鬼気迫る

25◇鬼気迫る




 C-1、中央階段の行きつく先。
 三人の惨殺死体があるB-1で始まったとある戦いは、
 意図的か自然にか、エリアを隣に移してまだ続いている最中だった。

「はああああぁああっ!」

 少女・勇気凛々は、
 小さな体躯に不釣り合いな巨大な剣を、助走を存分に生かして目の前の敵へ叩き込む。
 上から下へ振り下ろす、狙いも何もない直線的な攻撃。
 対峙する大男・傍若無人はこれを、斧を横に立てて真正面から受け止める。
 鍔迫り合いの火花が散った。
 だが体格差を考えれば、当然このままでは少女のほうが押されてしまう。
 少女はそれを逆に利用する。
 ふ、と力を緩めつつ《りんりんソード》をあえて解除。
 空を切る斧の下を身を反らせてくぐり、大男の足元へと滑り込む。

「これで――っ!?」
「愚策だ、娘」

 体勢を戻すと再び《りんりんソード》を発現させ、がら空きの足へと刃を突き立てる、
 つもりだった、
 少女の目の前に置かれていたのは、ごうという音を立てて迫る膝小僧だった。
 大男は当たり前のように少女の狙いを読んでいて、
 空を切る斧をあえて強く振り、その勢いを使って膝蹴りでのカウンターをしていたのだ。
 少女は考える。
 このまま《りんりんソード》を膝に突き立てればダメージは入る。
 けれど死ぬかもしれない。
 死。
 ――。
 こわい。
 思わず少女は《りんりんソード》を立てて、
 いつぞや心機一転のボウガンに対してしたようにガードを試みる。

「遅い」

 しかし”勇気凛々”の名を持つ彼女がこんなことをすればいい結果を生まないのは道理だった。
 膝はフェイント。
 傍若無人が曲げていた足を伸ばすと、振り子の要領でつま先が勢いづいて少女へと襲い掛かる。
 狙いは膝を支点にした大外からのキックだったのだ。
 大きすぎる剣を立てて防御に回した勇気凛々は、
 視界を自らの剣に隠されてしまっているがゆえに攻撃の軌道の変化が見えない。
 現実から目を背ければ、泥沼にはまるばかり。
 どぐっ、と。
 意識外から腹部へ突き刺さったそれに少女が痛みを感じるのが速いか、

「がっ……は」
「……つまらんな」

 傍若無人が足を振り抜けば、少女はまるで中身のないダンボール箱を蹴ったような軽さで蹴り上げられて、
 口から胃液を吐いて、《りんりんソード》を手放して、
 放物線を描いて洋服屋のハンガーラックへと突っ込み、
 がしゃがしゃと音を立てながら、春物の洋服の中に埋もれていった。

「がっ! あっ。えふっ。か、うえっ。えぁっ……」
「つまらん」

 床をのたうつ勇気凛々を見て、大男はもう一度呟く。 
 闘いが始まってからというものこればかり。傍若無人が勇気凛々の攻撃を受け止め、
 カウンターの要領で少女を遠くへと飛ばすという作業が、もう十回以上繰り返されていた。

「いい加減に負けを認めろ、娘。これ以上抗うな。
 静かにせねば、まともに”送って”やることができないだろう」

 言いながら、傍若無人は少女へと歩み寄る。
 もはや少女の体は自分と他人の血にまみれ、服は何か所か破れており、
 皮膚には擦過傷と打撲、青あざ、特に《りんりんソード》を握る手はひどくすりむいて血がにじんでいた。
 トレードマークの鈴型の髪留めも片方取れてしまい、
 右の目は腫れて開かなくなっており、鼻血も出ていた。綺麗な顔とはとてもいえないボロボロな様相だ。

「うっ、え、えほっ……はぁ、はは。あはは、あははははっ。
 何言ってるんですか。まだ、負けじゃ、ないですよ。この程度の、痛み。大したことはないです。
 わたしが殺した三人は、きっと、もっと痛かったはずですから」

 でも、少女は立ち上がる。いまだに虚勢を張り続ける。
 数メートル先に飛んでしまっている《りんりんソード》を消し、新たな《りんりんソード》を発現させて、
 両手で構えて大男をにらみつける。
 そして駆け出す。再び直線的な攻撃をしようというのだ。
 もはや、自分でも無駄なことだと分かっているはずなのに。

「はあぁああああっ、あ、……ぐあっ!」
「つまらん」

 案の定その攻撃は届かない。
 傍若無人は斧すら使わず、振り下ろされた《りんりんソード》の刃を横から手で弾く。
 そしてその手で勇気凛々の制服の襟をつかみ、引き落とす。清々しいほどの衝撃音。
 でも、少女は立ち上がる。

「ぐ、げほっ……まだ。まだです」
「いい加減にしろ」
「まだ、まだです。わたしの武器は《りんりんソード》だけじゃ」

 デイパックから心機一転のボウガンを取り出そうとして、少女は気づく。
 洒々楽々によって二階から《落として》もらったとき、デイパックは二階に置いたままだった。

「あ……っ!!」

 一瞬の思考停止を傍若無人は見逃さない。
 体重を乗せた蹴りがまた、勇気凛々の鳩尾をえぐるように入った。
 全身に電撃のような痛みが走る。
 少女はその場に立膝をつき、そして、倒れる。
 でも、少女は立ち上がる。

「……《りんりんソード》」
「いつまで続けるつもりだ?」
「死ぬまでです」

 少女は立ち上がる。
 そして、また倒される。

「《りんりんソード》」

 立ち上がる。
 倒される。

「あ、っ!」

 駆ける。
 無駄。

「……はぁ、はぁっ」

 そして、不毛なシークエンスがまた、十数回続いて。
 ついに少女は立ち上がることさえできなくなり、地面に伏せて浅く息をするだけとなった。
 娯楽施設の床はカーペット状で、冷たいフローリングやタイルの床に比べれば暖かく、柔らかく。
 少女はほんの少しだけ、良かったと思った。
 だけどその他は全部ダメだ。
 今の少女の手ではもう誰も救うことは出来ないし、誰かを傷つけることもできないのだ。
 分かっていたことを突き付けられて、少女は悔しさを波立たせる。
 でも、手を固く握りしめることも、歯を食いしばることさえ、少女には出来ない。
 もどかしくて、泣きだしたくて。

「無様だな、娘」

 傍若無人はそんな少女の姿を、たった一言に集約する。

「う……うぅ……」
「あまりにも無様だ。人の分際で、折れない剣になれると思ったか?
 その小さな体で誰かを救えると思ったか。そんなことは、不可能だと知れ」
「わ……わたしはっ……」
「だが安心しろ娘。もう一度言う。お前は己が”送って”やろう。
 次があったら、もう少し、自らの弱さを自覚した行動を取るといい。さあ、終わりだ――」

 いやに諭すような口調でそう言うと、傍若無人は勇気凛々の身体に手を伸ばそうとした。
 だがそれは、寸でのところで叶わなかった。
 中央階段の陰から飛び出してきた一人の乱入者が、傍若無人と勇気凛々の間に立ちふさがったのだ。

「待て! やめろっ!」
「……何だ」
「幼女をいじめて楽しいのかよ、お前! その子をこ、殺すってんならオレが相手だっ!」

 冷や汗も枯れたような蒼白な顔で必死に叫ぶ男の名は、優柔不断といった。
 ただしファッション雑誌で見たような服は血に染まっており、
 ワックスで立てたはずの髪は掻きすぎたせいでぼさぼさになっている。
 けれども代わりに、彼は何かを手に入れたらしい。
 歯をガタガタと震わせながらも、日本刀の刃をまっすぐに傍若無人へ向けている。
 地に伏せる勇気凛々は何が起こっているのか見ることが出来ない。
 無理やり頭を動かすと、見えたのは先端が破れた優柔不断のスニーカーだった。
 そのスニーカーは前へと進んだ。
 優柔不断は勇気凛々と同じく、直線的に傍若無人へと斬りかかったのだ!

「うおおおぉおおぉおっ!」 
「これはまた、随分とはき違えた闖入物だな。そして無策とは」

 傍若無人は眉間に微かに皺をよせ、向かってくる男に対して斧を横から薙いで応戦。
 だが、優柔不断は防御姿勢を取らない。まるで捨て身の攻撃をするように、斧に目もくれず日本刀を突き出す。
 ようやく顔を上げることが出来た勇気凛々は、その光景を見て思わず叫ぶ、

「危ないですっ! やめてくださ――え!?」

 だが、《すり抜けた》。
 《優柔不断の胴体を横にスライスするかと思われた斧の斬撃は、そのまま胴体をすり抜けていった》。
 彼のルール能力は刃物による斬撃を完全に無効化する。その範囲は刀だけに留まらないのだ。
 思わずバランスを崩した大男の懐に今度は優柔不断が入り込む。
 膝蹴りのカウンターはそこにはない。本当の本当に、不意をついた一撃を叩きこめる!

「やめるかよ……オレにだってちょっとくらい、カッコイイことしたくなる時が! あるんだ!」
「無撃――? 優柔不断だと? 馬鹿な!」
「バカですが何か?! おりゃああぁあああぁあっ!」

 勢いよく狙い澄ました一撃は、収まるべくして収まるように。
 傍若無人の太股に、日本刀がざくりと深く、とても深く突き刺さった――! 

「ぐ……ぬぅ!」
「やや、やった……やったぞちくしょう! おい幼女、逃げるぞ! 正直もう無理!」
「え、あの、ちょっと!」

 崩れ、手で太股を押さえる傍若無人。
 数秒苦悶の表情を浮かべこそしたものの、彼にとってこのダメージはそう大きくはない、
 だが足は止められた。逃げるチャンスがあるとしたら、今しかない。
 優柔不断は振り返って、倒れている小さな少女を抱え上げる。というかお姫様だっこした。
 思いもよらない展開に勇気凛々は1オクターブ高い声を出す、

「や、やめてくだ、」
「だからやめないって! オレがどのくらいびびってるか分かる!? いまやめたら死ぬほど恥ずかしくて死ねる!」
「待て……待て、優柔不断!」
「うわあ来たー! ほんと待ってマジで! やめて!」
「優柔不断! 答えろ、その四字熟語を与えられていながら、なぜ……」
「知るか!」

 どうにか腕の中で暴れる勇気凛々を抑え込み、走り出す優柔不断は、
 日本刀を太股から抜いて立ち上がった傍若無人い投げかけられた問いを、一言で切り捨てた。

「四字熟語がなんだ! こんなんどうせ勝手につけられた名前じゃんかさ……!
 オレはオレだ! 優柔不断のせいで人一人助けられないくらいなら、こんな四字熟語、捨ててやる!」
「ぬ……ならば、死ね!」
「ひぃいいもう起き上がってるし! やばいっ」
「はなして! 降ろしてください!」

 すぐに、大柄な体に似合わぬ速度で二人を追い始めた傍若無人。
 どうにかして逃げようと足を動かす優柔不断。
 助けられるという事態が理解できず、彼の手の中でいまだ抵抗を続ける勇気凛々。
 中央階段下の広間はかつてないほどの混乱に包まれた。

「――そして。あたしも混ぜさせてもらおうか」
「!?」
「なっ」
「えっ!?」

 その混乱と混沌をぶちぬくようにして、さらなる突拍子もない出来事が起こった。
 上から。
 円形の吹き抜けの周りにあった柵が、かなりの範囲にわたって《ナイフで切られたかのように》綺麗に取れて、
 逃げる二人と追う大男の間に、遮るようにして落ちてきたのだ。
 柵といってもガラスやコンクリで出来ているそれは、二階からの落差もあいまって充分に凶器と化している。
 傍若無人は仕方なく一旦後ろへ飛ぶ。
 がしゃあん! と音を立てて柵が娯楽施設の床に落ちる。
 だがその柵と一緒に、ポニーテールの女が一階へ飛び降りてきていたことまでは大男は把握できなかった。

「いただき、っと」

 落下中の柵を蹴って飛んでいた新たな乱入者は、傍若無人が持っていた日本刀を右手で掴む。
 そのまま捩じるようにして奪い取ると、両足でしっかりと床に着地。
 左手に持っていた調理用包丁を捨てると、素早く両手で日本刀を構えた。

「あんたがタクマが言ってた傍若無人だな。悪いが、この日本刀は返してもらったぜ。大切なものなんだ。
 出来ればこのままとんずらしたいところだが……許してくれたりする?」
「……冗談は冥土で言え」
「メイドでなら言えるぜ。かしこまりました、お客様」

 ――それでは殺し合いを一丁。まごころをこめて。
 去っていく優柔不断の足音を聞きながら、一刀両断はおどけて言った。
 対峙する傍若無人の表情は。
 怒りなのか、なんなのか。鬼気迫るものへと変貌している。
 どうやら、十分では帰れそうにないな。
 近くに倒れていた首のない破顔一笑の死体を見ながら、一刀両断は心中で呟いた。


【C-1/娯楽施設一階・中央階段下広間】


【一刀両断/ポニテの女】
【状態】軽傷
【装備】なし
【持ち物】???
【ルール能力】持った刀はすべてを真っ二つにする
【スタンス】紆余曲折の盾

【傍若無人/首狩りの男】
【状態】健康
【装備】斧
【持ち物】首輪×3
【ルール能力】不明
【スタンス】マーダー


【C-1とB-1の間あたり】


【勇気凛々/女子中学生】
【状態】お姫様抱っこされてる
【装備】《りんりんソード》
【持ち物】なし
【ルール能力】勇気を出すとりんりんソードを具現化できる
【スタンス】えええええ!?

【優柔不断/フリーター】
【状態】吹っ切れ
【装備】なし
【持ち物】激辛よもぎ団子×1
【ルール能力】どんな刃物でも断たれない身体を持つ
【スタンス】四字熟語とか知るか!


完全試合 前のお話
次のお話 永久凍土

前のお話 四字熟語 次のお話
三人死亡 勇気凛々 蓬平団子
三人死亡 傍若無人 焼魚定食
珈琲牛乳 優柔不断 蓬平団子
仲間意識 一刀両断 確定申告

用語解説

【中央階段】
娯楽施設の中央、C-1にあるひときわ目を引く大階段。
天井まで続く円形の吹き抜けに沿うようにして左右に階段が配されている。
中央階段の下は円形の広間になっており、ここが殺し合いの場でなければちょっとしたイベントが行えただろう。
どうやら優柔不断は階段を下りた後、階段裏のスペースに隠れていたようだ。

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最終更新:2015年03月02日 01:18
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