シャルティア様、トロピカルランドへ行く ◆QkyDCV.pEw
この手品の種は、江戸川コナンを持ってしても解き明かす事は出来そうにない。
我が身に起こった瞬間移動。正直、頭がどうにかなりそうだ、というのがコナンの実感だ。
先ほどの金縛りも、SFXの世界から出て来るなな化物もだ。
コナンは先の自身が体験した金縛りを反芻する。薬物使用、可能性は低い。麻酔の類なら今こうしてすぐに動けるのがまずおかしいし、ああまで強く全身を支配する効果があるのに残留する何かが無いのも不自然だ。
コナンがそれと気付かぬ間に時間が経っている可能性、ほぼ無い。コナンはあの和室で、唯一動く口を動かし自分の舌を噛んでいた。痛覚の確認のつもりであったのだが、この時の噛んだ跡が移動後にまだ残っていたのだ。
噛み跡に舌で触れてみた感じでは、あれから全く時間は経っていないだろう。
もちろん以上の理由からスタンガン等の電撃による麻痺という可能性も消える。完全透明な何かに全身を覆われていた。無理だ。全身を硬質な何かで覆っていたのなら、あれだけ力を込めたのだからコナンの皮膚に何かしら押し付けた跡が残るはず。
コナンには、あんな都合の良い身体拘束の方法を一体どうやったのか、考えつかなかった。
後は、と考えそれ以上の思考を止めるコナン。
「俺の知らない、劇的な効果を持つ薬、か。そいつを出されちゃお手上げだな」
自嘲気味に思う。もし、あの時子供になる薬なんてモノを飲まされていなかったら。自分の思考は今よりもっと硬直したものであったろうと。
コナン程の知識を持ってしても、どれだけ注意してアンテナを伸ばし新しい情報を得ていたとしても、自分には想像もつかないトンデモな出来事は起こりうるのだと、コナンはその身を持って知ったのだ。そして今回のこれも、そういった類の事なのだろう。
あの黒い虎だかライオンだかのような、会話すら出来る獣もそうなのだろう。ただ、コナンはあまりに現実離れしすぎた事である為、麻痺云々より幻覚幻聴幻触を候補の上位に据えている。
幻覚幻聴を人為的に引き起こす事は、実は可能なのだ。ただその内容を固定する事は出来ず、見る幻聞こえる音がどんなものになるかは全てその当人による。
そんな、常識にのっとった推理に対し、コナンは溜息をつきながらこれを否定する。いや、全てを否定したのではない。常識が否定するだろう事柄をも、認める度量と新たな発想を構築しようとしているのだ。
コナンは、この謎解きと同時に行っていた事が、概ね目星がついたのでそちらに意識を向ける。
江戸川コナンは、地図南西部(上が北であったのなら)のトロピカルランドに居た。
コナンがトロピカルランドの側に居たのは偶然だ。だが、名簿を見て地図を見て
ルールを読み、バッグから手に出来る情報全てを把握した上で、トロピカルランドに足を踏み入れたのは彼の選択である。
地図上には様々な施設が書き込まれている。その内の一つである遊園地トロピカルランドはコナンにとって馴染みのある名前だ。
ただ、それ以外は聞いた事もない、名称を見ただけではどんな建物かもわからない名前が多い。『振り返ってはいけない小道』『マルノウチ・スゴイタカイビル』等はもうそもそも名称なのかが疑わしいレベルだ。
それらに対する考察もあるが、コナンはまずトロピカルランドの確認を行った。遠目から見てもあの施設は各所の照明が輝いているおかげで、凄く目立つ建物でもある。
入園ゲートをくぐり、入り口付近の幾つかのアトラクションをチェックすると、あまり嬉しくない結果が返ってくる。
経年劣化はコナンの知るトロピカルランドが出来てからのものに近い。また、たくさんの人が利用しただろう痕跡も随所に見られる。
コナンの記憶にあるトロピカルランドと比べて差異を見つけられない。むしろ、ほんの僅かにあった変化に関しては、コナンが最後にここを訪れてから今日まで開園していた事を示す証拠でもあった。
また目にした全ての施設は、動いてこそいないものの電源は来ているようだ。
「何考えてんだか」
思わずそんな言葉も漏れる。コレはコナンが見る限りにおいては、トロピカルランドが初めて開園した時とほぼ同時期にこの遊園地も人を入れるようになり、ほぼ同じ数の人数を捌いたと思われる。
自分で考えておいて何だが嘘くせー、とコナンはぼやく。認め難いが、このトロピカルランドはコナンの知るそれを丸ごと持ってきた、と考えると全てがスムーズに納得出来る。どうやって持ってきたとか、何故そんな真似しなきゃならなかったのかとか考えると摩擦だらけに戻るのだが。
コナンは園内の案内図を手に取り、記憶と確認しながらその場所を目指す。
各アトラクションを機械制御しているメインセンター。ここには、園内を網羅する監視カメラがあるはずなのだ。
この監視カメラを用いれば、ここはかなりの安全度を期待出来る堅城となろう。
コナンは、殺し合いをしろ、という連中の言葉から、今現在この会場全体を覆っている危険な空気を感じ取っていた。
例えばコナンが普段生活している街の人間が、無作為に選ばれてこの土地に呼ばれているとしたら、殺し合いが発生している可能性は限りなく低いだろう。普通に、そんな真似したら後で警察に捕まると考える。
だからこそ、コナンの警戒度は跳ね上がっているのだ。最初の、あの最低なパフォーマンスも警戒度を上げるに相応しいものだったが、今は与えられた情報の数々からも、この殺し合いの危険さを察していた。
コナンがまず安全域と思える場所の確保を目指したのは、そういった理由である。もちろん自分が隠れ潜む為ではなく、保護した人間の安全を確保出来る場所が欲しかったのだ。
まあ、ここの場合、自分で監視カメラを見て、危険がありそうだったなら移動する、といった能動的な隠れ家になるので、ひな鳥みたいに何もかもを準備しておいてもらわないと何も出来ない人間には向かないのだが。
コナンは目指すアトラクションの制御センターを見つけ、さらっとピッキングで鍵を破って中に入る。
「この手の施設で、ピッキング対策ロクにしてないってのは相当ヤバイと思うんだけどなぁ。警備会社何も言わねーのかよ」
と、担当者の怠慢のおかげで中に入れているコナンは呟く。
また、中に入ると真っ先に警備室へと向かう。そこで屋内の必要な鍵全てを入手(ここは棍棒ピッキングを用いた)してから、施設の中心部へと。その手馴れっぷりたるや、本職もびっくりである。
屋内のキーはナンバー入力併用式であったがこれも、警備室のホワイトボードに曜日毎に書かれた数字を入れるとあっさりと開く。
杜撰だなぁ、と肩をすくめるコナンであったが、きっちりホワイトボードやら業務日誌やらをチェックしてナンバーらしきものを拾っておいたコナンの注意力の勝利でもあろう。
ちなみにコナンは、侵入した後で全て鍵を閉めておいている。
つまり、以上の経過をコナン同様にこなせる人物でなければ、この屋内をうろつき回る事は出来ない訳だ。更に言うならばホワイトボードは当然消してあり、鍵も全部持っていってしまっている訳だからより難易度は高かろう。
そんなこんなで監視カメラを集中管理している部屋を見つけ、これの録画機能分に残っているデータを確認していたのだ。
同時にリアルタイムで映し出されている、園内各所の監視カメラにも目を光らせる。
録画データには、やはり何も残っておらず、誰も居ない遊園地が映るのみであった。
異変は監視カメラの方に起こる。人影が、この園内へと侵入して来たのだ。
種族吸血鬼である所のシャルティア・ブラッドフォールンにとって、今の時間帯は最も過ごし易い時間でもあり、彼女の生活には人間のように太陽や照明は必ずしも必要なものではない。
それでもこのトロピカルランドの灯りに誘われたのは、そこに知恵ある生き物がいる可能性を考えたからだ。
彼女は、今、とことんまでに落ち込んでいた。元々薄白い顔色は青ざめ、瞳は生気を失い、歩く足は覚束ない。
つい先日だ。シャルティアは敵の精神支配を受け、事もあろうに彼女の主たるアインズ・ウール・ゴウンにその刃を向けたばかりなのだ。
その戦い全てまるで記憶に無いシャルティアは、そんな馬鹿な事があるわけない、と一笑に付したのだが、他の守護者の表情を見て、どうやらそれが真実であるとわかるともう、この世に生を受けて以来これほどに動揺した事は無い、と言いきれる程にシャルティアはうろたえてしまった。
全守護者どころか、ナザリックに住む全ての者が満場一致で切腹案件であると断定する程の出来事である。シャルティア自身もそれ以外の判決があるとすれば、より惨たらしい死以外にありえないと考えている。
幸い、と言っていいか、アインズの大いなる慈悲により、シャルティアはほぼ無罪放免になったのだが、アインズへの深い忠誠を誇るシャルティアの心中はいかばかりか。
これからは、二度とアインズに迷惑をかけないよう気をつけなければ、この失態を取り戻すような忠誠を、活躍を、示して見せなければと考えていたシャルティアは。
無様にさらわれ、全ての装備をぶんどられ、階層守護者の任を果たす事すら出来ないようにされてしまったわけだ。
怒る事すら出来ず、もう全ては終わったとこの世を儚んだとしても仕方が無かろう。
とぼとぼと歩きながら、いっそアインズに殺されたままならば、せめてもあの方の手にかかって死ねていたのなら本望だった、などと愚にも付かない事を考えている。
こんな有様であるからして、シャルティアは支給されたバッグに気付かぬまま、その場に放置している。つまりルールも参加者も彼女は一切確認しておらず、ただ、殺しあえと言われた事しか知らないのだ。それも、首輪が爆発した所でどーせ死なない程度にしか考えていない非常に危険な形で。
シャルティアはトロピカルランドの西側から入る。いや、この遊園地、西側に入り口は無い。
敷地をぐるっと取り囲むような壁があったのだが、シャルティアは回り込むのが面倒だったので壁を飛び越えて侵入したのだ。
明るい場所なら人間の一人ぐらい居るだろう、そんな考えだ。もちろんシャルティアにとっての聞くとは、強制であり脅迫であり最後にはおもちゃにして捨てるといった
おまけがついてくる。
ただ現在はひどく落ち込んでいる事もあり、いたぶって楽しむ心の余裕も無いだろう。その時はさっさと殺すだけだ。別に、虫の一匹二匹、殺す殺さないで悩む人間は居まい。
そんなシャルティアであったが、遊園地内の来園者を如何に楽しませるかに特化した景色は、それなりにではあるが心を慰められる所があったようで。
夜間でも強い照明に照らされた原色達は、これ見よがしにその存在を主張してくる。デザインは子供向けを意識しながらも万人受けを狙ったもので、シャルティアにも可愛らしい、何か楽しそう、といった印象を与えうるものであった。
きょろきょろしながらシャルティアが足を止めたのは、頭上高くまで伸びる円錐状の筒の前だ。
ガラス越しに見える中には、階段があってこれを昇って上の方に行く事が出来るようになっている。
シャルティアならば壁を飛び越えたように、一飛びでこんな階段を使うまでもなく頂上に辿り着けるのだろうが、品が無いとでも思ったか階段を使おうと扉に手をかける。
がちゃがちゃ。
開かない。鍵がかかっている。なのでシャルティアは少しだけ強く引っ張ってみた。引き方を工夫したおかげで、ドアノブは取れぬまま扉全体がバリンと引き剥がれる。
そーれっと扉を投げると、くるくる回って扉は園内緑化に一役買っている大きな木に突き刺さる。いや、回転の勢いで根元付近からまっ二つに叩き斬ってしまう。
轟音と共に倒れる木にシャルティアは、投げたゴミが綺麗にゴミ箱に入った時のような、得意気な顔をした。
シャルティアは階段を昇っていき、頂上に辿り着くと周囲を見渡す。
「あら」
人為的に作られたと思われる巨大な建造物が多数見えるのだが、それぞれ全くどう使うのかがわからない特異な形状をしたものばかり。
こういう面白そうな場所で殺し合いをしろ、つまりシャルティアにとっては楽しく殺して回れというのであれば、それは罰ではなく遊戯の類であろう。もしかしたら、そんな話なのかも、とシャルティアは更にこの件を説明出来る人間を欲した。
人探しがてら、ここを回ってみようとシャルティアは階段を下っていった。
「なんだよあれ!?」
モニターを見ていたコナンが思わずそう口に出してしまう。
園内に現れたのは、あまりに場違いな、いやある意味トロピカルランドには相応しいとも言える、黒のドレスを着て中にパニエが入っているであろう膨らんだスカートをはき、頭に大きなリボンをつけた美少女であった。
そんな彼女は何をするかと思えば、いきなり扉を素手で引きちぎったのだ。
そして素手で扉を千切り取ったのもびっくりだが、それを無造作にぶん投げたら近くにあった木が切れたのだ。折れたではなく刺さったでもなく、切れたのだ。
コナンはモニターを凝視する。画質の問題からそうしなければ彼女の口元が良く見えない。モニターの中の彼女の、口の動きをコナンは読む。
『はやく人出てきて欲しいでありんす。一人目は記念に、綺麗に体が残るように殺してあげますえ』
あくまで上品さを保った上でだが、彼女は軽快な歩調で園内を進む。
コナンの予感は当った。この地には、常識では測れぬ怪物が招かれているだろうと。それは精神的な意味合いが濃かったのだが、どうやらコイツは物理的にも化物らしい。
更にコナンは彼女の表情を読む。
彼女の表情が愉快げに揺れる度、彼女の手や指が微かに反応する。
あの膂力が本物ならば、彼女は手や指で切り潰し握って人を殺す事が出来るだろう。
愉快げな表情はそれを想像しているせいで、人は想像をしている時無意識にイメージした動きを体でなぞるものなのだ。
コナンはその危険度を認め、彼女が本当に危険人物かを再度確かめる行為の実行を断念する。
現在コナンを含むこの殺し合いの参加者達は、警察力の庇護から遠く離れた場所にある。それが何処かはわからないが、少なくとも即座の援護は望めないだろう。ならば、自分の身は自分で守らなければならない。その期間も定かではない程の長い時間を。
ルールには七十二時間の制限があるが、七十二時間の制限はあくまで首輪を外すまでの刻限だ。コナンは更にそこからこの地の脱出、ないし救援要請と救援が来るまでの時間稼ぎを考えなければならない。
ただ、幸いにしてギリギリであったがコナンの下準備は間に合ってくれた。なればこそこうして、コナンは洒落にならない危険人物を相手に気付かれる前にそれと判別する事が出来たのだ。
今、こうして準備が整ったコナンの手の内に、これほどの危険人物が居る事を喜ぶべき、とコナンは意識を改める。もし、こんなのが毛利蘭や灰原哀のすぐ側に居たらと考えるだけで恐ろしくなる。
コナンは、まずはこの人物の人となりを把握する事だ、と彼女の一挙手一投足に注目する。敵にするにせよ、どうにかして味方に引っ張り込むにせよ、その情報は決して無駄にはならないだろう。
ただ、コナンにはそんな猶予を与えられなかった。もう一つの、こちらは要注意正規入り口モニターに、新たな人物が映ったのだ。
正門前入り口に、女子高生と思しき制服の女の子。
危険なゴスロリ女はまっすぐトロピカルランドの中央部、即ち正面入り口から入ってまっすぐ進んだ先へ向かっており、普通に考えるならば両者の遭遇は不可避であると思えた。
モニタールームは園の奥にあり、コナンが最速で移動したとしても、両者が最短で遭遇した場合間に合わない。最早手遅れだ。
だがそこで、諦めず何かしら別の手を考えてしまうのが、江戸川コナンという少年であった。
丈槍由紀は、それほど深く物事を考えるタチではない。それこそ本来はゾンビパンデミックを生き残れるなんてレベルでは絶対に無い。
そんな彼女がこうしてトロピカルランドの煌びやかな灯りに誘われるのも至極当然な話で。
友達四人と一匹の名前を呼んでも近くに居ないとわかるや、とりあえずあの明るそうな所に行こう、と動き出したわけだ。
クランクバーのようなものが入り口を塞いでいるが、これを潜って中へと侵入。入ってすぐの所、左右に売店があったがこれが両方とも開いている。
中には可愛らしい人形やファンシーなデザインのお菓子やら道具やら、つまる所おみやげのコーナーである。左右両方共おみやげ店であるが、それぞれ右は人形群、左はお菓子等食料品含むと分けられている。
由紀はうーん、と悩んだ後、店を二つともスルーした。
「帰りによろっと」
『今行けよ! 後回しにすんな! くっそ、不自然なのはやりたくなかったんだが……』(←コナン君心の声)
由紀が正門を入ってまっすぐ伸びるメインストリートを進むと、最初の二店舗だけでなく、他の通りに面した店にも灯りが燈る。
穏やかに、染み入るような静かさで音楽が流れだし、照明は手前から順に更に明るくなっていく。
「わぁ!」
嬉しそうに見上げる由紀。
「これはっ、きっと私は招かれてるのかな! うん! そうに違いないよ!」
『……あからさまに不自然なんだからさ、不気味に思って引き返してくれよ……』(←コナン君心の声)
それでもコナンの思惑通り、店舗に置いてあるTシャツやらトレーナーやらに目をつけ足を止めてくれた。
コナンはこの間に、もう片方の誘導を始める。
シャルティアの目の前には、こちらも円錐状のものがある。人が乗れるぐらいの大きさで、地面すれすれに円錐が横になるように宙に浮いているのは、中央の高い柱から紐が伸びていて円錐を支えているせいだ。
この円錐が柱の周りに何台も止まっている。
何だろうかこれは、と近寄ろうとするシャルティアに声をかけてくる者があった。
「ただ今よりアトラクションを開始いたします。お客様におかれましては、白線を越えませんよう、係員の指示に従ってお待ち下さいませ」
シャルティアの超知覚力が、その声が側の建物の上についた小さな箱から聞こえてくる事を突き止めた。そういったマジックアイテムか、とシャルティアはより興味を惹くものに目を向ける。
中央の柱がぐるんぐるんと回り出すと、柱についている紐も周りだし、その紐の先についた円錐も、ぐるぐると回りだしたではないか。
「ゴーレム? でも……何か動き出すのに時間かかりすぎではありんせんか? そんな遅い槌、食らう馬鹿居ませんでしょうに」
槌らしきものはしかし、一定の場所を延々ぐるぐると回っているのみで、一向に攻撃はしてこない。して来た所で大したものではなかろうと、シャルティアは一切警戒なぞしていなかったのだが。
じっと目をこらすシャルティア。
「ん? あれは、人が座る所でありんすか? うーん、でもあれじゃ人間では乗れないでしょうし……そうですわ、乗ってから動かせばいいという事でしょう」
うんうん、と一人で納得しながらシャルティアは、ぴょんと一飛びで、高速で回転する円錐に飛び乗った。
『おいっ!? 何だ今のは!?』(←コナン君心の声)
人間には決してありえぬ運動神経でひらりとこの円錐の椅子に座るシャルティア。体からは力を抜き、ただ振り回されるに任せてみる。
「あ、あははははっ、こ、これは、馬鹿みたいですわね。あははははははは、何ですのコレ。同じ所ぐるぐる回って、それだけでも自分の足を使わないとなると面白いものねっ」
吹き抜ける夜風が心地良く、だらーっと更に体の力を抜いてみる。後方に上半身を垂らし、足首のみでバーに掴まってみると更に振り回されてる感が強くなり、シャルティアの笑い声は大きくなる。
「あ、あはっははは……ぶわふっ!?」
スカートが勢い良くめくれ、顔にかぶさってきた。当たり前といえば、当たり前である。
その拍子に、あまりに脱力しすぎていたせいか円錐から落下するシャルティアであったが、スカートでロクに前も見えぬ状態で正確に空中姿勢を整え、音もなく綺麗に着地する。
その頬がほんのり赤く染まっているのは、馬鹿やって失敗した恥ずかしさのせいであろう。
「こ、こんなものがあるのがいけないのよっ!」
言うが早いかシャルティアは円錐達の中心の柱を、思いっきり蹴り飛ばした。
『マズいっ!』(←コナン君心の声)
咄嗟にコナンは入り口付近、夢とおとぎの島エリアの入り口土産物屋周辺に流れる音楽の音量を一気に跳ね上げる。
すぐ後に、ひしゃげ曲がった柱と、これにつられて楕円に回りだした円錐が盛大な音と共に大地に次々突っ込んでいった。
そしてシャルティアの、あ、しまった、という顔。シャルティアは慌てて柱を掴み、何と両腕で持ち上げた。
『……………………』(←最早言葉も無いコナン君)
突き刺さった円錐も地面から引っ張りぬかれ、シャルティアが柱をえいっとアスファルトに突き刺すと、ななめったままではあるがその場に固定された。
「これでよしっ」
『良くねえ』(←コナン君心の声)
シャルティアは無理矢理直った事にされた乗り物を見ないフリして、次なる建物を探す。
「あの、大きな丸いのは何かしら?」
シャルティアの目に付いたのは、多分園内の何処に居ても見る事が出来るだろう巨大な観覧車。しかしあれは、今シャルティアの居るエリア科学と宇宙の島の中でも、由紀の居る夢とおとぎの島エリアに近い場所である。
『っ! アンタが行くのはそっちじゃねえよ』(←コナン君心の声)
コナンの操作に従って、少し離れた場所にある冒険と開拓の島エリアのコースターに灯が燈る。コースターのコースが順々に輝いていき、更にコースターが走る山もライトアップされる。
「おおっ」
ひょこひょこと、誘われるようにそちらに足を向けるシャルティア。
モニターの向こうで、コナンは大きく安堵の息を漏らした。
「わひゃうっ!?」
突然BGMの音量が上がった事に驚きそんな悲鳴を上げてしまう由紀。
何事かと店から顔を出すも、少ししたら普通の音量に戻った。首をかしげながら、ちょうどいいかと園内の別の場所へと向かう。
由紀の立っている位置から、より明るいのは右側の怪奇と幻想の島エリアの方になる。そこで由紀は、うーむと顎に手を当てる。
「あっち暗いし、私が行って明かり付けてあげよっかな」
『何でそーなんだよ!?』(←わざわざ照明量を調整して自然と誘導できるように苦慮していたコナン君心の声)
正面奥へと向かおうとする由紀。そちらにもう少し行くと、シャルティアを引き寄せるべく点灯した冒険と開拓の島エリアの照明が見えて来てしまう。
どうする、瞬時の判断を要求され、コナンが決断しようとした瞬間、いきなり由紀はくるりと進行方向を変えた。
「あ、あそこに太郎丸がいるー」
そう言って、本来誘導したい方向である怪奇と幻想の島エリア側の、犬のキャラクターが描かれた売店の方へと走って行った。
『…………コイツ、マジで読めねえ』(←コナン君心の声)
しかし彼もまた名探偵江戸川コナンだ。読めぬと泣き言を言っておきながらも、何やかやと彼女の嗜好の方向性を掴みかけている。
由紀が太郎丸似の売店の人形を愛でた後、ふと顔を上げると怪奇と幻想の島エリアは全体が大々的に輝きを放っていた。
彼女にぼかした誘導は無意味。わざとらしい程のどストレートこそが必要である、と判断し思い切った点灯を行ったのだ。
わーい、とそちらに走り出す由紀。コナンは内の一つ、ミステリーコースターを起動させておいた。由紀の眼前を、コースターが線路に沿って勢い良く走って行く。
それを右から左へ、顔を流しながら見送る由紀。
「おおー」
階段を駆け上り、待ち時間ゼロで由紀はコースター発着場に乗り込む。
コナンの操作により、コースターは由紀が来るのをその場所で待ち構えて居た。
嬉しそうに駆け寄る由紀。だが彼女は、コースターの前で足を止める。いや、片足を乗せようとして、また引っ込める。
首を横に振って背を向けようとして、未練がましく後ろを振り向く。
『何やってんだ? 乗るんならさっさと乗ってくれよ。後、係員居ないけど頼むから安全バーは下ろせよな。それしなきゃ絶対ゴーサイン出してやんねえぞ』(←コナン君心の声)
由紀は、決意を口に出して言った。
「うー、駄目っ。我慢我慢っ。私だけ楽しむのはよくないっ。学園生活部みんなでやらないと」
由紀は身を翻し、発着場を出て階段を駆け下りる。
能天気極まりない子だが、友達は大切にするタチらしい。コナンの頬が僅かに緩む。
そのまま由紀は、来た道を通ってトロピカルランドから出て行く。コナンは一瞬、彼女についていってやろうか、とも考えたのだが、幾らなんでもアレをほっといて何処かに行く事は出来ない。
それは同時に毛利蘭や灰原哀を探しに行く事も出来ないという事でもあるのだが、コナンはアレの存在を知ってしまった者としての責任を放棄する事は出来なかった。
最後に由紀はトロピカルランドの入り口に向かって、大声で叫んだ。
「おーい、今度また絶対、みんな連れて来るからねー」
コナンの存在に気付いていた訳でもないだろうに。コナンは苦笑しながら聞こえるはずもない返事をしてやった。
『ああ、その時俺がまだ居たなら、みんなまとめて面倒見てやるよ』
一方、その頃のシャルティア・ブラッドフォールンはというと。
「なっ、なんなのこれ! なんなのこれ! なんなのこれ! なんなのこれ~~~~っ!!」
ウォーターライドに乗っておおはしゃぎであった。もうエセくるわ言葉すら忘れる勢いで。
コナンの照明を使った誘導に乗り、導かれるがままに小さな船のような乗り物に乗る。もちろん、どんな罠が相手だろうと踏み潰す自信あっての行為である。
そして最初の内こそ、横から飛び出してきた大蛇やらをシャルティア超適当パンチで蹴散らしたりもしていたのだが、こちらに襲い掛かってくるものではないと知り、ただ流れるがままに楽しむようになっていた。
一応、彼女の名誉の為に言及しておくと、このウォーターライドが楽しいものだと気付いた時、シャルティアが真っ先に考えたのは、これをアインズに楽しんでもらおうという事であった。
TDLに代表されるこの手の遊園地アトラクションというのは、もう何十年もの歴史を積み上げてきたものだ。
如何に来客を楽しませるか、如何に彼等に現実を忘れさせ夢中にさせるか、そういった事の為に細部に至るまで綿密に計算され尽くされた遊戯が、遊園地というものなのだ。
何度も来ても楽しめる、初めて来ても楽しめる、興味が無い者にすら愉快さを与え気分良く帰す、そんな事が当たり前に出来る施設なのだ。
娯楽の為に大掛かりな設備を作るという発想が無い所から来たシャルティアなぞ、正に赤子の手を捻るようなものであったろう。
最後に滝つぼに勢い良く落下し、盛大に上がった水飛沫に歓声をあげる。
ゆっくりと、余韻を楽しむように発着場に辿り着き、安全バーがガクンと上がるとシャルティアにもこれで終了か、とわかった。
「だいっ、満足でありんす。しかし……」
一体これはどういう事なのだろう、と考えるシャルティア。アインズにもデミウルゴスにも、シャルティアはなぁ、とあまり期待されてなかったりもするが、それでも彼女はナザリックが誇る階層守護者の一人であり、単体戦闘力ではナザリックでも最強クラスの剛の者だ。
何処ぞの女神と違って考える頭が全く無いという訳ではない。
殺し合いはどうしたのだろうと。てっきり誘いに応じてやれば誰かが出てくるものだとばかり思っていたのだが、ゴーレムもどきは出て来ても意思ある何かは一切出て来ない。
発着場を出ると、そこにはまだ照明が輝いており、まるで誘うかのように次なる遊戯への道が照らされている。
「……どこの誰だか知らないけど、出て来ないのなら私はもう行くわよ。貴方、この場をきちんと管理して、我が主を楽しませるべく備えていられるというのなら、いいわ、生かしておいてあげようじゃない……また、来るわ。それまでに……」
『はっ、流石に何時までも足止めは出来ねえか。なら、俺も動くさ。逃がさねえよ、何処までも追いかけてやるよ、その為の道具は揃えてあんだ』
「誰かに殺される事の無いように、ね」
『誰かが殺される事の無いように、な』
シャルティアは遊園地を後にする。コナンはトロピカルランドの制御室を、丁寧に鍵をかけてから外に出る。
そんな事で時間を取られていたせいで、シャルティアとはもうかなり距離があるがコナンは見逃す心配はしていない。
「んじゃ、行くかっ」
気合いを入れて、コナンは大地を蹴る。
コナンの周囲を大気が渦巻き、足場が無い不安感と全身をゆるく包む圧迫感に、不愉快そうに眉をしかめた後、コナンはそうあれと祈る。
コナンの全身はその祈りを受け、勢い良く、空へと舞い上がっていく。
機械的な装備品は一切無し、あるのは首元で微かに輝くネックレスのみで、江戸川コナンは空を飛ぶ。
コントロールは完全にコナンが得ており、多少の不慣れさは見られども飛行そのものに不安定さは無い。あまり高く飛びすぎるとあっさり目視されそうなので、コナンは建物の影をぬうようにしてシャルティアを追う。
江戸川コナンが、自分は今常識外の事態に巻き込まれていると認識し、これに対応するよう思考の再構築を行っていたのには、こうして我が身で魔法を体感してしまっていた、というものがあったのだ。
「しっかしこれ……やっぱり怖ぇって。どうせならスーパーマンみたいに、落ちても平気な体もセットで用意しといてくれよ」
まるで夢のような魔法を体験しておきながらも、コナンの感想はそんな所であった。
【G-7/深夜】
【シャルティア・ブラッドフォールン@オーバーロード】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:
[思考・行動]
基本方針:人を探す
1:人を見つけ、ここが何処か等の基本情報を入手する。
2:アインズ様にこの楽しい場所(トロピカルランド)を是非紹介したい。
※彼女の支給品他は、G-6付近に放置されたままです。また彼女は首輪爆破で自分は死なないと思ってますし、殺し合いのルールも何一つ把握しておりません。
【G-7/深夜】
【江戸川コナン@名探偵コナン】
[状態]:健康
[装備]:双眼鏡(トロピカルランドの備品)飛行ネックレス@オーバーロード
[道具]:支給品一式、ランダム支給品0~2
[思考・行動]
基本方針:殺し合いからの脱出
1:人外の怪力と運動能力を持つゴスロリ少女の監視
2:蘭、灰原の保護
※シャルティアの恐るべき能力を見ました。魔法の存在を認め、この世に本当に魔法があるとどうなるかを考えています。
【G-7/深夜】
【丈槍由紀@がっこうぐらし!】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:支給品一式、ランダム支給品1~3
[思考・行動]
基本方針:学園生活部のみんなを探す。
1:恵飛須沢胡桃、若狭悠里、佐倉慈、太郎丸、直樹美紀(参加者ではないのでここには居ません)を見つける。
2:上記の皆とトロピカルランドに遊びに行く。
※めぐねぇの幻覚は見えているのか居ないのかわかりませんが、今の所彼女が身近に居るといった言動はありません。
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最終更新:2016年08月08日 21:04