松野5人いると紛らわしい ◆PV3W85E6ak


名探偵ナンコを自称する彼女は、聡明な少女である。
もちろん秋葉流のようなバケモノと戦うための異能などは持ち合わせていないし、どころか幼少期の頃から勉強、運動、推理対決など全て勝ったことしかなく持て囃された……というレベルの『天才』だったという事実もない。
名探偵を自称してはいても、ナナキ村と『人生やりなおしツアー』に関する一連の事件も彼女の名推理によって解決できたわけではなかったように、あくまで『ただの一般人』の域を出ない程度の聡明さに過ぎない。
しかし大きく分けて『とにかく俺が怪しいと思ったヤツとまず戦おう』とただ声高に叫ぶばかりだったタイプのツアー参加者か、
『とにかく何もしないよりはいいはずだ』というだけで自分の考えを持たずに多数派に流されるタイプかの二極ばかりだった『人生やりなおしツアー』の一行の中でも特異な立ち位置にいた存在であり、
過剰に出しゃばって敵を作ることも無く、かといって自分にできることの模索も諦めず謎の解明に尽力するというスタンスを維持し、
無実かもしれない者が危害を加えられそうになったり、ツアーの中から本物の犯罪者が出そうになったときは味方になり得る人材を適切に見定めて引き込みながら未然に防ぐ……といった行動がとれるぐらいには、まっとうな判断力を持ち合わせた少女である。
しかしそんな優秀なナンコにしては、この殺し合いに参加してからの行動には不可解な点が見受けられる。

一つ目は、殺し合いの場において呑気に民家で電気をつけっぱなしにしていること。
それなりに腕っぷしは強いものの、秋葉流のようなバケモノ退治に関わっている人種には遠く及ばない、彼女を簡単に殺すことのできる参加者がここには複数いると目で見て実感したばかりの彼女が、
『この事件が解決するまで身を隠しているために』、『明かりを全開につけた民家で』呑気にくつろいでいるというのは、推理力ではナンコに劣るリオンやマイマイでさえも『らしくない』と叱責していたに違いないほどの判断ミスだ。
そもそもナナキ村では電気が通っていないからと夜間はろうそくの明かりのみで照らされた室内で車座になって話し合うことが常だった。
『夜間に民家の灯りを全開でつけておくことがどれほど目立つ行為なのか』にナナキ村でしばらく生活をした彼女が気付かないはずもない。

だが逆に言えば、彼女には『この事件が解決するまで身を隠して待つ』以上に、優先して対処すべきことがあった。
そしてその為には明かりの点いた場所の方が都合が良かったのではないか、とも考えられる。

二つ目は、秋葉流と情報を共有しなかたこと。
確かに敢えて情報の共有を提案しなかったのは秋葉流だったが、本来ならばナンコの側も率先して『人生やりなおしツアー』に共に参加した知り合いもこの場に呼ばれていることを伝達しておくに越したことは無い状況だった。
ツアーでナンコがもっとも仲良くつるんでいたリオンとマイマイという二人の少女は殺し合いの場に来ていないようではあったが、
名探偵たるナンコはあまり交遊もなかった真咲という中学生であっても『おそらく無実の罪で魔女狩りをされそうになっている』と見れば助けようとするぐらいには良心だとか人情というものを持っている。
そんな彼女が『光宗、ヴァルカナ、美影についてはまぁ悪い人間ではないし、らぶぽんとスピードスターは暴走しがちな傾向こそあるもののただの一般人なので、
殺し合いに乗っていないようならば、ナンコの名前を出して信用を得るなり、この民家のことを教えるなりして保護するようにしてほしい』という最低限のことを伝達することもなく、秋葉流を送り出している。
これでは、もしも秋葉流が美影あたりの参加者と早々に出会って話し合いをしていれば、
『ナンコはどうして俺達のことを秋葉さんに教えておかなかったんだ。何か伏せておきたい後ろ暗いところがあったんじゃないか』などと疑われても、
(美影はそういう些細なことからも疑いだしかねない傾向があることをナンコも知っている)なんら文句は言えない状況だった。

否、そもそも、もっとそれ以前の問題として、伝えていない重要なことは他にもある。

秋葉流は、ナンコに対して、「ついさっき俺達が居た畳の部屋で出た坊さんいるだろ。あれ、顔見知りなんだわ」と説明した。
その時に、ナンコも説明してしかるべきだったはずだ。
「ついさっき私達がいた畳の部屋で坊さんが死んだ後に司会をしていたダーハラさんと名乗る男性がいましたね。あれ、私達の顔見知りなんです」と。
『ダーハラさんはどう考えてもヤラセか何かで司会させられているだけで、光覇明宗の人間と一緒につるんで殺し合いの黒幕が務まるような人じゃないだろう。そこは話さなくとも重要な情報じゃない』なんて考えるのは、
あくまで『ダーハラ』と『光覇明宗』の双方をくわしく知っている者が客観的な視点で俯瞰しなければできっこない判断だ。
『人生やり直しツアー』を通してしかダーハラのことを知らないナンコの視点では、『ではダーハラさんもその光覇明宗なる組織の一員であり、『人生やり直しツアー』も殺し合いの参加者を集めるための一環だったのか?』などと疑い出せばキリがないぐらいに、ダーハラもれっきとした『主催者』の一員と見なしえる立場にいる。
そんな、主催者に関わる情報を『俺が悪いヤツを退治してこの殺し合いを解決してやる』と息巻いているヒーローに黙っている理由はどこにもない。
たとえナンコが名探偵では無かったとしてもおかしい、わざと伏せたとしか思われない事だ。

しかし、逆に、こう考えることはできないだろうか。
確かにナンコは秋葉流のことを『秋葉さんはすごかった。この事件も解決してくれるかもしれない』と考えて民家に引き籠もるぐらいには頼りにしているけれども、
あの短時間で、その人格までも含めて絶対的に信用したわけではない、と。
ましてや、あれだけことさら『有能』な人物であると自らのことをアピールした男が、知っている限りの情報の共有も、支給品の見せ合いも済ませずに自分たちを置いて行ったという矛盾に、聡明な彼女が違和感を覚えないはずがない。
光覇明宗と繋がっている――とまでは推測していないにせよ、『探られたら痛いことを抱えていたから、自らのことを詳しく語らずに出て行ったのではないか』と察するぐらいのことは、彼女の推理力ならばできたはずだ。
少なくとも秋葉流が『この殺し合いを解決するために頑張ってくれる』ところまでは信じたかもしれないにせよ、
『悪党の退治には慣れている』――言い換えれば、道を踏み外した人間や、自らの邪魔になる者には容赦しないかもしれない人物だと考えることもできるし、
足手まといを連れ歩くのは御免だと判断したからこそ、『自分たちを(照明をつけ放題の)民家に放置する』というある意味で無責任な手を打ったのかもしれない。
そして『人生やり直しツアー』の参加者たちは、悪人では無いにせよ、疑わしい誰かをすぐに排除しようとした者もいるし、
あからさまに何かを隠している人間であっても庇い続けた者もいるなど、秋葉流のような人物の足を引っ張りかねない要素は多少なりとも持ち合わせている。
ならば、下手にこちらから情報を与えて秋葉流がつけいるような先入観を与えてしまうよりは、向こうだって自分のことを詳しく語らないのをいい事に、こちらも語らない方が賢明だろう、とそう判断したと考えられる。
ダーハラのことにせよ、『(些細な情報にせよ)自分達だけが知っていることがある』というアドバンテージを持つことで、自分や同じツアーの仲間たちがすぐには『用済み』認定されないように、敢えて黙っていたのだと。

一方で、『知り合いの事を伝えていない』という一点については、彼女と共にいる松野一松にも不自然なことがあった。
確かに名簿を見た限りでは『松野○○松』という名前の参加者が5人も書かれており、一松の口から説明するまでもなく『松野一松の兄弟が他にもあと4人殺し合いに参加しているのだろう』と推測することは容易にできるだろう。
実際ナンコたちも、それを利用して出会いがしらにダイイングメッセージ付きの殺人事件ドッキリにはまったりしている。
しかし一松は、もっとも重要な情報を秋葉流に伝えなかった。
彼等が一卵性の六つ子の兄弟だということだ。
つまり、外見だけ見れば瓜二つならぬ瓜六つ、この場においては瓜五つだということだ。
服を着替えてしまえば、兄弟同士でも『その革ジャンを着ているということはカラ松だな』と見間違えられたことがあるほどに判別が難しい。
もしもこれから一松の兄弟と秋葉流が遭遇したりすれば『おい、お前はたしか俺が隠れているように指示したじゃないか何をやってるんだ』といった誤解が起こり得ることは想像に難くない。
もちろん、一松をはじめ松野家の六つ子たちには総じてバカで抜けているところがあるので、ナンコと違って『うっかり伝え忘れた』という可能性も無くは無いのだが――それでも、迂闊な行為だったことには変わりない。

どころか、神視点で種明かしをしてしまえば、ナンコ自身も秋葉流との会話中に話を振ったりしていたのだ。
三文芝居の最中にも『彼等は血縁者である可能性が高い』だとか『地図上に松野家がある』だとか、ややコミュ障の嫌いがある一松にも、自然と身内の話題に移行できるよう、話題を誘導したりもした。
そして秋葉流が立ち去った後も、『兄弟、来てるんだっけ?』とわざとらしく聞いてみた。
なにせ、少子化が深刻な問題となっている現代の日本で『5人兄弟の家庭(実際は6人だが、それをナンコは知らない)』などというものは極めて珍しい。
ただでさえコミュニケーションを苦手としており、盛り上がる話題を思いつけないタイプの――松野一松のような人間ならば、『ウチには男兄弟ばっかり5人もいるんだよ~』と格好の話題として持ちネタにする方が自然なことだ。
しかし、それに対する一松の返答は、しばらくの沈黙。
そして『ナンコちゃんは話しやすい』というさりげない、しかし明らかな話題の転換だった。
ナンコは、決していわゆる『天才』ではない。
しかし探偵を名乗るだけの推理力はある。

だから彼女は、そんな松野一松の違和感を見て、ある推理をした。
これは、そのちょっとした推理を披露するだけのお話。




「というわけで、私は秋葉さんにダーハラさんのことや、知り合いのことを黙ってた。……悪い判断だったと思う?」
「すごいわー。あんなにノリノリで会話しながら、そこまで考えてたの?
 むしろすごいナイス。俺、普通に『世の中にはすごい人がいるんだなー』ぐらいにしか思ってなかったわー。全然まったく秋葉さんを疑ってなかったわー」

ポリポリとポテチを咀嚼する音を交えながら、二人は依然として照明をばっちり点けたリビングルームでの会話を続けている。
以前として、さも会話を楽しんでいるかのような軽いノリのままだ。

「そうでもない、と思う」
「あ? どういうこと?」
「『一松さんが秋葉さんをすごい人だと信用してしまった』という部分。それは無い、と推理したから」

二人揃って、ずいぶんと少なくなってきたポテチの塊(袋がパーティ開きされていたので、山になったポテチが減っていく過程がよく分かる)に手を伸ばし、話を続ける。

「何それ。ナンコちゃんは俺のことも推理したの?」

一松さんと呼ばれている青年は、ヒッヒ、と引きつるような笑みを浮かべる。
にっこりと素直に笑えない人間特有の、皮肉が混じっているかのように見える笑い方だ。
一方のナンコは表情を変えないまま、言葉を続けた。

「『兄弟が四人も殺し合いを強制されているのに、“すごくて信用できる秋葉さん”にその人達も保護してほしいと頼まなかった』。
そして、『松野家と書かれている施設が地図にあるのに、その家で引き籠ることを選ばなかったどころか、自分からは話題に出すことさえしなかった』。
つまり、松野さんも秋葉さんのことを完全に信用してるわけじゃない。そう推理した」

ポテチにのびかけていた男の手が、そこで止まった。

「一松さんは、徹底して家族のことを自分から話題に出さないようにしている。
 普通、自宅が殺し合いの会場に移設されている、なんて事が起こったら、驚かずにはいられないし、ここが自分の見知った場所なのかどうか疑うくらいするはず。
 ううん、もっとそれ以前に『他の家族はとりあえず松野家を目指す可能性が高いし、そこに向かえば合流できるかもしれない』という可能性を考えるはず。でも、少しもそんな懸念を見せなかった」

ナンコは異性が目の前にいることも厭わずに自らの脇腹をぼりぼりとかきながら話した。
「こういう時、知っている人や場所のことを黙っている理由には二通りあるんだ。
 一つ目は、いちいち説明したくないほどにどうでもいいと思ってるパターン。
 二つ目は、話し相手をそれほど信用してない時で、おいそれと他人に説明できないぐらいに大切に思ってるパターン。
 ちなみに私が言わなかった理由は三つ目で、さっき言った理由に加えてそもそも『ナナキ村』のことを説明すると長くなるうえに大したことも分かってないから」
「じゃあ俺の場合一つ目だよ。間違いない。
 っていうか、黙ってても結果はそんなに変わらなくない?
 アイツらだってパニックになって人を襲ってない限りは、秋葉さんに会っても自分の名前ぐらい名乗るでしょ。そうすれば俺の兄弟だってすぐに分かるじゃん」
「そうだね。でも、一松さんが家族のことを伝えておいた方が、話はずっとスムーズになる。
 兄弟の特徴を教えておけば、秋葉さんも一松さんの兄弟を見かけた時点ですぐに分かるかもしれないし、
秋葉さんが『松野一松から貴方のことを聞いている』って言えば、兄弟からもすぐに警戒を解くことができるし。
それをしなかったということは、一松さんの言う通り、ご家族のことをそこまで心配していないか、心配しても仕方がないと思ってるのかもしれない」
「でしょー? だいたい、家族想いだったらこんな場所で引き籠ってないで、自分で家族を探そうとするはずじゃん。
そうしないんだから、俺は自己保身が最優先の屑だってこと」

そう呟くや、一松はドクターペッパーのボトルを傾けて一気に飲み干した。

「そうかもしれない。ここにいる私の知り合いは、知り合ってから長くないし、向こうも私を信用してくれてるのか分からない人達ばかりだけど。
これがもっと親しい親兄弟だったりしたら、私も引き籠らずに自分の家族を探していたと思う。
いくら頭で『ただの一般人が動き回っても危険なだけで、できることは無い』と分かってても、普通は『自分の家族なんだから自分が探さなきゃ』って気持ちには逆らえないから。
しかも、自分の家がこの地図にあるともなれば、なおさらそこを目指して合流したくなるはずだから」

空になったドクぺのボトルが、ことりと卓上に置かれた。

「でも、そうしてないからって、家族のことを大切に思ってないとは限らない」

双方ともにポテチへとのびる手は、すっかり止まっていた。

「一松さんは、ここに来た時に言っていた。
『初対面でこんなに普通に話せる相手は初めて』だと。
それに、最初に会った時には『兄弟以外でここまで乗ってくれるとは思わなかった』とも言っていた。
 この二つを合わせて考えるに、一松さんは他人と話すのはかなり苦手だけど、兄弟とはいつもああいうお芝居のノリで気楽に付き合える関係だということ。
 つまり、一松さん達兄弟はとても仲が良い」

チッ、と露骨に舌打ちする音が聞こえた。
ナンコの推測に腹を立てたというよりも、ノリが高じるあまり兄弟の言葉を出してしまった自分自身に腹を立てている風な舌打ちだった。
「それ、全部ただの仮説じゃん」
「そう。だから、仮説を確かめるために今あなたと話している」

ナンコは長い前髪の下から見上げるような、どこか『ぬっ』と見つめてくるような表情を維持したまま推理を続けた。

「兄弟のことが大切なのに、自称殺し合いを解決するヒーローの人を信用せず、保護や伝言を頼むこともなく、兄弟の特徴を伝えることもなく、黙っている理由。
 最初は、私と同じように『訳あり』の知り合いでもいるのかなって考えた。
 失礼な言い方だけど、殺し合い打倒派の足を引っ張りかねない人とか、もっと言えば殺し合いに乗りかねないような人がいて、その人を庇うために何も言わないのかなって。
でも、それならちょっとおかしい。
庇いたいなら、ひとこと『家族は皆、殺し合いに乗るような人達じゃありません』と言うだけで足りるはず。
『人生やり直しツアー』のこととかお互いの関係を説明するだけでも手間がかかる私と違って、『家族』というシンプルな関係だから。ボロが出るような説明をするリスクは少ない。
 逆に、殺し合いするかもしれない弟を止めたいとか考えているなら、それこそ秋葉さんに警告しない理由がない。
 だから、『一松さんは兄弟を大切に思っていて、何か考えがあって黙っていた』説が成り立つとしたら。
――『危ない真似をするかもしれない弟達がいたところで、それを殊更に止めようとか、庇い立てしようとかのスタンスは持ってない』場合、だけになる。
 で、それを踏まえて、本命の可能性を考えた」

そこまで淡々と説明して、さすがに息継ぎが欲しくなったのか紅茶の缶に手をつけた。
ナンコがアルミ缶を傾ける間に、その推理を咀嚼していた一松がぼそりと突っ込む。

「っていうかなんで『弟』達限定なの? 俺、どっちかって言うと兄弟で下から数えた方が早い順番なんだけど」
「いや、『一松』って名前が最初に生まれた子っぽかったのと、あと、1人だけ名前に漢字が使われてるから。
兄弟の中でも時間をかけて名前を考えた――つまり、先に生まれた方かなって感じがして、長男さんかなって。あてずっぽうでごめん」
「うん、俺も正直、長男に『オソマツ』は無いわーって思う。
言っとくけど、ちゃんと名前に漢字が使われてる兄弟はもう1人いる。
そいつはここにいないけど、俺らぜんぶで6人兄弟」
「……ふーん、じゃあ両親いるとしたら八人家族か。すごいね。
 で、この仮説の最終的な結論だけど」

ことりと、卓上で、空になったドクぺのボトルの隣に、ナンコの置いたアルミ缶が並んだ。



「貴方は、家族のことを秋葉さんや私に話すことで、こう言われたくなかった。
『それはさぞご家族が心配でしょうね』って」



「何、それ」

一松の口元が、無理やり左右に吊り上げられたように動いた。
笑おうとしたのかもしれなかったが、それまでの皮肉るような笑みよりもずっと小さかった。

「もっと言えば、『家族のことが心配じゃないの?』って言われることで、揺さぶられたくなかった。
 ……なぜなら今の貴方は、現実逃避に引き籠っているようで、その実、家族を心配するあまり何をするかも分からない精神状態にあるから」

ナンコは変わらず、何かをぬっと覗き込むような顔をしていた。
くつろいで座っているようで、いつでも動けるように少しだけ腰を浮かせて座っていた。

「最初に言ってたね。あらかじめ最初に殺されておけば、殺される危険はないと。
あれ、主催者の言葉をそのまま鵜呑みにするなら、確かに有効な方法かもしれない」
「ハ? あれが有効な方法? アレやった俺が言うのもなんだけど、何言ってんの?」

ブラックサンタを演じた時もかくやというほどの恫喝めいた低い声だった。
しかしナンコは動じなかった。

「『どんな願いも叶える』。
たとえそれが『死者の蘇生』でも、叶える用意がある。実際に、『死から蘇った者』もここにいる。
『友人を、家族を、恋人を。全てを満たすために全てを奪うがいい』
つまり、死んでも生き返らせることができるから、家族のために殺せ、ということ。
あれを、どこまで信じてる?」

そこまで言い切ると、居間には沈黙が満ちた。
コミュ障のきらいがある人間が、話題が途切れて困っている――という風な沈黙ではなかった。

「……ナンコちゃん。もしかして、今まで電気つけっぱなしだったのって、俺が変な真似してもすぐに対応する為だったりする?」
「一応念のため。これが激怒されたりしても文句言えない仮説だっていう自覚はあったし。
 腕っぷしには自信あるけど、さすがに暗がりの中で武器取り出されたりしたら手に負えないから」
「あー、確かにナンコちゃん強そう。秋葉さんの後だから地味だけど、俺ぐらいなら簡単にノされそうな凄みは感じる
 ……じゃあ何? 秋葉さんと別れた時から、俺を疑ってたってこと?」
「最初は、『5人兄弟なんて珍しいな。そう言えば地図に松野家があったけど、引き籠るだけじゃなくてそっちに向かうべきかどうかも相談した方がいいな』って思ってただけ。
秋葉さんには、そんなこと言ったら止められそうだから言わなかった。
電気消さなかったのは……まぁ一松さんが怪しいっていうより、お互いの支給品を確認したりするまでは消さない方がいいなっていう最低限の用心、みたいな」

ナンコは天井の蛍光灯をちらりと見上げて、それから一松の顔へと視線を戻した。
思考を整理するときの癖らしく、また脇腹のぽっちゃりした箇所をゆっくりと揉む。

「でも、こうやって話してるうちに、さっき言ったような『兄弟の話題を出さない』こととか色々と引っかかってきたから、話しながら推理した。
それに、最初に『大切な人が死んでも生き返る』って言われたことも、気になってたから。
ナナキ村に来た人たちの中には、『死んだ娘の幽霊を村で見かけた』っていう人もいたから、もしかして関係あるのかな、とか思ったりしたし。
でも、秋葉さん頭良さそうだったから、『死んだ人が生き返るはずない』ってすごく論理的に説明されそうだったから、言わなかった。
一松さんも、あの場でそういう方向から説得されるのは嫌だったでしょ?」
「あー、確かに。別にこっちはそういう正論聞きたいわけじゃないし。
できるかできないかの問題じゃなくてやるかやらないかが大切だって偉い人が言ってた」
「殺(や)るつもりなの?」
「分かんない。そもそもアイツらが死んでるかどうか分かってないし。でも……」

目線を卓の下に落として、ぼそぼそと呟くように喋る。

「あの人が事件を解決するまでの間、皆が隠れてて安全で、誰も襲われずに全員生きて帰れました……って結末は、残念だけど無いと思う。
実は俺もいつの間にか秋葉さんみたいな力に目覚めてました、って展開と同じぐらい無いわー」
「根拠は?」
「あいつらも、たぶん、殺しはしないんじゃないかな。一番カスの俺が今のところやってないぐらいだから。
でも俺、最初に会ったのがアンタらじゃなかったら、絶対にコミュ失敗して死んでたじゃん。もしアレがもっとノリの悪い人だったら絶対に引いてたし。
ましてアレが殺し合いに乗った奴だったら絶対に殺されてたし。
俺ら兄弟、みんな似たようなレベルのバカでクズだけど。
それが5人もいて皆無事で済むはずないと思わない? まぁ、中には死んで清々するのもいるけど」
「それは自己卑下が過ぎるんじゃない? 私とはこうやって普通に話せてるんだし。
他の兄弟さんまでは知らないけど、少なくとも『異性として意識してないから』って理由でここまで自然体で話せるなら、充分に人と付き合えるレベルだと思うけど」

ヒッ、と一松はしゃっくりのような声をあげた。
しゃっくりのように聞こえるほど引きつった声だけれど、それは口端をゆがめての笑い声だった。

「ナンコちゃん、本当にそれだけだと思う?」
「それだけ、って?」
「俺が本当に、それだけの理由で、人と腹を割って話せる奴だと思う?」

言わせてもらうけどさぁ、という前置きをひとつ。
だん、と拳を槌のように卓へと叩きつけた。



「この俺が、『異性として意識してない』だけで他人と話せるようなコミュ強なら、こんな卑屈な人間になってない!
普段からまともに人と会話できている!! 友達だってとっくにできている!! 」



ナンコは軽く小首をかしげて、そして口を開く。

「つまり、本来の一松さんはもっと酷いの?」
「付き合いの長い博士が相手でも、弟に促されなきゃ挨拶もろくにできないぐらいにはコミュ力が低いよ」
「………………」
「あ、いま『いい歳した成人男性なのにソレは痛い』って思った? いいよそれで正解、生きる価値のない社会の燃えないゴミだから。
あ、この場所だと『生きる価値ない』って割と洒落にならないのか」

言うなり、ポテチを遠慮なくひとつかみ大きくつかんで、自分の手元へと置いた。
ゆっくり菓子を食べられるのは今の内だけだから、あるだけ食べておこうとするかのように。

「なんか、初めて一松さんの『対人モード』を見てる気がする……。
そっか、『本当にそう思うか』って聞いたってことは、つまり私はまだ一松さんと腹を割ってはいないのか」
ナンコも一切れ、ふたたび手に取った。

「今の一松さんは、兄弟が死んでしまったら何をするか『分かんない』。
もしかしたら、兄弟を生き返らせるために殺し合いに乗るかもしれない。
でも、だからこそ自然体で付き合うことができる。人といい感じの距離を取れている。
いずれ自分から裏切るかもしれないと冷めた目で見てるなら、『期待を裏切りたくない』とか『距離を縮めるのが怖い』とかの、プレッシャーを感じなくて済むから」
「うん、当たり」

口端をますますあげて、一松はニタリと笑った。




ナンコと名乗る少女の人徳、という部分も確かにあったのだろう。
少なくとも、彼の人生で初めてと言っていいかもしれない、ノリの合う女子高生と一つ屋根の下でお菓子を食べながら意気投合するという経験は、一松にとってかなり悪くないものだった。
もしもこれが六つ子で一松ひとりだけが殺し合いに巻き込まれましたという状況だったならば、
一松はこの家でナンコとともにずっと駄弁りながら過ごすことだって良しとしたかもしれない。
しかしこの殺し合いは、最初から一松以外の兄弟も巻き込まれているという前提なのだった。
兄弟の仲で最も仲が良く、いつも一緒にいる十四松だけが参加を免れているのは不幸中の幸いだったかもしれないが。
しかしだからこそ、兄弟の誰かが欠けたまま帰れないことで、弟を悲しませるような想いもさせたくはない。

「次の放送で誰も呼ばれなかったら別にいいんだけどさ、それはあんまり期待できないと思う。
そしたらさ、その後に秋葉さんの力で殺し合いがどうにかなったとしても、ウチ(家)にとっては『解決した』って言えなくない?
だったら、駄目元でも『生き返らせる』方法があるかもしれないならって、期待するじゃん」

そう、一松は自分がこの環境で生き残るためにどうするかということに、現実逃避をしていたのではない。
兄弟を生き残らせるために自分に何ができるかということについての、現実逃避をしていたのだ。
六つ子でも随一のネガティブ思考であり、他の兄弟のような楽観視ができないタチである一松は、却って自分達が全員何事もなく生き残れる可能性がいかに絶望的かと言うことを、客観的に判断する眼を持っている。
松野家の六つ子は、1人1人ならばただのゴミである。
一つの集団としてまとまることで、かろうじて何かに立ち向かったり目標に向かって邁進するだけのエネルギーを発揮するけれど、
1人1人には常識も無ければ窮地を切り抜ける力も頭も無い、一般人以下のスペックしか持たない者ばかりなのだ。

「それに、そうなってから『秋葉さんが殺し合いを解決して終了』だと、人の兄弟を殺した奴もそのまま生還することにならない?
そんなん許せるかボケ。俺たち確かに死んだ方が世の中のためになるような連中だけど、自分たちを殺しにくる連中の幸せを抹消してやりたいぐらいの意地はあんだよ」

きっと、誰かはこの状況に適応しきれずに死んでしまう未来が見える。
それは、一松には許容しがたい結末だった。
ナンコに『仲が良い兄弟説』を否定したように、別にすごく絆の強い兄弟だなんてことは全然ないけれど、むしろ日ごろはすごくぞんざいに扱ったり(特に約一名に対しては本気で殺しにかかったり)、潰し合ったりしている仲だけれど、
他人に心を開けない一松にとっては、『兄弟(みんな)がいるから、他人と友達にならなくても別にいいや』と思ってしまうぐらいには、大切な存在なのだ。

「まっ。吠えたところで、今んとこナンコちゃん1人にも勝てないっぽい屑だけど。
どうする? 今ここで犯罪者予備軍だから潰しておく?」

とはいえ、現状ではナンコ1人にも何かやろうとしたら制圧されるレベルであることがはっきりしたわけで。
それ以前に、いくら周りから『闇人形』呼ばわりされるうえに『1人になれば何をしでかすか分からない』と自称する兄弟一番の問題児であっても、良心の呵責じみたものはある。
自分が本当にできるのかどうか迷いもあるからこその、現実逃避なのだ。

「一応今はまだ殺し合いに乗ってないなら、それでいい。
それに、まだ最初に聞こうとしたことを答えてもらってないから」
「最初に……? ああ、そう言えば地図だと松野家があるけど、どうするって言おうとしてたんだっけ」
「うん。そこに行けば、兄弟が生きているうちに会える可能性も少しはあるけど、どうする。
今の一松さんの話を聞いた上で思ったんだけど……相手が生きてるうちに再会する努力をしなかったのに、死んでから『大切な兄弟だったのに』って言うのはダブルスタンダードたと思わない?」

秋葉流の、『一般人にできることなど無いから、下手な真似をして無駄死にするよりどこかに隠れていろ』という忠告は無視する形になる。
それに、何かをやろうとしてもまず『自分のようなゴミ屑が家族を助けるために動こうとしても却って足を引っ張るだけではないか』という懸念が先に立ってしまう一松は、今まで無意識にも、そちらの選択肢へと考えが働かなかった。

「……確かに」

しかし、ナンコに推理されることで誤魔化せなくなってしまったように、自分は今だって兄弟のことを心配している。
それに、万が一にも、他の兄弟の中に一松達との合流を目指して危険を冒しながらも松野家を目指している者がいたとして、自分が別のエリアにある民家で呑気に引き籠っていたというのはあまりに申し訳ない。
六つ子はダヨ~ン族の土地を冒険している時も、他の兄弟と合流するよりも我先に脱出することを考える程度には薄情だけれど、それでも『他の兄弟は自分のことを探しているかもしれない』と考えれば心が動くものはある。
「それと、考えてるところ悪いけど、もう部屋を夕方にしていい? さすがにこれ以上目立ち続けるのは控えたい」
「夕方? ああ、豆球ね。いいんじゃない」
「もちろん、その前にお互いの支給品はきっちり確認するけど」
「チッ。やっぱ誤魔化させてもらえないか」

【C-1/黎明】
【松野一松@おそ松さん】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:支給品一式、不明支給品(1~3)確認済み
[思考・行動]
基本方針: 兄弟に欠けてほしくない
1:このまま民家に隠れる?松野家に向かう?
2:秋葉流の大活躍でこの事件が解決するのを待つ?
3:放送で兄弟の名前が呼ばれるようなことがあれば、蘇生目的で殺し合いに乗ることも視野に入れる?
4:もし兄弟を殺した奴がいれば、そいつを許せそうにない
※秋葉流のことを完全に信用したわけではありません。ナンコと会話が成立しているのも、現状では一松にとって「いつ切れてもいい関係の相手」だからです(他の参加者とも同様の理由で会話が成立する可能性があります)


【ナンコ@迷家-マヨイガ-】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:支給品一式、不明支給品(1~3)確認済み
[思考・行動]
基本方針: ただの一般人にできることがあるとは考えにくいが、推理は続ける
1:民家に隠れる?一松に付き合って松野家を目指す?
2:秋葉流の大活躍でこの事件が解決するのを待つ?
※秋葉流のことを完全に信用したわけではありません
※民家の照明を豆球レベル(カーテンを閉めれば外からはそうそう気付かれない程度)にまで落としました
※松野一松の本音を聞きました。ただし、松野兄弟が六つ子であるということまでは知りません。

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最終更新:2016年08月21日 12:04