乗っていない』と答えることは憚られた。

「なるほどね……まあいい。このgameに付き合う気が無いってんなら、それで十分だ」

スザクの真意を見透かしたかのように言い放つ政宗。
政宗もまた、スザクとは事情も理由も異なるものの、場合によっては人を殺すことを躊躇わない人間だ。

「伊達さんと神原さんがこのバトルロワイアルに対し否定的な意見を持っているのであれば、
 自分としてもお二人と話をすることに異論はありませんが―――神原さん」
「? なんだろう?」

スザクは神原を、より正確にいえば包帯の巻かれた神原の左腕をじっと見つめ、言った。


「その左腕の怪我、大丈夫なんですか?」



   ◇  ◇  ◇



「私としては、枢木殿のお役に立ちたいのは山々なのだ。
 出会って早々私の身を案じてくださったこと。いくら感謝の言葉を連ねても、到底足りるものではないからな。
 しかし筆頭が説明した通り、私たちが会ったのはマーキスさんと一方さん、そしてエロ可愛いプリシラさんだけ。
 枢木殿が捜しておられるルルーシュ・ランペルージという人と、C.C.という人のことは知らないのだ。力になれず、本当に申し訳ない。
 かわりと言ってはなんだが、枢木殿が望むのであればこの神原駿河、脱ぐことは辞さない覚悟だ。
 この男好きのする素敵なボディ。思う存分、弄んでほしい」
『モテアソンデ! モテアソンデ!』
「自分はお礼を言われるようなことはしていませんし、ルルーシュたちの件に関しても知らないのであればそれは仕方のないことです」
「遠慮する必要は無いぞ、枢木殿。なんだったら、縄で縛ったり鞭で打ったり口汚く罵ってくれても構わない。
 死なない範囲でのそういうプレイは許容範囲。むしろ大好物だ」
「いえ。遠慮しているわけではなく、神原さんたちには何の責任もないのですから」
「そんなに固辞するとは、もしかして枢木殿は、縛られたり打たれたり罵られるほうが好きなのか?
 私はマゾなのだが、枢木殿が望むのであれば持てる力の全てを使い、甚振らせていただこう」
「あの、神原さん。さっきから気になっていたのですが、その『枢木殿』という呼び方はやめていただけないでしょうか。
 自分と神原さんは、それほど年齢も違わないようですし」
「そうか。では今から『くるるん』と呼ばせていただくことにしよう、くるるん」
「それは少し恥ずかしいです」
「我儘だな、くるっくーは」
「くるっくー……?」
「『枢木』の『くる』と、『スザク』の『く』で、『くるっくー』だ」
「ああ、なるほど」
「などと言ってはみたが枢木殿。私はブリタニアという国は知らないが、それでも騎士様を相手に礼を欠くわけにはいかない。
 ハロちゃんだって『枢木殿』と呼んでいる。だから、枢木殿は枢木殿だ」
『クルルギドノ! クルルギドノ!』


窓際のソファに並んで座る政宗と神原。
テーブルを挟んで向かいのソファに座るスザク。と、その横で跳ねる赤いハロ。
彼等の情報交換は、政宗と神原が名簿に記載された自分たちの知り合いの名とゼクスのプランをスザクに伝え、
スザクが政宗と神原にルルーシュとC.C.のことを知らないかと訊ねた、そこまでは非常に順調だった。


「ところで枢木殿。枢木殿と、そのルルーシュさんという人はどういう関係なのだ?」
「それは……」
「私としては、枢木殿とルルーシュさんとの関係に興味を抱かずにはいられない。
 こうして捜しているくらいだ。ただの顔見知りというわけではないのだろう?
 ルルーシュさんとは一体どんな男性なのか。そして、枢木殿は攻めなのか受けなのか。そのあたりのことを詳しく――」
「やめときな、神原駿河。アンタのそのBL talk は常人には理解不能だ。
 それに、仮にアンタが言うところの『BLの素養』ってヤツがあったとしても、コイツはお前の質問には答えねえよ」

言って政宗は、スザクへと身を乗り出した。自然と二人の距離は近くなる。

「アンタは武里谷亜とかいう国の騎士で、ルルーシュとC.C.って奴を捜してる。
 ルルーシュとC.C.って奴に関しては、名前と外見の情報以外を俺たちに差し出すつもりは無い。そうだろ、枢木スザク?」

口調も、声音も、至って普通。
だが、政宗の瞳は穏やかではなかった。相手を射抜くような、挑戦的な視線。
それをスザクは顔色ひとつ変えずに受け止め、真っ直ぐに返す。
迷うことなく。怯むことなく。

「はい。申し訳ありません」
「謝るこたぁねえ。俺はアンタに名簿に載った知り合いやゼクスたちの話をしたが、これはあくまでこっちの都合。
 出会ってすぐの人間に事情を喋らねえって判断は何も間違っちゃいねえさ。俺たちに何を話し、何を話さないかは、アンタの自由だ」
「―――はい」

一瞬たりとも目を逸らすことなく答えたスザクに、政宗は唇の端を上げる。
答えは訊く前からわかっていた。知りたかったのはスザクの本質。
ほんの短いやり取りの中で垣間見えたそれは、政宗を満足させた。

「そういうことだ。だから余計な詮索はするんじゃねえぞ、神原駿河」
「わかった。筆頭がそう言うのであれば仕方がない。
 残念だが枢木殿とルルーシュさんの関係を追及するのは諦めて、筆頭と枢木殿とでアレやコレを妄想することで妥協しよう」
「人を使って妙な妄想するんじゃねえよ」
「枢木殿が私と筆頭に何を話し、何を話さないかが自由なのであれば、
 私が枢木殿と筆頭でナニを妄想し、ナニを妄想しないかも自由なのではないだろうか?」
「そんな自由は認めねえ。俺をアンタの妙な妄想に巻き込むな。やるならゼクスと一方通行でやりな」
「そのカップリングでのシチュエーションは、既に48パターン妄想済みだ。
 それに、戦国武将と異国の騎士という組み合わせは斬新だと思わないか? 私はこの胸の昂りを抑えられそうにない」
「抑えろ。この変態庶民が」
『ヘンタイショミン! ヘンタイショミン!』
「駄目だよハロ、そんなこと言っちゃ。すみません神原さん、ハロが失礼なことを」
「詫びの言葉は必要ないぞ、枢木殿。私が変態なのは事実だ」
「……………………」
「何故そこで黙るのだ。私は是非とも枢木殿に突っ込んでいただきたい、いろいろな意味で」
「あの、いろいろな意味というのは……」
「おい枢木スザク。アンタそろそろ、この変態の言うことをいちいち真剣に考えるのは無駄だってことを学びな」
「酷いことを言うな、筆頭は。 センサーで動きを感知して自動で水が流れるトイレに驚いて素っ頓狂な声をあげたという、
 愛おしいエピソードの持ち主とは思えないぞ」

神原の言葉に、政宗の顔色が一瞬で変わる。
向かいに座っていたスザクはそれに気づいたが、隣りに座る神原は気づかない。
気づいたとしても気に留めることはなかっただろうが。

「トイレで水が流れるのに驚く奥州筆頭、独眼竜・伊達政宗。
 そんな貴重なシーンが見れると分かっていれば男子トイレまでお供したものを、私は本当に惜しいことをした。
 その場を目撃した枢木殿に嫉妬してしまうことを、どうか許して欲しい」
「自分も声を聞いただけで、目撃したわけでは……」
「そうなのか?」
「はい。伊達さんは個室に入ったので」
「大だったのか」
「そうではなく、鎧があるからだと思いますが」
「しかし枢木殿。目撃はしていないとのことだが、筆頭が驚いた時の声を聞けただけでも幸運だと思うぞ。
 私は既に筆頭と五時間以上の時間を共に過ごしているが、まだそんな場面に出くわしたことが無いからな。で、どんな声だったのだ?」
「どんなって……あまり上手く表現できないのですが……」

そう言いつつ、スザクが、センサーで動きを感知して自動で水が流れるトイレに驚いた政宗があげた声を再現しようとした、
ちょうどその時――――


「Shut up!!」


フロアに政宗の声が響いた。
政宗が手にしていたドラムスティックは、一本はスザクに、一本は神原に突き付けられている。
政宗の動きがしっかりと見えていたスザクも、いきなり殺されたりはしないと確信する程度には政宗を信じている神原も、
この行為に恐怖を感じることはなかったが。

「死にたくないなら、その話はこれで終わりだ。You see?」

政宗の言葉に、二人は素直に頷いた。

『シャラップ! シャラップ! ユーシー? ユーシー?』

政宗の言葉を、ハロは素直に真似をした。



スザクが壁に掛けられている時計を見上げる。
時刻は五時半を少し過ぎたところ。

「伊達さん、神原さん。自分はここに用があって来ました。先にそれを済ませてしまいたい。
 申し訳ありませんが、話の続きは後で、ということにしていただけないでしょうか?」

唐突に、スザクはそう切り出した。

スザクは政宗と神原に、ルルーシュとC.C.を捜しているということしか伝えていない。
真田幸村と阿良々木暦のことは話していないのだ。彼等が互いに相手を捜していることを知っていながら。
最初は話すつもりだった。
政宗と神原が殺し合いに乗っていないのであれば、スザクには幸村と暦のことを隠す理由がない。
にも関わらず話すのを止めたのは、もしも放送で幸村と暦の名が死者として呼ばれた場合、二人がどう行動するかが読めなかったからだ。
だからスザクは、政宗と神原との会話を放送後まで引き延ばしたかった。
だが、放送までは後三十分近く。話を延ばすにも限度があるし、何より不自然だ。時間を無駄にしたくもない。

断られることは覚悟のうえで、スザクはいったん二人と別れて行動することを提案した。
そしてそれは、あっさり通った。

「構わねぇぜ。行ってきな、枢木スザク」
「いいのか、筆頭?」
「ああ。俺たちもこれからこの建物の中を探索する。終わったらここで落ち合うってことでいいか?」

そう言う政宗の表情を見て、スザクは話の続きを放送後にしようとしている自分の意図が政宗に知られていることを悟る。

「はい。わかりました。―――行くよ、ハロ」

立ち上がって二人に頭を下げると、スザクはハロと共に階段を登っていった。


「じゃあ俺たちも行くか」

政宗は立ち上がると、右手で腹部を押さえた。

「どうかしたのか、筆頭」
「いや、何でもねぇよ」

事実、何でもなかった。本当は痛むはずの場所であるにも関わらず。
政宗の認識では、長篠の戦いの際に鉄砲で撃たれた傷はまだ癒えてはいない。
だが、この島へ来てからというもの、一度として痛むことはなかった。
そして十数分前、トイレへ行った時に確認してみれば、傷口は跡形もなく消えていたのだ。


「……魔法、ねぇ…………」


その政宗の呟きは、既に歩き出していた神原までは、届かなかった。



   ◇  ◇  ◇



政庁七階、情報管理室。
七階のフロアのほぼ半分を占める部屋に大量のコンピュータやパソコンが並ぶ様は壮観である。
置かれた機材を見ながら部屋のほぼ中央まで来たところで、スザクは横で跳ねているハロに問いかけた。

「ハロ。ここで、君の中に入ってる情報を見ることはできるのかな?」

ハロは辺りを跳ねまわる。
コンピュータを確認しているらしい。

『デキナイヨ! デキナイヨ!』

しばらくしてハロが出した答えにスザクは溜息を吐く。
予想していた答えではあった。
ハロはスザクの知らないような高度なAI。
それに対してここに置かれているコンピュータやパソコンは、ブリタニア製ではないものの基本操作程度なら想像がつく、
つまりはスザクの知っているレベルの技術で作られていると思われるものばかりだった。
技術レベルが違えば、ハロの情報の読み取りができないのも当然といえば当然だ。

「……試してみてもいいかな?」

ハロにそう尋ねてから、スザクは手近にあったコードを手に取る。
だが―――情報を閲覧できるかどうか以前に、コンピュータと接続する為にコードを繋ぐことができなかった。
端子の規格がまるで違うのだ。
他のコンピュータや、棚の中にしまわれていたパソコンも確かめてみたが、ハロと接続できる端子を持つ物は見当たらなかった。
これではどうしようもない。

スザクはいったんハロの情報の閲覧を諦めて、ここにあるコンピュータから情報を引き出すことを試みる。
しかし、何台か操作してみたものの、どの機材にもこれといったデータは保存されていなかった。

政庁内の他の場所も見ておきたい。これを最後の一台にしよう。

そう決めてスザクは部屋のいちばん奥のコンピュータへと向かう。
操作パネルの左上に、赤いランプが点いている。それは、ビデオメールの着信を知らせるものだ。
コンピュータを操作し、そのメールを確認する。
送信元はタワー、受信時間は二時間ほど前になっているビデオメールを再生する。
その内容は、先程見た偽者のゼロの映像。

画面を見るスザクの表情が険しくなる。

『ドウシタノ? ドウシタノ?』
「……何でもないよ、大丈夫」

ハロの問いかけに答えたスザクは、いちばん近くにあったノートパソコンをコンピュータへと接続した。
本当はこんな映像データはすぐにでも消してしまいたかったが、
映像の中に偽者のゼロの正体に関するヒントがあるかもしれないと思うとそれもできない。
データをパソコンへ移した後で、コンピュータのビデオメールを消去する。


気がつけば、時計の針は既に六時を指そうとしていた。
スザクは壁を背凭れにして床に座るとノートパソコンをデイパックにしまい、かわりに名簿と地図、筆記用具を取り出す。

「ハロ」
『ナァニ? ナァニ?』
「もうすぐ放送があるんだ。その間、静かにしててほしいんだけど」
『リョウカイ! リョウカイ!』

そう答えたハロはスザクの横で動きを止めた。
スザクとしては喋らないでいてくれればよかったのだが、ハロは飛び跳ねることも控えることにしたらしい。





 『――おはようございます』


あまりにも普通の挨拶が、放送の第一声だった。
簡単な前置きと電車の運行休止についての連絡の後、名簿に記載されていない参加者の名前が読み上げられる。




最初に呼ばれたのは、スザクの知る人物だった。
しかし、その名前が呼ばれたことに対する驚きはあまり無い。
アーニャはナイトオブシックス。優秀な軍人であり、有名人でもある。
スザクはアーニャにいて欲しくないと思っていたが、同時に、いるかもしれないと思ってもいた。
だから、衝撃は少ない。
次々と呼ばれる名前を、スザクは名簿の余白に手早くメモしていく。




十二人目の名前が呼ばれたその刹那、スザクの手が止まった。

「え…………?」

自分が出した声にもスザクは気づかない。気づけない。

そんなスザクに構うことなく、放送は名簿外参加者の名を繰り返す。ユーフェミアの名前も再び呼ばれる。
放送の内容は禁止エリアへと移り、更に死亡者の発表へと移る。

死亡者の中にルルーシュとC.C.の名前が無かったことにも、スザクは何も感じない。

スザクは、何も、考えられなかった――――






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076:結ンデ開イテ羅刹ト骸 伊達政宗 騎士 失格 (後編)
076:結ンデ開イテ羅刹ト骸 神原駿河 騎士 失格 (後編)
090:こよみパーティー 枢木スザク 騎士 失格 (後編)


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最終更新:2009年12月01日 23:11