めぐねえ頑張る  ◆QkyDCV.pEw




佐倉慈は教師だ。
その職務への責任感と、深い愛情から教え子の立場にあった娘達を守らねばと考えているが、彼女自身はこうした殺し合いの場において何かが出来るような人間ではない。
ゾンビに囲まれ、これらに命を奪われる寸前でこの場に招かれたせいで、短刀を持った少女に対し即座の実力行使なんて非日常の極みな行為が出来たのかもしれないが、やはり基本は平和で無力な一人の女性でしかない。
そんな彼女が、見た事もないような大斧を肩に担いで歩く三日月・オーガスを見つけたとて、勇敢にもこれに挑むなんて真似が出来るわけがない。
姿を見つけ、大斧を見て目を丸くし、すぐに見つからないよう物陰に潜む。
『ど、どどどどどうしよ。む、無理っ、でも、やらなきゃ……』
また物陰からそーっと顔を出して彼を見る。赤い大斧が街灯の光を浴びぎらりと輝く。
『あんなの無理ー! 拳銃で撃っちゃえば……で、でももし外したら……』
あの大斧がぶん回される事を考えると、足がかくかくと震えだす。
「なあ」
それでも、あんな武器を持っているからこそ、見逃すわけにはいかない。
「なあって」
何せ慈には拳銃という心強い武器があるのだ。慈がやらなければ、もしかしたらあの大斧があの娘達に向けられるかもしれないのだ。
「おーい、隠れっぱなしって事は、もしかして俺と殺しあうつもりかー? なら、まあ、仕方が無いけどさ……」
遠くからの声に、焦り慌てていた慈はようやく気付けた。
「ば、バレてるしー!」
「そりゃバレるよ。そんなこれ見よがしに顔出して来てるんだし」
そーっと、物陰から顔を出す慈。彼女が見つけた相手、三日月・オーガスは大斧をかついだままずかずかと無遠慮にこちらに歩いて来ていた。
「わ、わわわわわわ、私、顔出したけど、す、すぐに引っ込んだわよ?」
「だってそこ、ここら一帯見渡すのに一番良い場所だろ。そりゃ、誰だって気をつけるよ」
慈が居るのは二階建ての建物の屋上で、その一階部前に三日月は上を見上げながら立っていた。
慈は建物の屋上から身を乗り出すようにして下を見下ろしている。
「なあ、アンタ殺し合いする気なのか?」
「そ、そそそそそうよっ! そんな武器振り回してる人はっ! 見逃すわけにはいかないわっ!」
ありったけの勇気を振り絞ってそう言う慈に、三日月は至極冷静に言ってやった。
「別に振り回してないよ、咄嗟の事に対応出来るよう持ってるだけ。そんなに怯えないでも、そっちから襲って来ないんならどうこうするつもりない。それより、聞きたい事があるんだけどいい?」
「あ、え? ああ、えっと、うん、はい」
「アンタさ、これまでに他の人に会ったりした?」
会った。だが、それを他人に言う気にはなれない慈は、下手糞な嘘をつく。
「し、知らないわ。あ、貴方がここで最初に会った人よ」
「あっそ。じゃあいいや」
即座に背を向ける三日月に、慈は慌てて声をかける。
「ちょ、ちょっと待って。あ、貴方はどうなの? お、女の子とかに、会ったりした?」
足を止めて振り向く三日月。
「ん? 女の子というか……短刀持って物凄い速さで動き回る人殺し女は居た。それ?」
「絶対違うっ!」
「じゃあ知らない。後は男ばっかだったし」
「そう……ね、ねえ、貴方、人殺ししない、の?」
「こっちからそうする理由は無いよ、今の所は。襲って来るんならそりゃ殺すけどさ」
「じゃ、じゃあっ、高校生の女の子とか見つけても、殺したり、しない? 助けてあげるとかは……」
「無理に殺す気はないけど、助けろって言われてもなぁ……知り合いなの?」
「え、ええ」
「なら自分でそうすれば」
「……自分で出来れば苦労なんてしないわよ……ね、ねえっ! じゃ、じゃあ、貴方の知り合いとか見つけたら、私、貴方に知らせるから、っていうのはどう?」
三日月は慈の言葉にも特に反応せず。しかし、何かを考えているようで小首をかしげている。
「アンタさ、何で知り合いが居るってわかってるんだ? 最初の所で知り合いが居るの見たのか?」
「え? だって、名簿に書いてあるじゃない」
「…………その名簿って、もしかして、ここに来てる人間の名簿?」
「そ、そうよ。どこまで本当かはわからないけど……って貴方名簿見てないの? 支給品にあったと思うんだけど、あれって私だけだったのかしら。でも全員に支給されてるって書いてあった気が……」
再び考え込む様子の三日月。その様子に慈は不安げに声をかける。
「ど、どうしたの? いきなり黙り込んじゃって」
「……なあ、アンタさ、探してる人がいて、そいつを守って欲しいんだよな」
「え、ええ」
「流石にいつまでも守るって訳にはいかないけど、見つけたらとりあえず安全な所まで誘導ぐらいはする。そしたら、アンタも俺の頼み聞いてくれるか?」
「いいの!?」
「ああ。その代わり、その名簿に書いてある名前を教えてくれないか?」
「名前? そのぐらいなら構わないけど。もしかして支給品、無くしたの?」
「ううん。何か書いてある本があるのは知ってるけど、俺、字読めないんだ」
慈はとてもショックを受けた顔をしていた。
「え? 学校とか、行ってないの?」
「そんな金も時間も無いし」
それを哀れに思う慈であったが、今はそういう事を考えている場合ではないと思い直し、三日月に了承の意を伝え屋上から降りて来る。
近くで見ると、三日月が思っていた以上に小柄な事に驚く。
もしかしたらこれなら勝てるのでは、何て事を一瞬考えた慈だが、三日月の袖まくりしたせいでむき出しになっている腕を見て、速攻諦めた。
肘より先は筋肉がつきにくいはずなのに、もう見るからにムキムキである。背の低さとかもうどうでもいいってぐらいに。
それに、あんな大きな斧を平然とかついでいるのだから、物凄い力があるのだろう、と思うとやっぱり力押しは無理だと思えたのだ。
そんな内心を隠すように、慈は三日月のバッグから名簿を取り出し、名前を一つ一つ読み上げてやる。
反応はオルガ・イツカの名前を呼んだ時にあった。
「……そっか。オルガもいるんだ。そっか……」
三日月は表情を変えぬまま。だが、声音が僅かに沈んでいる。
居てくれて嬉しい、こんな所に居て欲しくない、どちらも三日月の本音であった。
だが、感情を抑えていられたのはそこまで。
慈がビスケット・グリフォンの名を読み上げると、すぐに待ての声をかける。
「……ビスケット・グリフォン。そう、言ったか?」
「え、ええ」
「本当に、その名が書かれているのか? その名前を冗談で言ったんなら……」
「な、何を怒ってるのかわからないけど、私は名簿にある名前を順番に読み上げただけよ」
じっと慈を見つめる三日月。
「ビスケットは死んだ。ここに居るわけがない」
慈も首をかしげながら言う。
「そう、なんだ。でも、確かにここにその名前が書いてあるのよ。同名の別人って可能性もあるかもしれないけど……ごめんなさい、私にはどういう事なのかまるでわからないわ。とりあえず、残った名前全部言うわね」
「……わかった」
残る全てを読み上げたが、三日月の知り合いの名前はこの二つのみであった。
また地図の見方を教えてもらい、現在位置とこの会場がどんな感じになっているかだけは三日月にも理解出来た。
そのお返しというわけでもないが、三日月からはこれまでに出会った奴の話をしてやる。危険人物二人(ヤモリとクレマンティーヌ)の外見を説明し、後は逆に頼れそうな人間だ。
「名簿にもあった、ヒロセってのには会った。アイツは多分良い奴だから、見つけたら声をかけてみるといい。背は俺より小さくて……」
そんな説明をした後、三日月は当然のように慈の前を去ろうとする。が、慈は意を決して声をかける。
「あ、あの。もし、良かったら私も一緒に……」
「悪いけど、アンタのお守りしてる余裕無いんだ」
速攻で断られる。しかし慈もここで諦めるわけにはいかない。
はっきり言って、慈一人では出来る事などたかが知れている。最初の時のような幸運は二度と巡って来ないだろう。
それが、この小男を見てよくわかった。こんな小柄な人でも、銃を持ったところでまるで殺せる気がしてこないのだ。
当人普通に歩いてるだけなのだろうが、その動作はきびきびとしていてキレがあり、運動神経の良さを感じさせるもので、もし最初の一発を外したら、もう後はあっという間にあの斧でやられてしまうだろう。
とてもではないが、慈の手に負える相手ではない。ただ、この人は無闇に人を殺したりする気はないようだ。
少なくとも慈に対してはそうであるみたいだし、会話も厭わない。そういう人と一緒なら、もっと色んな事が出来るようになるだろう。
それに、彼の言葉の端々に、襲い掛かってきたら相手を殺す、という意思が感じられる。
そういう他人を襲おうという悪意の持ち主を、慈も三日月同様殺して回りたいのだ。
「足手まといにはならない。私武器も持ってるし、人を殺そうとする人が居るんなら、私も……」
胡散臭そうな顔で三日月。
「銃、撃った事あるの?」
「あっ、あるわよっ」
「ふーん……でも、多分ついてこれないよ、アンタじゃ」
「そんな事ない!」
「そう。でも俺、そこの川渡るつもりだけど」
「へ?」
地図を西に進んだ所に川がある。これを渡るというのだ、三日月は。
「ど、どうやって?」
「泳いで」
「…………ち、地図見る限りだと、結構川幅あるみたいだけど」
「ま、何とかなるんじゃないかな。ただ、アンタは難しいんじゃない?」
「そ、そんなのやってみないとわかんないわよ」
ふーん、と三日月は川に向かってまっすぐ進む。途中、慈は三日月に川を渡る理由を訊ねると、山とか歩いても人居ないだろうから、とそっけないお返事。
そして川である。
「……………………」
絶句する慈に、三日月は言った。
「悪いけど、溺れても助けないよ。人抱えて泳ぎきれるとはとても思えないし」
「わ、わかってるわよっ」
三日月はバッグを頭の上に載せるとこれを紐で結び、大斧は背負う形でこれもまた紐で体に固定する。
その様子を見て、慈も同じように頭の上にバッグを固定しようとしたのだが、ふと、思いついた事がある。
『服着たままじゃ、絶対に泳ぎきれない』
三日月の方はというと、上着だけはバッグの中に入れている。上半身裸でも、男の子だから特に気にする様子は無い。
「わ、私だって、や、やるわよっ」
言うなり、慈は着ていたワンピースをがばーっと勢い良く脱ぎ捨てる。
白のショーツとブラが艶っとした肌に沈み込んでいる様が外気に晒される。
すぐに慈はワンピースをバッグに入れ、バッグを三日月のように頭の上に縛り付ける。
三日月はそんな慈の様子をじっと見つめる。もちろん、彼女の肢体に惹かれての事ではない。
「……まいったな」
正直に言って、三日月は彼女を連れて行くつもりは欠片も無かった。
でも、流石にここまでの気合いを見せられると嫌とは言い出しづらい。
どうしたものか、と考えて、やっぱり口にした通りでいいや、と思考を停止した。
「じゃ、行くから」
そう声だけかけて、三日月は川に入っていく。三度深呼吸した後、慈もこれに続いた。



基本的に、その所有スペックはぽんこつの類である佐倉慈にとってこの渡河は、別所にて起こった対岸にアンジェロが待ち構えていた東方仗助のそれよりも、危険で労力のかかる事であった。
それでも何とか、或いはゾンビ化の影響でもあったか、体力を限界以上に絞り出す事で対岸まで辿り着いた慈は、最後は自分で岸に上がる事も出来ぬ程消耗しており、三日月がやれやれといった調子で引っ張りあげてやった。
そのまま、服を着る事すら思いつかぬようで、でれーっと土手の下に寝転がってぴくりとも動かない。いや、荒い息を漏らしているせいで、胸元だけは上下に揺れているか。
三日月は何も言わずその場を立ち去ったのだが、それにすら気付けず体力の回復を待つ慈。
途中、意識と思考だけは回復して来たが、体が全然動いてくれない。
びっくりするぐらいの時間をかけて周囲を見渡したが、小柄な男の子の姿は無い。
『……行っちゃったかぁ。やっぱり、一人でやるしかないのかなぁ』
入れていた気合いがしおしおと抜けていくのが自分でもわかる。だが、それを止める気すら起きない。
今はもう、とにかく疲れた、しか無かった。
「はい」
不意に視界が塞がれた。
ひどく驚いたが、体はのそのそとしか動いてくれず、顔を覆っているものを手でどける。布、いや、タオルだ。
見上げた先には、彼が居た。
「それで水気取りなよ。肌がべたつくのが嫌なら、シャワー浴びるぐらいの時間は待っててもいいし」
慈は寝転がって見上げた姿勢のまま訊ねる。
「一緒に、行ってくれるの?」
「ついてこれる限りなら。とりあえず今は少し休みなよ、俺も疲れたしさ」
「うん。ありがと」
下着姿のままの慈であったが、三日月が完全にスルーしてくれているおかげか、それほどこれが恥ずかしいという気にはならなかった。
それでも、みっともない、とも思えたので、慈はすぐに体を拭いてワンピースを着込んだ。
さて、じゃあ行こうという所で、三日月がちょん、と慈の額を指先で押すと、慈は面白いぐらいへろへろとよろけ、その場に座り込んでしまう。
「もう少し休んでな」
「……はい、そうします」

三日月・オーガス。感心する所のある相手には、案外優しかったりする。



【B-4/早朝】
【佐倉慈@がっこうぐらし!】
[状態]:健康?、ゾンビ化0%
[装備]:ミカヅチの仮面@うたわれるもの 偽りの仮面、H&K P7(8/8)+予備弾倉@名探偵コナン、クレマンティーネのスティレット@オーバーロード
[道具]:支給品一式
[思考・行動]
基本方針:学園生活部の3人を生かす。
1:3人に危険を及ぼす可能性が少しでもある者を殺して最期に意識がなくなる前に死ぬ。
2:3人に危険を及ぼさない人物がいたら3人の事を託す。
3:三日月にくっついて回り、危ない人を殺す。
※『かれら』に噛まれた直後からの参戦。
※ゾンビ化は6時間で10%進行する。


【三日月・オーガス@機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズ】
[状態]:健康
[装備]:血ヲ啜リ肉ヲ喰ウ@オーバーロード(赤水晶の刀身を持つ巨大な斧。紫色の微光を放つ。極めて高い攻撃力を持つが命中値は低い)
[道具]:支給品一式
[思考・行動]
基本方針:オルガと鉄華団を探す
1:オルガを探す。
2:付いて来れる限りなら、佐倉慈の面倒はそれなりに見る。

[その他]
※煙は支給された煙玉@現実です。
※参戦時期はビスケット死亡後~カルタ死亡前。
※佐倉慈に名簿と地図を読んでもらいました。
※名簿に書いてあっても、ビスケットは死んだと思っています。

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001:会いたい気持ち 佐倉慈 054:ドクター・アイとゾンビ化ウィルス
038:快楽殺人者との付き合い方あれこれ 三日月・オーガス

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最終更新:2017年01月10日 21:12