「おい、オッサン。いつまでここにいるつもりだよ」
佐倉杏子は頭の後ろで手を組みながら、もはや何度目かも分からない呆れたような言葉を吐いた。
一本の木に体重を預け、ズボンが汚れる事も気にせず、地べたへと座り込む。
手持ちの菓子も殆どを食い尽くしてしまった現状、杏子にやれることはなくなっていた。
ただひたすらに待つだけだ。
木々を挟んで向こう側にて立ち尽くすおっさん。
股間にぶら下がるナニを隠そうともせず、ただジッと立ち尽くす中年全裸の変態おっさん。
そのおっさんが動き出すのを、杏子は待っていた。
「もう良いだろ。見てて何が変わるって訳でもないって」
言葉は虚しく宙に消えるだけであった。
おっさんは返事すら返さず、黙りこくって、とある一点を見詰めていた。
地面に横たわる、何故だか何処か嬉しげに微笑んでいるように見える、物言わぬ死体。
頭の半分を無惨に吹き飛ばした死体を、おっさんは見詰めていた。
無表情にそれを見詰める。
おっさんの時間は、そこで止まっていた。
「そいつはこの狂った状況に耐え切れなくて自殺した。ただそれだけの事じゃん」
杏子の物言いは冷酷とすら取れる程に淡々としたものだった。
魔法少女として生きてきた杏子は、人の心が如何に脆く繊細なものかを知っている。
このようなふざけた状況なのだ。
唐突すぎて驚きはしたものの、自殺という選択も理解できない訳ではなかった。
「社会のどこかで毎日起こってることが、目の前で起きたってだけさ。そう深刻に考える事でもないよ」
励ますつもりもなければ、慰める訳でもない。
杏子からすれば、己の考えをただ呟いただけ。
だから返事も期待していなかったし、おっさんが自分を軽蔑しようと知ったことではなかった。
自分のために生き、自分のために死ぬ。
それが魔法少女として孤独に生きる佐倉杏子の生き方だ。
「赤の他人がどうなろうが知ったこっちゃない。今は自分のことだけ考えてりゃあ良いんだ」
木々を挟んで立ち尽くす男は杏子の言葉をどう捉えたのだろうか。
死体を見詰て俯き、影に隠れたその表情を伺う事はできない。
返事のない世界で、杏子は頭を掻きながら立ち上がった。
呆れたように溜息を吐きながら、おっさんと自分とを挟んでいる木を見やる。
「……アタシは行くよ。おっさんも死なないように精々頑張るんだな」
その木に向かって言葉を吐き捨て、杏子は歩き出す。
おっさんへと背中を向け、もはや振り返ることもせずに足早にその場から立ち去った。
場に残されるは、物言わぬ死体と全裸のおっさんただ一人。
沈黙の世界は、今度こそ静寂に包まれた。
◇
「ガラにもねえ……何やってんだ、アタシは」
そして、何時も通りたった一人で道を歩く杏子。
杏子は、理解不能な行動をとった自分に対して小っ恥ずかしさを感じていた。
殺し合いという異常な状況の中で、初対面の変態おっさんに構って時間を無駄にした。
適当に見捨てて一人で行けば良かったものを、柄にもなく説教じみたものをしてしまった。
やはり、あいつと出会ってから自分は何かが変わってしまったのだろうか。
他人のために唯一の願いを捨て、利他的に生きようとする魔法少女。
あいつとの出会いが、自分の中の何かを変えたのだろうか。
そうだ。
そうでなければあんな変態に構うことなどない筈だ。
「……何だったんだよ、アイツは」
眼前で繰り広げられた自殺劇。
その中で見たある光景が網膜に焼き付いて離れない。
変態とのドタバタの中で見た、いや見えてしまった光景。
視界の端でしか捉えなかった筈の光景が、何故だかいやに鮮明に思い出せてしまう。
自殺した男の浮かべた表情。
アイツは確かに、そう確かに微笑んでいた。
死の瞬間、死へと至る引き金を引き絞った瞬間、アイツは心底から嬉しそうに笑みを浮かべていた。
それなりに絶望の日々を生きた杏子であったが、あの微笑みには寒気を覚えてしまった。
何をどう生きれば、あんな表情を浮かべられるのだろうか。
何もかもに疲れ果てたような、何もかに絶望したような、そんな表情。
死という全ての終焉が、心底からの救いに感じてしまうような生き様とはどのようなものなのか。
杏子ですら想像にできない悲劇が、あの男には降りかかったのだろうか。
思い出すだけで、身震いしてしまう表情だった。
気付けば、杏子は寒さに耐えるかのように自分の身体を自分で抱き締めていた。
そして、そんな行動を取った自分に驚きながら、悪態とともに両手を体から離す。
「訳が分かんねえな、おい……」
自分は、恐れているのか。
魔法少女として毎日命懸けの戦いを繰り広げてきた自分が、このような状況ごときで恐怖を感じている?
馬鹿な。自分は、そんな柔な存在じゃあない筈だ。
自分は強い。
普通の人間が何人いようと負けたりはしないし、魔法という万能に近い力も有している。
こんな殺し合いであろうと敗北の可能性は無い。
ならば、何に恐怖しているというのだ。
「くそっ……何なんだよ、一体……!」
正直にいえば、答は分かっていた。
ただ認めようとしないだけだ。
佐倉杏子は、あの自殺した男に対して恐怖を感じていた。
既に死んだ者に対して、もはや何も語らず何もすることもできない存在に対して、佐倉杏子は恐怖していた。
心の中から這い寄る気味悪さ。
夜中の森林にいるかのような、理性ではなく本能が拒絶するかのような、漠然とした恐怖。
あの死者が浮かべた最期の表情が、杏子の自尊心で固められた心の鎧を引きはがしていた。
「うわっ!!」
だからこそだろうか。
佐倉杏子は森林の中でその人物と遭遇した時、必要以上の驚きを見せた。
「……佐倉、杏子……」
森林の中、虚ろな表情で歩いていたのは杏子も見知った人物であった。
暁美ほむら。種の分からぬ、謎の魔法を使用する魔法少女。
その行動理念もまた謎の一言だが、その力は一級品。
他を切り捨てる事の出来る冷徹さも兼ね揃えた、まさに杏子の思う魔法少女に相応しい少女だ。
「……どうしたんだよ、お前」
だが、今眼前にいる暁美ほむらはどうにも様子が違っていた。
虚ろな瞳に、疲弊しきった表情。
あのクールな振る舞いは何処へやら、今の暁美ほむらは目に見えて異様であった。
そんなほむらの姿に、杏子は否が応でも連想してしまう。
十数分前に見た、ある男の表情。
全てに絶望し、全てに希望が見出せなくなった表情。
ほむらと、男の表情とが重なる。
ゾワリと、全身に鳥肌がたつのを感じた。
「……ねえ、あなた鹿目まどかって子覚えてる?」
何秒かの沈黙の後、ほむらは思いの外しっかりとした口調で返事をした。
鹿目まどか。
どこかで聞いたような名だがはっきりとはしない。
確かあの新米魔法少女が口にしていたような気がするが……。
「知らないのね、まあ良いわ」
考え込む杏子の様子から、心当たりがないことを察知したのだろう。
ほむらは何処か焦点の定まらぬ瞳で杏子を見ながら、先を続けた。
その瞳がたまらなく嫌だった。
止まらぬ薄気味悪さが徐々に心へ浸透していく感じがする。
「私ね、まどかに頼まれたの。手伝いをしてくれって」
そして、ほむらが微笑んだ。
言葉と共に。
口だけを歪めて。
笑う。
杏子が初めて見る暁美ほむらの笑顔。
いや、果たしてこれは笑みと呼べるものなのだろうか。
こんなにも禍々しい雰囲気を醸し出すものが、笑みであるものなのか。
怖気に動きを止める杏子を尻目に、ほむらは一歩前へと踏み出していた。
距離が縮まる。
「ねえ、頼まれたのよ。手伝ってくれって。いつもと変わらない明るい笑顔で、いつもと同じ温かい声で」
本能が叫んでいた。
今のこいつは異常だと。
関わるな、逃げろと。
「と、止まれ、近付くんじゃ―――」
ソウルジェムから槍を生み出し、目の前のほむらへと突き付ける。
だが、そこに暁美ほむらは居なかった。
何の前触れもなく、影も形もなく消えていた。
「―――皆を殺してって」
声は、耳元から聞こえたものだった。
慌てて横を見ると、目が合った。
その虚ろな瞳と。
何も映さぬ虚(うろ)と。
目が合った。
「ひっ……」
思わず震えた声が漏れてしまった。
数多の人外と命懸けの戦いをしてきた自分から、こんなか弱い声が出るとは思いもしない。
ただ、今はひたすらに怖かった。
あの瞳が。
絶望に染まった瞳が。
「だから、死んでちょうだい」
ガチリという音が聞こえた。
同時に手中のソウルジェムへ何かが突きつけられる。
漆黒の拳銃。
何処から取り出したのか、ほむらは銃口をソウルジェムへと向けている。
その瞬間、思い出す。
魔法少女の、その正体を。
魔法少女の本体とは、この肉体ではなく―――、
「さよなら。また別の世界で、ね」
パンという渇いた音が響き渡った。
身体を揺らす大きな衝撃と共に、世界がまっ暗闇へと染まる。
奇妙な浮遊感が身体を包み、そして一瞬で消えた。
「どーーーーーーーーーーーん!!!!」
同時に聞こえたのは、男の人の声であった。
意識は不思議とはっきりしている。
死んだわけではなかった。
拳銃が撃たれる寸前で、誰かに突き飛ばされたのだ。
だから銃弾はソウルジェムから外れ、自分は一命を取り留めた。
顔面から地面へと転げまわるという事態には陥ったが……。
浅い痛みを訴える体を無視して起き上がり、顔を上げる。
そこにいたのは一人の男。
黒色の網タイツに禿頭と、まるで冗談のような格好で男が立っていた。
「お前に、一言、ものもーーーーーーーーす!!」
男の瞳は力強かった。
拳銃を装備した魔法少女へと指を突き付け、唾をまき散らしながら、叫ぶ。
「お前、人なんて撃って、どーーーーーーするつもりだ!!!」
それは彼の全てが詰まった渾身の叫びであった。
森林を、二人の魔法少女を震わせて、男は語る。
「つまんないから! そんなん全っ然、つまんねえから!! 笑いのセンスゼロ!! まるで駄目だわ!!」
男は、全てを理解していた。
眼前で行われた凄惨な自殺劇。
ドッキリだと思っていた出来事は、全てが本物であった。
首を爆破されて人が死んだ事も、さっきの男の自殺も、この殺し合いも、全てが本物。真実であった。
分かっている。
男は全てを分かっている。
「そんなつまらない事するよりも、俺の芸を見ろーーーーーーー!!」
分かった上で、男は己を貫き通した。
笑いを。
皆が笑っていられるような時間を。
ただそれだけを願って、男は己の芸を繰り広げる。
「どうだーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
律儀に履き直した黒タイツを奇妙な動作と共に再び脱ぎ捨てて、ほむらへと突撃する男。
対するほむらは変わらぬ虚無でもって男の芸をスルーし、銃を構える。
突き付けられる銃口に、それでも男は怯もうとしなかった。
恐怖はある。が、その恐怖を押し殺して、男は進む。
この少女を、この悲しい表情をした少女を、ほんの少しでも笑わせる事ができたら。
それだけを願って、進む。
だが、少女はピクリとも笑おうとはしなかった。
悔しい。
男は、ひたすらに悔しさを感じていた。
こんな悲しそうな少女にこそ笑いは必要で、そんな笑いが届けられたらと思って、男は芸人を続けてきたのだ。
なのに、届かない。
自分では、この少女に笑顔をもたらすことはできない。
その事実が悔しい。悔しくてたまらない。
「うおおおおおおおおおおおおおおおーーーーー!!」
男の願いは、男の想いは、暁美ほむらには届かない。
ほむらは眼前の男を殺害するために引き金を絞った。
ドカンという音と共に、二発目の銃弾が放たれる。
その瞬間―――地面が揺れ、辺り一帯を砂埃が覆い隠した。
「逃げるぞ、おっさん!」
同時に声が響く。
地面の震撼は、佐倉杏子が引き起こしたものであった。
九死に一生を得た杏子が魔法少女へと変身し、地面を己の得物で思いっきりぶっ叩いたのだ。
衝撃と共に地面を覆っていた砂塵は煙のように沸き立ち、ほむらの視界を塞ぐ。
煙は、たっぷり数分程の時間を掛けて、ようやく収まった。
煙の晴れた森林には既に誰もいなかった。
暁美ほむら。
虚無の魔法少女が、ただ一人孤独に場へと残されていた。
【一日目/黎明/C-3・森林】
【暁美ほむら@
魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]健康、絶望
[装備]なし、ソウルジェム(濁り中)
[道具]基本支給品一式、ランダム支給品×1~3
[思考]
基本:まどかのために参加者を皆殺しにする
1:参加者を殺害して回る
[備考]
※本編からの参戦です
◇
「離せ! おい離せ!! コラ!!」
そして、ほむらから数百メートルほど離れた森林を、佐倉杏子は疾走していた。
小脇に抱えるは、禿で全裸のおっさん。
暴れるおっさんを力任せに押さえつけ、ほむらから少しでも離れようと走り続ける。
……時折太ももに触れる生暖かい感触は、できるだけ意識しないようにして。
(くそ、何なんだよコイツは!)
苛立ちに塗れた思考で、杏子は脇で暴れるおっさんを睨む。
理解不能も甚だしい。
自分を追ってきて助けた事も意味不明であれば、その後とった行動も意味不明だ。
奇声をあげながら全裸になり、銃をもった相手に突っ込んでいく。
正気の沙汰ではない。
頭のネジが丸ごと抜け落ちているんではないのかとさえ思えてしまう。
そして、そんなおっさんを助けた自分の行動もまた、理解できない。
訳の分からないことだらけの中で、杏子はやはりと考える。
やはり、自分は何かが変わってしまっている。
あの魔法少女に出会ったことで、何かが。
それは、己のためだけに生きようと考えていた杏子にとって、どうしても許容する事のできない変化。
苛立ちの中で真紅の魔法少女が駆けていく。
伝説の芸人を抱えて、魔法少女がバトルロワイアルを進んでいく。
【一日目/黎明/C-3・森林】
【江頭2:50@現実】
[状態]健康、全裸
[装備]なし
[道具]基本支給品一式、黒タイツ@現実、ランダム支給品×0~2
[思考]
基本:皆に笑顔を届ける
1:絶望してる参加者を笑わせる
【佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]健康、魔法少女状態
[装備]なし、ソウルジェム(濁りなし)
[道具]基本支給品一式、ランダム支給品×1~3
[思考]
基本:こんな事で死ぬつもりはないが……
0:何なんだよ、おい……!
1:ほむらから逃げる
2:このおっさんをどうにかする
3:自殺した男と暁美ほむらに対する恐怖心
最終更新:2012年05月22日 21:35