神浄の恋せぬ幻想郷(前編) ◆00PP7oNMRY
……まるで、眠っているようだった。
まだあどけなさの残る、柔らかな顔。
柔らかく、綺麗に肩口で整った茶色の髪。
見慣れたクリーム色のベストの一部だけ赤く染めて。
普段は吊り上がっている瞳は閉じられ、その色を伺う事は出来ない。
その顔には苦痛の色は無く、ただ、僅かに満足げな笑みが残るのみ。
僅かに陽光の差し込むソファに横たわり、胸の上で手を組む少女。
それは、まさしく御伽噺に出てくる眠り姫だった。
毒の林檎を食み、おうじさまのキスで目を覚ます時を待ち続けるおひめさま。
ただ、少女が食した銃弾という毒の眠りは、もう二度と目を覚ます事など無いもの。
おうじさまのキスを待つ長き時すらも無く、枯れ、朽ち果てていく眠り。
そんな眠り姫を前に、おうじさまは、
「御……坂…………」
上条当麻にとってのヒロイン、では無いおひめさまを目にしたおうじさまは、どうすればいいのだろう。
『
御坂美琴は、お前にとってのヒロインだったのか?』
そう言った少女。
長い緑の髪に拘束衣という特徴的な女性、
C.C.は今は沈痛な面持ちで当麻たちを見つめている。
悔恨と無念さをその表情に浮かべながらも、それでも眼差しだけは落とさぬように、懸命に。
これは、C.C.が見なければいけないものだから。
そして、その場にいる最後の人物、
黒く長い髪に制服の少女、
戦場ヶ原ひたぎは普段と変わらぬ表情のまま。
ただ、それでも口を開けば聞くものの心を抉る言葉を、今は発する事は無い。
ここは、彼らの領域なのだから。
脇役と観客が演目を妨げないように無言を貫く中、主人公は舞台に上る。
どのような演目が行われるのであれ、この場での主人公は間違いなく彼、上条当麻なのだから。
主役が舞台に上らねば舞台は始まらず、さりとて一度上ってしまえば舞台を止める事も許されない。
――かくして、ここに上条当麻の物語の幕が上がる。
会えば噛み付いてくる少女だった。
お嬢様学校の生徒らしい整った顔立ちと。
そんな幻想を粉々に打ち砕いてくれる言動で。
「………………」
どんな関係なのかと言われたら、腐れ縁というのが一番正しいのか。
友達と呼ぶには吹き飛び過ぎているし、恋人などでは断じて無い。
正直言えば、知り合いであることで、プラスよりもマイナスの方が多いような少女
それでも、口では何と言おうと、好きか嫌いかで言うならば、躊躇無く好きの部類に属する相手。
そんな御坂美琴が、死んだ。
おそらくは最期の最期まで、御坂美琴として。
その亡骸を見て、上条当麻は何と言えばいいのか。
「わかんねぇ……」
上条当麻には、ある時点より前の記憶が存在しない。
かつて、上条当麻の、上条当麻にとってのヒロイン、
インデックスに刻まれた幻想の枷を打ち破った際に、脳に受けた損傷は、彼から全てを奪い去った。
そのことを知るものは、上条当麻であった少年の他には、彼を治療した医者のみ。
それを伝えてしまえば、それがインデックスを縛る新たな枷となってしまうから。
だから、彼は上条当麻として、彼以外の皆が知る上条当麻として生きていく事にした。
幸い、と言うべきか肉体的には大きな後遺症は残らず、日常生活を送る上での不自由は無い。
記憶が残らなくても、身体に刻み込まれた立ち振る舞いは、自然と上条当麻らしさを演出する。
だから、誰も上条当麻が記憶を失っているなどとは思っていない。
「わかんねぇんだよ畜生がっ!!」
彼は確かに上条当麻である。 両親も級友も、インデックスも御坂美琴も、彼を上条当麻として接してくる。
だが、彼はそれに真に応える術を持ち合わせていない。
どう応えればよいのか、わからないから。
無論、記憶喪失の事実を唯一知る医者の助けにより、記録は残されている。
上条当麻。
無能力者(レベル0)
学園都市の第7学区の学生寮に住む高校1年生。
成績は赤点を取ってしまうほど悪く、大小問わず様々なトラブルに巻き込まれる不幸体質。
幻想殺しという超能力を持つが、それはあらゆる超能力を打ち消すだけで、学園都市のあらゆる測定器でも観測できない代物。
これまでの生い立ち、交友関係、血縁、住所、年齢、口癖etc……
上条当麻として生きるには充分なその情報も、いや、その情報があるからこそ、彼は真に上条当麻にはなり得ない。
知ることの出来ない過去の関係と、それ故に得る事の出来ない未来の可能性が、共に奪われているから。
インデックスに抱いた感情は何なのか、上条当麻にとってインデックスとは何なのか。
御坂美琴とはどこで知りあったのか、上条当麻にとって御坂美琴とは何なのか。
知ることも出来ず、得る事も出来ない。
「ああ、そうだ、俺にはわからねぇ。 俺にとって御坂がどんな相手だったのかもわからねぇ」
その言葉に、C.C.とひたぎが僅かに眉をひそめる。
優柔不断な男とでも思っているのか。
「でもよ! それでも!」
だが、御坂美琴を、御坂美琴のみを見ている上条当麻には、それは目に入らない。
最も、目に入っていたとしても気にならなかっただろう。
気にしている、余裕すら無かっただろう。
何故なら……彼は、上条当麻は…………悲しかったのだ。
他の事を気にしていられないほどに、悲しかった。
悲しくて、そして悔しかった。
悲しくて、悔しくて、苦しくて、……許せなかった。
覚えた記録では到底説明しきれない感情のうねりが、彼に襲い掛かっていた。
ああ、そうだ、悲しいのだ。
「ヒロインだとかそんな事関係無しに、俺は!!」
たとえ出会いすら知らず、幾度声を交わしたのかすら判らないとしても。
御坂美琴が死んだ事が、悲しい。
その事実は、変わることが無い。
「御坂が死んだことが」
彼は、悲しい。
上条当麻は、悲しい。
どんな風に出会ったか知らなくても、それでも御坂と過ごした記憶がある。
脳に記憶が無くとも、身体に刻まれた記憶は残る。
共に過ごした、日々が、出来事が。
存在しない記憶の中で培われていたであろう、思いが。
彼に、上条当麻に、涙を流させるのだ。
「もう、コイツに電撃を食らわない事が」
お嬢様らしからぬ彼女。
いきなり喧嘩腰だった少女。
不良達に絡まれている所を助けに入った筈なのに何故か自分が襲われた彼女が。
助けに入るべきなのは囲んでる不良たちのほうであるに違いない危険な少女が。
そんな彼女が、そんな少女が、
もう、いない事が……悲しい
「こいつに振り回されて、コイツをビリビリって呼べない事が」
もう、声を掛けてくる事は無い。
会っていきなり電撃を放って来ることも、
そのせいで電気が止まって冷蔵庫の中身が腐ることも、
自販機に回し蹴りをいれて二人で警備ロボに追い回されることも、
何も、起こらない。
「どうしようも無いくらいに!」
後輩に付きまとわれてへいえきしている様も。
御坂妹の時に悔し涙を流していたことも。
妹達を救う為に自らの命を捨てようとしていたことも。
妹達を助けに行くと告げた時に、当麻の身を案じて放った本気の怒りも。
「……どうしていいのかが、わかんねぇんだよっ!」
その全てが上条当麻に涙を流させる。
その全ての想いが、上条当麻の心を刻む。
確かに、上条当麻にとって御坂美琴は世界で一番のおひめさまなどではない。
けれど、それでも、救いたかった。
共に、居たかった。
『上条当麻』という存在にとって、御坂美琴の死はとても、とても、悲しかった。
◇
「上条くんはやはり厳しいのね」
「そうか? むしろ優しいと思うがな」
日を遮るもののない玄関の前。
C.C.と戦場ヶ原ひたぎは正反対の方向を向いて会話していた。
「涙を流せる人間だから? 嘆き悲しむ事のできる人間だから?
だったらそれは優しさではないわ。 その程度の事は象にだって出来るもの。
仲間の死を悲しんで弔うのは、本能的な悲しさからのものでしか無いの。
上条くんは確かに御坂さんの死を悲しんでいる。 でも彼はそこで御坂さんの生を勝手に決め付けている。
御坂さんが最期まで、上条くんの知っている御坂さんだったってあなたに聞いて、それを当然と受け止めているのよ」
「……それが当然だろう?
上条当麻にとって御坂美琴はそういう相手だった。
だから、その当たり前の事に涙を流しているのだろう」
顔だけでなく、身体全てが反対に向いている少女二人。
それでも、何故かその背中だけは二人、綺麗にくっけている。
猫背気味に片膝を抱えたC.C.と、綺麗に足を揃えて座る戦場ヶ原ひたぎ。
オレンジ色の丸い機械ろ抱いているC.C.と、種類の違う猫を三匹抱えている戦場ヶ原ひたぎ。
どこの国のものかも判らぬ緑の髪と乱れた拘束服のC.C.と、日本人らしい黒髪に整った制服の戦場ヶ原ひたぎ。
あらゆる意味で対照的な少女二人が、そこだけは共通する長い髪をはさみながら、お互いの背をくっつけて座っている。
まるで、この門を通りたくば私達を口で言い負かしてからにしなさい、と言わんばかりの陣形で。
「あなたもそう考えるのは強さからかしら、考えの足りなさからかしら。
そして私はあなたが好きでは無いの、もちろんあなたもそう思っているのよね、だから教えてあげない。
そう言いたいところだけどあなたの無知さに免じて特別に教えてあげる。 わたしに可能な限り感謝なさい。
じゃあ話すわよ、さん、に、いち。 上条くんはね、強さを要求してるの。 自分にも他人にもね。
確かに御坂さんは上条くんの知るままの御坂さんだったとあなたに聞いたわ。 でも聞かなくても同じように思ったでしょうね。
御坂さんは、御坂さんとして生きて当然、彼女が殺し合いに乗る事なんて考えもしないでしょうね。
例えば御坂さんにやんごとなき事情があって殺し合いに乗らざるを得なかったとしても、そんな事情は無視するでしょうね。
いえ、勿論その事を聞いて悩んで考えるわね。 でも上条くんの答えは最初から決まっているの。
自分が手を貸すから、お前も戦えというわね。 そして、相手がその手を取るのが当然だと思うの。
わかる? 上条くんは全ての人に厳しいの、強さを要求するの、弱さの改善を要求するの。 そしてそれが当たり前の事だと思っているの」
上条くん、御坂さん、と来てあなたと一人だけ名前で呼ばれない事に苦笑しながらも、C.C.は考える。
なるほど、上条当麻という少年とは出会ったばかりだが、戦場ヶ原がそう言うなら確かに正しいのだろう。
あらゆる意味で会わない相手だが、それでも、いやだからこそその賢明さは信じられる。
「ああ、なるほど。
それは確かにお前の言うとおりだろうな」
「あら、わかる? わかるのね。
ならとりあえず感謝しなさい。 そして私とあなたの声優が被っていなかった事に感謝しなさい。
キャラの被る千和ボイスは二人も要らないから貴女消されてたわよ。 そのゆかなボイスに命を救われたわね」
「何を言っているのだ何を。
……まあ、良く判らない部分は置いておくにしても、私はそれでもあいつは優しいのだと思うがな」
「そう、どうしてかしら」
お前、あいつと人の名をまともに呼ぶ気が無いのかしらと戦場ヶ原ひたぎは思考する。
まあネコ撫で声でひたぎさん、とか戦場ヶ原お姉さま、とか呼ばれるのは想像したくない。 様ならいいのだけど。
そんな相手だから、適当な事は言わないだろう。 その意見がおそらく理解できてしまう事が気に食わないが。
「私は、弱いからな」
「あら、魔女でなくて?
魔女は人を誑かすものなのよね」
「ああ、魔女は人を誑かす、力で、身体で。
でも、それは弱いからだ」
「…………」
「弱いから、耐え切れないから、人を誘うのさ。
一人ではとても居られないから、孤独に耐え切れないから。
だから、人を誘い、誑かし、そして魔女の烙印を押されるのさ」
「ああ、その格好は男を誘う為のものだと。 なるほど何て汚らわしい。
脳の15割くらいが性欲で出来ている発情期の雄の獣欲を煽って手を出させやすい格好。
それでいて一度拘束されれば悪いのは相手と言うことになる。 そして自分は被害者のまま美味しく頂くという訳ね。
女に襲われて妊娠させてしまったとしても養育費は男が出さないといけない日本の法律を逆手に取った巧妙な罠ね悔しいでもビクンビクン」
「だから何の話をしているのだお前は。
大体こんなおかしな格好した女に手を出すようなヤツがいるか。
「あら、貴女は思考と本能が下半身と直結している男子を舐めてるわね。
特に上条くんみたいな童貞に頭の中でどんな事されているか想像してごらんなさいな」
「あいにくとやつらにそんな根性は無いぞ。
私の良く知る童貞ボーヤなど寝台に下着だけでいても慌てて目を逸らすだけだ。
……と、話が逸れたが、私は弱いから、信じたいんだ。 でも、全ては信じきれない。
いつかは捨てられるかと、裏切られるかと、最初に疑いから入るのさ。
あいつは確かにお前の言うとおり厳しいのだろうな。 けど、同時に優しいのだろう。
最初から最期まで他人を信じられる強さという優しさを持っていると思うぞ」
「それが厳しいのだと私は言っています。
まあ私とあなたなのだから意見の一致が訪れると考える方が間違いね」
「ああ、そうなのだろうな…………と、帰ったのか
アーチャー」
告げるC.C.と振り向く戦場ヶ原ひたぎ。
その先、数十メートル先から彼女達の位置に向かい歩く赤い服の男、サーヴァント・アーチャー。
「……来客か」
アーチャは義務的に告げたものの、彼女と、そしてもう一人がこの場を訪れた事は既に把握済みだ。
鷹の目を持つアーチャーにとって、遠距離からの索敵は容易い。
家の中に居る男が一人、状況と特徴から考えれば、おそらくは上条当麻ということになるだろう。
C.C.と共にいる少女の正体は不明。
女三人寄ればかしましいと言うが、二人でも充分煩い二人。
それを遠くから眺めながら危険性を探っていたのだが、見える範囲での危険は無さそうではある。
そうして、敵意の無いことを告げると共に、こちらの事を知るC.C.に見えるようにわざわざ歩いてきたのだ。
「赤いマントを着ながら白昼堂々と道を歩いてくるとはその根性に私もビックリ。
私も一部赤いけど制服だから問題ないとして、問題はこの場の変人人口が二人に増えたということ。
多数派を奪われてしまった以上私は多数決により同じくらい変な格好をしなければいけないのかしら、死ぬわ。
ところでそこの変人レッド、貴方のお名前は?
私? 私は戦場ヶ原ひたぎ。 見ての通りこの誘ってる女とは相性が悪いわよ」
「……アーチャーだ。
中にいるのは上条当麻か?」
ひたぎの言葉に一言だけ返して、C.C.に問う。
ひたぎという少女がどのような相手かという問いを言外に込めながら。
「ああ、本人に間違いない。
少し前に此処を訪れた。 ……出来れば挨拶はもう少し待ってやってくれ」
「……承知した」
目を閉じ、瞑目するように答えるアーチャー。
そうして、少し離れた場所でC.C.とひたぎの真ん中の位置、玄関の正面の方向を向く。
「はじめましての挨拶も無しとは礼儀のなっていない人ね。
そう思ったけど良く考えたらこの島では私含めてそんなもの聞いた事は無かったわね」
「ああ、すまないな。 私はアーチャー。
無論本名ではないがこの場ではその名で呼ばれるのが正しいからそれで覚えてくれ。
周辺の偵察を行ってきたが、少なくとも今このエリア内には我々以外の人間は居ないようだ。
近くのエリアで概ね危険ではない他者と接触はしたが、それほど情報は得られなかったな」
「ああ、そうか」
長く答えないのは賢いからか圧倒されているからか、今のところは両方にあたりをつけるひたぎ。
口ではどれだけやっても女性には敵わない事を理解している故に黙るアーチャー。
からかう相手が居るわけでもないので自分から話す事も無いC.C.
情報の交換などは上条当麻を交えて行うべき事であるから、三者とも会話を行わない。
ただ、沈黙が辺りを支配するのみ。
最も、その沈黙は思ったほどは長くは続かなかった。
「その、ありがとうな……って誰だ?」
玄関のドアを開き、上条当麻が姿を現したからだ。
感謝を述べる言葉は疑問によって中断されたが、それでも気を使われた事を理解しながら。
「彼の名はアーチャー、無論この呼び名も通称、本名は全くを持って不明、さんよ上条くん。
長いからブラック☆ロリコンと呼んでくれとのことよ」
「……アーチャーだ。 上条当麻、だな?」
「ああ、そうだ」
「単刀直入に聞くが、御坂美琴を殺した相手をどうしたい?」
「なっ!?」
ひたぎを無視してアーチャーは述べる。
その言葉が、彼の怒りを生み出すであろう事を想定して。
それは、聞いておかなくてはならない事だから。
上条当麻。
聞いた話を総合するなら、恐らくは
衛宮士郎に近しい性質を持つ少年。
不快なことだが、その性格ならばこの状況においては信用出来る相手ではあるだろう。
だが、信用と信頼はまるで違う。
その性格は信用できるものであったとして、果たしてそれは同行者として信頼出来る相手なのか?
衛宮士郎はこの点は完全に失格である。
お人好し過ぎる上に、他者を助ける為に自分を捨てる性質。
それは、自分のみならず同行者の命すらも危険にさらすもの。
流石にそこまで破綻した人間というのは少ないだろうが、それでも何らかの要素が加われば危険にもなる。
復讐に身を焦がし、自分を含む全てを燃やし尽くすような人間であるのなら。
それは、とても信頼など出来る相手ではないのだから。
「どこにいるか、知っているってのか?」
「いや、私が向かった方角では補足出来なかった。
だが、それでも大まかな方向は推測出来るし、顔も知っている」
「アンタは、そいつと戦ったって事か?」
「ああ、その通りだ。
そして御坂美琴の死は私の油断が無ければどうにかなっていたかもしれないな
「お、おいアーチャー」
アーチャーの言葉にC.C.が何事かを述べようとするが、それは当麻の耳には入らない。
一瞬、激情からアーチャーにつかみかかりそうになる。
だが、懸命に堪える。 それは、八つ当たりでしか無いのだから。
そしてそれよりも、重要な事がある。
すなわち殺した相手をどうしたいか。
「許せねぇよ。 可能なら、ぶん殴ってやる」
「ふむ、殴るだけ、か?」
「ああ、それだけだ。
戦場ヶ原にも同じ事を聞かれたよ、けどよ、そんな復讐なんてしてやるものかよ。
御坂が死んだ事は確かに悲しい。 でも、それは俺が復讐していい事にはならねぇ。
出会ったらぶん殴るし土下座させて侘びを入れさせてやる。 でもそんな復讐なんて方向には逃げねぇ。
俺にはどうしてもやらなくちゃいけない事がある。
だから、俺は復讐はしないしそれを目的にする事もしねぇ!」
言い切る。
かつて戦場ヶ原ひたぎに言われた時と同じように。
その答えは変わらないと。
「……御坂さんを目の前にしても、そう言うのね上条くん」
「ああ、御坂にはすまねぇとは思うけどよ、それでも俺はそうする。
アイツだって、きっと復讐を望んではいねぇ筈だ」
「……やっぱり、厳しい人ね上条くんは」
ダメ押しのように問うひたぎの言葉にも、そう答える。
いくら聞かれようとも、その意思を曲げるつもりなど無いと。
ひたぎが理解した上条当麻という性質そのままに。
「…………一つだけ聞くが、お前は御坂美琴の事を大事だと思っているのだな?」
「……当たり前だろそんな事」
「そうか、なら私から言う事は一つだけだ、彼女の事を忘れないでやってくれ」
「……?
当たり前じゃねぇかそんな事」
「ああ、そうか……そうなのだろうな」
そう、当然なのだ。
上条当麻にとっては当然すぎる事。
C.C.が弱さ故に問うた事など、彼は疑いもしなかった。
「…………」
「何だよ」
「……何でもない」
無言で何かを考えているアーチャーに当麻は問いかけるが、答えは無い。
少なくとも、アーチャーに答える気は無いのだろう。
「それで、彼女を、御坂美琴はどうしたい?
どこか、他者に荒らされない様な場所にでも埋葬しようと思っていたのだが」
上条当麻に聞くべき事は既に聞いた。
概ね思った通りであった事に僅かに苛立ちを覚えるが、今は口に出す時ではない。
それよりも、実務的な話に移っていくべきだろう。
そう考えてアーチャーは話を進めた。
誰とも判らぬ相手よりも、親しんだ相手に送られた方がよいだろうという常識的な問いかけ。
いや、その筈だった。
「埋葬? そんな事出来るわけないだろ」
「……何?」
その問いかけは、アーチャーの思いも寄らぬ言葉で返される事になる。
「葬らないというのか?
それとも宗教上か何かの理由で火葬か水葬でも希望するのか?」
「いや、そういう変な理由は聞いた事はないんだが……」
何か、変な事を聞かれた、とばかりに戸惑った返事を返す当麻。
ボリボリと少し頭を掻いて一拍置いて、
「そうじゃねぇだろ」
告げた。
「ああ、もちろん野ざらしなんて論外だ。
キチンと葬式をやって墓に埋めてやらないといけないだろうよ。
……でもよ、それは帰った後の話だろ。 コイツが眠るべき場所は、間違ってもこんな所じゃねぇ!」
理解出来ない言葉を。
その場の誰も考えて居なかった事を言ってのけた。
「……一応聞いておいてあげる、遂に脳みそどころか蟹味噌すら空になった?」
「いや、もうどこに突っ込めばいいんだよ」
「八丁味噌にも判るようにいうなら正気なの?」
「正気に決まってんだろ!」
「……冗談、では無いというのか」
「ああ、というかお前らこそ正気かよ!?」
少しの沈黙の後に続けざまに放たれる問いに、叫ぶ。
全身から力を発散するように、叫ぶ。
「コイツが、後輩や妹達に慕われていたコイツが、こんな島で人知れず埋められていいはずがねぇだろ!
ちゃんと帰るべき場所に返してやって、そこで眠るのが筋ってもんだろ、違うかよ!?」
ああ、それは確かに当然の事ではある。
野ざらしの墓標に無縁仏のように葬られるのではなく。
帰るべき場所、眠るべき場所が、御坂美琴にはあるのだから。
「ああ、そうだ、 確かに俺のヒロインはコイツじゃ、御坂じゃなかったかもしれない。
けどよ、だからって、それは俺がコイツの事を思っちゃいけない事にはならねぇだろうが!
俺は御坂の復讐なんてしない。 俺は御坂を居るべき場所に、ちゃんと連れて帰る。
この島の殺し合いなんて仕組みをブチ壊して、インデックスを助け出して、帰る。
それが、復讐なんかよりも遥かに大事な事だろ!」
けれど、それは
「インデックスっという少女を救いたい、というのはどうするのだ。
お前はその手に他の女を抱きながら、最も大事な相手に会いに行くというのか?」
「俺の手は二本あるんだぜ。
この島の幻想をブチ壊してインデックスを救う右手の他に、もう一本。
正真正銘何の力も無い左手でも、それでも、美琴を。
掴めなかった右手の代わりに、抱いて行く事くらいは出来る筈だ」
とても正気の沙汰とは思えない。
主人公と、正義と呼ぶに相応しいその言葉は。
だからこそ、言うものの正気を疑わせる。
それでも、やはりその瞳に宿る力に揺らぐ気配は無い。
「そうか、よくわかった」
「ああ、そうだろ。
っても流石に持って移動する事は出来ないから、シーツでも掛けておいて……」
「貴様はここで倒れろ、上条当麻」
だから、
――神速の踏み込みで近づく。
アーチャーは、
――両の手を構えて、短く唱える。
当麻に向けて、
――構成は一瞬を待たずに完成する。
その手に生み出した剣を向けた。
――上条当麻の首目掛けて振り下ろした。
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最終更新:2010年01月24日 23:02