27◇蓬平団子
途中で拡声器の声が聞こえたが、それどころではなかった。
走って走って、ただ走って。
戻ってきた喫茶店は、出る前と同じやさしさでオレを包んでくれた。
木の温かい雰囲気とふんわかした照明。
ちょっとだけする血の匂いは店のじゃない、オレとオレが抱えてる幼女のものだろう。
ともかく、バクバクしていた心臓の鼓動、掻きまくっていた冷や汗、
ガタガタ震えていた足がようやく少し落ち着いて、オレは心から安堵のため息をついた。
「……どうしてです」
だが、オレがお姫様抱っこしてる幼女はむすっとした顔のままでオレに問うてきた。
「どうして。わたしを助けたんです」
「さあ、なんでだろうな。オレにもわからね」
オレは正直な本音を返して、ボロボロの幼女を椅子に座らせ、テーブルを挟んで反対側に座った。
テーブルの下に隠してあったデイパックから、医療道具を取り出していく。
幼女はそれをぼんやりとした表情で見ていた。何が起こっているのか全然分からないと言った顔で。
だけどぽつりと、小さな口からこぼれるようにしてこれだけ言った。
「わたしは。誰かに助けてもらえるような人間じゃないです」
それに対してもオレは返す言葉があった。
「んなこと言ったらオレだって、誰かを助けていいような人間じゃねーよ。
この服見りゃわかるだろ。オレがやってることは、めちゃめちゃな手のひら返しなんだよ」
「……え」
「だからさー」
どうもうすうす感じていたものの、
これはどうやら治療より先に、事情聴取ってやつが必要な展開らしい。
オレがこの医療道具を手に入れた”あの現場”のこともあるし、
あれにこの幼女が考えうるかぎり最悪の形で関わっていることも考えられた。
オレはひとつ、質問をした。
それはこの
殺し合いの場じゃなきゃ冗談にもならないようなひどい質問だ。
「幼女。幼女は何人殺した?」
「え」
「何人殺した?」
「……」
「怒らねぇよ、オレだって前科者だ」
「……わたしは」
「ん」
「わたしは……3人殺しました」
「オーケー。オレは1人だ。じゃあまずは、そのへんからお話していくとしようぜ。
どうせ幼女の《剣》じゃオレは殺せないしさ。誰かに話して楽になることってのもあるんじゃね?」
「わたしは、3人も」
「1人も3人も同じだろ」
「……それは、悪人の言い分です」
「いいや、違うね。オレの言い分だ」
「……」
「殺した量なんて大した意味を持たねえよ。問題はその中身、質だ。
事故か故意か、その辺が大切だろ。言えよ。オレが判断してやる」
「はんだん」
「そうだ。だから代わりに幼女にも、オレの話を聞いてもらう。イーブンだ。いいだろ?」
自分でもよくこんなすらすらと言葉が出てくるもんだ、と感心する。
オレが即席で言ったそれっぽい言葉に、幼女は数秒迷った後、返事をする。
「……そうですね。分かりました。あなたに従いましょう」
「従わなくていいって。そんな堅苦しい言葉使ってっから……ま、いいや」
返事を聞くと、オレはキッチンからお茶入れのビンとカップを2つ、
それと幼女の手首(酷使しすぎて炎症を起こしているようだ)を冷やすための保冷剤を数個取ってきて、
テーブルの上にどさっと置いた。
お茶入れのビンの中に入っている謎の薄茶色の液体に、幼女は眉をひそめる。
スキンシップがてら幼女の緊張をほぐしてやろう。もちろんオレの、も含めて。
「では幼女、君にひとつめの任務を与えよう。オレ特製のまずいコーヒー牛乳だ。
さっき飲んだけどガチでなんか変な味だった。でだ。これを二人で消費しようぜ」
「えっと、その……え?」
「いや困るなよこんなんで。断れって」
「……え」
「断りたいなら、断っていいんだぜ。
自分で自分に変なルール作って、それに従って。
学校や会社じゃないんだから、そんなことする必要なんてないんだぞ。もうちょっとテキトーでいいんだ。
オレみたいに、人1人殺しといて誰かを救ったって、文句いう奴なんてここにはいないんだから」
「……なんで」
「ん?」
「なんであなたは、わたしを助けたんですか」
「さっき言ったろ。知らねえよ」
「知らないのに、助けたんですか」
「?」
「わたしを助けたことを、後悔するかもしれないのに」
「後悔?」
「ええ、後悔です」
「あー。後悔ね。いや、それは絶対にないぜ」
「どうして」
「だってオレ幼女好きだし」
とオレがあけすけに言うと、幼女はあからさまに口をぽかんと開けた。
「空から幼女が降ってこないかなと思ってたけどさ、それじゃあダメだったってことよ。
チャンスは自分で掴むもの、幼女は自分で助けるものだったんだ」
「……もう、いいです。分かりました」
「お」
「わたしは勇気凛々です。
弱きを助け悪を挫く、
ヒーローのような存在に憧れていました。
ですが、実際にはわたしにはそんな力も、勇気も、無かった。それだけのこと。それだけのことなんです」
「そうか。オレは優柔不断。
ぐだぐだと文句を付けて結論を先延ばしにして、ずっと現実から逃げ続けるつもりだった。
でもまあ、結局オレにはそんなことは不可能だった。それだけのことだ。……なんちって。ほれ。やるよ」
オレはデイパックから最後の1個、
ビニールに包まれた緑色の団子を取り出して凛々ちゃんに差し出した。
お近づきのしるしついでに、ちょっとしたイタズラだ。
凛々ちゃん(ってあだ名付けた。心の中で)はそれを受け取ると、包装の注意書きを見て目を細め、
数秒オレの顔と団子とを交互に見たあと、意を決してオレに言う。
「……激辛、って書いてあります」
「うん分かってて渡した」
「優柔不断さんは、わるいひと、ですね」
「そう、オレはクズで悪い奴だよ」
――でもな。悪い奴でも、人を救っていいんだぜ。
とかそういうキザすぎるセリフはさすがにちょっと、どこぞのラノベ主人公ではないオレには言えなかった。
ただ、あっけらかんと悪い人であることを告白してそれを恥じなかったオレを見て、
凛々ちゃんが何かに気付いてくれればいいなあと願うばかりだ。
何かはオレも知らないけど。
「じゃあ、ちょっと雑談でもしようぜ、幼女」
「あの……さっきから言おうと思ってたんですが。わたし、もう15歳です」
とまあ、そういう感じでオレと凛々ちゃんは自己紹介を終えて、
それぞれこれまでお互いが辿ってきた道についてちょっと語り合ってみることにした。
最初に居た場所だとか、最初に出会った人だとか。
そう、この過程でオレたちは、
お互いに”ある男”に出会ってから”歯車が狂っていた”っていう、重大な共通点にも気づくのだけれど。
それはまた、次のお話だ。
今すべきは別の回想。
オレがあえて言わなかったことについてだ。
――オレは、大男と戦う凛々ちゃんを見つけて、すぐに助けに入ったわけじゃない。
そんなヒーローみたいなことオレにできるはずがない。
しばらくは、中央階段の陰に隠れて、幼女が、いや少女がいたぶられるのを震えながら眺めていた。
助けたいとは思っていたけれど。最後の一線を超えられなかった。
そんなオレがどうしてあの大男の前に飛び出ることが出来たかというと、
ぶっちゃけた話、”押された”のだ。
後ろから、突き飛ばされるみたいにして。
(そう、だから。オレは本当に、なんで凛々ちゃんを助けることが出来たのか、分からないんだ。
いざやってみたら吹っ切れたのは確かだけど。引き金を引いたのは、オレじゃない。別の誰かだ)
おそらくその人物は、陰に隠れて迷ってたオレを見つけて、背中を押したのだろう。
思えば逃げるときに背後で聞こえた物が落ちるような音もたぶん、その人の仕業なんだと思う。
でもなぜ。
なんでそんなことをわざわざしたのか?
そして、おそらく大男と共にあの場に残ることになったその人は、無事なのだろうか?
「……まあ、なんにせよ。オレたちより数倍ヒーローしてることは確かだよな」
「え?」
「や、なんでもない」
ちなみに、食べられることの無くなったよもぎ団子もどうもかわいそうな気がしたので、
このあと度胸試しにオレがぱくっと一口いってみて、また吐いたのは内緒だ。
【B-1/娯楽施設二階・喫茶店】
【勇気凛々/女子中学生】
【状態】とりあえず、落ち着きました
【装備】なし
【持ち物】なし
【ルール能力】勇気を出すとりんりんソードを具現化できる
【スタンス】少し頭を冷やします
【優柔不断/フリーター】
【状態】吹っ切れ
【装備】なし
【持ち物】救急セット
【ルール能力】どんな刃物でも断たれない身体を持つ
【スタンス】四字熟語とか知るか!
用語解説
【蓬平団子】
優柔不断に支給されていた、見た目に反して激辛にもほどがある殺人的な団子。
といっても食べただけでは死なないが、一つ目は優柔不断と心機一転が事故を起こす原因を作り出し、
二つ目は青息吐息のルール能力を封じ、三つ目は勇気凛々を少しだけ立ち直らせたりと、
支給されていた三つがそれぞれ別の場所でキーとなった。
最終更新:2015年03月02日 01:20