39◆最終戦Ⅲ
時間の経過した死体の首を切っても、血はどろりとしか流れない。
新たに手にした知識だった。
まったく、英単語や歴史の年号、数学の公式を詰め込んでいたはずの頭の中が、
たった半日でずいぶんと血生臭くなってしまったものだ。
走る足は休ませぬまま、勇気凛々はそんなことをふと考えた。
「……なあ、大丈夫か? 凛々ちゃん」
少し目線が下がっているのを気づかれたか、
横について走っていた優柔不断が心配そうに尋ねてきたので、勇気凛々は言葉を返す。
「ええ。今も手が震えてるし、すごい吐き気もしますよ。だから総じて、大丈夫です」
「なるほどだったら大……大丈夫じゃないじゃんそれー!?
すまんマジで! 無理でもオレがやりゃよかった!」
「いやいや、優柔不断さんには無理ですよ。
さっきわたしが作業してる後ろで、めちゃくちゃびびってたでしょう?」
「ぎく」
「ふふっ。見てましたからね、わたし。ちゃあんと」
「ぎくぎく」
「ちゃあんと見てましたからね横目で」
「は、はずかしい……ッ! オレより小さな子が真剣に汚れ役をやっている横で、
正直おしっこちびりそうなくらいびびっていたあの時の顔をまさか見られていただなんて!」
「超はずかしい顔でしたね」
「追い打ちやめてえ!」
「ホントなにやってるんだろうこの人って思いました」
「ひぃ呆れられちゃってる!」
「……でも。だから大丈夫でした」
「え?」
「優柔不断さんは、わたしに、じゃなくて。わたしと一緒に、びびってくれてましたから」
柔らかい声で、勇気凛々は言う。
優等生で、
ヒーローであろうとした過去の自分には、まず出せないだろう声だ。
「ひとりじゃないって、思わせてくれたから。だからわたしは。怖くなかったです」
「!」
「だから――ありがとう、です、優柔不断さん。
わたし、貴方に救われて、本当に良かったと思いました」
「!!!」
二人は娯楽施設の中に入る。
両サイドに雑貨屋テナントとパンクな服屋が並び、
反対側にはにはゲームセンター、お茶専門店などが立ち並ぶのが見える。
吹き抜けの上には薬局などの影も見える。C-2の一階の風景だ。
ここより少し北、C-1の中央階段では現在、最後の決戦である最終戦が行われている。
優柔不断と勇気凛々の二人は“対主催側”の作戦を遂行するため、
一度逆方向のA-2へと走って、
そこに斃れる鏡花水月の死体から首輪を入手してきたところだ。
「り、りんりんちゃんが。ありがとうって俺に。もう死んでもいい」
「……優柔不断さん、感極まってる場合じゃないです。
“正しい作戦”を実行するなら、
一刀両断さんに伝えた三十分という時間より早く、中央階段に到達しなければいけません」
「はっそうだった」
足を止めかけた優柔不断を急かして二人はさらに走る。
あとは辿り着くだけ――しかし急がなければならない。
もし、“対主催側”にいながらその動きに不審点があった一刀両断が“マーダー側”だった場合、
彼女は傍若無人にこちらの作戦をリークする可能性がある。
その場合、奇襲が三十分後ということがバレてしまい、奇襲が意味をなさない。
「だから、二十分」そう紆余曲折は優柔不断に言った。
「凛々ちゃんをなるべく早く説得して、二十分で全ての準備をしてもらいます。
A-2との往復を考えると、非常に厳しい時間になりますが……お願いします」と。
「今、たぶん十五分くらいです。足を止めてる時間も無ければ、
他のことを考えている余裕もないですよ。早く“準備”に取り掛かりましょう。
その先に何が待っているかは、分かりませんけど。あの大男は、わたしたちで倒すんです」
ちなみに優柔不断は走りながら“正しい作戦”をすでに勇気凛々に教えている。
作戦は、プロセス自体は変わらない。
勇気凛々が奇襲することにより傍若無人に致命的な隙を作り、そこを切磋琢磨が叩くというものだ。
“正しい作戦”は、その奇襲の方法をさらに先鋭化させたものだ。
大男のルール能力、その弱点。
それを突いた最適な奇襲の方法を実現するのに、首輪が必要不可欠だった。
「ああ、そうだな。あいつ倒したところで、その先なんか分かんねーけど」
優柔不断はデイパックから血のついた首輪を取り出し、釣り糸を巻きつけながら吐き捨てる。
「とにかく今は、あいつを――《首輪しか見えてない》あの大男を、盛大に驚かしてやろうぜ!」
二人は二階へと続く階段を駆け上がっていく。
レストラン街を抜けたら、中央階段はすぐだ。
そして彼らの到着と共に……この最後の戦いは、あっけなく終わるだろう。
《人をモノとしか見れない》大男は、そのルール能力の裏を読まれて、負けるのだ。
◆◆◆◆
傍若無人の視界には紫色の光が映っていた。
対戦相手の身体から発される、《ルール能力による光》だ。
仕切り直しだと宣言したその《光》は、能力の発動を知らせたのち、徐々に弱まり消える。
あとには「首輪」だけが残る。
空中に浮いた、「首輪」だけが――モノだけが残る。
《彼の目に人の姿は映らない》。
《当人が自分の一部だと認識しているもの、服やグローブなども、彼の目には映らない》。
《ルール能力が起こす、先ほどの光のような現象》
《各人が自分の一部とは認識していない、包丁や銃などの武器、あるいはデイパック》。
《そして、「首輪」。大男の目に映るモノはそれらだけ》。
傍若無人のルール能力《傍若無人》はそんな、言葉通りのルール能力だ。
破顔一笑の《破顔一笑》を回避することができること以外になんの使い道もない、最悪のルールだ。
「行くぞ、傍若無人!」
視界制限の中で傍若無人もまた、ずっと薄板を踏むような戦いを強いられていた。
素手が武器である目の前の「首輪」はデイパックも置いてきているため、
先ほどまでは宙に浮いた「首輪」だけが、そこに相手がいるということを教えてくれていた。
今はそれに加えて、右腕から離れて空中へと垂れる「首輪」の血液も《見える》。
よって傍若無人の情報制限は少しは緩和されている。だがやはり格闘戦相手は神経を使う。
「二の型、突進――疾槍!!!」
もちろん戦えぬわけではないし、不利になるというほどのことでもない。
すべては計算によって補える。
前方、
「首輪」が発奮し声を発する。
「首輪」は一直線に向かってくる。
「首輪」の傾き具合は比較的高いことから、身体を前に突き出していることが想像できる。
傍若無人は「首輪」の中心から、「首輪」の身体部分を貫くように中心線を試算する。
中心線は正中線。
人間の身体の構造上、その線を狙って攻撃すれば狙いを大きく外すことはない。
「単純なモノだ! まだ直線で戦いたいか!」
斧を薙ぐ体制に入る。
リーチの長い致命武器で相手を寄せ付けないことで、認識の誤差をある程度ごまかし、
さらに斧を潜り抜ける方法を数パターンに限定することで、対処方法を画一化する。
横に薙がれる斧に対しての基本は、
①飛んで躱すか、
②潜って躱すか、
③振り切るまでいったん待つかだ。
どれを向こうが選択したかは「首輪」の動きで判断可能。
その選択に対する次の行動も大脳に織り込み済み。当然イレギュラーも考慮済み。
戦術的な相手の動きのコントロールに加え、
声、床を踏む音、近くに来られれば息遣いや汗の香りなど、
目以外の情報も加味する。それらを総合して大男は「首輪」と、
一見してルール能力で視界が制限されているとは思えない戦闘を演じきっていた。
「おう!! 何度だって……真正面からぶつかってやる!!」
「首輪」が加速。イレギュラー。
《強化》による速度上昇をもって振られる前に突っ込むつもりなのだ。
アキレス腱が切られている事実は一体どこに行ったのか? 全くもって驚異的だ。
傍若無人は対処する。
振る手前、斧を後ろに引いていた体勢から、
そのまま床に倒れこむことで「首輪」の攻撃を回避しにかかる。
腕は《見えない》が、その攻撃距離の最大値はここまでの戦闘で把握済みだ。
どのタイミングでなら綺麗に避けられるかは、容易く計算できる。
チリッ。
「……!」
しかしイレギュラー・セカンド。
「届いた、ぜ。七点流、五の型――“変節”、延長」
あるはずのない場所に「首輪」の指先があり、その貫手が傍若無人の服をかすめた。
かすめただけ、だが、
七段《強化》した「首輪」の鋭い槍は薄生地の黒シャツを破き、皮膚を数枚えぐる。
水が沸騰した時の気泡のように、切れた毛細血管から血の球がぽつぽつと湧き出る、
完璧なタイミングで避けたはずなのに何故――?
傍若無人は一瞬そう考えそうになり、しかしすぐに思い至る。というか相手が教えてくれた。
七点流。
その名を聞くのは、はじめてだ。
「切磋琢磨……《進化》したか! 技すらも!」
「そうだ! 俺は今、師を!
老師の全てが詰まった四点流、そのものを“発展”させた! ――六の型、“気導”!」
「首輪」がふざけた動きをした。
床を転がり追撃を回避しながら傍若無人が振った斧に対し、「首輪」は足を使わずに後ろへ跳躍、
次の瞬間にはヨーヨーが引っ張られるようにして元の位置へ戻ってきたのだ。
意味不明だ。
五の型“変節”の仕組みは恐らく単純だ……間接を外すことで物理的に腕を伸ばしたのだろう。
しかしこのアクロバティックな動きはどうにも説明がつかない!
「空気の壁を叩くことで反発により俺を移動させた! それだけだ!」
「……化けモノが!!」
暴虐的な速度で攻めてくる「首輪」を、傍若無人はひたすら受ける。
アキレス腱を、ひいては左腕を切っておいて本当に良かったとしか言えなかった。
六の型“気導”を使うには足の力はもう足りず、使えるのはどうやら片腕となった拳だけらしい。
空を飛ぶようなことは出来ないし、使用と同時の攻撃動作もない。
それでも六の型の人間離れした動きは傍若無人の計算を狂わせるには十分だったし、
「“変節”、発展――増節!!」
五の型のほうも関節を伸縮させるだけかと思いきや、
明らかに人体を構造レベルで変化させる挙動を実現しており、総じてふざけていた。
《七段の強化》。
七は虹の色数であり、虹は文字紙の招待状のインクの色であり、
四字熟語にとって四の次に大切な数字だ。
虹色をなぞっていた《強化》の光が七色目を数えたということは、
それはつまり、《切磋琢磨の完成》を意味する。いや文字だから《完筆》か。
「厄介、な、モノだ……!」
目の前の「首輪」は、たったさっきを以ってして、ヒトから文字に化けたのだ。
「だが……」
傍若無人は目を凝らす。同時に五度ほど拳撃が肉をかすめて身体に血を刻んでいく。
骨にヒビを入れるほど強く身をよじって回避する。なおも目を凝らす。
認識を再定義。
完全に《文字化け》したのであればそれはもうヒトではない。ヒトではないのなら、
「《見えた》ぞ、“切磋琢磨”」
文字ならば。認識できる。
蟷螂の斧。ルール能力に反抗し、文字を殺すための刃が、
視界に完全に敵の姿を捉えた傍若無人によって振られ、切磋琢磨の右腕を断ち切らんとす!
「もうその拳は、己には届かん!」
「来い、傍若無人!」
切磋琢磨も構えを変える! 四の型・爆発か? いや、違う。あれは……。
あれは、
◇◆◇◆
その時だった。
傍若無人は、見た。
「――――!」
視界の端に銀刃が見えた。
同時。蹴る音。手すり。
“上”。
それはこの戦いにおける。傍若無人の初手と同一。
イレギュラー・サード。
奇襲。
ついに来たか。
傍若無人は斧を振る動作は止めないまま声の方向へ目線。
上方の空中に「首輪」と大剣。
《りんりんソード》。――勇気凛々。
(上空からの攻撃。己の弱点を的確に突いてきたな。これは……)
傍若無人にとって空中の相手からは得られる情報が少ない。
先ほど切磋琢磨にまんまとレーダーを破壊されたのも。
斧を起点にされ飛び上がられ。空中を使われたからというのが大きい。
そこへこの的確な奇襲。訝しむ。
傍若無人は。《傍若無人》のルール能力が突き止められた可能性を思案した。
ありえぬ。とは断ぜぬ。傍若無人はその可能性を考慮に入れた上で、
シミュレート。
斧は。このまま。目の前の切磋琢磨に縦に振るう。
その後。勢いを利用して斬り上げ上空の「首輪」へと繋げていく。
おそらく大剣で受けられる。踏み込み押し込んで吹き飛ばす。
次いで片手を放して正面をガードする。
斧を回避しジャブに移行してくる切磋琢磨はこれで止める。
腕は軋んで半死だろう。が。奇襲さえ防げば二対一にも問題なく対処できる。
強くなりすぎた切磋琢磨にとっては。もはや逆にチームプレイは足かせとなる。
さて。その後の手は。後々の手は。
あるいはこの方法はどうか。あるいは。
傍若無人は鈍化した時間感覚の中で数パターンの戦闘フローチャートを組む。
斧はもう振り始めている。結論。八割方対処可能。
残り二割。イレギュラーの可能性を高速検討。
心配無しとは断ぜぬ。
可能性が。可能性を。可能性は。
周囲がスローモーションになるほどの高速思考の中で傍若無人は。ある可能性に思い至る。
(待て。あれは――本当に――勇気凛々か?)
ここに居ぬもう一名。
優柔不断。
の存在が脳裏に浮かぶ。
勇気凛々の《勇気凛々》は文字武器の具現化。それ自体が能力。
具現化させた《りんりんソード》は他人に使わせることができるはずだ。
もしいま見える「首輪」が勇気凛々ではなく優柔不断であり。
こちらのルール能力を把握したうえで。
わざと《りんりんソード》を持って飛び降りてきているのだとしたら。
空中からの奇襲には。《りんりんソード》の重さをごまかす意味も含まれているとしたら。
あの少女が今。
己の死角に居る。
(成程な。だが――その程度では――己は揺さぶれぬぞ、モノども!)
傍若無人は。斧を振るう。
眼前、切磋琢磨に向かって――“振るって投げる”。
「!?」
切磋琢磨は反応遅れ、るも避けようとする、しかし背後を思い出す。
一刀両断。紆余曲折。狙いはそちらだ。
「ぐっ……ぬッ、おおお!!防御ッ!!」
切磋琢磨は三の型「防御」を駆使し鋼と化した腕で弾くしかないだろう。
無理な体勢からの弾き動作、それも《蟷螂の斧》。
血しぶき。
しばしの硬直。
そして弾かれた斧を。傍若無人はフィギュアスケートのような回転跳躍をしながら、
再度掴み、掴んで勢いそのまま、空中の「首輪」へと思い切りぶつける!
「なッ、……!」
「二度は同じ手は食わん」
「が、はっ」
ただし。フライパンで殴るようにして。蟷螂の斧の、横の平たい面をだ。
《面で殴れば、ただの鈍器》。ルール能力は発動しない。
ホームラン。潰れたカエルのような低い声を出しつつ「首輪」が横方向に飛んでいく。
「……り、んりん、ちゃん!」
次の瞬間《りんりんソード》が消える。「首輪」が死にかけの声で叫ぶ。
《消失と再出現》による奇襲のつもりか。
だが、先の跳躍時の回転で、傍若無人にはすでに勇気凛々も見えていた。
三つ目の「首輪」は中央階段のちょうど中央。
天井からぶらさがる、シャンデリアから帯を垂らしたようなモニュメントのその真下に。
その場所に向かって傍若無人は首を向けた。
《りんりんソード》が「首輪」の横に《再出現》し、浮かんでいる。
まだ攻撃態勢には移れていない。傍若無人の方が、一歩先だ。
「首輪」の中心線に向かって。
傍若無人は自らの持ちうる攻撃力の頂点を合わせにいく。
イメージは槍。
優柔不断にぶつけたフライパンの斧の、持ち手をギリギリまで長く持ち替えながら、
さらに身体を捻り真反対を向く。着地。足を大きく開く。
一歩、踏み込むと同時に捻られた身体を解放し――蓄えたエネルギーごと、
斧の先端を「首輪」の腹部に向かって押し出すように。
「“暴虐ノ――――――槍玉”」
その攻撃はビリヤードのキューが白球の中央を突くような正確さで、「首輪」へと吸い込まれていった。
これで終わりだ。傍若無人はそう自負した。
「首輪」の位置から弾きだされた想像上のシルエットに。
傍若無人の斧の先端が。
刺さり。
刺さって。
すりぬけていった。
疑問の言葉を発する暇なし。
一切の感触をもたらさず虚空を突いた攻撃は、ストッパーを失った特急列車と成り、傍若無人自身の体勢を大きく崩す。
崩れた視界の正面では、さらに新たなイレギュラーが生まれて大男を襲っていた。
《りんりんソード》がこちらへ向かって来る。
「首輪」から連想されるシルエットから計算できたリーチを大きく逸脱し、
大剣がまるで、自立意思を持つようにして。傍若無人の開いた懐へと迫り。
そして鋭く舞う。
傍若無人の肩から腰にかけて一閃。
傷。
痛み。
次いで。剣の位置が変わったことで。
新たに傍若無人の視界に、「首輪」が映った。
「“見えました”、傍若無人。貴方の、負けです」
大男に攻撃を加えた四つ目の「首輪」は。
かつて心機一転のボウガンを防いだときのように。幅広の《りんりんソード》で自分の首輪を隠していた。
隣にもう一つの、ダミーの首輪を配置して。
“ひとり分、自分の位置をずらして、誤認をさせた”。
ダミー首輪を操作していたのは優柔不断。
天井のモニュメントへと釣り糸で引っかけ、そこから垂れる帯に隠すように、静かに中央階段へと降ろした。
自身もまた《りんりんソード》で二階から跳躍し、傍若無人の目を引いた。
すべては一瞬のため。
勇気凛々による奇襲を完成させ。
切磋琢磨の大技を決めるための、二重三重の撹乱作戦。
「七点流、七の型」
傍若無人は苦し紛れの膝蹴りで勇気凛々を攻撃する。
勇気凛々はかわさず《りんりんソード》で膝を狙う。
相討ち覚悟の攻撃。叩きこみ、その反動で後方へ逃れる手はず。
それでもさすがに傍若無人。
膝に剣を受けながらも勢いを落とさずに、蹴りの威力を勇気凛々に押し込んだ。
勇気凛々は床を転がり威力を消そうとするが、柱へと叩きつけられた、
背中を衝撃が打った、こひゅうと肺から胃液交じりの息を吐いた。たった一撃で。なんて世界だ。
しかし彼女は笑った。
大それた風が吹いているわけでもないのに、左方から巨大な力の高まりを感じていた。
「“終点”」
その力は、切磋琢磨の右こぶしにすべて集まっている。
最後の型は終点にして集約点。
生きるために使っている全エネルギーを心臓と拳のみに集約し、
ただ一つの拳となって相手へぶつけるための型。
爆発もしない。虹色の光が出たりもしない。ただ全てがぶつかりあうだけ。
こちらの全てをぶつけ。
あちらの全てを引きずり出し、終わらせるための拳。
切磋琢磨はそれを――これまでの高速戦闘からすればひどくゆっくりと。
がら空きの傍若無人の脇腹へ。
繰り出した。
「……俺たちの明日のために。ここで終われ、傍若無人!!!!」
そして。
最終戦は、終わった。
◆◆◆◆◆
ええ。
◆◆◆◆◆
紆余曲折。一刀両断。優柔不断は、戦闘不能。
勇気凛々はすぐにはダメージ回復できず。おしなべて満身創痍の中央階段。
その中央。
終点にて、切磋琢磨と傍若無人。
二者の全てが静かにぶつかり合い、数秒、時が止まったかのように空間が硬直する。
そして。
――傍若無人が大の字に倒れる。
口から血を吐いて、その場へと沈んでいく。
「……ぐ、ぬ」
全てを引きずり出され倒された大男の、呼吸は弱く目はうつろ。しかし意識はある。
最終戦の勝利条件に則って、傍若無人は殺されてはいない。
まだ聞くことがたくさんあるからだ。
「待て……動、くな」
切磋琢磨がその上に馬乗りになる。
彼もまた呼吸は荒く、疲労が目に見える。
左腕からは未だ血が流れ、早急な手当てが必要だ。
けれど、切磋琢磨はそれを気にしていない。
どうせ傍若無人は負けたのだから、
早急に手当てし、まず命を確保してから、脱出手段を聞くのが正解のはずだ。
しかしその前に彼には、やることがあるようだった。それ以前に。聞くことが。
「はぁ……、お前……いや、あんた……どうして? どうしてだ?」
「……」
「どうして……おかしいぞ。ありえ、ない。はぁ……あんた、なんで、“同じ”なんだ」
「……」
「ど、うしたんです、切磋琢磨さん?」
「なんでだ。ふざけてる。こんなの……はぁ……なんで、あんた」
彼の様子がおかしいことに気付いたのは、
階段の柱にもたれかかるようにして休んでいた勇気凛々だ。
切磋琢磨の表情がおかしい。
哀れむような。驚くような。戸惑う様な複雑な表情で傍若無人に疑問を投げている。
勝利の喜びがそこにないことに一抹の不安がよぎり、勇気凛々は声をかけた。
だけどその言葉が聞こえていないかのように、切磋琢磨は錯乱じみた言葉を吐いた。
終点の交錯にて。
全てをぶつけ全てを引きずり出して、
ある種、傍若無人と深い深い“拳語り”をしたのだろう切磋琢磨が。
こう言ったのだ。
「傍若無人。あんた、……“誰のために戦ってたんだ”?」
「それはお前には知ることはできねーよ、タクマ」
そして切磋琢磨は。
己が胸から刀が生えたのを感じた。
「な」
「!?」
切磋琢磨が、そして勇気凛々が目を見開く。
大男に跨る赤毛の青年の背後、ジャージ姿の女性が静かに立っている。
立って、日本刀を突き刺している。
切磋琢磨の、心臓へ。
いつの間に?
疑問を返す間もなく、その女性は――。一刀両断は、そのまま刀を、前へ突き出した。
疲れ切った切磋琢磨の身体はその動きにつられるように前へ倒れこむ。
《全てを切り裂く》日本刀の切っ先は。
傍若無人の身体も、貫く。
「だって――もうそいつは何もしゃべらない。
あたしが今から、お前と共に殺すから、だ」
一刀両断は横に振り抜いた。
切磋琢磨と傍若無人。二名の心臓が、真っ二つに裂けた。
「……さて。状況を確認するぜ」
ごとり。と。何か致命的なものが失われたような雰囲気が、重く、あたりに充満した。
その恐ろしく濁った空気の中で、ひどく軽快に彼女は語り始めた。
「傍若無人と切磋琢磨は今死んだ。この場の最大戦力は失われた。
次に強いのは誰だ? 今から戦って、殺し合って、生き残るのは誰だ。
さあ。この殺し合いで、いま一番有利なのは誰だろうな? まあ、聞くまでもないか」
ひどく楽しそうに。狂気を孕んだ目で。
一刀両断は笑った。そして竹を割ったような声で言った。
「あたしの勝ちだろ? これ」
二人の亡骸からは、赤い血が流れ続ける。
血の水たまりに浸かった彼女の、それは勝利宣言だった。
【傍若無人 死亡】
【切磋琢磨 死亡】
【――残り、四名】
用語解説
【奇襲】
不意打ち、闇討ち、隙あり!
なんだかんだ言っても命の奪い合いはいかに相手の意識の外から致命打を与えられるか、だと思います。
この
四字熟語バトルロワイヤルでも予想外の一手で殺された参加者が多く、見返すとあっさり死が多めになってるような?
最終更新:2014年05月26日 04:38