ふたば系ゆっくりいじめSS@ WIKIミラー
anko2673 遠い海から来たゆっくり 異郷にて
最終更新:
ankoss
-
view
『遠い海から来たゆっくり 異郷にて』 35KB
群れ 自然界 現代 独自設定 うんしー ぺにまむ 続き物の一作目です
※続きものの一作目です。ここでは完結しませんので、ご注意ください。
ここはとある北の港。かつては大小様々な漁船や、各地からの定期フェリー、はるか海の向こう側の異国からやってくる貨物船などが盛んに入港する、この辺りの物流の一大拠点であった。
しかし、時代は移り変わり、今ではぽつりぽつりと小型漁船が出入りし、便数の少ないフェリーや錆びに錆びた貨物船がたまにやって来るくらいであった。
この港に、はるか南の島からのフェリーが入港したのは、一週間ぶりであろうか? 冬が近づくと航路が悪天候に脅かされるため、ただでさえ少ないフェリーの便数はさらに不定期なものとなる。フェリーの船体にも、また乗客の人数にも往事の面影はない。それでも、少なからぬ乗船客や、彼らの乗る自動車が次々と接岸したフェリーから降りていった。
「てめえら!どこから入ったんだ!!?」
男の怒号が響いたのは、フェリーからさほど離れていない路肩であった。
「ゆぶっ!!」
「ぶびゃあっ!?」
男の自動車から、れいむとまりさの番が叩き出される。二匹のゆっくりのお飾りはすっかりくたびれており、その髪もぱさぱさであった。ペットショップで売られているつやつやの個体と比べるほうが可哀想、といったところであろうか。
「どぼじでごんなごどずるのおおおっ!!? れいぶはかわびっ!」
「うるせぇ! 汚らしい饅頭めっ!! 饅頭に謝れっ!!」
男の蹴りがきれいに親れいむの顔面にクリーンヒットする。今ので前歯がへし折れたようだ。
「ゆひっ!? ゆぶぬぁぁぁぁぁっ!! でいぶのせらふぃむもびっぐりのえんじぇるずまいるがぁぁぁぁっ!!」
男は、フェリーの目的地である風光明媚な南の島を車で走り回り、各地で風景写真を、そのこだわりのレンズに収めてきた。このゆっくり一家は、男が島で自動車を降りた隙に、狩りで疲れた体を休める場所として、何も知らずに自動車に潜り込んで眠ってしまっていたのである。
男は整理整頓が得意なほうではなく、自動車の中は男の撮影機材や、寝袋をはじめ車内宿泊用の寝具や携帯食、衣類などであふれ返っており、その中に潜り込むようにして眠っていたゆっくりに気がつかなかった。そして、いざ、船から降りる段になって、自分の車の中ででもぞもぞとうごめく、汚い饅頭がいることに気がついたのだ。
「ここはまりさとれいむが見つけたゆっくりぷれいすなんだよ!!」
へたれた帽子を被ったまりさが抗議の声を上げる。
「人の車ん中うんうんまみれにしやがって!」
「ゆぎゅべっ!?」
男はまりさの抗議を無視するかのように、その腹部に蹴りをかました。まりさはまるでスーパーボールのように吹っ飛び、道路脇の草むらに叩きつけられた。
「ゆげ!!! ゆげぇぇぇっ!!! あんござん!!? まりざの大事なあんござんっ!!!」
当たり所が悪かったのか、まりさはごぷりと餡子を吐いてしまった。
「やめてね!! れいむたちにひどいことじないでねっ!! れいむはやめよーって言ったんだよ!」
「おかーさんをよくも! おとーさんをよくも!! 」
男は車の方へと振り返った。ゆっくりがもう一匹、この番の子供であろう子まりさが、車内の毛布の中から出て来たのだ。子まりさは両親を守るべく、車から道路に飛び降りと、男に対する非難の声を挙げた。
「どうしてにんげんしゃんはゆっくりできないのっ!? このまりさがゆっくりできないにんげんさっ!!?」
「うるせい!!」
男は蹴りではなく、大きく振り上げた足を上から子まりさに叩きつけた。勝手に他人の車に乗り込んだ挙句避難がましくぴーぴー叫ぶ子まりさを、男は許さなかった。
「ゆぶぐ!!?……」
大した抵抗もなく、子まりさはぺっちゃりと潰れ、餡子が飛び散った。隣で抗議の声を上げていた親れいむの頬に何か飛び散ったものが張り付く。
「ゆ?……れ……れ……れいむのでぃ・もーると可愛いおちびぢゃああああああああ……!?」
「やかましい!!」
「ぶ!?」
親れいむもまた、横合いから蹴りを入れられ、阿呆みたいに草むらへと飛んでいった。
「ヴォケくそ饅頭がっ! お前ら饅頭に謝れ! 餡子に謝れ! せっかくの旅行の最後でケチがついたぜ……」
男はゆっくり一家を一発ずつ吹っ飛ばすと、さっさと自動車を発進させてしまった。先を急いでいるのか、饅頭にかまっている時間が惜しかったようだ。
「どぼじでまりざがごんなめにあばなぎゃいげないのおおおおおおっ!? まりざはゆっくりぷれいずでゆっくりしだがっだだけなんだよおおおおおっ!!」
「ゆぎいいいい!! なんじぇえええ!! なんじぇれいびゅのがばびびおぢびぢゃんえいえんにゆっぐりじぢゃっだのおおおっ!! なおっでね!! れいびゅにいじわるしないで、おぢびぢゃんなおっでね!!」
だが、このれいむは自分達の幸運を神々に感謝すべきであろう。似たような状況で家族全員が潰されて死んでいったケースは珍しくもないのだから。
「おぢんびぢゃああああん!! まりざの!! まりざのおぢびぢゃあああんっ!!!」
ようやく子まりさの現状を認識したまりさが危なっかしい足取りで、子まりさだったものへと跳ね寄っていく。
それはもはやただの餡塊だった。潰れた帽子と飛び出た眼球が残っていなければ、何も知らないゆっくりはそれが同族であることすら気付くことができないであろう。
「ゆあああああんっ!! ゆあああああんっ!! あんなにがばびびおぢびぢゃんがああああ゛っ!!」
子まりさは親まりさに良く懐いていた。ある種の小生意気さ、無鉄砲さといった子供によくある欠点をたくさん抱えてはいたが、それでも家族思いな子であり、狩りの練習にも一生懸命に打ち込む、将来が楽しみな子であった。
「……おぢびぢゃん……」
まりさの番であるれいむはがっくりとうなだれ、もはや泣き叫ぶ元気もないようだった。泣き叫ぶ番と可愛い我が子だったものを、じっと見つめていた。
「ゆゆぅ……?」
かつて経験したことのないような冷たい大気がれいむの肌をざらりと撫で、はっとれいむは辺りの異常さに気がついた。
母れいむは周囲を見回してみた。
ここがどこかはさっぱり分からなかったが、自分達の知らない場所であることは理解できた。かつて、自分たちが暮らしていた色鮮やかな花々が咲き乱れる林も、湿潤な大気に包まれた緑あふれる森も、まりさが様々な食物や宝物を拾ってきてくれた真っ白な砂浜も、陽光を容赦なく反射する明るい色彩の海もそこにはなかった。
そこにあるのは、自分達が見てきた海とは似ても似つかない落ち着いた、いや不気味な灰色の海、コンクリートで覆われた見慣れない構造物、背後に広がる燃えるような色合いの木々、そして、身を切るような恐ろしく冷たい大気であった。
「しゃぶううううういいいいいいいっ!! さぶいよっ!? こんなんじゃゆっぐりできないよっ!!」
「どぼじでごんなにさぶいのおおおおっ!?」
そのすぐ横を一台の自動車が派手に排気ガスと粉塵を巻き上げながら通り過ぎていく。大きな人間の町のない場所で生まれ育ったまりさとれいむは思わず咳き込んでしまった。
「ゆゆ~……にんげんさんの町はゆっぐりしてないよ!! だからでいぶたちは森の中でゆっぐりするよ!! おちびぢゃん! ままについてぎてね!!」
そこまで言って、れいむははっとした。おちびちゃんはつい先ほど永遠にゆっくりしてしまったのだった。
「れいむ?……おちびちゃんはもういないよ……」
「……ほら!! まりさもぐずぐずしないでいぐんだよっ!!」
「ゆぐっ、ゆぐっ……なんで? どうして、まりさは……まりさたちは……こんなとこに……」
こうして、南の温暖な海流によってもたらされる温暖湿潤な気候、一年を通して得られる豊かな食糧資源とともに生きてきたまりさとれいむはこの地に降り立った。
故郷から二千キロ以上離れた、寒流に洗われる寒冷な北の大地に。
『遠い海から来たゆっくり 異郷にて』
「ゆぅ~なんだかゆっぐりじでない森ざんだよ……」
そこはまりさとれいむの知っている「森」とはかけ離れたところだった。
青々と生い茂っているはずの葉は赤や黄色、褐色に染まり、舞い散っていた。枝に残っている葉もまるで枯れ葉のように生気がない。森にあるわずかな緑は、年老いた樹木や地面にへばりつくように広がっている苔の、くすんだ冷たい緑色だけであった。そして、何よりもいまだかつて味わったことのないような、冷たく、乾燥した風がまりさとれいむの肌の感覚を容赦なく抉っていく。
「ゆ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛!!! ざむい! ざむいよぉぉぉっ!!! かぜざんどぼじでれいむをゆっぐりざぜでぐれないぼぼぼぼぼ……」
れいむはかつて感じたことの無い寒さに歯をガタガタと震わせていた。
「ゆっくしゅっ!! ゆ~っくっしゅっ!!」
まりさは、慣れない寒風が刺激となるのか、くしゃみを繰り返している。その顔は子まりさのために流した涙とくしゃみで飛び散った唾液、要するに砂糖水でぐしゃぐしゃだった。
「まりさ! はやくれいむがゆっくりできるゆっくりぷれいすをさがしてきでね!! ゆっくりしなくていいよ!」
とうとう跳ねるのに疲れてしまったれいむは、まりさに厄介ごとを押し付けようとし始めた。このれいむ、家庭の運営や狩りに関して決して無能ではないのだが、めんどくさがり屋な上に気分屋であり、特に疲れた時や、作業に飽きた時などは、夫であるまりさに当り散らすことがあった。
「ゆ……?……ゆゆぅ……ちょっと待ってほしいよ…まりさも寒くてあんよが……」
「なに言ってるの!? れいむがかわいぐないの!!? れいむがゆっくりできなくて、それでまりさはゆっくりできるの!!? ゆっくりしないで、ゆっくりぷれいすを探してきてね!!」
唾を飛ばしながら大声で喚きたてるように指示するにれいむ対して、まりさは最早抵抗することを諦めていた。
「ゆはぁ……ゆっくり理解したよ……」
人間で言うならば、がっくりと肩を落としたような仕種をしてから、まりさは森のさらに奥へと跳ねていった。
「ゆ~、ゆっくりしないで頑張ってね! ……ゆゆ、れいむは気分転換におうたでも歌ってゆっぐりするよ! ゆゆ~♪ うますぎてごめんね! ぷりまべっらでごめんね!」
ちなみにれいむはお歌も致命的に下手糞だった。せっせと跳ねるまりさの後方からは、単調なすかしっぺにエコーをかけたような何かが聞こえてくる。多分、ヘ短調だろう。あれを「歌」と呼んでいいのならば、蚊の羽音は一流オーケストラの黄金の調べに、暴走族のクラクションはモダンな感性に磨きぬかれたユーロビートなるだろう。
「ゆぅ、どうしようここは全然ゆっくりできなさそうだよぅ…」
まりさはそれからしばらく、森の中を健気に跳ねていたが、巣どころか、仮泊できそうな場所すらなかなか見つからなかった。辛うじて幾つか、切り株や地面の穴を見つけたものの、二匹で夜露を明かすには狭すぎた。
日は次第に西に傾き、心なしか冷気が天空から降りて来つつあるように感じられた。おまけに車の中に閉じ込められていた間は、まりさの帽子の中にあった食糧と、少量の菓子屑のようなものしか食べていなかったため、次第に空腹がゆっくりできないレベルになりつつある。
途中、空腹に絶えかねて、落ちている赤やら黄色の葉を食べたが、とてもゆっくりできる味ではなかった。
「ゆぅ……なんでまりさはこんなところにいるんだろう……ゆぅ……」
そもそもが、あの見慣れない「おうち」で眠ったことが間違いだったのだ。いや、それよりも、そもそもあんな遠くへでかけたのが悪かったのだろう。
まりさ達は、元々住んでいた南の島の森から出たことはほとんどなかった。南の島の豊かな実りの中では、夏場や夕方の豪雨、夜に行動する捕食者にさえ気をつけていれば、それなりにゆっくりした生活ができるのだ。
しかし、ある日、まりさは島の浜辺でとても綺麗な貝を見つけた。それは金属質の青い光を放つ、かつて見たことの無い素晴らしい宝物だった。それは、夜光貝の破片だったのだ。
まりさはそれを家族へのお土産とした。そして家族は喜んでくれた。子ゆっくりたちは、宝物を見つけてきた父まりさを尊敬し、番であるれいむも感動して、とてもゆっくりできる賞賛の言葉をくれたものだった。
次の瞬間、れいむは提案した、みんなで浜辺にピクニックに行こう、と。
れいむは、子ゆっくりたちに外で遊ばせてあげたかったのだろうか? みんなで一緒に行動する時間を欲しいと望んだのだろうか? それとも、実は夜光貝の美しさに目がくらみ、もっと欲しいと物欲に駆られたのだろうか?
今となっては知る由もないが、まりさはみんなとピクニックにでかけた。このまりさは自己評価が低い、という性格を持っており、いつになく父親として認められたことが嬉しかったのだ。
それが悲劇の原因だったのだ。きっとそうだ、いつになく調子に乗ったからだ。調子に乗ると、いつもいつも悪いことが起こる。分かりきっていたことなのに……
まりさはそう思い、天を見上げた。夕焼けに染まった空は、東から徐々に夜の先駆け、藍色の空に侵食されつつあった。
「ゆふぅ……まりさのゆん生って何なんだろう……やっぱり、こんなもんなのかな……」
可愛がっていた子まりさの死を悼む暇さえなく、まりさはせっせと今夜の寝床を探さなければならない。今日何度目か分からないため息をついた後、まりさは再び見知らぬ土地を跳ね始めた。そのときであった。
「わふふっ!! 見慣れないまりさですね! ゆっくりしていってください!! もみじはもみじですよ!」
そこに現れたのは、この地に棲息している野生のもみじ種であった。野生生活で汚れていながらも、艶のある雪のように白い毛並み、そしてピンと元気良く立った尻尾が、このもみじが栄養状態のいい個体であることを物語っている。
「ゆひっ!? ゆ……ゆ……」
まりさはびっくりしてしまい、挨拶すら口から出すことができずどもってしまった。元来、このまりさは人付き合いならぬ、ゆっくり付き合いは苦手な方であった。長年付き合いのある友達や家族ならともかく、それ以外とはゆっくり話すこともままならない不器用な面があった。
「?……どうしました? わふぅ? まりさ?」
もみじは戸惑うまりさの様子をまるで気にもしていないかのように、ニコニコと問いかけてくる。
「ま、まりさはまりさぁだよ……ゆ……ゆゆっゆっくりしていってね!!」
あたふたしながらも、まりさはなんとか返事を返すことができた。
「ゆっくりしていってください~!! まりさはどこから来たんです? どうしてこんなとこにいるんです? この辺りに他の群れのゆっくりが来るなんて珍しいですよ!」
まりさはまごまごしながらも、なんとか自分たちの境遇をもみじに説明した。元々はこことは違う、海に囲まれたあったかい場所で生活していたこと、れいむと番になり、子まりさを授かったこと、理由は良く分からないが、人間さんにここへ連れてこられたこと、ゆっくりできない人間さんにひどい目に合わされ、子まりさが永遠にゆっくりしてしまったこと、家族みんなでゆっくりできる場所を探していること……
「くぅ~ん……それはとてもゆっくりできないです……お子さんのご冥福をお祈りしますね……く~ん」
「ゆぅ……おちびちゃ……まりさのおちび……ゆぐ……ゆええ……」
他人に話すことで、辛い思い出を脳内で再上映してしまい、思わず涙ぐむまりさ。もみじは一通りまりさの嘆きを聞き、その境遇に同情した。
「それにしても、まりさたちは海のずっと向こうから来たんですね~!! すごいです!! でも、ゆっくりぷれいすに帰れないなんてゆっくりできないですね……く~ん……そうだ! もみじの群れでゆっくりしていくといいですよ、ゆっくり元気になってください! ゆっくりしていってくれますか?」
「ゆゆ!? それはとってもゆっくりできる考えだよ!……でも、本当にいいの? まりさがゆっくりしていっても、もみじゆっくりできるの?」
もみじは、一瞬、まりさが何を言っているのか分からないとでも言いたげな表情をした。その尻尾もぱたんぱたんと困惑気味に振られている。
「わふ?……もみじも群れのみんなもいつだってゆっくりしていますよ! きっとまりさもゆっくりできますよ!!」
「ゆゆぅ!! あ、ありがたくゆっくりするよ!!」
まりさはもみじに笑顔で感謝の意を表する。まりさは部外者を快く受け入れてくれたこのもみじに会えたことを喜んだが、それも一時のことだった。まりさはぬか喜びが大嫌いだった。期待はしてはいけないのだ。自分のゆん生で物事がうまくいったときは、必ずその後に支払いの時間が来ることになっているのだ。
もみじはまりさたちの事情を説明し、群れの主たるメンバーの了解を得た。そして、はるか彼方の南国から来たまりさとれいむは、当面、このもみじの群れの一員として暮らしていくことになった。
「わふ! ほら見てください、まりさ! どんぐりさんがいっぱいですよ!」
もみじは自慢の鼻を利かせて、テキパキと秋の野山で食糧を見つけていく。南の島から来たまりさは跳ねるもみじの後をついていくだけで精一杯だった。
まりさが跳ねる度に、赤や黄色、褐色の枯れ葉がかさりかさりと音を立てる。それは、まりさにとっては新しい発見であり、まりさはこの音が大好きだった。南の島にも枯れ葉はある。しかし、これほど厚く、まるでカーペットのように積もってはいない。この鮮やかさと渋さを併せ持った色調のカーペットの上を飛び跳ねる感触、この軽くて愉快な音、まりさはそれらによってとてもゆっくりした気持ちになることができた。
だが、今はそれどころではない。まりさは、どんぐりを見つけて興奮しているもみじに置いていかれないよう、必死に跳ねた。
もみじ種は全身が真っ白な毛で覆われたゆっくりで、特に臭いに対して敏感なゆっくりである。一部のゆっくり駆除業者では、よく訓練されたもみじ種が巣穴の特定に活用されているほどだ。自分よりも上位と認めたものに対しては極めて忠実であり(稀に、自分より上位のものを自分と同列かそれ以下に叩き落して、惨めさを味あわせることに喜びを見出すゲスもみじも報告されてはいる)、みょん種ほどではないものの、枝や釘といった武器の取り扱いにも優れている。そのため、群れの中では早期警戒+迎撃の任務につくことが多いと言われていた。この群れでは、どういうわけか長の座についているもみじであったが、食糧収集から見回りまで、何でも率先して行うもみじは周囲からとても信頼されていた。
そして、まりさとれいむが来て以降、北国での生活に慣れないまりさの狩りに同行して、いろいろなことをまりさに教えていたのだった。
「ゆゆ~、もみじはとてもゆっくりしているね! こんなにたくさんのご飯さんをあっという間に見つけるなんて、まりさには無理だよ! そんけーっするよ!」
それは心からの言葉だった。まりさは長として信頼され、生活能力も高いもみじを尊敬していた。そして、新参者である自分達を何かと気にかけてくれるもみじに心から感謝していた。
「そんなことないですよ!」
そう謙遜しながらも、もみじの尻尾は派手に振られていた。褒められて悪い気はしないのだろう。
「それよりもどんぐりさんをたくさん持ち帰りましょう! 冬を越すにはごはんさんがいっぱいいっぱい必要です!」
まりさには想像もつかないことだが、このもみじが言うには、この辺りでは冬は何もできず、ただじっと巣の中で眠っていなければいけないらしい。しかも狩りをすることもできず、貯めておいたものでちまちまと生活しないといけないとのことだった。
「ゆゆ? まだ足りないんだね……ゆぅ……ゆっくり頑張るよ」
冬の間何も出来ない、巣の外にも出れない。
それは南国出身のまりさには信じられないことであったが、ここのゆっくりはみんな冬に備えてせっせと食糧を集めていた。ならば本当のことなのだろう。まりさに出来ることは、いろいろを気を使ってくれるもみじの提言を入れて、せっせと食糧を集めることだけだった。
ふと、まりさが何かに気付いたかのように顔を上げた。
「ゆゆ!……すんすん……きのこさんの臭いがするよ! この辺りにきのこさんがあるよ!!」
まりさは目の色を変えて周囲をきょろきょろと見渡す。まりさ種の嗅覚はもみじ種のそれには及ばないが、大好物であるきのこ類に対してはまた別である。
「こっちだよ! こっちにきのこさんがいるよ! ゆっくりしないで出て来てね!」
まりさはお尻をふりふりしながら、辺りの落ち葉を蹴散らしていく。そこから出てきたのは、落葉に包まれるようにしてにょきにょきと生えたハナイグチ、別名落葉キノコであった。
「ゆわあああああんっ! きのこさんだよおおおっ!」
興奮のあまり、柄にもなく絶叫するまりさ。あまりにも興奮しすぎたのか、その両目からは涙があふれ、そのぺにぺにも空に向けていきり立ってしまっていた。
「よ、よかったですねまりさ! これでちょっとゆっくりできますね!」
まりさの狂喜乱舞ぶりに引きながらも、もみじはまりさを労った。
「もみじにも半分あげるよ! もみじはまりさをとてもゆっくりさせてくれるいい長だよ、ともだちだよ! 是非もみじにも美味しいきのこさんを味わって欲しいよ!」
「わふ? いいんですか?」
「ゆふん、まりさに二言はないよ!」
まりさは、このもみじに恩返しがしたかった。
「ゆっくりありがとう! まりさは本当にゆっくりしていますね!」
「ゆゆ……」
もみじの真っ直ぐな瞳と褒め言葉は、自己評価の低いまりさにとっては痒くて痒くてたまらなかった。だが、嬉しかった。
たくさんのどんぐりときのこを拾い、お飾りや口の中に詰め込んだまりさともみじは慎重に跳ねながら帰途についた。そして、その食糧を群れの備蓄分と、各々の取り分とで折半する。
そこでまりさは見たことのない光景を見た。普通種のゆっくり達が、なにやら見たことのない緑色のゆっくりを口に入れて運んでいるのである。彼らは外の明るい場所、日光の当たる場所に移動すると、口の中からそのゆっくりを取り出して放置した。
「もみじ、あれ! あれは何をしているの?」
まりさは思わずもみじに尋ねてみた。
「わふ? まりさは見たことがないのですか? あれはきすめですよ、お日様に当ててやらないと永遠にゆっくりしてしまうんです」
「ゆゆゆ!?」
聞いたことのないゆっくりだった。いや、そもそもゆっくりなのだろうか、と思いまりさは首を捻った(首はないのだが)。無理もないことである。きすめ種はまりさがやって来た南方の諸島部には、元々生息していないゆっくりである(一部、人為的に持ち込まれたエリアがあるとも言われている)。
その特徴は緑色の鮮やかな髪であり、また、成体になると地面の窪みや岩などに固着して生活していることでも知られている。すっぽりと収まる快適な固着場所を求めて人家に来ることもある。一部では観賞用に植木鉢や桶などに固着させたきすめがペットショップや花屋に出回っていることもあるようだ。
実はこの緑色の髪こそが、その興味深い生態を支えているのである。きすめ種はこの髪の中に多数の葉緑体を所持しており、これに光合成を行わせることで栄養となる糖分を摂取しているのだ。
きすめ種は母体から生まれたときに、母から葉緑体の一部を分けてもらう。しかし、これはごく少量であり、その髪の色は淡く、半透明の緑色を呈しているに過ぎない。まだ幼い段階のきすめ種は成体に比べて活発に動き回ることができ、その間に植物から葉緑体を摂取、これを自分のものとして髪の中に取り入れるのだ。これは盗葉緑体と呼ばれる現象であり、一部のウミウシでも見られ、現在、摂取した葉緑体をどのように自己の物としているのか、この盗んだ葉緑体にエネルギー消費量のどれくらいを依存しているのか、研究が進められている。
そして、きすめ種は成体になる頃には、長く伸びたそのツインテールにたくさんの葉緑体を抱え、水辺の近くにさえいれば、ほとんど食糧を摂取しなくてもゆっくり生活できるようになるのである(その代わり、伸びた髪が重いのか、移動能力が退化するのか、成長したきすめ種はゆっくり這い回ることしかできなくなる)。
「ゆゆ~? つまりこの群れではきすめの世話をしているの?」
もみじからきすめについて一通り説明を受けたまりさはそう尋ねた。きすめを運んでいるゆっくり達はきすめの親には見えず、親が子を運ぶという見慣れた光景ではないように見えたからだ。
「きすめをゆっくりさせてあげると、きすめはごはんさんをくれるんですよ!」
「ゆゆっ!?」
もみじによると、この群れでは春~秋にかけて、自力での移動力に乏しいきすめを、日当たりの良い場所と水辺を往復させ、夜は安全な洞窟内に運び込むことで、きすめをゆっくりさせているとのことだった。そして、その見返りとして、冬~春の間、良く伸びたきすめの髪を少しずつむ~しゃむしゃさせてもらっているとのことだった。
「ゆっくりの髪の毛をむ~しゃむ~しゃするのっ!? それはゆっくりできないよ!!」
まりさの驚きに対して、もみじは困ったような顔をした。
「そうかもしれませんね、でも、ここはずっとそうやってゆっくりしてきたんですよ! いろいろなごはんさんを用意しないとゆっくりできなくなってしまうんです! ゆっくり理解してくださいね?」
はるか南の島から来たまりさとれいむは、この群れが一体なぜそこまで冬を過ごすために、一生懸命食糧を備蓄しているのか、理解できていなかった。南の島でも時折あるように、長い雨や台風のような悪天候(お空があっぷっぷ!)で狩りができない、そんな時間を乗り切るために備蓄しているのだろう。それにしてはやりすぎではないか? この辺りでは、そんなにお空があっぷっぷ!が長く続くのだろうか?
まりさが思考を巡らすことができたのは(無理も無いことではあるが)、それくらいまでであった。
だが、みんな必死にごはんさんを集めている。ならば、まりさも頑張ろう。れいむとまりさがゆっくりできる分を確保し、群れの備蓄に回す分も確保する。それがきっともみじへの恩返しになる。
このまりさは人見知りのする性格であったが、一度何らかの形で受けた恩は忘れない。そんな義理堅い性格をしていた。
その日、少しはこの地での生活に慣れてきたまりさは、帽子一杯のきのことサルナシの実を持って巣へと帰って来た。
このもみじ率いる群れの巣は、林の中にある半ば崩壊した小さな洞窟を利用して作られていた。入り口の辺りがやや崩れてしまっているが、ゆっくりが利用するには何の問題もなかった。それどころか、半壊した入り口は結果的に外気を遮断してくれ、また石などを積むことで外敵から守ることもできる優れた構造となっていた。しかも、ゆっくりが二匹並んで通れるかどうか、といった程度の入り口をくぐれば、中にはそれなりに広い空間が広がっている。各家族のおうちは、その中で元々あった穴や窪みなどに枯れ草を敷き詰めることで形成されていた。大きな巣穴の中に、各家庭のおうちがある、いわばアパートのようなものである。
南の島から来たまりさとれいむは、その中で奥まった位置にある横穴を巣として宛がわれていた。この場所は、入り口からの光がやや入りにくく、薄暗いものの、その代わり外気が直接当たらない位置にあった。これは、少しでも暖かい場所で暮らせるようにとの、群れからの配慮によるものだった。
「ただいま! れいむ? まりさが帰ってきたよ!」
れいむは、口の辺りまで汚れたピンク色の「ゆっくりの洋服」を引き上げ、編みかけの蔓と枯れ葉のシートに包まるようにして眠っていた。まりさの下半身(?)もまた、いわゆる「ゆっくりの洋服」で守られている。野良ゆっくりが飼いゆっくりを罵倒するときに、パンツと言われることもあるアレである。この群れはできるだけ人間の街には近づかないようにして生きていたが、わざわざ南の島出身のまりさとれいむのために、街のゴミ捨て場で捨てられていたのをもみじが入手してきてくれたのである。それは薄汚れてはいたものの、まりさたちを慣れない北の冷気から守るのに十分な働きをしてくれていた。
「……れいむ?」
まりさはれいむの背後に、既に完成したシートが数枚積み重ねられているのを見つけた。雑な作りであったが、下のシートよりも上に重ねられているシートの方が少しずつ精巧な作りになっていることが見て取れた。
冷気をしのぐために、そしてこれから来る長く厳しいという冬を乗り切るため、れいむはせっせと植物の蔓と枯れ葉でシートを編み続けていたのだ。寝るときに体を包んだり、熱を保つために床に敷くシーツというものは、南の島で生活していた頃には作ったことのないものであった(ありす種が似たような装飾品を作ることはあったが、れいむには縁の無いものであった)。恐らく苦戦もしたのだろう、ところどころ編み方がいい加減になっているものもあったが、今編み上げているものは、今まで作ったものよりも上手なように見受けられた。
「れいむを起こさないように、まりさはそ~っとごはんさんをお帽子から取り出すよ……」
まりさは帽子を脱ぎ、中に詰め込んだエノキタケ、クリタケといったキノコ、そしてキウイのようなサルナシの実を並べ、それを自分の分とれいむの分とに五分五分で分けた。乾燥させて保存するのに適してるのかどうか、まりさには判断がつかなかった上、特に量があるわけでもないので、自分たちで消費してしまうことにしたのだ。冬の前にしっかりごはんさんを食べておくことも大事だと、もみじは言っていた。
「ゆふ……? ゆ、まりさ帰って来ていたんだね……れいむゆっくりす~やす~やしていたよ……」
物音で目が覚めたのか、れいむがむくりと起き上がる。睡眠中に涎にまみれたその顔は、お世辞にも美ゆっくりとは言えないものであった。
まりさは、まだ子まりさであった頃から、自分のゆん生にそれなりに見切りをつけていた。
まりさは特にほかの個体よりも狩りが上手なわけではなく、綺麗な巣を作れるわけでもなく、また美ゆっくりでもなかった。とりあえず、狩りも営巣も一生懸命に取り組みはしたが、それ以上の長所は持ち合わせていなかった。だから、番の相手にもいろいろと求める気はなかった。子ゆっくりの世話ができて、普通の家庭を営む器量さえあれば良い。それがまりさの考えだった。
また、別の意味で、まりさは無意識のうちに、れいむを必要としていた。自分の価値を再確認させてくれる、自分よりも無能な存在、自分が支えなければいけない存在として。
「とてもゆっくりしたカーペットさんだね! それとも毛布さんかな?」
まりさは挨拶代わりに、れいむの作品を褒め称えた。それは別にお世辞ではなかった。
「ゆゆ~ん、れいむはゆっくり頑張ったんだよ!」
れいむは誇らしげに自分の作品を見せ付ける。まりさはにこにこと賞賛の言葉を繰り返し、ごはんさんを食べるよう、れいむに勧めた。
「む~しゃむ~しゃ……しあわすぇぇぇぇぇっ!! ずっと海のカニさんを食べられないのは残念だけど、これもとってもゆっくりしたごはんさんだよ! とってもゆっくりしているよ!」
れいむの食べっぷりを横目で見ながら、まりさも取ってきたごはんさんをむ~しゃむ~しゃする。
カニはれいむの好物だった。ここでも取れるといいのだが、未だかつてこの地でカニを目撃していなかった。もみじをはじめ、他のゆっくり達に聞いてみたこともあったが、どうやらこの群れでは水にすむ「ごはんさん」は集めていないらしい。海を知っている個体もいるが、遠くから眺める以上のことをしたことのある個体すらいなかった。
「ゆ?」
ふと、まりさは尿意を催した。
「まりさはちょっとしーしーしてくるよ! よーふくさんをぬぎぬぎして、まりさはくりすたるがいざーよりも清らかなしーしーをするよ! えヴぃあんもびっくりだよ!」
パンツならぬ、金地に黒文字で「全国制覇」と書かれた洋服をぷりんっと脱ぎ、まりさは巣の隅にある砂を敷き詰めた場所、トイレでじょぼじょぼじょろりんと放尿した。甘い臭いが辺りにぷわんと漂う。
どうやったらカニを手に入れられるだろう、そもそも手に入れられるのだろうか?
ふとまりさは放尿後の生暖かい法悦に浸りながら思考を巡らす。
そう言えば、この地に海はあるのだろうか? いや、そもそも自分たちはここに……
前述したように、この群れは林の中に住んでおり、この林は人間の街から少し離れた低い小さな山にある。南の島から来たまりさとれいむは、この街にフェリーに乗ってやって来た。この街は海に面しており、フェリーなどが入港する港のほか、小さな漁港も複数存在していた。
まりさは来る日も来る日も、鼻を効かせ、波の音に注意し、海への道を探った。そしてある日、とうとう海に出ることに成功した。そこは、釣り客以外に使われなくなって久しい、廃港だった。
「ま、まりさ? 一体どこに行こうっていうんですか? ゆっくり教えてください!」
早朝と呼ばれる時間帯が過ぎ、太陽がしっかりとその光を大地に向けて照射し始めている。まだどことなく、ひんやりとした日の出前の残り香が漂う中、まりさはとある場所へ向かって跳ねていた。意気揚々と跳ねていくまりさの後を、もみじの他、群れの主だったメンバーがついていく。そこは群れの行動範囲の中でも、特別食糧が豊富なわけでもないため、滅多に来ることないエリアだった。
「まりさはもみじに、みんなにゆっくりできるごはんさんを紹介するよ!」
この南の島から来たまりさは、特に狩りがうまいわけでも、何かを作ることに長けているわけでもない。ましてや、生えてる植物も、すんでる虫も、空の色も、風の臭いも違う、この異郷の地では、ネイティブのゆっくりたちの狩りに敵うわけがなかった。
しかし、そんなまりさも一つ、ここにいる誰よりも優れていることがあった。
南の島で馴染み深い、海での狩りである。
「こっちだよ! 海さんが低くなっているうちに、ゆっくりしないでこっちに来てね!」
まりさは廃港のひび割れたアスファルトの上をぽよんぽよんと跳ねて行く。それに戸惑いながらももみじ達が続く。まりさが目指しているのは浮き桟橋だった。浮き桟橋は小型船舶への乗り降りのための桟橋であり、その名の通り浮力でもって海面に浮いていた。そのため、潮の満ち引きに伴って、浮き桟橋の位置も上下するのだ。
まりさは、かつて両親や周りの大人達から潮と月の関係を教え込まれていた。お月様が真ん丸いとき、お月様がいなくなちゃったときは海さんが低くなる。ただし、その時間や海さんがどれくらい逃げるかはちょっとずつ変化していくということを。
これはかつて、海に近い場所に巣を構えていた群れの夜番、夜にすかーれっと種などの襲撃を警戒して見張りを行うゆっくりたちが発見したことだとされていた。もっともこの知識を身につけられるほどのおつむを持ったゆっくりは全体の二割にも満たず、その半分以上は、お月様がまんまるのときと、いないときの翌日、海を見に行くとごはんさんがとれるかも、くらいにしか把握していなかった。おまけに、新月と曇りで月が見えない状態を区別できない個体も珍しくはなかった。
このまりさも新月と曇りの区別がついていなかった。だから、満月にだけ注意を払っていた。月がまんまるに近づくと、毎日のように時間を割いては海を見ていた。そして、しっかりと潮が引く日を見定めていたのである。
「ここだよ! 落ちないようにゆっくりこっちに来てね!」
まりさは浮き桟橋へと続く、階段へと到達した。そっと下にある海面をうかがう。浮き桟橋の両側面のうち片方は海へ、もう片方は垂直に切り立ったコンクリート岸へ面している。このコンクリート壁は様々な付着生物によってびっしりと覆われていた。カキもイガイもフジツボも、人の手の入らないこの廃港ではびっくりするほど大きく成長している。これこそがまりさの求めていたものだった。
まりさは意を決すると、慎重に階段を降りていく。
「わふっ!? ま、まりさ、ここを降りていくのですか!? 危ないですよ!?」
潮が引き、海面が低下しているので、桟橋は低い位置にある。そしてそれは、桟橋に続く階段(桟橋に付属して設置されている金属製の階段であるため、その位置も海面に左右ならぬ上下される)が急勾配になることも意味していた。その上、この階段は人間のための階段である。例え、階段から落ちても桟橋の上に落ちるような設計になっていたが、そこはゆっくりである。ボールのように弾めば海、弾まなければべちゃりとつぶれる危険性があった。
「危険の無い狩りなんてどこにもないよ! 階段さんを飛べないゆっくりは上で待っていてね! おうちで家族が待ってるよ、無理はしないでね!」
そう注意を喚起しながらも、まりさはぽんぽんと階段を降り、浮き桟橋へと降り立った。浮き桟橋と壁面の間にはスペースがある、いやあったのだが、今ではイガイとカキの塊が発達したことで、ゆっくりが転落してしまうような空間はなくなっていた。
「まりさはゆっくり貝さんを採るよ!」
まりさは帽子の中から、使い慣れた道具、南の島で暮らしていた頃に拾ったなんだか分からない金属棒を取り出すと、それでイガイの貝殻を固定している足糸をぶちぶちと引き裂いていった。貝類の足糸は弾性に富み、ゆっくりの力では厄介な相手だが、まりさは金属棒を巧みに操って丁寧に糸を切り、抉り取るようにして塊からイガイを数個むしりとった。
「ゆゆ~ん! 久しぶりの海の幸だよ!」
そして、金属棒で貝殻を叩き割り、中身をほじくるようにして口に運ぶ。
「うっめ! これめっちゃうっめ!」
この季節のイガイは、産卵のために生殖巣が発達し、栄養も豊富だった。塩味はゆっくりにとって、決して優しい味ではなかったが、海の近くでの暮らしを代々営んできたまりさには気にならなかった。
「くぅぅぅぅっ! 久々の味だよぉぉぉぉっ! まりさの口の中で、海の女神様が下着をちらつかせてるよぉぉぉぉっ!」
まりさはなにやら訳の分からないことも叫びながら、涙を流し、久々の海の味に歓喜した。
「ゆゆ……あの黒いのはごはんさんなの?」
「ちぇんは食べたこと無いんだねー、分からないよー……」
「でも、あのまりさはすごくゆっくりしているよ!」
群れのゆっくりたちは初めて見る「ごはんさん」と、海に近づくこと、落ちたらゆっくりできなさそうな階段を降りていかなければいけないことに躊躇した。そのとき、もみじが口を開いた。
「ゆっくり聞いてくださいね……実を言うとまだまだ冬を越すためのごはんさんが足りません。物知りの長老さんによれば、どんぐりさんが少ないそうです……」
どんぐりをはじめ、堅果というのは毎年の生産量の変動が大きく、それによって、熊などの冬眠の成功率や栄養状態、人里への侵入頻度が決定されるとも言われている。
ゆっくり達は知らなかったが、今年は堅果の生産量が例年に比べてやや少なかったのだ。そのため、群れの食糧備蓄は、量的な面でまだまだ不安を残していた。
「ですから、食べれるものはなんでも試してみるべきだと思うのです……」
ゆっくりの冬眠の仕方は大きく分けて二種類とされている。冬が終わるまでずっと眠っているか、時折目覚めて食糧を摂取するか、である。他に凍ったまま冬をやり過ごす場合や、眠らずに冬を越す場合もあるというが、前者は冬眠と言っていいものかまだはっきりしておらず、後者は冬篭りとでも言うべきであろう。
この土地が、南から来る暖流の残滓に洗われているせいであろうか、ここの野生ゆっくりは時折目が覚めて食糧を摂取する方の冬眠を行っていた。そのため、冬の到来前に肥えておくこと、冬眠中の食糧を確保することの二点に注意を払わなければならなかった。
「れいむは珍しいごはんさんを食べないでこうかいっするよりも、食べてこうかいっする方を選ぶよ!」
「わかったよみょん! みょんは見慣れないごはんさんでも平気で食っちまうんだみょん!」
意を決した群れのゆっくり達は、次々と階段を降りていく。
「ゆゆぅ……」
だが、一匹の小さなありすが階段を降りることを躊躇していた。このありすはこの群れで生まれ育った個体である。まだ成体になったばかりで、体は小さく、この階段を降りたら戻ってこれないような気がしていたのだ。
「で、で、でもありしゅは……ありしゅは美味しいごはんさんをおなかいっぱい詰め込んで……」
小さなありすは顔を赤らめた。
「このありしゅには夢があるわ!」
小さなありすは勇気を出して跳ねた。階段を降りるためにだ。このありすの夢とは、世界中の美ゆっくりとすっきりすることだった。未だかつてもてたことはなかったが、成長すれば美ゆっくりになってもてまくる予定なのだ。世界中の美ゆっくりがありすのぺにぺにを待っているはずなのだ。
ぽふんと、無事、最初の一歩の着地に成功する。
「この一歩はちっちゃな一歩だけど! ありしゅにとっては夢のはじまりの偉大な一歩なのよー!」
そして二歩目を跳ねる。
「ゆぶっ!?」
滑った。
「おちょらを飛んでるみたぁぁぁびぶっ!!」
そして階段でバウンドした。
「ありじゅの! しらゆぎよりもぎれいな歯がばっぶっ!!?」
もういっちょバウンドした。
「ゆっぎゃあああ!! ありじゅのおべべ!? おべべがああああっ!!? ゆびゃっ!」
そして海へと消えた。小さなありすの夢は、冒頭にNGのみ撮影して終わってしまった。他のゆっくりは、南の島から来たまりさから食糧の取り方、食べ方の指導を受けていて、小さなありすの落下には気がつかなかった。もみじだけは、物音に気がつき周囲を見渡したが、波紋しか見つけられなかった。
「ここにあるのは、黒い貝さんと変な形の貝さんだよ! 昔、人間さんからいろいろ教えてもらったぱちゅりーが、イガイさんとカキさんって言うんだって教えてくれたよ!」
まりさは昔、自分が両親や周りのゆっくりから教えてもらったことを皆に一生懸命教えた。
岸壁からゆっくりの力でも取れそうな貝の大きさや選び方、貝の取り方、そして割り方。カニもいるにはいたが、残念ながらまりさ達の手、ならぬ舌の届く範囲にはいなかったので諦めざるを得なかった。
「ゆぁぁぁぁん! 口の中にうまみさんが広がるよ!!」
「ゆぎぃぃぃっ! これはしょっぱくてゆっくりしてないよっ!」
初めて食べる貝類の感想はそれぞれだった。だが、食べられないほどの味ではない、という感じが大方であった。
「もみじはどう? ゆっくりできる?」
まりさはもみじにも味を尋ねてみた。
「む~しゃむ~しゃ……わふふ……ちょっとしょっぱいような……ゆっくりできるとは思いますよ、ゆっくりありがとう、まりさ!」
「ゆゆ? どういたしましてだよ!」
まりさは複雑な笑みを浮かべた。本当は美味しい、こんなの食べたこと無いと喜んで欲しかったのだが、住んでる場所、今まで食べてきたものが違う以上そうもいかないのだろう。
まりさはその他、保存食として、水洗いした海藻を乾燥させて保存できないかを試してみることにし、その日は巣へと帰って行った。
「ゆゆ!? まりさ、愛しのれいむのために海のごはんさん取って来てくれたんだね! れいむかんっどうっだよ!」
れいむは久しぶりの海の味を心から喜び、そしてゆっくりしてくれた。
「む~しゃむ~しゃ……やっぱりまりさはとってもゆっくりしてるよ! くっちゃくっちゃ……れいむは……んぐんぐ……しあわせものだよ!……げっぷ!」
「ゆぅ~ん、れいむは調子がいいんだから……」
まりさは頬を緩めた。
れいむはその時の機嫌によって、同じ行動に対しても罵倒したり、賞賛したりする。もちろん、感情がある以上、態度や行動といったものはある程度の振幅をもって展開されるものだが、れいむの場合、それが理不尽なくらい激しいことがあるのだ。
それは時折、ゆっくりできないゆっくりと見なされてしまうこともあるが、そこはまりさには、ずっとゆっくりしようと決めた段階で折込済みだった。
いつもゆっくりできないのはイヤだが、たまにゆっくりできないくらい我慢できる。れいむは子ゆっくりの世話や、おうちの掃除はしっかりするし、狩りも一応できる。
自分の感情の上下さえ抑えられれば、何が起きても平穏な生活ができる。まりさはずっとそうやって生きてきたのだった。れいむが罵声をばら撒き始めたら、やり過ごし、時間の経過を待てば良いのだ。
「れいむ、今日は海に行ってきてね……」
その日、まりさはれいむとここの冷たくて灰色の海について語らいあった。
つづく
作:神奈子さまの一信徒
群れ 自然界 現代 独自設定 うんしー ぺにまむ 続き物の一作目です
※続きものの一作目です。ここでは完結しませんので、ご注意ください。
ここはとある北の港。かつては大小様々な漁船や、各地からの定期フェリー、はるか海の向こう側の異国からやってくる貨物船などが盛んに入港する、この辺りの物流の一大拠点であった。
しかし、時代は移り変わり、今ではぽつりぽつりと小型漁船が出入りし、便数の少ないフェリーや錆びに錆びた貨物船がたまにやって来るくらいであった。
この港に、はるか南の島からのフェリーが入港したのは、一週間ぶりであろうか? 冬が近づくと航路が悪天候に脅かされるため、ただでさえ少ないフェリーの便数はさらに不定期なものとなる。フェリーの船体にも、また乗客の人数にも往事の面影はない。それでも、少なからぬ乗船客や、彼らの乗る自動車が次々と接岸したフェリーから降りていった。
「てめえら!どこから入ったんだ!!?」
男の怒号が響いたのは、フェリーからさほど離れていない路肩であった。
「ゆぶっ!!」
「ぶびゃあっ!?」
男の自動車から、れいむとまりさの番が叩き出される。二匹のゆっくりのお飾りはすっかりくたびれており、その髪もぱさぱさであった。ペットショップで売られているつやつやの個体と比べるほうが可哀想、といったところであろうか。
「どぼじでごんなごどずるのおおおっ!!? れいぶはかわびっ!」
「うるせぇ! 汚らしい饅頭めっ!! 饅頭に謝れっ!!」
男の蹴りがきれいに親れいむの顔面にクリーンヒットする。今ので前歯がへし折れたようだ。
「ゆひっ!? ゆぶぬぁぁぁぁぁっ!! でいぶのせらふぃむもびっぐりのえんじぇるずまいるがぁぁぁぁっ!!」
男は、フェリーの目的地である風光明媚な南の島を車で走り回り、各地で風景写真を、そのこだわりのレンズに収めてきた。このゆっくり一家は、男が島で自動車を降りた隙に、狩りで疲れた体を休める場所として、何も知らずに自動車に潜り込んで眠ってしまっていたのである。
男は整理整頓が得意なほうではなく、自動車の中は男の撮影機材や、寝袋をはじめ車内宿泊用の寝具や携帯食、衣類などであふれ返っており、その中に潜り込むようにして眠っていたゆっくりに気がつかなかった。そして、いざ、船から降りる段になって、自分の車の中ででもぞもぞとうごめく、汚い饅頭がいることに気がついたのだ。
「ここはまりさとれいむが見つけたゆっくりぷれいすなんだよ!!」
へたれた帽子を被ったまりさが抗議の声を上げる。
「人の車ん中うんうんまみれにしやがって!」
「ゆぎゅべっ!?」
男はまりさの抗議を無視するかのように、その腹部に蹴りをかました。まりさはまるでスーパーボールのように吹っ飛び、道路脇の草むらに叩きつけられた。
「ゆげ!!! ゆげぇぇぇっ!!! あんござん!!? まりざの大事なあんござんっ!!!」
当たり所が悪かったのか、まりさはごぷりと餡子を吐いてしまった。
「やめてね!! れいむたちにひどいことじないでねっ!! れいむはやめよーって言ったんだよ!」
「おかーさんをよくも! おとーさんをよくも!! 」
男は車の方へと振り返った。ゆっくりがもう一匹、この番の子供であろう子まりさが、車内の毛布の中から出て来たのだ。子まりさは両親を守るべく、車から道路に飛び降りと、男に対する非難の声を挙げた。
「どうしてにんげんしゃんはゆっくりできないのっ!? このまりさがゆっくりできないにんげんさっ!!?」
「うるせい!!」
男は蹴りではなく、大きく振り上げた足を上から子まりさに叩きつけた。勝手に他人の車に乗り込んだ挙句避難がましくぴーぴー叫ぶ子まりさを、男は許さなかった。
「ゆぶぐ!!?……」
大した抵抗もなく、子まりさはぺっちゃりと潰れ、餡子が飛び散った。隣で抗議の声を上げていた親れいむの頬に何か飛び散ったものが張り付く。
「ゆ?……れ……れ……れいむのでぃ・もーると可愛いおちびぢゃああああああああ……!?」
「やかましい!!」
「ぶ!?」
親れいむもまた、横合いから蹴りを入れられ、阿呆みたいに草むらへと飛んでいった。
「ヴォケくそ饅頭がっ! お前ら饅頭に謝れ! 餡子に謝れ! せっかくの旅行の最後でケチがついたぜ……」
男はゆっくり一家を一発ずつ吹っ飛ばすと、さっさと自動車を発進させてしまった。先を急いでいるのか、饅頭にかまっている時間が惜しかったようだ。
「どぼじでまりざがごんなめにあばなぎゃいげないのおおおおおおっ!? まりざはゆっくりぷれいずでゆっくりしだがっだだけなんだよおおおおおっ!!」
「ゆぎいいいい!! なんじぇえええ!! なんじぇれいびゅのがばびびおぢびぢゃんえいえんにゆっぐりじぢゃっだのおおおっ!! なおっでね!! れいびゅにいじわるしないで、おぢびぢゃんなおっでね!!」
だが、このれいむは自分達の幸運を神々に感謝すべきであろう。似たような状況で家族全員が潰されて死んでいったケースは珍しくもないのだから。
「おぢんびぢゃああああん!! まりざの!! まりざのおぢびぢゃあああんっ!!!」
ようやく子まりさの現状を認識したまりさが危なっかしい足取りで、子まりさだったものへと跳ね寄っていく。
それはもはやただの餡塊だった。潰れた帽子と飛び出た眼球が残っていなければ、何も知らないゆっくりはそれが同族であることすら気付くことができないであろう。
「ゆあああああんっ!! ゆあああああんっ!! あんなにがばびびおぢびぢゃんがああああ゛っ!!」
子まりさは親まりさに良く懐いていた。ある種の小生意気さ、無鉄砲さといった子供によくある欠点をたくさん抱えてはいたが、それでも家族思いな子であり、狩りの練習にも一生懸命に打ち込む、将来が楽しみな子であった。
「……おぢびぢゃん……」
まりさの番であるれいむはがっくりとうなだれ、もはや泣き叫ぶ元気もないようだった。泣き叫ぶ番と可愛い我が子だったものを、じっと見つめていた。
「ゆゆぅ……?」
かつて経験したことのないような冷たい大気がれいむの肌をざらりと撫で、はっとれいむは辺りの異常さに気がついた。
母れいむは周囲を見回してみた。
ここがどこかはさっぱり分からなかったが、自分達の知らない場所であることは理解できた。かつて、自分たちが暮らしていた色鮮やかな花々が咲き乱れる林も、湿潤な大気に包まれた緑あふれる森も、まりさが様々な食物や宝物を拾ってきてくれた真っ白な砂浜も、陽光を容赦なく反射する明るい色彩の海もそこにはなかった。
そこにあるのは、自分達が見てきた海とは似ても似つかない落ち着いた、いや不気味な灰色の海、コンクリートで覆われた見慣れない構造物、背後に広がる燃えるような色合いの木々、そして、身を切るような恐ろしく冷たい大気であった。
「しゃぶううううういいいいいいいっ!! さぶいよっ!? こんなんじゃゆっぐりできないよっ!!」
「どぼじでごんなにさぶいのおおおおっ!?」
そのすぐ横を一台の自動車が派手に排気ガスと粉塵を巻き上げながら通り過ぎていく。大きな人間の町のない場所で生まれ育ったまりさとれいむは思わず咳き込んでしまった。
「ゆゆ~……にんげんさんの町はゆっぐりしてないよ!! だからでいぶたちは森の中でゆっぐりするよ!! おちびぢゃん! ままについてぎてね!!」
そこまで言って、れいむははっとした。おちびちゃんはつい先ほど永遠にゆっくりしてしまったのだった。
「れいむ?……おちびちゃんはもういないよ……」
「……ほら!! まりさもぐずぐずしないでいぐんだよっ!!」
「ゆぐっ、ゆぐっ……なんで? どうして、まりさは……まりさたちは……こんなとこに……」
こうして、南の温暖な海流によってもたらされる温暖湿潤な気候、一年を通して得られる豊かな食糧資源とともに生きてきたまりさとれいむはこの地に降り立った。
故郷から二千キロ以上離れた、寒流に洗われる寒冷な北の大地に。
『遠い海から来たゆっくり 異郷にて』
「ゆぅ~なんだかゆっぐりじでない森ざんだよ……」
そこはまりさとれいむの知っている「森」とはかけ離れたところだった。
青々と生い茂っているはずの葉は赤や黄色、褐色に染まり、舞い散っていた。枝に残っている葉もまるで枯れ葉のように生気がない。森にあるわずかな緑は、年老いた樹木や地面にへばりつくように広がっている苔の、くすんだ冷たい緑色だけであった。そして、何よりもいまだかつて味わったことのないような、冷たく、乾燥した風がまりさとれいむの肌の感覚を容赦なく抉っていく。
「ゆ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛!!! ざむい! ざむいよぉぉぉっ!!! かぜざんどぼじでれいむをゆっぐりざぜでぐれないぼぼぼぼぼ……」
れいむはかつて感じたことの無い寒さに歯をガタガタと震わせていた。
「ゆっくしゅっ!! ゆ~っくっしゅっ!!」
まりさは、慣れない寒風が刺激となるのか、くしゃみを繰り返している。その顔は子まりさのために流した涙とくしゃみで飛び散った唾液、要するに砂糖水でぐしゃぐしゃだった。
「まりさ! はやくれいむがゆっくりできるゆっくりぷれいすをさがしてきでね!! ゆっくりしなくていいよ!」
とうとう跳ねるのに疲れてしまったれいむは、まりさに厄介ごとを押し付けようとし始めた。このれいむ、家庭の運営や狩りに関して決して無能ではないのだが、めんどくさがり屋な上に気分屋であり、特に疲れた時や、作業に飽きた時などは、夫であるまりさに当り散らすことがあった。
「ゆ……?……ゆゆぅ……ちょっと待ってほしいよ…まりさも寒くてあんよが……」
「なに言ってるの!? れいむがかわいぐないの!!? れいむがゆっくりできなくて、それでまりさはゆっくりできるの!!? ゆっくりしないで、ゆっくりぷれいすを探してきてね!!」
唾を飛ばしながら大声で喚きたてるように指示するにれいむ対して、まりさは最早抵抗することを諦めていた。
「ゆはぁ……ゆっくり理解したよ……」
人間で言うならば、がっくりと肩を落としたような仕種をしてから、まりさは森のさらに奥へと跳ねていった。
「ゆ~、ゆっくりしないで頑張ってね! ……ゆゆ、れいむは気分転換におうたでも歌ってゆっぐりするよ! ゆゆ~♪ うますぎてごめんね! ぷりまべっらでごめんね!」
ちなみにれいむはお歌も致命的に下手糞だった。せっせと跳ねるまりさの後方からは、単調なすかしっぺにエコーをかけたような何かが聞こえてくる。多分、ヘ短調だろう。あれを「歌」と呼んでいいのならば、蚊の羽音は一流オーケストラの黄金の調べに、暴走族のクラクションはモダンな感性に磨きぬかれたユーロビートなるだろう。
「ゆぅ、どうしようここは全然ゆっくりできなさそうだよぅ…」
まりさはそれからしばらく、森の中を健気に跳ねていたが、巣どころか、仮泊できそうな場所すらなかなか見つからなかった。辛うじて幾つか、切り株や地面の穴を見つけたものの、二匹で夜露を明かすには狭すぎた。
日は次第に西に傾き、心なしか冷気が天空から降りて来つつあるように感じられた。おまけに車の中に閉じ込められていた間は、まりさの帽子の中にあった食糧と、少量の菓子屑のようなものしか食べていなかったため、次第に空腹がゆっくりできないレベルになりつつある。
途中、空腹に絶えかねて、落ちている赤やら黄色の葉を食べたが、とてもゆっくりできる味ではなかった。
「ゆぅ……なんでまりさはこんなところにいるんだろう……ゆぅ……」
そもそもが、あの見慣れない「おうち」で眠ったことが間違いだったのだ。いや、それよりも、そもそもあんな遠くへでかけたのが悪かったのだろう。
まりさ達は、元々住んでいた南の島の森から出たことはほとんどなかった。南の島の豊かな実りの中では、夏場や夕方の豪雨、夜に行動する捕食者にさえ気をつけていれば、それなりにゆっくりした生活ができるのだ。
しかし、ある日、まりさは島の浜辺でとても綺麗な貝を見つけた。それは金属質の青い光を放つ、かつて見たことの無い素晴らしい宝物だった。それは、夜光貝の破片だったのだ。
まりさはそれを家族へのお土産とした。そして家族は喜んでくれた。子ゆっくりたちは、宝物を見つけてきた父まりさを尊敬し、番であるれいむも感動して、とてもゆっくりできる賞賛の言葉をくれたものだった。
次の瞬間、れいむは提案した、みんなで浜辺にピクニックに行こう、と。
れいむは、子ゆっくりたちに外で遊ばせてあげたかったのだろうか? みんなで一緒に行動する時間を欲しいと望んだのだろうか? それとも、実は夜光貝の美しさに目がくらみ、もっと欲しいと物欲に駆られたのだろうか?
今となっては知る由もないが、まりさはみんなとピクニックにでかけた。このまりさは自己評価が低い、という性格を持っており、いつになく父親として認められたことが嬉しかったのだ。
それが悲劇の原因だったのだ。きっとそうだ、いつになく調子に乗ったからだ。調子に乗ると、いつもいつも悪いことが起こる。分かりきっていたことなのに……
まりさはそう思い、天を見上げた。夕焼けに染まった空は、東から徐々に夜の先駆け、藍色の空に侵食されつつあった。
「ゆふぅ……まりさのゆん生って何なんだろう……やっぱり、こんなもんなのかな……」
可愛がっていた子まりさの死を悼む暇さえなく、まりさはせっせと今夜の寝床を探さなければならない。今日何度目か分からないため息をついた後、まりさは再び見知らぬ土地を跳ね始めた。そのときであった。
「わふふっ!! 見慣れないまりさですね! ゆっくりしていってください!! もみじはもみじですよ!」
そこに現れたのは、この地に棲息している野生のもみじ種であった。野生生活で汚れていながらも、艶のある雪のように白い毛並み、そしてピンと元気良く立った尻尾が、このもみじが栄養状態のいい個体であることを物語っている。
「ゆひっ!? ゆ……ゆ……」
まりさはびっくりしてしまい、挨拶すら口から出すことができずどもってしまった。元来、このまりさは人付き合いならぬ、ゆっくり付き合いは苦手な方であった。長年付き合いのある友達や家族ならともかく、それ以外とはゆっくり話すこともままならない不器用な面があった。
「?……どうしました? わふぅ? まりさ?」
もみじは戸惑うまりさの様子をまるで気にもしていないかのように、ニコニコと問いかけてくる。
「ま、まりさはまりさぁだよ……ゆ……ゆゆっゆっくりしていってね!!」
あたふたしながらも、まりさはなんとか返事を返すことができた。
「ゆっくりしていってください~!! まりさはどこから来たんです? どうしてこんなとこにいるんです? この辺りに他の群れのゆっくりが来るなんて珍しいですよ!」
まりさはまごまごしながらも、なんとか自分たちの境遇をもみじに説明した。元々はこことは違う、海に囲まれたあったかい場所で生活していたこと、れいむと番になり、子まりさを授かったこと、理由は良く分からないが、人間さんにここへ連れてこられたこと、ゆっくりできない人間さんにひどい目に合わされ、子まりさが永遠にゆっくりしてしまったこと、家族みんなでゆっくりできる場所を探していること……
「くぅ~ん……それはとてもゆっくりできないです……お子さんのご冥福をお祈りしますね……く~ん」
「ゆぅ……おちびちゃ……まりさのおちび……ゆぐ……ゆええ……」
他人に話すことで、辛い思い出を脳内で再上映してしまい、思わず涙ぐむまりさ。もみじは一通りまりさの嘆きを聞き、その境遇に同情した。
「それにしても、まりさたちは海のずっと向こうから来たんですね~!! すごいです!! でも、ゆっくりぷれいすに帰れないなんてゆっくりできないですね……く~ん……そうだ! もみじの群れでゆっくりしていくといいですよ、ゆっくり元気になってください! ゆっくりしていってくれますか?」
「ゆゆ!? それはとってもゆっくりできる考えだよ!……でも、本当にいいの? まりさがゆっくりしていっても、もみじゆっくりできるの?」
もみじは、一瞬、まりさが何を言っているのか分からないとでも言いたげな表情をした。その尻尾もぱたんぱたんと困惑気味に振られている。
「わふ?……もみじも群れのみんなもいつだってゆっくりしていますよ! きっとまりさもゆっくりできますよ!!」
「ゆゆぅ!! あ、ありがたくゆっくりするよ!!」
まりさはもみじに笑顔で感謝の意を表する。まりさは部外者を快く受け入れてくれたこのもみじに会えたことを喜んだが、それも一時のことだった。まりさはぬか喜びが大嫌いだった。期待はしてはいけないのだ。自分のゆん生で物事がうまくいったときは、必ずその後に支払いの時間が来ることになっているのだ。
もみじはまりさたちの事情を説明し、群れの主たるメンバーの了解を得た。そして、はるか彼方の南国から来たまりさとれいむは、当面、このもみじの群れの一員として暮らしていくことになった。
「わふ! ほら見てください、まりさ! どんぐりさんがいっぱいですよ!」
もみじは自慢の鼻を利かせて、テキパキと秋の野山で食糧を見つけていく。南の島から来たまりさは跳ねるもみじの後をついていくだけで精一杯だった。
まりさが跳ねる度に、赤や黄色、褐色の枯れ葉がかさりかさりと音を立てる。それは、まりさにとっては新しい発見であり、まりさはこの音が大好きだった。南の島にも枯れ葉はある。しかし、これほど厚く、まるでカーペットのように積もってはいない。この鮮やかさと渋さを併せ持った色調のカーペットの上を飛び跳ねる感触、この軽くて愉快な音、まりさはそれらによってとてもゆっくりした気持ちになることができた。
だが、今はそれどころではない。まりさは、どんぐりを見つけて興奮しているもみじに置いていかれないよう、必死に跳ねた。
もみじ種は全身が真っ白な毛で覆われたゆっくりで、特に臭いに対して敏感なゆっくりである。一部のゆっくり駆除業者では、よく訓練されたもみじ種が巣穴の特定に活用されているほどだ。自分よりも上位と認めたものに対しては極めて忠実であり(稀に、自分より上位のものを自分と同列かそれ以下に叩き落して、惨めさを味あわせることに喜びを見出すゲスもみじも報告されてはいる)、みょん種ほどではないものの、枝や釘といった武器の取り扱いにも優れている。そのため、群れの中では早期警戒+迎撃の任務につくことが多いと言われていた。この群れでは、どういうわけか長の座についているもみじであったが、食糧収集から見回りまで、何でも率先して行うもみじは周囲からとても信頼されていた。
そして、まりさとれいむが来て以降、北国での生活に慣れないまりさの狩りに同行して、いろいろなことをまりさに教えていたのだった。
「ゆゆ~、もみじはとてもゆっくりしているね! こんなにたくさんのご飯さんをあっという間に見つけるなんて、まりさには無理だよ! そんけーっするよ!」
それは心からの言葉だった。まりさは長として信頼され、生活能力も高いもみじを尊敬していた。そして、新参者である自分達を何かと気にかけてくれるもみじに心から感謝していた。
「そんなことないですよ!」
そう謙遜しながらも、もみじの尻尾は派手に振られていた。褒められて悪い気はしないのだろう。
「それよりもどんぐりさんをたくさん持ち帰りましょう! 冬を越すにはごはんさんがいっぱいいっぱい必要です!」
まりさには想像もつかないことだが、このもみじが言うには、この辺りでは冬は何もできず、ただじっと巣の中で眠っていなければいけないらしい。しかも狩りをすることもできず、貯めておいたものでちまちまと生活しないといけないとのことだった。
「ゆゆ? まだ足りないんだね……ゆぅ……ゆっくり頑張るよ」
冬の間何も出来ない、巣の外にも出れない。
それは南国出身のまりさには信じられないことであったが、ここのゆっくりはみんな冬に備えてせっせと食糧を集めていた。ならば本当のことなのだろう。まりさに出来ることは、いろいろを気を使ってくれるもみじの提言を入れて、せっせと食糧を集めることだけだった。
ふと、まりさが何かに気付いたかのように顔を上げた。
「ゆゆ!……すんすん……きのこさんの臭いがするよ! この辺りにきのこさんがあるよ!!」
まりさは目の色を変えて周囲をきょろきょろと見渡す。まりさ種の嗅覚はもみじ種のそれには及ばないが、大好物であるきのこ類に対してはまた別である。
「こっちだよ! こっちにきのこさんがいるよ! ゆっくりしないで出て来てね!」
まりさはお尻をふりふりしながら、辺りの落ち葉を蹴散らしていく。そこから出てきたのは、落葉に包まれるようにしてにょきにょきと生えたハナイグチ、別名落葉キノコであった。
「ゆわあああああんっ! きのこさんだよおおおっ!」
興奮のあまり、柄にもなく絶叫するまりさ。あまりにも興奮しすぎたのか、その両目からは涙があふれ、そのぺにぺにも空に向けていきり立ってしまっていた。
「よ、よかったですねまりさ! これでちょっとゆっくりできますね!」
まりさの狂喜乱舞ぶりに引きながらも、もみじはまりさを労った。
「もみじにも半分あげるよ! もみじはまりさをとてもゆっくりさせてくれるいい長だよ、ともだちだよ! 是非もみじにも美味しいきのこさんを味わって欲しいよ!」
「わふ? いいんですか?」
「ゆふん、まりさに二言はないよ!」
まりさは、このもみじに恩返しがしたかった。
「ゆっくりありがとう! まりさは本当にゆっくりしていますね!」
「ゆゆ……」
もみじの真っ直ぐな瞳と褒め言葉は、自己評価の低いまりさにとっては痒くて痒くてたまらなかった。だが、嬉しかった。
たくさんのどんぐりときのこを拾い、お飾りや口の中に詰め込んだまりさともみじは慎重に跳ねながら帰途についた。そして、その食糧を群れの備蓄分と、各々の取り分とで折半する。
そこでまりさは見たことのない光景を見た。普通種のゆっくり達が、なにやら見たことのない緑色のゆっくりを口に入れて運んでいるのである。彼らは外の明るい場所、日光の当たる場所に移動すると、口の中からそのゆっくりを取り出して放置した。
「もみじ、あれ! あれは何をしているの?」
まりさは思わずもみじに尋ねてみた。
「わふ? まりさは見たことがないのですか? あれはきすめですよ、お日様に当ててやらないと永遠にゆっくりしてしまうんです」
「ゆゆゆ!?」
聞いたことのないゆっくりだった。いや、そもそもゆっくりなのだろうか、と思いまりさは首を捻った(首はないのだが)。無理もないことである。きすめ種はまりさがやって来た南方の諸島部には、元々生息していないゆっくりである(一部、人為的に持ち込まれたエリアがあるとも言われている)。
その特徴は緑色の鮮やかな髪であり、また、成体になると地面の窪みや岩などに固着して生活していることでも知られている。すっぽりと収まる快適な固着場所を求めて人家に来ることもある。一部では観賞用に植木鉢や桶などに固着させたきすめがペットショップや花屋に出回っていることもあるようだ。
実はこの緑色の髪こそが、その興味深い生態を支えているのである。きすめ種はこの髪の中に多数の葉緑体を所持しており、これに光合成を行わせることで栄養となる糖分を摂取しているのだ。
きすめ種は母体から生まれたときに、母から葉緑体の一部を分けてもらう。しかし、これはごく少量であり、その髪の色は淡く、半透明の緑色を呈しているに過ぎない。まだ幼い段階のきすめ種は成体に比べて活発に動き回ることができ、その間に植物から葉緑体を摂取、これを自分のものとして髪の中に取り入れるのだ。これは盗葉緑体と呼ばれる現象であり、一部のウミウシでも見られ、現在、摂取した葉緑体をどのように自己の物としているのか、この盗んだ葉緑体にエネルギー消費量のどれくらいを依存しているのか、研究が進められている。
そして、きすめ種は成体になる頃には、長く伸びたそのツインテールにたくさんの葉緑体を抱え、水辺の近くにさえいれば、ほとんど食糧を摂取しなくてもゆっくり生活できるようになるのである(その代わり、伸びた髪が重いのか、移動能力が退化するのか、成長したきすめ種はゆっくり這い回ることしかできなくなる)。
「ゆゆ~? つまりこの群れではきすめの世話をしているの?」
もみじからきすめについて一通り説明を受けたまりさはそう尋ねた。きすめを運んでいるゆっくり達はきすめの親には見えず、親が子を運ぶという見慣れた光景ではないように見えたからだ。
「きすめをゆっくりさせてあげると、きすめはごはんさんをくれるんですよ!」
「ゆゆっ!?」
もみじによると、この群れでは春~秋にかけて、自力での移動力に乏しいきすめを、日当たりの良い場所と水辺を往復させ、夜は安全な洞窟内に運び込むことで、きすめをゆっくりさせているとのことだった。そして、その見返りとして、冬~春の間、良く伸びたきすめの髪を少しずつむ~しゃむしゃさせてもらっているとのことだった。
「ゆっくりの髪の毛をむ~しゃむ~しゃするのっ!? それはゆっくりできないよ!!」
まりさの驚きに対して、もみじは困ったような顔をした。
「そうかもしれませんね、でも、ここはずっとそうやってゆっくりしてきたんですよ! いろいろなごはんさんを用意しないとゆっくりできなくなってしまうんです! ゆっくり理解してくださいね?」
はるか南の島から来たまりさとれいむは、この群れが一体なぜそこまで冬を過ごすために、一生懸命食糧を備蓄しているのか、理解できていなかった。南の島でも時折あるように、長い雨や台風のような悪天候(お空があっぷっぷ!)で狩りができない、そんな時間を乗り切るために備蓄しているのだろう。それにしてはやりすぎではないか? この辺りでは、そんなにお空があっぷっぷ!が長く続くのだろうか?
まりさが思考を巡らすことができたのは(無理も無いことではあるが)、それくらいまでであった。
だが、みんな必死にごはんさんを集めている。ならば、まりさも頑張ろう。れいむとまりさがゆっくりできる分を確保し、群れの備蓄に回す分も確保する。それがきっともみじへの恩返しになる。
このまりさは人見知りのする性格であったが、一度何らかの形で受けた恩は忘れない。そんな義理堅い性格をしていた。
その日、少しはこの地での生活に慣れてきたまりさは、帽子一杯のきのことサルナシの実を持って巣へと帰って来た。
このもみじ率いる群れの巣は、林の中にある半ば崩壊した小さな洞窟を利用して作られていた。入り口の辺りがやや崩れてしまっているが、ゆっくりが利用するには何の問題もなかった。それどころか、半壊した入り口は結果的に外気を遮断してくれ、また石などを積むことで外敵から守ることもできる優れた構造となっていた。しかも、ゆっくりが二匹並んで通れるかどうか、といった程度の入り口をくぐれば、中にはそれなりに広い空間が広がっている。各家族のおうちは、その中で元々あった穴や窪みなどに枯れ草を敷き詰めることで形成されていた。大きな巣穴の中に、各家庭のおうちがある、いわばアパートのようなものである。
南の島から来たまりさとれいむは、その中で奥まった位置にある横穴を巣として宛がわれていた。この場所は、入り口からの光がやや入りにくく、薄暗いものの、その代わり外気が直接当たらない位置にあった。これは、少しでも暖かい場所で暮らせるようにとの、群れからの配慮によるものだった。
「ただいま! れいむ? まりさが帰ってきたよ!」
れいむは、口の辺りまで汚れたピンク色の「ゆっくりの洋服」を引き上げ、編みかけの蔓と枯れ葉のシートに包まるようにして眠っていた。まりさの下半身(?)もまた、いわゆる「ゆっくりの洋服」で守られている。野良ゆっくりが飼いゆっくりを罵倒するときに、パンツと言われることもあるアレである。この群れはできるだけ人間の街には近づかないようにして生きていたが、わざわざ南の島出身のまりさとれいむのために、街のゴミ捨て場で捨てられていたのをもみじが入手してきてくれたのである。それは薄汚れてはいたものの、まりさたちを慣れない北の冷気から守るのに十分な働きをしてくれていた。
「……れいむ?」
まりさはれいむの背後に、既に完成したシートが数枚積み重ねられているのを見つけた。雑な作りであったが、下のシートよりも上に重ねられているシートの方が少しずつ精巧な作りになっていることが見て取れた。
冷気をしのぐために、そしてこれから来る長く厳しいという冬を乗り切るため、れいむはせっせと植物の蔓と枯れ葉でシートを編み続けていたのだ。寝るときに体を包んだり、熱を保つために床に敷くシーツというものは、南の島で生活していた頃には作ったことのないものであった(ありす種が似たような装飾品を作ることはあったが、れいむには縁の無いものであった)。恐らく苦戦もしたのだろう、ところどころ編み方がいい加減になっているものもあったが、今編み上げているものは、今まで作ったものよりも上手なように見受けられた。
「れいむを起こさないように、まりさはそ~っとごはんさんをお帽子から取り出すよ……」
まりさは帽子を脱ぎ、中に詰め込んだエノキタケ、クリタケといったキノコ、そしてキウイのようなサルナシの実を並べ、それを自分の分とれいむの分とに五分五分で分けた。乾燥させて保存するのに適してるのかどうか、まりさには判断がつかなかった上、特に量があるわけでもないので、自分たちで消費してしまうことにしたのだ。冬の前にしっかりごはんさんを食べておくことも大事だと、もみじは言っていた。
「ゆふ……? ゆ、まりさ帰って来ていたんだね……れいむゆっくりす~やす~やしていたよ……」
物音で目が覚めたのか、れいむがむくりと起き上がる。睡眠中に涎にまみれたその顔は、お世辞にも美ゆっくりとは言えないものであった。
まりさは、まだ子まりさであった頃から、自分のゆん生にそれなりに見切りをつけていた。
まりさは特にほかの個体よりも狩りが上手なわけではなく、綺麗な巣を作れるわけでもなく、また美ゆっくりでもなかった。とりあえず、狩りも営巣も一生懸命に取り組みはしたが、それ以上の長所は持ち合わせていなかった。だから、番の相手にもいろいろと求める気はなかった。子ゆっくりの世話ができて、普通の家庭を営む器量さえあれば良い。それがまりさの考えだった。
また、別の意味で、まりさは無意識のうちに、れいむを必要としていた。自分の価値を再確認させてくれる、自分よりも無能な存在、自分が支えなければいけない存在として。
「とてもゆっくりしたカーペットさんだね! それとも毛布さんかな?」
まりさは挨拶代わりに、れいむの作品を褒め称えた。それは別にお世辞ではなかった。
「ゆゆ~ん、れいむはゆっくり頑張ったんだよ!」
れいむは誇らしげに自分の作品を見せ付ける。まりさはにこにこと賞賛の言葉を繰り返し、ごはんさんを食べるよう、れいむに勧めた。
「む~しゃむ~しゃ……しあわすぇぇぇぇぇっ!! ずっと海のカニさんを食べられないのは残念だけど、これもとってもゆっくりしたごはんさんだよ! とってもゆっくりしているよ!」
れいむの食べっぷりを横目で見ながら、まりさも取ってきたごはんさんをむ~しゃむ~しゃする。
カニはれいむの好物だった。ここでも取れるといいのだが、未だかつてこの地でカニを目撃していなかった。もみじをはじめ、他のゆっくり達に聞いてみたこともあったが、どうやらこの群れでは水にすむ「ごはんさん」は集めていないらしい。海を知っている個体もいるが、遠くから眺める以上のことをしたことのある個体すらいなかった。
「ゆ?」
ふと、まりさは尿意を催した。
「まりさはちょっとしーしーしてくるよ! よーふくさんをぬぎぬぎして、まりさはくりすたるがいざーよりも清らかなしーしーをするよ! えヴぃあんもびっくりだよ!」
パンツならぬ、金地に黒文字で「全国制覇」と書かれた洋服をぷりんっと脱ぎ、まりさは巣の隅にある砂を敷き詰めた場所、トイレでじょぼじょぼじょろりんと放尿した。甘い臭いが辺りにぷわんと漂う。
どうやったらカニを手に入れられるだろう、そもそも手に入れられるのだろうか?
ふとまりさは放尿後の生暖かい法悦に浸りながら思考を巡らす。
そう言えば、この地に海はあるのだろうか? いや、そもそも自分たちはここに……
前述したように、この群れは林の中に住んでおり、この林は人間の街から少し離れた低い小さな山にある。南の島から来たまりさとれいむは、この街にフェリーに乗ってやって来た。この街は海に面しており、フェリーなどが入港する港のほか、小さな漁港も複数存在していた。
まりさは来る日も来る日も、鼻を効かせ、波の音に注意し、海への道を探った。そしてある日、とうとう海に出ることに成功した。そこは、釣り客以外に使われなくなって久しい、廃港だった。
「ま、まりさ? 一体どこに行こうっていうんですか? ゆっくり教えてください!」
早朝と呼ばれる時間帯が過ぎ、太陽がしっかりとその光を大地に向けて照射し始めている。まだどことなく、ひんやりとした日の出前の残り香が漂う中、まりさはとある場所へ向かって跳ねていた。意気揚々と跳ねていくまりさの後を、もみじの他、群れの主だったメンバーがついていく。そこは群れの行動範囲の中でも、特別食糧が豊富なわけでもないため、滅多に来ることないエリアだった。
「まりさはもみじに、みんなにゆっくりできるごはんさんを紹介するよ!」
この南の島から来たまりさは、特に狩りがうまいわけでも、何かを作ることに長けているわけでもない。ましてや、生えてる植物も、すんでる虫も、空の色も、風の臭いも違う、この異郷の地では、ネイティブのゆっくりたちの狩りに敵うわけがなかった。
しかし、そんなまりさも一つ、ここにいる誰よりも優れていることがあった。
南の島で馴染み深い、海での狩りである。
「こっちだよ! 海さんが低くなっているうちに、ゆっくりしないでこっちに来てね!」
まりさは廃港のひび割れたアスファルトの上をぽよんぽよんと跳ねて行く。それに戸惑いながらももみじ達が続く。まりさが目指しているのは浮き桟橋だった。浮き桟橋は小型船舶への乗り降りのための桟橋であり、その名の通り浮力でもって海面に浮いていた。そのため、潮の満ち引きに伴って、浮き桟橋の位置も上下するのだ。
まりさは、かつて両親や周りの大人達から潮と月の関係を教え込まれていた。お月様が真ん丸いとき、お月様がいなくなちゃったときは海さんが低くなる。ただし、その時間や海さんがどれくらい逃げるかはちょっとずつ変化していくということを。
これはかつて、海に近い場所に巣を構えていた群れの夜番、夜にすかーれっと種などの襲撃を警戒して見張りを行うゆっくりたちが発見したことだとされていた。もっともこの知識を身につけられるほどのおつむを持ったゆっくりは全体の二割にも満たず、その半分以上は、お月様がまんまるのときと、いないときの翌日、海を見に行くとごはんさんがとれるかも、くらいにしか把握していなかった。おまけに、新月と曇りで月が見えない状態を区別できない個体も珍しくはなかった。
このまりさも新月と曇りの区別がついていなかった。だから、満月にだけ注意を払っていた。月がまんまるに近づくと、毎日のように時間を割いては海を見ていた。そして、しっかりと潮が引く日を見定めていたのである。
「ここだよ! 落ちないようにゆっくりこっちに来てね!」
まりさは浮き桟橋へと続く、階段へと到達した。そっと下にある海面をうかがう。浮き桟橋の両側面のうち片方は海へ、もう片方は垂直に切り立ったコンクリート岸へ面している。このコンクリート壁は様々な付着生物によってびっしりと覆われていた。カキもイガイもフジツボも、人の手の入らないこの廃港ではびっくりするほど大きく成長している。これこそがまりさの求めていたものだった。
まりさは意を決すると、慎重に階段を降りていく。
「わふっ!? ま、まりさ、ここを降りていくのですか!? 危ないですよ!?」
潮が引き、海面が低下しているので、桟橋は低い位置にある。そしてそれは、桟橋に続く階段(桟橋に付属して設置されている金属製の階段であるため、その位置も海面に左右ならぬ上下される)が急勾配になることも意味していた。その上、この階段は人間のための階段である。例え、階段から落ちても桟橋の上に落ちるような設計になっていたが、そこはゆっくりである。ボールのように弾めば海、弾まなければべちゃりとつぶれる危険性があった。
「危険の無い狩りなんてどこにもないよ! 階段さんを飛べないゆっくりは上で待っていてね! おうちで家族が待ってるよ、無理はしないでね!」
そう注意を喚起しながらも、まりさはぽんぽんと階段を降り、浮き桟橋へと降り立った。浮き桟橋と壁面の間にはスペースがある、いやあったのだが、今ではイガイとカキの塊が発達したことで、ゆっくりが転落してしまうような空間はなくなっていた。
「まりさはゆっくり貝さんを採るよ!」
まりさは帽子の中から、使い慣れた道具、南の島で暮らしていた頃に拾ったなんだか分からない金属棒を取り出すと、それでイガイの貝殻を固定している足糸をぶちぶちと引き裂いていった。貝類の足糸は弾性に富み、ゆっくりの力では厄介な相手だが、まりさは金属棒を巧みに操って丁寧に糸を切り、抉り取るようにして塊からイガイを数個むしりとった。
「ゆゆ~ん! 久しぶりの海の幸だよ!」
そして、金属棒で貝殻を叩き割り、中身をほじくるようにして口に運ぶ。
「うっめ! これめっちゃうっめ!」
この季節のイガイは、産卵のために生殖巣が発達し、栄養も豊富だった。塩味はゆっくりにとって、決して優しい味ではなかったが、海の近くでの暮らしを代々営んできたまりさには気にならなかった。
「くぅぅぅぅっ! 久々の味だよぉぉぉぉっ! まりさの口の中で、海の女神様が下着をちらつかせてるよぉぉぉぉっ!」
まりさはなにやら訳の分からないことも叫びながら、涙を流し、久々の海の味に歓喜した。
「ゆゆ……あの黒いのはごはんさんなの?」
「ちぇんは食べたこと無いんだねー、分からないよー……」
「でも、あのまりさはすごくゆっくりしているよ!」
群れのゆっくりたちは初めて見る「ごはんさん」と、海に近づくこと、落ちたらゆっくりできなさそうな階段を降りていかなければいけないことに躊躇した。そのとき、もみじが口を開いた。
「ゆっくり聞いてくださいね……実を言うとまだまだ冬を越すためのごはんさんが足りません。物知りの長老さんによれば、どんぐりさんが少ないそうです……」
どんぐりをはじめ、堅果というのは毎年の生産量の変動が大きく、それによって、熊などの冬眠の成功率や栄養状態、人里への侵入頻度が決定されるとも言われている。
ゆっくり達は知らなかったが、今年は堅果の生産量が例年に比べてやや少なかったのだ。そのため、群れの食糧備蓄は、量的な面でまだまだ不安を残していた。
「ですから、食べれるものはなんでも試してみるべきだと思うのです……」
ゆっくりの冬眠の仕方は大きく分けて二種類とされている。冬が終わるまでずっと眠っているか、時折目覚めて食糧を摂取するか、である。他に凍ったまま冬をやり過ごす場合や、眠らずに冬を越す場合もあるというが、前者は冬眠と言っていいものかまだはっきりしておらず、後者は冬篭りとでも言うべきであろう。
この土地が、南から来る暖流の残滓に洗われているせいであろうか、ここの野生ゆっくりは時折目が覚めて食糧を摂取する方の冬眠を行っていた。そのため、冬の到来前に肥えておくこと、冬眠中の食糧を確保することの二点に注意を払わなければならなかった。
「れいむは珍しいごはんさんを食べないでこうかいっするよりも、食べてこうかいっする方を選ぶよ!」
「わかったよみょん! みょんは見慣れないごはんさんでも平気で食っちまうんだみょん!」
意を決した群れのゆっくり達は、次々と階段を降りていく。
「ゆゆぅ……」
だが、一匹の小さなありすが階段を降りることを躊躇していた。このありすはこの群れで生まれ育った個体である。まだ成体になったばかりで、体は小さく、この階段を降りたら戻ってこれないような気がしていたのだ。
「で、で、でもありしゅは……ありしゅは美味しいごはんさんをおなかいっぱい詰め込んで……」
小さなありすは顔を赤らめた。
「このありしゅには夢があるわ!」
小さなありすは勇気を出して跳ねた。階段を降りるためにだ。このありすの夢とは、世界中の美ゆっくりとすっきりすることだった。未だかつてもてたことはなかったが、成長すれば美ゆっくりになってもてまくる予定なのだ。世界中の美ゆっくりがありすのぺにぺにを待っているはずなのだ。
ぽふんと、無事、最初の一歩の着地に成功する。
「この一歩はちっちゃな一歩だけど! ありしゅにとっては夢のはじまりの偉大な一歩なのよー!」
そして二歩目を跳ねる。
「ゆぶっ!?」
滑った。
「おちょらを飛んでるみたぁぁぁびぶっ!!」
そして階段でバウンドした。
「ありじゅの! しらゆぎよりもぎれいな歯がばっぶっ!!?」
もういっちょバウンドした。
「ゆっぎゃあああ!! ありじゅのおべべ!? おべべがああああっ!!? ゆびゃっ!」
そして海へと消えた。小さなありすの夢は、冒頭にNGのみ撮影して終わってしまった。他のゆっくりは、南の島から来たまりさから食糧の取り方、食べ方の指導を受けていて、小さなありすの落下には気がつかなかった。もみじだけは、物音に気がつき周囲を見渡したが、波紋しか見つけられなかった。
「ここにあるのは、黒い貝さんと変な形の貝さんだよ! 昔、人間さんからいろいろ教えてもらったぱちゅりーが、イガイさんとカキさんって言うんだって教えてくれたよ!」
まりさは昔、自分が両親や周りのゆっくりから教えてもらったことを皆に一生懸命教えた。
岸壁からゆっくりの力でも取れそうな貝の大きさや選び方、貝の取り方、そして割り方。カニもいるにはいたが、残念ながらまりさ達の手、ならぬ舌の届く範囲にはいなかったので諦めざるを得なかった。
「ゆぁぁぁぁん! 口の中にうまみさんが広がるよ!!」
「ゆぎぃぃぃっ! これはしょっぱくてゆっくりしてないよっ!」
初めて食べる貝類の感想はそれぞれだった。だが、食べられないほどの味ではない、という感じが大方であった。
「もみじはどう? ゆっくりできる?」
まりさはもみじにも味を尋ねてみた。
「む~しゃむ~しゃ……わふふ……ちょっとしょっぱいような……ゆっくりできるとは思いますよ、ゆっくりありがとう、まりさ!」
「ゆゆ? どういたしましてだよ!」
まりさは複雑な笑みを浮かべた。本当は美味しい、こんなの食べたこと無いと喜んで欲しかったのだが、住んでる場所、今まで食べてきたものが違う以上そうもいかないのだろう。
まりさはその他、保存食として、水洗いした海藻を乾燥させて保存できないかを試してみることにし、その日は巣へと帰って行った。
「ゆゆ!? まりさ、愛しのれいむのために海のごはんさん取って来てくれたんだね! れいむかんっどうっだよ!」
れいむは久しぶりの海の味を心から喜び、そしてゆっくりしてくれた。
「む~しゃむ~しゃ……やっぱりまりさはとってもゆっくりしてるよ! くっちゃくっちゃ……れいむは……んぐんぐ……しあわせものだよ!……げっぷ!」
「ゆぅ~ん、れいむは調子がいいんだから……」
まりさは頬を緩めた。
れいむはその時の機嫌によって、同じ行動に対しても罵倒したり、賞賛したりする。もちろん、感情がある以上、態度や行動といったものはある程度の振幅をもって展開されるものだが、れいむの場合、それが理不尽なくらい激しいことがあるのだ。
それは時折、ゆっくりできないゆっくりと見なされてしまうこともあるが、そこはまりさには、ずっとゆっくりしようと決めた段階で折込済みだった。
いつもゆっくりできないのはイヤだが、たまにゆっくりできないくらい我慢できる。れいむは子ゆっくりの世話や、おうちの掃除はしっかりするし、狩りも一応できる。
自分の感情の上下さえ抑えられれば、何が起きても平穏な生活ができる。まりさはずっとそうやって生きてきたのだった。れいむが罵声をばら撒き始めたら、やり過ごし、時間の経過を待てば良いのだ。
「れいむ、今日は海に行ってきてね……」
その日、まりさはれいむとここの冷たくて灰色の海について語らいあった。
つづく
作:神奈子さまの一信徒