レイズ・ザ・フラッグ・オブ・ダークアイアン ◆B11DCQiwWs
人気のない、ゼンめいたアトモスフィアに満たされた喫茶店。
灯りを絞った店内の一席に、オブシディアン(黒曜石)色の装束に身を包んだニンジャあり。
ニンジャの名は、ダークニンジャ。ニンジャ暴力組織「ソウカイ・シンジケート」に属する名うてのニンジャである。
ダークニンジャの前には湯気の立つマッチャが淹れられており、その芳香は思考を落ち着かせ神経をリラックスさせる作用があった。
舌先で味わうようにしてチャを舐めていたダークニンジャは、ついと視線を投げる。
「……う、う」
そこには、椅子に縛られ身じろぎする男の姿があった。
前髪がニードルめいてピンと突き立つ、モスグリーンのジャケットを着た痩身の青年だ。
ダークニンジャは彼の名前など知らぬ。建物の屋上から周囲を観察していたところ、たまたま青年を発見して拉致してきたのだ。
青年はダークニンジャの電撃的なアンブッシュによって一瞬で意識を刈り取られた。
もちろん殺さぬようにかなりの手加減はしたものの、その手応えのなさから青年がニンジャでないことは明白。
このままインタビューを行えば実際死ぬ。
よってダークニンジャは、無人のこの喫茶店「あんていく」に青年を運び込みその覚醒を待った。
「ドーモ、ダークニンジャです」
「っ、……俺をどうするつもりだ」
青年が完全に意識を取り戻したと見るや、ダークニンジャは素顔をメンポ(面頬)で覆い隠し、奥ゆかしくアイサツした。
途端、青年の眼尻が釣り上がる。後頭部に残る痛みと、縛られた自身の状態からどういう状況か即座に理解したようだ。
だが感情的に声を上げたりはしない。刃のように細めた視線がダークニンジャに投げかけられる。
その瞳は屈辱こそあれど、恐怖はない。いや、恐怖をそれ以上の怒りと誇りで圧し殺している、というのが正しいか。
通常、人間がニンジャと遭遇すれば錯乱するものだ。だが青年は、ニンジャを前にしてもなお、気丈にも睨みつけてくる。
肚は据わっているようだ。頭の回転も悪くない。
ニンジャではなくとも、それなりの戦闘経験を持つ人物であるのは間違いないとダークニンジャは結論付ける。
「名乗れ、小僧。今すぐに貴様を殺すつもりはない」
ニンジャ同士のイクサに於いて、アイサツは神聖不可侵の儀式である。
無論、ただの人間にニンジャの道理を問うのは無意味なことであるが、ダークニンジャはこの青年の名を知る価値があると判断した。
「……オルガ・イツカだ」
「オルガ=サン。まずは非礼を詫びよう。色々と聴きたいことがあったのでな」
青年――オルガを縛っていた布切れを解き、席に戻ったダークニンジャは腕を組んだ。
自由になったオルガは調子を確かめるように腕を回す。
「まず、このような状況になった心当たりは? あのダーハラと名乗る男を知っているか?」
「知らねえよ。気がついたらここにいたんだ。何か考える前にあんたに襲われてな」
「私と同じか。成程、いよいよ尋常ならざる事態ということだな」
「あんた、ダークニンジャ……か。あんたはどうするつもりなんだ?」
「どう、とは?」
「俺はこんなふざけた殺し合いなんざする気はない。仕事でもないのに恨みもねえ人間を殺すなんざ、筋が通らねえ。
だから俺は、仲間と合流してあのダーハラって野郎をブチのめす。あんたは、どうする」
オルガはやや前傾姿勢でダークニンジャに問う。
ダークニンジャのニンジャ視力はオルガの爪先を注視していた。座った状態から瞬時に立ち上がれるように力が込められている。
オルガが何を考えているかは手に取るようにわかる。が、ダークニンジャはあえてそれを無視した。
「そうだな。奴の言う通り、殺し合うのも悪くないかもしれん」
言葉を紡ぎ終える前に、ダークニンジャの眼前には鈍く光る金属の筒――オートマチック拳銃が突きつけられていた。
不自由な態勢から見事なクイックドロウであった。日頃から銃を使い慣れている証だ。
「だったら、てめえはここで死ぬことになるぜ。ボディチェックくらいしておくんだったな」
「そんなオモチャでニンジャを殺せると? 見くびられたものだ」
「おいおい、状況わかってんのか? この距離だぜ、外しはしねえ」
「やってみるといい」
トントン、とダークニンジャは己の眉間を指で叩く。
彼我の距離は二メートルもない。どんなに腕が悪くともまず外さない。
オルガの頬を汗が伝う。
「ハッタリだと思ってるのなら、」
「やってみろと言った。貴様が撃たぬのなら、私が貴様を殺すぞ」
ダークニンジャが組んだ腕を解いた。その手先には鋭い刃物が――クナイ・ダートが握られていた。
室内灯がその刃に反射する。こちらが武器を持っていると認識した瞬間、迷っていたオルガの瞳は鋭く細められた。
「イヤーッ!」
けたたましく響く銃声。
頭に一発、胸に一発。確実を期してさらに胸に一発。
正確な狙いでオルガは射撃した。
ダークニンジャは、その全ての弾丸を掌で掴み取った。
拳を開く。潰れた弾頭がころころとテーブルに転がった。
「何者だ……てめえ」
「言ったはずだ。私はニンジャだ、とな」
ニンジャならば正面から撃たれた弾丸を制することなど造作もない。ニンジャならば。
だが常人の目には死神めいた存在に映るだろう。拳銃など容易に対処できるからこそ、わざわざ取り上げる必要もなかっただけだ。
驚愕を隠せないオルガの眼前に、クナイ・ダートが突き刺さる。
見せつけるようにゆっくりと立ち上がるダークニンジャ。
「さて。では私の番だな。貴様を殺す」
「ま……待て!」
オルガは銃を向け続けている。だがそれは通じぬともうわかっているはず。
これ以上の答えが得られぬのならば、もうここにいる価値もない。
一歩、二歩と近づき、カラテを構え……
「ダークニンジャ、あんたは殺し合うのも悪くない、って言ったな。それはつまり、まだ決めかねているってことじゃないのか」
拳が届く距離。ニンジャの殺気に当てられてなお、オルガは怯まずダークニンジャと相対していた。
もはや銃を構えてはいない。見出したのは武器による勝利ではなく、言葉による交渉だ。
「ほう、何故そう思う?」
「思えばそう、俺を生かして捕まえたのだって、殺し合うのが目的ならおかしい。あんたには何か。目的があるんじゃないのか?」
「……続けろ」
一息に心臓を貫かれる状況で、オルガは逃げも隠れもしなかった。
ダークニンジャはあえてその殺気を抑えず解き放っている。現にオルガは脂汗をかいているが、それでも背中を見せはしない。
もし仮にオルガがブザマにも逃走を図ったのならば、ダークニンジャは躊躇なくその背にクナイを突き立てていただろう。
幾度も視線を潜った者だけが持つ、死を嗅ぎ分ける嗅覚だ。オルガはそれを持っている。
ここは、逃げる場面ではないと。
「俺があんたの目的をサポートする。その代わり、あんたは俺を助けてくれ。つまり……あんたを、雇う」
「ニンジャである私を、モータルである貴様が雇うだと?」
「ああ。何人ここに集められたか知らねえが、その全員を殺すってのはいくらあんただって現実的じゃあない。
第一、仮に最後の一人になったとしたって、あのダーハラって野郎が素直に言うことを聞くとも思えねえ。
だから、俺たち鉄華団は、ダーハラとその後ろにいる連中を潰す」
「テッカダン? なんだそれは」
「ああ、なんつーか……俺の、なんだ、家族……みたいなもんだ。
身寄りがなかったり、学がねえからろくな仕事につけない奴らを集めて作った民間の警備会社だ」
ここだけは誇らしげに、胸を張ってオルガが言う。
家族。身寄りも頼る伝手もない者たちが寄り集まる、子どもの集団。
「つまり、ギャングか」
「おい、そんなチンピラどもと一緒にするなよ。俺達は生きるために戦うんだ。
戦って、金を稼いで、メシを食う。行き場のないガキだって俺たちのところなら生きていける」
「ギャング……メシを……ガキ……?」
砲弾の如きダークニンジャの拳がつい、と解かれた。
カラテの代わりに出てくるのは、無意識のコトダマ。
「インディアンは、魚の骨……」
「俺達は絶対に仲間を見捨てねえし、無駄死もさせ……なに?」
寄る辺たる鉄華団を侮蔑されたと感じたか、オルガは肩を怒らせ詰め寄ろうとした。
だがダークニンジャの……フジオ・カタクラの脳裏に去来していたのは、遠き日の思い出であった。
「夜に網打ち……太陽に弓撃つ」
「あんた、何言ってんだ?」
「おれ達は無敵のギャングで、ゲリラで、怒り狂った騎士。その絆は血縁よりも分かち難く」
「……あんた」
「一人の恥は残る全ての報復によって雪ぐ」
舌先が諳んじた、フジオにとっての原初の記憶。
無数のバイオピラニアが放たれた堀で囲まれた、あの忌まわしいネオン遊戯の伽藍。
山羊角を生やした堕落のブッダ・カリカチュア・ネブタと、七色の明かりを投げるボンボリ群の威容。
オイラン達の嬌声、湿った廊下の闇。冬の雑巾の凍るような冷たさ。料理人ザイゴの、あの下卑た笑い、肉斬り包丁。洗濯屋の老婆。
ザゼン中毒のあの美しい娘。痩せこけた鍼灸師。病死した仲間。養子にとられた仲間。
ときおり空を横切るマグロツェッペリンのプラズマ広告。届かぬ自由の世界を見せびらかす。
計画……脱走……散り散りに。
ダークニンジャは閉じていた目を開く。
「鉄華団。それが、お前の家か」
「……そうだ。俺と仲間の、兄弟達の帰る家だ」
鉄華団。決して散らない鉄の華。
戦うことでしかいのちの糧を得られない少年兵達の、安息の場所。
その存在は、フジオに懐かしき過日を思い出させた。
「……私はベッピンという刀を探している。折れたるベッピン、その刃と柄を」
「べ、別嬪? 何だいきなり」
「私が協力する見返りに、お前は私の目的をサポートする。そういう契約ではないのか」
ダークニンジャの返答に、オルガは目を瞬かせる。が、その意図を理解した途端、
「あ……ああ、そうだ! 俺達鉄華団があんたをフォローする! その代わり」
「私はお前達鉄華団に雇われ、力を貸す。いいだろう。どうせここにソウカイヤはいない」
ダークニンジャの肚は決まった。
オルガが気絶している間に名簿に目を通したところ、ダークニンジャの知己はただ一人。
愛刀ベッピンを叩き折ったソウカイヤの怨敵、ニンジャスレイヤーのみだ。
向こうもダークニンジャを付け狙ってくるだろう。何しろダークニンジャはニンジャスレイヤーの妻子の仇。
あのマルノウチ抗争で仕留め損なった禍根が今もこうして付きまとってくる。決着を着けるのは望むところだ。
本来ダークニンジャに命令を下すソウカイヤの総帥、ラオモト・カンの名はない。
あるいはダーハラの裏で全てを操っているのかもしれないが……命令がない以上、ダークニンジャの行動を縛るものではない。
ならば、ダークニンジャが優先すべきは己の命と奪われたベッピンの確保。
「お前達鉄華団がここから脱出できる道を探すというなら、協力しよう。
全て私一人で殺し尽くすのは骨が折れることだしな」」
だが。オルガには伝えないが、ダークニンジャは決して善良な存在ではない。冷酷無比なニンジャだ。
鉄華団に協力するというのは真実だ。だがそれは鉄華団に利用価値があるからこそ成り立つ契約である。
もしも脱出が現実的ではない、あるいは鉄華団がダークニンジャにとって不利益な存在となったとき……暗黒の刃は鉄の華を斬り散らすこととなろう。
共感めいた感情を呼び起こされたとはいえ、鉄華団はダークニンジャの帰る場所ではないのだから。
「一つ、警告しておく。私には敵が……決して相容れぬ敵がいる。ニンジャスレイヤーという狂人だ」
「あんたと一緒にそいつと戦えって?」
「いや、手を出すな。奴は私が殺す。邪魔をするなら容赦はせん」
「……了解だ。だが向こうが俺達を襲ってきたらどうする」
「それはなかろう。奴はニンジャを殺す妄念に取り憑かれている。ニンジャでないお前に興味は示さんはずだ」
「あんたと手を組んでても?」
「直接奴に危害を加えないのならばな」
「成程、了解だ。俺の方は、三日月・オーガスとビスケット・グリフォン。この二人が俺の仲間だ。
まずはこの二人を探し出して、俺のところまで連れて来てくれ」
二人は手早く情報を交換していき、やがてそれぞれ違う場所に向けて出発することとなる。
「確認する。お前は南下して時計回りに島を周り、CGS本部を目指す。
私はあの死んだボンズども、光覇明宗とやらの総本山を調査した後、西に向かう。
基地を経由して、十二時間後にCGS本部で合流。もし禁止エリアに指定されれば、隣の墓地で。間違いないな?」
「ああ。途中でミカとビスケットを見かけたら保護してやってくれ。
特にミカは……あいつはもしかしたらあんたに攻撃してくるかもしれねえから、そん時はこれを見せれば信用するはずだ」
オルガがダークニンジャに手渡したのは、鉄華団のマークが書かれた布切れだ。
あんていくのカーテンを拝借して作ったそのペナントは、鉄華団メンバーにしかわからない符号でもある。
「俺がニンジャスレイヤーって奴に会ったらどうすりゃいい?」
「そうだな、ではこれを持っていけ」
返答にダークニンジャがオルガに渡したのは、先ほど生成したクナイ・ダート。それを三本。
空気中の金属成分を圧縮して造られるニンジャの武器は、半日ほどなら形質を保つ。
「武器として使っても構わんが、一本は取っておけ。そしてニンジャスレイヤーに遭遇したらこれを渡せ。
十三時間後、マルノウチ・スゴイタカイビルあるいはライブ会場で待つ。そう伝えろ」
「はいよ。決闘の約束とは、古風なことで」
「どうなるにせよ奴とは決着を着けねばならん。お前達鉄華団の策が上手くいった時のためにもな」
「わかったよ。じゃあ頼んだぜ、ダークニンジャ」
歩み去っていくオルガ・イツカの背を見送り、ダークニンジャもまた踵を返す。
三日月・オーガス、ビスケット・グリフォンの保護。それは行おう。
だが、繰り返す。ダークニンジャは善良な存在ではない。彼は保身の男だ。
鉄華団が脱出への道を探るのと平行して、もう一つの生存可能性……つまりは優勝への準備も進めておかなければならない。
利用価値の無い者。生かしておけば禍根となる者。そういった者を秘密裏に抹殺し、全体の人数を減らしていく。
いずれ鉄華団と合流し、彼らがうまくやるのならばそれに乗る。芽がなさそうなら皆殺しだ。
ダークニンジャが進む道は修羅の巷。血と憎悪に塗れ、それでも決して運命に屈することを己に許さない。
虚無の刃は一人、夜の闇へと消えていった。
【B-8/あんていく/深夜】
【オルガ・イツカ@機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ】
[状態]:健康
[装備]:コルト・ガバメント(4/7)+予備弾倉×2@現実、クナイ・ダート×3@ニンジャスレイヤー
[道具]:支給品一式、不明支給品0~1
[思考・行動]
基本方針:鉄華団のメンバーと合流し、殺し合いを瓦解させる。
1:三日月とビスケットを探す。
2:南下して時計回りにCGS本部を目指し、十二時間後にダークニンジャと合流。
3:ベッピンを探す。ニンジャスレイヤーにダークニンジャのメッセージを伝える。
[その他]
※参戦時期は地球到達直後。
【ダークニンジャ@ニンジャスレイヤー】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品一式、不明支給品1~2、鉄華団のマーク入りペナント
[思考・行動]
基本方針:ベッピンを取り戻す。脱出、優勝、可能性の高い方を選ぶ。
1:ベッピンを探す。役立ちそうにない者は人目につかないよう抹殺する。
2:光覇明宗総本山、501基地を調査し、十二時間後にCGS本部でオルガと合流する。
3:ニンジャスレイヤーを殺す。十三時間後、指定した場所でイクサを行う。
4:三日月・オーガス、ビスケット・グリフォンの捜索・保護。
[その他]
※参戦時期は第六話『コンスピーラシィ・アポン・ザ・ブロークン・ブレイド』以後。
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最終更新:2016年10月29日 23:26