29◆確定申告(前)
このとき、ボクと青息吐息さんがとれた選択肢は3つあった。
1、逃げること。
2、嵌めること。
そして3は、――戦うこと。
あの状況に陥った場合の対処法をシンプルに区別するのなら、この3種類になるだろうとボクは思う。
まずひとつめは逃げることだ。
目の前に現れた切磋琢磨、紆余曲折の両名から逃げて、体勢を立て直す。
ボクも青息吐息さんも連戦するには体力を減らしすぎているから、これは一見、戦略的撤退のように見える。
けれども実を言えばそうではない。
もしボクらが切磋琢磨たち二人を置いて逃げれば、彼らは確実にA-2を検めることになる。
そこにあるのは鏡花水月の死体。それにエリア一面に広がる氷や銃撃の跡だ。
ここから、どうやって、は無理にしても、誰が――どんなやつが彼を殺したかはほぼ確実に推理されてしまう。
すると結果的に苦しくなるのはボクらだ。
優勝を目指すうえで、人を殺した危険人物というレッテルはあまりにも不利になる。
さらにはA-2にたどり着いた切磋琢磨たち二人によって、他の参加者にまでそれが伝われば。
体力が回復したときには残りの参加者がみんな敵……という詰みの状態を作り出す可能性すらある。
ゆえに、これは却下した。
案その2はこの、敵を作ってしまうという弱点を回避するものだ。
嵌めること。
切磋琢磨、紆余曲折の両名に弁明を行い、敵じゃないと分からせた上で不意をついて殺すやり方だ。
具体的にはスタンスを誤魔化した上で、まずは事実を交えながら説明する。
A-2まで切磋琢磨たち二人を連れていき、鏡花水月の死体を見せた上でこう言うのがいいだろう。
ボクたちは
殺し合いをするつもりはなかった。
しかし、鏡花水月に襲われてしまった。必死に反撃した結果、鏡花水月は倒せたが、彼は死んでしまった。
だからこれは正当防衛なんだ、と。こう言えば8割以上の確率で信じてくれるだろう。
そして油断したところでボクが彼らに銃弾をぶちこむ。
ボクの《先手必勝》のルール能力により、この時点でボクらの勝利は確定する。
一見こちらは、何の問題もない案のように見える。だけれど大きな問題があった。
成功確率とか、失敗確率とか、それ以前の大きすぎる問題だ。
この作戦は結局、嘘をつくことが前提にある。
そう。
ボクたちは人殺しだけど――もうこれ以上、自分に嘘をつきたくなかった。
こちらのほうがいいと思っても、自分を騙していては意味が無いのだと知った。
自分を騙すことは、苦しくて、悲しいから。だからボクと青息吐息さんは、案その3で合意した。
案その3。
待ったも切ったも張ったもない先手必勝の考え。
拡声器で人が寄ってくるならば、それを逆に利用してしまえばいい。
近くに寄ってきた奴を、片端から殺していく。
3つの中で最もシンプルで。ゆえに一番バカげていて。
ただしアホみたいにスカッとしたやり方を、ボクたちは選択したのだ。
「――さあ、よく聞いておいたほうがいいですよ!
この《先手必勝の》銃弾が、戦いを終わらせる音を!」
ボクは開戦の合図とばかりに、手に持つ拳銃《百発百中》の引き金を引いた。
主催が手を加えたらしい魔法の銃口から放たれた銃弾は、
対峙する男、切磋琢磨へと吸い込まれるようにして飛んで行く。
長い前口上を述べておいたが、本来ならばここでおしまいだ。
銃弾を避けることができる人間なんてそうそういないし、当たれば当然致命傷、
さらにその上、言った通りボクのルール能力によって《この銃弾を受けた者は確実に負ける》。
鏡花水月には《幻想》を張られたおかげでさほど脅威を与えられなかったボクのルール能力だが、
もしここが普通の殺し合いなら、この銃を持った時点で優勝が確定するくらい恐ろしい能力だ。
でも、この殺し合いは普通の殺し合いではない。
こちらに絶対のルール能力があれば――あちらにも確実にルール能力はある。
「紆余!」
「ええ。《死に急がば回れ》!」
切磋琢磨におんぶされている顔を包帯で覆った少年、紆余曲折が叫ぶ。
すると少年の口上に合わせて、真っ直ぐ飛んでいたはずの銃弾が《曲がった》。
70度……いや80度? 曲がった銃弾は駐車場に並ぶ車へとありえない角度で突っ込んでいく。
車体を貫通する小気味よい音が聞こえると同時に、
「二の型、突進!」
「むっ」
包帯塗れの少年をおんぶしたまま、今度は切磋琢磨が、ボクに殴りかかってきた。
いつのまに距離を詰めたのか。
慌てて銃を懐に仕舞い、両腕でガードするが――もう遅い。これでボクの《先手必勝》は後手に終わる。
「ぐっ……青色吐息さん! 後ろの少年を!
彼を殺さなければ、こちらの攻撃は全て曲げられてしまいます!」
「えっ!? あ、うん、わかった!」
「まだだぞ! 二の型突進――”再”!」
「なっ」
いや、それだけじゃない。
ボクは青息吐息さんに指示を送った、が、切磋琢磨はその間に、
ガードしたボクの左腕に当てていた拳をさらに勢いづけて奥へと押したのだ。
みしっ。と嫌な音。
手を押し当てたまま瓦割りを行う達人のようなその動きに、ボクの左腕の骨はたやすく破壊される。
電撃に似た痛みが容赦なくボクの腕をさかのぼり、脳天までしびれさせる。
「――ッ! 痛ッ、うう!」
「《はぁぁ……っ》! セ、センくん!」
「タクマさん、銃を!」
「がってんだ! 三の型、防御――”回し”!」
思わず左腕を後ろにのけぞらせ、ガードが甘くなったところに今度はするりと抜き手。
蛇のように滑らかにボクの懐まで腕を伸ばした切磋琢磨は、
「さあて、悪いけどよ、その銃はもらわせてもらうぞ!」
「《はぁぁ……っ》! よし、準備かんりょう」
青息吐息さんの準備が終わるころにはボクの懐から銃を抜き取り、後ろへと放り投げていた。
それをキャッチしたのは、彼の背中の紆余曲折だ。
ただ、やはり目をやられているらしく、おぼつかない様子ではあったが。
……ばすっ。
と――ボクの耳はここで、不可解な場所から聞こえた音を捉える。
目を一瞬そちらに向けると、そこには車体に小さな穴の二つ空いた車。
そして地面に、先ほど《曲げられた》はずの銃弾。
力を失くしたかのように転がっている。
これは?
「おっと、っと」
「《氷の槍》――突き刺してあげるわ!」
「もう一撃! 二の型、突進――”再々”ッ」
首をかしげる暇はない。攻撃シークエンスはまだ終わっていない。
さらに正拳を打ち込もうと拳を固める切磋琢磨、避けようと後ろへ倒れこむボクの目に、
ドレスの一部を引き裂いて丸め、《ため息》で凍らせた槍を作って駆ける青息吐息さんが見えた。
先端が恐ろしく尖っている、人くらい容易に貫けそうな凶悪なフォルムの氷槍。
いい武器だが、ダメだ。
武器を持って攻撃しても、逸らされている間に反撃されるだけ。
「投げて! 投げて攻撃です、青息吐息さん!」
「え、ええっ? どういう……とりあえず分かったわ! 行けぇっ!」
「タクマさん、横にも注意お願いします」
「おう! ……ハッ!」
「くっ……はぁ、はぁ……さすが、ここまで生き残っているだけはある」
折れた左腕に鞭をうち、切磋琢磨の正拳をボクはバク転で回避、距離を取る。
青息吐息さんはボクの指示に従い、1メートルほどの距離から紆余曲折に向かって《氷の槍》を投げた。
四字熟語の意味や先の銃弾から考えて、この攻撃は彼のルール能力の弱点をついているはず。
「フンッ!」
「なっ……あーっ、せっかくの槍が! ひどいわよ!」
案の定、若干逸らされこそしたものの、
青息吐息さんの《氷の槍》は最終的には紆余曲折のほうへ向かった。
当然のように切磋琢磨に横から掴まれてしまったが、
やはり彼のルール能力は攻撃を《迂回》させるだけのもののようだ。
《逸らされようが最終的には当たる》。ならばやりようはある。
戦場に、パキッ、と冷たい音が鳴る。
アイスの棒を折るようにして、切磋琢磨は青息吐息さん自信作の氷の槍を折った。
戦いが始まってから、ここまでで1分ほどだろうか。
ひとつひとつの動作や指示が明暗を分ける、間違えることは許されないこの空気。
この空気は嫌いではない。適度な緊張感と死への恐怖があれば、ボクたちはいつまでだって戦える。
「《はぁ……はぁ》」
「青息吐息さん、次の槍を作って。両サイドから攻めます」
「おーけー。《はぁ……はぁ》」
だが、いまの一合ではボクと青息吐息さんが”負けた”のは間違いないだろう。
向こうはダメージゼロ、せいぜい紆余曲折のルール能力について情報アドバンテージを失った程度。
対してこちらは二人ともルール能力を晒してしまった上に、ボクは左腕をやられてしまった。
じんわりとしていた痛みが、徐々にズキズキとした、はっきりしたものへと変わっていく。
少し視界がかすれているのは、メガネをかけてないからだけではない。
もうとっくにボクと青息吐息さんは活動限界を超えている。
最初の銃撃を避けられれば、こうなることは目に見えていた。
「切磋琢磨さん、気を付けて」
「次は両側からくる、だろ。大丈夫だ。今の手ごたえなら、冗談抜きで対処できる」
「むかっ。ずいぶん自信があるじゃない」
「はは、御冗談を。そうですね、確かに――ボクたちは現在”負けて”いますが」
だけれど、ボクたちは。
ボクと青息吐息さんは、まだ完全に”負けて”などいないのだ。
負けていなければ、チャンスはある。
間違っていたらそれを正せる。成功するまで挑戦できる。
生きているかぎり……《先手必勝》に失敗しても、人生は終わらずに。やりなおすことができる。
「《仕切り直し》です」「ええ、《仕切り直し》よ」
ボクと青息吐息さんは、相手に聞こえるよう、さりげなくそう呟いて。
同時に前へ向かって地面を蹴った。
《第二ラウンド》へ。
ボクが鏡花水月を打ち破った、ルール能力の向こう側へ。
用語解説
【四点流格闘術】
東奔西走が切磋琢磨に教えた、四つの型を各自で発展させていく格闘術のこと。
型にはまっていながら自由に技を創作していくことで読まれない、実践的な格闘術らしい
(その場のノリで技を新たに作っているだけともいう)
基本形は「待機」「突進」「防御」そして「爆発」の四つ。
最終更新:2012年06月07日 14:50