声の形 ◆QkyDCV.pEw
人間、すぐ目の前にやらなければならない事があれば、それ以外をさておいて目の前の事に集中するなんて真似が案外簡単に出来るもので。
特にそのやらなければならない事が、自分の命に関わる事であれば尚更だ。
如月千早は運動の得意な娘であったが、真っ暗な夜の川に頭から突っ込んでしまったのなら、それは運動神経云々の話ではなくなる。
息が出来ない上に、何処が水面かもわからなくなるのだ。
恐怖から闇雲に暴れれば体に力が入ってしまいより沈んでいく。その時、自分が沈んで行ってる事にすら気付けない。
ここまでは運動神経云々は関係してこない万人が通る道である。つまりこの先から運動神経の有無で変わってくる。
千早は無我夢中で手足をばたつかせるが、その動きが少しづつ、的確に水を捉える動きに変わっていく。
手で、足で、かいた事で水中を進む感覚がわかれば、自然と上下もわかってくる。水面の方向さえわかれば、後は簡単な話だ。
「ぷはっ!」
勢い良く水面から顔を出すと、待望の空気を胸いっぱいに吸い込む。
ここで水も一緒に流し込まないのが運動神経の良さでもある。
服を着たままであるが、空気を吸った事でどうにか落ち着きを取り戻した千早は、流れに逆らわぬようにしながら対岸へと泳ぎ進む。
体感ではあるが、結構な距離を流されたと思われる。
千早は岸に辿り着くと、思ったより自分が消耗している事に気付く。腕に力が入り難い。
そんな千早の頭上から、声が聞こえた。
「手、貸してやろうか?」
「へぇ、意外に親切なんだ」
「意外は余計だてめぇ。おし、引っ張るぞ」
そう言うと声の主は千早の腕を片手で掴み、物凄い力で引き上げてくれた。
まだ幼い頃、親に軽々と持ち上げられた時のような、安堵を伴う力強さ。
そのまま、かがんでいた彼は立ち上がり、千早を地面にちょこんと立たせる。
「何だってこんな夜中に川なんて入ってんだ?」
「こーら、女の子にそういう雑な聞き方しないのっ」
改めてみると、引き上げてくれた男の人は、見上げるような大男で、すぐ隣に綺麗な女の人が居た。
千早は妙に息が合っているように見える二人の会話に、割って入っていいものか少し迷ったが、言うべき事は言わねばと声を出す。
「あ、あの、ありがとう、ございます」
千早の礼の言葉に、大男ヤモリと、女クレマンティーヌはお互い顔を見合わせる。
クレマンティーヌは小首を傾げる。
「こういうのも悪く無いかしら、偶には変化もつけたくなるしぃ?」
ヤモリはというと胡散臭そうに細い目を更に細める。
「面倒なだけだろ、どう考えても。入れ食いもそうは続かねえだろうし、今は今を楽しむとしようぜ」
二人はそう言うと、千早の方に向き直る。
千早は特に勘が優れるというわけでもないのだが、それでも、二人がその時浮かべた笑みが、怖気が走る程不気味に思えたのだ。
「ひいいいいいいぎぐがあああああああああああああああああああ!!!?」
ヤモリが上機嫌でペンチを上下に動かすと、その度ビブラートもないまっすぐな声が室内に響く。
床に直に腰掛けているクレマンティーヌは、両手で持ったメロンパンを至福の表情でほおばっている。
「おいしいごはんに、素敵な音楽。あ~、もう、たまんないわねぇ、なにこれ? 殺し合いっていうか休暇旅行? ここなら追っ手も来ないし、三日と言わず一年でも二年でも楽しく過ごせそうよね」
「あぎっ! あぎっ! あぎがっ! ひいいいおっ!? おごぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶっ!?」
いきなり音楽が転調する。奏者が演出を切り替えたせいだが、それだけのせいでもない。
「あ、これもしかして内臓いっちまってるか?」
ぴぴっと小さく飛沫いて飛んだ雫をまじまじと見るクレマンティーヌ。
「んー、中身だともっと黒い血になるんじゃない?」
「となると表面の血だな。あー焦ったわ。俺等まだ中いじってねーしな。声出しすぎて喉でも切れたか」
「みたいねえ、珍しいわぁ。でも、ここまで良い声出してくれちゃってるんだし、仕方ないっていえば仕方ないかもぉ」
ヤモリは嬉しそうに手にしたペンチを開閉し、かちんかちんと鳴らす。
「いやいや、ホント珍しいってこれ。こんな良い悲鳴そうそう聞けねえよ。あー! あああああああ!! あっ! あっうあっ! やっべえ! 収まんなくなって! 来たっ!」
前傾になり自分の顔を抑えるヤモリの襟首を、クレマンティーヌが後ろから引っ張り仰け反らせる。
「こらこらこらこら、順番はまーもーるっ。ちょっと頭冷やして来なさいって」
「あーっ! あーっ! そうっ! するっ! わっ! クッソ! 早くカネキ見つけねえとそろそろ止まんねえぞ!」
薬物の禁断症状でももう少しマシであろう、と思えるようなヤモリの有様に、クレマンティーヌは肩をすくめる。
「難儀な子ねぇ。はぁ、でも、人の事言えないかもっ」
上気した顔でクレマンティーヌは、椅子に座る彼女、如月千早を熱っぽく見つめる。
「喉が切れたんなら、悲鳴も濁るかしらかしら? 顔も、声も、綺麗で素敵よ、貴女。でも、声は汚れちゃったわねぇ。ならそろそろ、顔の方もイク? イットク?」
クレマンティーヌの意図を察したのか、千早が呻き足掻き始めるが、余程キツイ縛り方であるのか、椅子に座らされる形の千早の体はびくともしなかった。
相手から充分な反応を得られた事で、クレマンティーヌは満足気に頷く。
「うんうん、嫌よねぇ。女の子だもの。じゃ、右頬からー♪」
子供が友達の顔にイタズラ書きでもするかのように、無邪気に笑いながらクレマンティーヌは短刀を滑らせる。
しばらくして落ち着いたヤモリが戻って来る頃には、クレマンティーヌ作の、如月千早の顔をキャンバスとした理解者のエライ少ないだろうアートが完成していた。
「あ、戻った? ねえねえ、どうどうどう? いいでしょ? いいでしょー♪」
咄嗟に言葉が出ないヤモリ。少し間を空けてから、呆れたような感心したような声で言った。
「お前ってさ、ほんっとに凝り性なのな。良くもまあ、そこまで細かい事出来るもんだな……」
「さっきも言ったでしょ、アーンタが雑なのっ。でも、ちょっと聞いてよヤモリ。何か、違和感あるのよこの娘」
「ん?」
言うが早いかクレマンティーヌは無造作に手にした短刀を突き刺す。
「ひいいいいいいいいっ!?」
これだけやってまだ声を出す元気がある千早を褒めるべきか、この上でも声を出さざるをえないような刺し方をするクレマンティーヌを褒めるべきか。
どっちでもいいや、とヤモリは問い返す。
「何だよ、何か変な所あるか?」
「声の響き、違くなぁい?」
すぐにヤモリもぴんと来た。
「そう、だな。この女、見た目はかなり良かった。その顔面台無しにされたってのにまだ、どっか……なんつーんだ、諦めてない? いや、絶望してない、って感じか?」
ヤモリが言葉にしてくれた事で、クレマンティーヌも違和感の正体がはっきりとした。
「そう、それよそれ。でも、何か隠してるとも思えないし」
「そりゃ流石に無理だろ。ま、元々そういう奴って……」
再びヤモリ、ぴんと来た模様。
「コイツさ、面は良いし、声もデカイし良く通る。って事ぁ、コイツ歌手だったんじゃねえのか?」
「あ、あー! それはアリかも! それもかなり歌に入れ込んでるって事なら、腕が千切れようと足がもげよーと顔が無くなろうと声さえ出ればって……」
にたりとヤモリが笑う。
「思ってるわけだ。なあ、きさらぎちはや。お前、歌、得意なのか?」
椅子に縛り付けられた千早は、声の出せぬ状況で、首を必死に横に振る。
クレマンティーヌは自分を指差してこちらもまたにたにたと笑う。
「わたし、わーたーしっ。任せてよ~、生かしたまま舌抜くとかちょー得意っ♪」
クレマンティーヌがそう言った瞬間、千早は椅子に縛られたままでありながら猛烈な勢いで抵抗を始める。
もちろん、無駄な努力であったが。
如月千早にとって、声は彼女の存在理由そのものと言っていい程である。
声が、歌が、彼女の中で最も重要なものになったのはその過去に起因するが、そこから何年も歌に執着し続けたのは彼女自身の努力によるもので。
更に、そんな努力の積み重ねが、何時しか何処に出しても恥ずかしくないレベルにまで歌唱力を引き上げていた。
生真面目な彼女の性格がこれを助長したのは想像に難くない。ただ、彼女はまだたかが思春期の小娘でしかなく、拘るのと同時にすがる寄る辺を歌に求めたのも無理からぬ事だ。
自身では抱えきれぬ自責の念を、歌に傾倒する事で誤魔化し騙し、どうにかやって来ていたのだ。
そんな綱渡りのような精神状態も、とある事件により改善された。その時、千早を支えてくれたのは天海春香であり、仲間のアイドル達であった。
迷惑をかけた彼女達に、千早はありったけの歌をもってそのお礼とした。その後も、彼女達への感謝を込めて、千早は歌い続けた。
千早が縋る縁であった歌は、何時しか千早自身にとってなくてはならぬものとなっており、千早もまたその事を自覚している。
何より、今こうして歌う事が出来ているのは、千早のみならず仲間の尽力によってなされたと考えている千早にとって、千早の声も歌も、彼女だけのものとは思えなくなっていた。
千早の声を取り戻してくれた、天海春香や仲間のアイドル達の為にも、歌い続けなければならないと。
断じて、奪われて良いものではない。例え操を失おうとも、声だけは、声だけは守らなければならないのだ。
『やめて! 他の何をしたっていい! でも! 声だけは許して! お願い!』
強引に口を開かれながらも声にならぬ叫びを上げる。
一度、精神のバランスが崩れた時、千早は歌を失ってしまった。
あの時の恐怖は、今も千早の脳裏にこびりついて離れない。
そして、もし又声を失うなんて事になったら、千早はどんな顔をして仲間達に会えばいいというのか。それに、コイツ等にやられたら、きっと、前と違ってもう声は戻らなくなる。
大男の粗雑な悪意も、女のぬめりつくような害意も、もうこれまでに存分にその身に味わって来た千早だ。
その二人に知られたら、絶対に避けようが無い事も。
それでも千早は、口を開かれているため聞こえるはずもない声を張り上げ、許しを請い続ける。それが万に一つ、億に一つであろうとも、助かる可能性を信じて。
そんな千早の祈りが、通じてしまったようだ。
女はその万力のような力で開いていた口から手を離してくれた。
千早の、ダクネスとは違ってまだ見える目は、女と大男がお互いで何やら話しているのを見ていた。
声は聞こえているが、意味のあるものとして千早の脳に入って来ない。
今は、助かった、助かった、と只々安堵するのみだ。
女は、千早に向き直ると満面の笑みで言った。
「じゃっじゃーん、ではではおひろめ、かなぁ」
女はその手に、小さな肉の塊を持っていた。
「こ・れ・が、貴方の舌、そうね、言うなれば貴方の声の形、って所かしらぁ」
え、と千早の時が止まる。大男が笑い言った。
「気取った事言うじゃねえか。なあおい、もうそろそろコレ、壊しちまってもいいだろ?」
嘘よ、と口の中を確認しようとしてみたが、わからない。どうしてだかわからないけど、口の中がどうなってるのかがわからないのだ。
「壊す? ぐちゃーって感じで?」
わからないという事はつまり、と考えかけて、それから先はいけないと千早は思考を閉ざす。
「それそれ。加減してイビるのはストレス溜まんだよ。前のはお前の好みに合わせたんだから、次は俺だろ」
今は何を考えてもきっと、考えてはいけない事を考えてしまうから、何も考えてはいけない。
「んー、ま、いっか。どうやらきちーっと壊れてくれたみたいだしね。でも、もうちょっと反応待ちましょうよぉ、ほら、朝ごはんまだだしせめてその間ぐらいは、ねぇ」
それで、千早は穏やかでいられる。そうすれば、随分と楽になる気がした。
「おめーはずっと食いっぱなしだろーが! ったく、しょうがねえな、じゃあその舌寄越せよ」
大男は、小さな肉の塊を目の前にぶらさげてきた。
「よーく見ろよきさらぎちはや。ほら、綺麗に切れてるだろ? こういう傷ってななあ、しかるべき手を使えば案外簡単にくっつくもんなんだぜ。全く、クレマンティーヌの奴ぁ無駄に器用だよな」
くっつく、に僅かに反応する千早に、大男は笑みを深くする。
「でもこーしちまうんだがな」
言うが早いか、大男はその舌を自分の口に放り込み、これ見よがしに咀嚼して見せたのだ。即座に女がつっこんだ。
「朝食ってそれ食うのかよっ!」
大笑いしながら女も、大男も、千早の表情を見て楽しんでいる。
千早の苦痛も絶望も、心底から楽しんでいる二人を見て千早は悟った。
きっと千早は、世に言う地獄とやらに迷い込んでしまったんだと。
【C-7/朝】
【ヤモリ@東京喰種】
[状態]:健康(怪我は再生した)
[装備]:なし
[道具]:支給品一式×3、あんこう@現実、ガンプラ@現実 歯の痛み止めの薬(かなり効きます、凄いね現代薬学) 催涙スプレー×2、ワルサーP99(残り19発)、グロック35(17+1/17、予備34発)@現実、ランダム支給品1~3
[思考・行動]
基本方針:カネキで遊ぶため探す。主催は殺す。
1:あんていくに向かい、カネキを探す。
2:クレマンティーヌと同行し一緒に人を殺して回る。
※喰種だということを周りに話していません。
【クレマンティーヌ@オーバーロード】
[状態]:活動するにあたってはやせ我慢が必要なぐらいの怪我(HP半減程度)
[装備]:サソリ1/56@東京喰種×46
[道具]:支給品一式、ランダム支給品0~2
[思考・行動]
基本方針:
1;槍の小僧を、戦力を揃えて殺す。
1:ヤモリと同行して一緒に人を殺して回る。
※彼女が現状をどう捉えているかの描写はまだありません。
【如月千早@THE IDOLM@STER】
[状態]:具体的描写は避けますが、数時間に渡ってヤモクレの拷問を受けました。ただ、目は見えます。しゃべれませんけど。
[装備]:
[道具]:
[思考・行動]
基本方針:タスケテ
1:モウナニモナイ
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最終更新:2017年02月07日 13:04