戦場に生きる者達(前編) ◆0hZtgB0vFY



 ガンダムのパイロットとは如何なる存在であろうか。
 これを説明するには、まずパイロットとはどういった者なのかから始めなければならない。
 ガンダムに限った事ではない。何時の世でもパイロットとは男子の憧れであり、それも戦闘機パイロットともなれば正に軍の花形といえよう。
 それだけに限りなく狭き門を潜る必要がある。
 反応速度や操縦機器への完熟、言うなればテレビゲームの延長みたいなモノを要求される部分も確かにある。
 しかしパイロットにとって最も必要なものは、何よりも先に体力である。
 これはレースドライバーを思い出してもらうのが一番てっとり早い。
 人一人がようやく入れるぐらいの箱の中で、動かすのはアクセルブレーキを踏む足と、ハンドルを握りギアを変える手のみ。挙動はそれだけ。
 なのに、地上で最も過酷なスポーツとしてあげられる程、人に厳しいスポーツなのである。
 尋常ではない速度で、右に左に前に後ろにGがかかる。
 コーナーが連続するポイントでは、ドライバーは呼吸をすら許されず、必死にステアリングを握り続ける。
 絶え間なく襲いくるGを堪えながらの操作には十二分な程の筋力と、レースが終わるまでこの作業を続けられる体力と、たった一動作すらミスらぬ集中力が必要となる。
 スーツの中は不愉快な汗で満ち溢れ、疲労に痺れる全身を鞭打ち、コンマ秒単位の動作のズレも許容しえぬ正確な操作を行い続ける。
 これがどれほど厳しい作業かは、それこそやった人間でもなくば完全に理解する事は不可能であろう。
 レース用マシンと戦闘機はつくりからして違う。比較の意味はないという意見もあるかもしれない。
 確かに戦闘機のコックピットにはレース程厳しい重量制限も無い事であるし、よりパイロットに負担がかからぬような措置を多く施してある。
 代わりにスピード制限も取っ払っているのだが。
 過酷さでいうのなら、戦闘機パイロットの方がより過酷であろう。
 レースドライバーも命賭けの厳しい世界であるが、何より大きな差は、レーサーは事故で死ぬ事はあっても、撃墜される事は決して無いということだ。
 戦闘機パイロットは、死ぬよりマシと厳しい条件を、より高い能力で機体を乗りこなし生き残る為、自らに課す。
 カタログスペック上では決してやってはならないと注意書きをされる程の大ループも、パイロットの安全を保証出来ませんと断言される程の急降下も、撃墜されるよりはマシと、成功する幸運に賭けてパイロット達は挑んでいくのである。
 もちろんこれらを行った時、パイロットにかかる負荷は、負担は、陸上でどんな任務に就くよりも過酷で険しい状況を強いるだろう。
 そういった極限の更に先を潜り抜け、初めてパイロットは生き残り、これを繰り返して生き残り続けた者が、エースパイロットと呼ばれるのである。
 この会場に居る者では、例えばグラハム・エーカーアリー・アル・サーシェスゼクス・マーキスがそうであり、彼等は実戦の最中を生き残り続け、エースと呼ばれるに至ったのだ。
 ではガンダムパイロットはどうであろうか。
 ヒイロ・ユイも、デュオ・マクスウェルも、張五飛も、実戦経験という意味では先の三者には及ばない。
 しかしそれを補ってあまりある才能と、他の追従を許さぬ程の訓練を積み重ねていた。
 当時地球圏最強と呼んで差し支えない程のパイロットであったゼクス・マーキスですら、この三人が事も無げに操るレベルの機体に初めて乗った時は、操りきれぬと大怪我を負うハメになっている。
 そんな彼等の体力は、筋力は、集中力は、そうした全てをひっくるめた基礎能力は、地球人最強レベルと言い切っても過言では無い程であったろう。
 そうでもなくば、バーニアを全開でふかし続けるだけで鍛えられた軍人が血を吐いて死ぬような機体に、どうやって乗り続けられるというのか。
 パイロット、機体を降りればただの人。などという台詞は、物を知らぬ素人の放言であろう。
 究極の域に達したパイロットは、たかが機体を降りた程度では、その強さを奪い去る事など出来はしないのである。


 初撃、これをかわせたのは運が良かっただけだと両儀式は心底実感する。
 自らも刀を用いるからこそわかる、ただの一振りから発せられる呆然とする程の力量。
 長身のおかげか、長大にすぎる刀身が不自然に見えない。
 跳ねるように後ろに飛び下がれたのは一重に勘であり、それすら、二度通じるとは到底思えなかった。
 まごうことなき怪物。しかし、式の目はこの場に集った異能は彼だけではないと見抜いていた。
 デュオが五飛と呼んでいた男が短めの刀を振りかざし斬りかかる。
 ちょうど襲撃者が長大な刀を振り下ろしたタイミング。熟達の者であれ、重量のある刀を振るった直後には刀の及ぶ範囲が限定されるはず。
 当然のようにこの隙を狙っての一撃を放っているが、襲撃者の攻撃は今やったようにただ斬り下ろすのみではない。
 真横に薙ぐのかもしれないし、突きかかるのかもしれない、袈裟に斬るにした所で右か左か逆か、全ての場合において、有効な隙のタイミングと箇所は異なる。
 それを振り下ろした一瞬で見切ってから動くこの反射速度は常人のそれではない。
 読みで動くにはあまりにこの襲撃者の情報が無さ過ぎるのだから、見てから動いたと考えて間違いない。
 少なくとも式の知るどんな術技であれ、五飛の斬撃を受ける術なぞ存在しない。
 それを襲撃者は事も無げに受け、あまつさえ刀を振るった五飛ごと弾き飛ばしてみせる。
 いつのまに振るった刀を戻したのか、それすら見切れなかった。
 手練の技というより最早魔術の域だ。
「使え女!」
 五飛がもう一本の刀を放ってくる。
 ぎりぎりで間に合ってくれた。手持ちのひしゃげた短刀ではコレ相手にお話にならない。
 右手で受け取り、逆手に構えたこれで頭上から振り下ろされる刀を受け流す。
 そのまま流れるように反撃、とするつもりを続く連撃に阻まれる。
 まただ。この襲撃者、振るった刀を戻す速度が尋常ではない程速い。常軌を逸した膂力の持ち主か、はたまた式にすら理解出来ぬ超常の技術か。
 もしくは両方かだ。
 二撃目、弾いた。三撃目、いなした。四撃目、刀を弾かれる。が、そこで連撃も止まる。
 攻勢限界点に達したのではなく、側面より五飛が攻撃を仕掛けたからだ。
「邪魔だ女! その剣はくれてやるから何処へなりと消え失せろ!」
 言葉通りに後ろに下がる。無論、この男の言うなりになったわけではない。
「ナイスだぜ式!」
 デュオの射線を遮っていたのに気付いていたからだ。
 下がれば撃てる。
 常の拳銃音など馴染みが無いので、本来より大きな銃声にも、そんなものかと特に不思議を感じない。
 襲撃者は何処から取り出したのか、鎌のような武器をもう一方の手に備えていた。
 金属を弾く重苦しい音、厚さ十センチの鉄板にハンマーを叩き付けたような轟音であったが、当たった鎌が砕ける事も取り落とされる事もなかった。
 実はデュオが持つ銃はハンドガンとしては破格の威力を誇るフェイファー・ツェリザカという拳銃である。
 15.24mm専用弾とか何処のライフルかと。象を一撃で撃ち殺し、装甲車と正面からケンカが出来る唯一の拳銃なのだ。
 総重量6.5kgの拳銃で、その重量でなくば反動が抑えきれぬ弾丸で、正確に敵を射抜くデュオの技量もまた五飛同様人並みはずれたものであろう。
 もっともこちらは、式にまるで知識が無いため、凄さは全く伝わらなかったが。

 本来の威力をあます所なく発揮した拳銃弾であるが、襲撃者、織田信長は鎌を弾かれるのみで堪える。盾代わりといった所か。
 残る手で五飛の剣を捌きながら銃弾を見切るなど、人間のやる事ではないだろうに。
 魔王だとか抜かしていたが、なるほど、口だけの男ではないらしい。
「それでも……お前の死も見える。なら、オレに殺せない奴なんて居ない」
 初めはゆっくりと、三歩目から目に見えて速度が上がり、六歩目にはもう最高速まで跳ね上がる式の歩法により一瞬で間合いを詰める。
 ただ刀の重量に頼るのではなく、全身の回転を、体重移動を斬撃に乗せられるのは式の技術あっての事だ。
 軽量な式から放たれる重厚な一撃を、信長はこちらも受けではなく攻撃の意で刀を振るい、五分に受け止める。
 いや、それでも式の威力は及ばず。手の痺れと共に後ろへと弾かれる。
 それすら予定通りとばかりに、弾かれるに任せて体を捻り、続く信長の一刀を髪の毛3センチ分でかわし、背後からくるんと回した剣を叩き込む。
 扇子を片手に舞いを踊るような身軽さで剣を振るうが、いざ打ち当たる瞬間の重さは舞踏ではなく武闘のそれだ。
 受け止められた刀を軸に半回転、足払い、というよりはローキックのような一撃で体勢を崩しにかかる。
 が、ダメ。微動だにせぬ信長は、近すぎる間合いも構わず横薙ぎに鎌を振るい、式は仕方なく大きく後ろに飛び下がる。
 同時に五飛へも同じような攻撃を加え、こちらもまた距離を取らせる。
 デュオは乱戦が収まると即座に銃撃を狙うが、武器が両方とも空いている時はおそらく効果が無いと機会を待つ。
「おい」
「何だ女」
「お前こそ邪魔だ。剣の礼にこいつはオレが殺しておいてやるからとっとと逃げろ」
「ふざけるな! こいつは俺が一人で倒す! 邪魔をするならお前も倒すまでだ!」
「面白い、やってみろ」
 頭を抱えているのはデュオである。
「……なんだってこう、俺の周りにゃ協調性に欠ける奴等ばっか集まって来るんだよ……」
 二人は、しかしいつまでもケンカさせてもらえる程、甘い相手を敵にしているわけではなかった。
 暗き気配を大鎌に纏い、振り上げたその様の何と恐ろしげな事か。
 式は右に、五飛は左に、即座に飛ぶ。反応速度は五飛が上、身のこなしは式が上だ。
 さしもの信長もこの二人を同時に一撃で捉える事は出来ず、大鎌は空を切る。
 いや、信長の狙いはそもそもがこの二人のみではなかった。
「チィッ!?」
 風を切る轟音と共に信長の手より放たれた大鎌は、更に後ろのデュオを狙った一撃であった。
 してやられたと振り返る式。五飛はそちらを無視して信長に肉薄する。
 デュオはまるで五飛の信頼に応えるかのごとく、横っ飛びにこれをかわす。
 こちらも先の五飛同様、見てから動いたというのに、大鎌が信長の手を離れた瞬間にはもうデュオの体は反応していた。
 恐るべき反射神経であり、更にデュオは横っ飛びで崩れた姿勢のまま、回避に全集中力を注いだ直後にも関わらず、両手で拳銃を構え、放つ。
 この神経の張り巡らせ方、九死に一生を得た直後ですら最大の力を発揮しうるよう鍛えに鍛えぬいた戦士の心は、例えモビルスーツを降りたとて失われぬのだ。
 とても拳銃とは思えぬ轟音と、狙い済ました銃弾は信長が構える長剣でも弾きにくい足を狙う。
 左の腿であるからかわすも至難。故に信長は半歩前へと踏み出すのみ。
 鎧の形状を利用し硬度で弾きにかかるが、強き衝撃は信長の体勢をすら崩す。
「くっそ、本気で弾が見えてやがんのかこいつ」
 そうでもなければこんな挙動とてもではないが不可能だろう。
 それで充分だと五飛は低い位置より信長に迫り寄る。
「愚かなりっ!」
 地面を剣先がなめるように滑り、五飛の眼前に刀が迫る。
 これを五飛は更に低く、膝よりも低い位置まで全身をもっていき、前方斜めに刀を構える。

 擦り削られる金属音は信長の剣力の強さと五飛の技術が競り合って鳴る悲鳴である。
 五飛はこれでいなしつつ潜り、下より仕掛けるつもりであった。
 信長は無論、小癪な技術ごと斬り伏せるつもりであったのだが、あまりの剣圧に五飛は攻撃に移れず、信長は低く構えられすぎていたせいで流しきられてしまった。
 双方に不満の残る結果であるが、一人、式は待っていたと言わんばかりに上より信長に迫る。
 信長は片手を刀より外し手甲にて弾く。手練の巧みさ故、式をして俊敏に動く手足のような先端部位は死の線を狙う事も出来ない。
 それでいながら、信長はデュオへの注意をおろそかにしてはいない。
 突きつけられた銃口に、逐一反応して何時引き金を引かれても構わぬよう備えている。
 三対一の正に真っ向勝負である。
 雄剣である干将を振るい、剣術というよりは体術の延長のような形で刀を振るう五飛。
 雌剣である莫耶を振るい、正当な剣術により近い形で、しかし身軽な体を駆使して戦う式。
 二人が信長を挟むように位置し、お互い引き合い、弾きあうように、交互に、或いは同時に剣撃を仕掛ける。
 離れた位置からこれを見る事が出来るデュオは、戦闘の緊張感を失わぬままに、二人の呼吸の合わせっぷりに呆れる。
『仲良いんだか悪いんだかはっきりしろお前等』
 肩や肘にエライ負担のかかる銃を、ここぞで放っては器用に衝撃を逃がし、易々と使いこなすデュオは、一人後方から戦況を確認出来る身だ。
 どう戦うか、その決断はデュオが決めるのが一番効率的である。
『五飛と式の二人がかりでも、その上俺が銃で牽制してても押し切れねえ怪物だ。が、何時までも三人を抑え続けられる程体力はあるか?』



 結論から言おう。
 現代に蘇った剣豪両儀式と、武術を修めたガンダムパイロット張五飛、そして破壊工作のスペシャリストデュオ・マクスウェル。
 この三人を相手に織田信長は、彼等より長く持ち堪えるだけの体力を持っていた。
 一番消耗が激しく見えるのは式だ。
 殺し合いに抵抗は無い。が、戦の経験は絶無の式は、前後左右上下斜め全てが敵だらけなどという戦場を潜り抜けてきた信長、五飛、デュオと比して、体力という点において劣っていたのだ。
 思わぬ計算違いに舌打ちするデュオ。
『信じられねえ……こいつ本当に人間か? 中身はモビルドールって言われても信じるぞ今なら』
 撃ち尽くした弾を再度込めなおし、デュオは叫ぶ。
「一度引くぞ五飛! 式!」
 数百キロあるサイドカー付きのバイクを、後輪を滑らせ、まるで自転車でも操るかのように軽々と半回転させる。
 二人からは同時に同じ台詞が返ってきた。
『オレが抑えている間に逃げろ!』
 五飛はともかく、明らかにへばっている式もまるで引く気配が無い。
 バイクを操りながら、デュオは片手で銃を握り、銃身をハンドルに乗せ狙いを定める。
「こんにゃろっ!」
 過剰な煙を噴き上げつつ跳ね上がる銃。しかし全てはデュオのコントロールの範疇である。
 放たれた銃弾もまたしかり。
 信長が振り下ろす刀、これを一点で読み切り弾丸にて弾き返す。
 即座にハンドルを切り、銃を握ったままの左腕で式の腰を掬い上げる。
「お前っ!?」
「いいから黙ってろ! 舌噛むぞ!」
 小柄な体の何処にそんな力があるのか、デュオは腕力のみで式を引っ張り上げ、サイドカーの座席に向けて放り投げる。
「誰が逃げて良いと言ったか!」
 追いすがり斬りかかってくる信長。
 減速は最低限で済ませたのだが、片手でアクセル握るだけではクラッチミートどころか、そもそもシフトチェンジすら出来ない。
 マシン本来の加速度を引っ張り出す事は出来ないのだ。
 それでも普通は追いつかれるなんて考えなくてもいいのだが。
「間に合えっ!」
 左手に持った銃を、今度は支えも無しに後ろへと向ける。

 6.5kgを片手で持ち、一瞬の内に狙いを定める。
 どう考えても、デュオの方が遅い。
 が、不意に信長の動きが止まる。
 干将にて信長の刀に一撃をくれた五飛は、憤怒の表情で信長を睨みつける。
「貴様! 俺との勝負も終わらん内に余所見とは良い度胸だな!」
「ほざくな下郎! これ以上茶番に付き合うも飽いたわ! 今すぐ、五体バラバラに千切り殺してくれようぞ!」
 デュオは後ろを向いて五飛に逃げろと叫ぶ。
 が、突然バイクが大きくバランスを崩したのに気づき、ぎょっとなって前を見る。
 すると、サイドカーに乗ったまま身を乗り出した式がバイクのハンドルを思いっきり引っ張っているではないか。
「何しやがんだてめえ!」
「うるさい! このままじゃアイツ死ぬぞ!」
 弧を描くようにバイクはぐるっと逆を向き、信長目掛けて突っ込んでいく。
 デュオは一瞬我が目を疑った。
 信長の全身から、黒い煙のような何かが立ち上っている。
 刀は漆黒の気に包まれ、魔術を知らぬデュオにすら、それが禍々しい何物かであろうと確信しえる程に、不吉な気配を漂わせている。
 逆袈裟に斬り上げる信長に対し、頑強な干将を構え、完璧な姿勢で受け止めきる五飛。
 振りぬかれる刀は、刀の表面を僅かに歪ますのみで天空へと滑り昇る。
 五飛は軸足を踏み出し、信長の腹部を斬り裂かんと狙った。
 しかし、五飛が考えているより遙かに鈍い動きしか出来ない。いや、それどころか震える足のせいでか立っている事すら難しいのだ。
「な、んだと……?」
「死ねい! わっぱああああああああああ!」
 斬り返しの一撃だ。動かぬ五飛相手ならば藁束を薙ぐようなものだ。
 そう、式の判断は正しかったのである。
「ハンドルは任せるぞ式! アクセルは死んでも離すんじゃねえ!」
「素人にややこしい注文をするな!」
 サイドカーより乗り出した式はバイクのハンドルとアクセルを握り、そしてデュオはというとバイクの上で半立ちになりながら、先ほど信長がぶん投げた光秀愛用の大鎌を振りかぶって構えていた。
「くらえこんちくしょーーーーーーーー!」
 バイクの加速を加えた斬撃にも、信長は無造作に刀を横に振るのみであっさりと弾き返す。
 逆にデュオの方が大鎌を飛ばされそうになる程だ。
 それでも決死の突入は功を奏し、不可思議な不調に驚きながらも五飛はこの隙にバイクの後部席に飛び乗っていた。
 三人乗りであるがあくまで想定乗員数は超えていない。
 燃料を爆発させてピストンを跳ね上げクランクをまわす、人力とかアホかっつー馬力で一気に突き放しにかかるバイク。
「あれだな、鎌って刃物としちゃおっそろしい程に使いずらいよな。モビルスーツじゃあるまいしこんな物使おうって奴の気が知れねえよ」
 後部席で弱った体を確かめながら五飛は、軽口を叩くデュオを鼻で笑う。
「俺は元々ビームサーベルをわざわざ鎌なんて無駄な形にする理由が理解出来なかったがな」
「ほっとけ! あれはあれで使いやすいんだよ!」
「無駄口叩くな! 来るぞ!」
 式の警告。そして、一跳躍で軽くバイクの加速に追いついてくる戦国武将織田信長。
 とんでもない話だ。二メートル弱の巨体が、今も加速を続けるバイクに向かって跳んで来るというのだから。
 五飛は動けず、サイドカーより身を乗り出した式も位置が低すぎる。
 デュオは何も言わずにハンドルを放すと、ハンドルとアクセルを式が預かる。
 先に五飛の動きを封じた黒い瘴気は、空では扱えぬのか通常の刀にてライダーのデュオを、いや、バイクごと一刀両断せんと刀を振るう信長。
 これをデュオは、大鎌にて迎え撃つ。
 草を刈るようにではなく、大鎌の先端が急所に突き刺さるよう振り回すと、空中で動きが制限されるせいか、僅かに信長のそれよりデュオの大鎌の方が早かった。
 身をよじって鎧で受ける信長。空中でも容易くこう動ける戦場勘と運動能力はやはり化物級だ。
 当然そのせいでか攻撃は失敗し、歯軋りしながら地面に着地する事になるのだが。
 バイクの速度もかなり上がってきている。このまま逃げ切れるか、そうデュオも式も考えたのだが、一人、アホの子が居た。
 体から力が抜けていくようであった不調が収まったと、バイクから飛び降り斬りかかる五飛。
 止める暇もあらばこそである。
 走り抜けるバイクより飛び降りる。これは見た目以上に難易度の高い行為である。
 よほどバランス感覚に優れた者でもなくば、空中での姿勢を維持する事も出来ない。
 張五飛にかかれば陸上競技のハードルを越える程度の労苦であるのだが。
 振りかぶった干将を、空より落下の速度を加え強烈な一撃として放つ。
 大地に落着した直後の信長は、これを受けようとはせず。
 刀を両手に握り、何と五飛に背を向けたのだ。
 足捌きは完璧、僅かな乱れもそこにはなく、コマを回すような正確さ、或いは確実さで、素早く後ろより半回転して五飛の刀をかわす。
 これは同時に必殺の斬撃を放つ動作にも繋がる。
 体の周囲を一回転させる事で出た剣速は、黒き瘴気を纏わずとも五飛を刀ごと斬り倒す程の威力を秘めていた。



 あの時と、景色が重なる。
 忘れようとも決して忘れられぬ、忌まわしき屈辱の記憶。
 強き者として、何処までも正々堂々戦い抜こうと武器を手に取った。
 だがそんな五飛は、あの男、トレーズ・クシュリナーダに敗れたのだ。
 今と同じ、空より斬りかかり縦に振るった剣をかわされ、くるりと回ったトレーズは着地で動きが止まった五飛の首元にサーベルを突きつけたのだ。
 OZの総帥、悪の元凶に、強く正しき五飛は、決して破れてはならぬガンダムのパイロットは、敗北を喫したのだ。
 あの瞬間を何度夢に見た事か。
 その度屈辱に全身をわななかせ、慟哭と共に熱情を吐き出したのも一度や二度ではない。
『二度も同じ手を食うものか!』
 斜めに斬り下ろされる信長の刀を、五飛は下に潜って前へと進む。

「トレーーーーーーーズ!!」

 右足を垂直に頭上に跳ね上げ顎を蹴り飛ばすと、巨漢が息を詰まらせたじろぐ。
 更に飛び上がって側頭部を回し蹴る。
 ぐらりと、大きく信長が揺れる。
 千載一遇の好機、そうも思えたのだが、全身を貫く悪寒に従い五飛は一旦距離を開く。
 信長のマントが何故か蠢いていたのが気になったのだ。
 そして一呼吸を置いて、呆然とした。
 信長の斬り返し、あれはどう見てもトレーズのそれより素早く、力強く、殺意に満ちた一撃ではなかったのかと。
 あの瞬間から、越えねばならぬ、しかし越えられぬ壁としてトレーズは五飛の前に立ちはだかり続けていた。
 その象徴が、五飛にサーベル突きつけたトレーズの一撃である。
 それはモビルスーツ戦において勝利、当人はそうとは認めていないが、した後でも五飛の中に確固としてあり続け、全てを縛りとめていた。
 トレーズを貫き殺した時同様信じられぬ想いで、我が手を見下ろす。
「そう、か……トレーズ。俺は、お前に、勝っていたのか……」
 二度目ならば信じられる。
 五飛はあの忌まわしき敗戦より強く逞しく育ち、トレーズを越えていたのだと。
 待ち望んだ瞬間、そうと自身が信じられるようになった今この時は、思っていたより爽快なものでも快いものでもなかった。
 どうしようもない程の喪失感。かつて失ってはならぬものを失ったあの時を彷彿とさせる空虚な想いのみが残った。
「止まるな動けっ!」
 式が莫耶を真横から叩き付け、憤怒に包まれた信長からの剣撃を逸らす。
 その音で我に返った五飛は、干将を信長の足元へと伸ばす。
 何故か、灯りの無いトンネルを抜けた後のように、視界が明るく澄み切って見えた。


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最終更新:2010年02月17日 21:27