歌う角笛の騎士と銀鴉の忍、そして吸血淑女  ◆QkyDCV.pEw





ヤモト・コキはとあるニンジャよりイアイドーのインストラクションを受けていた。
なので敵が確実に居るとわかる状況でこれを活かす武器を手にしていないというのは、ニンジャソウルを宿した彼女でも不安を覚えてしまう。いやニンジャの恐ろしさを知るが故にこそ、不安になるのだろう。
とはいえ隣を歩く親切な青年、ガエリオが持つ金属バットが欲しいかと言われれば首を傾げよう。刃が無いのは仕方が無いとしても、鍔が無いのは困る。これで敵の刀を受けようものなら、そのまま滑らせるだけで持ち手を切られる。
ある程度の重量があり、刀と同じぐらいの長さを持ち、持ち手を保護する事が出来、刃がついている武器があれば、と一人歩きながら考え込む。
ヤモトの表情を伺うガエリオは、何か思う所があったのか声をかけてくる。
「不安か? 何、心配するな、こう見えて私はギャラルホルンの軍人、特務三佐だ。民間人の一人や二人守れんようではギャラルホルンの名が泣こう」
ギャラルホルンとはガエリオの世界において最強の武装集団の名だ、そこに属すると聞けば相手も安心出来よう、そう思って口にした言葉である。
ヤモトはギャラルホルンの名は知らないが、彼のそんな心配りが嬉しくて微笑み返す。
「そう、ですか。その……軍人なら、銃の撃ち方とかは?」
「銃かい? もちろん学んでいるよ。これで案外成績は良かったんだぞ」
じゃあ、とヤモトはバッグからごそごそと銃を取り出す。
「あの、これ。私には、向かないから……」
ヤモトの持ち方は、とても銃を知っている者のそれとは思えないもので、ガエリオは一瞬どうしたものか迷う。
彼女の護身用に拳銃を、という考えもあるが、この少女が銃に慣れていないというのならガエリオが預かった方が彼女にとっても安心だとも考えられる。
なのでガエリオは一度問い返す。
「いいのかい? 君に与えられた支給品とやらだろう、これは」
「うん。私にはもっと……」
そこまで言って、ふと、道路の先に立っている看板がヤモトの目に付いた。
看板には『工事中』と書かれており、ヘルメットを被った作業員が頭を下げる後ろで、額に汗した別の作業員がスコップを振り上げているイラストが書かれている。
ヤモトの目は、そのイラスト、正確には作業員が手にしたスコップに釘付けとなる。
重量、申し分無し、長さ、言う事無し、持ち手、一応片方だけは保護出来る、刃、先端のアレがある。
ぽんと手を叩くヤモトに、ガエリオは釣られるように看板を見るが、彼女が何を考えているかは全くわからなかった。

シルバーカラスはニンジャである。
その身にニンジャソウルを宿した超人であるが、だからと病をすら超越する程では無かった。
なのでこの殺し合いの企画者が何でも望みをかなえると言ってきた時、それだけの奇跡を望めるかもしれない相手だと思えた時、シルバーカラスの心は大きく揺れ動いた。
さんざ理不尽な死を強いてきた自分が、いざ死ぬ番となると恐れ怯えて逃げ回り、挙句胡乱な誘いにすらこうして心動かされている。
そんな自らの無様さ、惨めさをわからぬシルバーカラスではなかったが、それと自覚して尚、生の可能性は眩く尊い。
何時もと一緒だ。
それがソウカイヤに頼まれたか否かだけの差。金をもらう代わりに命を頂く。その為に必要なツジギリ、七十一回。ちょっと、いや、結構多い。
「それが俺の命の価値というのなら、悪い気はしない、か」
支給品とやらで与えられた武器は刀だ。説明書きには『骨董品コレクター殺人事件において犯人諏訪雄二がこれを使って部屋中をめちゃめちゃにした』と書かれていた。意味が全くわからないが、刀は刀でありがたいのでもらっておく事にした。
ただ顔を晒しながら殺しをするつもりはない。
ニンジャらしい素早い身のこなしで近場の捜索を行い、衣服を売っている店を探す。三軒目でようやく、お目当ての白のコートが見つかる。
足首まで覆う長さのコート、それも白。こんなレアものたった三軒で見つけられたのは奇跡に近かろう。しかし、そのコートにフードがついていない事がシルバーカラスには不満であった。
ただこれは、コートの中に薄い白のフード付きパーカーを着る事で解決する。後はマスクだが、これだけは既に用意があった。
支給品のもう一つ。何でも『クリスマスイブの19時~22時の間に2時間以上ユグドラシルに滞在していると強制的に所有させられる、嫉妬する者たちのマスク』だそうだ。やはり意味がわからないが、マスクの調達は案外面倒なので、これはこれでよろしいと使う事にする。
シルバーカラスは抜き身の刀を手にしたまま、その場から高く跳躍した。
「イヤーッ!」
既にシルバーカラスは臨戦態勢だ。家々の屋根を飛んで移動し、敵を探す。七十一人を三日で殺し尽くすのだ。一日当り約二十人。一人を一時間強で殺して回らなければ間に合わない計算になる。
これはツジギリストとして名を馳せたシルバーカラスを持ってしても並大抵のコロシではない。中にはダークニンジャやニンジャスレイヤーのようにシルバーカラスをすら震撼させる程のツワモノがいるというのに。
そんな彼の焦燥が若干不注意とも思える捜索に繋がり、なればこそ、即座に人間を発見する事にも繋がったのだ。
しかしそれでもシルバーカラスは不意打ちを良しとしない。
男女の二人組みの前にひらりと姿を現し、堂々と名を告げる。
「ドーモ、シルバーカラスです」
対する男の方は礼儀を知らぬのかこちらを無視。女の方は即座に答えて来た。
「ドーモ、シルバーカラス=さん。ヤモト・コキです」
すぐに慌てたように男も口を開く。
「あ、ああ、またそれか。私はガエリオ・ボードウィンという」
シルバーカラスは、抜き身の刀を構えて言った。
「抜け」
男は、とても驚いた顔をしていた。
「え? いや、その挨拶は友好の証ではないのか? 後、貴様、一つ言わせろ」
「何だ」
「例え冗談でも女性に刃物など向けるな。もし、冗談でないというのなら……」
「ならばどうする?」
男は懐よりゆっくりと銃を抜いて言った。この銃はトカレフTT-33といい、安全装置すらついていないヘボ銃だが当れば人の一人や二人、軽く殺せる事に代わりは無い。
「さっさと武器を捨てろ。この距離なら絶対に外さんぞ」
女の方が、何故か慌てた口調で口を挟んで来る。
「え? ちょ、ちょっと待って……その声、まさか……」
だがそれは動く気配といったものではないので、シルバーカラスはまず先に、金属バットと銃を手にした男の方を始末する事にした。
踏み出す気配、シルバーカラスがそれを見せた瞬間、男は動いた。こちらの気配を察し、即座に銃撃を行うその迷いの無さ、反応の速さ、正に見事。
NRS(ニンジャリアリティ・ショック症状)を起こさない事といい、シルバーカラスはこの男がニンジャである可能性を考え出す。
とはいえ、ニンジャ相手に銃を用いるというのもわからない。ニンジャがたかが銃弾如きにやられるはずもないだろうに。
刀を持つ手とは逆手で軽く銃弾をはたき落としてやりながら、男との間合いを一気に詰める。
「イヤーッ!」
シルバーカラスの刃が男に迫る。男がニンジャでないのなら、これで、終わりだ。

ヤモト・コキは驚きのあまり行動が遅れた事で、ガエリオへのカバーに失敗してしまった。
相手はニンジャ。そして、ガエリオはそうではない。ならばただの一撃すら防ぐ事は出来まい。なのに、ヤモトはこの親切な男の護衛を動揺により怠ったのだ。
だが、ヤモトは見た。ニンジャならではの極めて優れた動体視力は、白コートの男の太刀筋がヤモトの知る者のソレと同じである事と、白コートの一撃を、何とガエリオが金属バットで防いだ事を。
ガエリオは咄嗟に金属バットの先端部を持ち、柄と二箇所でバットを支えながら白コートの一撃を受ける。受けきれず後ろに飛ばされるも、刃は一切ガエリオに触れる事は無かった。
後方に転がりながらもすぐに立ち上がり構えるガエリオ。その構えは、バットの柄と先端をそれぞれ握った独特の構えであった。
「な、何だ今のは!?」
物凄い驚いている。どう考えても驚くべきはニンジャの一撃を防いで見せた彼のワザであろうに。
ヤモトが止める間もなく、白コートの二撃目がガエリオを襲う。今度こそ確信した、この袈裟に振り下ろしながら直後に左右の連撃へと繋ぐワザは間違いなくヤモトの師匠、カギ・タナカのものであろう。
だがこの必殺の攻撃をすら、ガエリオは防いで見せた。それも金属バットなどというまるで受けに向かぬ武器でだ。
ヤモトの目はカギ・タナカとの修行により鍛えられており、ガエリオが如何に刃を防いだかを正確に把握していた。
鍔競り合いになったり、バットの表面を滑るような真似をされてはマズイ。なのでガエリオは、命中の瞬間を見切り金属バットを僅かに押し出す事で最も力のかかるインパクトの瞬間を外しつつ、敵の刃を受けるでなく弾き飛ばしているのだ。
腕力の差から押し込まれガエリオの体は後方に飛ばされるも、これはすなわち、ガエリオにはヤモトにすら見切る事が難しいこの刃の軌道をほぼ正確に見切っているという事だ。
こうなって初めてヤモトはガエリオの構えの意味を知る。最初の一撃で腕力の差を感じ取ったガエリオは、両手でバットの両端を掴む事で受けしか出来ないが力負けしない正に今この時の為の構えを取ったのだ。
何たるカラテか。あまりに見事過ぎて、ヤモトは言葉も無い。腕力も、俊敏さも、明らかに劣っているガエリオは、ただ一重にそのワザと、唯一それだけは対抗し得ている反射神経で彼の攻撃を凌いで見せたのだ。
一体この男は何者だ、と驚愕の視線をガエリオへと向けるヤモト。
この男は、ただ守られるだけの一般人などではない、例えニンジャが相手だろうと戦う術を身につけた、優れた戦士であったのだ。

ガエリオ・ボードウィンがニンジャであるシルバーカラスの刃を防いだ理由は、彼が極めて優れたモビルスーツパイロットであるから、という一言で済んでしまう。
それは何故か。順を追って説明しよう。
まずはモビルスーツパイロットに関して、世間で広まっている誤解を解くべきだ。
彼等は機械を動かし、これを手足のように操る事で戦う者である。確かに間違っては居ない。ただ、その機械を動かすという所で大抵の者が引っかかる。
機械の操作などボタン一つ、レバー一つで動くもので操縦者の体力や筋力なぞ必要ではない、と言うものだ。
例えばそれが移動速度の遅い機体であったのなら、そういう側面もあるだろう。だが、マッハを越えるような機体を操る事がどれほど身体に負担がかかるか、操縦席が上下左右に振り回される環境がどれほどキツイものか、想像するだけでは理解しえまい。
一番理解を得やすいのはジェットコースターで、あれに乗って右に左に体が振り回される感覚が比較的近いものであろう。あれを、十倍とか二十倍にしたものと思ってもらえればいい。
身体にかかる重力加速度、Gの事だけを考えるなら、まあ行って二倍程度であろうが、かかっている時間が違う。ジェットコースターなら最もGがかかる瞬間はおよそ三秒とかその程度だが、機体に乗ってかかるGはスロットルを吹かし続ける限り永遠に降りかかる。
ジェットコースターのGで、大体最も厳しいといわれているものが6Gぐらい、ほとんどは4Gから5Gぐらいである。
ちなみに8G辺りになってくると、自分の眼球や内臓の重さを感じ取れるぐらいになってくるらしい。もちろんモビルスーツに対G装備は備えてあるが、その基準は鍛えた軍人が搭乗する事が大前提であり、子供も楽しめるGなんて訳がない。
そう、高速で動く機械を操作する、となった瞬間、パイロットに求められるものは技量云々よりもまず、頑強な肉体と体力になってくるのだ。
ではそんなパイロット達の中で、ガエリオ・ボードウィンという男がどれほどのものであったか、を検証する。
彼の出自はギャラルホルンの中でも飛び抜けて良いもので、そんな彼が高い地位と優れたモビルスーツを手にしているのはそれだけでわかる話だ。
だが、そんなものはいざ実戦に出れば何の役にも立たない。戦場での戦果を、自らの生命を、保証するのはただただ己の技量のみである。
ガエリオはモビルスーツ戦において、阿頼耶識システムを用いた鉄華団のモビルスーツを相手に、そうでない生身のままで何度も戦い生き延びている。ただそれだけでも彼の技量の程が知れよう。
それらは弛まぬ訓練、学習による機体への理解、当人の優れたセンス、等色々と理由もあろうが、彼の得意戦法からその最も優れた部分を見つける事が出来よう。
ガエリオは機体にランスを持たせての一撃離脱戦法を得意とする。
一撃離脱は近接武器でなくとも活用する事が出来る、様々な時代、機体、戦場で用いられてきた優れた戦法だ。
だが、一撃離脱戦法には幾つか問題もある。特に近接攻撃を狙うとなれば。
当然、敵射程内に飛び込む事になるし、先に述べた高速戦闘の最たるものでもありパイロットにかかる負担も大きい。
また高速移動がそのまま被弾無しを確実に保障するものでもなく、被弾したなら、敵が動いたなら、といった突入前とは変化した状況に対しその場その場で即座に対応する事が必要となってくる。
更に近接攻撃であるのなら、最も効果的な一撃を加える為には最後の最後、命中の瞬間の操作が最も重要になってくる。これに失敗すれば、武器を失うならまだマシな方で下手をすれば敵に機体ごと突っ込む事もありえる。
これら全ては、パイロットの反射神経がものを言うものだ。一撃離脱戦法を得意とするガエリオが、この点を苦手とするはずがなかろう。
彼が無様を晒した時ですら、その反射神経が劣っていたという証拠にはなりえない。
火星においてガエリオが双子の少女を車でひいてしまいそうになった時、激怒した三日月がその襟首を掴み上げた事があった。
この時もガエリオは、不意をついて突進してきた三日月を目視はしている。その上で、申し訳ない事をしたという思いと、まさかいきなり殺しにかかられるとは思っていなかったという油断から、三日月の接近を許していたのだ。
その後で殴りかかって三日月にかわされたのは、まあご愛嬌という奴だろう。精神的動揺に脆い等、色々と弱点もあるという事だ。
ガエリオは、彼の能力がフルに発揮出来る環境でならば、超人的と言っていい程のスペックを披露する事も出来るのだ。
今回は更にガエリオにとって幸いな事もある。
ガエリオはヨーイドンで戦いを始める事に慣れ過ぎており、鉄華団との戦争のような何でもありの戦いは実は得意ではないのだが、今回敵としたシルバーカラスはニンジャ独特のルールを遵守するヨーイドン組に属する戦士であったのだ。
かくして、ガエリオは生身の身体でありながらニンジャの剣撃を防ぐといった奇跡を行いえたのだが、それも何時までも続ける事は出来まい。
ガエリオの顔が苦悶に歪んだのは、強烈な剣撃を受けた事でではなく、次、もしくはその次あたりで防御が破綻する事を知っての事だろう。
「イヤーッ!」
そんな甲高い声と共に、ヤモトがシルバーカラスとガエリオの間に割って入る。
手にしているのは、大きなスコップだ。柄端を片手で、残る手で柄中を掴んで鋭いスコップの先端を突き出す。
その一撃で、ガエリオはヤモトの尋常ならざる身体能力に気付き、目を丸くする。
スコップを武器として使う、と言い出した時は何のつもりかと思ったものだが、これほどの重量物でありながら易々と自在に振り回す腕力があるのなら、スコップは充分武器として活用出来よう。
またヤモトはスコップと刀の重量差を上手く利し、防戦に徹するという前提あっての事だが、白コートの剣撃全てを一切体勢を崩さぬ完璧さで防ぎきっていた。
白コートは一度間を取るべく後退し、言った。
「その剣。間違いない、お前……タオシ=センセイに教えを請うたな」
ヤモトはガエリオに背を向けたままなのでその表情をうかがい知る事は出来ない。だが、肩が心持ち盛り上がり小刻みに震えている所から、怒っているのだとすぐにわかった。
「いい加減にしてっ! そんな仮面一つで誤魔化せるとでも思っているのカギ=サン! 一体何のつもりよ!」
ここに、シルバーカラスとヤモトで致命的な認識の齟齬がある。シルバーカラスにとってヤモトは完全に初対面の相手であり、ヤモトにとってはカラテ、イアイドーを教えてもらった師匠であるのだ。
そこにシルバーカラスがヤモトの剣、というかスコップ捌きを見て、同じ流派、すなわち同じ師についたと勘違いするという更にややこしい事態が重なる。
シルバーカラスは、仮面の内で苦笑しながら剣を降ろす。
「妹弟子、になるのか。生き延びたくばこれをも切れとは……まったく、つくづく俺の人生は腐りきったものであるようだな」
彼の言葉にヤモトはその真意を察する。
「まさか……生きる為に、殺し合いに乗るというの?」
「その通りだ。ふん、何処までこちらを調べてあるんだか……まあいい、そのスコップブレードは師の新たなる境地か? いいだろう、見せてみろ! お前のイアイドーを!」
ヤモトが何を言う間もなく、まごう事なき殺意と共にヤモトへと切りかかるシルバーカラス。
両者の刀とスコップが激突する。
ガエリオはこれで存外空気の読める男だ。どうやらこの少女と白コートには因縁があるようだとわかると、無理に手を出そうとはしなくなる。
だが、如何な手練とはいえ、やはり女で、子供だ。ガエリオは邪魔にならぬタイミングで問う。
「助太刀はいるか?」
「無用!」
ヤモトより即座の返答。ガエリオは深く頷く。
「わかった。だが、これだけは言わせてもらう。君が窮地に陥ったのならば、君の意思如何によらず私は割って入る。君のような少女が狂刃に沈むなぞ、私は断じて認めん」
ヤモトと、そして仮面に隠され見えないがシルバーカラスの口元が共に上がった。
返事は無い。ガエリオは憮然とした表情で腕を組み、戦いを見守る。



江戸川コナンは上空高くよりその光景を目にすると、自らの心中より絶望の思いが這い上がってくるのを感じた。
地上をその身体能力からは考えられない程のんびりと歩く銀髪の少女、その行く先を見据え、不幸な遭遇者に警告を発するのが今のコナンに出来る最善だ。
幾つか脳内に遭遇のパターンを考えてはいたのだが、今見たこれは最悪の部類に属する。
銀髪の少女が向かう先では、武器を手にした男女が殺し合いの真っ最中であったのだ。
遠目に見るだけではどちらが仕掛けたか、或いは双方に交戦意思があるのか、はたまた不幸なすれ違いから発生した戦闘なのか、全く判断がつかない。後、二人共銀髪の少女に続いての人間離れマンとウーマンである。
コナンは小学生相当の体躯しかない事もあり、自身でそれほど格闘技を修めているわけではないが、知識はあるし動きを見ればどれほどのものかを判断する事も出来る。
そのコナンの知識が言う。あの二人の動きは、人間の域を越えている。後、隣で腕組んでる男は一体何なのかわからない。てーか見てないで止めろよてめー、と。
幸い、距離があるのでまだ銀髪の少女は気付いていない。
銀髪の少女の勘の良さはこれまでの追跡で良くわかっている。コナン側は飛行可能という大幅なアドバンテージがあるにも関わらず、何度かこちらの気配に気付いたフシがあった。
おかげでおおまかな少女の索敵範囲は把握出来たので、それはそれで良かったとも言えるのだが。
『くそっ、レーダーでも積んでんのかアイツは』
なんて愚痴が零れる程の範囲であり、おかげでコナンは先回りをする為にかなりの大回りを余儀なくされる。
建物の陰を縫うようにして空中を飛行するコナン。だが、そんなコナンの心中に棘のように刺さる何かがある。
『何だ? 何かを見落としている? 一体何だ? いや、それよりも、俺は前提を間違っている?』
今は六階建てのビルが三つ連なる裏側を飛行し、この先を右に曲がってまっすぐ抜ければ戦闘中の三人が視界に入る算段だ。
銀髪の少女はまだかなり後方に居るはずで、今は向こうからの視界も通っていないから発見される心配は無いはず。三人に合流する為、銀髪の視界外を通って一気に三人の下へと向かうつもりだった。
そこで、コナンの目線がゆっくりと自分の胸元へと降りていく。
『魔法……の、ネックレス。が、あるって事は……』
魔法を道具に頼らず行使出来る相手がいるかもしれない。いや、あの銀髪の体積を無視した怪力は、魔法故と考えた方が辻褄が合う。
そしてコナンの違和感の理由。最後に見た銀髪の挙動が、ほんの僅かにそれまでと違っていた事の説明にもなる。
コナンの存在に気付いている事を、あの女は隠そうとしていたのだ。それがほんの少しだが歩く歩幅や動かす視線に影響を与えていた。
それは名探偵江戸川コナンでもなくば違和感すら覚えなかっただろう細かな所作で、むしろこの瞬間まで気付かせなかったのだから、銀髪の仕掛けはかなりの精度のものであった。
咄嗟にコナンは、ビルの一つの中へと飛び込み身を隠す。
その直後の事だ。角より駆けてきた銀髪の少女、シャルティア・ブラッドフォールンが飛び出して来たのは。
「おや?」
彼女は潜む隠れるなんて思考が無いのか、考えをそのまま口に出す。
「てっきり、この辺だと思ったでありんすが……うーん、勘が鈍ったかえ? もしくは、野の獣だったか……眷属でも呼んで確認するとしんすか」
ビルや住宅が並ぶ街路に野の獣がいる不自然さに気付くには、銀髪は現代を知らなすぎた。
何やら唱えると、街灯が三方より照らし逆側へと伸びるシャルティアの三つの陰から、うごめくように三体の黒い四足歩行の獣が這い出して来る。
「人を探しんさい」
三方へと散っていく獣。コナンは、物陰から手鏡を用いてこの様子を見ていた。
『本当に魔法使うのかよ! どうなってんだココは!』
この世の理の大切さを懇々と二時間ぐらい説いてやりたい気分を押し殺し、コナンはふわりとその場に浮き上がる。
この魔法のコントロールにも慣れた。考えるだけで移動してくれるのだから、コナンがこれまで学んだどんな乗り物よりも楽に操作が出来る。
空中を移動するのは床に痕跡を残さぬ為、宙に浮いたままでビルの中を飛び銀髪とは逆側の窓を開きこれを抜け外へと。上空高くに舞い上がると、夜中である事もありコナンの視認はほぼ不可能だ。
後は獣の嗅覚から逃れるべく距離を取れば十全。上空から見下ろす事で銀髪を視認出来る場所まで飛ぶ。銀髪はその場に留まったまま。獣が戻るのを待っているのだろう。
だが、最早コナンはその手を逃れた。シャルティアの人ならざる異常感覚による刃は空を切ったのだ。
しかし安堵している暇はない。あの残る二体の獣は間違いなく、戦闘中の三人を見つけてしまう。
獣の帰還を待つ銀髪を置いてコナンは三人の居る場所へと飛ぶ。

シルバーカラスは最初、自分があのスコップブレードを警戒して踏み込めずにいると思っていた。
シルバーカラスの知らぬ、その元を去った後の師が考え出した新たな戦い方だ、興味があったのも事実。だが、それにしても、こうまでシルバーカラスが彼女への攻撃を通せぬのは異常だ。
同じ流派だからこそ太刀筋も読まれやすい。なるほど、確かに今こうして、初見であるはずのシルバーカラスの太刀筋を、この少女は見事読みきり捌いている。
だが、それにした所でシルバーカラスにどうにかする手段はある。その気であれば、それで切れるかどうかはわからぬが彼女を立ち回りで追い込むような戦い方も出来ているはずなのだ。
『俺もヤキが回ったか』
内心でそう洩らす。師への恩義を考えれば妹弟子を斬る訳にはいかぬ、という事だ。
だがシルバーカラスは自身の心をまだ知らぬ。
死を間近に迎え、生きるという事、生きているという事をより真剣に考えるようになったシルバーカラスは、それまでのように無感動無感情に人を斬る事など出来はしなくなっていたのだ。
せめても自身を納得させる理由があれば、今までと同じように殺し続ける事も出来たろう。今までそうしてきたように、ソウカイヤからの依頼を受ける、といった形ならば。
だがそれも最早不可能だ。生命を奪う事に無頓着ではおれず、惰性で殺す事も出来ず、かといって自ら命を断つ程達観もしていない。今のシルバーカラスは、何もかもが中途半端なままであったのだ。
そんなシルバーカラスに、イアイドーのワザを用いきらきらと輝く目で必死に戦う少女の姿は、この上なく崇高なものに見えた。
一つ一つのワザもそうだ。まだワザが身体に馴染みきっていないのが見てとれるが、より早く、より強く、より鋭く、何処までも上を目指してやまない純粋な魂が感じられる。かつてのニンジャソウルを宿す前の自分が重なる。
何時しかシルバーカラスは、この戦いに愛おしさすら感じるようになっていた。
もっと見せてやりたい。もっと伝えてやりたい。この剣を。師より授かり、ニンジャの戦いの中磨き上げてきた、シルバーカラスのイアイドーを。
だから、彼は判断を誤った。
「おいっ! アンタ等今すぐ逃げろ! 洒落になんない化物が来るぞ!」
空から子供が飛んで来た。多分、ジツだろう。というかそれ以外にそんな真似が出来るはずが無い。あいつは子供のナリだがニンジャソウルを宿しているのだろう、絶対。
シルバーカラスは不機嫌さが声に出ぬよう注意しながら子供に問い返す。
「化物、だと?」
「ああそうだ! あれは誰の手にも負えない! 間違っても遭遇戦なんてするべきじゃない! アンタ等の戦いに至った事情もあるだろうが、今はともかく逃げるんだよ!」
シルバーカラスの頭の中に、化物と聞いてまず浮かんだ単語がある。
「もしや、ダークニンジャか?」
ソウカイヤ最強の呼び名も高い、超が付く手練ニンジャがここに来ているとショモツには書いてあった。
「名前は知らねえ。アレと対峙したら俺じゃ一瞬でお終いだしな。てかもう時間がねえんだ! いいから急いで俺についてきてくれ!」
そう言って駆け出す子供。だが、腕を組んでいた青年はどうしたものかと迷ったまま。眼前の少女は伺うようにシルバーカラスを見ている。
そしてシルバーカラスは、迷っていた。
子供が言った事である。ニンジャソウルを持っているのだろうと読みはしたものの、その言葉全てを信用するのは如何なものか、と。
また子供が焦る理由はわかる。手練のニンジャとぶつかったなら、その視界内に入ったら、もっと言えば存在する気配を悟られただけでオタッシャ確実だ。
だがシルバーカラスならば相手がダークニンジャであろうと、逃げるだけならどうとでも出来る自信があった。
故に、子供の必死さを見誤った。子供の能力を見誤った。どちらかを見切れさえすれば、或いは必死さを信じ共に逃げていたか、或いは子供の観察力を信じ逃走していたか、であろう。だが、どちらも、起こらなかったのだ。
子供の表情が青白く変化していく。その変化の理由を、彼は察する事が出来なかったのだ。

ガエリオが子供の言葉に即座に従わなかったのは、ヤモトと白コートの戦いに、余人の入りえぬ何かを感じ取っていたからだ。
それは血煙舞い上がる殺伐とした世界ではなく、何処か清清しさの感じられる騎士同士の決闘にも似たものであった。
それを、ガエリオは大切なものだと思えた。だからこそこうしてずっと黙って見ていたのだ。
なので子供とはいえ突然の乱入者に対し、ガエリオもあまり好意的にはなれなかった。邪魔をするな、というのが真っ先に浮かんだ言葉だ。
だがそれでも子供の必死な表情というものを見れば、庇護せねばという思いが持ち上がってくるのがガエリオという男だ。
「ボウズ、危険な奴が来るのだな。なら我々に任せろ。お前は巻き込まれないように下がっているんだ」
そう言ってガエリオは子供の側に行き、その手を引こうとするが、その瞬間、聞きなれない獣の雄叫びが聞こえてきた。
発生源はすぐ近くだ。このような街中で聞けるようなものではないので、ガエリオは怪訝そうに声を方を向く。その途中、視界の隅に白コートの姿が見えた。
白コートはヤモトから完全に目を離してしまっている。幾らなんでも不注意すぎるだろう、と思ったガエリオだったが、白コートはそんなガエリオの感想などお構いなしで、一方を見つめたまま彫像のように固まってしまっている。
ヤモトはと目を向けると、こちらも同じ方向を見据えている。だが、白コートのように固まっているというような事は無さそうだ。
同じ方角を見ても何も見えないし、ガエリオには全く何も感じられない。
手を取った子供を見てみるが、彼は蒼白の顔で急げ、と喚いている。わかったわかった、とガエリオはヤモトに声をかける。
「おい、ともかく一度この場を離れた方が……」
「うーん、コレは違うでありんすか?」
耳元で突如女の声がした。
何事だ、と振り返ってそちらを見たい。見なければならない。相手を目視しなければ、と考えるのだがガエリオの身体は全く動いてくれない。
全身が総毛立ち、顔と言わず首と言わず、脂汗が止め処なく溢れ出てくる。その理由もわからぬままに。
「こっちは……子供? ああ、そう、それは良い。子供は、色々と楽しめるから良いでありんすなぁ」
言葉の端々から漂って来る邪悪な気配。ガエリオはこれを邪悪としか形容しようがなかった。
助けを求めるようにヤモト、そして白コートを見るが、二人共が今のガエリオと全く同じ、硬直した姿勢でこちらを見つめるのみだ。
「となるとそちらの二人? うーん、何か、こう、違う感じがしんす。もっと、何ていうか……小賢しい感じがしんしたが……」
ガエリオの身体を襲う数々の感覚は、捕食者と被食者の間で発生するものに極めて近しい。人間の最も動物な部分が、これと敵対しては決して生き残れぬと身体を通して教えてくれているのだ。
だが、そう、ガエリオの幾つかある短所がここで響く。
ガエリオは地球圏最強の集まりであるギャラルホルンに属し、その中でも特に高い地位を占めていた。占め続けていた。
だからこそ、ガエリオにとって世界は単純で、明快で、輝きに満ちたものであり続けた。
ガエリオに無法を通せる者なぞそうはおらず、ガエリオを教育した者が彼に語って来たように、正義と道徳を守る事で彼は周囲の敬意を集める事が出来てきた。
わからぬ事は聞けば答えが返って来るし、判断すべき事柄には常に正解が用意されていた、例え迷ったとしても答えを出すまで周囲が彼を待ってくれてもいただろう。
だからガエリオは自分の知識が全く届かぬ世界を想像し難い。薬で若返った名探偵な子供がいるなぞ考えもしないので、コナンの必死さをあくまで子供のそれとしか見ていなかったのもそういった理由だ。
そして今、ガエリオを震えさせている者の正体が、銀髪の少女であると知れた時、ガエリオは自分の基準に沿ってものを考え、結論を安易に下してしまう。
「これは、随分と美しいお嬢ちゃんだ。急に出て来たからびっくりした……」
何故震えるのか、何故怖いのかはわからないが、恐れるものではない、と少女を見て判断してしまった。
そんなガエリオの嘗めた気配は即座に少女、シャルティアへと伝わる。
「誰が口を利いていいと言った」
裏拳一発だ。身長差からガエリオの胴、というか腕横に当ったこれが、ガエリオを通りの向こう側にまで跳ね飛ばしてしまう。
吹っ飛ばされる途中で意識が失われたのか、ガエリオの手足はぷらりとあちらこちらを向き、身体とは別の生き物のように波打ちながら通りの向かいのショーウィンドウを叩き割って中へと飛び込む。
ガエリオはガラスの割れる衝撃で目を覚ましたが、それが幸運であるかどうかの判断は難しい所だ。

シルバーカラスは、銀髪の少女が放ったアレは裏拳ではなくただ手を振り払っただけだ、と見抜いた。
眼前を鬱陶しく飛ぶ蚊を払うような、そんな感覚に近かったのだろう。実際、少女と青年との力量差を比較すればそれで充分であった。
人の道を外れ、畜生道に身をやつしていたからこそわかる。コレは、シルバーカラスの手に負えるようなバケモノではないと。
あの子供は正しかった。彼の言葉には一切の誇張は無く、あの時あの場で出来る最善を彼は提示していたのだ。
シルバーカラスはニンジャの身であった為一切経験の無かったNRS(ニンジャリアリティ・ショック症状)を、自らの身で味わう事となる。
なるほど、魂に刻まれた恐怖の記憶とは、こうまで抗いがたいものなのか、と震えながら少女を見つめる。
そしてもう一人。
出会ってからまだほとんど時間は経っていない。交わした言葉は数える程。それでも互いに真剣に刃を交わしたからこそわかる。彼女の誠実さを、彼女の真摯さを、彼女の美しさを。
自らの境遇は、最後の最後まで皮肉めいたものであった。
『生の可能性が見えた直後に、これ以上無い絶好の死に場所が与えられるのだからな。ふんっ、妹弟子を守って死ぬ、か。俺には上等すぎる、願っても無い事だ』
体の中心を通る芯をイメージし、シルバーカラスはニンジャになって初めて、本来の意味でのこの言葉を口にする。

「イヤーッ!!」

それは勇気を振り絞る為の言葉。怯え竦み凍えた体に熱き血潮を滾らせる言葉。裂帛の気合と共に死をすら恐れぬ真のニンジャへと変貌する為の誓いの言葉だ。
この声に、銀髪の少女は敵対意思を認め、こちらをじろりと睨んでくる。しかるに、今やニンジャの中のニンジャと化したシルバーカラスに恐れは無い。
「子供を連れて行けい!」
化物のおぞましき気配に負けぬよう、ありったけを込めて覇気を漲らせる。足止めなぞと中途半端な事を考えていたらこれには通用しない。
一撃一撃を全て必殺のものに、我が身を省みる女々しい心の一切を捨て去るべし。
少し離れた所から笑い声が聞こえた。
「はっはっはっはっは、そうだな、それがいい。子供を連れて行くんだヤモト。おい、そこの白コート。お前はまったくもって気に食わないが、その選択だけは褒めてやろう」
砕けたショーウィンドウの奥から、先ほど銀髪の少女に殴り飛ばされた青年が歩いて来る。片手には武器に使うつもりであろう木の椅子を握っていた。
シルバーカラスは仮面を外し、素顔を晒しながら言った。
「何だ、お前もやるのか。一つ聞きたかったんだが、お前はもしかしてニンジャではないのか?」
青年、ガエリオは通りにぴょんと飛んで出るといぶかしげな顔をする。
「ニンジャ? 確か、絵本だかに出てくる話ではなかったか? ……そういう事ならば私はニンジャではないだろうな」
ガエリオは椅子を片手のみで持ち、びっと銀髪少女に向ける。
「私はギャラルホルンの騎士! ガエリオ・ボードウィンだ! いざ尋常に勝負せよ!」
おお、と感嘆した後シルバーカラスは眼前に刀を突き立て、両手を合わせてお辞儀をする。
「ドーモ! シルバーカラスです!」
二人の名乗りに、呆れた顔で銀髪の少女は言った。
「シャルティア。続く名前が聞きたかったら、少しはマシな抵抗してくんなまし」



子供、江戸川コナンはヤモト・コキと名乗った少女に手を引かれ、その場から走って逃げていた。いや、厳密には走っているのはヤモトのみで、コナンはすぐ隣を飛んでいる。それでようやくコナンはヤモトと同じ速度であるのだ。
コナンにもヤモトが必死に感情を堪えているのがわかる。剣を交えていたあの男と、笑って残ると言った青年と、浅からぬ因縁があるのだろう。今は、かける言葉も見つからない。
コナンは必要ならば冷徹なまでに正確な現状把握が出来る男だ。シャルティアと名乗ったあの女に対し、今のコナンには全く為す術が無い。いや、打つ手は考え付くがそれでどうこう出来るか確証が無い。
江戸川コナンは、工藤新一としてを含めると相当数の犯罪者と顔を合わせている。狂人も居た、殺人鬼も居た、冷徹な殺し屋も、完璧に自らをコントロールし得る生まれながらの嘘つきも、みんな、コナンは見て来た。
だが、あのシャルティアは見た事が無い。余りに異質すぎる。顔は、手は、足は、全ては人間に見えるが、その実中身は全くの別物だ。

人間の理とは別の何かで作り上げられた全く別種の生命体。あの体躯であれだけの膂力を発揮しうるなど、まっとうな生命進化の果てには決してありえぬ生き物だろう。
そんな生き物が、人間と同程度の思考能力を持ちえたなら、人間を見た時どんな反応を見せるか。江戸川コナンは少なくとも彼女に関してはその所作、そして幾つかの漏れでた言葉から推測していた。
絶対者とその庇護下にある従属者。それが彼女にとっての人間のあり方なのだろう。彼女の許しなくば生存すら許されぬ、だからこうして、人が易々と死んでいく。
コナンは世界が広い事を知っているし、コナンにも知りえぬ何かがある事も理解している。それでも尚、彼女の存在はありえないと断言出来る。
このような傲慢な上位者を、認め受け入れる程人間社会は寛容ではない。もしコナンの居た場所にコレが存在していたのなら、人間はありったけを叩き込んで殲滅しているだろう。
魔法。
そう口に出しかけて慌てて口を紡ぐ。
全てを魔法故とするのはただの思考停止だ。
このネックレスにしても、ネックレスである必然性が何処かにあるはずで。ネックレスをつけていないと空を飛べないという制限は、即ち魔法そのものにも限界があるという証拠に他ならない。何でもかんでも無制限に魔法で出来る訳ではないのだ。
ならば理さえ理解してしまえば、科学技術と何ら代わりは無いではないか。
ふと、隣を走る少女ヤモトを見る。彼女の足の速さはちょっとした陸上選手並だ。それも、短距離走の選手がそうするような速さで、何時までも走り続けている。
『こっちも……普通の人間とは違う何か、なのかねぇ』
殺し合いを促進させる手を用意してるだろう、ぐらいの思考はここに来てすぐに思い至ったのだが、直後に来たのが空飛ぶネックレスである。ただの一撃でコナンの思考の幹は粉砕されてしまった。
何をどう組み立てて思考を作り上げていくか、そのとっかかりすらわからぬままに状況は押し迫って来ていて、コナンはただ状況に対応するのみに忙殺される。
それでも、今一つ、コナンには目指すべき、やらなければならない事が出来た。
『シャルティア。あの化物を倒す。本来は頭を垂れてでもその持ちうる情報を入手すべきだが……駄目だ。そいつをやったら、俺はもう人間ですらなくなる。アレが部下を求めるとしたら、それは絶対に俺が許容出来ない事をやらせるためだ。外からの救援も間に合わない。死なせない為には、今倒すしかねえ』
思考が飛躍している。余人であればそうだろう。だがこう結論つけたのは他ならぬ江戸川コナンだ。
数多の可能性に思いを馳せ、最も起こり易いだろう未来を定め、これの避けるべき部分を抽出し回避に全力を注ぐ。もちろん、優先順位は間違えない。そして江戸川コナンは、善であり正義であろうとするからこそ。
毛利蘭を、最後に回す。灰原哀の優先度を、最も下げる。
それが正義だ。
そこまで考えてコナンは、我が身を振り返り苦笑する。
『それが出来りゃ苦労はねーんだよ』
コナンはそこまで感情を捨てきれない。きっと、蘭の危機を目にすれば、灰原が追い詰められているのを見かければ、なりふり構わず救いに走ってしまうだろう。そんな自分が容易に想像出来る。
そしてきっと、シャルティアを倒さなければならないと考えたのも、守るべき人の顔を思い浮かべたからだろうと思った。
『交渉で何とか出来りゃ、それが最善なんだけどなぁ。失敗した時、倒す手と覚悟を用意してねえと確実にこっちが殺られる。誰かが、アレを止めなきゃなんねえんだ』
ズキンと心が痛む。流石にこれを一息で飲み込める気は、コナンにはしないのであった。



「……以上、だ」
息も絶え絶えな様子で全てを語り終えたシルバーカラスから、シャルティアは手を離す。シルバーカラスは地に落ち、一切の反応を見せない。
忍者の勇気も騎士の誇りも、全てを踏みにじったシャルティアは虫の息のシルバーカラスに魅了の術をかけ、彼が知る全てを語らせたのだ。それは、実に驚くべき内容だった。
ニンジャ、職業の一つぐらいにしか認識が無かったソレが、シルバーカラス達の住んでいた地域では極めて重要なもので、彼の語る世界の姿はシャルティアにも全く理解出来ぬものばかりであった。
シャルティアは同じ階層守護者に良く馬鹿扱いされるが、これでも最強戦力と目されてもいるのだ。馬鹿に最強戦士が務まるはずがない。戦いとはただ腕力が強い程度で勝てるようなものではないのだ。
「異世界、と考えるべきでありんしょうか……」
ユグドラシルから今居る場所へ転移した時も、行った先は全てが未知の土地ではなく、人間が居てモンスターが居て魔法があってとシャルティアの知る世界と似通った世界であった。
その似通い具合が遠かったり近かったりする別の世界があるかもしれない、程度には思考が回るシャルティアである。
とはいえ、それを確認出来たかもしれないもう一人の男は、加減を誤って殺してしまっている。なので多分馬鹿扱いは変わらないかもー、とちょっと悲しくなってくるシャルティアである。
シャルティアは眼下の男を見下ろす。この男は何度も何度も、シャルティアにすらその刃を突き立てた。
再生能力で充分賄える程度であったが、その切っ先の鋭さはシャルティアですら回避適わぬものを見せて来た。ニンジャと言うらしいコイツの動きにも慣れればかわせるようになったが、動きを捉えるのは何やかやと結構骨が折れた。
それに、とシャルティアは男の有様を見て嘆息する。
あまりにしつこすぎるので、ついやりすぎてしまった。辛うじて息はあるが、もう長くはないだろう。それは例え眷属にした所で結末は一緒だ。それほどに男を壊してやったのだが、この男はまだしぶとくも息をし続けていた。
「こういう泥臭さは、女には嫌われますえ」
シャルティアはさして惜しいとも思わず、シルバーカラスにトドメを刺した。
最後の瞬間、シルバーカラスはシャルティアではなく、先に殺してしまった青年の方を見ていた。より正確には、青年の傍らに落ちていたタバコを見て、苦笑しながら彼は死んでいった。
小間使いを欲しくはあったのだが、どうせそうするのなら美しい者を侍らせる方が良い。
シャルティアは最早死体には見向きもせず、またぶらぶらと歩き出す。死体にこそ性的魅力を感じるというヒドイ設定を押し付けられたシャルティアであったが、そもそもコレ程度の人間はシャルティアの眼中にないのである。
この男のように、聞けば色々と目新しい知識も手に入るらしいので、とりあえずはその辺歩いて回って人間を探すのが良い、とシャルティアは、それほど警戒もせぬまま。
シルバーカラスは、少なくとも王国や帝国の騎士とは比べ物にならない程のタツジンであったのだが、シャルティアにとってはだからどうしたといった所なのだろう。武器も防具も無い無手の状態で魔法も使わずに倒せる程度の相手なのだ。
せめてシャルティアに魔法を使わせる程でなくば、彼女が警戒を密にする事は無い。それほどにシャルティアは人間を見下しており、それは概ね、正当な判断なのであった。




【シルバーカラス@ニンジャスレイヤー フロムアニメイシヨン】死亡
【ガエリオ・ボードウィン@機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ】死亡
残り61名



【E-8/黎明】
【ヤモト・コキ@ニンジャスレイヤー】
[状態]:健康
[装備]:ヤモトのスカーフ@ニンジャスレイヤー
[道具]:支給品一式、不明支給品1(武器の類ではない)
[思考・行動]
基本方針:ニンジャがシュウゲキするならば相手をする。
1:シャルティアから逃げる。
2:二人のニンジャに警戒。
3:折り紙を確保し大量にバッグへ仕込む。
4:……………………。
[その他]
※参戦時期はスワン・ソング・サング・バイ・ア・フェイデッド・クロウにて『シルバーカラス』と対峙する前から。

【江戸川コナン@名探偵コナン】
[状態]:健康
[装備]:双眼鏡(トロピカルランドの備品)飛行ネックレス@オーバーロード
[道具]:支給品一式、ランダム支給品0~2
[思考・行動]
基本方針:殺し合いからの脱出
1:シャルティアから逃げる。
2:人外の怪力と運動能力を持つシャルティアの殺害。
3:蘭、灰原の保護
※シャルティアの恐るべき能力を見ました。魔法の存在を認め、この世に本当に魔法があるとどうなるかを考えています。


【F-7/黎明】
【シャルティア・ブラッドフォールン@オーバーロード】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:
[思考・行動]
基本方針:人を探す
1:人を見つけ、ここが何処か等の基本情報を入手する。
2:アインズ様にこの楽しい場所(トロピカルランド)を是非紹介したい。(←名簿を見ていないので、アインズが来ている事は知らないがっ)
※彼女の支給品他は、G-6付近に放置されたままです。また彼女は首輪爆破で自分は死なないと思ってますし、殺し合いのルールも何一つ把握しておりません。
※シルバーカラスよりニンジャスレイヤーの世界に関する様々な事を聞き出しました。


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GAMESTART シルバーカラス GAME OVER
031:シャルティア様、トロピカルランドへ行く 江戸川コナン 050:Darkninja Look before he leap
031:シャルティア様、トロピカルランドへ行く シャルティア・ブラッドフォールン 050:Darkninja Look before he leap
020:バック・トゥ・ザ・バック ガエリオ・ボードウィン GAME OVER
020:バック・トゥ・ザ・バック ヤモト・コキ 050:Darkninja Look before he leap

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最終更新:2016年10月29日 23:25