西行氷哉が持っていた首輪探知機。それに映った三つ目の赤点の主は、カインツ・アルフォードという少年だった。
「……これ、立花のだよね、多分……」
カインツは自身のデイパックに入っていた大太刀を見て呟いた。常時から日本刀すら使っていないカインツには大太刀など自由に扱えるわけが無い。何よりかさばるから、と、カインツは大太刀を再びデイパックに押し込んだ。
彼の住む小さな小さな島国・カゼハナで、「アルフォード」といえば、大抵の場合カインツの家を指す。
彼の家が富豪だからではない。
カインツが島で唯一の医者をやっているからだ。
彼の伯父も数年前まで医者をしていたのだが、あくまでも「数年前」までの話である。
その彼、カインツ・アルフォードは、不名誉なことかもしれないが、死体を見ることに抵抗がなかった。
職業のせいかもしれない。彼は「医療」のスペシャリストだが、しかし、万能ではないのだ。だが、それ以上の問題が、彼にはあった。
彼の母国で、一年半ほど前に怒った大量殺人。寧ろ戦争にも近かったかもしれないそれのせいで、カインツの目は、死体程度では驚かなくなっていた。当時のせいで、死体に恐怖を抱かなくなった人間は、カインツだけでは無いだろう。
勿論、現在の状況も例外にはならず。
彼の前に倒れている身体は既に冷たい。
(口の中に押し込んだのか……この人は苦しまずに死ねたのだろうか)
カインツは冷めた頭で考えた。
カインツの知るところではないが、この死体の持っていた名前は「アリッサ・エルゼーン」という。
さらに言うのなら、この少女を殺したのは、カインツの友達とも好敵手とも呼べる少年だったのだが……やはりこれは、カインツの知るところではない。
そして少女に黙祷をささげようとしたカインツの喉もとに、返しつきの針が向けられたのはその直後だった。
「……これ、お前がやったのか」
続いたのは、怒りに震える友人の声。友人――立花蘭も、死体を「これ」と表現したが、カインツとしてもそれほど気にするのは値しなかったらしい。
「立花」
「答えろよ」
蘭の息が上がっている。遠くから(すくなくとも西行の首輪探知機に引っかからない距離から)カインツの姿をみて走ってきたのかもしれなかった。
(ならば怒って当然……か)
カインツは思う。だってゲームに乗っていないと信じて駆け寄った友人が、既に殺人を犯していたのだから。
「……いや、まあ、やってないんですけどね」
「やってないのか」
独り言が、そのまま蘭への返答になった。カインツが肯定の意味で頷けば、二歳年下の友人・立花蘭は、安堵の息を吐く。
「マジか。よかったあ。まあでも、カインツが殺人なんて洒落にならないもんな」
だって医者だし、といいながら、あっさりと針をデイパックにしまいこむ蘭に、カインツは思わずため息をついた。
「……あのさあ、立花。こういう場面で、人を簡単に信じちゃダメだよ」
「…………は?」
さっと一歩後ろに下がる蘭に、「僕は殺しちゃいないけど」とカインツは続ける。
「誰がゲームにのってるかはわからないんだ。知り合いだからって、気安く話しかけたり、信用したら駄目だよ」
ここまで言うと、蘭は困惑の表情を浮かべ、カインツの様子をうかがうような小さな声で「じゃあ、どうやってお前を信じればいいんだよ」といって俯いた。
(……立花には、自分も疑われてるっていう考えは無いのかな……?)
カインツはこれを口にせず、自身のデイパックを無言で蘭に差し出した。
「……なんだよ」
「僕のデイパック」
「みりゃわかる」
「……中、見て。ランダムアイテムは武器と救急箱、それからリボンだよ。三つきっちり入ってるから、ズボンとかに隠している可能性は無いと思って欲しいな。何なら脱いでもいいけど。それとも胃の中までひっくり返そうか?」
後半を冗談っぽく言ったカインツに、蘭はこれまた冗談のように「消化されちまってる可能性は?」と返してから、カインツのデイパックを受けとった。
「……まあいろいろ返しは思いつくんだけどさ。とりあえず消化したら使えないよね、って言わせてもらえる?」
「そりゃそうだ」
くっくっくと秘めたような笑い声をあげ、蘭はカインツのデイパックのチャックをあける。続けて、カインツに自分のデイパックを投げ渡した。
「中、見ていいってこと?」と、カインツが首をかしげる。
「たりめーだろ。俺だけ見ンのはなんか、えーと、フィアじゃねえ」
「フェア、かな」
「そう、それ」
うんうんと頷く蘭。その横で、カインツは蘭のデイパックをあけた。
(……ごめんね蘭。ためさせてもらったよ)
さて、立花蘭という、運動に特化した純粋な中学三年生は、高校二年生の計算にどれほど気づいていたのだろうか。
カインツ・アルフォードという人間は底なしの善人であった。だが、善人すぎるがゆえに、どこか常識を逸している。勿論、この島にいるであろう「ゲームに賛成した者」のように、殺しに参加したわけではない。寧ろ、カインツは「皆で生き残りたい」と強く願っていた。
アリッサ・エルゼーンの死体に黙祷をささげようとしたその段階で、後方から迫る足音にカインツは気づいていた。それなのに何故逃げなかったか? それは簡単。相手から殺意が感じられなかったからだ。
だが、世の中には本当に無意識に、「なんとなく」「気がついたら」人を殺していたという者も存在するということを、カインツは知っていた。だからこそカインツは、足音の主が「その人種」だったら刺し違えてでも止めるつもりだったのだ。
他の人間に少しでも苦しんでほしく無いから。どうしても辛いなら、その辛さを少しでも拭ってあげたいから。カインツは自己犠牲精神を持ち合わせた少年だった。
結果として現れた友人に殺人者に勘違いされつつも、会話を続けた理由。それは、カインツ自身が蘭を信じたかったからと、もう一つ。蘭が殺人を犯す可能性を宿す少年だったなら、今ここで殺す必要があったから。
カインツは慈悲深い男だったが、その慈悲は常に「友人」ではなく「多数の命」に向けられる。
カインツや蘭の住む島、カゼハナには、自衛団のようなものが存在しており、未成年である二人も、「能力値」と呼ばれる彼らの超能力の強さを示す数字によって、自衛団の団員になっていた。
そんな自衛団の中でも、トップクラスの運動能力を持つ少年・立花蘭。客観的に見れば、乱暴で知恵がなくてそれでも身内には甘い少年。そんな彼がバトルロワイアルにのっていたら? そんなものは想像したくも無い。
だからカインツは、蘭が自身を殺しかけたなら、刺し違えてでも殺すつもりだった。身体能力は蘭が大きく上回っているが、足止めくらいにならなるだろう、と。
会話を交わしながら、蘭が妙な動きをしないか、カインツは監視していた。勿論、「気安く人を信じるな」などといったのも、蘭の反応を見るためだった。
最後に大きくリスクを負いながらも行った、デイパックの中身を公開すること。様子からして、蘭は「殺す側」に回っていないようだった。
ここで、カインツの監視は終了したわけである。
現在の立花蘭は、カインツ・アルフォードが知っている、いつもの立花蘭だった。
カインツは今はじめて緊張と演技を解いて、蘭のデイパックの中を見始めた。
「あ」
小さく声を上げたのは蘭だった。彼の手には、先ほどカインツがデイパックに押し込んだ大太刀が握られていた。
「やっぱりそれ、立花のだった?」
「おう」
蘭の唇が嬉しそうに弧を描く。「毒針は性にあわねえ」とわざとらしくため息をついた。
「あの毒針は咲哉のでしょう」
「そうなんだよ。あいつの武器使うのはすげえ嫌だったんだが、この際しゃーねえと思ってな」
咲哉というのは、カインツと同い年の、カインツや蘭と友人の少年のことである。頭脳明晰、運動能力もいい上に、容姿も整っているというなかなかにハイスペックな男で(咲哉は一卵性双子の弟である。兄がどのような男かも類推してほしい)ある。
そんな彼と、蘭は自身をしばしば比べてしまう。
そして、咲哉の性格がいっそ清清しいほど悪いのも原因ではあるのだが(この辺では双子の兄の類推は出来ない)、咲哉と蘭はしばしば激しい喧嘩をした。だが、カインツから見ると、「どうみても「喧嘩するほど仲がいい」だよ」であるらしい。
と、ここでカインツがいつもより真面目な顔をして蘭を見た。
「その刀は君にあげるよ。だから立花、僕と取引しよう」
「あ?」
「僕からの提示は三つ。一つ、その大太刀は君にあげる。二つ、君がもし怪我をしたら、そのときは救急箱と僕の知恵で君を治療しよう。三つ、僕が全力で君を守るよ。だから」
「だから、俺がお前を物理的に守れって?」
「そう。鋭いね」
二度目であるが、カインツの目的は「なるべく皆で生き残ること」。故に、自分も蘭も生きねばならないのだ。
蘭はというと、少々考えた顔をしてから、何故か少々悪戯っぽい顔で「乗った」と笑い、
「こっちからも三つ」
「どうぞ」
「一つ、絶対に死ぬな。二つ、鈴を生きている状態で見つけること」
「シスコン」
「うるせえ」
鈴とは、蘭曰く「唯一の肉親」である、蘭の妹のことだった。
「「うるさい」っていうのに、否定はしないんだよなあ……」
「うるせえって」
「……じゃあ三つ目は?」
「あー……」
蘭は少々考えるそぶりを見せる。三つ目はまだ考えていなかったらしい。数秒の間の後、思いついたように蘭が指を立てる。
「三つ。この取引、三日生き延びたら解除な」
その条件に、カインツが思わず噴出した。
「そりゃそうだ!」
ずっと取引だなんてつまらない、と二人で笑いあい、二人はそれぞれ相手のデイパックを持って立ち上がった。
カインツの明晰な頭脳。蘭のずば抜けた運動能力。二人が組んだときの実力は、
まだ、誰にもわからない。
【5-D/茂み/1日目-午前】
【カインツ・アルフォード@亡國ノ村】
[状態]:健康
[装備]:なし
[持物]:基本支給品(蘭の。ランダムアイテムは返しつきの「毒針×数百@本条咲哉」のみ)
[方針/目的]
基本方針: なるべく多くの人間と脱出。
1:なるべく多くの人間と同盟を組む
2:蘭との「取引」は守る。
3:危険にさらされたら、刺し違えてでも危険人物を止める。ただしこれは「取引」違反。
[備考]
善の塊。
【5-D/茂み/1日目-午前】
【立花蘭@亡國ノ村】
[状態]:健康
[装備]:大太刀@立花蘭
[持物]:基本支給品(カインツの。ランダムアイテムは救急箱とリボンを所持。ともに柚希からの支給)
[方針/目的]
基本方針:鈴とともに脱出
1:鈴を捜索する
2:カインツとの「取引」は守る。
最終更新:2012年02月08日 10:54