ドクター・アイとゾンビ化ウィルス ◆QkyDCV.pEw
灰原哀の肩を借りる形で、引狭霧雄は病院を目指す。
哀はキリオの隣を歩きながら、時折その額に手を当てている。
『熱がヒドイ……ていうか、この熱でよくもまあ歩けるものねこの子』
キリオは光覇明宗の法力僧、それも小学生にしか見えぬこの年で上から数えた方が早い程の実力者である。体力も何もかもが、常人の域を軽く逸脱している。
なので高熱を発する今の状況の中で、キリオはこんな事を言い出した。
「少し、慣れて来た。症状の進行を考えると、急いだ方がいいみたいだねコレ」
キリオが曲げていた背筋を伸ばすと、哀は驚いた顔でその額に手を伸ばす。熱い。ものっそい熱い。この温度だと常人ならば間違いなく意識が混濁してるはず。
「……平気、なの?」
「鍛えてるからね、よいしょっと」
そう言うと、キリオは哀をお姫様風にだっこする。
「ちょっ! ちょっと!」
「急ぐからね。それー!」
哀の抗議を他所にキリオは走り出す。哀は恥ずかしさのあまり本気で逆らおうとしたのだが、哀の肌に触れるキリオの腕が、尋常ではなく熱を持っている事に気付き抵抗をぐっと堪える。
『熱はある? なのにこの動きって……いや、動き云々抜きで、早すぎない? こんな急いだらすぐにバテるでしょ』
バテなかった。キリオは地図の病院まで全く減速する事なく走りきり、病院の前に着くと哀を丁寧に下ろす。
「解熱用の薬草とかそういうのはわかるんだけど、薬は全然わかんないんだ。君はそういうのわかる?」
驚くやら呆気にとられるやらな哀であったが、ここからは哀の出番であるので気を取り直す。
「え、ええ。とりあえず、そこの長椅子に横になってて。使える器具確認してくるわ」
「うん、よろしくね」
まずは、と哀は点滴と車椅子を持ってきて、キリオをこれに乗せ点滴を付けた上で内科の診察室を勝手に占領する。
そこからは、キリオには一体何をしてるのか良くわからない事が延々と続いた。
注射器で血液を採りながら、哀は言った。
「熱、我慢出来そう? キツイんなら薬局から解熱剤取ってくるけど、熱って体の抗体が菌に抵抗してる証だから、出来るならそのままにした方がいいのよ」
額にだけひんやりとした湿布のようなものを貼ってあるキリオは、じゃあいいや、と気楽に言う。
黙々と作業を続ける哀に、キリオは暇であるのか話を振ってみる。
「薬って、僕が知ってるような薬草より効くものなの?」
「薬草から病状に効果がある要素だけを抜き取ったものが薬よ。どっちが効くと思う?」
「……ああ、うん、なるほど」
「その手の民間療法の全てを否定するつもりはないけど……本当にキツイんなら素直に病院いくのを勧めるわ。医者の診察を受けて、相応しい薬を処方してもらうのが一番よ」
「薬って、普通に売ってるのじゃダメなの?」
「医者が許可出さないと、出せない薬って多いのよ」
へー、と感心しながらも、じゃあ医者の薬と魔術とどっちが良く治るんだろー、とか考えているキリオである。
そうこうしている間に、午前六時の定時放送が始まる。
放送は病院内でも流れるようになっており、それを確認した哀は特にこれといった反応を見せない。キリオは紅煉の名に少し驚いたぐらいか。
放送内容は、少なくともこの二人にとってはそれほど致命的なものでもなかった。
安室透が死んだという放送に、哀が警戒心を深めた程度か。
放送を聴き終えた後、キリオはベッドに横になったままでぼそりと呟く。
「ちょうど、いいかな。多分、君なら話を理解してもらえると思うし」
作業に集中していたせいで、最初の数語を聞き逃した哀はキリオに背を向けたまま、首だけで振り向く。
「何?」
「少し、僕の話をしようと思ってね。えっと、とても怪しい内容なんだけど、聞くだけでも聞いてもらえないかな」
「……作業は止めないわよ、急ぎなんだから」
「うん、ありがとう。僕はね、元だけど、光覇明宗の一員だったんだ」
「そう」
「へえ、驚かないんだ」
「ついでに言うと、さっきの獣の槍とやらも、そのこーはめーしゅーってのと関係してるんでしょ?」
「え、もしかして君も光覇明宗の?」
「違うわよ。最初にあの場に居た僧と黒い帽子の人が言ってたでしょ『光覇明宗の中でも指導する立場に位置する貴様ら』と『獣の槍の伝承者』って。その上で獣の槍を見ただけでそれと判別出来る貴方も関係者だと思っただけよ」
「…………君、本当に凄いね」
「大した話じゃないわ。それより続き」
「うん。名簿にある『紅煉』『斗和子』の二人は、この光覇明宗が敵にしている白面の者の使いなんだ」
「ふーん、確か紅煉ってのは死んだって言ってたわね。じゃあ、連中見事目論見果たして万々歳って話?」
「ううん。だって獣の槍と潮にーちゃん、そしてとらは、光覇明宗の対白面の切り札なんだ。秋葉流も光覇明宗の大事な戦力だしね。それを、一緒にこんな所に連れて来る理由がわからないよ。それにそもそも斗和子は、とっくに死んでるはずなんだ」
「そう……悪いけど何が言いたいのか話が見えないわ」
「あはは、僕もそんなに話をまとめるの上手い訳じゃないから、ごめんね。光覇明宗は確かに厳しい修行を課すけど人の命を弄ぶような真似をすれば、異端扱いされて放逐される。あの四人は、僕はあくまで光覇明宗の主流からは外れた所で活動してると思ってる。そして僕の知る限り、光覇明宗の僧をすら騙せるようなのは、さっき言った白面の者ぐらいしか知らない」
哀は手際良く太郎丸の遺体からも採血を終える。
「それが貴方の見解ってわけね」
「そう。あくまで僕のね。君は君で考えがあるだろうから、僕からそれをどうこうは言わないよ。もし、聞きたい事があるんなら聞いてね。申し訳ないんだけど、僕、ちょっと今上手く頭が回らなくて、自分で考えるの難しいんだ」
それはあれだけの発熱をほっておいているんだから当たり前だろう、と哀は思った。
「……ねえ、やっぱり少し休んだ方がいいわ、貴方。解熱剤と睡眠剤持って来るから、しばらく寝てなさい」
「うん。でも、どっちもいいよ。寝るだけならすぐにそう出来るから」
そう言うとキリオは目を瞑り、規則正しい呼吸音だけが室内に聞こえてくる。
哀が振り向いて確認すると、確かにキリオは睡眠状態下にあった。寝ると宣言してからものの一分も経っていないというのに。
一体どんな訓練を積めばこのような真似が出来るようになるのか。それもまだ幼い少年が。
もっと聞きたい事はあるのだが、哀は病人相手に無理強いする気にはなれず。
今は熱の原因の究明と症状の改善に努めるべく、作業に集中するのであった。
現在灰原哀は、キリオを連れ病院の研究棟に居た。
キリオの症状から病気の特定が出来ず、犬から感染した何か、と予想してみたもののそこから先に話が進まない。
なので寝ているキリオを置いて病院内を探ってみた所、この病院、下手な大学病院よりも研究設備が揃っている事がわかる。
哀がぱっと見ただけでも、東大の医化研と身紛うばかりの高価な設備が揃っていた。
これは黒の組織に居た頃使っていた研究設備と遜色無いもので、こんな施設を、こんな場所に建てる意味がまるでわからない。
電気は来ているので、各種システムも問題なく起動する。ちなみにストレッチャーに乗せたキリオは検査室へと放り込んである。
機械がキリオの体を調べている間に、哀は端末を用いて感染症やらのデータ症例を引っ張り出す。
そして出て来たデータを精査していく内に、哀はその奇妙さに気付いていった。
『なによ、これ。こんな病気、私知らないわよ』
哀も聞いた事のないような病気やウィルスが、幾つかではあるがデータに残されていた。また、逆に哀にとっては当たり前のデータが存在しなかったりもする。
ほとんどのもので哀の記憶とデータが一致するだけに、この差異が妙に気になる。
そんな哀も知らない病気のデータの一つにキリオの症状と良く似たものがあった。
ウィルスの形状も写真付きで載っており、哀は即座にキリオの血液を調べる。
が、見つからなかった。この病気が進行した時の症状は常軌を逸しており、哀はほっと胸をなでおろしたものだ。
発症までの時間がかなりズレていたので、確率は半々ぐらいかとは思っていたのだが。
ただ、確認はしなければならない。キリオの血液から、発熱が伴うようなウィルスは検出されなかったのだから。
検査室に向かうと、検査を終えたキリオはその姿勢のまま暢気に寝息を立てていた。
現在キリオの熱は三十八度を超えているはずだというのに、当人は平然としたものなのだから、一体どういう体力をしているというのか。
再び採血し、哀はこれを確認した。
「…………勘弁して」
天を仰ぐ。
先程調べた病気。患者は知能が低下し、全身が腐敗していくという死に至る病である。
いや、各種の患者に起こる症例を見るに、これは、まるで映画に出て来るゾンビにでもなったかのような有様と成り果てるものであった。
その病気を引き起こすウィルスと同じものが、キリオの血液から検出されたのだ。
脳内で一しきり神様を罵った後、哀は端末を叩きこの病気の治療方法を探す。
現状、製品化されている薬は無し。
なら研究は何処でどれだけなされているかを調べる。
一箇所のみ、該当があった。これほど特異なウィルスがたった一箇所のみというのは、幾らなんでもおかしい。
いや、症状から考えるに、秘匿しているせいか、とも思うが、ならばこの病院ではあっさりと検索できるのがおかしい。
こんな時、江戸川コナンが側に居てくれたなら即座に適切な推測を立ててくれるものだが、哀一人ではどうにも、情報が少ないのと出来事が突飛なのとで判断がつかない。
もっともその江戸川コナンは今、より突飛すぎる出来事に直面し対応に追われているのだが、まあそれはそれである。
哀は治療薬を探す作業をさておき、まずは、と薬局に向かって走る。
データにあった、対症療法に用いても問題の無い解熱剤と睡眠薬を取って来ると、キリオが寝ている検査室へと。
中では、キリオが熱にうなされ始めていた。
当ってくれても全く嬉しくない予想が当ってしまった事に舌打ちしながら、哀は解熱剤をキリオに打ってやる。
味も素っ気もない固形栄養食と、飲料、それに飲み薬。これらを熱で目を覚ましたキリオに渡し、用法用量を指示する。
ついでに点滴を新しいのに替え、キリオを励ますように声をかける。
「何の病気かは特定出来たわ。後は治療法を探すだけ。だから、踏ん張りなさい」
「……うん、わかった。がんばるっ……」
「解熱剤を打ったから楽になるはずよ。睡眠薬も置いておくから、飲んで休んでおきなさい」
こくりと頷くキリオを置いて、哀は研究室へと戻っていった。
ぐしゅぐしゅ、といった音が後ろから聞こえて来る。
三日月・オーガスは、いい加減鬱陶しさに我慢が出来なくなり、眉根を寄せながら後ろを振り返る。
三日月の後方、少し間を空けた場所を歩いてついてくるのは佐倉慈である。
両手を顔にあて、両目をそれぞれこすりながら、ひっくひっくとしゃくりあげつつ、歩いている。
可愛らしい容貌は最早見る影もなく、何度もこすったせいで鼻と目の周りが赤く腫れてしまっている。
つい先程、放送があった。そこで、彼女が守らなければと心に決めていた三人の内二人の名前が読み上げられたのだ。
慈は呆然とした顔でその場に内股座りにしゃがみこみ、しばらくすると顔を両手で覆い押し殺した声で泣き出した。
三日月はというと、知ってる人間の名前が全く呼ばれなかったので特に感傷は無かったのだが、もしオルガの名が呼ばれていたら冷静ではいられなかっただろう、と思うと慈の様子にも少しは理解を示そうという気になれた。
ただ、あんまりにその時間が長いもので、少し強い口調で移動を促した所、慈は泣きながら後をついて来たわけだ。
さしもの三日月も、こうまで弱りきった人間に、うるさいだの泣きやめだの置いてくぞだのと乱暴な言葉はぶつけにくい。オルガにはやったが。
何かを言いかけて、口を紡ぐと再び前を向いて歩き出す。
他の人の泣き顔はどうだったか、と考えると、三日月の頭に出てきたのはクーデリアとアトラのそれだ。
何故その二人なんだろう、と一瞬自分でその理由がわからなかった三日月だったが、ああ、と三者の共通点、三人共が女であるという事に遅れて気付く。
だが、このくくりをすぐに放棄する三日月。流石にクーデリアもアトラも、ここまではヒドクないだろうと。
でも多分、三日月はソレを見ていないが、ビスケットを失った時のクッキーとクラッカもこうだったんだろう、とも思えた。
年齢的に、慈はクーデリアと同じぐらい(実際は五才以上めぐねえが年上)と三日月には思われたので、彼女ぐらいしっかりして欲しい、と思う部分も無いではないが、それでも慈は最低限、残った一人の為に進まなければならない事は自覚しているようだし、ならば大目に見るかという事だ。
三日月は慈から教えてもらった地図上にある病院を目指していた。
もし怪我した人間が居たならばここを目指すだろう、といった予測のもと、そういった怪我人を狙う奴が病院で待ち伏せしている、と三日月は考えていた。
オルガとの合流が出来るかどうかは完全に運だ。なら、出来るだけ人を殺して回るような奴を殺しておけば、オルガが殺される可能性も低くなるだろう。
ただ、現状そんな道行きに、慈を連れて行くのは彼女にとって自殺行為にしかならないだろう。
背後からは湿っぽい泣き声が絶えず続いている。
『病院ついて誰も居なかったらそこに置いていこう』
三日月はかなり真剣な決意を胸に進む。病院は、もうすぐそこであった。
【B-4病院/朝】
【灰原哀@名探偵コナン】
[状態]:健康、強い警戒心
[装備]:なし
[道具]:支給品一式、サイレンサー付きベレッタM92(12+1)@名探偵コナン、不明支給品1~2 太郎丸の射殺死体@がっこうぐらし!
[思考・行動]
基本方針:
1:病院でキリオの治療を行う。
2:あの時助けてくれた黒尽くめの男の名前が知りたい。
※現時点で判明している警戒対象:『ジン』(知っているな名前の中で一番)、『ハク』(見知らぬ名前の中で一番)、『引狭霧雄』
【引狭霧雄@うしおととら】
[状態]:ゾンビ化ウィルス感染中につき、全身に強い発熱と患部の腕に激しい痛み
[装備]:
[道具]:支給品一式
[思考・行動]
基本方針:蟲毒の儀の打破。
1:治療を哀に任せる。
2:なんで声が似ていると思ったんだろう。
※過去から現代に戻ってきたところより参戦。
【B-4病院前/朝】
【佐倉慈@がっこうぐらし!】
[状態]:健康?、ゾンビ化10%
[装備]:ミカヅチの仮面@うたわれるもの 偽りの仮面、H&K P7(8/8)+予備弾倉@名探偵コナン、クレマンティーネのスティレット@オーバーロード
[道具]:支給品一式
[思考・行動]
基本方針:学園生活部の3人を生かす。
1:恵飛須沢胡桃に危険を及ぼす可能性が少しでもある者を殺して最期に意識がなくなる前に死ぬ。
2:恵飛須沢胡桃に危険を及ぼさない人物がいたら彼女の事を託す。
3:三日月にくっついて回り、危ない人を殺す。
※『かれら』に噛まれた直後からの参戦。
※ゾンビ化は6時間で10%進行する。
【三日月・オーガス@機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズ】
[状態]:健康
[装備]:血ヲ啜リ肉ヲ喰ウ@オーバーロード(赤水晶の刀身を持つ巨大な斧。紫色の微光を放つ。極めて高い攻撃力を持つが命中値は低い)
[道具]:支給品一式
[思考・行動]
基本方針:オルガと鉄華団を探す
1:オルガを探す。
2:付いて来れる限り(多分もう無理っぽいけど)なら、佐倉慈の面倒はそれなりに見る。
[その他]
※煙は支給された煙玉@現実です。
※参戦時期はビスケット死亡後~カルタ死亡前。
※佐倉慈に名簿と地図を読んでもらいました。
※名簿に書いてあっても、ビスケットは死んだと思っています。
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最終更新:2017年01月27日 17:08