急曲直下(後)

04◆急曲直下(後)



 鋭い痛み、すら感じないほどの、ルール能力による斬撃。何でも真っ二つにする一刀両断の日本刀。
 そんなの卑怯だ、と紆余曲折は心中で愚痴って、でも痛みを感じないおかげか思考は妙にクリーンだった。
 逃げられない。
 ということが、ほぼ確定しつつあった。
 なら生き残るために、紆余曲折はどうすればいいのか。考える、考える、考えて――答えを導こうとする。

(僕のルール能力。屋上駐車場の地形。相手の戦法。僕の体力。どうすべき?
 くそ……っ、そんなの考えてる暇がない! 走らないと――殺さ、れる!)

 ひた走る紆余曲折の元に、エスカレーターゾーンが見えてくる。
 やった、あそこは。
 平らな広い世界、屋上駐車場の中で唯一、紆余曲折が隠れられる場所。
 もう役に立たないデイパックを放り投げて、エスカレーターゾーンと書かれた建物の裏に回り込む。
 当然イノシシに乗った一刀両断も追ってくるが、

「へえ」

 屋上にある建物には、上に登るハシゴがついてるのが定石だ。
 紆余曲折は壁から伸びるハシゴに掴まって、上へ駆け上げろうとする。
 一刀両断は相手の機転に感心しながらもすぐさま日本刀で斬りつけようとする、
 も、その斬撃を《迂回させられている》間に、紆余曲折が射程範囲外まで登りきる。
 4秒――ってとこだな。
 ここまでの攻撃を冷静に計り、一刀両断はそう推測した。
 紆余曲折が攻撃を迂回させられるのは、4秒。

「はぁ、っ……どう、だ。これでイノシシじゃ追ってこれないよ」
「でもハシゴは一か所だけだぜ。お前はもう、降りれない」

 高さ5メートルほどの建物の上まで登り切り、虚勢を張る紆余曲折に、一刀両断は的確なツッコミを入れる。
 しかし紆余曲折はいったん目をそらすと、「そうだった、くそ」と、少し演技臭い驚きの表情を浮かべた。
 何だ? その疑問は一度、下からの甘ったるい声で打ち切られる。

「ねーいっとうりょうだんー、うちそろそろ戻ってもいいー? 疲れたにぃ」
「うお!? 顔だけ人間に戻んなよ急に!
 びっくりしたじゃねえか……。まあいい、いったん戻る。けど、ハシゴを登ったらまた乗せてもらうぜ」
「もー、しょーがないにぃ。豚の生姜焼きも追加だにぃ?」
「はいはい。安く付けといてやるよ。おい、登るぜ」

 ずいぶんと食い意地が張ったイノシシが、いったん人間体に戻る。
 何のイリュージョンか服は再生している。さすが全年齢板。
 紆余曲折がほっとするのも束の間、一刀両断と猪突猛進の二人はハシゴを登ってくる。
 5メートルはかなり高い。
 ここから飛び降りて逃げるのは、一般的な男子高校生である紆余曲折にはちょっと無理があった。

(……作戦は、いま、考えついた。でも上手くいくか分からない)

 紆余曲折は、覚悟を決めなければならなかった。
 唯一思いついた作戦は、相当な危険を伴うもの。
 しかも成功確率はおよそ50パーセント。失敗すれば、自分は確実に死ぬものだった。

 いや――言ってしまえば、覚悟を決めるのが遅すぎた。
 突然の奇襲だったなんて言い訳は通じない。
 どのみち殺し合いの場にいる時点で、いつかこういう展開になるかもしれないことは想像できた。
 いまのこれは。それがちょっと早く来ただけで。
 どれだけ迂回しても逃れようのないものだって、最初から分かっていたはずで。

「《超・猪突猛進……イノシシ変化》だにぃ」
「さあ紆余曲折、最終局面だぜ。お前が死ぬか、お前が死ぬかだ」
「ちっとも嬉しくない選択肢ですね」

 再びイノシシとなった猪突猛進と、それに跨る一刀両断。
 対して紆余曲折は、普通のビルの屋上くらいまで狭くなった敷地の端に立ち、背水の陣を取る。

「まだ、僕はあきらめない。こんなとこで死ぬのなんてごめんだ。だから、逃げ切ります」
「あたしもこんなところで死ぬわけにはいかねえんだよ。なんたって、あたしには夢があるからな。
 お前には夢があるか? 自分の命より大切な夢が。……なんて、高校生のガキに聞くことじゃあねえか」

 号令の代わりに、日本刀をひゅっと振る。
 イノシシの猪突猛進が始まる。あくまで一刀両断の足として、紆余曲折からは体一つぶん逸れた軌道で。
 ずんずんと迫ってくるそれを――真横に走り始めることで、回避する。
 当然イノシシも急ブレーキの後に曲がり、紆余曲折を追う……建物の端と紆余曲折、そしてイノシシが、横一線に並ぶ。

(やっぱりだ。何を考えてる、こいつ……?)

 イノシシの上で日本刀を構える一刀両断が、少し妙な空気を感じ取る。
 今までとは違い、紆余曲折が明らかに目的意識を持って逃げているのだ。

(足に迷いがない。でも特に新しいことをしているようには見えない……デイパックを捨てた分だけ、
 ほんの少しスピードは上がってるみたいだが)

 だったらあたしたちもスピードを上げるだけの話だ。
 ぽん、ぽんと猪突猛進の頭を叩けば、意志を受け取ったイノシシは加速、紆余曲折との距離をさらに縮めていく。
 時速45km。には届かないものの、
 あっという間に一刀両断の刀は、紆余曲折を仕留められる範囲にまでたどり着く――そこで、気づく。

「あ……おま、え、……まさか」
「ええ」

 紆余曲折はもう、逃げる気なんてなかったのだ。
 背水の陣からこうして、真横に逃げた時点で。次に曲がる方向には、すでにイノシシがいることになってしまう。
 もし曲がったら、イノシシに飛び込みに行くことになる。そんなの……、

「人身事故の原因第一位は、やっぱり飛び込みですよね……!」
「てめ、え……!!」

 自ら死ににいくようなもので。
 自分から死線に飛び込むことで、《わざと軌道を曲げに行く》、ということで。
 一刀両断が刀を振り下ろすと同時に、紆余曲折はイノシシの真ん前に飛び出して――ルール能力を、使う。

「《死に急がば回れ》――!!」

 でも、《攻撃を4秒間迂回させることが出来る》。このルール能力では、曲げる方向は、選べない。
 だから、賭けだった。天国か地獄かの、50パーセントの賭け。

 右に曲がるなら何の意味もなく――作戦は失敗して紆余曲折は死に。
 左なら、イノシシと一刀両断は勢いよく端から落ちていき、5メートル下の屋上駐車場に激突――、
 コンクリートにこのスピードでぶつかったら、イノシシも人間もただでは済まない。

 三人の運命は、偶然に委ねられた。
 そして。
 猪突猛進の、イノシシの体が、目に見えない力に弾きとばされるように、

 空を飛んだ。


【猪突猛進:死亡――残り十五名】


「殺せ」
「……」
「あたしたちの負けだ。こいつが死んで……あたし一人じゃお前にこれ以上の攻撃はできない。
 刀も手放しちまったしな。けっこう飛んでたから――今頃下か。誰かに刺さってたら御の字だな。
 お前、生き残りたいんだろ? 最後の一人になりたいんだろ……だったら、あたしは殺した方が、いいぜ。ははっ」

 ポニーテールは、ほどけていた。だがそれ以外には、あまり傷はない。
 一刀両断の状態は、勢いよく5メートルの高さから落ちたにしては奇跡といってよかった。
 もちろん本当は、そんな奇跡は起こっていない。実際には一刀両断は、助けられたのだ。
 一緒に落ちて行った猪突猛進。
 全身に打撲、とくに頭を強く何回も打ち付けたらしい彼女に、 
 やさしく抱きかかえられるようにして、一刀両断は寝転がっている。日本刀は、どこかに飛んで行ってしまった。

「なんたってあたしは、こんなバカみてぇにあたしを守ってくれた、
 同盟組んでるってだけで命張ってくれたこいつを――利用する気まんまんだったんだからよ。
 生かしてもいいことなんてない、ぜ。あー、まだ肺にきてるわ。おい……なんとか言えよ、お前。なぁ、泣くなよ」
「泣いて、ないです、よ……泣い、て、なんか」

 一方、そんな一刀両断を見下ろすように立ち尽くしている紆余曲折はといえば、ひどい顔をしていた。
 この世の地獄を見たかのような顔、にふさわしいくらい、青ざめて目を見開いて、そして、泣いていた。
 覚悟を。
 生き残るために人を傷つける覚悟を決めたとはいえ、こうなるとまでは想定していなかった。
 目の前で人が死んでいて、それをやったのは自分自身で。
 生きている人間から、殺してくれって言われて、この実験のルールは、これを肯定している。
 それが、現実。紛れもない、今ここで起こっていること、だなんて。
 紆余曲折が受け止めるには――あまりにも、重すぎた。

「う、えぇっ」
「ははは、落ち着けって。死んだ奴は戻ってこねえよ」

 ここに来てから何も食べてなかったのが幸いして、胃の中身は吐かずに済んだ。
 それでも、胃液のような酸っぱい汁が逆流して口から垂れ――尾を引いて地に染みを作る。
 やっぱり僕は、人を殺せるような人間じゃないんだな。
 異常な気持ち悪さに膝をつきながら、紆余曲折はそう確信して。
 だから、一刀両断に、言った。

「……あなた、は、……殺さない」
「あぁん?」
「分かったんだ。僕は、僕には、……この殺し合いを生き残れるような力は、無い。
 ここであなたを殺したら、僕はひとりで生きてかなくちゃいけない。そんなの無理だ。もう心が折れそうなのに。
 そんなことが出来るだなんて、僕は楽観視してたんだ……」
「出来ると思うけどな、あたしは。あたしをここまで追い込んだお前が、そんなことを言うんじゃねえよ」
「でも、それは偶然だ……!」

 絞り出すような、声。

「偶然、僕の運が、良かっただけなんだ。それだけのことで、人が死んだ」
「そんなんあたしも、分かってるよ。その上で言ってる。偶然でもなんでも、お前は人を殺せたんだよ、紆余曲折。
 殺せたんだ。返り討ちに出来たんだ。生き延びる力があったから、出来たことだろ」
「……完全にじゃない。まだあなたは生きてる」
「まあな。……あたしはまだ、生きれるだろうな、確かに。
 でもあたしはさ、潔い奴が好きなんだ。だからお前は潔く勝ちを認めて――敗者のあたしを、殺す義務がある」
「それは、あなたの勝手な自分ルールだ。
 僕が従わなきゃいけないのは、あの紙に書いてあることと、ルール能力だけ……そう、でしょう」
「否定はしない」

 でも。そう言ってお前は、あたしを殺さないための論理を並べてるだけだろ?
 一刀両断はそう続けようとして、しかし言葉を飲み込んだ。少し、場の空気が、変わったからだ。

「……だったら」

 この短時間で。自分と会話していた紆余曲折の目が、光を取り戻していた。
 息はまだ上がったまま。指先も震えたまま。体幹もふらついたまま――それでも目だけは、生きていた。

(こいつ。自分にのしかかってる重圧を……精神への攻撃だと考えて、《迂回》させてやがるのか)

 4秒間。紆余曲折はそれだけの間、冷静になることができた。
 そして考え付いたのは、生き残るための最善策。重くのしかかる後悔さえ無視して、一刀両断に語りかける言葉。

「だったら、僕は、あなたを、使う。一刀両断さん、あなたは。
 これから死ぬまで、僕と一緒に生き延びて――僕を守れ。そしたら僕が、殺してあげます」

 ふ、と消える目の輝き。《迂回》させた重圧が一気にのしかかり、紆余曲折は倒れた。
 糸の切れた人形のように倒れた背中から、じわりと血がにじんでいるのが見える。手当をしなければ、まずいだろう。

「……はっ、死ぬまで一緒にいろだってよ。初対面の人間に言う言葉じゃねーぜそれ。
 プロポーズかよ」

 完全に死ぬ心づもりで手足を投げ出していた一刀両断は、身体の内部にきてる痛みに耐えながら立ち上がる。
 紆余曲折を抱き上げて、背中に背負った。
 少しごき、ごきと肩や腕を鳴らす……まだいける。刀さえ手に戻れば、さっきと同じように戦える。
 軟弱な草食系男子をひとり守りきるくらい、ぜんぜん余裕のよっちゃんだ。

「わりぃね、猪突猛進。あたしはどうやら、こいつに捕まっちまったみたいだ。墓には肉を供えといてやるから、
 ちょっとそこで眠っててくれ」

 死体を一瞥すると、前に進む。
 強く、正しく、潔く。
 一刀両断は紆余曲折の下に付き――彼の盾になることを、こうして誓ったのだった。


【C-2/屋上駐車場】

【紆余曲折/男子高校生】
【状態】背中に裂傷、昏睡
【装備】なし
【持ち物】なし
【ルール能力】攻撃を4秒間迂回させることができる
【スタンス】生き残る

【一刀両断/ポニテの女】
【状態】軽傷
【装備】なし
【持ち物】なし
【ルール能力】持った刀はすべてを真っ二つにする
【スタンス】紆余曲折の盾


急曲直下(前) 前のお話
次のお話 曇天霹靂

前のお話 四字熟語 次のお話
都市伝説 紆余曲折 手を繋ぐ
     一刀両断 手を繋ぐ
     猪突猛進 実験終了

用語解説

【猪突猛進】
目標や指針などに向かって突き進むことや、前後のことを考えずに相手にぶつかっていくこと……など、
あまりいい意味では使われない四字熟語。
四字熟語ロワにおいては、どこかの田舎から連れてこられた訛りのある肉食系女子。
わりと四字熟語通りにあまり物を考えない彼女は、ちゃっちゃと殺し合いに乗って、
最初に出会った一刀両断と同盟を組んだりしていた。好物は肉のようだ。

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最終更新:2015年03月02日 01:38
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