ワールドイズマイン  ◆tu4bghlMIw


  【1】

上条当麻は悩み多き男だ。
今回はそのうちの三つだけを紹介しよう。
ちなみに、彼が『不幸』体質であることはもはや周知の事実であるのでここでは割愛する。

一つは貧窮。
しがない金欠学生である上条にとって、生活費の欠落は文字通りの死活問題。
僅かに安いスーパーの特売品を求めて、町を彷徨い歩くことも決して珍しくはない。
特に腹ぺこシスターの存在は非常に厄介だ。
上条の疲弊を促している原因の大半がコレのせいだった。
何度も繰り返し言及するが、しがない金欠学生である上条にとって『食っちゃ寝』ばかりしている同居人の存在は非常に厄介だ。
実際、人間一人が食っていく苦労は並大抵のモノではないのだ。それが二人ならば、尚更である。

一つは事件体質。
上条の行く所、恐ろしいほどの頻度で事件が発生する。
発生した出来事の割に、時間が全く経過していないことが更に困りものだ。
とにかく、イベントの密度が濃すぎるのである。
そして、それらの大半が思わず己の不幸を呪いたくなるほどハードでヘビーなものばかり。

最後の一つは、女難。
該当人物は前述の腹ぺこシスターを含め、これまた多すぎるのでまたしても割愛する。
あえて数名を挙げるならば「超電磁砲」「■■■■」「桃色教師」などだ。
矢印の向きや本数は置いておくとして、どの女性も一筋縄では行かない難しい人物ばかりである。

だが目下、上条にとって頭痛の種となっているのは『学園都市』の知り合いである女性達ではなく。


「上条くん。この台詞は私の持ちネタではないのだけれど、あえて超世界的なことを言いたい気分だから使わせて貰うわね。
 『話しかけなければ良かった。この女のことが嫌いなの』
 あなたが悪いのよ。本当に。私は『北』が良いって言ったのに。
 こんなしけた場所に連れて来て、私に不愉快な思いをさせた責任をどう取ってくれるのかしら。謝罪と賠償を要求するわ」

「ツンツン坊や。この女ではまるで話にならない。お前が相手をしろ。
 正直、私は呆れているのさ。この女は何を喋っても、遠回しな口調でこちらを煙に巻こうとするだけ。
 この島で言葉遊びなど何の意味もないことを理解していない愚か者のようだ」


――自らが『世界で一番おひめさま』であるかのように、好き勝手に振る舞う二人の女性だった。

前者、戦場ヶ原ひたぎ
後者、C.C.

腰まで伸ばした髪。
整った顔立ち。
白い肌。
辛辣な口調。
切れ長の瞳。
一目見ただけで分かるサディズム。
明け透けなく、ぶちまけられる台詞。
漂う嫌悪なムード。
ツンデレ? クーデレ?

「いや……ですねぇ。どうしてそこで……お二人はこれまた唐突に俺へと話を振ったのかなぁ、などと」
「愚鈍な男ね。そんなの会話の流れに決まっているでしょう」
「坊や。気の利いた言葉を掛けろと言っているのではない。
 別にお前に多くを望んでいるわけではないが……それでも、会話の内容ぐらいは理解しておけ。面倒な男だ」

ステレオ。二人は容赦なく上条を攻め立てる。
その筋の人にとってはむしろご褒美にしか思えないシチュエーションではあるが、
単なるフラグメーカーに過ぎない上条はM属性を備えてはいなかった。非常に勿体ない限りである。

だが、恐るべき嗜虐空間に上条が今にも取り込まれそうになったことは紛れもない事実だった。
まさに、進退窮まったと断言出来る状況に追い込まれたことは確実だろう。
非常におっかない少女達に囲まれた上条当麻の胃はキリキリと痛み出す。

「で、どうなのかしら」
「早く答えないか」
「うっ……ぐっ……がっ…………!!」

この状況で、例の台詞を叫ばずにいられようか。
いや、天が許さずとも上条の喉はその咆哮をぶち上げずにはいられない。
彼の代名詞とも言うべき一言を。己の苦境を端的に表したその言葉を――――!

「不幸d――――」
「上条くん。これであなたが私の前で『不幸だ』と叫ぶのは五回目よ。
 五回。どういう数なのかしらね、これは。なんと、驚いたことに次で戦隊モノの標準的ヒーロー数を超えてしまうの。
 あなたは既に赤青黄桃緑ンジャー以外にも、ブラックを呼んで来ないとカウント出来ないほど語彙が乏しいことを自ら露呈したということよ。
 どうしようもないマゾ条くんね。発情するなら公園のトイレに行って頂戴ね。ああ、ちゃんと手は洗うのよ」
「うるさい。叫ぶな。これだから暑苦しい男は嫌いだ」
「う……おおおおおお……」

決め台詞を奪われ、あまつさえ再びマゾ条扱いされる上条。
言葉を重ねることさえ否定するような厳粛な語気で、ゴミ虫のように切って捨てられる上条。

まさに、その振り上げた拳の行く末を探すのは困難を極めた。
やり場のない衝動。胃痛。もっと普通の女の子に会いたかった――そう願う熱い心。

(落ち着け、落ち着くんだ……上条さんは男の子! 状況を整理しろっ!
 そうすれば見えてくるモノもある…………はずだと思うんだけどなぁ?)

だからこそ、上条は思考する。
どうして、このようなことになったのか。何が間違いだったのか。その、答えを。

そして舞台は数十分前まで遡ることになる。
上条当麻と戦場ヶ原ひたぎが、C.C.と行き遭うまでの経緯を思い返す――


  【2】


『ソレ』は上条とひたぎが食事を終え、
宇宙開発局エリアに置かれたF-5駅から出立しようとしていた矢先の出来事だった。

先の放送で運行の停止を宣告されていたため、電車を移動に用いることは不可能である。
そう二人は認識していた。事実、ここ数時間、F-5駅には一本の列車も到着していない。

だが――現れたのである。列車が。
それも、上条達の考えを完全に踏みにじる形で。
騎兵のサーヴァント・ライダーが操る特別列車《ミラクルトレイン》の襲来である。

その嵐のような車速を弾丸特急《マイトガンナー》とでも表現するべきだっただろうか。
停止駅を完全に無視し、電車として有り得ない速度で走行したソレに上条達は度肝を抜かれた。

『電車は運行を停止する』
その報せはF-5駅で非常に長い時間を過ごした二人が誰よりも理解していることだったのである。

もっとも、幸いなことに駅のホームから若干離れた場所にいた上条達はライダー一行に発見されることはなかった。
彼女達はこの先、D-6駅にてセイバー真田幸村と死闘を繰り広げるわけだが、それは二人には思い知れぬことである。

――とはいえ、事実だけは燦然と残る。

「上条くん。やっぱり薬局に行くのは止めにしましょう」
「……奇遇だな。ちょうど俺も同じことを考えていたところだ」
「えっ」
「なんで露骨に嫌そうな顔すんだよ!?」
「なにそれこわい」
「意味分かんねぇ!」
「まさか上条くんとシンパシーを感じてしまうなんて……精神を陵辱された気分だわ……」
「俺、今滅茶苦茶酷いこと言われてますよねぇっ!?」

口元を抑え、上条から視線を逸らすひたぎ。
そして、うぷっと二、三度嘔吐く。とはいえ、

「まぁ変に反論されるよりはマシだけれど」

もう彼女はケロッとした顔を浮かべている。
戦場ヶ原ひたぎはとにかく分かり難いが、理性的な考えの出来る人間だった。

「それで、どのような理由で、根拠で、思想で、思惑で上条くんは薬局行きを取りやめようと思ったのかしら」
「……別にそんな確固としたわけなんてねぇって。
 ただ、西側の駅からあんな目立つモンが移動してきたんだぜ? 
 俺達以外の参加者だって、確実にアレを目撃しているはずだ。多分、結構な数の人間が東に向かうと思っただけさ」
「ふぅん、割合考えているのね。私の中での上条くん評がミドリムシからゾウリムシへと大幅なランクアップを遂げたわ」
「全然ランクアップしているように聞こえねぇよ! むしろ、イメージ的にはランクダウンしてるだろソレ!」
「あら。上条くん、あなたゾウリムシを舐めてるわね。
 ミドリムシは肉眼では確認出来ないけれど、ゾウリムシはなんと眼を凝らせば見えるのよ? もの凄い進化じゃないかしら、これ」
「ま、まぁ……そう言われてみれば……」

眼に入るようになった――というのは重要な言葉だと上条は思った。
たとえ、それに用いられている比喩が微生物であったとしても。
ミドリムシとゾウリムシでは言葉が持つ印象にサイズ以上に大きな差があるような気もするが。

「もっとも、どちらも単細胞生物に過ぎないのだけれど。この程度で納得するなんて、本当に単純バカね。
 せめて『ミジンコサイズを目指してみせる!』くらいのことが言えないのかしら」
「ッ――――!」

上条はあまり口が上手い方ではない。
いや、訂正しよう。彼が心の底から願い、希望を掴もうと邁進した時――その言葉は黄金のような輝きとなる。
その意味では、上条は決して口下手な男ではないのだ。
だが、なんとも……少女との言葉遊びは上条にとってあまりに荷が重い。
人には適材適所というものがあり、彼の得意分野は決してこの領域ではない。

「なに絶句しているの。いい加減、出発しましょう。さすがにこの駅も見飽きたわ」
「……ホント、いい性格してるぜ」
「何か言ったかしら」
「いえいえ。別に何も言ってないですよ、っと」

だからこそ、上条は思う。
この自分ではまるで手に負えない少女の『恋人』とやらに一言文句を言ってやりたい、と。
そして、その男が愚痴を溢すならば、今まさに現在進行形で似たような経験をしている自分が相談に乗ってやってもいい、と。

もしも、阿良々木暦が死んだとしたら――
次の放送で名前を呼ばれたとしたら、死体を見つけてしまったら――

上条は既に大切な人を二人も失ってしまった。


だからこそ、強く思うのだ。強く願うのだ。
自分と同じような思いを絶対にひたぎにはさせたくない、と。
この少女の大切な人を絶対に自分が見つけ出してみせる、と。

とはいえ、上条は決して自分だけがこの少女を守ろうなどと、そんな大それたことを考えているわけではない。
彼は自分以上に――彼女を守りたいという気持ちを持ち合わせている男がいるだろうことを知っている。
戦場ヶ原ひたぎにとっての『世界で一番のおうじさま』はただ一人しかいないのだ。

(俺達がアンタを探しているのと同じくらい……アンタも戦場ヶ原のことを探してんだろ!?
 急げよ。俺も全力でアンタのことを探すから。大切なもの……なくなってからじゃどんだけ後悔しても遅ぇんだ)

ひたぎにとっての主人公は上条ではない。まだ顔も知らぬ待ち人――阿良々木暦。
彼だけが、少女に本当の意味で最高のハッピーエンドをプレゼントすることが出来るのだから。


  【3】


そして、移動を開始した上条達だったが、ここで一つ問題が発生した。
西側にあるランドマークとしては『薬局』という極めて分かりやすく、地理的にも進行上問題のない施設が存在した。
だが、東側には候補となる施設が相当な数存在するのである。

――どの方向を目指すのか。

それが宇宙開発局エリアを出て、E-6エリアの中央付近。
線路とぶち当たった地点に到着した上条当麻と戦場ヶ原ひたぎの争点だった。

北――D-6駅を経由して、死者に祈る場所を目指すルート(ひとまず、ギャンブル船は保留する)
東――東端の学校を目指すルート。
西――公園を経由して、政庁を目指すルート。

「ここは、西……かな」
「私、特に強く主張するわけではないのだけれど、北に行くのがいいと思うの」

二人の意見は見事に割れた。上条が西、ひたぎが北だ。

「北はギャンブル船に近くなるぜ? なんでだよ」
「なんとなく、北の方……特にD-6の駅辺りから阿良々木くんの臭いがするような気がしないでもないの」
「普通に『勘』って言えよ」
「……」

ピタリ、とひたぎの動きが止まった。
沈黙。どうも上条の指摘通りただの勘だったようである。
だが、ひたぎはまるで顔色を変えずに言葉を続ける。

「ちなみに、上条くんからはあの女の臭いがするわ」
「誰だよ、あの女って!」
「あの女はあの女よ。この浮気者。
 どうせ無駄にフラグを立てまくって、沢山の女を泣かせまくっているんでしょう。童貞のくせに」
「上条さん、まったく意味がわかりませんよっ!?」
「咆哮するだけのツッコミはつまらないわ。上条くん、三点」
「……それは十点満点で?」
「千点満点に決まっているでしょう。自己評価の甘い男ね」

半ば八つ当たり気味に罵られる上条。
だが、ヤンだ台詞を吐き出したおかげで、ひたぎも方針の転換に納得いったのか。
ふぅっと小さく溜息をつくと、

「分かりました。上条くんに従います。
 でも勘違いしないで欲しいのだけれど、これはあくまでこの場での行動選択権をあなたに譲渡するだけということよ。
 性的な意味で私を自由に出来るなんて勘違いするのは止めて頂戴ね。私、そういうNTR趣味はないんだから」

そんな勘違いしてねぇよ!
と、またも叫びたくなってしまった上条だが、ギリギリでその言葉を飲み込む。

今回も吼えてしまう――ところだった。
上条は不器用な男だ。勝手にべしゃり始める少女に的確なツッコミを入れる技能など持っているはずがない。
阿良々木暦はそんなにも華麗なツッコミを入れられる男なのか――曖昧だった暦の輪郭が、漫才師ルックへと近づいていく。


そして、西進した上条達が行き遭ったのが――ペリドットのような鮮やかな髪色の少女、C.C.だった。


  【4】


「――止まれ」 

初邂逅のシーンは端的に表すなら『最悪』だった。
E-6の公園を経由し、E-5→D-5の道順で政庁へと向かっていた上条達へ唐突に『声』が投げ掛けられたのである。

「誰だ!?」

ひたぎを庇うように上条は拳を握り締め、すぐさま前へ出た。
すると、市街地にある家の一つから異様な格好をした少女が姿を現した。

「なっ……」
「どちらも学生か。本当に、悪趣味な催しだな。コレは」

腰まで届きそうな輝く黄緑色の髪と怜悧な眼差し。胸元には橙色のボールのようなモノを抱えている。
今も猫を三匹抱き締めているひたぎもそうだが、この島に呼び寄せられた女の子は胸に何かを抱いていないと気が済まないのかと上条は頭の隅で考えた。
だが、それ以上に少女の印象を決定づける要素が存在した。それは――

「私はC.C.。参加者の一人だ。殺し合いをするつもりはない……と、まずはここで戦う意志がないことを示しておこう」
「血……」
「おっと、さすがに血だらけでは見栄えが悪いか。馴染みの服ではあるが……着替える必要があるようだな」

眉間に皺を寄せ、呟いたひたぎの言葉にC.C.と名乗ったは笑って応える。
が、対照的にひたぎは視線を彼女に合わせたまま、じりっ、と一歩距離を取った。
その表情は先の放送の際、上条に『殺し合いに乗るのか?』と問い掛けた時と同じくらい――厳粛な趣きに満ちていた。

「気をつけて。この女、油断ならないわ」
「ほう?」
「……戦場ヶ原? いきなり何を言い出すんだよ。
 あ、すいません! コイツ、口は悪いんですけど……悪い奴じゃないんで! 
 俺は上条当麻。コイツは戦場ヶ原ひたぎって言うんだ。
 それに、そっちも……もしかしなくても怪我をしてるんじゃないか!? だったら手当てをしないと……!」

ひたぎの反応に上条はまるでついていけなかった。
それよりも、上条にとって見逃せないことはC.C.のあまりにも凄惨な格好だ。

――血だらけの拘束服。

そこら中が破け、血が染み込んだ真っ白い独特の形状の服を少女は身に纏っていた。
袖口の部分が非常に広くなっており、また、各部にあしらわれた革製のベルトがアクセントになっている。
この服装から上条は――相手は、誰かに襲撃された後であると推理した。
あれだけの血液量だ。手当をしなければ命に関わるかもしれない。

「何を言っているの。上条くん。あなたって本当にバカね。
 ううん、違うわ。お人好しなのよ。バカが付くほどの、筋金入りのお人好しバカ。よく見なさい。あの女の格好を」
「格好……って言われても。血が付いた服を着ているようにしか」
「だからあなたはバカなのよ。もしくは、無意識に眼を逸らしているんじゃないかしら。
 見るのは服じゃなくて、その下。あの女の――身体よ」
「か、身体って……」

上条は言葉を濁らせ、顔を赤くした。
ひたぎの言う通りだった。上条は少女と出会った瞬間、いくつか自主的に眼を背けた部分がある。
それが、そこら中破けまくった服の下――肌、であった。
いくら初対面であっても、服の破れた女の子の肉体を凝視するのは憚られる行為である。
上条はラッキースケベならばともかく、その辺りのマナーは弁えているつもりだった。ところが、

「…………あれ?」

そこには、明確な違和感があった。
血が出ている、ということは血を流した、ということだ。
そして血を流した、ということは、怪我をした、ということだ。

だが――――C.C.の身体には『何一つとして傷痕が存在しなかった』のである。

「ああ、これか。中々に目聡いな。……やはり、服を探しておくべきだったか。これはだな――」
「黙りなさい。はぐらかそうとしたって、私には分かるのよ。あなた、」

説明しようとするC.C.の言葉を遮って、ひたぎが真剣な面持ちでその『言葉』を口にした。


「――吸血鬼、でしょう」


  【EX】


吸血鬼のことといえば。私の出番。
かといって。私が語れることもそれほど多くはないけれど。

吸血鬼というイキモノに関する知識を。確かにこの場に居合わせた三人の人間は普通以上に持ち合わせている。
問題なのは。三人の知識に明確な齟齬が存在するということ。


C.C.にとっての吸血鬼とは遠い昔。彼女がルルーシュ・ランペルージと出会う前。蔑まれる時に用いられた呼び名の一つ。
吸血鬼は深淵の住人。吸血鬼は邪悪の象徴。
人は彼女の不死性に怯え。そして彼女を神話や言い伝えに出て来る魔物と同じ名前で呼んだ。
吸血鬼はその中のヴァリエーションの一つ。迫害の歴史の一つ。


上条当麻にとっての吸血鬼の認識は私が持つ知識と大差ない。
三沢塾における黄金錬成《アルスマグナ》の力を持つ錬金術師、アウレオス=イザードとの戦いで得た知識。
『それを見たものはいない――見たものは死ぬ』とまで揶揄されるカインの眷属。不老不死の存在。無尽蔵の魔力を持つ存在。
だけど。吸血殺し《ディープブラッド》が語る吸血鬼の像は明らかに異なるものだった。

吸血鬼だって。人間と変わらない。泣いて。笑って。怒って。喜んで。誰かのために笑い。そのために行動出来る人。
そんな人達。人間と同じ――被害者。


戦場ヶ原ひたぎにとっての吸血鬼とは阿良々木暦。もとい。阿良々木暦が行き遭った鬼。
こよみヴァンプ。彼を吸血鬼にしたのは血も凍るような美人だったらしい。とても美しい鬼だったらしい。
実際。戦場ヶ原ひたぎは吸血鬼に関してあまり詳しい知識を持たない。

キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード。忍野忍。刃の下に心有り。
『美しき鬼の絞りカス』については一度、面識がある程度。

だけど。『吸血鬼もどきの人間』である阿良々木暦を彼女は強く探し求めている。
瞬時にして跡形もなく傷が再生する人間――ソレから彼女が吸血鬼を。そして阿良々木暦を想起するのは自然な流れかもしれない。


以上。説明おわり。……出番もおわり。


  【5】


「吸血……鬼…………?」
「そうよ」

C.C.はぽかーんとした顔を浮かべ、マジマジと戦場ヶ原ひたぎの顔を眺めた。
対するひたぎは『異議あり!』と叫び出さんばかりの形相でC.C.を睨みつける。
向けられた指先はまるで心臓を撃ち抜くホワイトアッシュの杭のように、一切の歪みもない。だが、

「…………ククククッ……ハハハハハハッ! そうか、吸血鬼と来たか! アハハハハッ!」
「あら、図星だったかしら。上条くんじゃあるまいし、笑って誤魔化せるなんて思わないで欲しいわね」

そのひたぎの言葉に対して、C.Cは――大笑いで応える。
当然、ひたぎは彼女のそんな不真面目な態度が気に入らないようだった。
はっきりと『不愉快』であるという表情を分かりやすいくらい顔面に貼り付ける。

「ハハハハハッ……久しぶりにその名前で呼ばれたような気がするな。ハハッ……!
 吸血鬼か……なるほど。見るモノが見ればそういう解釈も出来るのかもしれんな。――どちらも不死性を持つ生き物であることは同じだ」
「なにがおかしいの」
「何もおかしくはないさ。ただ、少しだけ『愉快』だっただけだよ。そして、同じくらい懐かしくもあっただけのこと。
 だが、惜しいな。極めて興味深い推論には違いないが、肝心の部分が間違っている――」

C.C.はさっと長い髪を掻き分け、自嘲するかのように呟いた。

「私は――『魔女』だよ」
「魔女、ですって」
「ああ。だが、さすがにこの島では私も『死ねる』ようだがな」

ひたぎが言葉を反芻した。
魔女。彼女は吸血鬼と同じくらいそれをタチの悪い生き物であると認識しているようだった。だが一方で上条は、

(魔女……だって……!? つまり、魔術師かよ!? 畜生、やっぱり『そっち側』の人間も参加させられていたってことか!)

と、唇を噛み締めていた。なにしろ主催進行役を担っているインデックスが明確な魔術側の人間なのだ。
まさか、参加者に科学側の超能力者しか存在しないとは考えにくい。当然――魔術師もいるのだ。そう上条は考える。

「採点するなら七十点くらいかな、お嬢さん。ああ、警戒しなくてもいい。私の『魔女』はあくまで通称だ。
 別に主催者の言っていた《魔法》とやらが使えるわけではないよ。ここでは、少しばかり死ににくい女に過ぎん」
「そう。で、そんな魔女さんが私達に何の用なのかしら。
 戦意がないっていうなら、情報交換には応じるけれど。あなたみたいに胡散臭い人をそう簡単に信用出来ると思わないで頂戴」
「辛辣だな」
「それはお互い様でしょう」
「まったくだな」

険呑な空気が流れる。ピリピリと辺り一面が独特の緊張感に包まれていた。
しかし、それは明らかにこのバトルロワイアルという会場における『殺しの空気』とは別種のモノだ。
例えるなら、そう――壊滅的に相性が悪い同系統の女が見事に顔を合わせてしまったシチュエーション、みたいな。

「ところで、あなた。見たところ丸腰のようだけど、どういうことなのかしら。私達が殺し合いに乗っているとは思わなかったの?」
「仔猫を三匹も抱えた女がその台詞を吐くか」
「あなただって何か不細工なオレンジ色のバレーボールを抱えてるじゃない。ハッキリ言って、あまり趣味が良いとは思えないわ」
「これはバレーボールじゃない。ハロだ。それに結構可愛いぞ。チーズくんと似てなくもない」
「チーズくんですって? あんな軟体生物のどこがいいのかしら。私のスフィンクスとあずにゃん二号とアーサーの方が可愛いわ」
「……聞き捨てならないな。チーズくんを馬鹿にするということは私に喧嘩を売っているようなものだぞ」

バチバチバチと、青白い光が両者の眼から生まれて空中でぶつかり合う。
上条は怯えていた。だが、それは決して上条が臆病者である、という意味ではない。
ひたぎの腕の中の猫達も一切鳴き声を発しないし、C.C.の腕の中の丸い物体もカタカタ震えている。
こんな恐ろしいやり取りに威圧されない者はそうそういないだろう。

(なにこれ……こわい……)

この畏怖の根源は男性なら誰もが経験したくない――『修羅場』のソレ、であったのだ。
結果、上条は唐突に舌戦を開始した少女二人の雰囲気に呑まれ、借りてきた猫のように大人しくなっていた。


  【6】


そして――時は巻戻る。
上条が唐突に二人の少女に話を振られた辺りまで。

(やっぱり、なんで言い争いになってのかまるで意味が分かんねぇですよ!? なんなんですかねコレ!?)

焦る上条。震える上条。しどろもどろの上条。
唇からは「うっ……おっ……」などと、言葉にならない音がこぼれ落ちる。ツーッと嫌な汗が背筋を伝った。
が、その時。

「……まぁ、悪ふざけはこれぐらいにしておこうか」
「そうね。上条くんが部屋のスミでガタガタふるえて命ごいを始めない内に、本題に入りましょう」
「…………あれ?」

かしゃん、と雰囲気が一変した。
まるでスイッチを切り替えたように。今までの全ては演技だったかのように。

「何を驚いているの。こんな状況でいきなり会ったばかりの人間とガチで喧嘩出来るほど、私はヒステリックじゃないわ」
「まったくだよ。お前は女を何だと思っているんだ」
「え、ちょ、ま――」

上条の焦燥を他所に、C.C.とひたぎは歩み寄り今までの言い争いが嘘のように笑顔で情報交換を始める。
ちなみに…………両者の笑みがなんか恐ろしいことは上条の気のせいであると思い込んでおこう。おきたい。

「こちらの目的は人捜しだ。何名か知り合いはいるが……ルルーシュ・ランペルージ。特にこの人物を探している」
「同じ目的のようね。だけど残念。私も上条くんも会ったことのない相手だわ。私が探しているのは阿良々木暦、面識はあるかしら」
「残念ながら。だが、その人物に縁のある支給品ならば持っているぞ」
「……あら。見せてもらえるかしら」
「ああ、ちょっと待て……これだ。説明書には【阿良々木暦のマジックテープ式の財布】とあったぞ」
「……待ちなさい。阿良々木くんがこんなダサさを極めたような財布を使っていた記憶はないわよ」
「似たようなことが説明書にも書いてあったな。よく分からんが、私もコレはダサイと思う」

C.C.が懐から妙にパンパンの財布を取り出した。まるで100円ショップで打っているようなナイロン製の財布である。
上条ですら、これはない、と断言出来てしまうような財布だ。
そして、C.C.が何の気なしにバリバリッ!とマジックテープを剥がすと、

「やめて!」

ひたぎが吼えた。
まるで、彼氏の財布であるらしいマジックテープ式の財布をバリバリとやられたら、そう叫ばずにはいられない――という風に。

「……すまんな。悪いことをしてしまったようだ」
「いいえ。でも、本当にその財布をバリバリやるのはやめて。死にたくなるから」

空気が重くなった。
おそらく、帝愛グループは場の空気を乱すためにこのような禍々しい道具を支給品に紛れ込ませたのだろう。
愛し合う恋人達の関係に亀裂を入れるため、なのかもしれない。だとすれば、ソレは決して許される行いではないと上条は思う。

「…………」

その時、だった。スゥッとC.C.の視線が上条を捉えた。
不思議な瞳だ。そう、上条は思った。
今までのやり取りで向けられたどれとも違う。感傷や哀愁を含んだ眼差し。

――――悲しい、眼差し。


「上条当麻。絶望は、しないか?」


C.C.が尋ねた。
上条には彼女の言葉の意図が分からない。
だから、ありのままの自分でその問い掛けに応じる。

「絶望なんてするわけねぇだろ。俺には守らないといけねぇ人がいる。救わないといけねぇ人がいる。
 落ち込んだり、悩んだりしている暇なんてねぇんだ」
「…………そうか。立派なのだな、お前は。強い男だよ。
 だが、時には……『守れなかった人間のことを思い出して欲しい』と考えるのは私のわがままなのかな」
「……え?」

こつん、とC.C.が自身が出て来た民家の扉を叩いた。そして、


「――――奥に、御坂美琴がいる。会ってやって欲しい」


低い声で、呟くように。C.C.はその言葉を吐き出した。


「ビリ……ビリ……御坂……奥に、いるって……」
「アイツは、本当に格好よかったよ。本当に、立派だった。
 身を呈して私を助けてくれたんだ。お得意の超電磁砲《レールガン》とやらでな。
 私の持つお前の知識はあまり多くない。だが、アイツはお前の名前を挙げた時だけは何とも……分かりやすい反応をしていたよ。
 なぁ、上条当麻。私に教えてくれ――」


上条当麻は主人公になるために生まれて来たような男だ。
上条には記憶がない。だが、それでも心の奥にある『誰かを救いたい』という思いは変わらない。
記憶を失う前の――上条当麻と一緒だ。

だが、ここで疑問が持ち上がる。
主人公とは――――いったい、誰にとっての主人公なのだろう、と。


科学と魔術が交差する世界における、物語の主人公だろうか。
それとも、『たった一人の女の子』のための主人公なのだろうか。


それは、両立出来るのだろうか。出来ないのだろうか。
そして、その『たった一人の女の子』とはいったい誰だ? 選からあぶれた者はどうなる?


「御坂美琴は、お前にとってのヒロインだったのか?」


C.C.にとっての主人公――ルルーシュ・ランペルージは、物語の主人公だ。
リベリオン、そしてレクイエム。世界の憎しみの連鎖を断ち切るためにあくまで彼は邁進した。
それはC.C.にとって少し先の未来。Cの世界での邂逅を経て、二人が真に心を通わせた後の話ではあるが。

そして、C.C.は彼に自分自身だけの主人公になって欲しいとは望まない。
二人の関係はあくまで『共犯者』だ。C.C.は最後までルルーシュを影で支え、護り切った。
そこにそれ以上の意味はない。それが全てなのだ。

戦場ヶ原ひたぎにとっての主人公――阿良々木暦は、彼女の主人公だ。
阿良々木暦は『セカイ』を救おうなんて大それたことは考えない。
ただ、阿良々木暦はあくまで彼が関わる全ての人間を救おうとするだけ。
自分に出来ることをやり遂げようとするだけなのだ。けれど、暦はひたぎを選んだ――これは明確な事実。


それでは、御坂美琴にとっての主人公は――――誰だ?
そして、その主人公は何を救う? 世界か? たった一人の女の子か? それとも――両方か?

それは小さな想いだった。わがままなどではない。
いずれ、はっきりとした花を咲かせる時を待つ、蕾のような想いだった。
そして、その想いは昇華されることなく散華した。稲光と電撃の嵐の中、電光の姫君は命を落とした。

どちらにしろ、上条当麻は曖昧なままではいられない。
決断しなければならない。決別しなければならない。決意しなければならない。
『ヒロインになれなかったヒロイン』を認めなければならない。



彼女が上条にとって――――世界で一番のおひめさまなどではないと、認めなければならない。



【E-5/市街地 一軒家/一日目/午前】
【C.C.@コードギアス 反逆のルルーシュR2】
[状態]:疲労(中)、傷修復完了(健康)
[服装]:血まみれの拘束服
[装備]:オレンジハロ@機動戦記ガンダム00
[道具]:基本支給品一式 阿良々木暦のマジックテープ式の財布(小銭残り34枚)@化物語
    ピザ(残り63枚)@コードギアス 反逆のルルーシュR2
[思考]
基本:ルルーシュと共に、この世界から脱出。
   不老不死のコードを譲渡することで自身の存在を永遠に終わらせる――?
1:上条当麻の反応を待つ
2:ルルーシュと合流する
3:利用出来る者は利用するが、積極的に殺し合いに乗るつもりはない
4:正直、ひたぎとは相性が悪いと思う

[備考]
※参戦時期は、TURN 4『逆襲 の 処刑台』からTURN 13『過去 から の 刺客』の間。
※制限によりコードの力が弱まっています。 常人よりは多少頑丈ですが不死ではなく、再生も遅いです。

【阿良々木暦のマジックテープ式の財布@化物語】
 御坂美琴に支給。
 初期支給時の三十六枚という異様に多い小銭の数から察するに、かなりパンパンである。
 原作にて阿良々木暦がマジックテープ式の財布を使った描写はなく、この財布が本当に彼の物である証拠は皆無である。
 だが名目上は彼の所有物である、ということになっている。バリバリ、やめて!

【戦場ヶ原ひたぎ@化物語】
[状態]:疲労(小)
[服装]:直江津高校女子制服
[装備]:文房具一式を隠し持っている、スフィンクス@とある魔術の禁書目録、
    アーサー@コードギアス 反逆のルルーシュR2、あずにゃん2号@けいおん!
[道具]:支給品一式、不明支給品(1~3、確認済) 、バールのようなもの@現地調達
[思考]
基本:阿良々木暦と合流。二人で無事に生還する。主催者の甘言は信用しない。
 1:上条当麻に協力。会場内を散策しつつ阿良々木暦を探す。
 2:神原は見つけた場合一緒に行動。ただし優先度は阿良々木暦と比べ低い。
 3:ギャンブル船にはとりあえず行かない。未確認の近くにある施設から回ることにする。
 4:正直、C.C.とは相性が悪いと思う
 [備考]
 ※登場時期はアニメ12話の後。
 ※安藤から帝愛の情報を聞き、完全に主催者の事を信用しない事にしました。
 ※安藤の死亡によりギャンブル船に参加者が集められているかは怪しいと考えています。

【上条当麻@とある魔術の禁書目録】
[状態]:健康
[服装]:学校の制服
[装備]:なし
[道具]:支給品一式
[思考]
基本:インデックスを助け出す。殺し合いには乗らない。
 0:御坂……
 1:戦場ヶ原ひたぎに同行。阿良々木暦を探す。戦場ヶ原ひたぎと3匹の猫の安全を確保する
 2:インデックスの所へ行く方法を考える。会場内を散策し、情報収集。
 3:壇上の子の『家族』を助けたい 。
 4:そういえば……海原って、どっちだ……?
[備考]
※参戦時期は、アニメ本編終了後。正体不明編終了後です。


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120:Parallel insistence C.C. 150:神浄の恋せぬ幻想郷(前編)
131:彼女らが恋した幻想殺し/彼の記憶 戦場ヶ原ひたぎ 150:神浄の恋せぬ幻想郷(前編)
131:彼女らが恋した幻想殺し/彼の記憶 上条当麻 150:神浄の恋せぬ幻想郷(前編)


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最終更新:2010年01月24日 22:50