揺れる片の眼 悲を呼ぶ邂逅!(前編)◆6lyiPawAAI
円形闘技場という死地から脱した
福路美穂子。
脱出の際に出会った馬を駆り、B-3の城へと向かう。
その最中、気絶した
平沢唯を片腕で支えながら、1つの疑問に拘泥していた。
それは何故か追ってこない白髪の変態男の事でも、
琴吹紬が急に殺し合いに乗った理由などでもない。
(私の身体はどうなってしまったの……?)
つい先ほど、温もりを求めて唯を抱きしめてみた美穂子は、自分の心臓が鼓動していない事を知った。
それどころか、自分の身体で脈動しているのが変容した左腕のみである事も知ってしまった。
人間は心臓が止まれば死ぬ。
それは美穂子ならずとも一般常識を兼ね備えた人間にとっては省みる必要すらない理である。
にもかかわらず、美穂子はこうして動く事ができ、あまつさえ思考すら可能なのだ。
―――異常。その一言に尽きた。
異常ゆえにいつ終わるとも知れないこの状況について考える事は急務だった。
美穂子は改めて円形闘技場での惨劇を振り返る。
船井への不信感から唯と共に別行動を取った事。
帰還した紬を迎え入れた事。
その紬があからさまに異様な雰囲気をまとっていた事。
船井もろとも毒を盛られた事。
白髪の男と黒髪の少女が乱入してきた事。
自分の左腕が変容してしまった事。
左腕を駆使して白髪の男から唯を連れて辛くも逃れた事。
さて、この中で美穂子の身体を異常に至らしめた原因は何か。
(琴吹紬が私に盛った毒か、はたまたこの左腕によるものか。そのどちらかね)
その考えを前提に再度回想に戻る。
場面は白髪の男との睨みあい。
白髪の男との間合いの取り合いの間、少なからず部屋の中を観察する余裕があった。
美穂子はその場にいた全員の様子をくまなく観察済みだった。
平沢唯。気絶中。
白髪の男。気持ち悪い笑みを浮かべてこちらを牽制してくる。
黒髪の少女。気絶中。
琴吹紬。腹部を貫かれている。まず間違いなく死亡済み。
船井譲次。吐血、嘔吐。まず間違いなく死亡済み。
そして美穂子は船井と同じく毒を盛られた。
ゆえに船井と同じ状態でなければおかしい。
要するに”死んでいなければおかしい”のだ。
(それを後一歩の所で阻止してくれたのがこの左腕ってところかしら)
美穂子はまじまじと自らの左腕を見る。
毛で覆われたその腕はまるで野生動物のようだった。
一般的に見ると醜いと形容したくなるそれだが、美穂子は全く別の心を抱く。
(これは神様が与えてくれたもの。神聖なものに違いないわ)
毒によって死のうという間際、美穂子が最期に考えたのは唯を守りたいというものだった。
その後、不死鳥のごとく蘇り、唯を連れて逃げ出す事に成功した。
唯を守る事ができたのだ。
(神様が唯ちゃんを守れとそう言うのならば、私はなんとしてでも唯ちゃんを守りぬきます!!)
だが、美穂子を死の淵より呼び戻したのは決して神などではない。
むしろその逆。レイニーデビルと呼ばれる1つの怪異。
デビルという名の通り、それは悪魔にしか過ぎない存在。
とはいえ、そんな事を美穂子は知る由もなかった。
美穂子は自分が作り上げた想像上の神様に感謝の念を送ると、また次の事を考える。
唯のことである。
唯を守ると誓った美穂子ではあるが、この左腕について詳しいことは分からない。
もしかしたら、一瞬後にも自分は死んでいるかもしれない。
そう考えると、唯にはもっと自分の意思で行動する力をつけて欲しいと思う。
(今後の事を思うと、これからどう動くかは唯ちゃんに決めてもらった方がいいかもしれないわね……)
唯を撫でながらも思考に没頭する。
かの男が現れたのはその直後の事である。
◇ ◇ ◇
少女を弔った政宗は麓に向かって異常な勢いで突っ走っていた。
B-3からC-3を経由してC-4エリアへ。
駅に向かうにしろ工業地帯へ向かうにしろ、この経路を取るのがもっとも合理的だと判断した結果だ。
(どっちに行くかは分岐点についてから考えりゃいい。結果は後からついてくるもんだ)
走りながらでも考えることはできるしなと呟きつつ、疾走を続ける。
時ここに至るまでただの一度も戦闘に入る事がなかった
伊達政宗。
その間にも次々と命を落とす他の参加者たち。
その中には自身の片目とすら呼んだ
片倉小十郎さえ入っている。
にもかかわらず、独眼竜たる己が全く介入できていないとはなんと悔しき事か。
「こんな最悪なpartyだがな、招待状を受け取ってスルー決め込むなんざ、独眼竜の生き様じゃねぇんだよ!」
そうこうするうちに、政宗はC-4エリアへ入る。
(そろそろ橋が見える頃合いか。さぁて、どっちに行くかね)
地を駆けながらも思考に没頭する。
かの女が現れたのはその直後の事である。
◇ ◇ ◇
この出会いは必然であったのか否か。
そんな事は誰にも分からない。
ただ、この出会いは少なからず両者の今後の方針を左右した。
それだけは確かなことだった。
舞台はC-4の北方にかかる橋の西。
南からの道と西からの道、そして橋からの道の合流地点。
それまでの道中とは違い、少しばかり開けた地点。
そこに先に現れた政宗は別の道から馬の蹄の音が聞こえるのを確認する。
その音はここに向けて近づいているのか、大きくなってきた。
「Hey! ちょっと待ちな!」
何者かが駆る馬の前に飛び出す政宗。
もちろん、臨機応変に対応できるように刀に手を添えてはいた。
「きゃっ! な、なんですかあなたは!?」
ただでさえ馬の扱いに慣れていない美穂子は、
突然立ちふさがった人間を前にして驚くのは無理もない。
馬を宥めつつ、前に立つ人間を咎める。
「Sorry. 生憎、優しくしてやれるほど時間の余裕がねえんだ。
……小十郎ならそんな時でも相手を選ぶだろうがよ」
「こじゅう、ろう……それって、片倉小十郎さんの事ですか……?」
「!? あんた、小十郎を知ってるのか!?」
美穂子は唯を馬から落ちないように体勢を変えさせ、自らは馬を下りて政宗と相対した。
対する政宗は思いもかけず小十郎を知っている者と出会った事で驚き、動揺を隠せずにいた。
美穂子がそれを感じ取ってやりきれないような顔をする。
政宗もそれに気付く。
(Shit! 俺としたことが動揺を顔に出しちまったか)
独眼竜らしからぬ様だと小さく舌打ちをして、再度向き直る。
「……まずはあんたの名前を聞こうか」
「私は福路美穂子です。お馬の上にいるのは平沢唯ちゃんです」
「Okay. 福路美穂子と平沢唯か……確かに覚えたぜ。
俺は奥州筆頭・伊達政宗。小十郎は俺の部下だった漢だ。
もう一度聞くが、あんたは小十郎を知ってんのか?」
伊達政宗と名乗る者との出会い。
その出で立ちは小十郎から聞いた通りのものだった。
(この人が伊達政宗……片倉さんの主君)
この少ないやり取りの中からですら、政宗が小十郎を大事な仲間だと思っていた事がひしひしと伝わってくる。
そんな彼に対して、自分は小十郎の最期を述べる義務があった。
美穂子は意を決して口を開く。
「はい。この場所に来て片倉さんと最も長くいたのは私です。
……その、最期の時まで」
美穂子は小十郎との出会い、電車内から駅構内にかけての死闘。
そして小十郎の最期について黙々と語り続けた。
「そうか。小十郎はあんたを守って死んだのか」
「……はい。あ、あのっ、そのっ……!!」
「Ah?」
張り詰めた声色と共に政宗が見たものは目の前の少女の涙する姿。
美穂子はしゃくりあげて泣き始めてしまう。
「何を泣いてやがるんだ」
「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ!!」
「……俺に謝る理由はなんだ?」
「片倉さんはこんな所で死んでいいような人じゃなかった……凄く立派で優しい人でした。
それを、それを……私なんかのために死なせてしまうなんて!!」
竜の右目こと片倉小十郎……。
独眼竜の片腕として軍の一切すら取り仕切る彼は
戦なき日には民と共に畑を耕し、その痛みを分かち合う事のできる人間であった。
才能とその人格、その両方に裏付けされた強さはこの殺し合いにおいても発揮されていた。
対主催としても有数の腕を持つ彼が早々に死んでいったのは確かに大きい痛手であっただろう。
その当時、ただの一般人に過ぎない美穂子を守って死んだ。
1つの観点からすれば大きなマイナスに見え、美穂子もまたその観点からしか見ていなかった。
「Don’t worry.」
「……え?」
「気にすんな。もっとcoolに行こうぜ?」
責められると思っていた美穂子にかけられた言葉は意外にもその真逆。
その一切合切を許そう。独眼竜はそう言ったのだ。
「でも!」
「戦乱に生きる漢なら命を落とす事に迷いはねえ。それは俺も小十郎も同じこと。
無駄死にでもしてやがったら、不甲斐ねぇ小十郎に文句でも言ってやった所だが、
あんたを守って死に、そしてそのあんたはまだ生きてる。
無駄死にじゃねえんだ。褒めこそすれ責めるような道理はねえな。
そしてあんたが気に病む事でもねえ」
「……」
責められるつもりで政宗に詰め寄った美穂子だが、この政宗の物言いには沈痛せざるを得なかった。
政宗は「小十郎が守った人間はまだ生きている。だから無駄死にではない」と言った。
だが、美穂子は自分の予測通りであるならば、自分は”既に死んでいる”のだ。
これを伝えるか否か。
結果的に言えば、美穂子は伝えなかった。
それには大きく分けて2つの理由があった。
まず1つ目。
ここで「自分は死にました」と言ってどうするのか。
「片倉さんは無駄死になんです」と言っているようなものだ。
小十郎の名誉の為にも、また政宗自身の心の平穏の為にも、黙っているのが最上だと心優しき少女は考えた。
さらに挙げるならば、政宗は最初に小十郎の話題が出たとき、かなり動揺した。
ここはこれ以上刺激を与えるわけにはいかなかった。
そして2つ目。
簡単な事だが、「私は死んでいます」と言って信じる人間がどれほどいるだろうか?
当の本人でさえ鼓動の有無でしか自分の異常を感じ取れないのだ。
外から見て美穂子の身体の異常に気付く人間がどれほどいるものか。
こんな荒唐無稽の話をする必要はない。
そんな考えの下、美穂子は自分の異常を胸に秘めた。
しかし、心に影が差すことにはなった。
政宗の言い分を聞くと、自分の中では小十郎は無駄死に。そうなってしまうのだ。
表面上では出さないものの、美穂子は政宗に深く懺悔した。
その一方で政宗は自分が想定した通りの小十郎の結末を聞き、安堵した。
この場においても竜の右目は竜の右目としてその生き様を貫いた。
無論、悔やむ事も多大ではあったが、それ以上に誇らしくもあった。
(それでこそ俺の右目を語るに足るってもんだ。なぁ、小十郎?)
「ところで、小十郎を殺した奴の名前は分かるか?」
「……すみません、外見くらいしか」
美穂子は政宗に小十郎を殺した者(
ライダー)の外見特徴を伝える。
かなり特異な姿をしているので、遠目からもそれと分かるはずとも付け加えて。
(小十郎、仇は取ってやるぜ……!!)
小十郎の生き様はともかくとして、そいつだけは絶対に許せない。
小十郎の主君として、小十郎の友として、仇だけは絶対に取ってやりたい。
政宗はそう決意した。
こうして政宗と美穂子、両者は共に小十郎に対してひとまずの踏ん切りをつけた。
それから美穂子はかねてからの予定の通り、小十郎の形見を渡す事にした。
「伊達さん、これを」
「What?」
美穂子が政宗に差し出したのは伊達家の宝。
竜の爪、はたまた六爪と呼ばれるものだ。
かの松永久秀が武田家の家宝・楯無鎧と共に要求するほどの逸品である。
「片倉さんが大事に持っていたんです」
「小十郎がこいつを? チッ、あの野郎……」
政宗は瞑目し、空を見上げるように顔を上に向ける。
それはさながら、何事かを昇天した小十郎に問いかけているかのようであった。
(小十郎、お前はどんな気分でこいつらを持ってたんだ?)
さぞ俺の代わりのように大事に扱ってやがったんだろうな、と政宗はその様子を思い浮かべて苦笑する。
そんな政宗を見て不思議な顔をする美穂子。
「あの、伊達さん?」
「おっとSorry. 確かにこいつらは受け取るぜ。
その代わりと言っちゃあなんだが、これを受け取っていきな」
六爪を受け取った政宗は代わりに今まで佩いていた刀を美穂子へ差し出す。
「これは?」
「城の宝物庫で見つけた。どれも名刀だ。この独眼竜の目に誓って保証するぜ」
「え、そんな大層なものは受け取れません!」
「気にすんな。どうせ俺は六口以上持つ気はねえんだ」
「分かりました。でも、六本もどうすれば……」
これが刀ではなく銃器であるのならば、悩む事はない。
弾数という制限があるのだから、銃器は多いに越した事はないのだ。
しかし、物は刀である。
六振りもの刀を受け取ってもその扱いに憂慮する。
それもそのはず。通常の人間は刀を扱うにしても二刀流が限度。
間違っても六振りも必要とするようなことにはならない。
もっとも剣豪将軍と呼ばれる足利義輝が最期の時に
何振りもの刀を代わる代わる使って敵を切り捨てたと言う話はある。
それにしたって一度に使うのは一振り二振りだろう。
政宗のようにいっぺんに六振り使うなんて戦い方は異常のほかないのである。
そんな訳で、美穂子はその刀の使い道に悩む。
(気分によって使うのを変えるとか? そもそも、どれがどうなのかとか分からないし……)
「何を悩んでんだ。今までだって六口佩いていただろう」
「それは……片倉さんが1セットで持っていたものですから」
「……しょうがねえな。なら、俺が使い道を教えてやる」
「はい。是非教えてください」
政宗の言う使い道とは以下のようなものである。
まず、美穂子が六振り全てを持つ。
ここで政宗と別れた後、各地を巡って信頼できる仲間に一振りずつ渡していく。
つまり、刀を対主催の目印にしようと言うのだ。
「なるほど……」
「おっと、まだ話は終わっちゃいないぜ?」
渡す際に注意するのは”一振り以上渡してはならない”ということである。
相手が集団でも一振りのみ。
何故このような事をするかと言えば、美穂子らが殺された時に備えてである。
これほどの名刀の数々であれば、この殺し合いにおいて大きなアドバンテージとなる。
当然、殺し合いに乗った者たちにとっても手に入れておきたい逸品である。
後に政宗が刀を持った者と相対した際、持っている数を見る。
一振りで「福路美穂子から刀を受け取った」と言うのであれば、政宗が戦う必要はない。
しかし、それ以上の場合。すなわち二振り以上の刀を持っている場合。
政宗はその相手を殺し合いに乗った者として対処する。
例外としては福路美穂子が二振り以上持っていた場合。
はたまた、政宗が何も言わずとも「福路美穂子から貰った」という事とその理由を述べる場合。
その2つは例外として設定すると言うものである。
「どうだ。そう考えるとそいつらにも利用価値があるって思うだろう?」
「そう、ですね……私には思いつきませんでした。
でも、それって私の主観で相手を見極めるって事ですよね?
もし私の見立てが間違ってたら伊達さんも危ないんじゃ……」
「そんな大事に思わなくてもいいぜ? あんたはそう、伝令みたいなもんだ。
俺の意思を各地に喧伝する役割を担ってくれりゃいい」
「伊達さんの意思……?」
政宗にとっては刀を使った目印なんて余った物を使ったただの座興に過ぎない。
ならば何故こんな事をするのか。
政宗はここに来てから全体に影響する事を何もしていない。
だからこんな座興でも何でもいいから、それを使って場を動かしてみたかった。
そして美穂子を使って色んな連中にこう吹聴させるのだ。
「こんなくだらねえgameを始めた連中もこれに乗る連中もこの独眼竜がぶっ潰すってな。
せっかくだから今の言葉も渡す相手に伝えてくれねえか?」
「……分かりました」
美穂子はその役割を承諾。
もとより、小十郎を死なせてしまったという負い目もあったので、
相当無理な願いでなければ何か手伝おうと思っていたところだった。
こうして、刀の使い道についてまとまった。
「さて、長々と時間を掛けちまった。さっさとしねえとpartyが終わっちまうな」
「あ、あの、もう少しだけいいですか?」
この場での話を切り上げて立ち去ろうかと言う政宗を慌てて引き止める美穂子。
せめて行き先ぐらいは情報交換しましょうという事で、政宗もそれに同意した。
「伊達さんはどちらに?」
「そうだな、こっから南の工業地帯に向かうか、東の駅に向かうか。どっちかだ」
「あの、それでしたら東に行くことをお勧めします」
「Why? 理由を聞こうか」
「その……南の円形闘技場に殺し合いに乗った白髪の男が」
「殺し合いに乗った白髪の男? ……光秀の野郎だな」
政宗が白髪の男で思い浮かべるのは2人。
1人は政宗の口から出たように
明智光秀。
もう1人はこの殺し合いの場で会った
一方通行。
だが、一方通行とはこの場よりも随分東で会っているし、
殺し合いに乗った白髪といえば、まず思い浮かぶのが明智光秀だ。
(まぁ、あの一方通行の野郎が殺し合いに乗っててもやる事は変わらねえが)
ただ、生き残っている参加者の中にもう1人白髪の男がいるのだが、政宗はそれを知らない。
そして美穂子はその円形闘技場での惨劇を語りだす。
平沢唯の友人である琴吹紬がとある理由によって逃げた事。
当時の仲間と紬を待った事。
戻ってきた紬によって仲間が毒殺された事。
そこに白髪の男と黒髪の少女が乱入してきた事。
白髪の男によって紬が殺害された事。
唯と共に辛くもその場から逃げ出した事。
……自分も紬によって毒を盛られた事は伏せた。
「福路美穂子、あんたよく光秀の野郎から逃げ出せたな」
「ええ、この左腕のおかげです」
そう言うと、美穂子は左腕を目の高さぐらいまで持ち上げ、微笑む。
「その腕……いや、詮索するのは野暮だな。忘れてくれ」
「……ありがとうございます」
正直、自分でもこの腕についてはよく分からないので、政宗の気遣いは嬉しいものだった。
「しかし、光秀が誰かと組んで行動してるってのか。何か企んでるとしか思えねえな」
「黒髪の女の子はどう見ても普通の女の子でした。しかも、唯ちゃんとは知り合いらしくて」
美穂子は唯と澪の会話を蘇生途中の半覚醒状態で見ただけだが、
それでも両者が親しい間柄であったのだろうというのは、持ち前の観察眼から推察できていた。
「するってーと、そこで伸びてる平沢唯は友に仲間を殺され、
友が光秀と共に現れ、目の前で友が光秀に殺されたってのか?
……チッ、胸糞悪ぃ話だぜ」
「それと、黒髪の女の子は脅されていたとはいえ、唯ちゃんを殺そうとしました。
私が間に合わなければ、今頃は……」
美穂子は確かに唯に対して黒髪の少女が攻撃するのを防いだ。
だが、それはこういう場なのだから仕方がないとも思った。
悪いのは生粋の殺人快楽者や主催なのだ。
だから殺す。殺さねばならない。
福路美穂子がこの場でやるべき事。
それは平沢唯を守ると共に、襲い掛かってくる敵を倒すという事。
それから政宗と美穂子は危険人物についての情報交換を行う。
政宗の側からは
織田信長、それと明智光秀。
美穂子からは眼帯の女(ライダー)、
浅上藤乃。
確実に殺し合いに乗っているであろう人物だけ、名前とその特徴を交換し合った。
「Okay. 話は分かった。
光秀の野郎はさっさと始末しなきゃならねえ。俺は円形闘技場に向かうぜ」
もとより政宗にとって光秀の打倒は優先順位の高いもの。
その所在がつかめた以上、討ち取りに行くのは至極当然の話である。
「お一人で向かうんですか?」
「ついてくるってのか?
遠慮しちゃくれねえか。言っちゃ悪いが、足手まといになるだろうからな。
ついてくるのも構わねえが、容赦なく見捨てるぜ?」
政宗は光秀に遅れを取るつもりはさらさらないが、一般人を盾にされると多少やりづらい。
最終的には人質を見捨ててでも光秀を討ち取るだろう。
政宗としても犠牲を払うのは心苦しいが、光秀を放置するよりはマシだった。
それを考えると、こちらにもあちらにもそのような人間はいない方が好ましい。
「……分かりました」
政宗の言葉に対して美穂子は頷く他なかった。
光秀と対峙したとき、絶対に勝ち目がないと肌で感じてしまっていたのだ。
だから、政宗が足手まといになると言うと、それはそうだろうと納得してしまった。
既に死んでしまった船井が薬局で言っていた通りの展開である。
(……もっと力が欲しい)
心の底から美穂子はそう痛感する。
力がなければ生き残れない、何も守れない。
ただただ奪われていくばかり。
現に自分はもう大切な物を全て失ってしまったのだ。
だけど、自分にはまた守りたい人ができた。
平沢唯。彼女を守る為にももっと力が欲しかった。
「伊達さん。私たちは城を経由して敵のアジト、ギャンブル船に行こうと思うのですが」
美穂子は政宗に自分の行動方針を示す。
政宗は北の方から来たようだし、城の事を知っているかもしれない。
今は探索に役立つ情報が欲しかった。
「城を目指してんのか?
止めときな、あそこはもうただの廃墟さ」
「廃墟? 何があったんですか?」
思いもよらぬ情報に目を丸くする美穂子。
向かう先の施設の情報を得るどころか、廃墟。
「俺もあそこの方が騒がしかったから行ってみたが……
ありゃ城の土台をぶち抜いたかのような壊れ方だった。
どこぞのclazyな野郎が支えをぶっこ抜いたか折ったか。
はてさてどっちだろうな?」
「城の支えって……凄く丈夫な物じゃないんですか?」
「そのはずなんだがな。それを可能にするような奴がこの場所には存在すんのさ」
城の支えを簡単にぶち抜くような敵。
そんな相手と出会ってしまったら、ひとたまりもないだろう。
美穂子はまた自分の無力さに歯噛みする。
ともあれ、城に行っても何の意味もない事が分かってしまったので、行き先を考える必要が美穂子にはあった。
地図を改めて広げてみる。ここ、C-4から近いのはC-5「神様に祈る場所」である。
(何の施設だか全く分からないわね……教会かしら?)
何でこんな抽象的な名前なのか非常に気になる。
(……一度訪れてみようかな)
しかし、船井案ではできるだけ人に接触せずに力を入手する方法を考えるというもの。
船井自身、危険性が高いと語った「円形闘技場」で本当に襲撃に遭い、船井も命を落とした。
そう考えると、やはり人との接触は避けるべきである。
美穂子も自身が無力である事は痛感しているので、その方針を貫いていきたい。
となると、最終目標のギャンブル船に向けて最短距離で突っ走るのも良いか。
いずれにせよ、橋を通って東に行く事は間違いない。
「Hey, 方針は決まったのか?」
政宗が声を掛ける。
時間がないとか言いながら、こちらが結論を出すのを待ってくれるとは、案外律儀なのかもしれない。
小十郎といい政宗といい、奥州の人は不器用なんだろう。
美穂子はそんな事を考えながら、政宗に行き先を告げる。
「はい。とりあえず、ここから東へ」
「そうか。死ぬんじゃねえぞ?」
「……私も死ぬ気はありません。また会いましょう」
ちくちくと心を刺し続ける罪悪感。
今すぐ心臓がまた鼓動してくれるなら、こんな想いを抱かずに済むのに……。
美穂子は自分の現状を嘆く。
しかし、何を考えようともこの身体に鼓動が戻る事はない。
「All right!! 派手なparty見せてやろうぜ! You see?」
「え、えーと……I see.
あ、そうだ。あと光秀って人と一緒にいる黒髪の女の子。
できれば、助けてあげてくれませんか?」
「あの光秀と一緒にいやがるんだ。そりゃ難しい相談だぜ」
さすがの政宗を持ってしても光秀を討ち取るに際して周りに気を払うような余裕はない。
ましてや脅されているとはいえ、友を殺そうとしたような女。
そこまでして助けるような義理も理由もない。
「できれば……でいいんです。力のない私にはどうしようもないですから。
でも、唯ちゃんにはこれ以上、友達を失って欲しくない……」
「……期待はすんじゃねえぞ?」
「は、はい!」
実の所、美穂子は澪をそこまで救いたいとは思っていなかった。
ただ、唯の為。唯の為を思ってそう政宗に頼み込んだに過ぎない。
今や美穂子にとって唯は存在意義そのもの。唯こそ全て。
むしろ、心の奥底では唯を独占したいと思う心すら無きにしもあらず。
そんな心理状態はともかくも、ここに2人の片目同士の邂逅は終了を告げた。
美穂子は唯と共に東へ向かわんと馬へ戻り、政宗は光秀を討たんと南へ向かう。
かの馬が彼方より現れたのはその直後の事である。
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最終更新:2009年12月31日 23:24