試練~ETERNAL PROMISE~(前編) ◆hqt46RawAo
ギャンブル船の内部にて。
カツリ、カツリと。
円形の窓から日が差し込む長い廊下に、二人分の足音が鳴る。
音の発生源は並んで歩く、体格の良い男と小柄な少女。
男は少女に対する配慮を怠る事無く歩調を合わせ、二人の手はしっかりと繋がれていた。
やがて男――
グラハム・エーカーは音を立てないように注意しながら、客室のドアを開ける。
そして、グラハムと共に少女――
天江衣も慎重に部屋の中を覗き込んだ。
「この部屋にも居ない……か」
「なあグラハム。一度ジープまで戻ってみたらどうだろうか?」
会議室を出たクラハム・エーカーと天江衣は、
衛宮士郎、白井黒子、そして
ゼクス・マーキスを探して船内を歩いていた。
二人の歩みには紛れもない緊張感が込められている。
その理由は当然、殺人犯を警戒しているため。
二人は未だに、カイジを殺害した人間がこの船を下りている事実を知らないのだ。
「……いや、先回りされている可能性も有る。出来れば船内で仲間と合流したい」
二人にとって、敵は数すら未知数。
銃器を持っている以外は何一つ正体が掴めていない。
迂闊に広い場所に出ていって、待ち伏せ攻撃されては堪らない。と、グラハムは判断する。
彼は衣のもとに駆けつけるため、一度も振り向く事無く走ってきた。
それ故、他の仲間達がどのような行動を取っていたかは把握できていない。
だが、あの三人がおとなしくジープで待っているとも思えなかった。
おそらく、今も船内にて二人を探しているのだろうと予測する。
「だが急がねばな……このままでは各個撃破されかねない。
後もう少し探して見つからなければ、危険を冒してでもジープまで戻るしかないか……」
グラハムが気を張っている事を衣も感じ取ったのか。
そのとき、握る手にきゅっと力が込められるのをグラハムは確かに感じとった。
衣の顔を見下ろすと、またしても不安の色が強くなってきている。
あの会議室で彼女は随分と泣いていた。
ようやく落ち着いた今もまだ、やはり彼女の表情は沈んだままである。
「心配するな。今、ここには私がいる」
その言葉に、衣は顔を上げる。
すると、すぐさま彼女の頭にグラハムの手が乗せられた。
「失礼」
「ふぁぁ!?……お……お前また……!」
「失礼だと言った。ふっ…このやりとりも、どこか懐かしく感じるな……」
くしゃくしゃと、労るように。
感慨深く衣の頭を撫でながら、グラハムは朗らかに微笑みかけた。
しかし、それも一時の事で、グラハムの表情はすぐに引き締まる。
「天江衣」
「ふぇ?」
衣は顔を赤らめながらも、名を読んできたグラハムを見返す。
そして、グラハムは衣の無垢な瞳を真っ直ぐに見つめながら、決意に満ちた声で言った。
「私は君との約束を反故にしてしまった。
だが、君は未だにそんな私を信じてくれている。そして、私はこの信頼に心から応えたい。
恥を捨ててもう一度言おう。
私が、他でもないこのグラハム・エーカーが、今度こそ君の安全を保障すると!」
どこまでも真剣なその言葉に、衣はほんの少しだけ笑顔を取り戻す。
そして、彼女は駆けつけてくれた男に、最大の信頼を込めて頷いたのだった。
「……ありがとう。信じているぞ、グラハム」
■
私(わたくし)――白井黒子は未だにホールに留まっていた。
私はソファーに腰を下ろし。私に袖を引っ張られてきた形で、衛宮さんは隣に座っている。
とりあえず、加速度病は能力を使えるほどには回復した。
あともう暫く安静にすれば、体調も全快するだろう。
多少無理すれば、今すぐにでも動く事は出来る。
けれども、今しばらくはここでグラハムさんを待つ事にした。
『ゼクス・マーキスの置手紙』を信じるならば、もうこの船の内部に敵は無い。
現状でやるべき事は早々にグラハムさんと合流すること。
それならば、広い船内を歩き回って行き違いの危険を冒すより、ここで待つほうが賢明だ。
広大なホールは静寂に満ちている。
衛宮さんとの会話が途切れてから、どれくらいになるだろう。
それほど時間は経っていないはずだ。
いや、別に気まずくは無い。
私には考えることがたくさんあって、
その思考に費やすにはちょうど良い沈黙だった。
いったい、これからどうなっていくのだろうか。
この島で出会った、たくさんの人々。
共に戦おうと、とりあえずの同盟を結んだ8人の仲間達。
その内の3名が、たった6時間の間に命を落としたのだ。
しかも、最も安全だと思われていた『待機班』がほぼ壊滅状態という始末。
これらの事態は完全に、私達の予想を超えていた。
私はこれからどうなって、この殺し合いはどのような結末を見るのか。
先の事がまったく読めない。
この島では何が起こってもおかしくは無い。
そんな観念すら頭に根付きかかっている。
いや、でもそれは今更な話かもしれない。
あの時。お姉さまが死したと知らされた瞬間から、私の常識なんて粉々に砕けて然るべきだろう。
お姉さま……。
そもそも、私はこれからの事を考えるどころか、自分自身の考えすら纏まっていない。
私はどうしたいのだろうか。
ジャッジメントとしての勤めを果たす。
それが私のやる事、やるべき事。私の――貫くべき信念だ。
お姉さまもきっと、私にそれを望むだろう。
でも私の心の奥底に、お姉さまに会いたいと、救いたいという思いが燻っていることは否定できない。
きっと、その思いこそが私の本当の欲望。
だから、いつまでたっても私はこの空虚感から解放されないのだ。
私が信念に従うならば、私は一番大切な人を切り捨てなければならない。
私が欲望に従うならば、私はそれ以外の全てを失う事になるだろう。
どちらの道を選択しても、絶対に後悔する葛藤の袋小路。
ふと気がつけば、私はそんな場所に迷い込んでいた。
分かってはいる。
私はこの欲望に負けてはならない。
大切な人を犠牲にしてでも、私は私らしく戦わなければならないのだと。
けれども、私にはまだ、この葛藤の答えなんて見つからない。
私は自分で思っていたほど強くは無かった。
一人にされたら簡単に潰されそうになるほど、弱い人間だったと自覚した。
これまで、こうも容易く普段の自分を演じてこれたのはきっと、常に周囲に誰かが居たから。
グラハムさんや澪さん。
そして、私をやたら一方的に支えてくれる少年が居たからだろう。
私は横目で衛宮さんを盗み見る。
どうやら彼も、何か考え事をしているようす。
床を見下ろしながら何事かを思考している。
その瞳がどこか悲しみを映しているように見えて。
『―――セイ、バー……?』
私は、ジープでの彼の呟きを思い出す。
セイバー。放送にもあった名前。
そういえばエスポワール会議の時、彼は言っていなかったか。
『聖杯戦争において、自分はセイバーのマスターであった』と。
聖杯戦争というものについて、私は大まかな話は先の会議で聞いていた。
だから、彼とセイバーという人物が、非常に深い関係だった事は想像に難くなかった。
やはりジープの中で感じた直感。彼が大切な人を失ったという予想は正解だったと思われる。
ならば今、私は彼のために何かしてあげたいと思う。
私が望んだ事ではないとはいえ、私は彼に助けられていた事を自覚したのだから。
やられっ放しは気に食わないというものだろう。
けれど、衛宮さんは私に弱みなんて見せようともしなくて。
私はいつか必ず、借りを返すと心に決める。
そして、思った事はもう一つ有る。
今の彼は、本当の意味で、私と同じ状態ではないだろうか、と。
共に大事な人を失い、それでも普段通りを演じている。
衛宮さんは今、何を考えているのだろうか。
彼に打ち明けてみたい、私の心の葛藤を。
『誰かの死を無かった事にしたい』
その感情を彼はどのように評すのだろうか。
今の彼なら肯定してくれるのだろうか。
それとも……。
「ねえ、衛宮さん」
「ん?何だ、白井?」
いや、やっぱりやめよう。無駄な事だ。
そんなことをした所で、私の答えが出るとも思えない。
加えて、今は互いに自分のことで精一杯なのだから、彼に余計な負担を掛ける訳にはいかないだろう。
「え……えっと、わたくしずっと気になっていたのですが……」
とはいえ、一度口火を切ってしまった以上、引っ込みがつかない。
だから私は代わりに、一つの問いを投げる事にした。
それはジープでの短い旅の途中、幾度か感じた疑問点。
「衛宮さんは……どうして、そんなに他人ばかっり助けようとするんですの?」
彼の行動はただの『勇気ある少年の行動』では収まらない。
誰かを助ける。という思考自体はジャッジメントたる自分と共通する。
しかし、この少年の行動には明らかに、彼自身の命が勘定に入っていないような気がするのだ。
自分の実力に絶対の自信が有る訳でもないのに、死地へと飛び込むことを迷わない。
ともすれば死にたがっているかのように見えるほど、彼は自分の事を考えていない。
彼の周囲に居た人間はきっと、常にやきもきしていた事だろう。
ジャッジメントという役目を負っていた私はともかく、彼は少し能力が使える以外は一般人だったはず。
ならばどうして、そこまで他人を助けようとするのか。
私は少し疑問に思っていた。
「優しいところは衛宮さんの美点ですけれど。
あんまり他人に気を使いすぎて自分を疎かにするのは、死亡フラグ……ですのよ?」
それとなく、質問の真意を滲ませる。
何故自分の命を省みないのかと。言外に問いかける。
「え……?」
そして彼は、突然の質問に驚きながらも、どこか照れたように頭をかき。
少し恥ずかしそうに、でも少しだけ誇らしそうに、その答えを返した。
「ん……っと。俺は……なんていうかその……、
正義の味方になりたくてさ……」
「……え?」
その答えに、今度は私が驚く番だった。
なんというか正直、意外な切り替えしだ。
正義の味方?
それは、いったいどういう意味だろうか?
言葉通りに受け取るのなら、やはり彼は非常に正義感の強い少年だということ。
しかし、これは違う。
彼の口から発せられた響きは、なにかが違う。
衛宮さんが誇らしげに言った『正義の味方』という言葉。
これに彼自身の行動を照らし合わせて鑑みると。
なんだかそれは、とても『歪』な言葉に聴こえてしまい……。
「あなたの言う、正義の味方とは一体――」
一体どのような存在なのだと、私が問おうとしたその寸前に。
「グラハム・エーカーだ。
衛宮士郎、白井黒子、この部屋に居るのか?」
コンコンと。
ホールのドアをノックする音が、私の言葉を遮った。
■
「良かった。天江は無事だったんだな」
ホールのドアから現れたグラハムと衣の姿を見て、士郎は喜色に満ちた声をあげた。
黒子もまた、ほっとした表情を浮かべている。
グラハムと衣は殺人犯が船を下りていた事を知らなかった。
それに対して、士郎と黒子は天江衣が無事であったことを把握してはいなかった。
安堵する双方だったが、未だグラハムは完全に状況を理解できていない。
「ああ、天江衣はこの通り保護した。そちらの状況はどうなっている?ゼクスはどこに行った?」
その質問に、黒子と士郎は顔を見合わせる。
どこから説明したものかと一瞬迷い。
「そうですわね……。これを見て貰えば話は早いかと思いますの……」
黒子がゼクスのメモをグラハムに渡した。
結局は置手紙を見せるのが一番手っ取り早いと判断したのだ。
そこに記されていたのは。
以下のような情報であった。
- ゼクスの知り合いの名前と特徴。
- ユーフェミア・リ・ブリタニアの名前と特徴、『日本人』への反応。
- ユーフェミアが利根川、真宵、カイジを殺害した可能性があること。
- ユーフェミアと共に南下する予定であること。
- ユーフェミアの外見的特長。
- 日本人の多いグラハム達は自分を追う事無く、真っ直ぐに象の像へ行って欲しいということ。
グラハムと黒子は互いに情報を交換し合い、彼らはエスポワールで起こったことを完全に把握する事が出来た。
天江衣の証言によって士郎と黒子は、利根川と真宵が不幸な事故と仲間割れの果てに死亡したという事を知り。
ゼクスの手紙によってグラハムと衣は、既に殺人犯とゼクスが船から離れている事を知る。
「状況は混迷だ。これからの事を一度、皆で話し合う必要があるな……」
そのグラハムの提案に異論を唱える者は誰も居なかった。
全員でホールを離れ、エルポワール号に備えられた首輪換金機の位置と、
『施設別の特別サービス』を把握した後、四人は三階へと上がっていった。
■
場所はまたしても三階の会議室。
各自、再び円卓を囲んで座っている。
かつてはここに9名もの参加者が集っていた。
しかし、今ではもう半数以下の4名しか揃っていない。
「ではこれより、第二回エルポワール会議を始める」
そして、グラハム・エーカーの号令によって再び会議が始まった。
「さて、まずは現状の整理からだな。
我々エスポワールチームはこの会議室で集い、待機班と捜索班に分かれて行動した」
前回、議長を勤めた利根川は既に死んでいる。
よって、今回議長を務めるのは現在のメンバーの中では最年長のグラハムとなったのだ。
「しかし、衣たち待機班は仲間割れで半数が死に別れ……」
グラハムの言葉を衣が繋ぎ、
「伊藤さんは突然現れた襲撃者によって殺された」
その言葉を士郎が繋いだ。
「そして、ゼクスさんが殺人犯を連れて船を下りた……と。これからどうしますの?」
最後に黒子が締めて、皆の視線がグラハムに集中する。
以外にも、衛宮士郎はゼクスを追おうとは言い出さなかった。
彼にとってはゼクスも助けたい対象ではあったが、その行為はこの場にいる黒子や衣すら危険に巻き込む事になる。
当然、彼は一人で追う事も考えた。
しかし、彼自身も日本人である以上、手紙の内容を信じるならばゼクスに負担を掛ける事になりかねない。
その上更に、士郎にはもう一つ気がかりな事があり、なお更ゼクスを追うことなど出来はしなかった。
グラハムは数瞬だけ机を見つめ、やがて顔を上げる。
「諸君、先程の放送での追加ルールを憶えているか?」
その問いには士郎が応じる。
「首輪換金制度、それから無人自動販売機……」
「そう。これ以降は首輪に大きな価値が出来上がることになるだろう。
そして首輪を回収した者は、容易に大量のペリカを手にする事ができる。
君達はこれが何を意味するか分かるか?」
続けられた問いに、今度は黒子が応じた。
「ゲームに乗った者が強力な武器を求めてギャンブル船、つまりこの場所に集中しかねない。
このままここに留まっているのは危険……ですわね?」
「ご名答だ。大量にあったペリカもすべて殺人犯に奪われ、迎え撃つには力不足。
現状、我々がこの船に留まるメリットは既に無い。
残ったのはデメリットのみ、早々に移動を開始するべきだろう。」
そこでグラハムは筆談に切り替える。
『当面は衛宮少年が解析してくれた首輪の情報を、技術者に知らせる事を優先して動くべきだ。』
筆談への返答は黒子が自然にこなす。
「……そうですわね。ならゼクスさんの言っていた、『象の像に集合する対主催派』に合流することが、当面の行動指標でしょうか?」
技術者を探す目的において、エスポワールに人を集める作戦はもう使えない。だが代わりに、象の像に集合するメンバーには大きな希望があった。
集合する人間についてゼクスから聞いてはいない。詳しく聞く前に、彼はこのチームから離れてしまった。
確かめたくても、日本人に過剰反応する殺人犯と一緒に行動しているゼクスを、日本人三人が追うわけにもいかない。
しかし、参加者を一箇所に集めると言う彼のプランは、人づてに多くの人間へと伝わっていることだろう。
その中に技術者が居る可能性は非常に高い。
グラハムは黒子の言葉に大きく頷いた。
「ああ、そうなるな。」
当面の動きは象の像にむかう事。
となると、まず考えなければならない事が彼らにはある。
「とりあえず、どのようにして象の像まで移動するかを決ねばならんが……」
この位置、ギャンブル船から象の像まではかなりの距離がある。
徒歩で進めば道中にはかなりの危険が付きまとうだろう。
「ジープを修理する事は出来ませんの?」
「難しいな。専門の工具が必要だし、代えのタイヤもない。ペリカさえ有れば新しい車の購入も出来る。
だが、生憎カイジたちに預けていたペリカは全て奪われてしまっているからな……」
現状、ジープを修理する事は不可能。
そして、もう一つの移動手段も彼らには選べない。
全員わかっていることだが、士郎はそれをあえて口にした。
「あとは例の『エスポワール出航サービス』しかないけど、これにもペリカが必要になるか……」
施設ごとの特別サービス――『エスポワール出航サービス』。
このギャンブル船そのものを出航させるというもの。
船がむかう先はエリアF-3の船着場。
移動してる間、船内にいる者には禁止エリアが無効化される。
この移動手段は車以上に安全と言えた。
海路ならば、一切の危険なく象の像付近まで近づく事が出来る。
しかし、これにもペリカが必要となるのだ。
ペリカを持たない彼らには実行不可能なことだった。
加えて、線路の復旧も未だ成されていない。
現状の彼らには徒歩以外、移動手段が残されていないかに見える。
しかし――。
「一つ、可能性が無いわけでもない」
そのグラハムの発言に、全員の表情が強張った。
ここに居る全ての人間は、次にクラハムが何を言うかを知っているからだ。
「待てグラハム!いくらなんでもそれは駄目だ!」
すぐさま反対しようとした士郎よりも、今度は抗議しようとした黒子よりも早く。
これまでほとんどに発言していなかった天江衣が猛反発した。
「カイジは衣の友達だったんだ!短い間だったけど……友達になってくれたんだ!
友達の首を落とすなど……衣には……衣には耐えられない!」
「ああ……分かっている」
今ペリカが手に入れば、彼らの移動にかかる負担は大きく減少される。
しかし、当然グラハムも一時とはいえ仲間だった男の首を切断するのは心苦しい。
「単に、選択肢の一つとして提示したまでだ。私もそのような事はしたくはない。
個々の首輪の価値が判らない以上、彼の首輪一つでペリカ不足が解決する保障も無いしな。」
カイジはたいした戦闘能力を持たない、一般人である。
優勝に近い人物、と言う印象は無かった。
彼一人の首輪の値段では、船を動かす程に高額のペリカは得られないだろう、と言うのが全員の見解だった。
「とりあえず、移動手段については仕方ないが徒歩で行くしかないだろうな……。
だからこそすぐにでも移動を開始したいところだが。
……しかし我々には一つだけ、ここから動きにくい事情がある」
そう、今の彼らはこの場所から動きづらいのである。
理由はグラハムが言わずとも全員がわかっていた。
そして、これは誰よりも士郎にとって、気がかりだった事でもある。
未だ戻らない、もう一つの捜索班。
放送を聞いているのなら、二人もエスポワールに戻って来ると予想される。
それまで、彼らは二人を置いて勝手に動く事など出来ないのだ。
「だが、いつまでも彼らを待っている訳にはいかない。ここに長時間待機していてはその分危険は大きくなる。
それに、ジープが使えない以上、象の像まで移動するにはかなりの時間が掛かる。
そこで私は……」
そこでグラハムは一度言葉を切ると、会議室の壁に掛けてあった時計を取り上げ。
机の上に置いた。
「この時計で15時まで待つ。それまでに二人が戻らなければ、我々だけで象の像へと移動を開始するべきと提案する」
真っ先に反発の声を上げたのは、当然の如く士郎であった。
「俺は反対だ。ゼクスのチームと合流するのはいいけど、秋山達をほったらかして動くなんて出来ない!
なあ、白井だってそうだろう?」
そう言って士郎は黒子を見やる。彼女も一時は秋山澪と行動を共にしていたのだ。
自分と同じ感情だろう、と士郎は考える。
しかし、彼女の答えは士郎の意思に反する物であった。
「……いいえ。秋山さん達の居場所すら分からない以上、わたくしはグラハムさんの案に賛成ですわ。
ここでいつまでも待っていては、危険人物にぶつかってしまいますし。
三回目の放送前後という集合時間にも、大きく遅れてしまいますもの」
そう言われてしまえば、士郎も口を噤むしかない。
こちらが危険を冒して待つのは15時までが限界。それ以上はこの場に居る全員の危険に繋がり、ゼクス達のチームとの合流にも影響が出てくる。
本当は今すぐにでも象の像へと移動を開始したいのだ。
状況の分からない二人組と、今確実に動ける四人組。どちらを優先して行動するべきかは明白であった。
「けど――」
「秋山澪には
明智光秀がついている。そう悲観するな、衛宮少年」
「そうですわ。待ち時間の間に彼女達が現れれば万事解決ではありませんか、衛宮さん」
「……ぐっ………わかったよ……」
構図は二対一。
そうして渋々といった様子ながら、ようやく士郎も納得したかのように見えた。
頷いて、グラハムは会議を進行させる。
「分かってくれたのならそれでいい。
次いで議題は秋山澪と明智光秀を待つ間、何を話すかと言う事だが……」
そう、ここからが会議の本番なのだ。
単純に行動方針を纏めるだけなら、こんな仰々しく会議の体裁など取りはしない。
グラハムがこの場を設けたのは、ある一つの議題について話し合う為である。
□
「私は主催者の思惑を潰す」
その口調には一点の曇りなく、グラハムは宣言した。
それは、彼がバトルロワイアル開始直後から口にしていたこと。
だが、今の言葉は士郎達三人のみに向けられた物ではない。
これは盗聴を仕掛けているであろう、主催者達への宣戦布告でもあった。
彼はこの部屋で悲観にくれていた天江衣を見た時、
その決意をより一層深いものにしたのだ。
「そのために私は見極めたい。
主催者は何故我々をここに拉致し、そして殺し合いを強要させているのかを。
敵の目的を知れば、敵を打ち倒す策が見えてくるかもしれない。
ここには奇しくも異なる常識、異なる摂理を知る物が四人も集まっている。
一度それぞれの、世界の要素を組み合わせ、大局的にものを見てみよう。
私は君達の意見が聞きたい。君達はこのバトルロワイアルについてどう考えている?
推測でかまわない、些細な事から根底に関わる事まで意見が欲しい。」
それは根本的な疑問。
何故ここに連れて来られた?
何故に殺し合いを強要される?
何故自分達が選ばれた?
グラハムの考察。
このゲームの首謀者と名乗っていた帝愛。
しかし、それはただの傀儡であり、
殺し合いの目的をギャンブルという隠れ蓑にするためだけに用意された協力者と言うもの。
では本当の主催者たる、売り手の目的とは何だ?
おそらく魔法に精通していると思われる彼らは、何の目的で殺し合いを演出したのか?
個々の参加者の狭い価値観では到底予測できない疑問点。
これに、グラハムは4人の知識と考察を提示しあう事で、答えに近づこうとしているのだ。
□
「えと……じゃあ、衣から……いいだろうか?」
最初に発言したのは意外にも天江衣。
前回の会議ではまるで発言しなかった少女だった。
一同は少々驚きながらも、彼女が言葉を続けるのを待つ。
「衣はグラハムたちが、捜索に出ている間、カイジと一緒にいたのだが……」
彼女はそこで一旦言葉を切る
もう会うことの出来ない、一人の友達の姿が脳裏に浮かぶ。
一瞬だけ、強烈にこみ上げてくるものを感じた。
しかし、彼女は溢れ出しそうになった感傷を振り切り、話を続けた。
「その時、カイジと考えていた事があったのだ――」
そうして、衣はグラハム達に伝える。
グラハムたちを待っている間、カイジとある考察をしていた事について。
天江衣と同じ世界にいた
原村和が、友人を人質に取られて主催者に協力している可能性。
そして、原村和という人物についての情報を。
カイジも衣も、なぜ主催者側の協力者に原村和が選ばれたのか、皆目検討がつかなかった。
しかし衣は、ここに戻った三人ならば、何かわかるのではないかと思ったのだ。
「理解できんな……なんら戦闘能力の無い少女に何をさせようというのだ?」
「俺にもわからないな。
麻雀の天才って言えば、頭の回転とか計算能力とかが凄いんだろうけど、殺し合いに利用しようっていうのはなあ……」
士郎にもグラハムにも、やはり予想できないことであった。
しかし、ここに一人――。
「世界一のデジタル派……。強大な計算能力……」
心当たりを持つ人物が居た。
「前の会議で申し上げましたように、わたくしの居た世界には超能力というものが有りますの」
白井黒子。
彼女は自分の持てる知識によって、原村和が主催側に居る理由を考え出す。
「その超能力の行使に大きく影響する要素が……正に計算能力ですわ」
超能力とは通常、なんらかの計算が必要とされる。
つまり能力者に複雑な計算が可能であれば、より高度の能力が行使できるのだ。
事実、レベル4や5の能力者は強大な計算能力の持ち主だ。
レベルアッパーという超能力者のレベルを上昇させる物の正体も、
使用者同士の脳をリンクさせて計算能力を上げるという代物だった。
「私の居た世界におきまして、計算能力とは非常に重要なものなんですの。
もしその原村和に何らかの超能力が備われば、超能力でなくても主催者側にとって何か重要な装置などの制御が可能ならば……」
主催側にとって、原村和に大きな利用価値が出来る。
「なるほど、では原村和はその計算能力を活かした仕事を請け負っている可能性が高いと言う事か?」
「想像の粋はでませんが……」
実際、原村和が主催側にいる確証すら無い。
確信しているのは衣ただ一人だ。
しかし、これで原村和が主催側に居るという一応に理屈はできた。
衣は強く思う。
もし本当に原村和が主催に囚われているのなら、救い出したい。
これ以上友達を失いたくない、と。
□
「グラハムさんの言う『主催者の目的』についてなのですが……。
わたくし、一つ仮説が立てられそうですの」
次に意見を出すのは白井黒子であった。
彼女はグラハムの言う、『主催者が参加者を殺しあわせる目的』について考えていた。
そして、彼女は思い当たる。
バトルロワイアル――最後の一人になるまで殺しあえ。
最近、それと似たような話を聞かなかったか、と。
「その仮説を完成させる為に、衛宮さん。
『聖杯戦争』について、二つ程質問をさせてくださいませんこと?」
「え?ああ、いいけど……」
聖杯戦争。
八組のサーヴァントとマスターが、聖杯を巡って殺し合う。
生き残った一組が聖杯を手にし、望みを叶える事が出来るという。
このルール。
人数など細かな違いは多々有れど、このバトルロワイアルと非常に似通っているのではないだろうか。
「一つ目、聖杯を手に入れるために何故、殺しあう必要が?
二つ目、サーヴァントと呼ばれる者たちは、どのようにして召還されたのでしょうか?」
このゲームと聖杯戦争の共通点。
殺し合い。
生き残った者への報酬。
黒子はこれらの共通点から、自らが殺しあいを強要される理由を推測しようとしているのだ。
「殺しあう理由は……最後の一組にならないと聖杯の力は使えないから……らしい。
それと、サーヴァントを呼ぶのは聖杯の力だ。
聖杯がマスターを選定し、マスターが聖杯の力を借りてサーヴァントを召還する」
突然話を振られた士郎も黒子の意図を察し、
聖杯戦争において同盟関係にあった『遠坂凛』受け売りの知識を話す。
「でも、主催者の目的を図るには、聖杯戦争じゃ参考にならないと思うぞ、白井。
聖杯戦争の参加者は、俺達みたいに強制的に参加させられた訳じゃない。
自分達で、望んで参加したんだから。」
そう言う士郎に、黒子は余裕を持って切り返す。
「では、貴方も望んで聖杯戦争に参加していらしたのですか?」
「……む。確かに俺は望んで参加したわけじゃないけど……」
そう、士郎は望んで聖杯戦争に参加していた訳ではない。
巻き込まれたというのが正確なところだろう。
マスターとは聖杯が選ぶ者のこと。
予見されていた戦い故、なることを望んで居た者が多かっただけであり。
何も知らない者にとっては強制に近いのだ。
「でしょう?それにもう十分、参考になりましたわよ、衛宮さん。
わたくしの仮説は完成しました」
「興味深いな、聞かせてくれ」
グラハムも何を言い出すのかと、期待して黒子の説を聞いていた。
「わたくし達が巻き込まれたこのゲームと、衛宮さんの言う『聖杯戦争』には多くの共通点がありますの。
衛宮さんのようにある日突然、戦いの舞台に引き上げられたということ。
異界より集められる参加者達(サーヴァント)。
生き残ったものには報酬が与えられるという点。
そして、ここで更に、『殺しあう理由』まで共通しているとしたら?」
その仮説が意味するものは――。
「俺たちは――聖杯を巡って殺しあっている?」
黒子の考察はつまり、
『バトルロワイアルは規模を拡大した聖杯戦争である』ということになる。
「極端に言えばそうなりますわね。
最後の一組になるまで聖杯は使えない。
言い換えればつまり、
『聖杯は7名のサーヴァントが死亡しなければ使えない』ということですわ。
この7名を63名に置き換えてみると、わたくし達が最後の一人まで殺しあわされる理屈と合致しますの」
であるならば、ゲーム参加者の立場とは――。
「つまり、この島には聖杯があって。
俺たちはサーヴァントの役割を負ってる……って言いたいのか?」
黒子は小さく頷いた。
聖杯の力よって、この島に『召還』された64人の参加者達(サーヴァント)。
主催者(マスター)は彼らを殺しあわせ、63の骸を糧として聖杯を使用する。
これこそが主催者の思惑である、と。
白井黒子の『仮説』をまとめると、こういうことである。
彼女が知る世界の常識には異世界から人を集めたり、
超能力に制限を設ける力には心当たりが無かった。
それ故、他世界の全能の力をその力の源ではないかと考えたのだ。
「……そう。でもまだ確証はどこにもありませんの。
衛宮さんの話から推測したあくまで『仮説』の話ですけれど……。
それなりに、有り得そうなシナリオではありませんこと?」
そう言うと黒子は全員の顔を見回す。
「少々オカルト過ぎるが、それは今更な事だな。
その仮説が正しければ、
一人でもこの島から脱出できれば、主催者の思惑を潰す事が出来るかもしれないわけか」
グラハムは黒子の『仮説』の取り入れた策を深く熟考し。
「確かに、聖杯の魔力と考えれば、能力制限や異界間転送の魔力源に説明がつくかもしれない。
そして本当に聖杯が有るとすれば、この島のどこかに魔力が一点集中している場所が有る筈だ。
主催が居るとしたらそこになるか……。お前すごいな……白井」
士郎は納得の表情で黒子を見上げた。
「い……いえ、ですからまだ確証はありませんのよ?
そこまで過信されても、わたくし困りますわ」
そして、純粋な眼差しで見上げてくる少年に、
黒子は少々照れながらも、肩を竦めたのであった。
……………
………
……
…
その後、四人は禁止エリアの位置をもう一度確認し、会議は終了となる。
そして、15時までは全員が会議室で休息を取り、
時間になり次第、象の像まで徒歩で移動する事が決定された。
時系列順で読む
投下順で読む
最終更新:2010年02月26日 10:25