The end of ソロモン・グランディ ◆QkyDCV.pEw
シャワー口は何処でも同じ、大人の高さに備えられているのでとても使い難い。
灰原哀は、これも何時もの事なので金具を調節して低い位置にシャワー口を固定する。
蛇口を捻ると勢い良く水が飛び出す。こういう所は日本っぽいなと哀は思う。
ガスも通っているので、水はすぐに温かくなってくれた。
手の平の上に水を当てて温度を見ていた哀は、ふと、我が身を改めて見下ろしてみる。
見下ろした視界を胸が邪魔しなくなってかなり経つ、いいかげんこのすっきりした視野にも慣れた。
女性的魅力云々を抜きにすれば、今の子供らしいこの体は随分と身軽で便利だと思う
子供になった直後は、胸だけでなくお尻の重さにも大きな差を感じたものだ。
『まるで太ってたって言われてるみたいで、気分は良くなかったけど』
シャワーを浴びる。水流は抵抗の無い体を勢い良く流れていく。
タオルに石鹸をつけ、本格的に洗った後、指でつついた肌にも思う所はある。
大人であった時も年増呼ばわりされるような年齢ではなかったし、肌も劣化してるなんてつもりは全然無かったのだが、いざ子供になってみると、子供の肌はちょっと凄い。
極めて不本意ながら、ロリコンと呼ばれる種の愚物が何を尊しとしているか、肌に関してだけならば哀にも理解は出来た。
そんな事を考えていると、体を洗い終えたので、湯船にゆっくりとつかる。
最初はシャワーのみのつもりだったのだが、風呂場脇の壁にあったスイッチは、湯船の用意が可能だと言ってきていたのだ。
背の低さからお尻で座るとお湯に沈んでしまうので、中腰の姿勢で入る。
それまで慌しく動き回っていた時計が、穏やかに緩やかに時を刻み始める。
これを期待しての湯船である。
哀はコナン程、思考の速度に自信があるわけではない。
落ち着いてゆっくりと考えられる時間を取れば、そうでない時より良い考えが浮かぶものだ。
我が身に起こった信じられぬような出来事の数々。そして放り出された先で出会った少年。
前提全てを覆すような仮定を幾つか思い描き、それらを起こった事柄から次々否定し、外堀を埋めていく。
もちろん全てに確証を得られるわけではないが、例えばこれが夢である可能性や、幻覚作用のある薬をかがされている可能性、悪趣味なテレビ企画である可能性等といったものをきちんと否定しておくのは大切な事だ。
この地を覆う舞台設定に関する思考は、ある程度まで進めるとあまりに突飛に過ぎて、これ以上は今の哀の常識で計っても不毛なだけだと見切り、もっと身近なものへと思考を移す。
とりあえず、あの獣の槍とやら。あれは変だ。
先端の刃部が大きすぎる。そういった意図で作られたポールウェポンなのかもしれないが、だとしたら刃のあのような形状は全くもって不向きだ。
あんな長い柄の先についている刃で、精妙に押し付けたり引き斬ったり出来るわけがない。
突くだけならばあの刃の太さはありえないだろう。あまりにアンバランスな武器だ。
キリオはあれをかなり重要視しているようだったし、何かしらあるのだとは思うが。
その辺を、戻ったら話してみるとしよう、と哀は風呂を出る。
脱衣所には洗濯機が置いてあり、既に脱水まで終わって洗濯機は止まっていた。
中の自分の着ていた衣服を取り出し籠に入れ、哀はこの家で見つけた子供服を代わりに身につける。
考え込みすぎて、かなり時間が経ってしまっていた。哀は少し慌てて家を出る。キリオが居る白楼閣は目と鼻の先で、従業員用の通用口からこっそりと中に入る。
そう、灰原哀は、風呂に入るとは言ったが白楼閣の風呂に入ると言った覚えは無い。
キリオは白楼閣の風呂を見張っているが、信用云々を鑑みて、哀は風呂から抜け出して白楼閣の近くの民家の風呂を使っていたのだ。
そのまま白楼閣の風呂場の脱衣所に洗濯物を干した後、何食わぬ顔で外へ出る。
キリオは、寛げるようになっている場所の椅子に座って両腕を組み、腕の間に獣の槍を挟んだ姿勢のまま目を閉じていた。
『まさか、寝てた?』
哀はキリオの反応を見て、風呂場に入り込んでこちらに何かをしようとしたかを見極めるつもりだったので、これにはかなり意表をつかれた。
キリオは哀が出てくると、ゆっくりと目を開き体を起こす。
「もういい?」
「え、ええ。もしかして寝てたのかしら?」
「うん、何があるかわからないしね。休める時に休んでおかないと」
いや、見張りをしていたのではないのか、と言おうとしてやめた。実際、哀が出てきたらすぐに気付いたではないか。
「そういう寝方、慣れてるの?」
「訓練したから。君もやってみる? 色々と便利だよ?」
「……やめとくわ。その手の肉体労働は不向きなのよ」
「そう。じゃあ……」
「待って。その前に、私達はお互いの事をもっと良く知り合っておくべきだと思うのよ。どうかしら?」
「あ、うん。そうだね。ただ、最初に一つだけ、聞いてもいいかな?」
「……どうぞ」
「じゃあさ、君はこれから、この地図の上を動き回るつもり?」
哀は目尻を少し上げ、警戒した視線を向ける。
「だとしたら?」
「うーん、僕としては何処か安全な場所で隠れていて欲しいかなって。肉体労働、不向きなんでしょ?」
哀はさっき風呂場で考えた事を一つ、披露してやる。
「もし、私がこの殺し合いを考えた人間で、本気で殺し合いをして欲しいと思っているんなら、この支給品とやらの中に参加者の居場所を特定出来るものを支給するか、もしくは定時の放送とやらで全員の
現在位置を告知するわ。後者なら皆平等だからそれでもいいけど、もし前者だったら隠れているから安心なんて発想自体が罠って事になるわよ」
キリオはびっくりした顔で哀を見返している。哀は続けた。
「72時間の制限があるからって、そう簡単に人殺しなんて出来るもんじゃない。何か、促進する手を、本気で逃げ回りにかかる人を制する手を、用意してくると思う。それに二日目、三日目になって状況が煮詰まってきたら、死なば諸共って逃げ出す人も出てくるかもでしょ? 現状の
ルールだけだと逃げる人が有利すぎるわコレ」
そこまで考えていなかった、キリオの顔にはそう書いてある。
別段、だからとキリオが愚かだとは思わない。
こんな事まで考えるようになったのは、誰かさんと一緒に馬鹿みたいに色んな事件に首を突っ込むようになったせいなのだから。
「凄いよ、僕そんな事考えてもみなかった。君、まだ小さいのに凄いね」
「アンタに言われたくないわよアンタに」
「いや、僕は色々と特別だって言われてたから……もしかして、他にも君みたいな子ってたくさんいるの?」
「さあ? 子供で私より頭の回転が速いのは、一人しか知らないわ」
「へえ! もう一人いるんだ! 凄いなぁ! 今度会ってみたいよ!」
そう言って無邪気にはしゃぐ様は、見た目通りの子供そのものだ。
だが、あの時、槍を抱えて座りながら寝ていたキリオの佇まいは、あれはまともな子供のそれには見えなかった。
初対面の時からずっと、キリオを信用できないと思っていたのは、まさにああいう部分だ。
キリオはあまりにも普通の子供と違いすぎる。
何が、と口にするのは難しいのだが、その立ち居振る舞い全てが、絶対に油断してはならない相手に見えて仕方が無い。
実際の所、子供の容姿をしていながら子供らしからぬ事を考え実行する能力を持つのだから、佇まいが違い違和感があるのは当たり前で、その点に関してならばお前が言うなの極みでもあろうて。
そんな警戒心でぴりぴりしてる哀と、全然懐いてくれないなーとか考えてるキリオとで、お互いの持つ情報を交換すべく話を始めるのだった。
BT-42の震動は、ちょっと他の戦車と違っていて新鮮な揺れだと思えた。
西住まほは操縦席に座り、エンジンをかけこれを発進させるとそんな感想をもった。
足回りが他の戦車と少し違うせいだろう、と震動が違う理由はわかっている。
足回りで思い出し、まほは戦車の中で砲手席に腰掛ける斗和子に訊ねる。
「今更ですが、これアスファルト駄目になっちゃいますけど……いいんでしょうか?」
履帯にゴムを撒くでもない状態でそのまんま走らせているのだ。
グリップを得る為、当然履帯はアスファルトを噛み、掘るように進む事になる。
そう出来なければ逆に、15tの重量があっちこっちと滑って回る事になるのだが。
斗和子は苦笑を返す。
「それが嫌なら、そもそもこんなもの支給すべきじゃないわね」
「まったくです」
幾つかの計器の位置を確認しながら戦車を進めるまほ。この戦車に乗るのは初めてなのだ。
ふと、珍しいものを見つける。
どうやらこの戦車、中で音楽が聞けるようになっているらしい。
そもそも走行の騒音であまり聞こえないだろうに、と呆れるまほであったが、一応同乗者に聞いてみる。
「何か音楽でも聴きますか? 聞こえるかどうかは保障しかねますが」
その言い回しが気に入ったのか、少し噴出した後斗和子は、じゃあ貴方の好みの曲を、とリクエストしてきた。
操作盤に曲のリストがずらりと並ぶ。ほとんど知らない曲ばかりだったが、一曲だけ、まほにもわかる曲があった。
『The Great Escape March』
戦車のイベントでは良く使われる曲で、まほは何かにつけこの曲を聴く機会に恵まれた。
軽快なスネアの音に、少し驚いた顔の斗和子。
「学生さんらしくない選曲ね」
「良く言われます」
「でも、戦車に乗って流す曲としては悪く無いわ。……後、これ結構良いオーケストラ使ってるみたい」
「わかるんですか?」
「一応、チェロ奏者よ、これでも」
「へえ、じゃあオケにも乗った事が?」
「頼まれて何度か。……奏者が居ないっていうんで、コントラバスやってくれと頼まれた時は、流石に返事に困ったわ」
斗和子の冗談に、まほはくすくすと笑い出す。
「斗和子さん背高いですから、きっとどちらも似合いますよ」
斗和子も微笑を浮かべて問う。
「貴女も何か楽器を?」
「いえ、私は聞く専門です。学校の方針でドイツ戦車を扱う事が多いせいか、曲もドイツのものを良く聞くようになってました」
「ワーグナー辺りかしら?」
「はい、余りに当たり前すぎて恥ずかしいのですが」
「いいじゃない、戦車乗りでワーグナー、ぴったりよ。じゃあオペラとかはあまり触れない方かしら?」
「いえ、ローエングリンなんて良いですよね。エルザの大聖堂への行進とか、何度聞いても最後の低音で震えが来ますよ」
斗和子は、初めて微妙そうな顔になった。
「ああ、あれ、ねぇ」
「嫌いですか?」
「うーん、実は私も演った事あるんだけど、どうにも、ローエングリンの気持ちが理解出来なくて。後初期のエルザも」
「ああいう、いかにもな騎士、貴族像はお嫌いで?」
「嫌い、というより、わからないのよ。オルトルートなんてもう、我が事のように理解出来るのに」
ローエングリンは主人公の高潔な騎士で、エルザは清純なヒロイン、そしてオルトルートは意地悪な悪役女である。
やはり笑うまほ。
「そ、それは、実に、人間っぽい感想ですね。まあローエングリンはそもそも人間とは少し違っていますし……じゃあ、ローエングリンを疑いだした辺りのエルザなんかは?」
「ばっちりね。そこは指揮者にも褒められたわ」
また、まほは朗らかに笑った。
ある程度斗和子が話を作っている部分はあるが、それは別にこの会話の目的ではないのでどうでもいい。
つまり、斗和子はこうやって相手の興味を引く話題を提供しつつ、人の心に近寄っていくのだ。
以前ヨーロッパで魔術を覚えた際、情報収集に有利だからと学んだチェロと音楽は、こういう風に様々な場所で役に立ってくれているので、斗和子は今でもこの楽器と音楽を気に入っている。
概ね好感触を得た、と思えた斗和子は次の段階へと移る。
「さて、じゃあ私はここで一度降りるわ」
「え?」
「一つ見ておきたい所があるのよ。ほら、地図にあった白楼閣って所。名前だけじゃどんな場所かわからないけど、わざわざ地図に書いてあるんだし、何かはあると思うのよね」
そんな事をあっさり言う斗和子であったが、そもそも彼女が戦車組に来たのは、彼女の体調を心配しての事で、それが単独で動くと言われてもまほも返事に困る。
「ちょっと外出てもらっていい?」
そう言う斗和子の為に戦車を止め、二人は上部ハッチから外へと。
外に出た斗和子は、ハッチから上半身だけ出しているまほを見て、にこっと一つ微笑んだ後、後ろ向きに戦車の上から飛び降りた。
「!?」
見るからに危なっかしげな飛び方であったのだが、斗和子はまるで体重など無いかのように、はらりと、布が地に落ちたような静かさで着地する。
「ね、大丈夫でしょ? 戦車で通ったら、もし誰か居たら警戒されるだろうし、その前に私が行って偵察だけしておくわ。もし問題があるようなら私が警告の旗を途中で掲げておくから、それを見たら引き返しなさいな」
音楽家であり、口調も穏やかでおしとやかな印象の強かった斗和子であったが、まほも驚く程のアクティブさを見せてきた。
斗和子の言の正しさは、まほにも理解は出来た。
今から行く先に居る二人組は安全だろうという保証があるのだが、それ以外の人間は必ずしもそうではない。
そして戦車でそれらの者達と遭遇したら、まず間違いなく先にこちらが発見される。
だからと戦車に乗っていればこちらも滅多な事にはならないだろうが、エイラのびっくり空戦装備の事を考えるに油断は出来ない。
斗和子は柔和に微笑み言った。
「完調には程遠いし無理はしないわ。また、後でね」
言うが早いかさっさと行ってしまう。何というか、まほのペースを外し自分のペースに持ち込むのが上手すぎて、まほも口を挟む事が出来なかった。
またそれを不愉快に思わせぬ雰囲気がある。
「色々と不思議な人ね」
上品でいて、可愛らしくもあり、穏やかな時間を好むようにも見えて、動く時は快活に動く。
不思議な魅力のある人だとまほには思えた。
地図を見る限りでは、川を越える為の橋があるみたいだが、遠回りになるのでとりあえず川沿いに行って途中で渡れるようなら渡ってしまおう。
何処かの誰かが考えいたのと似たような思考である。
そんな程度の話で光宗とダクネスは川のある方へと向かう。
基本的にダクネスは社会性の高い人物だ。礼儀も心得ているし、恥も知るれっきとした貴族である。
ただ、ほんのちょっとだけ、性癖ががっかりなだけで。
対する光宗も、表面的なものでいいのならそれなりの社交性を発揮する事が出来る。
何やかやとすぐに二人で情報交換を行いえたのはそういう理由だろう。
ただ、光宗の持つ現代人的な繊細さは、ファンタジー在住でかつズボラな同居人達と過ごしているダクネスには、理解が難しい部分もあろう。
だから、光宗がダクネスの麗しい容姿を見て表面的には好意的になれても、どうしても踏み込めない部分が出来ているのだろう。
それでも光宗の目は、時折盗み見るようにダクネスへと吸い寄せられる。
金髪碧眼はそれだけでも目立つというのに、まるで映画俳優のように美しいのだから、健全な成年男子ならばそうなっても仕方あるまい。
ましてやダクネスの胸部は同年代の女性と比しても、極めて豊満であると形容していいようなシロモノである。
背も高く、彼女は何から何まで恵まれた外見をしているのだ。
当人は鍛えすぎた腹筋を気にしてたりもするが、これはまあ普通に付き合う分にはまず見えない部分だ。
眼福なんて言葉でじろじろ見る程品の無い真似はしないが、光宗は自分でも御しきれぬ部分でダクネスをちら見していた。
街灯を浴びてきらきらと輝く髪は、きっと日の光の下ではもっと鮮やかに映えるのだろうと思える。
日本人にはありえぬくっきりとした目鼻立ちは、まるで教科書に載っている彫刻であるようで、それが肉を持ち温かみを備えて歩いている事に感動をすら覚える。
彼女が着ている鎧にしても、日本人が同じものを着たら単にコスプレ呼ばわりされて終わりだろう。
しかるに彼女が着るとそこに違和感は無くなる。
こんなわざとらしい格好なのに、実際に使用しているせいか、はたまたそれもまた彼女の魅力のせいなのか、彼女の美しさを支える無理なきパーツの一つとして成立していた。
「ん? どうした?」
そんなダクネスの言葉に、光宗はぼうとしながら率直にすぎる言葉を口にする。
「んー、いや、綺麗な人だなーって」
「…………ふぁっ!?」
思わず仰け反るダクネス。その反応に、自分が何を言ったか気がついてこちらも大慌てで赤面する光宗。
「おおおお、おいっ、いきなり何を言い出すか! そ、そんな何処かで聞いた事あるようなく、くくく口説き文句なぞ、私に通用するわけないだろうっ!」
「あああああ、ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、ぼーっとしてたらつい」
目一杯動揺してしまったダクネスであるが、隣の光宗といえばダクネス以上に動揺し、そっぽを向いてしまっている。
その耳が真っ赤に染まっている様が妙に可愛らしくて、ダクネスは我を取り戻せた。ついでに、ちょっとからかいたくもなって来る程。
そこで自制が効くのがダクネスであるのだが。
自制が効かなくなったのは、ダクネスではなく、残る二人の方であった。
「あ、甘ずっぱああああああああい! ナニコレナニコレ! ちょっと私我慢できないで変な声出ちゃったじゃなぁいっ!」
「おめえええはよおおおお! まずは隠れて様子見しようとか言い出したのはてめえだろうがあああ! それもすんげぇ真顔で言っときながらコレってどういう事だコラァ!」
白スーツの巨漢、ヤモリがぬっと姿を現し、その脇に居た扇情的な鎧を着た女性、クレマンティーヌはちょこん、といった風情で道に飛び出して来る。
「ねえねえヤモリぃ、アンタもそろそろさぁ、こう性欲っていうか情欲っていうか下半身大暴走っていうかそーいうの溜まってるんじゃないないなぁあああい? あの子すっごい綺麗だし、良くない? 良くなぁい?」
「そーいうてめえはショタ狙いか?」
「嫌ぁよ、刺すのは私でないとぉ♪」
「ふん、ま、何でもいいか。んじゃガキはおめーで、女が俺な」
「あらま、反応うっすーい。反抗期?」
「俺ぁ幾つに見えてんだよ。……なんつーかな、もっとヤバイ敵が出て来ると思ってたんだが、どうにも妙だなと思ってよ」
「ああ、なるほどねぇ。ねえヤモリ、アンタの所にアンタでも手に負えない化物って居る?」
「……居る。そこまでとは言わねーが、もっとヤる奴が来てると思ったんだが。これ、もしかしてマジでエサ狩りするだけか?」
「馬鹿ねえ、そんな事ある訳ないでしょ。あの人形遣いのちっちゃい子も前座でしょうよ」
「だとすると、弱い奴にばっか会ってるのは単に俺達の運が良いだけか?」
「かーも。あ、でもその女の子、結構タフじゃない?」
「てめえ! コイツは俺のだからな! やんねえぞ! やんねえぞ!」
「わかったわかったわよぉ、そんなに怒鳴らないでもさぁ。あー、でもちょっと後悔ー。この子柔すぎるかもぉ。そっちの子凄いわねぇ、動きだけしか見ないから私タフさって見落としがちなのよ。ねえねえ、もっと派手に殴ってもイケるんじゃない?」
「だあああああからよう! 口出すんじゃねええええええ! コイつは! 俺が! 俺が! 俺の俺の俺の俺の俺の俺の……」
「あー、入っちゃったかー。ま、しばらくほっとけば戻ってくるでしょ。ねえねえ君ぃ、そういえば名前、聞いて無かったっけ。なんていうのぉ?」
焦点の合わぬ目で虚空を睨む光宗は、クレマンティーヌの言葉に口の端から泡を吹きながらこたえた。
「み……つむ、……ね」
「ミッツム・ネ? あらあら、ちょっと可愛らしい名前じゃなぁい」
ミッツム、ミッツム、と陽気に歌いながら、クレマンティーヌは光宗の両手を大地に縫い付ける。短刀で。
苦痛に悲鳴を上げながら光宗は叫んだ。
「違うっ! 僕は! 僕は光宗だ! みつむねなんだああああああああ!!」
もう何もわからなくなって、光宗はただがむしゃらに叫んだ。
そうするとほんのちょっとだけ気分が良くなって、痛いのが収まった気がしたのでもう一度やろうと思ったが、その前に罰とばかりにクレマンティーヌの刃が光宗の体を通り抜けたので、光宗はやっぱり止める事にした。
両手の平に開いた穴に紐を通して縛り、逆側の端はというとヤモリの胴体をぐるっと回してこちらもきゅっと締める。
「よしっ」
ふー、と息を吐くクレマンティーヌに、ヤモリが片眉をひねらせながら言った。
「良し、じゃねーよ。何だよこれ」
「ほら、ミッツム君もう歩けないみたいだし、連れてくのに助けが必要かなぁって。ヤモリならコレ一人ぐらい大して気にもならないでしょ?」
「……まあいいけどな、確かにコレまだあった方が面白ぇし。後、ミッツムじゃなくてみつむねじゃねえのか?」
「そうなの?」
地面にうつ伏せに倒れながら、両腕を前へと突き出した形の光宗は、ぶつぶつと地面に向かって呟き続けている。
「……ぼくはみつむねだ、ぼくはみつむねだ、ぼくはみつむねだ、ぼくはみつむねだ、ぼくはみつむねだ、ぼくはみつむねだ……」
「な?」
「みつむね、みつむね、みつむね、ね。うん、覚えたわ。でもこれしかしゃべんないのつまんなーい」
「はいはい」
ヤモリは胴に紐を巻きつけたまま数歩進むと、腕を引きずられ光宗が絶叫を上げる。
「これでいいか?」
「それ声違うっ。全くもう、本当にこの子ってば弱いわよねぇ、私ほとんど何もしてないわよぉ。少しはそっちの娘見習いなさいよぉ、ずううううううううっと、貴方を助けようと頑張って来た高潔なる騎士サマなんだからねぇ」
くくくと含むように笑うヤモリ。
「おいおい過去形にしてやんなよ、今でも健気ーに頑張ってるじゃねえか」
ヤモリの視線の先には、一人の人型が立っていた。
長い髪、それと各所が膨らんでいる所から、きっと女性なのだろうとわかる。
だが、それだけだ。
彼女は衣服を一切身につけていない。なのに、おそらくは彼女を見た百人中百人が、それを気にはしないだろう。
晒された素肌より、顕になった局所より、もっと衝撃的な光景が見られるのだから。
彼女もまた、小さな小さな声で続けていた。
「……ミツムネは、助けてくれ……頼む、彼だけは……頼む、……頼む……」
何故、そんな事が言えるのか。もちろん今の彼女、ダクネスの惨状は性癖云々といった次元を易々とぶちぬけている。
ヤモリは出発の準備が整ったという事で声を上げる。
「んじゃ行くぞー、遅れずついて来いよー」
ヤモリが移動を開始すると、引きずられた光宗の悲鳴が後に続く。同時に、女性らしき人型ダクネスからか細い声が。
「やめて、くれ……彼は、やめてやってくれ……私が、私がやるから……彼は、助けて……」
全く聞く耳を持たず、ヤモリとクレマンティーヌは歩を進めるが、ダクネスはいっかなその場を動かない。
いや、足を踏み出そうとはしているらしいのだが、なかなかこれが持ち上がらずにいるようだ。
クレマンティーヌはにやにや笑いながら彼女の前に立ち、ぱんぱんと手を叩いてやる。
「目、見えないんだもんねぇ。ほら、こっちこっち♪ あんよが上手♪ あんよが上手♪」
ぶはっ、と勢い良くヤモリが噴出す。
「て、てめぇで足の腱切っといて上手も何もねえだろ! お前本当、人甚振るの上手ぇよなおい!」
「こっちに来ないと♪ みっつむっねくんが♪ 死んじゃうぞー♪」
「鬼か!」
鬼も何も、ダクネスをこんなにしたのは当のヤモリであるのだが。
ダクネスは、ありったけを振り絞って足を持ち上げる。
天空にまで振り上げる程の勢いと力を込めてどうにか、ダクネスの足はずずずと前へと滑り進む。
これを、ただそれだけで信じられぬ苦痛を伴うこの作業を、ダクネスは黙々と続ける。
呆れた顔でクレマンティーヌ。
「ほんっとこの子って根性あるわぁ。こっちのミツムネに少しは分けてあげればいいのに」
不意にヤモリが鼻を鳴らす。
「……おい、人が来たぞ」
血臭漂う最中でこれを嗅ぎ分けるのだから、ヤモリの鼻にはクレマンティーヌも脱帽である。
「アンタのそれ本当便利よねぇ、今度私にも教えてよ」
「生まれの差だ諦めろ。来るぞ」
道路の角より飛び出して来たのは、光宗より更に年下であろう、少年であった。
「……やっぱりよ、ここって俺等にただただ遊べって場所なんじゃねえか?」
「……あー、私も段々そんな気してきたかも」
その見た目から思いっきり嘗めてかかった二人であるが、その少年が走る姿を見て僅かにこの考えを修正する。
『ほう』
『へえ』
速い。そして速さもさる事ながら、走り方が戦いにおける走り方になっている。
つまりこの子供は、近接戦闘を知っているという事だ。
クレマンティーヌは短刀を抜き、鋭く少年の肩口へと突き出す。
瞬間、クレマンティーヌの意識から少年の姿が失われた。
そうする為の呼吸の取り方は、幾千幾万の激戦を潜り抜けて初めて身につく類のものだ。
『んなっ!?』
こんな子供に出来る技ではない。クレマンティーヌは完全に虚を突かれる。
だが、彼女もまた歴戦の勇士。左方より迫る風切り音に気付き、身をよじる。間に合わない。
かわしそこねて額の上を強打される。それでも意識を失うような一撃は許さず、それに、少年との体重差からクレマンティーヌを一撃で倒すには威力が足りていなかった。
だが少年は構わずクレマンティーヌの脇を抜け、そのまままっすぐヤモリの元へと駆けていく。
ヤモリの左拳が唸る。少年は体をくるりと横に回転させ、その拳をいなしつつ、肘をヤモリの脇に叩き込む。
だがこちらはもう体重云々以前に、ヤモリのグールの体が相手ではどうにもしようがない。
しかし少年は止まらない。
握った拳を何度も何度も何度でも、ヤモリへと叩き付け続ける。硬度の差から、怪我を負うのは少年の方であるのに。
「うぜえんだよ小僧!」
ヤモリの拳が少年を捉える。何度か殴らせる事で少年の攻撃の呼吸を読み取ったらしい。
クレマンティーヌは、ヤモリのこういう所に彼の格闘センスの確かさを感じていた。
こちらは体重差もあって、物凄い勢いで吹っ飛んでいく少年。
ヤモリはクレマンティーヌを見てせせら笑う。
「油断してんじゃねーよばーか」
「うっさい。それよりソイツよ。アンタどうする気?」
「あん? そりゃおめー、せっかくのおもちゃだし……」
クレマンティーヌは皆まで言わせない。
「駄目よ、すぐに殺しなさい」
「ああ? 何だよそりゃ」
「コイツ、今気付いたわ。物凄い目してる。こういうのはね、殺しても死なないのよ。多分、首を飛ばしても飛んだ首がこっちに食らいついてくるわよ」
「……そりゃ人間の話かよ」
「弱い人間も馬鹿にしたもんじゃないわよ。まったくもう、こんな目した奴なんて、そうそうお目にかかれるもんじゃないってのに……ああ、もう、油断したわホント」
まるでアンデッドみたいな言われ方をした少年、蒼月潮は、クレマンティーヌの言う通り、炎のような目で二人を睨み付けている。
本来、潮の体躯であったなら、ヤモリに一発でも殴られればそれで終わりだ、身動きなんて取れなくなる。
どんな受け方をした所で、ヤモリの一撃を受ければ脳が激しく揺れるのを止める事は出来ない。
だが、視界が歪んでいようと、平衡感覚が失われていようと、潮はまっすぐに立ち、敵の二人を見据えて動かない。
そうあれと命じるだけで全身は潮の指示に従い、視覚を調整し体幹を整える。
そんな潮を支えるのは、全身から噴出さんばかりの怒りだ。
血の臭いを嗅ぎ取った潮は、不安にかられながら角を曲がり、そこで見た光景に絶句した。
わかりやすい所では少年だ。両手の平を貫かれ、縄で結ばれている。だが、潮の全身が硬直したのはそちらのせいではない。
全身を血で覆った女性が立っていた。
肌の各所が激しくささくれ立っているが、五体の位置はわかる。
わかるだけで、人間の五体とはとても思えぬ有様であるが。
そんな彼女が救いを求めるように前方へと両手を伸ばしていて、もう一人の少年は無残な様で大男の腰にくくりつけられている。
こんなヒドイ状態の二人を、何もせずに放置している。ただそれだけでもう、潮には充分であった。
言葉も出ない程に憤激し、後先も考えず二人へと突っ込んで行く。
元より我が身を省みる事の無い潮だ、何度殴られようと、どれだけ切られようと、潮は決して足を止めず、二人に猛然と突っかかっていく。
そして、決して越え得ぬ種族の壁、訓練の壁に潮は捉えられた。
当たり前だ。数多の戦いを潜り抜けて来たとて、蒼月潮の肉体は、基本的には中学生男子のそれであるのだから。
倒れる潮を見下ろし、ヤモリは笑う。
「こっからコイツ、二つとか三つに分けても動くんだよな? うはは、面白ぇな見てみてぇや」
「何真に受けてんのよ、比喩表現って奴よぉ。でも、試すのはタダよね」
潮の憤怒は行き場を失い、自らの内へと収束していく。
何故弱い、何故勝てない、このままではあの二人が、もっとヒドイ目に遭うというのに。
『何やってんだ、さっさと槍を呼ばねえか』
潮の脳裏に浮かぶのは、かつて自ら捨て去った友の声。
どうしようもない窮地において、何でコイツの声なんだという思いは潮にもある。
ただ、やっぱり出て来るのはコイツなんだろうな、という漠然とした思いもある。
砕けたはずの獣の槍が、呼んだ所で来るはずないこともわかっている。
それでも素直に言う事を聞く気になったのは、意識が朦朧としているせいもあったろう。
「……槍よ……来い」
ありったけで叫んでもこの程度の声しか出ない。
でも、そう口にする事で、体に力が漲って来る気がした。
「槍よ、来い」
もっとだ。もっと出せる。潮はそれ自体が目的になったかのように、残る全ての力を込めて叫んだ。
「槍よ! 来い!」
潮のすぐ側で、凄まじい爆音が轟いた。
ヤモリとクレマンティーヌは大きく後退し、事態の把握に努めているようだ。
だが、潮にはわかっている。
よろよろと立ち上がり、舞い上がった噴煙の中心へと向かう。
大地に突き刺さった一本の槍。その刃部の端から伸びる紐についているものを見て潮は、お前か、と笑ってしまった。
酷使し続け、遂に砕けるまで使い潰したというのに、獣の槍はまだ潮に力を貸してくれるらしい。
感極まって泣き出しそうになるのを必死に堪えながら、潮は獣の槍に手を伸ばす。
「悪いな、獣の槍。また、頼むわ」
突然、話し合いの最中にキリオが立ち上がった。
そのいきなりの挙動に哀の警戒心が大きく刺激されるが、キリオは構わず部屋から飛び出す。
白楼閣の縁側のような場所に出ると、キリオは何を思ったか手にした獣の槍の、刃部の端から伸びる紐に自分の帽子をくくりつける。
「どういうつもり?」
哀の言葉に、キリオは笑って言った。
「これを必要としてる人がいるんだよ」
見ると、彼の手にした獣の槍は、小刻みに震えているようだった。
握り締めた力の強さは、彼方の空に居る兄貴分に頑張れとのエールだ。キリオは握った獣の槍を、力強く天へと向けて投げ放った。
「行け獣の槍! お兄ちゃんの元へ!」
呆気に取られる哀。それはそうだ。投げ放った獣の槍は、一直線に天空へとかっ飛んでいったのだから。
「……なに、あれ?」
満足げにキリオ。
「元の持ち主のもとにかえっただけだよ」
哀はキリオをまじまじと見つめる。
「いいの? 貴方の武器でしょ?」
「いいんだ。お兄ちゃんがあれを必要としてるって事は、きっとそこに、守らなきゃならない人がいるって事なんだから」
だからいいんだ、とキリオは笑って頷いた。
獣の槍には本来の所有者である潮の元へ向かわぬよう、呪いがかけられていた。
だが、現所有者がその所有権を放棄し、次なる所有者が不在の時、呪いは行き場を失ってしまう。
その間隙を獣の槍に突かれた形だ。槍はあっという間に空を飛び、潮の元へ向かった。
まるではじめからそう定まっていた事であるかのように。
それはそうだろう。そうでなければ、蒼月潮の物語は始まらないのだから。
伸びた髪が背後にたなびく。
切り傷も打撲も、もう何処も痛くない。
槍を手にし、体が変質していくと、見えている視界が大きく広がる。
いや、最早視界なんてものではない。目の届かぬ背後すら、感じ取る事が出来る。
「……確認が、遅れたんだけどさ。お姉ちゃんとお兄ちゃん、あんなにしたの、お前等か?」
潮の言葉に、ヤモリは生唾を飲み込む。
この種の威圧感に、彼は覚えがあった。
クレマンティーヌは両手に短刀を握り、額より一筋汗をたらしながら答えた。
「違う、って言ったら見逃してくれるのかしらぁ?」
「だったらその血の臭いは何だ。お前の手から、そっちのデカイのの手から、臭う血の臭いは一体何なんだ?」
あちゃー、やっぱり誤魔化せないのねー、的気楽さで、クレマンティーヌは隣のヤモリに軽口でも叩こうとそちらを見る。
が、ヤモリの目がガチである事に気付き、怪訝そうな顔に。
「あれ? もしかして本気でビビってる?」
「……わかんねえ。あんなのが二人も三人も居てたまるかとも思う……だが……クソッタレがあああああああああ!!」
こちらから突っ込むヤモリ。
しょっぱなから全開だ。
左右へのステップは足元が残像でブレる程の速度で、決して読みきれぬ複雑な軌道で潮へと至る。
一瞬、潮の真横に表れ蹴りをくれるべく足を振り上げる。
が、それはまやかし。凄まじい歩法にて正反対側へと回り込むヤモリ。こういう真似を易々と出来るのが彼のセンスだ。
回し蹴りが一閃するが、潮は真上へと跳躍する事でひらりとこれをかわしてみせた。
槍を握った両腕を頭上へと掲げ、潮は宵闇の中を跳ねる。
空中ならば身動き取れまい。そんな隙を見逃さず、クレマンティーヌが仕掛けて来たが、クレマンティーヌも、ヤモリも、二人は同時に吹っ飛ばされた。
一体、何故そうなったのかまるでわからない。
いや、わかるのだが、ありえないと脳が否定する。
閃光と共に振るわれた槍の柄が、クレマンティーヌ、ヤモリを同時に吹っ飛ばしたのだと。
ありえない。距離も間合いも全く違っていて、位置も一度に狙えるような位置関係ではなかった。
一閃でなど、物理的に両者に槍が届くはずがないのだ。
そんなありえぬ奇跡を行っておきながら、潮は平然と着地し、半身になって槍を縦に構える。
「絶対に、許さねえ」
その言葉尻に合わせて突っ込んで来る。長年の戦闘勘でクレマンティーヌはそれを見抜いた。
『アンタは動きが雑なんだよ!』
その瞬間さえ見切れれば、カウンターを取る事は難しくない。そう、思っていたクレマンティーヌの、頭上に槍の影が見えた。
「……え?」
ぎりぎりで頭は外した。しかし、槍の柄が強くクレマンティーヌの背を打ち据える。
クレマンティーヌはその場で地面に叩き付けられ、それでは済まずに大きく地面から跳ね上がってしまう。
来るのがわかっていながら、走る姿を見失ってしまった。
槍を抱えながら左右に揺れ動き、クレマンティーヌの死角から死角へと潜るように移動して来たのだ。
こんな見事なクリーンヒット、ヤモリはもちろんそれ以外にもここ数年もらった事が無い。
クレマンティーヌ程の戦士ですら武技を出す暇の無い速度なぞ、とても信じられるものではない。
すぐに潮はヤモリへと飛ぶ。そう、走るでもはなく飛ぶ、が相応しい。そのイカレた脚力はただの一歩でヤモリまでへの距離を埋め得る。
正面から来るのなら、袈裟か逆袈裟か。
見て反応出来る自信は欠片も無いので、ヤモリは袈裟にヤマを張って赫子を作り出し防ぎにかかる。
しかし潮は、ヤモリの対応を見てから反応してきた。
逆袈裟に槍を振り上げると、ヤモリは脇腹にモロにこれをもらい、その場に崩れ落ちる。
ただの一撃で喰種であるヤモリの身動きを止めてしまう程の、強烈な一打である。
またこちらは巨体であるからか、男であるからか、更に追加でもう一撃が加えられる。
顎を真横から強打され、ヤモリは真横に回転しながら吹っ飛んでいった。
潮の背後から小さく、鋭い声が。
「……ふざけんじゃねえぞ……」
武技を重ねがけしたクレマンティーヌが、潮の背後より迫る。
背後からだがクレマンティーヌは踏み込むステップに数多の幻惑を仕込み、両腕を交差し手にした二本の短刀の位置を見えなくする。
もちろんまっすぐには行かない。潮がクレマンティーヌに対してやったように、人の死角を潜りながらの接近だ。
『てめぇにしか出来ない技じゃねえんだよ!』
間合いに入った瞬間、ほんの一挙動で四連撃。稲光のように短刀がひらめく。
その全てを、潮は槍の柄尻の先を押し当てるようにして易々と弾いて見せた。
あまりの速さに、弾く四つの音が一つに聞こえる程である。
直後クレマンティーヌは真横から棍のように振り回された槍でぶっ飛ばされる。今度は最初に叩きつけられた時の比ではない。
武技で強化した人類最強戦士クレマンティーヌの意識が、完全に途切れてしまう程の痛烈な一打だ。
失われゆく意識の中で、クレマンティーヌは朧げに思った。
『……つまり、コイツ……最初の一発は……手加減、してたって……事……』
「起きろ!」
突然の怒声に、クレマンティーヌの意識が覚醒する。声の主ヤモリは、さきほどイジメておいた少年を抱え上げていた。
彼の手を縛っていた紐は、何時の間にか失われている。
それを見て彼の考えを悟ったクレマンティーヌは、自分の分の人質を確保しようと足を進める。
進まず、つんのめって倒れてしまう。足が言う事をきかない。
いや、目もおかしい。視界がぐるぐると回り、天と地が交互にクレマンティーヌへと迫ってくる。
人質を取る為の初動に遅れたせいで、もう一人の女は潮が先にこれを守るよう側へと。
クレマンティーヌの視界に、足元の地面を砕き、その欠片を手に持つヤモリの姿が見えた。
『それだ!』
一瞬で意図を察したクレマンティーヌは、いきなりその場から背を向けて逃げ出す。
潮もやっていたが、平衡感覚が狂った程度ならば何度も経験があるし、そのままで動く術もクレマンティーヌは心得ている。いや普通は絶対に無理なのだが。
同時にヤモリも少年、光宗を抱えたままクレマンティーヌとは逆方向に逃げる。
光宗の居るヤモリの方を追いかけようとした潮は、しかしその場を動けず。
逃げながらクレマンティーヌが短刀を棒立ちの女に投げつけたからだ。
ほぼ同時に、ヤモリも手にした瓦礫を女に投げつけ、潮の足止めをしながら二人は互いを庇い合うように投擲で援護しながら距離を取る。
このままでは逃げられる。
そう思った潮は、躊躇無く手にした獣の槍を投げつけた。
これを手にした時から潮は豹変した。
そういった武具であり武具にこそこの強大な力の理由があるとヤモリもクレマンティーヌも考えていたので、まさか投げるのは予想外だ。
「ヤモリ上!」
クレマンティーヌの叫びに、ヤモリは頭上を見上げる。すぐに人質を投げ捨て、高く高くに跳躍する。
クレマンティーヌは指示だけして自分は逃走、ヤモリは頭上を走っていた陸橋状になっている連絡通路に飛び乗ると、これで潮の視界から逃れながら何とか逃げ出す事に成功した。
太郎丸は鼻が効く。
だから、灰原哀が例え上手くキリオを誤魔化せたとしても、太郎丸は誤魔化せなかった。
キリオが白楼閣の風呂場前に居る間に、太郎丸はとことこと白楼閣の外へ、そして哀の居る家の玄関前にちょこんと座る。
だが、そこで哀が風呂に入ってしまった為、臭いが変わってしまった。それに太郎丸は気付けない。
なので何時までも出て来ない哀の臭いを延々待つ事に。哀はとうに裏口から出ていってしまっている。
そして太郎丸は、その気配に獣の感性で気付いた。
「あら、野良犬もいるのね」
そんな暢気な言葉に、太郎丸は決して騙されない。これでもかのゾンビパンデミックを途中まで生き抜いた猛者であるのだ。
現れた女へ、唸り威嚇する。そう、猛者であっても限界はある。真に賢い犬ならば、彼女、斗和子の姿を、いや気配を感じ取っただけで逃げ出している所だ。
斗和子は、そんな蛮勇を愛おしげに眺め、手を伸ばす。太郎丸はその腕に、犬史に残る程の勇敢さと共に噛み付いた。
「所詮ケモノねぇ」
落胆を顕にする斗和子。斗和子の本質を察するぐらい賢い犬ならば何かに使えるかもと思っていたのだが、やはりノラにそんな賢さは無理があるらしい。
さっさと殺すか、と手を下しかけてはたと止める。
「ん? これ、何かしら?」
斗和子は自らの噛み付かれた傷口を見る。当然、速攻治っているのだが、どうにも傷口に違和感がある。
自分の脳に片っ端から放り込んだ知識を総動員してこの事象を思い出し、斗和子は検索の途中で先ほど出会った少女の言葉を思い出した。
「あら、まあ。もしかして、コレ、あの娘が言ってた細菌かしら」
あらあら、と斗和子の顔が歪んでいく。当人めちゃくちゃ楽しそうな、回りからは美人が粉々になるので是非やめて欲しいと思うような笑顔だ。
「思いつきも馬鹿にならないわね。これは楽しい事になりそう……ねえワンちゃん、すこおおおおおし、おねえさんが手を加えるけど、いいわよね?」
自らの体内に侵入した細菌、これを体内で隔離し、培養し、ちょこっと手を加えてみる。
とはいえ専用の器具も無しでは大した事は出来ない。せいぜい、発症を早める程度だ。
魔術的な手を加えるにも、流石に自分の体内だけでは如何ともしがたいし、コレだけでも人間相手なら充分効果を持ちえよう。
まるでヒトの悪意を凝縮したかのような細胞だ、と斗和子は上機嫌である。
この細菌を再び太郎丸に送り込む。イマイチ反応が悪い。
ちなみに送り込む手法は、斗和子の指先を切って、そこから滴る血を太郎丸に飲ませるといった方法である。無論、太郎丸に抵抗なぞ出来るはずもない。
「あら? この子抗体出来かけてる? もう、仕方ないわねぇ……」
培養の量が足りていない。まあ、惜しむものでもないかと培養した分全てを太郎丸に突っ込んでやる。
「さてさて、じゃあ本来の目的を果たすとしましょうか。この白楼閣とやらには、誰か居てくれるのかしらねぇ」
楽しい事があるといいな、的な斗和子の微笑みは、彼女の本性を知らない者が見れば、きっと可愛らしいと思ってくれるようなものであった。
獣の槍を見送った後、キリオと哀は再び情報交換の為屋内へと戻った。
そこに、何処に行っていたか太郎丸が戻って来た。
キリオと哀の姿を見るなり、勢い良くこちらに駆けてくる太郎丸。
「おっと、何処行ってたんだよ。もう、仕方が無い……」
そのまま、太郎丸は、キリオの腕に噛み付いた。
「わっ」
こんな子犬に噛まれた所で大して痛いわけでもない、キリオは、こらこら、と太郎丸の首裏を掴んで引き剥がそうとして、噛まれた腕が信じられないぐらい痛い事に気付く。
これは怪我の痛さではない、何か、刺激物を流し込まれている。
そう察した瞬間、キリオは本気で腕を振り回して太郎丸を引き剥がす。
「哀ちゃん下がって! これは……」
そこまで言った所で、急速にキリオの意識が失われていく。
腕はもう上がらなくなるぐらい痛くて、腕からじわじわと広がるように、全身が熱くなってきている。
それでも、太郎丸を放置したらマズイ、その一心でキリオは法術を練る。
間に合わない、キリオは動かぬ体を引きずり、無理矢理起こして哀への盾とする。そんなキリオの脇の下からにょきっと哀は腕を伸ばす。
その先に握られているのは銃。哀は引き金を引くに躊躇とかそういったものを一切感じさせなかった。
五発目でようやく仕留めた哀は、すぐにキリオをその場に寝かせ、噛まれた傷口を確認しつつ、キリオに自覚症状を尋ねる。
「キリオ、信じられないかもしれないけど、私はこれでも薬学はそれなりに修めてるの。それは感染症の疑いがある。私の言ってる事、わかる?」
「……うん、やっぱり、君、凄い子なんだね……コレ、治せ、そう? 体中熱っぽくて、噛まれた場所は物凄い、痛い。我慢は出来るけどさっ」
「わからないわ。菌が特定出来なければ抗生物質は使えないし……とりあえず近場にあるらしい病院へ行きましょう。対症療法で凌いで後は貴方の体力任せってのも、解決策ではあるんだから」
苦笑するキリオ。
「……君は、色々と正直、なんだね……いいよ、任せる。大丈夫、歩く、ぐらいなら……」
キリオは哀に肩を貸してもらいながら歩き出す。
哀は、キリオが自身を庇おうとしてくれた事に気付いていた。
それで全てを信じる程単純でもないが、この子を見捨てないよう全力を尽くす理由ぐらいにはなる。
哀は途中で撃ち殺した太郎丸の死体を、いらない袋に包んだ後自分のバッグに放り込んでいた。
感染症を疑い即座に太郎丸を撃ち殺した事といい、今こうして太郎丸の死体を確保した事といい、確かに、彼女の動きは医者かその類のものに見える。
哀によりかかって移動しながら、キリオはぼんやりと考える。
『人って、見かけによらないもんなんだなぁ』
斗和子はしみじみと述べる。
「キリオって、どんだけ私の事好きなのかしら」
白楼閣の上の方の階から嫌な気配がするから何事かと隠れてみれば、いきなり白楼閣から獣の槍がすっ飛んでいった。
しかもこれを放ったのは誰あろう引狭霧雄ではないか。
もしキリオが獣の槍を持ったままだったなら、無用心に斗和子が白楼閣に入っていたらたちどころに見つかっていただろう。
獣の槍には同じバケモノを感知する能力があるのだから。
後ついでに今の体力だと、キリオが相手では速攻でヤられていたかもしれない。
まあキリオを上手くいなすぐらいは出来たと思うが、それでも我が身の幸運を思わずにはいられない。
ここまで運が良いんなら、もしかしたら上手く行くかも程度で太郎丸を放ってみたら、それこそわざとやってるのかと思う程ものの見事に食らってくれた。
大笑いしたいのが半分、ああまで鍛えてやったのにこの程度かわせないのか、というのが半分だ。
多分、キリオにとって自分は天敵の類に当るのだろう、と斗和子はそんな愚にもつかない事を考える。
どうやらキリオとガールフレンドはそのまま病院に向かうようだ。
なら放置で構わない。キリオがゾンビになったらどんな顔してるのかに多少の興味があったが、まあ其の程度だ。
きっとキリオは斗和子の顔を見たら、隠し切れぬ動揺を見せるだろう。
だが斗和子の方はといえば、まあ上記の程度だ。
「親と子って、一方的に子供が不利なんじゃないかしら?」
その不利を埋めてあまりある親の愛情とやらに心当たりの無い斗和子は、そう思えてならない。
「ねえ、キリオ。もし何かの間違いで生き残ったなら、そのガールフレンド、ママに紹介しに来なさいねぇ。そこから持ち直せたならきっとその娘、何かの役に立つでしょうし」
だが、斗和子にもほんの少しの親っぽい影響が残っていた。
彼女はまだ、キリオは親の言う事を聞く、と思っているフシがあるのだから。
「ちくしょおおおおおおおお!!」
怒りの声と共に、ひざまづいた潮はアスファルトを殴りつける。
潮は大急ぎで捨てられた人質を確認したが、既に彼は首をへし折られ死んだ後であった。
彼の目に残る涙の跡は、この世の無常を呪って死んだ証であろうか。
彼を抱え潮は、戦闘中もずっと道路のど真ん中でつっ立ったままであった女性の下に向かう。
彼女は両手を前に突き出したまま、右に左にふらふらと揺れていた。
「お、おねえちゃん、も、もうアイツ等おっぱらったから、そ、その、だい……」
大丈夫、なんて言葉を潮は今の彼女を前に口に出来ない。
女性は潮の声をきくと、意外にもしっかりとした声を返して来た。
「あ、あの。それは、貴殿がそうされたのか? あのバケモノ達を、貴殿が撃退したと?」
「あ、ああ、そうさ! だからもうアイツ等はこっちに来ない! そ、それに俺が二度とおねえちゃんに近づけたりしない!」
彼女は、その声の調子からとても驚いているように聞こえた。
「それは凄い……さぞや高名な戦士殿なのであろう。私の名はダクネス、お名前をお聞きしてもよろしいか?」
「お、俺? 俺は潮、蒼月潮ってんだ」
「ウシオ殿か、一つ、その、聞きたいのだが……ミツムネは、私と共にいた少年は……」
「……ごめん。もう……」
やはり声でわかる。彼女はひどく落胆しているようだったが、それでも元気な声を出そうとしているようだ。
「い、いや、貴殿が謝ることではない。ああ、その、何だ、私は今とても恥ずかしい格好をしていると思うんだが……申し訳無いのだが、目が見えなくてな。自分がどんなありさまなのか自分では良くわからないんだ」
潮はその言葉に胸を突かれたように仰け反る。
「貴殿のような勇者に、このような事を頼むのは気が引けてならないのだが……その、ここは外か? で、あれば、その、何処か屋内に……案内をしてもらえない、だろうか。歩くのはどうにか、自分で出来ると思うから」
大慌てで潮は言う。
「気なんて引けなくていい! 何でも言ってよおねえちゃん! 俺で出来る事なら何でもするよ! えっと、何処か、建物の中に入ればいいの!?」
そう言いながらも潮はダクネスの手を取るような真似が出来ない。あの手を取ったら彼女が滅茶苦茶痛がるだろうと思えるから。
「こ、こっちだよ! そ、その、俺が抱えようか!?」
「ははは、そこまでは流石にな。気恥ずかしいのもあるが……その、今は、風が吹くだけでも全身が痛くて……」
そうだろう、と即座に思う潮。体中の何処に触れようと怪我に触れずにはおれぬような状態であるのだから。
「そ、そっか。こ、こっちだよおねえちゃん! こっちだ! こっちの建物なら風なんて吹いてないさ!」
潮の誘導によろよろとダクネスは移動を始める。足元が覚束ないのは、彼女の踵に深く刻まれた傷のせいであろう。
それでもダクネスは進む。彼女が手を前に伸ばすのは、前が見えぬまま進むのが怖いせいだと、潮はダクネスが建物に入る間近になってようやく気付けた。
建物に入ると、ダクネスは上機嫌に言った。
「おお、風が無いと随分楽になる。すまない、本当に助かった」
「こんな事でいいんなら幾らでもするさ! な、なあ、他に何か無い!? あ、そうだ! 椅子とか座るのはどう!?」
そこで初めてダクネスは表情を変えたのだが、顔に刻まれた傷跡のせいかそれが潮へと伝わる事は無かった。
「……いや、座るのは、痛いんだ」
「そ、そっか。じゃあ横になるのも……つ、つらい?」
「ああ、だがな、私はもともとクルセイダーだからな、立ちっぱなしにもそれほど抵抗は無い」
ふう、とダクネスは息を吐いた後、きっぱりとした口調で言った。
「なあ、ウシオ殿。私はもうこれで充分だ、貴殿はそろそろここを発ってはどうだ?」
「え? な、何を……」
「貴殿程の勇者が、最早戦力たりえぬ怪我人を気にしているべきではない。あの二人、そして他にもいるだろう暴虐の徒を止める為にこそ、貴殿の力は振るわれるべきであろう」
「そ! そんな事!」
「まあ、とはいえ私も痛いのは嫌……嫌? でもない部分はあるかもしれないが、この痛さは流石に嫌だなぁ……ま、まあともかく、もし少しでも気にかけてくれるというのであれば、ここに来ているはずのアクアという少女に私がここで怪我をしていると伝えてもらえればありがたい。もちろん見つけたらで構わないから」
「駄目だ! こんな状態のおねえちゃん置いて何処にも行けるもんか!」
ダクネスの声が、心なしか優しげなものへと変わった気がする。
「そうか……だが、アクアをもし見つけてくれれば、彼女の治癒魔法は強力だからな、私のこの怪我もたちどころに治ってしまうだろう。なあ、彼女を見つける為、でもいいから、どうか貴殿程の戦士が戦いではなく看護に回るなんて事を言わないでくれ」
ましてや、と続いた言葉に、彼女の正直すぎる真意が込められていた。
「私の不覚のせいで貴殿程の戦士が前線落ちするなぞ……これでも、貴殿には大いに劣るが私もクルセイダーのはしくれだ。人を守る事こそ我が使命なのだ。だからどうか貴殿のその力、まだ見ぬ誰かの為に使ってはくれまいか」
潮は、それでも首を立てには振れない。
「そんな、そんな怪我してるおねえちゃんをほおってなんておけないよ……」
「……まったく、貴殿は剛勇の徒とは思えぬ、心優しき人なのだな……では、一つ、頼まれてもらえないだろうか?」
「な、何!? 何でも言ってよ!」
「食事を、食べさせてもらえないだろうか。食べるだけ食べて体力を付ければ、このまま一日でも二日でも持たせられるだろう。後は貴殿がアクアに私の事を伝えてくれればそれでどうにかなる。どうだ? これなら貴殿も納得出来よう」
「うん、わかった! その……本当に、だい、だいじょうぶ、なの?」
「ああ、もちろんだとも。私は攻撃はからっきしだが、耐えるのだけは得意なのだからな」
大丈夫な訳はないのだが、ダクネスは自分をすら騙す勢いで力を込めてこの言葉を発し、その強い意志は潮にも伝わってくれるだろう。
潮は大急ぎでバッグから食料を取り出す。とりあえず食べさせ易いものを、という事で、水色の帯が入った袋のこっぺぱんを取り出す。
ピーナッツクリームのもので、甘くておいしいだろう、と思って潮なりに選んだ結果だ。
これを、袋から出してダクネスの口元へと持っていってやる。
口回りだけはあまり損傷が無かったので、口を開く事にはそれほど抵抗がないダクネスは、少し照れくさそうにしながら一口ぱくり。
「ん? んん? んんん!? これはパンか!? いやこれ本当にパンか!? ふわっふわすぎてびっくりした!」
「え! おねえちゃんコッペパン嫌だった!?」
「い、いやいやいやいや、コッペパンというのか。とてもおいしい、おいしすぎだ、こんなふわっふわなパンで、しかも中の甘味はこれかなり高級なものなのではないか!?」
「え? そんな高いものじゃなかったと思うけど……でも、気に入ったんなら他のコッペパンも全部あげるよ! 俺のバッグの中身こればっかりだったんだ!」
「おおっ、それは嬉しいな。こんなふわふわのパンなら幾らでも入りそうだ」
和気藹々、そんな雰囲気を作り出せたのは、一重にダクネスの意思の強さ故だろう。
部屋の中にはダクネスの体表から漂う血臭が溜まり、パンを食べるという所作だけでもダクネスの全身に痺れるような痛みが走っているのだから。
だが、ダクネスは決してそれを表には出さない。これが死に至る症状なのかすらわからないが、例えそうだとしてもダクネスはやはり耐えただろう。
ダクネスの心にあるのはただ一つ。この優れた戦士を、心優しい勇者を、如何に気持ちよくここから送り出してやるかだけなのだから。
体育座りに地べたに座るクレマンティーヌを見て、ヤモリは処置無しだと肩をすくめる。
クレマンティーヌは見るからに陰に篭っている。あの槍の子供にやられたのがよほど応えたようだ。
ヤモリはまだ、絶対的強者とでもいうか、自分では決して届かぬだろう高みを見た事があったので、クレマンティーヌ程の衝撃はない。
「しかし、槍一本で何が変わるってんだか。ありゃ一体何者だよ」
クレマンティーヌからの返事は無い。いや、それからかなり経ってから、返事が来た。
「……ねえ、アンタもアイツが何者か知らないの?」
あまりに時間が空きすぎたせいで、ヤモリは缶コーヒーを二本程あけてしまっている。
「あん? ああ、あの槍のガキな。知るわけねーだろ、知ってりゃ即座に逃げを打ってた」
彼女はやはり陰に篭った調子で、虚空を睨み続ける。
「逃げる? 冗談じゃないわよ……このクレマンティーヌ様が、どうしてあんなガキ相手に逃げ回らなきゃならないのよ。絶対に、あのガキぶっ殺してやるわ……」
はぁ? と鼻で笑うヤモリ。
「どうやってだよ。二人揃ってボロ負けしといて無策に突っ込むなんざごめんだぜ」
「装備揃える。昔の装備揃ってたらこうまでコケにされる事も無かったのに……チクショウ、覚えてなさいよ。アンタの強さは体で覚えた、後は見合う戦力揃えるだけよ。アタシを逃がした事、死ぬ程後悔させてから殺してやる」
ほう、と感心したようにヤモリ。ヤケになってるようで、かなり冷静に事態を受け止めているクレマンティーヌを少し見直したのだ。
「勝ち目があるってんなら俺も乗ってやるがな。んじゃしばらくお遊びは無しか?」
クレマンティーヌは至極真顔のまま答えた。
「それはそれ、これはこれよ」
光宗の遺体は、潮によって屋内のソファーに横たえられてあった。
彼が抱えた問題、苦悩、責任、いろいろなものがあっただろう。
それらは全て、嵐のような悪意に飲み込まれ、消えていった。
抗う術は、彼の手には残されていなかった。
運の良し悪しで言うのなら、彼はここに招かれた時点で既に、金曜を通り越し土曜日を迎えていたという事なのだろう。
【光宗@迷家-マヨイガ-】死亡
残り59名
【C-7/早朝】
【ヤモリ@東京喰種】
[状態]:健康(怪我は再生した)
[装備]:なし
[道具]:支給品一式×2、ワルサーP99(残り19発)、ランダム支給品1~3
[思考・行動]
基本方針:カネキで遊ぶため探す。主催は殺す。
1:あんていくに向かい、カネキを探す。
2:クレマンティーヌと同行し一緒に人を殺して回る。
※喰種だということを周りに話していません。
【クレマンティーヌ@オーバーロード】
[状態]:活動するにあたってはやせ我慢が必要なぐらいの怪我(HP半減程度)
[装備]:サソリ1/56@東京喰種×46
[道具]:支給品一式、ランダム支給品0~2
[思考・行動]
基本方針:
1;槍の小僧を、戦力を揃えて殺す。
1:ヤモリと同行して一緒に人を殺して回る。
※彼女が現状をどう捉えているかの描写はまだありません。
【B-7/早朝】
【蒼月潮@うしおととら】
[状態]:健康、絶望
[装備]:獣の槍@うしおととら
[道具]:支給品一式、不明支給品(獣の槍ではない)、キリオの帽子
[思考・行動]
基本方針:
1:ダクネスのおねえちゃんを保護する。
2:流兄ちゃんに会いたい。
※33話で獣の槍が砕け散って海中に沈んだところからの参戦。
※『秋葉流』の名前以外は確認していません。
【ダクネス@この素晴らしい世界に祝福を!】
[状態]:精緻な描写は避けるが生きてるのが不思議なレベルの重傷。ダクネスが人並みはずれてタフな為耳と口は通常通り機能していて、足も辛うじて。それ以外は全部まともに動かせない。
[装備]:無し
[道具]:無し
[思考・行動]
基本方針:仲間を集めてダーハラを倒す
1:ウシオを自分に気兼ねなく戦いの場に赴くよう説得する。
※異世界の存在を認識しました。
【B-2/早朝】
【灰原哀@名探偵コナン】
[状態]:健康、強い警戒心
[装備]:なし
[道具]:支給品一式、サイレンサー付きベレッタM92(12+1)@名探偵コナン、不明支給品1~2 太郎丸の射殺死体@がっこうぐらし!
[思考・行動]
基本方針:
1:病院に行き、キリオの治療を行う。
2:あの時助けてくれた黒尽くめの男の名前が知りたい。
※現時点で判明している警戒対象:『ジン』(知っているな名前の中で一番)、『ハク』(見知らぬ名前の中で一番)、『引狭霧雄』
【引狭霧雄@うしおととら】
[状態]:ゾンビ化ウィルス感染中につき、全身に強い発熱と患部の腕に激しい痛み
[装備]:
[道具]:支給品一式
[思考・行動]
基本方針:蟲毒の儀の打破。
1:とりあえずは哀に任せる。
2:なんで声が似ていると思ったんだろう。
※過去から現代に戻ってきたところより参戦。
【B-2白楼閣/早朝】
【斗和子@うしおととら】
[状態]:大~中程度の消耗
[装備]:
[道具]:支給品一式、鉄扇@うたわれるもの 偽りの仮面、『永』の字が刻まれた石鏡@名探偵コナン、青酸カリ@名探偵コナン
[思考・行動]
基本方針:蒼月潮の抹殺(+獣の槍の破壊)。
1:蒼月潮を殺してくれる人間を探す(もしも殺し合いに否定的なら生け捕りを持ちかける)。
2:光覇明宗の狙いを探る。
3:ある程度回復するまで流達と行動を共にして扇動に専念する。
※死ぬ直前からの参戦。
※流から自分が死んでからの経緯を聞きました。
※アインズ、アインズを主と仰ぐ集団を要注意人物として認識しています。
【C-2/早朝】
【西住まほ@ガールズ&パンツァー】
[状態]:健康、疲労(小)、BT-42運転中
[装備]:BT-42@ガールズ&パンツァー
[道具]:支給品一式、不明支給品0~2
[思考・行動]
基本方針:脱出。
1:ナンコと一松と合流して501JFW基地へ向かう。
2:みほやエリカと出来るだけ早く合流したい。
3:斗和子とはナンコ、一松を拾った後、白楼閣で合流予定。
※最終話以降からの参戦。
※潮、とら、紅煉、灰原、アインズ、アインズを主と仰ぐ集団を要注意人物として認識しています。
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最終更新:2017年02月07日 13:45