03◆反転少女
こんにちは、が正しいのかもわからない、薄曇りの空の下。
たくさんの車が並ぶ駐車場の一角に、気が付いたらわたしは立っていました。
並ぶ車は赤、青、白、黒、カラーリングに富んでお花畑のようです。
わたしはいつのまにか、わたしが通う中学の学生服たる、セーラー服を身に着けていました。
セーラー服はいつもわたしが着ているもので、どうやら拉致されている時に着替えさせられたようです。
あまり考えていくと羞恥心が生まれるのでできれば考えたくはないですが、
ちら、と胸に手を入れて覗いてみると下着も替えられているようでした。
……深く考えないことにします。
ちなみに肩からは運動部の方が持つような、デイパックを下げています。
「それにしても、ずいぶんと乱暴な始め方です」
辺りを見回しながら。
わたしはここには居ないだろう、あの白衣の女性に向かって、まずはひとこと送りました。
実験というからには
開始の合図くらいあってもいいとわたしは思うのですが、
突然拉致されて集められたうえ、いきなり指差されたかと思えば会場に飛ばされていたなんて。
ほんとうに夢みたいな出来事です。
しかし、それにしては妙に――記憶が整理されすぎていました。
「わたしは××中学三年、二組出席番号××番の××××です。生徒会に入っていました、と」
たとえばこう発言しようとしたとき。
個人情報に関わるであろう、中学校の名前、出席番号、自分の名前。
この三つはたしかに、あの女性が言うように思い出せません。
しかし。
個人情報にあまり関わらない、中学生であること、所属していた組が三年二組であること。
そして生徒会だったこと。
この三つははっきりと、鮮明に思い出せます。
どうでしょうか?
仮にここが夢の中だったとして、こんなに規律じみた設定をわたしの夢は作れるでしょうか?
わたしは、作れないと思います。
少なくとも「夢だと思い込む」よりは、「夢じゃないと考える」ほうに重きを置く、
そういうスタンスを取らざるを得ない状況であると、わたしは判断します。
スタンス。
Stance。
何かに取り組む姿勢などを表す英単語です。受験英単語の十六ページに載っていました。
例文は確か――"He took an uncertain stance.(彼は曖昧な態度をとった)"。
「こんなことだけは無駄に覚えてるんですね、わたし」
わたしはわたし自身に向けて、自虐的につっこみを入れました。
いろんなことを忘れているのに、自分がどういう人間だったかは何となく覚えているこの頭が、笑えます。
そしてわたしは、笑えません。
なぜならわたしが取ろうとしているスタンスは、あまりにも感情的で、理由のないものだからです。
もう一つ、はっきりと覚えていること。
この娯楽施設に、
殺し合いに呼ばれる前、パジャマに着替えてベッドに転がり、
枕の下を覗いたときに見つけた「文字紙の招待状」に、不思議なインクで書かれていた四字熟語。
わたしの名前は――「勇気凛々」。
「そう。わたしは……常に。小さな
生徒会長であったあの時代でさえ。
弱きを助け悪を挫く、
ヒーローのような存在に憧れて、それを実行していました」
デイパックを開いて、中身を確認しながら、わたしはひとりごちます。
言葉に出すことで意識をはっきりさせて、意志が揺らがないようにするためです。
例文の彼のように、曖昧な態度ではいけません。それは、勇気のない人間がすることです。
わたしは、勇気凛々なのですから。
勇気を持って、即座に行動できるような人間でなければいけないのです。
「だからわたしは、ヒーローになります。こんな場所であっても、凛として。
善を守り、悪を倒し。
この殺し合いにおいても、知らない人であっても、誰もが本質的にはいい人なんだと考えて接し。
絶対に誰も殺しなどしない、どこまでも真っ直ぐな愚者に、わたしはなるんです」
……。
わたしは、デイパックの確認をやめました。武器になるものは要らなかったからです。
すでにわたしは、武器を持っていました。
わたしの右手が握っていたのは、どこまでも澄んだ銀色に刃を輝かせる、一振りの大きな剣です。
突然現れたその剣に、わたしは驚くでもなく、怖がるでもなく、ただ納得しました。
なんとなくで、理解する。いきなり力を与えられたヒーローが陥る心情に、いまなら共感できる気がします。
わたしのルール能力は、《勇気を出したときに剣を顕現する》である、と。
剣が現れたときにそう頭の中で、声がしたような感覚があったのです。
「わたしはずっと思っていた、と記憶してます。
わたしはヒーローになりたいと思ってはいたものの、前提として中学生の女の子であって、
それゆえに、ヒーローとしての力、善を守り悪を倒すための力がなくて……
いつも、力が欲しいって、思ってました。
こんな場所でその願いが叶ったことを、少し残念に思う気持ちもありますが。
素直にここは、喜びます。嬉しいです。これでわたしは、自分の道を、遂げられる――さて」
わたしはひと息、息を整えます。そして、
横に飛びながら《剣》を振るい、真横にあった赤い車を真っ二つに裂きました。
車は思ったとおり、外装が薄い合金で出来ているだけで、中は空洞、ハリボテでした。
まあ、本物であれば中の機械がいろいろと使える可能性があるので、本当はどっちでも良かったのですが。
それよりも、わたしが狙っていたのは、赤い車の後ろに隠れていた見知らぬお兄さんの方でした。
おかっぱ頭にモノクロの服を着た男の人は、わたしのいきなりの行動に驚いています。
「なっ……!」
「――この剣。
ただ《剣》と呼ぶのでは、親しみが少し足りないですね。《りんりんソード》とでも呼びましょうか。
さてお兄さん。その右手に構えているものを落としてください。
そんなもがなくても。わたしたちはもう少し、建設的な話し合いができるのではないですか?」
「どうして、ばれ」
「足音。隠しきれてないです。
それと、わたしのデイパックの中に入っていた、手鏡に反射して。あなたの靴が見えました。
この二つの材料があれば、あなたがここにいることくらいは分かります」
「……くっ、」
「さあお兄さん。その右手に構えている、ボウガンを落としてください。
わたしは勇気凛々、善人は守りますが、悪人は斬らなければなりません。
あなたがわたしを殺そうとしていたことは……謝れば、許します。それが、ヒーローですから」
「わたっ……私は、早くもとの世界に帰ってやらなければいけないことがあるんだっ!
ようやくコネを作って会社を立ち上げ、いざ心機一転、社長生活を満喫するつもりだったのにっ。
こんなところに連れてこられて! 認めない、認めないぞっ! くそう!」
構えられました。
ボウガンと、その発射台に備わっている弓が、そろってわたしの体を狙います。
余談ですが、ボウガンに似た武器として、日本や中国には「弩(ど)」という武器があったらしいです。
とても大きな弓だったそうで、「超ど級」や「ドすごい」などの言葉に使われる「ど」って、
この武器から取られたんじゃないかな、とわたしは思っています。
それにしても、わたしの見る限り。
この男の人はまあまあ顔立ちもいいのに――「ど」がつくほどにかっこ悪いですね。
「お兄さん、あなたがは勇気を出しているのではなく、現実から逃げ出しているんです」
発射される矢。
わたしの身体に刺さろうと一生懸命空を泳ぐそれは、当然わたしには届きません。
なぜなら、幅広の大剣である《りんりんソード》でわたしは防御していたからです。
「落ち着いて、息を三回吸って吐きましょう。今の自分の姿を、客観的に見つめてください。
そして、この実験が事実であると認めるところから始めましょう。認めたうえで、どう行動すべきか決定する。
ただがむしゃらに行動するのではなく、一本、芯を通して――それが大人というものではありませんか?」
かぁん。
と弾かれた矢が床に落ちると、同時にお兄さんも、気が抜けた炭酸飲料のようにへたれてしまいました。
地面に座り込み、がくがくと足を震わせて。
かと思えば、口と表情は雄弁に働いて、ただひたすらにまくし立てています。
「あっ、あ、悪魔め! 中学生の服着てしかも女の子で、上手くやれば私でも殺せると思わせやがって!
そうやって誘惑しておいて、その剣で私を殺す気だったんだろっ! 畜生!
……やめろよっ! そんな同情するような目で私を見るな! ふざけるなよっ、私は社長だぞ!
見下すんじゃない、見上げるんだよっ! 崇拝しろよっ! うああ、近寄るなぁ」
「だから、落ち着いてくださいと何度も言っているじゃないですか。
わたしはただ、お兄さんと協力関係を築ければ、と――」
「近寄るなって言ってるだろぉ!!」
弾かれました。近寄って、剣を持っていない方の手を差しだし、起きるのを手伝ってあげようとしたのですが、
お兄さんはわたしに恐怖を感じているようで、手は弾かれてしまいました。
男の人の全力で手を叩かれたのと、同じようなものです。痛いです。
痛いことをされると、誰だってむかつきますよね。
「……お兄さん、すいませんが。今からあなたを、脅さなければならないようです」
「ひ、ひぃっ!!」
したくはありませんでした。が、優しくしてだめなら怒れと、生徒会長だった時代にわたしは学んでいました。
ほんの少し、実際に怒ってもいましたが――両手で《りんりんソード》を持ったわたしはそれを振り上げ、
コンクリートの地面に向かって、一気に振りおろします。
鈍い破砕音が響いて、コンクリートにひびが入り、少しめくりあがりました。お兄さんは、黙ります。
「次はお兄さんの頭にこれを振り下ろすかもしれません」
で、また、振り上げます。わたしは昔からすこし不器用なきらいがあって、こういう方法しかとれませんでした。
しかし事態は一刻を争います。
今だって、実験に参加させられている他の人たちが、殺し合いを始めてしまっているかもしれません。
わたしがお兄さんを説得している間に、何人もの人たちが殺されてしまう。これだけは避けるべきでした。
だから、荒療治ながら、わたしは男の人に気絶してもらうことにしました。
一回夢の世界で、頭を冷やしてもらおうというわけです。
「さあ、どうしますか? わたしに協力するか、この《りんりんソード》に殺されるか、です」
「あ、あぁ……」
振り上げた《りんりんソード》はそのままに、お兄さんに迫っていきます。
半歩、半歩、じりじりと、近づいて、いきます。
お兄さんはわたしがハッタリをかましているのかいないのか、しばらく迷っていました。
しかし次第に顔は青ざめ、手から足先まで震え、おかっぱ頭を振り乱していき。
ボウガンを落とし。
そして急に。
わたしにすがるように、泣きながら抱きついてきました。
わ、え? 予想外、です。
「う、うわああぁ……こっ、殺さないでくれっ! ……止めれぅれぇっ、ひっく」
「え、ちょ……きゃ!」
「謝るっ、謝るからあっ! 殺らないでくれよっ! うえぇえん、死にたくないよぉ。なあ君ぃ、助けてくれぇえ」
「やぁっ、や、やめてください! くすぐったいです!」
「頼むよぉ! かかか金は払うからさぁ!
バカな知人どもから巻き上げた資本がまだあるんだっ、あげるからさ、数百万あるからっ!
崇拝しろなんて言わない! むしろ救ってくれたら君を女神と呼ぼうっ! だから」
「にゃ、わわ、やめて、登ってこないで! 落ち着きましょう! おにいさ――あれ?」
「へ?」
「あ、れ?」
「??」
そしてお兄さんの手が、わたしの胸に当たってしまった、時でした。
かちりと音がする感覚がして、わたしは唐突に、《気づいてしまった》のです。
《間違えていた》ことに。
わたしのスタンスが――180度、間違っていたことに。
「あれ、”私”。何を考えていたんでしょう。ヒーローは……善人は殺して、悪人は守るものなのに。
なんで逆に考えてしまっていたんでしょう……」
《りんりんソード》を地面に落とし、ぼぅっと私が考え始めると、
急に泣き止んだお兄さんは、それはもう不思議そうな顔で私を見つめ、するといきなり目を見開いて、
がちがちと歯を鳴らしながら私を突き飛ばすと逃げていきました。
とんでもない悪人です。
悪人は、守らなければなりません。
私はふらりと起き上がると、ヒーローとしての役目を果たすため、モノクロの服のお兄さんを追いかけました。
ボウガンは拾って、デイパックに入れました。
【B-2/駐車場B地区】
【勇気凛々/女子中学生】
【状態】かすり傷、困惑
【装備】《りんりんソード》
【持ち物】化粧用の手鏡、ボウガン
【ルール能力】勇気を出すとりんりんソードを具現化できる
【スタンス】ヒーロー→ヒーロー(反転)
【心機一転/ベンチャー企業社長】
【状態】健康、恐怖
【装備】なし
【持ち物】なし
【ルール能力】胸に手を当てた人のスタンスを180度反転させる
【スタンス】マーダー→逃亡
用語解説
【スタンス】
単語としての意味は本文中にもあるように立場、態度、姿勢など。
ロワ界隈では、ロワ自体に対してどんなスタンスをとるかを表すことがよくあり、
大きく分けると
- 「対主催」……殺し合いに乗らず主催を打倒しようとする。
- 「マーダー」……殺し合いに乗って参加者を殺す。
の二つに分かれる。
最終更新:2015年03月02日 01:25