君のいない道を行く ◆Vj6e1anjAc
きぃ、と鳴ったのはバイクのブレーキ。
ぶるんと鳴るのはアイドリングの音。
やがてそれさえも消失し、灰色の街並みに静寂が戻る。
「確かに、こいつはとんだ大騒ぎだな」
否――静寂というのは、語弊があるだろう。
呟く
両儀式と
デュオ・マックスウェル。
両者がたどり着いた市街地は、今まさに爆音の真っ只中にあった。
何かが千切れ飛ぶような音。
何かが砕け散るような音。
何かが何かを鋭く叩く音。
さすがにまだ声が聞こえる距離ではないが、何者かと何者かによる交戦の音と見て間違いない。
「まぁどっちにしろ、ここからは歩きだ」
言いながら、デュオがバイクから降りた。
背中からデイパックを下ろしその口を開け、これまで乗ってきたサイドカーへと向ける。
「危ねぇと思ったら、すぐに逃げるぞ」
「ああ、分かってるよ」
今まで以上にぶっきらぼうで投げやりな響きに、僅かに顔をしかめた。
危険を冒してでも駅に向かうか、命惜しさに放置するか。
結局デュオが選んだのは、前者だった。
式が彼の元へと戻ってきたのは、二度目の放送まであと数十分といった頃。
第二回定期放送――すなわち、約束の時間に当たる正午。
どちらにせよもうしばらく待てば、
セイバーや阿良々木達が戻ってくることに変わりはないのだ。
それを黙って見殺しにして、知らぬ存ぜぬを貫けるほど、デュオ・マックスウェルは冷徹な人間ではない。
でなければ誰が真のオペレーション・メテオを阻止するために、心中までしようなどと思うものか。
こうして式と合流した後、彼はサイドカーを走らせ、今まさにD-6の西端へと至った。
しかし、ここからはバイクに乗り続けるわけにもいかない。
エンジンの爆音は容易に人を呼び寄せ、不用意な戦闘を招くことになるだろう。
よってここからは徒歩での移動だ。
建物を隠れ蓑にしながら、慎重に駅を目指して進む。
破壊工作員として鍛えられたデュオにとって、潜入任務はお手の物。
加えてスィーパーグループでの活動経歴もある。
身軽に身を隠すことに関しては、ガンダムパイロットの中でもトップクラスの腕前だろう。
(さて、と……とはいったものの、問題は式にあるんだよなぁ……)
バイクをデイパックへと突っ込みながら、横目で式を見やり思考する。
彼女の様子がおかしいのは、誰の目に見ても明らかだ。
もとよりやたら達観していた彼女だったが、
黒桐幹也の死体を目の当たりにしてから、余計にその傾向が強くなっている。
否、達観というよりは、もはやこれは諦観の域か。
であれば、危険だ。
ここから先の隠密活動では、そんな調子でいられては困る。
もう何もかもどうでもいい。どうにでもなってしまえ。
そんな態度では、敵への警戒を怠ることに繋がってしまいかねない。
デュオがどんなに完璧に隠れても、後について来る式が無用心だったおかげて見つかった、では話にならない。
「ところで、さっきのコクトーってのは、どんな奴だったんだ?」
原因があるなら突き止めるべきだ。
故に作業の片手間に、式に向かって問いを発した。
少々デリカシーに欠けるかもしれないが、生き残るためには、四の五の言っていられない。
「っ」
ぴくり、と。
案の定、赤い革ジャンの肩が揺れる。
これまで感情の起伏に乏しかった式が、初めて明確な動揺を示した。
この無表情の心を揺るがす程の存在だ。今回の異変にも、その死が密接に絡んでいると見て間違いないだろう。
「……アイツは、ただの高校時代の同級生だ。
オレに惚れたとか勝手に抜かして、卒業してからも世話焼いてきて、そのくせ一緒に大学行くって約束はすっぽかして……」
「それも満更じゃなかった、ってとこか」
返事は、来なかった。
否定の言葉が口を突くことはなかった。
それで大体理解できた。
そこに正式な恋人関係があったのかは不明だが、恐らく両儀式と黒桐幹也の間には、いわゆる男女の色恋の間柄があったのだろう。
もっとも、それもまだ確証ではない。
恋愛の一言では片付けられない繋がりなど、人間社会にはいくらでもある。
「……何だかんだ言って、オレはあいつに甘えてたんだ」
弱く、細く。
ぽつり、と呟く式の声。
むっとした顔つきが緩やかにほどかれ、どこか寂しさを湛えた顔へと変わる。
それも、デュオにとっては未経験。
このバトルロワイアルへと放り込まれてから、未だ見せたことのない未知の表情。
まともな精神状態ならば、常に毅然とした式が、こんな弱味を見せるはずもない。
「あいつは確実に、オレにとっての拠り所で……それが生きてく意味だと言っても、過言じゃなかった。
殺人を好むオレにとって、唯一それと同じくらいに――いや、きっと、それ以上に確かな存在だった」
ふぅっ、と溜め息をつきながら、ざんばらの黒髪を風に揺らす。
「でも、それも終わりだ」
一人にしてほしい、と言った時と同じように。
伽藍堂のような漆黒の瞳を、彼方の大空へと向けながら。
そこに面影を見出すように、蒼穹を仰ぐ式が言った。
「あいつはもうこの世にはいない。
オレが生きていく意味も目的も、ごっそり道連れにして逝っちまった。
もう、ほとんど何もないんだ……お前らに付き合うぐらいのことしか、な」
何も、ない。
この世界で生きていく意味も。
この世界で為すべき目的も。
生きていこうという意欲さえも。
ないない尽くしの虚ろな心。
伽藍堂の硝子の心。
「……そうかよ」
何もなくなったと呟く式の心には、真実、何もないのだろう。
伊達に戦争の時代を生きていない。
生きる活力をなくしてしまった人々の顔は、嫌というほど目の当たりにしてきた。
かつて最愛の家族と共に暮らしていた、マックスウェル教会にも。
OZに弾圧され搾取され続けた、地上と宇宙の人々にも。
それらと式は同じだ。
もう希望なんてどこにもない。どうにでもなってしまえばいい。
たった独りの人生なんて、生きていく甲斐がない。
この少女は正真正銘、本気でそう思っているのだ。
「じゃあ――お前とはここでお別れだな」
冷たく、鋭く。
それは自分でも驚くほど、冷淡で辛辣な響きだった。
だがその胸中を表すには、心底適切であるに違いないと思えた。
「……? どういうことだよ」
案の定、怪訝な顔つきで首を傾げられた。
「そのまんまの意味だ。ここからは俺1人で行く。だから、お前とはここでお別れだ」
「何でだ。オレはお前らに素直についてくって言ったろ。今更迷惑をかけるつもりなんかないぜ?」
「はっ――それを本気で言ってるってんなら、お前も焼きが回ったな」
嘲笑する。
腑抜けたことを抜かす式を鼻で笑う。
普段から他人に合わせ立ち回る彼の処世術からすれば、考えられないほどに攻撃的な態度。
それでも、まだ表情を崩すことはしない。
たとえ悪人に見えようが、そんなことは知ったことか。
「今のお前は、生きようって気がまるでねぇ。それどころか、俺達の生き死ににも、さして興味を持っちゃいねぇ。
そんな中途半端な覚悟の奴にゃ、おちおち背中も預けられねぇっつってんだよ」
これは自分の命のかかった問題なのだから。
道中で式に抱いていた不安は、考えうる限り最悪の形で的中していた。
こいつにはもう何もない。
何事にもまるで身が入っていない。
研ぎ澄まされた刃の気配が、跡形もなく消失している。
ただそこにいて、ただ人の話を聞くだけ聞いて、ただふらふらとするだけの人形だ。
こんなもの、身を隠すことは愚か、戦うことすら満足にできるとは思えない。
「……最初にお前に会った時、知り合いの顔を思い出したんだがよ……そいつはまるで見当違いだったみてぇだな」
ひょい、と。
言いながら、デイパックを持ち上げる。
バイクを収納した鞄を背負い、しゃがんだ姿勢から立ち上がる。
そこで茶髪の三つ編みを揺らし、ようやく式の方へと向き直った。
「お前はあいつとは違う。少なくともあいつは、生きる意味への執着はなくても、生きる目的を手放したりはしねぇ」
思い返すのは、1人のタンクトップの少年の姿だ。
ヒイロ・ユイ――ウイングガンダムのパイロット。
かつての平和的指導者の名を冠しながら、驚くほどに無口で無愛想で無鉄砲な男。
与えられた任務に忠実に従い、文字通り命を捨ててでも、コロニーの平和のために戦わんとする男。
あの男は、誰よりも自分の命を粗末に使う男だ。
だがそれでも、命懸けになってでも任務を遂行したいという意志は、決して手放したりはしなかった。
それほどの強靭な精神力がなければ、禁断の狂器――ゼロシステムも使いこなせないということか。
いずれにせよ、奴は兵士として完璧だった。
こんな奴と組むよりは、その方がまだ都合がいい。
こんな腑抜けとあいつとは、到底一緒とは、言えない。
「……オレを放り出して、それからどうする」
踵を返し、街並みに溶け込まんとした矢先。
微かに震えの宿った声が。
微かに強く張り上げた声が。
デュオの背中を、呼び止める。
「前に言った通り、オレは殺人鬼だ。いずれ殺し合いに乗るかもしれないぞ?」
「ああそうかよッ!」
くるり、と反転。
ちゃき、と鳴るのは金属の音。
両手に構えられたのは、黒光りするピストルの銃口。
「ならその減らず口が叩けねぇように、今ここでぶっ殺しておいてやろうか!
鬼が死神に殺されるなんざ、さぞかし洒落た絵面だろうなァ!?」
声を荒げるデュオの手には、命を撃ち抜く殺意の銃身。
フェイファー・ツェザリカの凶弾は、たとえ魔眼の操り手であろうと、一撃で絶命させうるだろう。
全ては人差し指1つで終わる。
顔面がスイカのように弾け飛び、鮮血の雨を降らせて終わる。
一息でつく、決着。
鋭く睨む少年の瞳と、生気すらない少女の瞳。
極限まで張りつめた緊張感がもたらす、沈黙。
もはやこの一瞬の間だけは、耳を打つ爆音の存在も、敵に捕捉されるという危険性も、両者の脳内から抜け落ちていた。
「……そいつは、困るな。オレはまだ、死にたくないんだ」
静寂を破ったのは式の方だ。
「情けない話だが、こんなになってもまだ、あそこに戻りたいとだけは思えない」
「ったく……どっちなんだよ、お前は」
それすらもまた、情けない弱音。
呆れきった響きと共に、銃を納める。
ああ、その点においても、この軟弱娘とヒイロは違った。
あいつは必要に迫られれば、たとえ死ぬと分かっていても、躊躇いなく自爆スイッチを押す男だった。
生きたいと思えないのに、死にたくない。
そんな半端者とは、確かに違う。
「殺さなくていいのか?」
「やめだ。そんな中途半端な覚悟で死んだって、そのコクトーって奴に追い返されるのが関の山だろ」
「馬鹿言うな。死んだあいつが生きてるオレにとやかく言うなんてこと、あるわけないだろ」
死人に口なし、というやつか。
直死の魔眼だとか魔術だとか、突拍子もないトンデモワールドに住んでいるくせに、妙なところでリアルな奴だ。
そのギャップがおかしくて、思わずくすりと苦笑した。
「そりゃあいい。ならせいぜい死んだ奴が浮かばれるように、お前の方からできることを探すこった」
「……考えさせてくれ」
「そうだな。精一杯悩んで、精一杯考えとけ」
ただしこれが終わった後でな、と。
付け足して、ようやくデュオは歩みを進めた。
かつりかつりという靴音が、後ろからついてくるのが分かる。
もう止めることもない。
ひとまず、式はこれで大丈夫だ。
結果的にとんだ荒療治になったが、これで彼女も、答えを見つけるまでの間は生きようとしてくれるだろう。
意地っ張りな式のことだ。
答えを見届けるまでは死ぬな、とか言って、自分の背中も守ってくれるにちがいない。
(ヒイロといい、五飛といい……何で俺はこういうじゃじゃ馬に縁があるかねぇ?)
内心で、肩を竦めた。
扱いづらいという一点においては、彼らと式が似ているのは認めよう。
(なおさらカトルやトロワが恋しくなってきたぜ)
常に皆のまとめ役であろうとしていた、ガンダムサンドロックのパイロット。
無口な点はヒイロと同じだが、それでもまだ幾分か思いやりを表に出す気があった、ガンダムヘビーアームズのパイロット。
あの2人がこの場にいないことが、いよいよ本気で悔やまれる。
だが、不思議とそこまで嫌な気分になれないのは、やはり彼がどこまでもデュオ・マックスウェルであるからに違いなかった。
◆
生者は死者に、一体何をしてやれるのだろう。
コンクリの大地を踏み締めながら、薄ぼんやりと思考する。
生きていた頃の幹也は、一体私に何を求めていたのだろう。
私は一体幹也のために、どんな生き方をすればいいのだろう。
生きてほしい、なんてのは答えにならない。
ただ生きているだけだなんて、幹也が死んでなくたってできる。
人の死が尊いものだというのなら。
その上その人が死んだというのなら。
その死に報いる何かをするというのなら。
あいつが生きていた頃と、まるきり同じようには生きられない。
良くも悪くも、変わらなくちゃならないんだ。
なら、何ができる。
どう変わればいい。
何をあいつにしてやればいい。
ただひたすらに考える。
どうやらまだ、そう簡単に死ぬわけにはいかないようだ。
そういえばそろそろ放送の時間だな、とふと思う。
そいつはつまり、待ち合わせの時間も近いということだ。
目的の時間と距離が近付くにつれ、このやかましい騒ぎの音も大きくなっていく。
もうその中に混じる声すらも、聞こえるくらいの距離になっていた。
微かに
枢木スザクの声が聞こえてくる。
他は聞き覚えのないものばかりだが、少なくともスザクは、律儀に待ち合わせを守ったらしい。
――凶れ!
……いや。
違う。
聞いたことのある声が、もう1つある。
ああ、そうだ。
この耳を打つ声色は。
ありったけの殺意と愉悦を込めた呪詛の声は。
「お前はそっちの道を選んだんだな――浅上藤乃」
【D6/一日目/昼】
【両儀式@空の境界】
[状態]:健康
[服装]:私服の紬
[装備]:ルールブレイカー@Fate/stay night
[道具]:基本支給品一式、首輪、ランダム支給品0~1
[思考]
0:幹也。君を許さない―――
1:今はまだどうしたらいいのか分からない。とりあえずデュオ達についていく。
2:幹也のためにできることを考える。
3:浅上藤乃……殺し合いに乗ったのか。
4:荒耶がこの殺し合いに関わっているかもしれないとほぼ確信。
5:荒耶が施したと思われる会場の結界を壊す。
6:光秀と荒耶に出会ったら、その時は殺す。
7:首輪は出来るなら外したい。
[補足]
※首輪には、首輪自体の死が視え難くなる細工がしてあるか、もしくは己の魔眼を弱める細工がしてあるかのどちらかと考えています。
※荒耶が生きていることに関しては、それ程気に留めてはいません。
しかし、彼が殺し合いに何かしらの形で関わっているのではないかと、確信しています。
※A-5の敵のアジトが小川マンションであると分かりました
※以下の仮説を立てています。
・荒耶が殺し合いの根幹に関わっていて、会場にあらゆる魔術を施している。
・施設に点在している魔法陣が殺し合いの舞台になんらかの作用がある。
・上の二つがあまりに自分に気付かせんとされていたこと自体に対しても疑念を抱いている。
・首輪にはなんらかの視覚を始めとした五感に対する細工が施されてある。
【デュオ・マックスウェル@新機動戦記ガンダムW】
[状態]:健康
[服装]:牧師のような黒ずくめの服
[装備]:フェイファー・ツェリザカ(弾数5/5)@現実、15.24mm専用予備弾×93@現実
[道具]:基本支給品一式×2、デスサイズのパーツ@新機動戦記ガンダムW、メイド服@けいおん! 、
BMC RR1200@コードギアス 反逆のルルーシュR2、首輪×2
[思考]
基本:なるべく殺したくはない。が、死にたくもない。
1:敵に見つからないように警戒を払いつつ、D-6の駅に正午までに戻り、セイバー達と合流する。
2:荒耶宋蓮に警戒。
3:
明智光秀、
平沢憂には用心する。
4:首輪の解析は現状の段階ではお手上げ。
5:デスサイズはどこかにないものか。
[備考]
※参戦時期は一応17話以降で設定。ゼクスのことはOZの将校だと認識している。
正確にどの時期かは後の書き手さんにお任せします。
※A-5の敵のアジトが小川マンションであると分かりました。
※以下の情報を式から聞きました。
・荒耶が殺し合いの根幹に関わっている可能性が高い。
・施設に点在している魔法陣が殺し合いの舞台になんらかの作用があるかもしれない。
・首輪にはなんらかの視覚を始めとした五感に対する細工が施されてあるかもしれない。
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最終更新:2010年02月13日 21:59