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anko2589 学校:秋(前編)
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『学校:秋(前編)』 37KB
虐待 ギャグ パロディ 日常模様 現代 ギャグ要素:パロディネタ多め 運動会編 以下:余白
『学校:秋(前編)』
*この物語に登場するキャラクターは、東の方に住んでいる人たちと名前が同じなだけで、あの人たちとは別人の小学生です
六、
「先生! 男子が……っ、ガイドさんの言うことを聞きませんっ!!!!」
「先生!! 女子が、買い物に行ったまま帰ってきませんッ!!!」
「うるさーーーい!!! 並べッ!!! 団体行動を乱すなっ!!!!」
絶叫する男子、女子、上白沢先生。双葉小六年生は修学旅行の真っ最中である。今日はその最終日。福岡、佐賀、長崎と回り
終え、既に学校へと帰っている途中なのだ。二泊三日の行程を終えて満身創痍気味の教師陣をよそに、児童たちは初日と変わら
ぬテンションで騒ぎ続けている。高速道路のサービスエリアに到着した双葉小一行(主に児童)は蜘蛛の子を散らしたようにお
土産を買おうと走り出す。
「まぁまぁ……。 元気なのはいい事よ」
「八意先生……。 確かにそうですが……元気がありすぎるのもどうかと……」
同伴していた保健室の八意先生が上白沢先生のフォローに入る。
「輝夜(てるよ)ぉ……!! 今日という今日こそはケリつけてやるぞ……っ」
「やっぱり藤原は野蛮ね。 私たちが戦うには然るべき舞台がこれから二つもあるのに、待ちきれないのかしら?」
隣のクラスの問題児コンビである輝夜ちゃんと藤原さんが一触即発の様子で睨み合っている。そこに現れたのが星熊さんだ。
「おっと、輝夜の言うとおりだ。 ここはとりあえず来月の運動会で決着をつけちゃあどうだい?」
「待って、星熊さん! 私はどちらかというと文化祭のほうが……」
「ハッ! 私はどっちでも構わないよっ! まぁ、部屋に引きこもってネトゲばっかやってるような奴に、運動で私と勝負なん
て無理な話だろうけどな!」
「なん……ですって……ッ!!!」
藤原さんはやや不良少女。輝夜ちゃんは文化委員長。そして、星熊さんは体育委員長である。上白沢先生が長身の眼鏡をかけ
た男性教師の元にずかずかと近づいていく。
「ど、どうしたんだい……?」
「どうしたもこうしたもありませんよっ! 森近先生のクラスがまたなんかやってるんですよっ! なんで注意しようとしない
んですかっ!!」
「いや……ねぇ。 僕に彼女たちを止めるのは……無理さ」
修学旅行の時期が行楽シーズンと重ならなかったのは不幸中の幸いだった。もし、これがシルバーウィークなどと重なってし
まっては大変なことになっていただろう。それでも、教師陣はサービスエリアの店員に何度も何度も頭を下げていた。その様子
を面白がっていろんなアングルから撮影を続けているのが、写真好きの文ちゃんだ。双葉小はどういうわけか女子が個性派揃い
である。
「なぁ、紫……。 れいむに何かお土産とか買っていかなくてもいいかい……?」
キーホルダーのコーナーの前に紫ちゃんと八坂ちゃんの二人が立っている。紫ちゃんは陰陽玉のキーホルダーを手に取ってそ
れをぼんやりと眺めていた。
「れいむもさぁ……悪気があって、あんなこと言ったんじゃないと思うんだ。 そりゃあ、紫にとって“ばばあ”は禁句だけど
さ……。 ゆっくりの言うことじゃないか。 気にするなんて紫らしくないと思うんだけど……」
「…………」
「ま、それだけじゃないんだろうけどねぇ……。 東風谷を泣かされたことで諏訪子はマジ切れしてるし……。 男子にとって
も、れいむに冷たく当たる大義名分ができたってわけだ……。 水面下でなんか風見も動いてるみたいだし……。 はっきり言
って卒業するまでにもう一悶着あるぞ……?」
八坂ちゃんの真面目な口調に紫ちゃんが少しだけ表情を暗くした。あの一件以来、女子の中にもれいむに対する不信感を抱い
ている者が現れ始めたのである。それは紫ちゃんも例外ではなかった。東風谷さんもれいむに話しかけてはいるが、雰囲気は微
妙にぎこちない。
れいむはあの日の出来事を深く考えてはいなかったのか、翌朝から普通に女子に話しかけていた。それに応える者もいたが、
応えない者もいた。状況は少しずつではあるが、確実に変わってきているようである。修学旅行の前日は、「れいむも修学旅行
に連れて行ってね」と散々喚き続けていた。教室に一匹で取り残されることは、あの夏休みの日々を連想させるのだろう。それ
に加えて、ゆっくりは孤独を極端に嫌う習性がある。しかし、女子の一存だけで修学旅行へれいむを連れて行くことなどできな
い。その旨をれいむに伝えると、れいむは水槽の中から女子へと罵声を浴びせた。それに対して一発ゲンコツをくらわせたのが、
諏訪子ちゃんだったのである。諏訪子ちゃんと東風谷さんは幼稚園からの親友だ。いろいろと思う所があるのだろう。
「伊吹さんっ! それ、お酒ですよっ!!!」
風紀委員の東風谷さんが叫ぶ。伊吹さんはジュースの試飲と間違ってお酒を飲んでしまったようである。
「……あー……? 今なら、私……分裂できる気がするっ!!」
「い、言ってる意味がわかりませんっ! 八意先生っ! 八意先生~~~!!!」
東風谷さんは面倒見が良くて穏やかな性格をしていた。更にルックスもよく男女問わず人当りが良いため、誰からも好かれる
タイプの女の子である。成績は中の上。正直、パッとしない。みんなのためにとかいがいしく走り回る東風谷さんを紫ちゃんは
見つめていた。そこに一人の女子がやってくる。
「諏訪子……ちゃん……」
「紫ちゃん。 私、れいむの面倒見るの、もうやめるから」
「諏訪子……。 諏訪子の気持ちも分かるけど……」
突き放すように言い放った諏訪子ちゃんの横顔を八坂ちゃんが訝しげな目で見る。
「私が言いに来たのはそれだけだよ。 ……言っとくけど、れいむの事をムカついてるのは、私だけじゃないから」
それだけ言って諏訪子ちゃんは二人の傍から離れて行った。明日から学校が始まる。その前に自分の意思を宣言することで、
一つ距離を置こうとしたのだろう。
「紫」
「……な、なに?」
八坂ちゃんが紫ちゃんの肩を掴んだ。呆けていたのか紫ちゃんはおっかなびっくりと言った様子で八坂ちゃんを見つめている。
「あんまり……考えすぎんな。 私も相談に乗るから」
「……ありがと」
全員がバスに乗り込む。二台のバスは連なってサービスエリアを後にした。紫ちゃんはずっと窓の外の景色を眺めている。隣
に座る八坂ちゃんは肩肘を突いてずっと目を閉じていた。諏訪子ちゃんと東風谷さんは楽しそうにおしゃべりをしている。出発
してから三十分後くらいに伊吹さんがバスの中で大変なことになったのは言うまでもない。
季節は秋。修学旅行から帰ってきた双葉小学校六年生一同は既に新たなイベントのための準備を始めていた。秋の大運動会で
ある。修学旅行終了後かられいむに声を掛ける女子は目に見えて減少していた。最大の理由としては修学旅行に連れて行かなか
った事を負い目に感じ、また、そのことについてれいむが散々文句を言ってきたことがあげられる。もちろん、れいむはその日
の放課後に男子によって殴る蹴るの暴行を受けた。
運動会のための練習もあるため、体育の授業が多くなりつつある。上白沢先生と森近先生は、そこまでライバル心を燃やして
はいないが、生徒間同士では凄まじいまでの火花を散らしていた。徒競走では常に学年で一、二位を争う文ちゃんと霧雨さん。
体育に関して抜群の成績を誇り、身体能力的にも高い伊吹さんと星熊さん。輝夜ちゃんと藤原さんは同じクラスだが無駄に対抗
意識を燃やしている。
紅団。上白沢先生が顧問。団長は紫ちゃん。それから、八坂ちゃん、東風谷さん、諏訪子ちゃん、文ちゃん、河城さん、風見
さん、村沙ちゃん、聖さん、寅丸さん、伊吹さん、散野くん。
白団。森近先生が顧問。団長は西行寺さん。それから、輝夜ちゃん、藤原さん、星熊さん、霧雨さん、妖夢ちゃん、燐ちゃん、
水橋さん、十六夜さん、美鈴ちゃん、小野塚さん、映姫ちゃん。
イベント事に対して人並み以上のやる気を見せるメンバーは以上の通りである。やはり、双葉小は女子がやたらと目立つ。下
馬評では運動会に関しては白団有利との見方が強い。両チーム。小学生とは思えないくらいの闘争心で日々、練習を続けていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……河城さん、タイムはっ?!」
「すごいなぁ……六秒八八だよ。 やっぱり文ちゃんはすごいよ」
「霧雨さんの自己ベストは六秒七六だったはずだから……まだ、足りない……ッ! 双葉小最速の座は渡せないわね……ッ!!」
人気のない校庭で五十メートル走の練習を繰り返すのは文ちゃんだ。文ちゃんは常日頃から「特ダネを嗅ぎ付けるには情報と
足が重要なんだ」と言っており、写真を取ったりインタビューをしたりするためにも自分は最速でなければならないと考えてい
た。
「弾入れと大弾転がしは“妨害アリ”だったわよね……。 藤原さん、霧雨さん、小野塚さんあたりはかなりシビアなことをや
ってくるかも……」
「星熊さんと美鈴ちゃんに妨害されたら紅団は壊滅状態だよ……」
「ゆ……ゆっくりしていってねっ!!!」
放課後の教室の中で居残って作戦会議をするクラスの男女に、れいむが言葉をかけた。文ちゃんはまだ走り込みを続けている
ようだ。残っていた諏訪子ちゃんがれいむをじろりと睨み付ける。れいむは諏訪子ちゃんに一度殴られているため、怯えた様子
を見せたが、どうしても会話の輪に入りたいらしく何度も声を掛け続けた。
「れいむも、いっしょにおはなしをしてあげるよっ! たくさんでいいよっ!!!」
「……はぁ?」
れいむの物言いにすぐさま反応したのはやはり諏訪子ちゃんだった。男子も数人立ち上がる。残りの女子は黙ったまま、れい
むのことを無視していた。男子が立ち上がったのを見て、れいむが水槽の壁に後頭部を押し付けて震え始める。
「な……なんなの?! また、れいむにいたいいたいするのっ!? お、おねーさん、たすけてねっ!! かわいいかわいいれ
いむがいじめられちゃうよっ!!」
「…………」
諏訪子ちゃん以外の女子は何も返事を返さなかった。紫ちゃん、八坂ちゃん、東風谷さんは委員会の仕事と運動会の準備で教
室内には残っていない。男子が動き出すよりも先に、諏訪子ちゃんが水槽の前に進んでいった。
「おにーさんたちっ! おねーさんがれいむをまもってくれるよっ!! れいむにいたいいたいはできないねっ! ゆぷぷっ、
ばーか、ばーかっ!!!!」
「この糞饅頭が……」
男子たちが唇を噛み締める。この時点でまだ男子は知らなかったのだ。諏訪子ちゃんがれいむの事を男子以上に嫌っている事
を。
「ゆ?」
鋭いゲンコツがれいむの頭頂部にめり込んだ。目を丸くする男子一同。不意を突かれてゲンコツを食らったれいむは舌を噛ん
でしまったのか、「いたいよぉぉぉぉ」と水槽の中を転げまわった。
「諏訪……子、ちゃん?」
「れいむ。 あんた、少し黙って。 あんたと話をしてる暇なんかないんだよ」
「ど、どぼじでぞんな゛ごどい゛う゛の゛ぉぉぉぉぉ!??」
「五月蠅い、って言ってるでしょっ!!!!」
れいむの髪の毛を掴んで持ち上げるとそのまま、矢のような往復ビンタである。れいむが泣き出す前に水槽に投げ込んで後頭
部を手の平で押さえつけた。痛みと息苦しさに揉み上げをぴこぴこと動かしながら「ゆぶぶぶぶぶぶ」と呻き声を上げる。
「諏訪子ちゃん……どうして……?」
「……あんたたちに関係ないでしょ……。 女子が全員、れいむを無条件で守ってるなんて思わないで」
男子が呆けた表情をしてみせる。風見さんが“こちら側”だというのはうっすらと感じていたが、東風谷さんと中の良い諏訪
子ちゃんが“こちら側”だったとは思ってもいなかったのだろう。どうしてなかなか、小柄で可愛い顔をしながらやる事は激し
い。れいむに対して冷たい目を向け、れいむがぐったりするまで水槽の床に顔を押し付けている様子は、男子の一人を虜にして
しまったようである。残りの女子も遠くからクスクスと笑っていた。
「れいむを殴るなら……紫ちゃんたちが帰った後にしたほうがいいと思うよ。 ……まぁ、今日はもう無理だろうけどね」
諏訪子ちゃんはようやくれいむを解放して、自分の机の横にかけていた赤いランドセルを背負うと教室から出て行った。残り
の女子もそれを追うように教室を後にする。残されたのは泣きながら呻き続けるれいむと茫然と立ち尽くす男子だけだ。
「ゆぅぅぅぅ……いたいよぅ……いたいよぅ……」
情けないれいむの声。それが男子たちの嗜虐心を刺激する。れいむを水槽から引きずり出して黒板に投げつけた。顔面から黒
板に叩きつけられたれいむが跳ね返って教室の床にごろごろと転がる。それでも、切れ切れの呼吸で廊下に逃げ出そうとするれ
いむ。その側頭部を思いっきり蹴りつける。教室の入り口を目前にしてれいむは再び宙に舞い、壁に叩きつけられるとようやく
その動きを止めた。
「い゛だい゛……どぼじで……いだい゛ごど、じな゛い゛でよ゛ぉ゛ぉ゛……ッ」
「知るかばーか」
「やっぱりこいつを蹴るのって面白いよなぁッ!!!」
顔面を蹴りつけられるのが一番堪えるのか、顔は床に押し付けるようにして身を守っている。男子はれいむを取り囲んで四方
八方から足を撃ち込んだ。
「ゆぐぇッ?! えぎゅっ!? ゆ゛ぎぃ゛ッ!!! ゆっ、ゆっ、ゆっ、ゆ゛はあ゛ッ??!!!」
痛々しいれいむの声だけが放課後の教室に虚しく響く。
「い゛だ……やべで……ぐだざ……。 い゛だい゛よ゛……い゛だい゛ぃぃ……」
「ちょっとやり過ぎたかな?」
「生きてるからいーんじゃね?」
「口うるさい紫のヤローが帰ってくる前にこいつを水槽に戻そう……ぜ……」
一人の男子が動きを止めた。ぼろ雑巾のような姿になったれいむ。それを囲む男子。その傍らに佇む紫ちゃん。紫ちゃんは恐
ろしいほどに冷めた目つきで男子とれいむを見つめていた。
「うわあああああああああああああああ」
まるで化け物でも見たかのような悲鳴を上げて、男子が一斉に逃げ出す。紫ちゃんはその場を動かなかった。うずくまって、
ぴくりとも動かないれいむを抱き上げて水槽の中に戻す。
「ゆ゛っ、ゆ゛っ、ゆ゛っ、ゆ゛っ…………」
苦しそうに呻き続けるれいむ。それを見下ろす紫ちゃん。
「……あなたも、れいむを殴ればいいんじゃない? そうしたら、すっきりするかもよ……?」
「風見さん……。 まだ残ってたのね」
「花壇の草むしりをね。 私こう見えても、植物係だから」
「…………」
「本当は、腹が立つんでしょう? そのゆっくりに」
「そ、そんなことは……っ!!!」
「いい人ぶるのはやめなさいな。 見ていて鬱陶しいわよ」
「なんですって……っ!!!」
紫ちゃんが拳を握りしめて風見さんに歩み寄ろうとしたその時。風見さんが持っていた傘の先端を紫ちゃんに向けて突きつけ
た。あと数センチで紫ちゃんの額に触れるかどうかのところで寸止めされている。紫ちゃんは風見さんを睨み付けながらその場
から一歩も動かない。唇を噛み締める紫ちゃんを見て風見さんはクスリと笑った。その態度に紫ちゃんがいよいよ、風見さんに
殴りかかろうとする。
「貸してあげるわ」
「――――え?」
「外。 雨、降り出したから」
風見さんの言葉に窓へと目を向けると、確かに小雨がぱらついているようだった。風見さんはランドセルの中から折り畳みの
傘を取り出すと鼻歌を歌いながらそれを開いていく。
「それじゃあ、私は帰るわね。 あなたと喧嘩なんてしたくないわ。 “神隠し”に遭わされたら大変だもの」
「……そうね。 私も風見さんに“弾幕開花宣言”なんてされたらたまらないわ」
「「お互いにね」」
それだけ言い合って風見さんは廊下へと出て行った。少し雨脚が強くなりつつあるのか、校舎の屋上に打ち付けられた雨の音
が次第に激しくなっていく。風見さんが廊下を歩いて行く音はそれに掻き消されて聞こえなかった。
「ゆぐっ……ひっく……」
微かに水槽かられいむの泣き声が聞こえてくる。紫ちゃんは水槽の傍へと足を運んだ。れいむの全身は蹴られた際の衝撃のせ
いか、複数個所がべこべこに凹んでいる。上履きの裏の跡がれいむのお尻にくっきりと残されていた。正面を向かせればもっと
酷いことになっているに違いない。
「…………」
紫ちゃんが水槽の前で立ち尽くす。「何か言葉をかけないのか」と自問自答するが答えることができない。ガタガタ震えて怯
えている“可愛そうなゆっくり”を目の前にして救いの手も差し伸べなくていいのだろうか。紫ちゃんの頭の中を様々な思考が
駆け巡る。
「どぼじで……れいむが……こんなめにぃぃぃぃ……」
紫ちゃんが水槽の中に入れようとした手を無言で引っ込める。それから自分の机の横にかけてあったランドセルを背中に回す
と、風見さんから借りた傘を片手に教室を後にした。
雨の音と溶け合うように水槽の中でれいむがすすり泣く。痛み。悲しみ。悔しさ。様々な感情が幾重にも重なって渦巻いてい
た。れいむの不安は秒刻みで膨らんでいく。男子と同じように自分が泣いたり苦しんでいるのを見たりするのが楽しい、と言っ
てのけた風見さん。自分の味方だと思っていた女子の一人だったはずの諏訪子ちゃん。この二人の存在が、れいむにとって女子
が必ずしも全員味方ではないということを示している。それは餡子脳であるれいむにも理解できることだった。今までは女子が
いれば男子に暴力を振るわれることはないだろうと判断していたのだが、今後どうなっていくか分からない。男子と女子が結託
してしまえばどうなるか。教室と水槽という二重の結界の中に閉じこめられているれいむに安寧の日々は決して訪れなくなる。
ここに来てから何度この言葉を呟いただろうか。
「ゆっ、ゆっ……。 れいむ……。 ゆっくりしたいだけなのに……」
東風谷さんに罵声を浴びせた事。紫ちゃんへの禁句発言。それによる諏訪子ちゃんの変化。全て、れいむ自身が招いた結果で
はあるが、事態はどんどん悪い方向に転がっている。元をたどれば一人の男子がまだ赤ゆだったれいむを虐待しようと、机の引
き出しの中に入れていたことが発端ではあるが、それはもはや結果論に過ぎなかった。
「こわいよ……。 にんげんさんが、こわいよぅ……」
翌朝。
ずたぼろのれいむを見て真っ先に駆け寄ってきたのは東風谷さんだった。
「れいむっ! 大丈夫ですかっ!? ……どうして……。 誰がこんな酷いことを……」
水槽越しにこちらを覗き込む“人間”の姿にれいむが怯えて震え出す。その恐怖心は東風谷さんにも伝わった。
「れいむ……? どうしたんですか……?」
「……で……」
「え?」
「こないでね……っ!!!」
「!」
東風谷さんが一歩後ずさる。れいむのこの発言には周囲にいた生徒たちも目を丸くした。水槽の隅っこに顔を押しつけてガタ
ガタと全身を震わせるれいむ。東風谷さんが笑みを浮かべてれいむに手を差し伸べようとすると、れいむは顔を水槽の床に押し
つけて全身に力を込めた。
殴られる、と思っているのだろう。殴られて一番痛みを感じる顔の部分を守ろうとしているのだろう。
東風谷さんが出しかけた手を引っ込める。そこに諏訪子ちゃんがやって来た。
「早苗。 もう、いいから……。 上白沢先生が来るよ? 席につかないと」
「諏訪ちゃん……。 ……わかりました。 れいむ……。 あの、元気を出してくださいね? 私はれいむの味方ですから……」
諏訪子ちゃんがスカートの裾をぎゅっと握りしめて自分の上履きを見つめる。東風谷さんと同じ気持ちでいられないことが辛
かったのだろうか。諏訪子ちゃんは東風谷さんが自分の席につくまで、その姿勢を崩さなかった。その様子を心配そうに見つめ
る女子一同。さすがの男子も困惑した表情を浮かべている。
それでも一日のスケジュールは滞りなく進んでいく。今日の午後は全学年合同の運動会予行練習が時間割に組まれていたため、
給食を食べ終わった上白沢先生と森近先生は連れだって早々に職員室へと向かい、午後の打ち合わせに参加していた。
生徒たちも体操服に着替える準備を始めていた。小学校高学年ともなれば、男子は廊下に放出されてしまう。女子たちは教室
の窓とカーテンを閉め切り、次々に服を脱ぎ始めた。
男子がいなくなったことに気づいたれいむがもそもそと水槽の際にあんよを這わせる。それでも怯えたような目つきは変わら
ない。しかし、女子たちの楽しそうな笑い声を聞いていると、どうしても会話の中に入りたい衝動に駆られた。れいむは朝の一
件以来、一言も喋っていない。それはゆっくりの世界の中で言えばあり得ないことだったのだ。出しかけた言葉を飲み込む……
をさっきから何度繰り返しただろうか。れいむはどうやって女子に話しかければいいかが分からなくなっていた。
「あややや~? 紫ちゃん、まーた胸が大きくなったんじゃありませんか? そーれ、パシャパシャパシャっと!」
いち早く体操服に着替えた文ちゃんが、着替え中の紫ちゃんをデジタルカメラで激写する。紫ちゃんは顔を真っ赤にして両手
で膨らみかけた胸を隠した。
「こ、この……っ! 変態っ! ちょっと、そのデジカメ貸しなさいっ!」
「双葉小のアイドル東風谷さんの着替えシーンとは、いったいどれほどの価値があるのか? 男子がいくらまでなら出すか楽し
みですねー?」
「や、やめてくださいっ! ひどいですっ! セクハラですっ!!」
「胸の大きさなら早苗だって負けてないぞっ!?」
諏訪子ちゃんが素早く東風谷さんの後ろに回り、両手で東風谷さんの胸を鷲掴みにした。声にならない悲鳴を上げる東風谷さ
ん。
「諏訪ちゃ……ちょ、ダメですっ……ぁ……あんっ! くすぐった……ひゃんっ」
廊下の男子は全員暗黙の了解で一言も発さず、教室内で繰り広げられているであろう薔薇色の光景を想像して大いに興奮して
いた。諏訪子ちゃんは「にひひ」と笑いながら軽快な動きで東風谷さんの攻撃をかわしている。
「学年で一番胸が大きいのは誰かな? 西行寺さんもかなりの特盛りだよね?」
「まぁ、私たちには関係ない話だけどね」
と、言い合っているのは村沙ちゃんと河城さんの二人だ。
「ゆ、ゆっくりしていってねっ!!!」
教室の中にれいむの甲高い大きな声が響いた。一斉に沈黙した女子一同がれいむの入った水槽に目を向ける。れいむは微かに
震えていた。反応をしてもらえるかどうかが不安なのだろう。どうしても二の句を継ぐことができない。何人かの女子は「また
か……」とでも言いたげに露骨にれいむから視線を逸らした。それがれいむにも理解できたのか、しょぼくれた表情で俯く。さ
っきまでのキャッキャウフフ感が一転して、葬式の会場のように静まりかえる教室内。会話も止まってしまっているため、誰も
なんのフォローをすることもできない。東風谷さんでさえ、どう反応していいか分からない様子だった。正直、「ゆっくりして
いってね」と言われても切り返しに困る。なぜなら、女子は全員、教室の中でゆっくりしていたのだ。その雰囲気を壊した張本
人に「ゆっくりしていってね」などと言われても反応のしようがなかった。
「もう、五分前よ。 早く運動場に行かないと上白沢先生に頭突きされちゃうわ」
沈黙を破ったのは学級委員長の紫ちゃん。その一言にまるで金縛りから解かれたかのように教室を出て行く女子たち。八坂ち
ゃんは「やれやれ」と言った様子でチラリと紫ちゃんを見たが特に何も言わなかった。風見さんは無言でにこにこと笑っている。
「……委員長として、当然のことを言っただけよ」
紫ちゃんは風見さんにそれだけ言うと自分も教室を出て行った。風見さんが水槽の前に歩み寄る。後ずさるれいむ。「このお
ねーさんはゆっくりできない」と、夏休みの記憶がれいむに警鐘を鳴らす。風見さんは怯えて動けないでいるれいむの頬を力任
せにつねった。
「い゛っだぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぃ゛ぃ゛!!!!!」
一瞬で泣き叫ぶれいむの情けない顔に満足したのか、風見さんも鼻歌を歌いながら教室を後にする。しかし、時間に一分遅刻
した風見さんは上白沢先生から頭突きを食らってしまった。
「予行練習とは言え、私は本気で走るぜ?」
「奇遇ですね。 私もですよ。 双葉小最速の座はあなただけには譲りませんよ」
「へっへっへ。 私をなめてもらっちゃ困るぜ?」
「なめてなんかいませんよ。 あなたは双葉小で一番の努力家ですから」
「位置について……」
文ちゃんと霧雨さんが真剣な表情でゴールテープを睨みつける。
「よーい……」
両足に力を込める。
それからスターターのピストルが空に向けて放たれた。徒競走は六人一組で走るが、スタートダッシュの時点で文ちゃんと霧
雨さんの一騎打ちのような形になってしまう。
「いっけー、いけいけ、いけいけ文ちゃんッ!!!!」
熱の入る応援合戦。
『紅、白、白、白、紅、紅の順です。 紅、頑張ってください』
放送委員会に所属する文ちゃんの後輩である椛ちゃんが実況をする。文ちゃんが僅かにリードしていた。しかし、霧雨さんも
必死で食らいつく。文字通り双葉小の頂上決戦(男子涙目)に否が応でも盛り上がる全校生徒。
美しいフォームで駆け抜ける文ちゃんの姿はまさに風神少女。
がむしゃらにそれを追う霧雨さんから飛び散り輝く汗はミルキーウェイ。
僅か七秒弱の攻防に運動会予行練習はますますヒートアップしていく。今回の戦いは文ちゃんが僅かにリードを保ったまま終
わった。霧雨さんは両手を腰に当てて下を向いたまま、「くそっ」と小さく呟いてすぐに顔を上げる。
「次は勝つ!」
「私だって負けませんよ……っ!」
「いいぞー、いいぞー、あ・や・ちゃ・んっ!! いいぞー、いいぞー、あ・や・ちゃ・んっ!!!」
「よーくやった、よーくやった、き・り・さ・め! よーくやった、よーくやった、き・り・さ・めっ!!!」
「……やめろよ、泣きたくなってくるじゃないか……」
「霧雨さん……」
努力が及ばなかった自分が悔しい。そして、“優しくされると泣きたくなる”。霧雨さんは体育座りのまま、拳を地面に数回
打ち付けると、「ちくしょう……」と呟いた。
「大丈夫ですよ、霧雨さん。 次は私たちが霧雨さんの仇を撃ってきます」
そう言うのは学年で一番身長が高い美鈴ちゃん。次は騎馬戦である。霧雨ちゃんを負かされた白団一同は次の騎馬戦(予行練
習)に並々ならぬ闘志を燃やしていた。
逆に騎馬戦は美鈴ちゃんと星熊さんという一騎当千の機動力を持つ二人が、戦場を縦横無尽に駆け回り紅団はほとんど全滅し
てしまう。ただ、藤原さんと輝夜ちゃんだけは最期まで同士討ちをしていた。
それから綱引き、応援合戦、学年対抗リレー、全校リレーと全校生徒が絡んでくる競技に絞ってスケジュールが消化されてい
く。教師陣は運動会のタイムスケジュールを作ろうとしていたのだ。学年ごとの団技は各学年で行われる手筈である。得点計算
のために予行練習とはいえ、両陣営の得点が掲示された。
紅団、四百九十五点。
白団、五百十四点。
「……紫ちゃん……っ!」
「……騎馬戦と綱引きで大敗したのが痛かったわね……。 騎馬戦で五十点。 綱引きで六十点よ……。 これは対策が必要だ
わ。 ……何も思いつかないけど」
「弾入れと大弾転がしだけは負けられませんね……ッ」
「騎馬戦の組み合わせも考えたほうがいいんじゃねーか? 諏訪子はすばしっこいから下はそんなに動けなくても平気だろ?」
「そうだなぁ。 逆に伊吹はちっこいけどパワーあるから、あえて文とかと組ませて星熊・美鈴コンビに対抗しようぜ」
あーでもない、こーでもないと議論を交わす男子と女子。騎馬戦に関しては五、六年生のみでチームが編制される。ちなみに
騎馬戦は男女混合であり、大抵、馬役は頑丈な男子が担う。風見さんは高笑いしながら、「この馬がっ!」と男子を罵っていた。
夏休みに教室で風見さんと鉢合わせたあの時の男子は恍惚とした表情を浮かべていたのが印象に残る。
放課後の運動場を使って、各人の初期配置や連携の確認を続ける。個々の力は明らかに紅団のほうが劣っているのでチームワ
ークで乗り切るしかない。綱引きの方は更に部が悪いため、なんとしてでも騎馬戦では勝つ必要があった。
「あ、あの……っ、お昼は助けていただいてありがとうございました!」
東風谷さんが男子の一人を捕まえて深々と頭を下げる。
「あ? ……あー、別に気にすんなよ。 味方を助けるぐらい誰だってやるだろ? 本番は気をつけてくれよ?」
「は……はいっ」
この男子は星熊・霧雨コンビによって馬を崩され落下しかけた東風谷さんのピンチを救ったのである。ちなみにハチマキを奪
われるか落馬するかで失格となるのだ。なので最初から馬を狙ってくるのも戦略的に間違いではない。特に星熊さんと美鈴ちゃ
んはその卓越した運動能力で、落馬を狙って攻めてくる。
「でも、騎馬戦と綱引きを落としてあの点差だったら……本番は分からないわ」
「だよな。 あとは俺たちの弾入れと大弾転がしの点が高かったはずだから……」
「勝負所ね。 私たちの学年の結果次第で……勝てるかも知れない」
「本番ってあとどれくらいだっけ?」
「一週間と二日、だねぇ。 どうする? 悪あがき、やってみるかい?」
着替え終わり教室に引き上げていた男女が激論を交わす。両者とも今は打倒・白団の事しか頭にないようだ。最終的に明日の
朝は全員七時に学校に集合して、朝練をする手筈となった。少なくとも、十六夜さんや妖夢ちゃんあたりには対抗できる手段を
全員が身につけなければ勝ち目は薄い。
「男子。 遅れたらぶん殴るからねっ!」
諏訪子ちゃんの声に「ばーか!」と言いながら走って帰っていく男子。それから次々に教室から出て行く生徒たち。時計は既
に六時を回っており薄暗い。早く帰らなければ親が心配するというものだ。
そして、ここまで、れいむ無し。
「ゆ、ゆ……。 やっと、にんげんさんたちがいなくなったよ……」
水槽の隅で震えていたれいむがもぞもぞと動き出す。周囲に誰もいないのを確認してキリッとした表情を浮かべた。落ち着い
たように「ゆふー」とゆっくりし始めるれいむ。当たり前だがれいむは気づいていなかった。運動会というイベントを目前に男
子と女子の結束が……、いや、クラスが一つに纏まりつつあることを。クラス発足から半年以上が経過した今、白団という共通
の敵ができたことにより、ようやく本来在るべき姿へと変わり始めた。そのため、男子も女子も、れいむのことは完全に忘却の
彼方だったわけだ。
それから一週間。
れいむを相手にする生徒はほとんどいなくなってしまった。朝練。休み時間。昼休み。放課後。男子も女子も使える時間は全
て使って運動会へ向けた特訓を始めたのである。
「ゆ、ゆっくりして……ゆぁ……。 まってね! れいむといっしょに……ゆぐぅぅぅぅ」
意図せずして、れいむに対する“集団シカト”が始まってしまった。全員が全員、目前に迫る運動会にしか興味がない。上白
沢先生は「怪我しない程度にやるんだよ」と火に油を注ぐような事も水を刺すような事もしなかった。男子はおろか女子さえも
話をしてくれなくなった事にれいむの心が少しずつ蝕まれていく。殴られたり、蹴られたり、投げられたり、吊されたりと今ま
で散々痛い目に遭わされてきたが、それとはまた違う痛みがれいむを襲っているのだろう。あんなに痛い思いをしてもなお、れ
いむは孤独を嫌がった。男子だろうが女子だろうが話しかけようとするれいむに返事を返す者はいない。反対に仲の悪かった男
子と女子が毎日楽しそうにお喋りをしている。れいむにとっては耐え難い光景だっただろう。まるで空気のように扱われる日々。
餌と水だけは貰うことができたが、当番の生徒もすぐに運動場へと駆け出してしまう。何を言っても叫んでも、泣いてみても相
手にして貰えなかった。
「ゆぅぅ……ひとりは……さびしぃよぉ……。 すーりすーりしたいよぅ……。 おしゃべりがしたいよぅ……。 ゆーんゆー
ん……」
成体ゆっくりのれいむがまるで子供のように泣きじゃくる。もしれいむがまだ赤ゆっくりであれば、間違いなく“非ゆっくち
症”で死んでいたことだろう。
「どぉして……だれもれいむとおしゃべりしてくれないのぉ……」
れいむは塞ぎ込んでしまった。もっとも、塞ぎ込んでしまった事に気づく生徒は誰一人としていなかったのだが。
七、
抜けるような青空に打ち上げられた花火の白煙が弾けていく。第三十六回双葉小学校大運動会の開催だ。
れいむは花火の音に気づきながらも、それから目を逸らすようにして顔を水槽の奥へと向けた。入場行進。開会式。そして、
最初の応援合戦。運動会のプログラムが徐々に動き始めていく。既に紅団と白団との間には敵対心を通り越して殺気のようなも
のが漂っている。
両団長の紫ちゃんと西行寺さんは旧知の仲だ。
「幽々子。 悪いけど……私たちが勝たせて貰うわよ」
「あらあら……。 そんなに怖い顔を向けないでよ。 楽しんでいきましょーよぉ♪」
天真爛漫。天衣無縫。西行寺さんにはその言葉がよく似合う。笑みを浮かべながらも刺すような視線を向ける紫ちゃんと違っ
て西行寺さんはクスクス笑いながら右手に持っていた扇子を口元に当てた。
「…………ッ!!」
その扇子には“必勝”との文字が書かれている。なんというセンスのない扇子だろうかと紫は心の中で思ったが、その扇子の
向こうで微笑む西行寺さんの向こう側には、静かに燃え上がる桜色の炎が確かに見えた。
その二人の間近でフラッシュがたかれる。思わず目を細める二人が振り返ると、そこにはデジタルカメラを構えた文ちゃんが
いた。
「タイトル……“睨み合う巨乳”。 いやぁ、体操服で普段隠れた大きなおっぱ……」
両団長にダブルラリアットを食らった文ちゃんが、鼻の頭を押さえながら地面をのたうち回る。それを背景に紫と西行寺さん
は握手を交わした。
「あややや……。 ――――痛っ……!」
立ち上がろうとした文ちゃんが再び、尻餅をつく。それを見ていた男子が笑うと文ちゃんは恥ずかしそうに立ち上がって、照
れ笑いをしてみせるとアナウンス席へと戻っていった。
本格的に運動会が始まる。まずは小手調べとばかりに一年生の徒競走からスタート。のっけから最高のハイテンション状態で
次々と競技が消化されていく。午前中で六年生が動く競技は二つ。大弾転がしと綱引きである。そしてその出番はすぐにやって
きた。興奮の坩堝の中、運動場という名の戦場に火花を散らす六年生の二つのクラスが入場していく。
大弾転がしのルールはいたって単純。運動の北側と南側にクラスの半分ずつが別れ、巨大な弾を転がしてバトンパスしていく。
ただし、妨害あり。大弾に大弾をぶつけることが認められていた。
両陣営の第一走者は紅団が男子二名。白団はいきなり星熊さんをぶつけてきた。もちろん、紅団の大弾にもぶつけてくるつも
りだろう。紫ちゃんはそれを見越して、紅団の先頭を男子二名に選んだのだ。
競技開始のピストルが鳴り響く。紅団の二人は既に防御態勢を取りながらゆっくりと大弾を転がしていくが、すぐに諏訪子ち
ゃんが大声を上げた。
「やられたッ!!! 星熊はぶつけてこないぞっ!!! 一気にリードを稼ぐつもりだっ!!!」
大弾に遮られて視界は悪い。男子の一人が大弾から手を離して前方に目を向けると、後ろをチラリとも見ずに全力疾走する星
熊ペアの姿があった。
「ちくしょうッ!!!」
「そんな……」
紫ちゃんがわなわなと震える。西行寺さんはそんな紫ちゃんを見てクスリと笑った。
「貴女の考えていることなんて、なーんでもお見通しよぉ?」
「くっ……」
第二走者は霧雨ペア。
「大弾は……パワーだぜッ!!!」
「ぐわぁぁぁぁぁッ?!!」
ここで白団が最初の妨害をかました。視界を遮られた状態で少しでも差を詰めようとしていた男子に、霧雨ペアが突撃してき
ていることなど気付く由はなかったのだ。紅団の大弾は勢いよく運動場の外まで転がっていく。この間、白団は一気にリードを
奪い、競技はそのまま白団の圧勝で終わった。
「お互い、序盤で勝負が決まるのは判っていたけれど……私の方が一枚上手だったみたいね?」
「くっ……」
勢いよく動き始めた大弾を操作して相手の大弾にぶつけるのは難しい。妨害行為は必ず序盤に行われるはずだ。西行寺さんは
星熊さんというパワーファイターを囮にして、紅団のスタートダッシュを崩したのである。十分にリードを奪ってからすれ違い
様に大弾を叩き込むまでのシナリオは完璧と言っても良かった。
(相変わらず……優雅ね……っ)
出鼻をくじかれた紅団は完全に意気消沈してしまっている。
紅団は下馬評通りに綱引きも惨敗した。得点差は既に百点近く離れている。紫ちゃん率いる紅団は午前中何一ついいところな
く終了してしまった。
昼食はそれぞのれ父兄と一緒に観客席で食べる。紅団も白団も六年生は腹八分で昼食を終えた。午後の最初の競技は六年生に
よる徒競走だ。つまり、再び文ちゃんと霧雨さんが激突するのである。
「負けられないねぇ……」
八坂ちゃんが呟くと、紫ちゃん含めクラス一同が真剣な眼差しで頷いた。既に文ちゃんと霧雨さんは激しく睨み合っている。
まるでリングに立ってゴングを待つボクサーかのような凛々しい視線で互いを射抜いていた。
徒競走は小さな得点だが、ここまでは紅団のほうが僅かにリードしているようだ。徒競走による地道な得点稼ぎは後半に強く
影響していく。
文ちゃんは僅かに震えていた。すぐ前に座っていた伊吹さんが声をかける。
「どしたー?」
「な、なんでもありませんよ」
足首が疼く。紫ちゃんと西行寺さんにダブルラリアットを食らって倒れたとき、足首を捻ってしまったのだ。大弾転がしの時
にも少し悪化させてしまった。綱引きの時には戦力になっていなかっただろう。さすがの強気な文ちゃんも、今回ばかりは諦め
ていた。この足では霧雨さんに勝つことはできない。それどころか最下位に終わってしまう可能性のほうがよっぽど高い。もう、
泣きそうだった。
直前の伊吹さんたちがスタートしていく。盛り上がる応援。熱狂する観客たち。文ちゃんの周りを駆け抜ける無数の熱い音が
その小さな心を押しつぶそうとしていた。スタートラインに立つ。文ちゃんは第二レーン。霧雨さんは第五レーン。
「位置について……」
心臓の鼓動が速くなる。頭の中が真っ白になってしまった。もう、何も考えられない。怖くて何も見ることができない。
「よーい……」
足に力を入れることもできなかった。
あの日と同じようにピストルが鳴り響く。周りの走者が一斉に自分の横を駆け抜けていくのが分かった。
「…………」
観客がどよめく。それは紅団も白団も同じだった。スタート位置から動かない文ちゃん。文ちゃんはぼろぼろ泣いていた。も
はや足を動かそうという気力も沸かないらしい。
(終わった……。 恥ずかしい……。 なにが、双葉小最速だ……ッ!!!)
「ほら、さっさと行くぜ?」
「?!!」
在り得ないはずの声が聞こえた。横を向く。そこには霧雨さんが立っていた。文ちゃんは自分が涙を流していることすら忘れ
て霧雨さんを見つめてしまう。霧雨さんはそんな文ちゃんに黙って右手を差し出した。
「怪我、してんだろ? 肩くらいなら、貸してやるからさ」
「なん……で……?」
「大弾転がしの時から変だったからなぁ。 足、ひょこひょこさせてたし。 次の競技からは休まないと駄目なんだぜ?」
「~~~~~~っ!!!!」
泣きながら文ちゃんが霧雨さんの手を取った。徒競走のレーンを二人でゆっくり並んで歩いて行く。文ちゃんは霧雨さんの肩
に手を回し、霧雨さんは文ちゃんの腰に手を回した。誰かが一人、拍手をした。それが一瞬にして運動会に集まった観客たちへ
と飛び火していく。これほど、ゆっくりした徒競走はそう見ることはできないだろう。それも、学校で最速を争う二人の競演で。
一度は切られたゴールテープが職員によって再び張られた。文ちゃんと霧雨さんが二人揃ってゴールテープを切ると、両陣営の
チームメイトが駆け寄ってくる。
「あははっ、最下位になっちゃったぜ☆」
霧雨さんがそう言って星屑のような笑顔を見せる。文ちゃんはそのまま保健室へと運ばれて八意先生の治療を受けた。それか
ら紫ちゃんが謝りに来る。
「ごめんなさい……っ。 委員長として……ううん、友達として気付くべきだったのに……っ」
「いいよー……。 隠してた私が悪いんだし……(あのダブルラリアットで足首捻ったなんて言えない)」
その後も競技は続いていく。あんなに練習した騎馬戦も結局負けた。弾入れも十六夜さんの正確無比な弾投げによって、紅団
が籠に向けて放った弾をことごとく撃ち落されて、大敗した。学年リレーも僅差で及ばなかった。文ちゃんを欠いた紅団は全校
リレーでも白団に勝つことができなかった。
紅団、七百十二点。
白団、千八十五点。
三百点差がついた小学校の運動会も珍しい。それほどに白団は身体能力の高い生徒が多かった。
教室の中ですすり泣く女子たち。男子も黙り込んで俯いている。上白沢先生は何度も何度も「みんな、良く頑張った」と言っ
てくれたが、欲しいのはそんな気休めの言葉ではなくて、“みんなで掴んだ勝利”だったのだ。一番泣いていたのは、やはり文
ちゃんだった。数人の女子が慰める。
時計は既に四時半を回っていた。帰りの会もとっくに終わっている。それでも、紅団のメンバーは……生徒たちは帰ることが
できなかったのだろう。
「悔しいですね……。 本当に悔しい」
東風谷さんも目に涙を浮かべながら呟いた。諏訪子ちゃんは机に突っ伏して動こうとしない。紫ちゃんはずっと窓の外を眺め
ていた。夕日に照らされてよくは見えないが泣いているのだろう。時折、肩が震えている。
「もうさ……泣くなよ。 ……俺たち、一生懸命やったじゃん。 そりゃ、勝てなかったけどさ……まだ、文化祭があるじゃね
ーか。 だからさぁ。 もう一回、みんなで頑張ればいいじゃん」
「……もう一回……?」
「文化祭……」
「そうだねっ! まだ文化祭が……」
「さっきから、なにをないてるのおおぉぉぉぉぉぉ!!??? ばかなのっ?!! しぬのっ!!???」
水槽の中かられいむが叫び声を上げた。その目には怒りが込められている。いきなり、れいむにそんなことを言われる理由も
分からなかったが、何故怒っているかも分からない。れいむは「ゆはー、ゆはー」と息を荒立てながら、クラス一同を睨み付け
たまま叫んだ。
「なんで、ないてるのかってきいてるんだよっ!!!」
「なんでって……。 みんなで一生懸命頑張ったのに、白団に勝てなかったのが悔しいからに決まってんだろうがっ!!!!」
「たったそれだけのことでないてるなんて、ばかでしょおおぉぉぉぉぉ!!!!!」
「――――ッ!!!!!!!」
「なにかいたいおもいをしたのっ?! だれともおしゃべりできなくて、かなしいおもいをしたのっ?! してないでしょぉお
おぉぉおおおぉぉっ!!??? そんな“くだらないこと”でなくなんて、ぜんぜんゆっくりしてないよっ!!! れいむがな
いてるときは、だれもなにもいってくれなかったくせにぃぃぃぃぃ!!!!」
れいむの言葉が教室内に響き渡る。響き渡った言葉の一つ一つが生徒たちの心に絡みつく。
「にんげんさんたちはばかばっかりだねっ!!! れいむには……」
「……ねぇ」
「ゆっひぃぃぃぃぃ!????」
「ゆ、紫ちゃん……ッ?!」
水槽の前に紫ちゃんが仁王立ちになっている。れいむは紫ちゃんの迫力に怯えて水槽の奥へぴったりと後頭部を押し付けた。
「それ以上……みんなを馬鹿にしないで。 じゃないと私……“お前”のこと、絶対に許さないから」
震えあがる教室中の生徒たちとれいむ。今の紫ちゃんは、かつて“神隠し”を起こしたときの紫ちゃんと同じオーラが放たれ
ている。れいむはガタガタ震えながら、ちょろちょろとしーしーを漏らしていた。れいむが完全に沈黙したことを確認すると、
振り返って紫ちゃんが全員に告げた。
「みんな。 運動会は負けちゃったけれど……文化祭は必ず勝つわよ……ッ!」
「私……運動は苦手だけど……、工作とかなら得意だよっ!」
河城さんが返事を返す。他の生徒たちにも笑顔が戻った。まだ隣のクラスと戦う機会は残されている。運動会が終わってしま
えば、文化祭もすぐだ。
「河城さんっ! 力仕事なら俺たちに任せろよっ!!」
「紫っ! 雑用でもなんでもやってやるから、一番いいのを頼む!!」
再び団結するクラス一同。
「どぉして……。 どぉして、れいむだけ……さびしいおもいをしないとけいけないのぉ……ゆっくりぃ……ゆっくりぃ……」
れいむの受難はまだまだ続くようだ。
後編(文化祭編)へつづく……
虐待 ギャグ パロディ 日常模様 現代 ギャグ要素:パロディネタ多め 運動会編 以下:余白
『学校:秋(前編)』
*この物語に登場するキャラクターは、東の方に住んでいる人たちと名前が同じなだけで、あの人たちとは別人の小学生です
六、
「先生! 男子が……っ、ガイドさんの言うことを聞きませんっ!!!!」
「先生!! 女子が、買い物に行ったまま帰ってきませんッ!!!」
「うるさーーーい!!! 並べッ!!! 団体行動を乱すなっ!!!!」
絶叫する男子、女子、上白沢先生。双葉小六年生は修学旅行の真っ最中である。今日はその最終日。福岡、佐賀、長崎と回り
終え、既に学校へと帰っている途中なのだ。二泊三日の行程を終えて満身創痍気味の教師陣をよそに、児童たちは初日と変わら
ぬテンションで騒ぎ続けている。高速道路のサービスエリアに到着した双葉小一行(主に児童)は蜘蛛の子を散らしたようにお
土産を買おうと走り出す。
「まぁまぁ……。 元気なのはいい事よ」
「八意先生……。 確かにそうですが……元気がありすぎるのもどうかと……」
同伴していた保健室の八意先生が上白沢先生のフォローに入る。
「輝夜(てるよ)ぉ……!! 今日という今日こそはケリつけてやるぞ……っ」
「やっぱり藤原は野蛮ね。 私たちが戦うには然るべき舞台がこれから二つもあるのに、待ちきれないのかしら?」
隣のクラスの問題児コンビである輝夜ちゃんと藤原さんが一触即発の様子で睨み合っている。そこに現れたのが星熊さんだ。
「おっと、輝夜の言うとおりだ。 ここはとりあえず来月の運動会で決着をつけちゃあどうだい?」
「待って、星熊さん! 私はどちらかというと文化祭のほうが……」
「ハッ! 私はどっちでも構わないよっ! まぁ、部屋に引きこもってネトゲばっかやってるような奴に、運動で私と勝負なん
て無理な話だろうけどな!」
「なん……ですって……ッ!!!」
藤原さんはやや不良少女。輝夜ちゃんは文化委員長。そして、星熊さんは体育委員長である。上白沢先生が長身の眼鏡をかけ
た男性教師の元にずかずかと近づいていく。
「ど、どうしたんだい……?」
「どうしたもこうしたもありませんよっ! 森近先生のクラスがまたなんかやってるんですよっ! なんで注意しようとしない
んですかっ!!」
「いや……ねぇ。 僕に彼女たちを止めるのは……無理さ」
修学旅行の時期が行楽シーズンと重ならなかったのは不幸中の幸いだった。もし、これがシルバーウィークなどと重なってし
まっては大変なことになっていただろう。それでも、教師陣はサービスエリアの店員に何度も何度も頭を下げていた。その様子
を面白がっていろんなアングルから撮影を続けているのが、写真好きの文ちゃんだ。双葉小はどういうわけか女子が個性派揃い
である。
「なぁ、紫……。 れいむに何かお土産とか買っていかなくてもいいかい……?」
キーホルダーのコーナーの前に紫ちゃんと八坂ちゃんの二人が立っている。紫ちゃんは陰陽玉のキーホルダーを手に取ってそ
れをぼんやりと眺めていた。
「れいむもさぁ……悪気があって、あんなこと言ったんじゃないと思うんだ。 そりゃあ、紫にとって“ばばあ”は禁句だけど
さ……。 ゆっくりの言うことじゃないか。 気にするなんて紫らしくないと思うんだけど……」
「…………」
「ま、それだけじゃないんだろうけどねぇ……。 東風谷を泣かされたことで諏訪子はマジ切れしてるし……。 男子にとって
も、れいむに冷たく当たる大義名分ができたってわけだ……。 水面下でなんか風見も動いてるみたいだし……。 はっきり言
って卒業するまでにもう一悶着あるぞ……?」
八坂ちゃんの真面目な口調に紫ちゃんが少しだけ表情を暗くした。あの一件以来、女子の中にもれいむに対する不信感を抱い
ている者が現れ始めたのである。それは紫ちゃんも例外ではなかった。東風谷さんもれいむに話しかけてはいるが、雰囲気は微
妙にぎこちない。
れいむはあの日の出来事を深く考えてはいなかったのか、翌朝から普通に女子に話しかけていた。それに応える者もいたが、
応えない者もいた。状況は少しずつではあるが、確実に変わってきているようである。修学旅行の前日は、「れいむも修学旅行
に連れて行ってね」と散々喚き続けていた。教室に一匹で取り残されることは、あの夏休みの日々を連想させるのだろう。それ
に加えて、ゆっくりは孤独を極端に嫌う習性がある。しかし、女子の一存だけで修学旅行へれいむを連れて行くことなどできな
い。その旨をれいむに伝えると、れいむは水槽の中から女子へと罵声を浴びせた。それに対して一発ゲンコツをくらわせたのが、
諏訪子ちゃんだったのである。諏訪子ちゃんと東風谷さんは幼稚園からの親友だ。いろいろと思う所があるのだろう。
「伊吹さんっ! それ、お酒ですよっ!!!」
風紀委員の東風谷さんが叫ぶ。伊吹さんはジュースの試飲と間違ってお酒を飲んでしまったようである。
「……あー……? 今なら、私……分裂できる気がするっ!!」
「い、言ってる意味がわかりませんっ! 八意先生っ! 八意先生~~~!!!」
東風谷さんは面倒見が良くて穏やかな性格をしていた。更にルックスもよく男女問わず人当りが良いため、誰からも好かれる
タイプの女の子である。成績は中の上。正直、パッとしない。みんなのためにとかいがいしく走り回る東風谷さんを紫ちゃんは
見つめていた。そこに一人の女子がやってくる。
「諏訪子……ちゃん……」
「紫ちゃん。 私、れいむの面倒見るの、もうやめるから」
「諏訪子……。 諏訪子の気持ちも分かるけど……」
突き放すように言い放った諏訪子ちゃんの横顔を八坂ちゃんが訝しげな目で見る。
「私が言いに来たのはそれだけだよ。 ……言っとくけど、れいむの事をムカついてるのは、私だけじゃないから」
それだけ言って諏訪子ちゃんは二人の傍から離れて行った。明日から学校が始まる。その前に自分の意思を宣言することで、
一つ距離を置こうとしたのだろう。
「紫」
「……な、なに?」
八坂ちゃんが紫ちゃんの肩を掴んだ。呆けていたのか紫ちゃんはおっかなびっくりと言った様子で八坂ちゃんを見つめている。
「あんまり……考えすぎんな。 私も相談に乗るから」
「……ありがと」
全員がバスに乗り込む。二台のバスは連なってサービスエリアを後にした。紫ちゃんはずっと窓の外の景色を眺めている。隣
に座る八坂ちゃんは肩肘を突いてずっと目を閉じていた。諏訪子ちゃんと東風谷さんは楽しそうにおしゃべりをしている。出発
してから三十分後くらいに伊吹さんがバスの中で大変なことになったのは言うまでもない。
季節は秋。修学旅行から帰ってきた双葉小学校六年生一同は既に新たなイベントのための準備を始めていた。秋の大運動会で
ある。修学旅行終了後かられいむに声を掛ける女子は目に見えて減少していた。最大の理由としては修学旅行に連れて行かなか
った事を負い目に感じ、また、そのことについてれいむが散々文句を言ってきたことがあげられる。もちろん、れいむはその日
の放課後に男子によって殴る蹴るの暴行を受けた。
運動会のための練習もあるため、体育の授業が多くなりつつある。上白沢先生と森近先生は、そこまでライバル心を燃やして
はいないが、生徒間同士では凄まじいまでの火花を散らしていた。徒競走では常に学年で一、二位を争う文ちゃんと霧雨さん。
体育に関して抜群の成績を誇り、身体能力的にも高い伊吹さんと星熊さん。輝夜ちゃんと藤原さんは同じクラスだが無駄に対抗
意識を燃やしている。
紅団。上白沢先生が顧問。団長は紫ちゃん。それから、八坂ちゃん、東風谷さん、諏訪子ちゃん、文ちゃん、河城さん、風見
さん、村沙ちゃん、聖さん、寅丸さん、伊吹さん、散野くん。
白団。森近先生が顧問。団長は西行寺さん。それから、輝夜ちゃん、藤原さん、星熊さん、霧雨さん、妖夢ちゃん、燐ちゃん、
水橋さん、十六夜さん、美鈴ちゃん、小野塚さん、映姫ちゃん。
イベント事に対して人並み以上のやる気を見せるメンバーは以上の通りである。やはり、双葉小は女子がやたらと目立つ。下
馬評では運動会に関しては白団有利との見方が強い。両チーム。小学生とは思えないくらいの闘争心で日々、練習を続けていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……河城さん、タイムはっ?!」
「すごいなぁ……六秒八八だよ。 やっぱり文ちゃんはすごいよ」
「霧雨さんの自己ベストは六秒七六だったはずだから……まだ、足りない……ッ! 双葉小最速の座は渡せないわね……ッ!!」
人気のない校庭で五十メートル走の練習を繰り返すのは文ちゃんだ。文ちゃんは常日頃から「特ダネを嗅ぎ付けるには情報と
足が重要なんだ」と言っており、写真を取ったりインタビューをしたりするためにも自分は最速でなければならないと考えてい
た。
「弾入れと大弾転がしは“妨害アリ”だったわよね……。 藤原さん、霧雨さん、小野塚さんあたりはかなりシビアなことをや
ってくるかも……」
「星熊さんと美鈴ちゃんに妨害されたら紅団は壊滅状態だよ……」
「ゆ……ゆっくりしていってねっ!!!」
放課後の教室の中で居残って作戦会議をするクラスの男女に、れいむが言葉をかけた。文ちゃんはまだ走り込みを続けている
ようだ。残っていた諏訪子ちゃんがれいむをじろりと睨み付ける。れいむは諏訪子ちゃんに一度殴られているため、怯えた様子
を見せたが、どうしても会話の輪に入りたいらしく何度も声を掛け続けた。
「れいむも、いっしょにおはなしをしてあげるよっ! たくさんでいいよっ!!!」
「……はぁ?」
れいむの物言いにすぐさま反応したのはやはり諏訪子ちゃんだった。男子も数人立ち上がる。残りの女子は黙ったまま、れい
むのことを無視していた。男子が立ち上がったのを見て、れいむが水槽の壁に後頭部を押し付けて震え始める。
「な……なんなの?! また、れいむにいたいいたいするのっ!? お、おねーさん、たすけてねっ!! かわいいかわいいれ
いむがいじめられちゃうよっ!!」
「…………」
諏訪子ちゃん以外の女子は何も返事を返さなかった。紫ちゃん、八坂ちゃん、東風谷さんは委員会の仕事と運動会の準備で教
室内には残っていない。男子が動き出すよりも先に、諏訪子ちゃんが水槽の前に進んでいった。
「おにーさんたちっ! おねーさんがれいむをまもってくれるよっ!! れいむにいたいいたいはできないねっ! ゆぷぷっ、
ばーか、ばーかっ!!!!」
「この糞饅頭が……」
男子たちが唇を噛み締める。この時点でまだ男子は知らなかったのだ。諏訪子ちゃんがれいむの事を男子以上に嫌っている事
を。
「ゆ?」
鋭いゲンコツがれいむの頭頂部にめり込んだ。目を丸くする男子一同。不意を突かれてゲンコツを食らったれいむは舌を噛ん
でしまったのか、「いたいよぉぉぉぉ」と水槽の中を転げまわった。
「諏訪……子、ちゃん?」
「れいむ。 あんた、少し黙って。 あんたと話をしてる暇なんかないんだよ」
「ど、どぼじでぞんな゛ごどい゛う゛の゛ぉぉぉぉぉ!??」
「五月蠅い、って言ってるでしょっ!!!!」
れいむの髪の毛を掴んで持ち上げるとそのまま、矢のような往復ビンタである。れいむが泣き出す前に水槽に投げ込んで後頭
部を手の平で押さえつけた。痛みと息苦しさに揉み上げをぴこぴこと動かしながら「ゆぶぶぶぶぶぶ」と呻き声を上げる。
「諏訪子ちゃん……どうして……?」
「……あんたたちに関係ないでしょ……。 女子が全員、れいむを無条件で守ってるなんて思わないで」
男子が呆けた表情をしてみせる。風見さんが“こちら側”だというのはうっすらと感じていたが、東風谷さんと中の良い諏訪
子ちゃんが“こちら側”だったとは思ってもいなかったのだろう。どうしてなかなか、小柄で可愛い顔をしながらやる事は激し
い。れいむに対して冷たい目を向け、れいむがぐったりするまで水槽の床に顔を押し付けている様子は、男子の一人を虜にして
しまったようである。残りの女子も遠くからクスクスと笑っていた。
「れいむを殴るなら……紫ちゃんたちが帰った後にしたほうがいいと思うよ。 ……まぁ、今日はもう無理だろうけどね」
諏訪子ちゃんはようやくれいむを解放して、自分の机の横にかけていた赤いランドセルを背負うと教室から出て行った。残り
の女子もそれを追うように教室を後にする。残されたのは泣きながら呻き続けるれいむと茫然と立ち尽くす男子だけだ。
「ゆぅぅぅぅ……いたいよぅ……いたいよぅ……」
情けないれいむの声。それが男子たちの嗜虐心を刺激する。れいむを水槽から引きずり出して黒板に投げつけた。顔面から黒
板に叩きつけられたれいむが跳ね返って教室の床にごろごろと転がる。それでも、切れ切れの呼吸で廊下に逃げ出そうとするれ
いむ。その側頭部を思いっきり蹴りつける。教室の入り口を目前にしてれいむは再び宙に舞い、壁に叩きつけられるとようやく
その動きを止めた。
「い゛だい゛……どぼじで……いだい゛ごど、じな゛い゛でよ゛ぉ゛ぉ゛……ッ」
「知るかばーか」
「やっぱりこいつを蹴るのって面白いよなぁッ!!!」
顔面を蹴りつけられるのが一番堪えるのか、顔は床に押し付けるようにして身を守っている。男子はれいむを取り囲んで四方
八方から足を撃ち込んだ。
「ゆぐぇッ?! えぎゅっ!? ゆ゛ぎぃ゛ッ!!! ゆっ、ゆっ、ゆっ、ゆ゛はあ゛ッ??!!!」
痛々しいれいむの声だけが放課後の教室に虚しく響く。
「い゛だ……やべで……ぐだざ……。 い゛だい゛よ゛……い゛だい゛ぃぃ……」
「ちょっとやり過ぎたかな?」
「生きてるからいーんじゃね?」
「口うるさい紫のヤローが帰ってくる前にこいつを水槽に戻そう……ぜ……」
一人の男子が動きを止めた。ぼろ雑巾のような姿になったれいむ。それを囲む男子。その傍らに佇む紫ちゃん。紫ちゃんは恐
ろしいほどに冷めた目つきで男子とれいむを見つめていた。
「うわあああああああああああああああ」
まるで化け物でも見たかのような悲鳴を上げて、男子が一斉に逃げ出す。紫ちゃんはその場を動かなかった。うずくまって、
ぴくりとも動かないれいむを抱き上げて水槽の中に戻す。
「ゆ゛っ、ゆ゛っ、ゆ゛っ、ゆ゛っ…………」
苦しそうに呻き続けるれいむ。それを見下ろす紫ちゃん。
「……あなたも、れいむを殴ればいいんじゃない? そうしたら、すっきりするかもよ……?」
「風見さん……。 まだ残ってたのね」
「花壇の草むしりをね。 私こう見えても、植物係だから」
「…………」
「本当は、腹が立つんでしょう? そのゆっくりに」
「そ、そんなことは……っ!!!」
「いい人ぶるのはやめなさいな。 見ていて鬱陶しいわよ」
「なんですって……っ!!!」
紫ちゃんが拳を握りしめて風見さんに歩み寄ろうとしたその時。風見さんが持っていた傘の先端を紫ちゃんに向けて突きつけ
た。あと数センチで紫ちゃんの額に触れるかどうかのところで寸止めされている。紫ちゃんは風見さんを睨み付けながらその場
から一歩も動かない。唇を噛み締める紫ちゃんを見て風見さんはクスリと笑った。その態度に紫ちゃんがいよいよ、風見さんに
殴りかかろうとする。
「貸してあげるわ」
「――――え?」
「外。 雨、降り出したから」
風見さんの言葉に窓へと目を向けると、確かに小雨がぱらついているようだった。風見さんはランドセルの中から折り畳みの
傘を取り出すと鼻歌を歌いながらそれを開いていく。
「それじゃあ、私は帰るわね。 あなたと喧嘩なんてしたくないわ。 “神隠し”に遭わされたら大変だもの」
「……そうね。 私も風見さんに“弾幕開花宣言”なんてされたらたまらないわ」
「「お互いにね」」
それだけ言い合って風見さんは廊下へと出て行った。少し雨脚が強くなりつつあるのか、校舎の屋上に打ち付けられた雨の音
が次第に激しくなっていく。風見さんが廊下を歩いて行く音はそれに掻き消されて聞こえなかった。
「ゆぐっ……ひっく……」
微かに水槽かられいむの泣き声が聞こえてくる。紫ちゃんは水槽の傍へと足を運んだ。れいむの全身は蹴られた際の衝撃のせ
いか、複数個所がべこべこに凹んでいる。上履きの裏の跡がれいむのお尻にくっきりと残されていた。正面を向かせればもっと
酷いことになっているに違いない。
「…………」
紫ちゃんが水槽の前で立ち尽くす。「何か言葉をかけないのか」と自問自答するが答えることができない。ガタガタ震えて怯
えている“可愛そうなゆっくり”を目の前にして救いの手も差し伸べなくていいのだろうか。紫ちゃんの頭の中を様々な思考が
駆け巡る。
「どぼじで……れいむが……こんなめにぃぃぃぃ……」
紫ちゃんが水槽の中に入れようとした手を無言で引っ込める。それから自分の机の横にかけてあったランドセルを背中に回す
と、風見さんから借りた傘を片手に教室を後にした。
雨の音と溶け合うように水槽の中でれいむがすすり泣く。痛み。悲しみ。悔しさ。様々な感情が幾重にも重なって渦巻いてい
た。れいむの不安は秒刻みで膨らんでいく。男子と同じように自分が泣いたり苦しんでいるのを見たりするのが楽しい、と言っ
てのけた風見さん。自分の味方だと思っていた女子の一人だったはずの諏訪子ちゃん。この二人の存在が、れいむにとって女子
が必ずしも全員味方ではないということを示している。それは餡子脳であるれいむにも理解できることだった。今までは女子が
いれば男子に暴力を振るわれることはないだろうと判断していたのだが、今後どうなっていくか分からない。男子と女子が結託
してしまえばどうなるか。教室と水槽という二重の結界の中に閉じこめられているれいむに安寧の日々は決して訪れなくなる。
ここに来てから何度この言葉を呟いただろうか。
「ゆっ、ゆっ……。 れいむ……。 ゆっくりしたいだけなのに……」
東風谷さんに罵声を浴びせた事。紫ちゃんへの禁句発言。それによる諏訪子ちゃんの変化。全て、れいむ自身が招いた結果で
はあるが、事態はどんどん悪い方向に転がっている。元をたどれば一人の男子がまだ赤ゆだったれいむを虐待しようと、机の引
き出しの中に入れていたことが発端ではあるが、それはもはや結果論に過ぎなかった。
「こわいよ……。 にんげんさんが、こわいよぅ……」
翌朝。
ずたぼろのれいむを見て真っ先に駆け寄ってきたのは東風谷さんだった。
「れいむっ! 大丈夫ですかっ!? ……どうして……。 誰がこんな酷いことを……」
水槽越しにこちらを覗き込む“人間”の姿にれいむが怯えて震え出す。その恐怖心は東風谷さんにも伝わった。
「れいむ……? どうしたんですか……?」
「……で……」
「え?」
「こないでね……っ!!!」
「!」
東風谷さんが一歩後ずさる。れいむのこの発言には周囲にいた生徒たちも目を丸くした。水槽の隅っこに顔を押しつけてガタ
ガタと全身を震わせるれいむ。東風谷さんが笑みを浮かべてれいむに手を差し伸べようとすると、れいむは顔を水槽の床に押し
つけて全身に力を込めた。
殴られる、と思っているのだろう。殴られて一番痛みを感じる顔の部分を守ろうとしているのだろう。
東風谷さんが出しかけた手を引っ込める。そこに諏訪子ちゃんがやって来た。
「早苗。 もう、いいから……。 上白沢先生が来るよ? 席につかないと」
「諏訪ちゃん……。 ……わかりました。 れいむ……。 あの、元気を出してくださいね? 私はれいむの味方ですから……」
諏訪子ちゃんがスカートの裾をぎゅっと握りしめて自分の上履きを見つめる。東風谷さんと同じ気持ちでいられないことが辛
かったのだろうか。諏訪子ちゃんは東風谷さんが自分の席につくまで、その姿勢を崩さなかった。その様子を心配そうに見つめ
る女子一同。さすがの男子も困惑した表情を浮かべている。
それでも一日のスケジュールは滞りなく進んでいく。今日の午後は全学年合同の運動会予行練習が時間割に組まれていたため、
給食を食べ終わった上白沢先生と森近先生は連れだって早々に職員室へと向かい、午後の打ち合わせに参加していた。
生徒たちも体操服に着替える準備を始めていた。小学校高学年ともなれば、男子は廊下に放出されてしまう。女子たちは教室
の窓とカーテンを閉め切り、次々に服を脱ぎ始めた。
男子がいなくなったことに気づいたれいむがもそもそと水槽の際にあんよを這わせる。それでも怯えたような目つきは変わら
ない。しかし、女子たちの楽しそうな笑い声を聞いていると、どうしても会話の中に入りたい衝動に駆られた。れいむは朝の一
件以来、一言も喋っていない。それはゆっくりの世界の中で言えばあり得ないことだったのだ。出しかけた言葉を飲み込む……
をさっきから何度繰り返しただろうか。れいむはどうやって女子に話しかければいいかが分からなくなっていた。
「あややや~? 紫ちゃん、まーた胸が大きくなったんじゃありませんか? そーれ、パシャパシャパシャっと!」
いち早く体操服に着替えた文ちゃんが、着替え中の紫ちゃんをデジタルカメラで激写する。紫ちゃんは顔を真っ赤にして両手
で膨らみかけた胸を隠した。
「こ、この……っ! 変態っ! ちょっと、そのデジカメ貸しなさいっ!」
「双葉小のアイドル東風谷さんの着替えシーンとは、いったいどれほどの価値があるのか? 男子がいくらまでなら出すか楽し
みですねー?」
「や、やめてくださいっ! ひどいですっ! セクハラですっ!!」
「胸の大きさなら早苗だって負けてないぞっ!?」
諏訪子ちゃんが素早く東風谷さんの後ろに回り、両手で東風谷さんの胸を鷲掴みにした。声にならない悲鳴を上げる東風谷さ
ん。
「諏訪ちゃ……ちょ、ダメですっ……ぁ……あんっ! くすぐった……ひゃんっ」
廊下の男子は全員暗黙の了解で一言も発さず、教室内で繰り広げられているであろう薔薇色の光景を想像して大いに興奮して
いた。諏訪子ちゃんは「にひひ」と笑いながら軽快な動きで東風谷さんの攻撃をかわしている。
「学年で一番胸が大きいのは誰かな? 西行寺さんもかなりの特盛りだよね?」
「まぁ、私たちには関係ない話だけどね」
と、言い合っているのは村沙ちゃんと河城さんの二人だ。
「ゆ、ゆっくりしていってねっ!!!」
教室の中にれいむの甲高い大きな声が響いた。一斉に沈黙した女子一同がれいむの入った水槽に目を向ける。れいむは微かに
震えていた。反応をしてもらえるかどうかが不安なのだろう。どうしても二の句を継ぐことができない。何人かの女子は「また
か……」とでも言いたげに露骨にれいむから視線を逸らした。それがれいむにも理解できたのか、しょぼくれた表情で俯く。さ
っきまでのキャッキャウフフ感が一転して、葬式の会場のように静まりかえる教室内。会話も止まってしまっているため、誰も
なんのフォローをすることもできない。東風谷さんでさえ、どう反応していいか分からない様子だった。正直、「ゆっくりして
いってね」と言われても切り返しに困る。なぜなら、女子は全員、教室の中でゆっくりしていたのだ。その雰囲気を壊した張本
人に「ゆっくりしていってね」などと言われても反応のしようがなかった。
「もう、五分前よ。 早く運動場に行かないと上白沢先生に頭突きされちゃうわ」
沈黙を破ったのは学級委員長の紫ちゃん。その一言にまるで金縛りから解かれたかのように教室を出て行く女子たち。八坂ち
ゃんは「やれやれ」と言った様子でチラリと紫ちゃんを見たが特に何も言わなかった。風見さんは無言でにこにこと笑っている。
「……委員長として、当然のことを言っただけよ」
紫ちゃんは風見さんにそれだけ言うと自分も教室を出て行った。風見さんが水槽の前に歩み寄る。後ずさるれいむ。「このお
ねーさんはゆっくりできない」と、夏休みの記憶がれいむに警鐘を鳴らす。風見さんは怯えて動けないでいるれいむの頬を力任
せにつねった。
「い゛っだぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぃ゛ぃ゛!!!!!」
一瞬で泣き叫ぶれいむの情けない顔に満足したのか、風見さんも鼻歌を歌いながら教室を後にする。しかし、時間に一分遅刻
した風見さんは上白沢先生から頭突きを食らってしまった。
「予行練習とは言え、私は本気で走るぜ?」
「奇遇ですね。 私もですよ。 双葉小最速の座はあなただけには譲りませんよ」
「へっへっへ。 私をなめてもらっちゃ困るぜ?」
「なめてなんかいませんよ。 あなたは双葉小で一番の努力家ですから」
「位置について……」
文ちゃんと霧雨さんが真剣な表情でゴールテープを睨みつける。
「よーい……」
両足に力を込める。
それからスターターのピストルが空に向けて放たれた。徒競走は六人一組で走るが、スタートダッシュの時点で文ちゃんと霧
雨さんの一騎打ちのような形になってしまう。
「いっけー、いけいけ、いけいけ文ちゃんッ!!!!」
熱の入る応援合戦。
『紅、白、白、白、紅、紅の順です。 紅、頑張ってください』
放送委員会に所属する文ちゃんの後輩である椛ちゃんが実況をする。文ちゃんが僅かにリードしていた。しかし、霧雨さんも
必死で食らいつく。文字通り双葉小の頂上決戦(男子涙目)に否が応でも盛り上がる全校生徒。
美しいフォームで駆け抜ける文ちゃんの姿はまさに風神少女。
がむしゃらにそれを追う霧雨さんから飛び散り輝く汗はミルキーウェイ。
僅か七秒弱の攻防に運動会予行練習はますますヒートアップしていく。今回の戦いは文ちゃんが僅かにリードを保ったまま終
わった。霧雨さんは両手を腰に当てて下を向いたまま、「くそっ」と小さく呟いてすぐに顔を上げる。
「次は勝つ!」
「私だって負けませんよ……っ!」
「いいぞー、いいぞー、あ・や・ちゃ・んっ!! いいぞー、いいぞー、あ・や・ちゃ・んっ!!!」
「よーくやった、よーくやった、き・り・さ・め! よーくやった、よーくやった、き・り・さ・めっ!!!」
「……やめろよ、泣きたくなってくるじゃないか……」
「霧雨さん……」
努力が及ばなかった自分が悔しい。そして、“優しくされると泣きたくなる”。霧雨さんは体育座りのまま、拳を地面に数回
打ち付けると、「ちくしょう……」と呟いた。
「大丈夫ですよ、霧雨さん。 次は私たちが霧雨さんの仇を撃ってきます」
そう言うのは学年で一番身長が高い美鈴ちゃん。次は騎馬戦である。霧雨ちゃんを負かされた白団一同は次の騎馬戦(予行練
習)に並々ならぬ闘志を燃やしていた。
逆に騎馬戦は美鈴ちゃんと星熊さんという一騎当千の機動力を持つ二人が、戦場を縦横無尽に駆け回り紅団はほとんど全滅し
てしまう。ただ、藤原さんと輝夜ちゃんだけは最期まで同士討ちをしていた。
それから綱引き、応援合戦、学年対抗リレー、全校リレーと全校生徒が絡んでくる競技に絞ってスケジュールが消化されてい
く。教師陣は運動会のタイムスケジュールを作ろうとしていたのだ。学年ごとの団技は各学年で行われる手筈である。得点計算
のために予行練習とはいえ、両陣営の得点が掲示された。
紅団、四百九十五点。
白団、五百十四点。
「……紫ちゃん……っ!」
「……騎馬戦と綱引きで大敗したのが痛かったわね……。 騎馬戦で五十点。 綱引きで六十点よ……。 これは対策が必要だ
わ。 ……何も思いつかないけど」
「弾入れと大弾転がしだけは負けられませんね……ッ」
「騎馬戦の組み合わせも考えたほうがいいんじゃねーか? 諏訪子はすばしっこいから下はそんなに動けなくても平気だろ?」
「そうだなぁ。 逆に伊吹はちっこいけどパワーあるから、あえて文とかと組ませて星熊・美鈴コンビに対抗しようぜ」
あーでもない、こーでもないと議論を交わす男子と女子。騎馬戦に関しては五、六年生のみでチームが編制される。ちなみに
騎馬戦は男女混合であり、大抵、馬役は頑丈な男子が担う。風見さんは高笑いしながら、「この馬がっ!」と男子を罵っていた。
夏休みに教室で風見さんと鉢合わせたあの時の男子は恍惚とした表情を浮かべていたのが印象に残る。
放課後の運動場を使って、各人の初期配置や連携の確認を続ける。個々の力は明らかに紅団のほうが劣っているのでチームワ
ークで乗り切るしかない。綱引きの方は更に部が悪いため、なんとしてでも騎馬戦では勝つ必要があった。
「あ、あの……っ、お昼は助けていただいてありがとうございました!」
東風谷さんが男子の一人を捕まえて深々と頭を下げる。
「あ? ……あー、別に気にすんなよ。 味方を助けるぐらい誰だってやるだろ? 本番は気をつけてくれよ?」
「は……はいっ」
この男子は星熊・霧雨コンビによって馬を崩され落下しかけた東風谷さんのピンチを救ったのである。ちなみにハチマキを奪
われるか落馬するかで失格となるのだ。なので最初から馬を狙ってくるのも戦略的に間違いではない。特に星熊さんと美鈴ちゃ
んはその卓越した運動能力で、落馬を狙って攻めてくる。
「でも、騎馬戦と綱引きを落としてあの点差だったら……本番は分からないわ」
「だよな。 あとは俺たちの弾入れと大弾転がしの点が高かったはずだから……」
「勝負所ね。 私たちの学年の結果次第で……勝てるかも知れない」
「本番ってあとどれくらいだっけ?」
「一週間と二日、だねぇ。 どうする? 悪あがき、やってみるかい?」
着替え終わり教室に引き上げていた男女が激論を交わす。両者とも今は打倒・白団の事しか頭にないようだ。最終的に明日の
朝は全員七時に学校に集合して、朝練をする手筈となった。少なくとも、十六夜さんや妖夢ちゃんあたりには対抗できる手段を
全員が身につけなければ勝ち目は薄い。
「男子。 遅れたらぶん殴るからねっ!」
諏訪子ちゃんの声に「ばーか!」と言いながら走って帰っていく男子。それから次々に教室から出て行く生徒たち。時計は既
に六時を回っており薄暗い。早く帰らなければ親が心配するというものだ。
そして、ここまで、れいむ無し。
「ゆ、ゆ……。 やっと、にんげんさんたちがいなくなったよ……」
水槽の隅で震えていたれいむがもぞもぞと動き出す。周囲に誰もいないのを確認してキリッとした表情を浮かべた。落ち着い
たように「ゆふー」とゆっくりし始めるれいむ。当たり前だがれいむは気づいていなかった。運動会というイベントを目前に男
子と女子の結束が……、いや、クラスが一つに纏まりつつあることを。クラス発足から半年以上が経過した今、白団という共通
の敵ができたことにより、ようやく本来在るべき姿へと変わり始めた。そのため、男子も女子も、れいむのことは完全に忘却の
彼方だったわけだ。
それから一週間。
れいむを相手にする生徒はほとんどいなくなってしまった。朝練。休み時間。昼休み。放課後。男子も女子も使える時間は全
て使って運動会へ向けた特訓を始めたのである。
「ゆ、ゆっくりして……ゆぁ……。 まってね! れいむといっしょに……ゆぐぅぅぅぅ」
意図せずして、れいむに対する“集団シカト”が始まってしまった。全員が全員、目前に迫る運動会にしか興味がない。上白
沢先生は「怪我しない程度にやるんだよ」と火に油を注ぐような事も水を刺すような事もしなかった。男子はおろか女子さえも
話をしてくれなくなった事にれいむの心が少しずつ蝕まれていく。殴られたり、蹴られたり、投げられたり、吊されたりと今ま
で散々痛い目に遭わされてきたが、それとはまた違う痛みがれいむを襲っているのだろう。あんなに痛い思いをしてもなお、れ
いむは孤独を嫌がった。男子だろうが女子だろうが話しかけようとするれいむに返事を返す者はいない。反対に仲の悪かった男
子と女子が毎日楽しそうにお喋りをしている。れいむにとっては耐え難い光景だっただろう。まるで空気のように扱われる日々。
餌と水だけは貰うことができたが、当番の生徒もすぐに運動場へと駆け出してしまう。何を言っても叫んでも、泣いてみても相
手にして貰えなかった。
「ゆぅぅ……ひとりは……さびしぃよぉ……。 すーりすーりしたいよぅ……。 おしゃべりがしたいよぅ……。 ゆーんゆー
ん……」
成体ゆっくりのれいむがまるで子供のように泣きじゃくる。もしれいむがまだ赤ゆっくりであれば、間違いなく“非ゆっくち
症”で死んでいたことだろう。
「どぉして……だれもれいむとおしゃべりしてくれないのぉ……」
れいむは塞ぎ込んでしまった。もっとも、塞ぎ込んでしまった事に気づく生徒は誰一人としていなかったのだが。
七、
抜けるような青空に打ち上げられた花火の白煙が弾けていく。第三十六回双葉小学校大運動会の開催だ。
れいむは花火の音に気づきながらも、それから目を逸らすようにして顔を水槽の奥へと向けた。入場行進。開会式。そして、
最初の応援合戦。運動会のプログラムが徐々に動き始めていく。既に紅団と白団との間には敵対心を通り越して殺気のようなも
のが漂っている。
両団長の紫ちゃんと西行寺さんは旧知の仲だ。
「幽々子。 悪いけど……私たちが勝たせて貰うわよ」
「あらあら……。 そんなに怖い顔を向けないでよ。 楽しんでいきましょーよぉ♪」
天真爛漫。天衣無縫。西行寺さんにはその言葉がよく似合う。笑みを浮かべながらも刺すような視線を向ける紫ちゃんと違っ
て西行寺さんはクスクス笑いながら右手に持っていた扇子を口元に当てた。
「…………ッ!!」
その扇子には“必勝”との文字が書かれている。なんというセンスのない扇子だろうかと紫は心の中で思ったが、その扇子の
向こうで微笑む西行寺さんの向こう側には、静かに燃え上がる桜色の炎が確かに見えた。
その二人の間近でフラッシュがたかれる。思わず目を細める二人が振り返ると、そこにはデジタルカメラを構えた文ちゃんが
いた。
「タイトル……“睨み合う巨乳”。 いやぁ、体操服で普段隠れた大きなおっぱ……」
両団長にダブルラリアットを食らった文ちゃんが、鼻の頭を押さえながら地面をのたうち回る。それを背景に紫と西行寺さん
は握手を交わした。
「あややや……。 ――――痛っ……!」
立ち上がろうとした文ちゃんが再び、尻餅をつく。それを見ていた男子が笑うと文ちゃんは恥ずかしそうに立ち上がって、照
れ笑いをしてみせるとアナウンス席へと戻っていった。
本格的に運動会が始まる。まずは小手調べとばかりに一年生の徒競走からスタート。のっけから最高のハイテンション状態で
次々と競技が消化されていく。午前中で六年生が動く競技は二つ。大弾転がしと綱引きである。そしてその出番はすぐにやって
きた。興奮の坩堝の中、運動場という名の戦場に火花を散らす六年生の二つのクラスが入場していく。
大弾転がしのルールはいたって単純。運動の北側と南側にクラスの半分ずつが別れ、巨大な弾を転がしてバトンパスしていく。
ただし、妨害あり。大弾に大弾をぶつけることが認められていた。
両陣営の第一走者は紅団が男子二名。白団はいきなり星熊さんをぶつけてきた。もちろん、紅団の大弾にもぶつけてくるつも
りだろう。紫ちゃんはそれを見越して、紅団の先頭を男子二名に選んだのだ。
競技開始のピストルが鳴り響く。紅団の二人は既に防御態勢を取りながらゆっくりと大弾を転がしていくが、すぐに諏訪子ち
ゃんが大声を上げた。
「やられたッ!!! 星熊はぶつけてこないぞっ!!! 一気にリードを稼ぐつもりだっ!!!」
大弾に遮られて視界は悪い。男子の一人が大弾から手を離して前方に目を向けると、後ろをチラリとも見ずに全力疾走する星
熊ペアの姿があった。
「ちくしょうッ!!!」
「そんな……」
紫ちゃんがわなわなと震える。西行寺さんはそんな紫ちゃんを見てクスリと笑った。
「貴女の考えていることなんて、なーんでもお見通しよぉ?」
「くっ……」
第二走者は霧雨ペア。
「大弾は……パワーだぜッ!!!」
「ぐわぁぁぁぁぁッ?!!」
ここで白団が最初の妨害をかました。視界を遮られた状態で少しでも差を詰めようとしていた男子に、霧雨ペアが突撃してき
ていることなど気付く由はなかったのだ。紅団の大弾は勢いよく運動場の外まで転がっていく。この間、白団は一気にリードを
奪い、競技はそのまま白団の圧勝で終わった。
「お互い、序盤で勝負が決まるのは判っていたけれど……私の方が一枚上手だったみたいね?」
「くっ……」
勢いよく動き始めた大弾を操作して相手の大弾にぶつけるのは難しい。妨害行為は必ず序盤に行われるはずだ。西行寺さんは
星熊さんというパワーファイターを囮にして、紅団のスタートダッシュを崩したのである。十分にリードを奪ってからすれ違い
様に大弾を叩き込むまでのシナリオは完璧と言っても良かった。
(相変わらず……優雅ね……っ)
出鼻をくじかれた紅団は完全に意気消沈してしまっている。
紅団は下馬評通りに綱引きも惨敗した。得点差は既に百点近く離れている。紫ちゃん率いる紅団は午前中何一ついいところな
く終了してしまった。
昼食はそれぞのれ父兄と一緒に観客席で食べる。紅団も白団も六年生は腹八分で昼食を終えた。午後の最初の競技は六年生に
よる徒競走だ。つまり、再び文ちゃんと霧雨さんが激突するのである。
「負けられないねぇ……」
八坂ちゃんが呟くと、紫ちゃん含めクラス一同が真剣な眼差しで頷いた。既に文ちゃんと霧雨さんは激しく睨み合っている。
まるでリングに立ってゴングを待つボクサーかのような凛々しい視線で互いを射抜いていた。
徒競走は小さな得点だが、ここまでは紅団のほうが僅かにリードしているようだ。徒競走による地道な得点稼ぎは後半に強く
影響していく。
文ちゃんは僅かに震えていた。すぐ前に座っていた伊吹さんが声をかける。
「どしたー?」
「な、なんでもありませんよ」
足首が疼く。紫ちゃんと西行寺さんにダブルラリアットを食らって倒れたとき、足首を捻ってしまったのだ。大弾転がしの時
にも少し悪化させてしまった。綱引きの時には戦力になっていなかっただろう。さすがの強気な文ちゃんも、今回ばかりは諦め
ていた。この足では霧雨さんに勝つことはできない。それどころか最下位に終わってしまう可能性のほうがよっぽど高い。もう、
泣きそうだった。
直前の伊吹さんたちがスタートしていく。盛り上がる応援。熱狂する観客たち。文ちゃんの周りを駆け抜ける無数の熱い音が
その小さな心を押しつぶそうとしていた。スタートラインに立つ。文ちゃんは第二レーン。霧雨さんは第五レーン。
「位置について……」
心臓の鼓動が速くなる。頭の中が真っ白になってしまった。もう、何も考えられない。怖くて何も見ることができない。
「よーい……」
足に力を入れることもできなかった。
あの日と同じようにピストルが鳴り響く。周りの走者が一斉に自分の横を駆け抜けていくのが分かった。
「…………」
観客がどよめく。それは紅団も白団も同じだった。スタート位置から動かない文ちゃん。文ちゃんはぼろぼろ泣いていた。も
はや足を動かそうという気力も沸かないらしい。
(終わった……。 恥ずかしい……。 なにが、双葉小最速だ……ッ!!!)
「ほら、さっさと行くぜ?」
「?!!」
在り得ないはずの声が聞こえた。横を向く。そこには霧雨さんが立っていた。文ちゃんは自分が涙を流していることすら忘れ
て霧雨さんを見つめてしまう。霧雨さんはそんな文ちゃんに黙って右手を差し出した。
「怪我、してんだろ? 肩くらいなら、貸してやるからさ」
「なん……で……?」
「大弾転がしの時から変だったからなぁ。 足、ひょこひょこさせてたし。 次の競技からは休まないと駄目なんだぜ?」
「~~~~~~っ!!!!」
泣きながら文ちゃんが霧雨さんの手を取った。徒競走のレーンを二人でゆっくり並んで歩いて行く。文ちゃんは霧雨さんの肩
に手を回し、霧雨さんは文ちゃんの腰に手を回した。誰かが一人、拍手をした。それが一瞬にして運動会に集まった観客たちへ
と飛び火していく。これほど、ゆっくりした徒競走はそう見ることはできないだろう。それも、学校で最速を争う二人の競演で。
一度は切られたゴールテープが職員によって再び張られた。文ちゃんと霧雨さんが二人揃ってゴールテープを切ると、両陣営の
チームメイトが駆け寄ってくる。
「あははっ、最下位になっちゃったぜ☆」
霧雨さんがそう言って星屑のような笑顔を見せる。文ちゃんはそのまま保健室へと運ばれて八意先生の治療を受けた。それか
ら紫ちゃんが謝りに来る。
「ごめんなさい……っ。 委員長として……ううん、友達として気付くべきだったのに……っ」
「いいよー……。 隠してた私が悪いんだし……(あのダブルラリアットで足首捻ったなんて言えない)」
その後も競技は続いていく。あんなに練習した騎馬戦も結局負けた。弾入れも十六夜さんの正確無比な弾投げによって、紅団
が籠に向けて放った弾をことごとく撃ち落されて、大敗した。学年リレーも僅差で及ばなかった。文ちゃんを欠いた紅団は全校
リレーでも白団に勝つことができなかった。
紅団、七百十二点。
白団、千八十五点。
三百点差がついた小学校の運動会も珍しい。それほどに白団は身体能力の高い生徒が多かった。
教室の中ですすり泣く女子たち。男子も黙り込んで俯いている。上白沢先生は何度も何度も「みんな、良く頑張った」と言っ
てくれたが、欲しいのはそんな気休めの言葉ではなくて、“みんなで掴んだ勝利”だったのだ。一番泣いていたのは、やはり文
ちゃんだった。数人の女子が慰める。
時計は既に四時半を回っていた。帰りの会もとっくに終わっている。それでも、紅団のメンバーは……生徒たちは帰ることが
できなかったのだろう。
「悔しいですね……。 本当に悔しい」
東風谷さんも目に涙を浮かべながら呟いた。諏訪子ちゃんは机に突っ伏して動こうとしない。紫ちゃんはずっと窓の外を眺め
ていた。夕日に照らされてよくは見えないが泣いているのだろう。時折、肩が震えている。
「もうさ……泣くなよ。 ……俺たち、一生懸命やったじゃん。 そりゃ、勝てなかったけどさ……まだ、文化祭があるじゃね
ーか。 だからさぁ。 もう一回、みんなで頑張ればいいじゃん」
「……もう一回……?」
「文化祭……」
「そうだねっ! まだ文化祭が……」
「さっきから、なにをないてるのおおぉぉぉぉぉぉ!!??? ばかなのっ?!! しぬのっ!!???」
水槽の中かられいむが叫び声を上げた。その目には怒りが込められている。いきなり、れいむにそんなことを言われる理由も
分からなかったが、何故怒っているかも分からない。れいむは「ゆはー、ゆはー」と息を荒立てながら、クラス一同を睨み付け
たまま叫んだ。
「なんで、ないてるのかってきいてるんだよっ!!!」
「なんでって……。 みんなで一生懸命頑張ったのに、白団に勝てなかったのが悔しいからに決まってんだろうがっ!!!!」
「たったそれだけのことでないてるなんて、ばかでしょおおぉぉぉぉぉ!!!!!」
「――――ッ!!!!!!!」
「なにかいたいおもいをしたのっ?! だれともおしゃべりできなくて、かなしいおもいをしたのっ?! してないでしょぉお
おぉぉおおおぉぉっ!!??? そんな“くだらないこと”でなくなんて、ぜんぜんゆっくりしてないよっ!!! れいむがな
いてるときは、だれもなにもいってくれなかったくせにぃぃぃぃぃ!!!!」
れいむの言葉が教室内に響き渡る。響き渡った言葉の一つ一つが生徒たちの心に絡みつく。
「にんげんさんたちはばかばっかりだねっ!!! れいむには……」
「……ねぇ」
「ゆっひぃぃぃぃぃ!????」
「ゆ、紫ちゃん……ッ?!」
水槽の前に紫ちゃんが仁王立ちになっている。れいむは紫ちゃんの迫力に怯えて水槽の奥へぴったりと後頭部を押し付けた。
「それ以上……みんなを馬鹿にしないで。 じゃないと私……“お前”のこと、絶対に許さないから」
震えあがる教室中の生徒たちとれいむ。今の紫ちゃんは、かつて“神隠し”を起こしたときの紫ちゃんと同じオーラが放たれ
ている。れいむはガタガタ震えながら、ちょろちょろとしーしーを漏らしていた。れいむが完全に沈黙したことを確認すると、
振り返って紫ちゃんが全員に告げた。
「みんな。 運動会は負けちゃったけれど……文化祭は必ず勝つわよ……ッ!」
「私……運動は苦手だけど……、工作とかなら得意だよっ!」
河城さんが返事を返す。他の生徒たちにも笑顔が戻った。まだ隣のクラスと戦う機会は残されている。運動会が終わってしま
えば、文化祭もすぐだ。
「河城さんっ! 力仕事なら俺たちに任せろよっ!!」
「紫っ! 雑用でもなんでもやってやるから、一番いいのを頼む!!」
再び団結するクラス一同。
「どぉして……。 どぉして、れいむだけ……さびしいおもいをしないとけいけないのぉ……ゆっくりぃ……ゆっくりぃ……」
れいむの受難はまだまだ続くようだ。
後編(文化祭編)へつづく……