最終戦Ⅳ

最終戦Ⅳ 嘘と約束




 日本刀の柄を二本指で掴んでぷらぷらと遊ばせながら、ジャージ姿のそいつは言った。
 オレたちに向かって。
 勝利宣言を――たったひとりで、した。
 たったひとりで。
 二人殺した。

 ……はあ?

「は、……はあ?」

 …………はああああああぁあああ!?

 待て待て待て待て待て待て待て待て!!!!!!!!!

 それを床に這いつくばって薄目で見ていたオレ、優柔不断は、
 一回心の中で「はあ?」って言って、そのあと口に出して、もう一回心の中で言って、
 それくらいにはパニクった。パニックてとにかく、
 脳が理解を拒否した。ノイズがかかるみたいに思考がまとまらなく××、
 ×××××オレたちは××××××××、
 ××勝ったはずで××、
 ×だって×、
 ××××殺して?××××何で××××ちょっと、××××待てよ、オイ。
 おい。
 ×××おい。

「おい! ……痛ッ!」

 オレは立ち上がろうとした。思ったよりダメージがあった。すぐには立ち上がれなかった。
 痛みを抑えて何とか立ち上がろうと、
 もたもたしていたら先に凛々ちゃんが一刀両断に斬りかかっていた。

「一刀両断さん! あなた、何をッ!!」
「言ったろ」
「!? う、くっ、」
「“あたしには感謝するな”って」
「きゃあぅ、かはッ!!」

 一刀両断はふらふらさせていた《一刀両断》の日本刀をきちっと立てて一閃、
 突っ込んでいく凛々ちゃんに向かって斜めに太刀を振った。
 前のめりに潜り込んで、凛々ちゃんはその刃を躱す。
 背中を見せる形になったが剣を《消失》させ、
 片手を床に付きながら、もう片方の手にソードを《再出現》させて、
 そのまま回転しながら跳ね返る勢いで喉を狙ってソードを突き出す。
 この間二秒もなかった。
 なのにまた翻った日本刀があっさりとりんりんソードの刃自体を《切断》した。

 たまらず凛々ちゃんは《消失再出現》、体制を立て直そうとする。
 しかし隙を突かれ足払いを受けて、
 バランスを崩したところをさらにお腹を蹴り上げられ、くるりと宙に浮かされて、あぶない、
 不味い、一刀両断は浮いた凛々ちゃんの心臓に向けて日本刀の刃先を――差し込もうと、

 その突き
     攻
     撃が、《曲がる》。

「!」
「……へぇ」

 攻撃軌道が《曲がっている》間に、その場に乱入してきた者が凛々ちゃんを押し飛ばした。
 凛々ちゃんは床に勢いよく叩き付けられ、乱入者もバランスを崩して床に倒れる。

「う、……ぅ」
「っ……どういうことですか、リョーコさん」

 見えない暗闇の中で、音のみを頼りに戦闘地点に突っ込んでいったのだろう。
 ギリギリで凛々ちゃんを救った紆余くんは起き上がりながら一刀両断の方を向き、
 包帯の下から睨む。
 問い詰める。
 そうだ。オレもようやく状況に追いついて、いろいろと把握してきた。
 だから声を! とにかく今の感情を! 無理やり立ち上がりながら、オレは叫ぶ。

「そうだ! そうだぜ! なんでこんなことになってるんだ。
 だって今さっき、オレたちは傍若無人に勝利して――!
 それですべて終わるはずだったんじゃねえのかよ! なあ! どうして、」
「ふうん、そういう話だったのか?
 ――なあ紆余。お前、どういうシナリオを頭ん中で描いてたんだ?」
「……」
「どうやら、お前の思い描いたのとは、ずいぶん違うものになっちまってるみたいだけど?
 いちおう、訊いてやるよ」

 オレの叫びは横から斬られ、
 澄ました調子の一刀両断が上から目線で紆余くんを挑発した。
 床では凛々ちゃんが浅い吐息。しばらくは動けなさそうだ。
 傍若無人の一撃で柱に叩きつけられたダメージも回復しない中で、激しく動きすぎたのだ。
 つまり、この場での一刀両断の優位性はさらに高まるばかり。 

「答え合わせをしようぜ。あたしの思ってるお前と、お前の思ってたあたしの、さ」
「……リョーコさん」
「さあ。言え」
「……」
「言、え。」

 刀を翳して。
 答えなければどうなるか、を言外に匂わせながら一刀両断がさらに挑発した。
 紆余くんは、悔しそうな声のトーンで。口を開き、その場に全てを吐露した。
 ゆっくりと。
 苦虫を噛むような口調だった。

「……僕は。
 作戦会議の、最後に……優柔不断さんたちにこう言いました。
 リョーコさんが僕に付いているのか。傍若無人に付かされているのか。
 最終的な結論は土壇場で判断するしかない。と。
 “すべてが杞憂である”場合に加えて。
 “傍若無人に付くフリをして、開始と共に傍若無人を裏切ってこちらに付く”、
 という可能性が残っている以上、戦力的にも、戦闘前に、リョーコさんを無力化するわけにはいかなかった」

 そう。一刀両断に疑心を抱いたオレたちには、
 そもそも最終戦に一刀両断を連れて行かない、
 あるいは開始と共に切磋琢磨に不意打ちで無効化してもらう……そういう選択肢もあった。
 でも紆余くんはそれをしなかった。
 裏切られるリスクを取ってでも、そうすることを望まなかった。

「そして。リョーコさんが最終戦の開始とともに、どちらに向かって寝返ろうと。
 どちらにせよ、傍若無人を倒せば――貴女は僕の元に戻って来てくれると。そう言いました」
「……へえ。なるほど、なるほど」
「そう、思っていました。だからそのまま。・……僕は。あなたを、助けようと」

 紆余くんは一刀両断の言動や行動を疑いこそすれ、
 一刀両断自身のスタンスは疑わなかった。
 信じていた。だから、助けようと、していた。
 オレたちも、紆余くんほどじゃないが、感覚的には同じように思っていた。

 一刀両断は約束(ルール)は守る。と。

 例え傍若無人にその契約(ルール)を上書きされてしまっていたとしても。
 向こう側にいるのだとしても。それは変わらないはずだと、信じていた。
 そして、傍若無人を倒すことが最終戦の勝利条件である以上、
 傍若無人さえ倒せば一刀両断の契約(ルール)は解け、紆余曲折との契約(ルール)に戻り、
 最終戦はそこで終わりになるはずだ、と。

「でも……違ったんですね、リョーコさん。あなたは。違ったんだ」
「ああ。そうだな。その通り。百点満点の百点満点で、だからこその、大間違いだ」

 なのに結果は……違った。
 一刀両断は傍若無人を、殺し。
 切磋琢磨も、殺した。

 “どちらの仲間でもなかった”。

 つまり。最初から。
 一刀両断は。今までずっと。一人だった。

「ありがとう。――本当に、ありがとな。紆余。
 お前ならあたしのヒントから、正解を導き出すと思ってたぜ。
 そして傍若無人を切磋琢磨に倒させてくれるって、あたしはちゃんと信じてた。
 信じていたから、あたしは死んだふりで万全にフェードアウトできてたんだ。誇っていいぜ」

 一刀両断は嬉しそうに話す。
 オレはその声を聴いてひどくきもちわるくなった。
 なんなんだ、あんたは。
 そう言おうとしても声が出ない。
 それくらいにひどい気分になった。

「お前らの読み通り。 
 あの後あたしは傍若無人に負けて、あいつの言葉に従った。これが正解だ。
 傍若無人との“契約”も大体お前らの考え通りだよ。
 一つ目は、対主催側に潜り込んで、嘘の情報を流すこと。
 あいつの弱点であるルール能力を悟られないように撹乱すること、これが一つ。
 二つ目は、もしもの時の助っ人役、だ。
 最初に傍若無人があたしを攻撃すんのは既定路線だった。で、
 負けかけたときに、それこそ奇襲で、あたしがあいつを助ける役目を負うはずだったんだ」

 だってそりゃ、あいつからしたらあたしが疑われているはずがないんだし、
 実際あたしに攻撃もしてるんだからなあ――さぞ意表をついた一撃になったはずだぜ。

「保険のつもりだったんだろうな、あたしの存在は。
 全員殺すのはひとりでやるから出来る限り邪魔すんなって釘も指されてたよ。
 結局あいつは、ただの戦闘狂だったってことなのかもしれねえな。
 ……だからこそ、すげー騙しやすかったけど」

 と一刀両断は笑った。
 オレは、手を硬く握りしめて震えさせていた。
 怒りとかなんかその辺のやつが蛇口から漏れていた。
 心の蛇口から。血まみれの感情が。どばどばと。
 それを目線に入れずに一刀両断は続ける。続けてぜんぶを笑い飛ばす。

「まあなんだ、そうして契約を“させられた”あたしは、難しい演技を要求されたわけだ。
 すなわち――」「“契約を守っている体を保ちつつ、僕たちにも疑われる”ような演技」

 紆余くんが言葉を挟み込む。
 何かを言わなければ、紆余くんも感情を抑えられないのだろう。
 言葉を途中で切られて、一刀両断は少し不機嫌な顔になった。でもまた笑う。

「はっ、正解、正解。さすがだよ、紆余」
「……」
「そうじゃなきゃ、今の状況は作れないからな。
 傍若無人に寄りすぎたら、お前たちはルール能力を暴けずに殺されて、傍若無人が残る。
 だがお前らの方に寄りすぎたら、今度はタクマが傍若無人を圧倒しちまう。
 万全な準備とあたしの全力の参加がありゃ、あの弱点の前に苦戦も何もないはずだろ?
 で・どちらにせよ、“あたしが勝てない”やつが残って。“あたしの勝ち”が無くなるわけだ」
「……必要なのは一度欺いて、そのあと推理させることだった。
 最初に立てた作戦をギリギリで変更させて、可能性を五分五分にもっていって。
 出来る限りタクマさんと傍若無人の、両方を消耗させる……そうして」

 そうして。一刀両断にとって目障りな存在の、同士討ちを。
 漁夫の利を狙う。
 それこそが、一刀両断の、作戦。
 たったひとりで――優勝するための。作戦だった。

「最初から……最初から、そのつもり、だったんですね。リョーコさん。
 あなたは最初、から……約束(ルール)のために命を捨てる宣言をすることで、
 自分がまだ優勝を狙っていることを……隠し通してきた……」
「うん、そうだな。騙されてくれてありがとな、紆余」

 にこり。

「でも一手、遅いよな。だってもう、作戦は成功しちゃってんだから、さ」

 そう言って、くるりと日本刀をまた、手で遊ばせて。

「もうここから先は消化試合だ。ボロボロのお前らをあたしが順番に殺していく。
 それでゲームセット、実験終了。語るほどの話でもねー、つまらない終わりだ……ははっ」

 ははは、はははははははっ。と。一刀両断は満面の笑みで嘲笑う。
 その笑みは――他人の気持ちを弄んだ奴の笑みは。
 オレの怒りを頂点に達させるのに、十二分なまでに、充分なものだった。
 なんだよ……なんなんだよ。
 てめえは。ずっと。ずっと。ずっとずっと、ずっと! ずっとオレらを! 笑ってたのか!

「……ざけんなよ」
「あ?」

 ざけんな。
 オレは。
 優柔不断は。
 自分の懐に、手を入れた。

「まだだ。まだ終わってねえぞ一刀両断。
 オレはお前には《斬られない》し。オレはちゃんと、お前を“殺せる”」

 一刀両断がオレのほうへ振り向いた時。
 オレはすでに、紆余くんから譲り受けた《百発百中》の拳銃の銃口を、一刀両断に向けていた。

「逃げろ、紆余くん、凛々ちゃん。こいつは――オレがなんとかする!
 でも。できねえかも、しれねえから! お前らは逃げて、少しでも回復してくれ!!」

 オレは凛々ちゃんたちに逃げるよう促す。
 大丈夫。握った銃は《百発百中》。外すことはない。
 どれだけオレがヘタレようとも引き金を引けば弾は一刀両断を貫く、はずだ。
 だからこれは、オレがやらなければならない。
 これはオレの役目なんだ。オレの、戦いなんだ。

「優柔不断、さん……!」
「逃げろっつってんだろ! えっと、そっちの方向だ!」
「……すいません方向はさすがにちょっと分からなくて」

 それはそうだった。

「ええとじゃあ……おいどう伝えようこれ!」
「大体右です、紆余、さん……大体70度くらいの位置に。道が」
「凛々ちゃんのも少し分かりづらいぞそれ!?」
「おいそこコントしてんなよ。
 ……はぁ。しかし紆余、お前。さすがの保険だぜ。
 なるほど、確かに銃弾はちょっと《一刀両断》は無理かもな。そうか。っはは……。
 そうだな……じゃあ、ラストゲームだ。優柔不断。凛々、そして、紆余」

 ひゅん。と空気を切り裂く音。
 日本刀の切っ先が1の字を描いた。
 中央に置かれていた、傍若無人のダミーが座るソファー地のベンチが斬られた。
 斬られた傷から、中の綿や羽根が勢いよく吹きだして舞う。
 それらは中央階段を照らすライトに反射して――ちらちらと無機質に輝いた。
 少し緩みかけた空気も、切り裂かれて引き戻される。

「紆余。今のお前の向きから見て、2時の方向だ。C-2方面への道はそっちだ、
 だから逃げろ。勇気凛々と一緒に、無様に逃げてみろ。あたしに殺されないように」

 一刀両断は冷たく指示した。

「こいつを殺してから、あたしはそれを追いかける。それが、最後のゲームだ」

 オレはそのゲームの開始を、
 銃を一刀両断に向けながら、見守った。 

「さあ、始めようぜ。
     殺し合いの、終わりを」


◆◇


 ラストゲーム。

 舞った羽根が床に落ちきる頃には、
 紆余くんと凛々ちゃんは中央階段からいなくなっていた。
 オレと一刀両断、ふたり。
 ふたりきりの、戦い。

 その状況にしたのは、オレだ。
 そうしなければいけない気がしたから、そうした。
 とでも言えばかっこいいのかね。実際はもっと、つまんねえ理由だよ。

「さてと。クク、お前もカッコつけたなあ。優柔不断。
 逃げろだって? おもしろい方便じゃねーか。
 お前は単に、見られたくなかっただけだろ? 自分が人を殺すところを、
 あるいは……殺せなかったところを。特に、凛々に」
「……ああ、そうだよ。クソほど察しがいいなあんたはやっぱり」
「分かるに決まってんだろ。お前がそういうのを気にしないようなやつなら、もうあたしは撃たれてる」

 銃口を向けられ、命を掴まれているのに、一刀両断は物怖じしない。
 何故だ? 簡単だ。オレに勇気が、覚悟が足りてないことを、見抜いているからだ。

 オレはこの期におよんでまだ引き金を引くのをためらっていた。
 人を殺すということを、ためらって、いた。

 できるのはオレしかいないのに。
 やるしかないって、分かっているのに。
 ちくしょう。畜生が。
 優柔不断、その通りだっていうのかよ! ……でも指は、動かなかった。
 代わりに口が動いた。思っている感情だけ、すらすらと口から出ていきやがる。
 それがオレをある意味で安心させた。
 言葉が続くうちは、まだ、決意はしなくてもいいと。
 甘すぎる考えで、だけどそれに酔いたかった。
 そのくらいは……許してほしいんだ。ホントに。

「なあ……この際だ。まだいまいちはっきりしねーこと、訊いてもいいよな、一刀両断」
「いいぜ」
「最終戦の報酬。“脱出方法を教える”って傍若無人の言葉」
「はっ、嘘だよあんなもんは」
「……」

 やっぱりか。

「じゃなきゃ、あたしが優勝狙いのままなわけがねーだろ。
 もともと、こうなるしかなかったんだよ、あたしたちは。そんな都合のいい話なんか、ねーんだ」
「だよな。でもオレたちは糸にすがった。
 一生懸命だった。そしてそれをお前は、笑ってた」
「ああ大笑いしてた。で、お前はそれを許せないんだろ。
 だったら、いますぐあたしを殺せよ。その銃弾で。《百発百中》で。さあ、早く」

 オレは、急かす言葉には聞き耳を立てずに、一刀両断に質問を続ける。

「次の質問だ」
「あたしがお前を蹴り飛ばして傍若無人に充てたのはただの人員調整だ」

 だが、そう目論見通りに上手くはいかなかった。

「傍若無人がやばいってのはタクマから聞いてたからな。数人でかかる形を作りたかった。
 お前らを助ければ因縁もできるし、合流して集団も作りやすそうだと思ったしな。
 ちなみにそのあとわざと負けて、
 あいつとの“契約”に持ってったときが、あたしが一番肝を冷やしたところだったよ。
 あそこで殺されてても全然おかしくなかったからな……で、他に聞きたいことは?」
「質問内容を先取りするなよ……」
「お前に決意する暇を与えないことがあたしが勝つ方法だからな」

 一刀両断のほうは当然、
 オレが自分の心のために時間稼ぎをしていることを見抜いている。
 だからオレが質問できそうなことを、先回りでどんどん潰していくことができるのだ。

「大体のことには答えられると思うぜ。そしてその答えはきっと、大体お前が思ってる通りだ。
 もう答え合わせは終わった。無駄なんだよ、Q&Aなんて今さら。前を向こうぜ優柔不断」

 さあ、引き金と向き合え、と。
 不毛なQ&Aは通用しないことを宣言され、オレは致命的に揺らいだ。
 どうすりゃいい。どうすりゃこいつを殺せるんだ。
 いや、“引き金を引けばいいだけ”だ。でもじゃあどうすりゃこれを引けるんだ。
 っていうか殺していいのか?
 なんでオレはこいつを殺すんだ。
 殺していいようなものなのかよ? そもそも殺すってなんだ。
 わけが分からなくなってくる。
 それでも逃げられない、目を背けられないのは、目を背けたらオレが殺されるだろうからだ。
 相手はオレを簡単に殺せる、からだ。

 そりゃあ《斬られ》はしない。
 《刃物を通さない》オレに《全てを切り裂く刃》は“触れることができない”から、
 相手のルール能力の発動そのものが無効化される。
 実際作戦会議中に試してもみたし間違いない法則(ルール)だ。
 一刀のもとに斬られてしまう――ってことはありえない。
 (ちなみに優柔不断は知らないが、
 傍若無人の《蟷螂の斧》を優柔不断が完全に受け付けなかったのもこの理屈だ)

 でも、覚悟が違う。
 人を殺したと言ってもいまいち曖昧でおそらく反射的だったオレと、
 明確な意思を以ってヒトゴロシをした一刀両断の間には。高い高い壁がある。
 それを飛び越えるものが何なのか、オレには全く分からなかった。
 つーか分かりたくねえよそんなもん。
 分かったらそれ、なんかやべえだろ。
 ……でも今必要なのは、きっと、それなんだ。
 オレは。一刀両断に、ふざけてるとは思うが、こう質問した。

「……けど、質問だ。なあ、一刀両断。
 どうしてあんたは。・……あんなに簡単に人を殺せたんだ」

 一刀両断もこの問いには面喰らったようで、「はあ?」って顔をした。
 お前それを敵のあたしに聞くのかよって? バカだろって?
 オレもそう思う。
 でも一刀両断はこの期に及んでもけっこう誠実で。ちゃんと答えてくれた。
 わりと真剣な顔で、オレにレクチャーしてくれた。

取捨選択だ」

 四字熟語で、答えてくれた。

「行動の取捨選択。あたしはそれをしているだけだ。
 一つ選んで、他を全部捨てる。そして捨てたものはもう見ない。そう意識すること」

 たった一つを選ぶこと。そして選んだもの以外は見ないこと。
 惜しいとか、不安だとか、思わないこと。
 自分がそれを選択したのだということを強く意識すること。
 これからのすべては、すべて自分のせいで、自分の勝手な選択で起きることだと。
 意識、すること。

「言うなら。そうだな。意識そのものを、一つだけにすることだ。
 他を切って捨てて、考えないようにすることを意識して。
 そしてそれすら考えないようにすることができれば。人間は、なんだってできる」
「オレにできると思うか?」
「できるかじゃねえ。やるんだろ」

 一刀両断は、こっちに向かって一歩踏み出した。

「お前はもう、“選択した”んだから。あとは他を切って捨てるだけ、なんだよ。
 あたしが一振りの刀になったみたいに。お前は一発の銃弾になれ。それができないなら」

 二歩踏み出す。

「お前はあたしに、切られるだけだ」

 オレは。
 オレは確かにそのとき、一刀両断に切られる自分のイメージを見た。
 《斬られない》はずなのに。気迫だけで、そう思わされた。
 やっぱり無理だ。
 オレは、一刀両断に、勝てない。
 勝てずにこのまま。殺されて、しまう。

 そう思った瞬間にさらにイメージが続いた。
 オレが負けたあとに一刀両断が何をするかの映像が脳内を蹂躙した。
 死。血。叫び声。
 泣きながら死んでいく、オレが守って、助けた、少女。
 凛々ちゃん。
 ……ああ、畜生。それは、嫌だ。嫌だぜ。
 ここでオレが頑張らなきゃどうなるかなんて分かりきってんのに。
 むざむざとその未来が現実になるのを見ているだけなんて、オレはできねえ。

 せっかく。
 せっかく心から浮かべられるようになったあの子の笑顔を。
 目の前の、こんなやつの笑顔に、消されたく、ねえ。
 じゃあどうする。どうすればいい。 
 答えは決まってた。
 あとは心の中で、エンターキーを押すだけだ。

「……止まれ、一刀両断」
「あたしは止まらないぜ、優柔不断」
「じゃあ、止まらなくてもいい。聞け」
「ああ、訊いてやる」
「死ね」

 オレはたった二文字だけを一刀両断に告げて。ぜんぶ捨てた。
 捨てた。 殺していいか考える自分を。
 捨てた。 殺してしまう自分を責めることを。
 捨てた。 誰かのためとか、そういう方向に逃げる自分を。
 捨てた。 捨てた。
 捨てた。
 捨てて。
 ぜんぶ切り捨ててオレはオレの意志でたった一発の銃弾になった。
 そして――《百発百中》の引き金を、しっかりと引いた。



 でも、それが。
 それが。
 それこそが、“あいつの”罠だったんだ。

「……ごめんな」

 オレに向かって一刀両断は言った。

「お前みたいなヒーローには、あたしは嘘はつきたくなかったんだけどさ。
 これが約束(ルール)だから。本当に……申し訳ねえ」
「あ……あ、が……?」
「誇っていいぜ。お前は。お前は自分の意志で、引き金を引ける人間だった。
 この一刀両断が保障するぜ。絶対にお前は優柔不断なんかじゃない。だけど」

 だけど。

 だからお前の負けだ。と。

 薄れゆく意識の中で、オレはその言葉を最後に聞いた。

 ああ、そうか、そうだったのか。
 全てを悟ったオレはじゃあ、最後にこれだけを言って終わろう。

 許さねえ。

 死んでもてめえは許さねえ。
 許さねえからな。許さねえからな。許さねえからな。
 許さねえからな。許さねえからな。許さねえからな。
 許さねえからな。許さねえからな。許さねえからな。
 許さねえからな。許さねえからな。許さねえからな。
 許さねえからな。許さねえからな。許さねえからな。
 許さねえからな。許さねえからな。許さねえからな。
 許さねえからな。許さねえからな。許さねえからな。
 許さねえからな。許さねえからな。許さねえからな。
 許さねえからな。許さねえからな。許さねえからな。
 許さねえからな。許さねえからな。許さねえからな。
 許さねえからな。許さねえからな。許さねえからな。
 許さねえからな。許さねえからな。許さねえからな。
 許さねえからな。許さねえからな。許さねえからな。
 許さねえからな。許さねえからな。許さねえからな。
 許さねえからな。許さねえからな。許さねえからな。
 許さねえからな。許さねえからな。許さねえからな。
 許さねえからな。許さねえからな。許さねえからな。
 許さねえからな。許さねえからな。許さねえからな。
 許さねえからな。許さねえからな。許さねえからな。


 紆余曲折。


 オレはてめえを地獄の底から恨んでやる。



◆◆◆◆



 中央階段広間の中央、ジャージ姿の一人の女性が佇む。
 その目線の下に、前のめりに床に倒れている青年の姿があった。
 青年はもう動かない。
 残酷にも眼窩の奥、脳髄を貫かれて、血の涙を流しながら、もう二度と動かない。

 でも、それをやったのは女性ではない。
 女性はなにもしていない。
 女性が持つ刀では青年の脳は絶対に《貫けない》。
 青年が床に倒れているのは、青年が銃の引き金を引いたからだ。

 《百発百中》の銃は今、青年から少し離れた場所の床に転がっている。
 それは非常に奇妙なシルエットに変形している。
 銃身の大部分が、撃鉄に近い部分まで。内部爆発したように裂けて中身を露出している。

 ころり、と。
 そんな奇妙な状態の銃口から零れ落ちたのは、通常ならば銃身から出てくるはずのない、
 小さな鉄のカケラだった。

 銃身の爆発と共にそれらの鉄片の一つは、青年の目を穿った。
 刃物ではないそのは火薬による加速を以って、青年の脳へ到達した。

 鉄片。
 元は鉄で出来た盾の一部だった、鉄片。

 包帯の切れ端と一緒に、銃口の奥に詰められて。
 《発射さえすれば狙った場所へ飛んでいく》その銃を、爆弾へと変貌させた、鉄片。

 その持ち主は誰だったか。
 それを《小さく切り刻ませ》、誰が銃口へ詰めたのか。
 それを、爆弾であると知りながら、誰が青年に託したのか。

 殺し合いはまだ、終わっていませんよ。と。小さくつぶやいたのは、誰なのか。


「さてと。……それじゃあ、そろそろ行くか」


 ジャージ姿の女性はそれをもちろん知っている。
 そして、だからこそ行かなければならない。彼女が信じた、彼の元へと。


「約束は、ぜんぶ守らなきゃ、だからな……」


 それは――彼女がこのバトルロワイヤルで行った、すべての約束を、遂げるための。
 一刀両断の。最期の歩みだった。



【優柔不断 死亡】


           【残り――三名】




最終戦Ⅲ 前のお話
次のお話 最終戦Ⅴ

用語解説

【嘘】
嘘。

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最終更新:2015年03月02日 01:02
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