ソードマスターマサムネ ◆qh.kxdFkfM
(ちっ、シケてやがる)
伊達政宗は衣を翻し、そこをあとにする。『円形闘技場』はその名の通り、ただ円を囲むように観客席があるだけで、ほかにめぼしいものはなかった。
しいていえば袋に入った数枚の紙切れくらいだが、そんなものを拾うほど『独眼竜』は落ちぶれてはいない。自分が欲しいのはもっと実戦で役に立つものである。
神原駿河のような変態とは違うのだ。闘技場の外、草原の上で地図を取り出す。次に向かう『憩いの館』はここから北西に行ったところにある。
デバイスの機能を使えば、迷うことはないだろう。そして最後には『城』を……。
「あン……?」
その時だった。城を見上げていた政宗の目の前で、彼の城は震え、やがて――――。
「嘘だろ、おい……」
瓦解。崩壊。倒潰……。表す言葉は数多くあれど、事実はひとつ。
レプリカの安土城は、政宗の到着を待たずして、その存在を終えたのだ。
「Shit! どんなクレイジーな野郎の仕業だ?」
そこでふと、放送の内容が脳裏を過ぎる。正確には、死亡者発表の一部分だが。
(小十郎……)
ここにきて、彼は一度も死体を見ていない。それどころかまともな戦闘さえ経験していないのだ。
それは偶然なのか、はたまた主催とやらの作為なのかは分からない。ただ、それが『死』というリアルをこの戦国武将から遠ざけたのは間違いない。だから、つい考えてしまう。
『竜の右目はまだ生きていて、それを隠しているだけではないのか』
『そもそも
片倉小十郎はもともといないのではないか』
今あそこで繰り広げられている『暴力』の中へ行けば、確実にそんな甘えは吹き飛ぶだろう。
最悪、仏になった男を拝むかもしれない。それにあいつは事あるごとに言っていたではないか。無謀はよせ、我慢を覚えろと。
だから、あそこには――――。
(悪いな、小十郎)
政宗はぐっ、と地面を踏みしめる。脳が命令を下し、足の指が、裏が、腱が溢れる力に震えた。
辺りに吹いていた風はいつの間にか消え、頭を揺らしていた草は黙する。
跳躍――――着地――――跳躍――――着地――――跳躍――――!
(お前は、もう俺の中じゃ生きてねえんだ)
地面を踏んでいた足が木々をとらえ、踏み台にする。その足取りに一切の迷いはない。
そこに何かが――――少なくとも強者が――――いるなら、向かわずして何が武将か。
これは性なのだ。戦場を駆け、戦塵に塗れることを喜びとする自分の本質なのだ。
(小言ならあっちで嫌ってほど聞いてやるからよ。今は草葉の陰で見物してな)
政宗は不敵に笑い、『城』の跡地へ向かう。そこにいるであろう強者と、そこにあるであろう戦場を求めて……。
「こいつはひでえ……」
予想はしていたが、ここまでとは。瓦礫の山を前にした男は感嘆す。まるで支えを失って崩れたかのように、周りにあまり被害はない。
城という形が崩れて、そのまま山になったというのが表現として正しいのかもしれない。政宗はもはや形だけの門をくぐり、周囲に目を配る。
しかし、下手人と思われるような人物はいなかった。
「奴さんはもう退散しちまったか」
あるいは建築がヘボで自壊したか……。さすがにそれはないだろうと『独眼竜』思い直し、探索に入る。といっても、積もった材木を退かすだけだが。
「馬の一頭くらいは調達してぇんだがな」
これといった変化もなく、ただ黙々と材木を放り投げる作業を続けていると、さすがの奥州筆頭も疲労を感じ、木陰で休憩をする。
こういうことは本来、小十郎の領分だ。地道な作業――農業の手伝いをあいつはよくやっていた。あきもせず。それを尻目に刀を振っていたのが、随分と昔のように感じる。
「……なんだこりゃ」
水を飲もうと取り出したはいいが、この中身が透けた竹筒は何だ。先端が窄んだ妙な形をしている。
叩いてみると、硬いような、軟いような……何とも形容しがたい。振ってみると水音がするから、たしかに水は入っているはずなのだが……。
「割れば中身は出るだろうが……」
しかし容易くは割れないだろう。仮に割ったとしても、それは粉砕するわけで、当然水は周囲に飛び散り、飲む分はあるかどうか。
「ちっ、こんなことなら神原にでも聞いておくんだったぜ」
冷やかされそうな気もするが、それでも最終的には説明してくれただろう。まあ、今となっては後の祭りだが。
政宗は仕方なくそのままペットボトルを戻し、額に浮かぶ汗を手で拭い、立ち上がる。
「ん?」
そこでふと、瓦礫の間から輝きが見えた。つまり、そこには光を反射するものが存在するということだ。
その煌きは政宗がよく目にするそれであり、それはすなわち――――。
――――刀。
「ハッ、やっぱりあったか」
城とは、拠点である。戦国時代において、城は軍事基地であり、金庫でもある。
城主――つまり国が管理する財産がそこには蓄えられている。食料であったり、金銭であったり……。
それは財宝も例外ではない。
宝物庫、そこに貯蔵されるは武人にとってまさしく宝そのもの。
「いいぜ、これなら申し分ねえ」
その中から宝刀だけを見つけ出し、検分。そして六本を佩く。錆や歯こぼれもなく、どれも非の打ち所が無い業物ばかりだ。
試しにと政宗は先ほど開けられなかった水筒を高さの合う瓦礫の上に置く。
右手は柄を、左手は鞘を。
踏み込みと捻りは同時に。
――――抜刀。
その瞬間がまるで制止したかのように、草が、風が、葉が、その動きを止める。弧を描いたその光は、まさしく一閃と称すに相応しい。
――――納刀。
チン、と音が鍔から漏れる同時に、キャップがぽとり。この時、この戦国武将は刀のありがたみを再度深く認識した。
それはともかく、政宗はようやく水にありつけたのである。
「密封するに越したことはないが、開けられなきゃ意味がねえな」
渇いた喉に久方振りの飲料水を流し込みながら、宝物庫の周りに存在する残骸を足で除ける。まだ何かあるかもしれないからだ。
擦らせていた足が、何かに引っ掛かる。どんなに力をいれても、びくともしない。不審を抱いた政宗は、その周囲の木端を払う。
「こいつは……」
城の土台となっていた石垣に、鉄でできた奇妙な取っ手がついた蓋があった。空の入れ物を放り投げ、それを引っ張ると、
ズズッ
ズズン
重厚な音とともに、現れたのは、光りなき空洞であった。政宗は眉をしかめる。隠し扉? なぜこんなところに。いや、そんなことはどうでもいいか。
「案外簡単に見つかったな」
主催をぶっ潰す。その目的が達成されるのだ。ほかに何を構う事があろうか。敵の親玉がいる場所など限れている。
戦場では本陣、平素では城か寺だ。今回はその城が壊れたから、地下へ逃げたってことだろう。『独眼竜』は刀に手を掛け、ゆっくりとその闇へ潜る。
(小十郎、お前の弔い合戦だ。派手に暴れるぜ)
通路は石段で作られ、壁面も当然石材でできている。男はその暗闇を息と音を殺して下りていく。
本来なら基本支給品である懐中電灯を使うべきなのだろうが、戦国時代を生きる人間にはあれが何なのか分からなかった。
鈍器ではないかというのが、現時点での伊達政宗の見解である。
(ここだな)
目の前にうっすらと扉が確認できる。恐らくこの先にあの胸糞悪い野郎と、小娘がいるはずだ。政宗はすでに研ぎ澄まされた気を、最大限まで高める。
そして――――。
「覚悟しなッ!」
扉を勢いよく蹴破り、一振りの宝刀を構える。そのまま流れるように眼前の敵を、
「なっ……」
敵を……。
「こいつは一体……」
敵は、いなかった。政宗の動揺に合わせるように、薄闇が電光に裂かれる。
そこはがらんどうの空間――いや、しいて言えばそこには少なからず物象は存在した。
焼けた鉄板、それに垂れる水滴、湧き上がる蒸気……。政宗は怪訝な顔で熱気を感じる鉄板に近づき、そこで片目の視界があるものをとらえる。
彼は表情を怪訝から驚愕に変え、目標を鉄板からそれへ変更し、接近する。
「おいおい。こいつはちょいと興が過ぎるんじゃねえか?」
そこには透明な棺があった。
そこには一糸纏わぬ少女の亡骸があった。
「くくくくくく……なるほど、こいつは確かにクレイジーだぜ」
刀を握っていない方の手で顔を覆い、苦笑する政宗。しかし、それは数秒のことであった。顔から手を離した男の顔に、笑みなどなく、そこに存在するのは、
憤怒。
「ずいぶん舐めた真似してくれるじゃねえか」
光が、風が、音が、
その瞬間、彼を中心に現れ、消える。
それに呼応するように、
棺はズレ、
液はドロリ。
その空間はある男の研究施設である。その男は主催者でありながら参加者となり、ここに訪れていた。
しかし、“出入り口が違った”。男が入ったのはE-5に位置する『展示場』からだ。政宗のいるB-3にある『城』からではない。
なぜそんなことが起るのか。その理由は主催者とその男の都合にある。男の目的は『死の観察と蒐集』であり、そのためには拠点と成り得る研究施設が必要不可欠。
当初は男が転移し、実行する案もあったが、それは『ゲーム』の趣旨に反するという苦情が出た。あくまでも参加者の能力は『制限』によりなるべく均等にしなければならないということである。
その後、妥協案としてある方策が立てられた。
すなわち、『施設そのものの転移』である。正確には主要施設のどこかにそこへ通じる『門』が設けられ、関係者以外には見つからないように細工を施すのである。
そしてそこをターミナルにしないように、『入った施設からしか出られない』という制御を付加する。これなら、件の『制限』にも引っ掛からず、男の研究の妨げにはならない。
その案件は、それで問題なく片付いたはずだった。
はずだった。
閑話休題。
戦国時代を生きる伊達政宗は許せなかった。戦場で人が死に、その存在を、生涯を終えるのは理解も納得もできる。
皆、そういった覚悟を持ち合わせて、戦を行っているからだ。自分もいつかはそうなるかもしれないと、腹を括っている。
死んでいった小十郎もそのはずだ。しかしこの少女はどうだ。なぜただの少女が首を斬られ、あまつさえ死後も辱められなければならない。
女は戦うべきじゃない。女とは、家にいてしかるべきなのだ。
だが、主催はそんなことも弁えず、この年端もいかぬ少女を殺し合いの舞台に放り込み、結果として、下手人にその未発達な体は弄ばれた。
彼女にだって、夢や将来があったはずなのに。
政宗は、それが許せなかった。
「悪いな嬢ちゃん。死に装束にはちと派手だが、勘弁してくれ」
地上に掘られた即席の穴の中に、件の少女はあった。遺体に付着していた液体はガーゼでふき取ったが、さすがに髪にこびり付いたものは無理だった。
宝物庫にあった無駄に高そうな一重で身を包んだ彼女の上に副葬品として金銀・宝石の数々が降り注ぐ。朝日がそれを輝かせ、まるでひとつの美術品のようだ。
実際、この少女は成長すれば美人であったろう。政宗はもう何度目かわからない歯噛みをした。
「こいつは手向けだ。あっちには俺の連れもいるんだ。山分けしてくれ」
これは代償行動なのかもしれない。あいつの遺体も仇も分からぬ現状が、この少女を手厚く葬らせているのかもしれない。
彼はふとそう思い、そして拳を強く握った。最後に別れを告げ、亡骸に土を掛ける。締めに材木の一つをそこに差し、男と少女の邂逅は終わった。
しばし、黙祷。
……。
…………。
………………。
腹の中で渦巻く怒りが、主催と下手人に止まらず、自分自身にまで及んでいた。ここに来て自分は今まで何をしてきた?
大層らしい目的を吐くだけで、やっていたことはどこぞの女との物見遊山。そうしている間も、片倉小十郎は命を散らして闘っていたというのに。
(小十郎、お前のことだ。女子供を護ろうとしたんだろうな。お前はいつも)
実直であった。
献身であった。
忠義であった。
「馬鹿野郎がっ……!」
自分の背中を護るのではなかったのか。共に天下を取るのではなかったのか。何くたばってやがる。政宗は頭を垂らし、俯く。しかしそれも短い時間のことで、すぐに顔を上げる。
そこにあるのは確固たる決意。
(小十郎、俺はやるぜ。お前抜きで主催を潰して、そのまま天下まで一直線だ)
――――阻むものはなんであれ、叩き斬るッ!
本来、この時点で伊達政宗は『城』に向かうことも、刀を手にすることも、少女の遺体と対面することもなかった。
『憩いの館』へ向かい、そこにいるであろう人間と接触し、共闘か対立をするはずであった。
その後『城』へ移動することになっても、宝物庫へこんなに早く辿り着くことなどできなかったであろう。
当然、地下へも侵入はできまい。
しかしこんなアクシデントを誰が考えられる? 設計にも地盤にも資材にも問題がなかったその山城が、主要な柱とその周囲の建材を喪失し、崩壊するなど。
しかしこんなアクシデントを誰が考えられる? 十重二十重の罠で侵入困難だったはずの宝物庫が、罠を発動することなく土台もろとも崩落し、その財宝を無防備にさらずなど。
しかしこんなアクシデントを誰が考えられる? 構造的、視覚的に感知できないはずの隠し扉が、隠蔽する施設そのものを破壊され、露見するなど。
それが一参加者の手によって行われるなど、誰も予想できるわけがなかった。
「ん? なんだありゃ」
眼下に広がる景色に、変化があった。何か巨大なものが動きまわったかのように、土煙が舞っている。
「あそこにあるのは――――駅か」
地図とデバイスで確認して、政宗は呟く。確かそこには好敵手、
真田幸村がいたはずだ。それと他に何人かの参加者。
時間的に神原駿河と
枢木スザクも到着しているころかもしれない。まあ、真田幸村は相当の手練。心配することはないと思うが……。
(死ぬんじゃねえぞ、真田幸村)
変化はほかにもあった。薬局の下、工業地帯の辺り。そこで何かが宙を舞い、それを人――なのかどうか判然としないが――が叩き落そうと躍起になっている。
どちらもかなりの距離がある。
(ちっ、どうして俺の遠くでばかりpartyが起こるかねえ……)
だが、と政宗は不敵に笑う。あっちが離れてるなら、こっちが近づけばいい。馬はないが、自慢の脚は健在だ。小十郎とは違ってな。問題はどちらへ行くか、だが。
(そんなのは動きながら考えればいい)
『独眼竜』は地を蹴り、疾走する。当ても方策もあやふやで、何一つ定まっていない。しかし、その信念だけは、ブレず曲らず挫けず、天下を目指す武人のそれであった。
「奥州筆頭・伊達正宗! 推して参るッ!」
政宗は知らない。駅にはゴクアークでキョウアークな者たちが、レツアークな者を狩らんとしていることを。
政宗は知らない。工業地帯にはザ・フジミと目されるサイアークな者が暴虐の限りを尽くさんとしていることを。
しかし、だからこそすべてを終わらせる時…!
今はただ、この者が救世主であることを願おう。
そう――――。
マサムネの勇気が世界を救うと信じて…!
【B-3/城/一日目/昼】
【伊達政宗@戦国BASARA】
[状態]:健康 ソードマスター
[服装]:眼帯、鎧
[装備]:大包平@現実、童子切安綱@現実、燭台切光忠@現実、中務正宗@現実、雷切@現実、和泉守兼定@現実
[道具]:基本支給品一式(ペットボトル飲料水1本、ガーゼ消費)不明支給品1(武器・確認済み)、
田井中律のドラムスティク×2@けいおん!
[思考]
基本:自らの信念の元に行動する。
1:Let's Party!
2:駅(D-6)か工業地帯(E-4)を目指す。
3:主催を潰す。邪魔する者を殺すことに抵抗はない。
4:信長、光秀の打倒。
5:ゼクス、
一方通行、スザクに関しては少なくとも殺し合いに乗る人間はないと判断。
6:
戦場ヶ原ひたぎ、
ルルーシュ・ランペルージ、
C.C.に出会ったら、12時までなら『D-6・駅』、
その後であれば三回放送の前後に『E-3・象の像』まで連れて行く。
[備考]
※信長の危険性を認知し、幸村、忠勝とも面識のある時点。長篠の戦いで鉄砲で撃たれたよりは後からの参戦です。
※長篠で撃たれた傷は跡形も無く消えています。そのことに対し疑問を抱いています。
※神原を城下町に住む庶民の変態と考えています。
※知り合いに関する情報をゼクス、一方通行、
プリシラと交換済み。
※三回放送の前後に『E-3 象の像』にて、信頼出来る人間が集まる、というゼクスのプランに同意しています。
政宗自身は了承しただけで、そこまで積極的に他人を誘うつもりはありません。
※政庁で五飛が演じるゼロの映像を見ました。映像データをスザクが消したことは知りません。
※スザク、幸村、暦、
セイバー、デュオ、式の六人がチームを組んでいることを知りました。
※
荒耶宗蓮の研究室の存在を知りました。しかしそれが何であるかは把握していません。
また、
中野梓の遺体に掛かりっきりで蒼崎橙子の瓶詰め生首@空の境界には気付きませんでした。
※中野梓が副葬品(金銀・宝石)と共にB-3付近に埋葬されました。
※宝物庫にはまだ何らかの財宝(金銀・宝石以外)があります。
【伊達政宗の入手した宝刀】
どれもが名の知れた業物。国宝級のものもある。政宗は自身に必要な数だけ宝物庫から精選した。
【大包平@現実】
童子切安綱とともに日本刀の最高傑作として知られる。岡山藩主の池田家の重宝。国宝。
【童子切安綱@現実】
銘 安綱 酒呑童子の首を刎ねた刀とされる。大包平とともに日本刀の最高傑作として知られる。安綱は伯耆国の刀工。国宝。
【燭台切光忠@現実】
伊達政宗がこの刀で家臣を斬った勢いで、そばにあった燭台も切れたことが由来。
【中務正宗@現実】
本多忠勝(本多中務)が所持していたことから。国宝。
【雷切@現実】
立花道雪(戸次鑑連)が雷または雷神を斬ったと伝えられる刀。
【和泉守兼定@現実】
土方歳三の愛刀。会津11代兼定が松平容保に従い上洛し、京都で鍛えたもの。
柾目鍛に五ノ目乱の波紋を焼き、当時の拵がついている。昭和40年6月9日、日野市指定有形文化財となる。
時系列順で読む
投下順で読む
最終更新:2009年12月24日 23:06