焼魚定食

28◇焼魚定食



「……頂こう」

 優柔不断が勇気凛々の心をある程度ほぐし、
 雑談をしながらよもぎ団子を食べたのとだいたい同時刻。
 C-1の2階。
 レストラン街の一角、「和食の店」と看板が書かれた店内で、
 傍若無人はテーブルの上の焼き魚を、箸を使ってほぐしていた。
 焼き魚は塩と醤油ですでに味付けされている。
 箸でつつくと新鮮な脂が肉汁のようにこぼれだす。
 だが決してこってりしすぎないように、丁度良く油は落とされている。
 口に運んで噛むと、きっと美味であろう。
 テーブルの上には他にも、
 しゃもじで綺麗に盛られた銀シャリのどんぶり、簡単な味噌汁、白菜の漬物がそれぞれ並んでいた。
 まさに店で出るようなメニューだ。
 傍若無人はそれを、他に誰もいない店内で人目を気にせず食していく。

「やはり、丁度いい味だ」

 時折コップに注がれた緑茶を啜りながら、軍帽と軍服風の上着の男は食を進めていく。
 その姿に先ほどまでの戦いでの威圧感や殺気はほとんどない。
 ただ、緩むことを忘れたかのように爛々と輝く目だけがいやに鋭く、どこか遠くを見据え続けている。
 しかし彼もまた人間だ。食事をとらねば死んでしまうし、全力も出せない。
 傍若無人は現在、この娯楽施設に参じてから初めての食事をとっている最中だった。

「この魚……旬だな」

 もったいないからと言って皿の端に添えられた魚の頭を一口にかぶりつき、
 目に含まれる成分をしっかりと採った後、なんとなしに独り言をつぶやく。
 そのまま傍若無人はテーブルの端を見る。
 広いテーブルの上には焼き魚定食の他にも、いくつか置いてあるものがあった。
 まず目を引くのはいくつもの首輪だ。
 彼、傍若無人が生者も死者も問わずその首を切り取り、肉の塊となったそれから奪っている鉄の輪。
 血の跡と殺し合いの匂いを存在するだけで漂わせているそれは、
 質素ながらも良く作られている焼魚定食と対比して、あまりにもグロテスクで雑なものだ。
 次にその傍らに見えるのは、この実験の参加者名簿だ。
 参加者全員の顔写真と四字熟語名が載っている、A4サイズの紙である。
 こちらもあろうことか、首輪をひとつ文鎮代わりにして、テーブルの端にぞんざいに置かれている。
 ――ただ、傍若無人のそれは、他の参加者のものと明らかに違う点があった。
 四字熟語の名前の下。
 そこに、”ルール能力”という欄があり……全参加者のルール能力までもが、
 若干あやふやながらもしっかりとそこに印刷されているのだ。

 ……青息吐息。
 そのルール能力は、全てを凍らせる息吹。
 ……一望千里。
 そのルール能力は、全てを見通す両眼。
 ……一刀両断。
 そのルール能力は、全てを両断する刃。
 ……紆余曲折。
 そのルール能力は、全てを迂回させる思念。
 ……鏡花水月。
 そのルール能力は、全てを欺く幻想。
 ……軽妙洒脱。
 そのルール能力は、全てを軽くする夢。
 ……洒々落々。
 そのルール能力は、全てを闇に落とす酒。
 ……心機一転。
 そのルール能力は、全てを反転させる掌。
 ……切磋琢磨。
 そのルール能力は、全てを高め合う拳。
 ……先手必勝。
 そのルール能力は、全てを決める一撃。
 ……猪突猛進。
 そのルール能力は、全てを野生に返す咆哮。
 ……東奔西走。
 そのルール能力は、全てを磁針に任せる足。
 ……破顔一笑。
 そのルール能力は、全てを破り捨てる笑顔。
 ……勇気凛々。
 そのルール能力は、全てを賭けた剣。
 ……優柔不断。
 そのルール能力は、全てを受け流す体。

 そして、傍若無人。
 彼のルール能力もまた、その紙にはしっかりと書かれている。
 偽ることなく、ただし抽象的――”全てを無に帰す人”とだけ。

「ご馳走様」

 未だ遠くを見据えたまま、両手だけを合わせて傍若無人は食事を終えた。
 そして、生命を理不尽に殺しておいて食物には謝辞を述べている滑稽さに、小さく口の端を上げた。
 食器を片づけるなんてことはしない。
 それより先に、傍若無人にはやることがあった。
 傍らの床に置いてあったデイパックをごそごそと漁る。
 文具店から取ってきた黒のサインペンを見つけると、首輪をどけて名簿を手に取った。
 そこでもう一つ、名簿にはすでにペンで印がつけられた場所があることに気付く。
 ”勇気凛々”。
 先ほど傍若無人が取り逃がした少女の顔写真に、彼は赤いサインペンで×マークを付けていた。
 黒のサインペンのフタを空けた傍若無人は、新たに名簿に書き込みを入れていく。
 それはマークであったり、文章であったり、
 あるいは図のようなものだったかもしれない。
 ただ静かに、まるでそれが義務であるかのように淡々と、
 大男は手先を器用に動かして筆を動かしていった。

「……そろそろ、放送だな」

 ――ころん、と。
 執筆に没頭しつつまた独り言をつぶやいた傍若無人のデイパックから、
 丸い金属製の何かが転がり落ち、音を立てた。
 傍若無人が慌ててそれを拾うと同時に、じじじと世界が焼き切れるような嫌な音が小さく鳴った。
 奇々怪々が、放送準備を始めたのだ。
 また人は死ぬ。
 無慈悲に、無遠慮に、無感動に。
 あまりにもつまらなく、死んでいってしまう。
 だが、傍若無人としては、死んでくれなければ困るのだった。
 それに足る”理由”が、彼にはあった。



【C-1/娯楽施設二階・和食の店】


【傍若無人/首狩りの男】
【状態】太股に刺し傷
【装備】なし
【持ち物】いくつもの首輪、特殊名簿
【ルール能力】不明
【スタンス】マーダー



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鬼気迫る 傍若無人 第二放送

用語解説

【焼魚定食】
グリルで程よく焼かれた旬の魚、味噌汁に惣菜、そして白いご飯の合わせ技。
焼肉定食ではなく焼魚定食である。日本的な料理。本ロワでは、傍若無人が食べた。

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最終更新:2012年05月23日 03:09
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