29◆確定申告(中)
――最初から俺はそれについて、どこか頭に引っ掛かっていた。
だけど俺は紆余ほど機転も効かないし、頭も良くないから、それについて深く考えようとはしなかった。
それは勝ち負けについての相手の発言だ。
俺たちが戦っている二人、とくに銀髪の男のほうは、妙に勝ち負けにこだわっている。
最初には「
殺し合いに”勝つ”」と言っていたし、今だって、「僕たちは”負けて”いますが」なんて言って。
ある種、殺し合いに参加していない俺が言うのも変だが、殺し合いは勝ち負けじゃないはずだ。
生きるか死ぬか、そのはずだ。
それに一見こっちが流れを握ってるように見えるが、まだ勝ち負けを判断するには早すぎる。
紆余のルール能力が攻撃を逸らす方向はあくまでランダム。
あの銃弾はたまたま左に飛んで車に当たってくれたから良かったが、
仮に空に向かって《迂回》していたら4秒後にはそのままこちらに向かっていた。
危ないところだったのだ。
「仕切り直し……?」
「ええ。《第二ラウンドです》。行きますよ」
決定的だったのは、いま銀髪の男が口走った「仕切り直し」というフレーズだ。
第二ラウンド、だなんて、今までのことは忘れるような言いぐさを、なぜ。
試合やゲームじゃあるまいし、何を仕切りなおすっていうんだ?
「……? っと!」
思わずそちらに意識を向けて初動が遅れた。
折れた左腕をものともせずに突っ込んでくる銀髪の男は、
ここまでのルール能力と老師のトレーニングで《強化された》俺の力量にひるむことなく、
したたかに口角を上げて笑みながら、片足を上げて蹴りの動きをしていた。
すでに蹴られている……紆余のルール能力で軌道が逸れているが、あと何秒だ?
そう感じた数瞬後、蹴り足はスローモーションからいきなり速度を上げて、俺の首を狩りに向かってきた。
当たる。
とっさに両腕をクロスさせ、ガードの体勢を取る俺に、
なんとも黒い嫌な予感が閃いて、同時に後ろでなにやら考え込んでいた様子の紆余が突然叫んだ。
「タクマさん! 受けちゃだめだ、避けて!」
「なっ、……ぐうっ!?」
その言葉に俺は上体をひねり、慌てて回避し――ようとしたが、
回避しようとした先に青息吐息が後方から放った《氷の槍》が存在し、俺の動きを阻害していた。
がすっ。
ガード状態の腕に強くこすれるようにして、先手必勝の靴の先が俺の腕に当たった。
《仕切り直し後。先に、ダメージを喰らった》。
「《決まった》」
「……!?」
メガネをかけていない先手必勝が、
折れていない右腕で眉間を触り、メガネを上げるような動作をしてそう言うと、
次の瞬間、俺の脳内に浮かんできたのは圧倒的なまでの――負けるビジョンだった。
どこから攻めても。
どこから守っても。
どれだけ策を練っても、どこまでも逃げても、どうしようもなく哀願しても、
たとえこれからどんな出来事がこの四人の間に起ころうとも、
絶対に負けてしまうという確信のようなものが、急に頭の中に浮かんできたのだ。
「なっ……え……?」
「タクマさん! 宣言を! 《敗北宣言》でリセットしないと、」
「そうはさせないわよ」
ダメ。これもダメ。あれもダメ。どうして?
老師の影を追わずに自分で考えているからか?
俺の脳内でシミュレートされるここからの戦いのパターン、その全てが俺と紆余の敗北を告げている。
塗りつぶされていく勝利への道筋を前に俺の思考は混雑し、紆余の言葉も耳に届かず、
いつのまにか前へと回り込んでいた青息吐息の顔が目の前に現れると、
もはや驚きの声を上げることしかできなかった。
「うおおおお!?」
「ふふふ、その口、凍らせてあげるわ!」
大きく息を吸い込んで吐く。そんな単純動作も、ルール能力が加われば凶器となる。
エリアを凍らせるほどの威力はないものの、
《すごく冷たい》青息吐息の《ため息》を顔面に浴びた俺は、パキパキと自分の口の周りが凍りつく音を聞いた。
これではもう喋ることが出来ない。
「んむっ、んんっ!」
「タクマさん!」
「センくん! やったわ! これで勝ちよ!」
「ええ。どうやら後ろのミイラ少年くんは気づいたみたいですが、もう遅いですね。
《仕切り直し》の合図は二人で言わなければ意味が無い。つまりこれでボクたちの完勝は確定した」
「んむっ!? んん!?」
青息吐息が退き、先手必勝の隣に並ぶと、二人は揃って勝利宣言をした。
どういうことだ、説明しろ、
と言おうとする俺の口は《氷のマスク》に覆われ、意味のない音しか吐き出さない。
その間にも頭の中では、俺の敗北する未来がどんどんはっきりと創造されていく。
拳を打ち込んでもかわされて。俺の頭が銃弾に吹き飛ばされる。
まるですぐに現実になってしまうかのようなリアルさをもって、それは脳内で展開されていく。
いいや、もうほとんどリアルだった。何秒後か、何分後かまでは分からないが、
「まずい……このままじゃ、僕たちは殺される……!」
「そう。正解ですよ、紆余曲折くん。そしてもはや、これ以上の考察は無意味だ。
おとなしく頭を垂れて命乞いでもするといいでしょう。もちろん、受託はしませんが」
「……んん、んんむんむ!?」
「青息吐息さん。紆余曲折からはまだ情報が得られそうです。いったん引きはがして」
「了解。といっても、力ずくでいけるかな、あたしの力で……って」
「ん……んん!?」
「あら」
がくり、と。
俺はいつのまにか、体に残存しているエネルギーとは裏腹に、地面に膝をついていた。
傷もない、体力もまだあるのに、なぜか体が思い通りに動かない。
魔法に――ルール能力にかかったみたいに。呆然と、虚空を見上げてわめくことしかできない。
「どうやら心より先に、身体が敗北を認めちゃったみたいね」
「……んんん!? んんん!?」
「あ、まだ分かってないのかしら? なぜあなたたちが負けたのか。じゃあ、教えてあげるわ」
わめく俺の背中から、重さが無くなる。
青息吐息がこちらに歩いてきて、紆余を俺から抱えるようにして奪ったのだ。
だらんとして抱え上げられた紆余は一度は彼女を睨みつけようとしたものの、
包帯塗れの顔では睨みつけることなどできないことに気付いたのか、抵抗をやめ、
されるがままに任せていた。青息吐息は俺への説明を続ける。
「センくんのルール能力は、《先に攻撃を与えたら勝ちが確定する》というもの。
最初の銃撃は外しちゃったけど、あれが当たってればあたしたちの勝ちは最初から決まってたの」
「……でも、僕の《迂回》で銃弾は外れて――タクマさんが先にあなたにダメージを与えた。
だから、安心しきっていた。予想はできていたのに。……してやられました」
「同じ状況がさっきもありました。
あなたたちと戦う前、ボクは鏡花水月の本体に攻撃を与える前に、彼の攻撃を受けてしまった。
その時点でボクの敗北は決定していた……だから、《やりなおす》ことにした」
悔しげに吐き捨てた紆余に、先手必勝が捕捉を加える。
ヒントになったのは最初の最初、このルール能力に気付いたときのことだったと先手必勝は言った。
「ゲーセンで、ある参加者とエアホッケーをした時です。ボクは彼と3ゲームを行い、このルール能力で全勝しました。
あのとき、3ゲーム全てで能力は発動していました。勝ち負けに関係なく、1ゲームごとに。
つまり。――《ゲームを仕切り直しさえすれば、同一人物に対して何度でもボクの能力は発動する》。
失敗するたびに仕切りなおせば、当たるまでずっとルール能力を行使できるというわけです」
「さっきあなたはセンくんの腕を折ったわ。だからそこまでの時点では、あなたは”勝って”いた。
でもそれは1ゲーム目の話。《仕切りなおしたら無効よ》。そして今度は、あたしたちの勝ち。もう仕切り直しはさせない」
青息吐息はそう言って、紆余の顔中に巻かれた包帯を少し緩め、
出てきた口に息を吐き、《氷のマスク》を作り出す。
これで紆余ももう喋れない。
つまり、相手の言葉が真実ならば――バトルの勝ち負けを叫ぶ権利、
《仕切りなおす》権利は、もう向こう側にしかない。
俺はたった一発、それもかすり傷を受けただけなのに。それだけで勝ち負けが決まうなんて。
こんなものは、闘いじゃない。
戦いに対する冒涜だとさえ思う。
だが、実際に屈してしまった以上、俺には何も言うことが出来ない。
もう負ける以外に道はない。そしてこの殺し合いの場に置ける”負け”とは、すなわち”死”を意味していた。
ぽとり、と、
無理やり手を後ろに回された紆余のズボンのポケットから、最初に奪った銃が落ちる。
それを拾った先手必勝が、地面に膝をつく俺のこめかみに、銃口を当てた。
「ではまた、百年後の来世で会いましょう」
ひやりという、冷たい感触。
あとは引き金に力がこもって、銃弾が筒から発射されれば、終わりだ。
走馬灯のように俺の脳裏に思い浮かぶのは、ここまでの戦い。この”娯楽施設”で行ってきた、
いろんな奴との闘いの軌跡だった。
東奔西走。老師には完膚なきまでに負けた。
傍若無人。あの男とは戦うことさえ許されなかった。
破顔一笑。恐ろしいあのスーツの男は追い払えはしたが、あれは勝ちとは言えない。
そして先手必勝、青息吐息。
考えを改め、俺自身の戦いとして挑んだこの戦いでも……負けが確定してしまった。
結局俺は最後まで、ここに来るまでと同じ、勝てない男として人生を終えるのか。
嫌だ、と思った。
でもどうすればいいのか。頭の悪い俺には分からない。
分からない。
引き金が、引かれて。
――「分からなくても、出来ることはあるじゃろう?」と、脳裏で老師が俺にそう言った。
「…………んんぬんんんんんん!!!」
「!?」
俺は自らの拳で、自らの顎に向けてアッパーを決めた。
バキバキと音を立てて、俺の口を覆う硬い氷にヒビが入り、そして俺の頭が後ろに大きく動く。
発射された銃弾は目と鼻の先をかすめて、再び遠くの車へ穴を空けた。
次に俺は、後方に倒れた勢いのまま足を大きく上げ、足を下げて、ゆりかごのようにして立ち上がる。
しっかりと先手必勝を見つめ、ッビシイ! と両手で頬を張ると、
口を覆っていた《氷のマスク》はボロボロと崩れ落ちた。
次に首を鳴らし、手足を振って力のこもり具合を確かめる。
まだだ。
まだ全然パワーが残っている。いつまでだって戦える。
例え運命がこの戦いを負け戦と決めていようが――いつまでだって。
「あの状況から精神を振り戻しましたか……しかし、紆余曲折はこちらが預かっていますよ。
《仕切り直し》は出来ません。あなたの負けは決まっている。それでも戦う、というのですか?」
俺に向けて銃口を構えながら先手必勝は平静を保ってそう言った。
が、声が震えているのはバレバレだ。今から俺がしようとしていることは、相手にとっても困ることなのだ。
「そうだ! 俺は! 死ぬまで負けを認めない!」
だから
正々堂々と胸を張って、俺は先手必勝と青息吐息の二人に宣言した。
「なぜなら、お前のルール能力で《俺たちの負けが確定》してようが……、
《それが何時なのかは決まってない》からだ!
一時間後か? 十時間後か? 一カ月後か! それは、俺にも誰にも分からない!」
「……くっ!!」
「あなた……屁理屈には屁理屈ってわけ!?」
「もちろんだ! だから、俺はいつまでだって抗い続けてやる!
この拳と、老師直伝の四点流で! 何十年でも何百年でもお前らと戦い続けて!
お前らの口から、やっぱり負けましたと言わせてみせる! ――かかってこい、こっからが本当の戦いだ!」
拳を突き出し、口の中に入り込んだ氷をガリッと噛みながら、俺は宣戦布告を決める。
ルール能力がなんだ。決められた勝敗がなんだ。
そんなものは、戦いの、魂のぶつかりあいの上では些末な事だ。
結局最後に勝つのは……意思の強い方。
煮えたぎるほど熱く、馬鹿みたいにまっすぐで、全力でそこに在り続ける。そんな鋼の心を持った方なのだ。
――そう感じた瞬間、俺の体がまた燃えた。
俺のルール能力。《戦うごとに強くなる》、切磋琢磨のルール能力。
本当の戦いが始まった今、ようやくこのルール能力が、緑色のオーラの形を成して俺に味方する。
「青息吐息さん……予定変更です。いますぐ紆余曲折くんの首を絞めて殺してください。
二人でかかって、やっと倒せるかどうかだ。あの男、《さらに強くなった》。体も、心も……!」
「――おおっと、それはちょいと困るぜ、そこの青二才」
「!?」
「きゃあ!」
そして、さらに戦場に変化が起きた。
紆余を捕まえていた青息吐息のほうから、聞いたことのある声がしたのだ。
そちらを見やると、そこにいたのは上下に赤いジャージを着た女。
見事な日本刀を携えたその女は、
何故かざく切りに短くなっている黒髪を風に揺らして、青息吐息を突き飛ばし、
紆余を抱え上げている最中だった。
「あたしの知らない内にこいつが死んじまうだとか、そーいうことされたらさ、あたし泣いちゃうぜ。
よお、タクマ。そして紆余。遅れてごめんな。いま、戻ってきた」
「一刀両断!」
「んーんんん!」
「新手……だと?」
「ま、まずいよセンくん! 新たな参加者が来たってことは、戦況が変わったってことで」
「!!」
新たな乱入者、一刀両断に突き飛ばされた青息吐息は、先手必勝に向かってなにやら言いながらうろたえる。
その言葉に何か気付いたようで、先手必勝も苦虫を噛みつぶしたような顔をする。
紆余を後方にやって俺の隣に立ち、日本刀の切っ先を潔く相手に向けた一刀両断は彼らに言葉を吐いた。
それは意識してのものなのか、それともただの偶然だったのか。
「ああ、そうだぜ――残念だがここで、《仕切り直し》だ。そして」
きっと後者だったのだろうと、俺は考えているけれど。
「――お前らは死ぬ。あたしが殺す」
あんまり決断的にそういうものだから、俺はちょっとその言葉に、ぞっとするものすら感じたように思う。
ともかく、闘いはこれで《リセット》された。
そう。言葉だけで終わってしまうようなものを、闘いとは呼ばない。
俺が呼ばせない。
用語解説
【仕切り直し】
もともとは相撲の仕切りが上手くいかないときにやりなおすこと。
転じて勝負事などをやりなおすことに使われる。
四字熟語ロワでは、先手必勝の能力の真骨頂であり、弱点でもあるルール。
負けを認めて仕切りなおすことでもう一度ルール能力の発動機会が得られるが、
相手もかけられた能力を敗北宣言でリセットできる。
最終更新:2012年06月07日 15:19