鷲と虚無-17 - (2009/08/18 (火) 04:24:27) の1つ前との変更点
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#navi(鷲と虚無)
ベッドに腰掛けたまま、ルイズははぁ~、とため息をついた。
気がつかない内に自分は眠ってしまっていたらしい。その間にサイトはいなくなっていた。
誰かが連れ出したのでないのなら、彼は意識を取り戻したという事になる。
そしてベッドにはほんの少し暖かさが残っていた。
ならば部屋を出てからある程度の時間はたったという事だろう。
一体どこへいったのかは解らないが、兎にも角にも彼が目覚めた事には間違いなさそうだ。
そして部屋を出たのならそのうち戻ってくる。
暫く前に夕食を食べに出て行ったあの二人も、とっくに戻ってきてもいい筈だ。
彼ら三人がこの部屋に揃う。サイトが永遠に眠り続ける筈も無いので、こうなる事は解っていた。
だがそれは彼女にとってあまり望ましい事ではなかった。
そうなれば嫌でも自分を取り巻く状況が、ほとんど変わっていない事を認識させられるからだ。
確かに決闘騒ぎは何とか終わり、サイトは大怪我を負ったものの死なずにすんだ。
それはいい。だが結局のところ現状は以前と比べて何一つ変わっていない。
サイトに力なんて無いのはあの決闘での体たらくを見れば明らかだ。
使い魔としては役にたたない事が証明されたような物だ。
プッロとウォレヌスは理由はよく解らないが、前みたいに敵意をむき出しにする様な事は無くなった。
だがそれでも自分の命令を聞くようになったわけではない。
そして一番重要な事だが、魔法が使えない事にはなんの代わりもない。
まとめれば、相変わらずルイズはゼロのままだし、使い魔は役立たず。
彼女がサイトの看病にのめりこんでいたのは単純に彼が心配だったから、という事だけではない。
それもあったのだが、何かに熱中する事でその事を考えないようにすると言う事もあった。
だからこの三日間の事は殆ど覚えていない。だが彼が目覚めた今、それももう終わりだ。
更に謹慎は今日で終わる。明日からはいつもの、ゼロのルイズとしての生活が始まるだけだ。
ルイズは再度、ため息をついた。今では決闘を止めたあの眠りの鐘が恨めしく思えてきさえした。
あのまま決闘が続いていれば、もしかしたらプッロとウォレヌスが一矢報いる位の働きは出来たかもしれない。
あの後に学院長達の前に自分達が連れて行かれた時、プッロは戦わせろと相当息巻いていた。
少しは戦える自信があったという事だろう。もしそうなっていれば級友達の自分への評価も少しはマシになっていただろう。
だがそうすればサイトがどうなったか。少なくとももっと酷い怪我を負っていたのは間違いないし、運が悪ければ死んでいたかもしれない。
それを考えればやはりあそこで終わっていて良かったのだろう、とルイズは結論した。
サイト。よく解らない人間だとルイズは思う。
うまく説明出来ないのだが、彼はプッロとウォレヌスとは何かが違っているように感じられる。
兵隊ではない普通の少年、という事だけではない。もっと根本的な部分が異なっている。
それが何なのかははっきりとは解らないが。
だが少なくとも、完全に従順とはいえないまでもあの二人ほど自分には逆らっていないのは確かだ。
それにギーシュにゼロと言った事を謝れと要求したのも、素直に嬉しいと感じることが出来た。
サイトとあの二人、どちらがより使い魔として接しやすいかと言えばこれは考えるまでもない。圧倒的に前者だ。
もし彼だけが召喚されていればこの状況もだいぶ楽になっていたのに、とルイズは思った。
もっとも彼女がこう感じるのもプッロとウォレヌスという、強烈に反抗をする人間がいるからだ。
二人のローマ人はサイトが感じていたであろう不平不満を、10倍にしてルイズに叩きつけている。
それを見ているサイトはルイズに反抗心をそれ程抱かない。どころか二人はちょっとやりすぎじゃないかと思う事すらある。
ルイズもプッロとウォレヌスに気をとられる形になって、サイトに手酷い仕打ちをする事もない。
サイトだけが召喚されていた場合、彼とルイズの関係や反応はまた異なった物になっていただろう。
ドアが前触れもなくガチャリと開いた。
「帰ったぞ」
そう言いながらプッロがズカズカと部屋に入ってきた。後にウォレヌスが続く。
二人はようやく夕食から戻ってきたようだ。
「ああ、あんた達。随分と時間がかかったのね――」
そこまで言いかけてルイズはサイトも入って来た事に気づいた。
なぜ彼が二人と一緒に帰ったのかが解らず、ルイズは面食らう。そんな彼女にサイトが先に口を開いた。
「ルイズ、俺が色々と迷惑をかけたらしいな。すまない」
ルイズは困惑した。なぜ開口一番に謝っているのか、いやそもそも何について謝っているのかが理解できなかった。
そしてその疑問がそのまま口から漏れる。
「すまないって、いったい何がよ?」
「色々。決闘で負けた事。お前を謹慎にさせちまった事。お前に俺を看病させた事。そういうのを全部だ」
あれだけ酷い目に会っていながらもまず最初に自分に謝るサイトに、少し驚くと同時に感心した。
だがそれを口に出すのが癪だったので、ルイズは咄嗟に憎まれ口で返してしまった。
「まあ当然ね。あんたの決闘騒ぎのおかげで私まで罰を受けるなんて馬鹿馬鹿しいにも程があるわ。二度とこんな事が起こらないようにしなさい」
そう言った後でルイズはこれは自己撞着ではないかと少し後悔した。
使い魔の不始末は主人の不始末で、その逆も然り。前にそう言ったのは自分の筈だ。だから慌てて話題を変えた。
「ねえ、それよりどこ行ってたのよ?なんでこいつらと一緒に戻ってきたの?」
「目が覚めた後、猛烈に腹が減ったんで厨房に行ったんだ。そしたらこの人達もそこにいてさ」
そしてついでにと言った風にプッロが付け加えた。
「そんでその後は厨房の連中と一緒に風呂にいったんだよ」
「ふーん」
そう言ってルイズはベッドに腰掛けた。
他の三人は床に座る。
プッロはどこから持ってきたのか、懐からリンゴを取り出しそれをかじり始めた。
ウォレヌスは押し黙ったままだ。
サイトは窮屈そうに毛布の上に体育座りをしている。
嫌な沈黙が場を包む。誰も何も言わない。
プッロがリンゴをかじる音だけが響く。これはちょっとした問題だわ、とルイズは思った。
夜とはいえまだ寝るには少し早い。そもそもさっきまで寝ていたばかりなのだから眠る気にはなれない。
だがこのまま眠くなる程なにもせず、こいつらと睨めっこをするのはごめんだ。
かといって彼らと話すような事は何も思い浮かばない。
まさかこいつらと世間話をするわけにもいかない。
そう思っているとリンゴをかじる音が止んだ。
それを食べ終わったのだろう、プッロはリンゴの芯をその辺に放り投げた。
「……汚いわね。ちゃんとクズカゴに捨てなさいよ」
そう言われてプッロは舌打ちをすると、渋々と立ち上がり芯をクズカゴに入れた。
また静寂が部屋に戻った。そして数分が経っただろうか、更に嫌な気分になっていたルイズはある事を思い出した。
三日前、サイトが自分と使い魔達の関係について言った事だ。
“一度、俺たちはじっくりと話し合う必要があると思います”
今がその良い機会ではないのか。本来なら主人と使い魔がじっくりと待遇について話し合うなど馬鹿げた話だ。
だがプッロとウォレヌスに関してはそうせざるを得ないのはルイズも認めざるを得なかった。
どの道、眠れそうにないしこのまま何も言わずにずっと座ったままでいるよりは遥かに有意義だろう。
そう考え、ルイズは言った。
「ちょっと……あんた達と話したい事があるんだけど」
三人は別々に答える。
「いいぞ。このままボーッとしてるだけじゃ退屈だしな」
「私も構わん」
「俺もいいよ」
覚悟を決め、ルイズは口を開いた。
「決闘の前、サイトが言ったでしょ、私とあんた達との関係をじっくり話し合ったほうが良いって。今それをしたいの」
プッロが少し驚いたように言い返す。
「ほぉ、いつも“使い魔の分際で私の命令に逆らわないで!”みたいな事言ってたお前からそんな事を言い出すたぁ、どういう風の吹き回しだ?」
ルイズの声色を真似たプッロの声は、彼女にとっては不快でしかなかった。
そして相変わらずの不遜の態度も癇に障る。イライラしながら彼女は答えた。
「うるさいわね、どうせいつかはしなきゃいけない事だからさっさと済ませたいだけよ」
取りあえず、この二人が自分の言いなりになりたくないのはもう十分すぎる程に承知している。
だが具体的にいう待遇になれば満足するのか、がルイズには解らなかった。前から抱いていたこの疑問をルイズはぶつけた。
「まず聞くけど結局、あんた達は何をどうしたいの?いったいどうなったら満足なわけ?」
その質問はウォレヌスが答えた。
「それに答える前に確認しておきたいんだが、使い魔とは主人であるメイジに契約によって使役される存在の事。これであっているな?」
「ええ、そうよ」
「そして使い魔は主人の為に秘薬を集めたり、呪文を唱える間身を守ったりするわけだ」
ルイズは頷いた。ウォレヌスのいう事に何も問題は無い。その通りである。
そして、彼女が予想していなかった答えが彼の口から飛び出してきた。
「少なくとも私はそういう類の事はするつもりだ。そうするとお前達と合意したからな。それを破るのは信義に反する事になる」
前から薄々気づいていたが、ここにきてはっきりとルイズは認識した。
ウォレヌスの声は以前とは何かが違う。そう、前のようなはっきりとした敵意が薄れている。そしてそれはプッロも同じだった。
「まあ、俺にとってもそれは問題ない。何もしないが金だけ貰いますってのもアレだしな」
何はともあれ、使い魔としての役目は果たすと言っている。
あっさりと折れたのが不可解だが、結構な事だとルイズは心の中でうんうんと頷いた。
「なんでか解らないけど、だいぶ物分りがよくなったじゃない。なら――」
だが、そこでウォレヌスが釘を刺した。
「ただし、そこまでだ。洗濯だの掃除だのといった奴隷の仕事はいっさいしない。そもそもそれは使い魔の役目じゃないんでな」
「ああ。部屋の掃除をして貰いたいんならここにいくらでもいるメイド達に頼むんだね。俺は死んでもそんな事をする気はない。それはウォレヌスの奴も同じだろうさ」
よほどそれが嫌なのか、両名の決意が鉄のように固いのは表情から見て取れた。
ことこれに関して二人はテコでも動かないだろう。
大した重労働でもないのになぜこの二人はここまでこれに拘るのかが、ルイズには理解できない。
確かに、二人のいう事には一理あるかもしれない。
実際、雑用は使い魔の存在目的とは関係の無い仕事だ。
それでも自分はこいつらの主人なのだ。
主人が命令すれば例えそれが使い魔のする仕事ではなくとも、文句一つ言わずに遂行するべきだ。
仮にそれがどうしても嫌ならば、頭を深く下げて主人にその許しを請うのが使い魔、そして平民のあるべき姿の筈だ。
それがなんだ、こいつらは。平民の分際でまるで当然の権利を主張するかのようにふんぞりかえっている!
なんて恥知らずな連中なの!と怒り心頭になっているルイズをよそ目に、ウォレヌスは続けた。
「別の言い方をしよう。我々は奴隷ではなく自由市民だ。お前の使い魔にはなったが、それはあくまで金と引き換えに、だ。主従関係を結んだわけじゃない。
だからお前も自由市民として我々に接するんだ。そうすれば使い魔の役目は果たす。どこぞの山や森へ行って薬の材料を集めてこいというのならしてやるし、お前の護衛もする。だがあくまでも自由市民同士の関係として、だ」
「ああ。俺達はお前の言う事ならなんでもへーこら聞く召使じゃないんだ。それを頭ん中に刻み込んでおけ」
憤怒のルイズも、これを聞いて彼らの拘りが理解でき始めてきた。
つまる所、彼らはこの自由市民とかいう概念に強い執着を持っているのだ。
だがなぜそうなのか、と言う事になるとこれが全く解らない。
そもそも自由市民という言葉自体がルイズにとってはなじみの無い物だ。
おまけに“使い魔ではあっても主従関係ではない”に至っては完全に矛盾しているようにしか聞こえない。
と、そこにそれまで何も言わなかったサイトが割って入った。
「……でも俺にその使い魔の役目を果たすのは無理ですよ」
「うん?」
プッロが疑問の表情を浮かべる。
「だって俺、体力が大してあるわけじゃないし、護衛なんて無理ですよ……ギーシュとの決闘でそれは解ったでしょ?」
ウォレヌスは今にも舌打ちをしそうな顔になった。
つまりサイトの言葉を肯定したという事だ。
「お二人はともかく、俺は掃除とか洗濯くらいならやってもいいですよ。それ位しか出来る事がありませんから。プッロさんも言った通り、給料は貰う事になってるんですから何かしないとまずいでしょ?どうせもう一度はやったんだし」
このサイトの援護射撃ともとれる言葉に、ルイズは不覚にも感謝してしまった。
「まあ、君がいいのなら私は別に構わん……君のいう事にも一理はあると思うしな」
「とか言ってお前、本当は洗濯場に行っての娘達を見たいんじゃないか?中々の上玉が揃っているからなぁ。特にあのシエスタって子が――」
「ち、違いますよ!俺は本当にそう思って……」
サイトは慌てて、大げさに手まで振ってそれを否定した。
「まあ、とにかく私とプッロの考えはこんな所だ。後はお前がそれを承諾するか否かだな」
ルイズはハァ、と三度目のため息をつく。
ここでこいつらの言い分を認めれば主人としての自分の威厳は消えて無くなる。
というか主従関係ではない事を認めるのだから主人もクソも無い。
給料まで払ってるのだからそれでは単に護衛を雇っているのと同じ事になってしまう。
(だいたい、いったいどういう理屈で私がこいつらの言う事を聞かなきゃいけないのよ?)
ルイズは自問する。
こいつらは使い魔というだけでなく平民でもある。
使い魔の癖に主人の命令に反抗し、平民の癖に貴族の命令に文句を言う。
こんな事が許されて良いのか?
許されていい筈が無い。だが現実に彼らはそうしている。
ではなぜこうなったのか?そこから幾つか思考を重ね、ルイズは理解した。
単純な事だ。この二人に、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは自分の意を強制する術を持たないからだ。
もし自分に彼らを押さえつけられる力があれば、こんな事にはなっていない筈だ。
当然ながら彼らはその事を知っている。彼らが自分と対等な関係を要求しているのはその為で、とどのつまり自分はなめられているのだ。
ではなぜ自分にはそのような力が無いのか?
これも簡単だ。それは自分が魔法が使えないただの小娘だからだ。
極端な話、もし自分がスクウェア級の大メイジならこいつらをたやすくねじ伏せいう事を聞かす事が出来た筈。
つまりこの状況の全ての原因は自分がゼロであるからだ。
このいささか自虐的な結論にたどり着くのと同時に、頭の中で悔しさと情けなさがグチャグチャに混ざりあう。
ルイズは唇を強く噛み締める事で自分を落ち着かせた。
結局、自分の意をこいつらに通させる術が無いのだから最後にはこいつらの言う事を聞くしかないのだ。
それは耐え難い程に屈辱的な事だったが、いくら考えようともこの状況を覆せる術が見つからない。
そう、三日前の朝、プッロから杖を奪われた時と何も変わっていない。
「……ったわよ」
「あぁん?」
意を決し、ルイズは叫んだ。
「……わかったわよ。あんた達のいう事は全部認めてあげる。サイトはともかく、あんた達に使い魔の本来の役目とは関係ない仕事はさせないわ。それで良いんでしょ?私はもう寝るから!」
そう言って、ルイズはベッドの中に倒れこんだ。
普段なら寝巻に着替えずに寝るなんて考えられない事だが、今はもう何も考えずに眠りにつきたかった。
いわゆる不貞寝だが、ルイズはこの屈辱感と敗北感から逃げられるならなんでも構わなかった。
「もっと暴れるかと思ったのに、随分あっさりと納得したな?」
からかうようにプッロが言った。
「うるさいわね!あんた達の条件とやらを承諾したんだからこれで満足でしょ!あんた達もさっさと寝なさい!」
そしてルイズは指を鳴らし、部屋の明かりを消した。
「ま、それもそうだな。じゃあ寝るとしますか」
プッロは満足そうに頷いた。
他の三人はすぐに眠りについたようだが、ルイズはベッドの中で悶々と時を過ごした。
眠くないから、というだけでなくこの事を考えずにはいられなかったからだ。
(もう、いったいどうすればいいのよ)
そう考えながらルイズは頭をかかえた。
このままでは絶対にいけない。それは解っている。
もちろん最上の解決策はゼロで無くなる事だ。
そうすればこいつらも多少なりとも自分を見直すだろうし、純粋に力だけで押さえ込めるようになるだろう。
初日のように杖を奪われたら無意味だが、それは気をつければなんとかなる筈だ。
今のところは奴らと対等な立場にあるのを認めるしかないが、何時までもそれを続かせるつもりはない。
だが魔法が使える方法があればとっくにそうしている。
結局は今までのように、いつかは魔法が使えるようになる事を期待しながら勉学に打ち込むしかないのだろうか?
級友達の嘲りを受けながら。考えるだけでルイズは憂鬱になった。まるで終わりが見えない迷路のようだ。
召喚に成功したときはほんの一瞬、出口が見えたかのように思えたがそれは単なる錯覚だった。
それでも諦めるつもりはない。そうすれば自分が本当にゼロになるのをルイズは知っている。
頑迷なまでに諦めるという事を知らないのが良くも悪くもルイズの特徴だった。
だがそうは言っても何をすれば良いのかも解らないのは辛い。
せめて何かヒントがあるのならともかく、これでは五里霧中だ……
そんな事を考えている内に時間は過ぎていく。
(こんなんじゃいつまで経っても眠れやしないわ!)
ルイズはガバッ、とベッドから身を上げた。
ちょっと外に行って風にあたってこよう、とルイズは思った。
このままベッドの中で延々と考え続けてたら気がめいりそうだ。
外に出る方が健康的だろう。
一応この時間に外に出るのは禁止されているし、見回りの教師もいる事になっている。
だが殆どの教師がその当番を無視して当直室で眠りこけているのは公然の秘密だった。
実際、この時間に逢引をする生徒は少なくないしそれで捕まった生徒はまずいない。
だから何も問題は無いはずだ。
ルイズはベッドから降り、ドアに手をかけた。その時、意外な人物から声をかけられた。
「お前も眠れないのか?」
その声はサイトからだった。他の二人を起こさないようにする為か、小声だった。
「え、ええ……じゃああんたも?」
「ああ……外に行くのか?」
そう言いながらサイトは足音を立てないようにルイズにゆっくりと近づく。
「ちょっと風に当たろうと思って……」
「俺も行っていいか?どうせここにいても眠れそうにないし」
別に断る理由も無かったので、ルイズは頷いた。
「別に良いわよ。でも気をつけなさいよ、本来ならこの時間みんな寝てる筈だから」
そして二人は部屋を出た。案の定、見回りの教師の気配は無い。
だがそれでも念には念を入れてルイズはなるべく音を立てないように歩いた。
そして二人は中庭の一つに出る。ルイズは少しはしたないかしら、と思いながらも草むらの上に座り、サイトもそれに習った。
夜風が気持ちよくルイズに当たる。彼女は何も考えずにそれを堪能した。
それから何分か経った頃、サイトがやにわに話しかけてきた。
「なあ」
「なに?」
ルイズは物憂げに答えた。出来ればもう少しこうしていたかったからだ。
だがサイトはとても真剣な顔をしていたので、いちおう話を聞いてやる事にした。
「……俺の事を情けないと思うか?」
質問の意味が解らずルイズはきょとんとなった。
「は?どういう意味よそれ」
「ほら……ギーシュに偉そうな口を叩いておきながらボコボコにされた事だよ」
変な事を聞くものだ、と思いながらルイズは素直に返した。
「いえ、全然。むしろ良くやったと思ってるわ」
この答えにサイトは驚いたのか、目を丸くした。
「……俺を慰めようとそんな事を言ってるのか?」
別にそんな事はない。これは純粋に彼女の本心である。
平民は貴族には勝てないというのが彼女にとっての大原則だ。
だからギーシュに魔法を使わせない、というあの策が失敗した時点で勝機は完全に無くなっていた。
彼女にしてみればサイトがあれだけ粘った時点で十分凄い事だ。
というよりも、貴族と正面から戦って負けるのを情けないと感じるのは、勝つ可能性もあったと言っている事に等しい。
それこそ馬鹿げた、自分の分をわきまえない“情けない事”だ。
「馬鹿じゃない?なんで私があんたを慰めなきゃいけないのよ」
サイトはそれを聞いて苦笑いを浮かべる。
「ま、そりゃそうだな……でも俺は自分の事を情けないと思うし、凄く悔しい」
「ゴーレム相手に素手であれだけ持ったんだから恥ずかしがる必要なんて無いじゃない。普通の人間なら最初の一発で降参してるわ。学院の他の平民の間でも噂になってるのよ、あんた達は」
「そんな事はどうだって良いよ。問題なのは俺がそう思ってるって事だ」
だがそれがルイズには理解できない。
前提として平民は貴族には勝てないのだから、サイトがそう考える事自体がそもそもおかしいと感じてしまう。
「だからそれで当たり前なのよ。平民は貴族に勝てないの。メイジ殺しって呼ばれる連中もいるけど、真正面からメイジと戦って勝つなんてそいつらにも無理。だから誰もあんたの事を情けないなんて思わないわ」
「他の人がそう思おうと俺には無理だ。それに平民は貴族に勝てないっていうが、少なくともプッロさんとウォレヌスさんはギーシュのゴーレムの1、2体くらいなら倒せるんだ」
それを聞いてルイズは目を見張った。
ドットクラスのゴーレムでも傭兵の5人くらいとは渡り合えるのが常識だ。
本当にそれを倒せるのならあの二人は相当な強さを持っている。
そしてサイトは思いつめような顔をして呟いた。
「あの二人は魔法なんて使えないだろ。だから平民とか貴族とかそういう問題じゃなくって、これは単に俺が弱いって事だ……男として悔しいんだよ、単純に」
こんな事を言われたのは初めてだったからだろう。なんと言えばいいのかルイズは解らなかった。
ふと、そこである事に気づいた。もしかして、サイトは仕返しをしようと考えているのでは、と。
彼の表情を見ているとそう思えてならなかった。
「ねえあんた、もしかしてギーシュともう一度決闘しようなんて馬鹿げた考えはしてないわよね?」
サイトは表情を変えないまま、答えない。それを肯定と受け取ったルイズは声を張り上げた。
「あんた、バカ!?絶対に止めなさい!これは命令よ!」
サイトは表情を少し崩し、小さな微笑を浮かべた。
「お?俺を心配してくれてるのか?」
「当たり前でしょう!使い魔が危険な目に会うのを心配しない主人なんていないわ!とにかく、あいつに手を出すのはもう禁止!今度こそ殺されるわよ!?解ってるの?」
「そうされない方法を考えるよ」
「そんな方法があるわけないでしょう!諦めなさい!」
ルイズの脳裏に、三日前の光景が浮かび上がる。
ギーシュのワルキューレに一方的に嬲られるサイト。
明らかに曲がってはいけない方向に曲がった腕。
血だらけの顔。殴られるたびに出る嫌な音と、彼の苦悶の声。
そんな物はもう二度と見たくない。だがルイズの感情を裏切るように、サイトは絶対の決意を持って話す。
「もうプッロさんとは話してある。俺に戦う方法を教えてくれるそうだ。時間はかかるけどやってみせる。俺一人じゃなくてあの人も一緒だ。うまくやれば勝算はあるさ」
「あのねえ、少しくらい強くなったって無理よ!」
「俺だってバカじゃない。ちょっと鍛えてもらうだけじゃ勝てないなんて解ってるよ。真剣にやるし、何か策を考える。それに少なくとも自分の身くらいは守れないと、やる時にプッロさんの足手まといになるだけだ」
呆れた事に、サイトだけでなくプッロまで復讐を考えているらしい。
いや、彼の性格を考えればそれ程おかしい事ではないだろう。
だがまさかサイトまでそんな事をするとは……
いや、彼はギーシュの降伏勧告を蹴って勝ち目のない決闘を続けようとした。
実はそれ程おかしい事ではないのかもしれないが、どちらにしてもルイズは落胆し、頭を抱えた。
「まったく、少しはあいつらと比べて従順かと思ったら結局は同じじゃない……」
「すまないな、ルイズ。でもこればっかりはやらせて貰う……それに俺が強くなれば、少しは使い魔としても役に立つだろう?今のままじゃ雑用しか出来ないし」
彼の顔。ギーシュが剣を差し出した時と同じだ。自分が何を言おうと絶対に否とは言わない表情。
ルイズはもう何度目になるか解らないため息をついた。
こいつは一度こういう事を決心したらテコでも動かない人間らしい。
そして更にサイトはとんでもない事を言い出した。
「というかルイズ、俺たちに協力してくれないか?」
「……は?」
呆れて物も言えないとはこの事だ。
今あれだけ自分が反対したのが聞こえなかったのだろうか。
「あんた……私がさっきなんて言ってたか聞いてなかったの?する訳ないでしょうそんな事!」
「聞いてたよ。それを承知で言ってる、っていうか元々話そうと思ってたんだよ。あいつと戦うのには計画がいる。ならメイジに関する知識が必要だ。お前ならそれを持ってるし、三人寄れば文殊の知恵って言うだろ。頼む!」
そう言ってサイトは拝むように両手を合わせた。
馬鹿馬鹿しいにも程があると思ったが、彼の表情を見ると無下に断る事ができずにルイズは暫くの間考え込んだ。
そしてその内に認識を改め始めた。
最初は呆れ果てた彼の提案だったが、実はそれ程悪くないのではないか。
彼が言う通り自分も加われば少しはマシな計画な出来るだろうし、根気よく説得を続ければ止めさせられるかもしれない。
少なくとも、彼ら二人だけでやるよりは生き残れるだろう。
あの光景をもう見ない為の最も確率の高い方法だ。
そう思い、本当に渋々とだがうなずいた。
「……解ったわ。協力してあげる。あんた達バカ二人に任せておいたらそれこそ本当に死んじゃいそうだし」
「本当か!サンキュー!恩に着るよ!」
そう言いながらサイトは顔に満面の笑みを浮かべた。
だが一つ気になる事があった。
「ところでウォレヌスはどうしたの?話に出てきてないけど」
「あの人はこの事を知らない。プッロさんが言わない方がいいって言ってたんだ。絶対に反対するだろうから、って」
それを聞いてルイズは納得した。
ウォレヌスは名誉を重んじる性格のようだが、勝ち目が無い戦いに挑むほど愚かではないという印象を持っていたからだ。
が、それにしても疲れた。
サイトと話していたらドッ、と疲労が押し寄せてきた感じだ。
「まったく、あんたらといると胃に穴が開きそうだわ」
「……すまないな」
「本当にすまないって思うんならこのアホな復讐ごっこを止めなさいよ」
サイトは目を伏せ、申し訳無さそうな顔をしたが何も言わなかった。
「そもそもなんなのよ、あいつらは。恥って物を知らないのかしら」
ついでに、プッロとウォレヌスへの不満も洩れた。
大方、サイトを焚きつけたのもプッロなのだろうから。
そのルイズの呟きを聞いたサイトは困惑した表情になった。
「え?そりゃあの人達はお前の言う事を中々聞かないけど、恥を知らないってのは違うんじゃないか?」
「いいえ、違わないわ。平民の癖に私に対する暴言と暴挙の数々!奴らに少しでも平民としての自覚があればあんな事をするわけが無いわ。ローマとやらを一度見てみたい物だわ。きっとあいつらみたいに恥知らずな連中でいっぱいなんでしょうね!」
プッロはともかく、それなりに教養のありそうなウォレヌスでさえああなのだ。
ローマというのは野蛮人の国なのだろうとルイズは確信していた。
サイトはうつむき、少しの間何かを考え込む。
「じゃあさ、ルイズ。もしお前が俺達の立場だったらどう思う?」
「あんた達の立場?」
「突然聞いた事もない外国に連れ去られて、有無も言わさず使い魔とかいう物にされて、掃除しろとか洗濯しろとか。挙句の果てに家に帰す手段は存在しないって。そんな事になっていい気がするか?」
そう言われて、ルイズは想像してみた。
確かに嫌な気分にはなった。だがだから何だというのだ?
「……そりゃいい気はしないわ。でもそんなの関係ないじゃない。私は貴族であんた達は平民なんだから。むしろ私の使い魔になった事を名誉に思うべきだわ」
「だから平民だとか貴族だとかは関係ないだろ。普通、人間ならみんな嫌がるってことで――」
「関係ない?大有りじゃない。というかそれが全てでしょ」
ぜんぜん話が通じないわね、とルイズはサイトに違和感を抱いた。
ただの平民と、始祖から神の奇跡である魔法を授かった貴族では話が違うなんて当たり前だ。
だがサイトにはそれが理解できないらしい。
彼は困り果てたように右手で顔を覆って、ため息を漏らした。
「……とにかく、あの人達がなんでああ言う態度なのかは解っただろ?それにさっきお前と話すのを見る限りじゃ少しは柔らかくなってるんだ。そうカッカするな」
ルイズがサイトに抱いていた違和感がその言葉で吹っ飛んだ。
柔らかくなった?
いったい何を言っているのだろう。
あの傲岸不遜な態度は最初の頃と全く変わっていないじゃないか。
「いったいどこが?前と完全に同じじゃない!」
「最初の頃の二人なら使い魔の仕事をするのだって渋ってたんじゃないか?それが今は兎にも角にもそれだけは賛成したんだ。これは進歩じゃないか?」
それには気づいていた。決闘以来、あの二人の態度がほんの少し良くなっていた事も。
「それにプッロさんが言ってたよ、お前の事を“案外可愛い所もあるじゃないか”って」
以外だったが、あまり嬉しくない。まるで自分が普段は可愛くないって言っているように聞こえる言葉だ。
それだけでない。ほめ言葉のつもりなのだろうが、そんな台詞は明らかに自分を下に見ていないと出てこない筈だ。
その辺りも不愉快だった。
「どういう意味よそれ?」
ルイズはムスッとしながら答える。
「俺の看病をしたことが、らしい。意外に優しいんだなって驚いたそうだ」
ルイズの頬がサッと紅くなった。もし真夜中でないのならサイトにもはっきりと見えていただろう。
「べ、別に優しいからじゃないわよ。単に主人として使い魔の管理はきちんとしないと駄目なだけよ」
「看病ならメイドの人にやらせればいいじゃないか。なんでわざわざ自分でしたんだ?」
「そ、それは……」
ルイズは言葉につまった。
彼が心配で看病をしたかったと言うのも事実だし、周りの事を忘れて何かに熱中したかったと言うのも事実。
だがその両方とも彼には言いたくなかった。
後者は単に自分の内心を他人に知られたくなかったからだが、前者はなんとなく本人の前で認めるのが癪だった。
「それに、治療費も全部出してくれたって言ってたぜ。気軽に買える様な値段じゃないんだろ?」
余計な事をベラベラと喋って、とルイズはプッロに心の中で毒づいた。
「とにかく、感謝するよ。ありがとう。この事は忘れない」
なぜだか解らないが、サイトにこう言われるととても恥ずかしかった。
考えてみたら、他人から感謝されるなんて随分と久しぶりに思えた。
いつもは陰口を叩かれたり魔法を失敗して叱られるばっかりだったからだ。
それが原因かもしれない。
「ま、まあそう思うんならその恩義に報いるべくピシピシ働く事ねっ!」
そして恥ずかしさを誤魔化すようにルイズは立ち上がった。
「もう疲れたから部屋に戻るわ」
「ああ、俺ももう行くよ」
続けてサイトも立つ。そして二人は学院の中に戻った。
部屋に戻る途中、ルイズは自分でも気づかないまま小さくつぶやいた。
「まったく、いったいこれからどうなるのかしら……」
#navi(鷲と虚無)
#navi(鷲と虚無)
ベッドに腰掛けたまま、ルイズははぁ~、とため息をついた。
気がつかない内に自分は眠ってしまっていたらしい。その間にサイトはいなくなっていた。
誰かが連れ出したのでないのなら、彼は意識を取り戻したという事になる。
そしてベッドにはほんの少し暖かさが残っていた。
ならば部屋を出てからある程度の時間はたったという事だろう。
一体どこへいったのかは解らないが、兎にも角にも彼が目覚めた事には間違いなさそうだ。
そして部屋を出たのならそのうち戻ってくる。
暫く前に夕食を食べに出て行ったあの二人も、とっくに戻ってきてもいい筈だ。
彼ら三人がこの部屋に揃う。サイトが永遠に眠り続ける筈も無いので、こうなる事は解っていた。
だがそれは彼女にとってあまり望ましい事ではなかった。
そうなれば嫌でも自分を取り巻く状況が、ほとんど変わっていない事を認識させられるからだ。
確かに決闘騒ぎは何とか終わり、サイトは大怪我を負ったものの死なずにすんだ。
それはいい。だが結局のところ現状は以前と比べて何一つ変わっていない。
サイトに力なんて無いのはあの決闘での体たらくを見れば明らかだ。
使い魔としては役にたたない事が証明されたような物だ。
プッロとウォレヌスは理由はよく解らないが、前みたいに敵意をむき出しにする様な事は無くなった。
だがそれでも自分の命令を聞くようになったわけではない。
そして一番重要な事だが、魔法が使えない事にはなんの代わりもない。
まとめれば、相変わらずルイズはゼロのままだし、使い魔は役立たず。
彼女がサイトの看病にのめりこんでいたのは単純に彼が心配だったから、という事だけではない。
それもあったのだが、何かに熱中する事でその事を考えないようにすると言う事もあった。
だからこの三日間の事は殆ど覚えていない。だが彼が目覚めた今、それももう終わりだ。
更に謹慎は今日で終わる。明日からはいつもの、[[ゼロのルイズ]]としての生活が始まるだけだ。
ルイズは再度、ため息をついた。今では決闘を止めたあの眠りの鐘が恨めしく思えてきさえした。
あのまま決闘が続いていれば、もしかしたらプッロとウォレヌスが一矢報いる位の働きは出来たかもしれない。
あの後に学院長達の前に自分達が連れて行かれた時、プッロは戦わせろと相当息巻いていた。
少しは戦える自信があったという事だろう。もしそうなっていれば級友達の自分への評価も少しはマシになっていただろう。
だがそうすればサイトがどうなったか。少なくとももっと酷い怪我を負っていたのは間違いないし、運が悪ければ死んでいたかもしれない。
それを考えればやはりあそこで終わっていて良かったのだろう、とルイズは結論した。
サイト。よく解らない人間だとルイズは思う。
うまく説明出来ないのだが、彼はプッロとウォレヌスとは何かが違っているように感じられる。
兵隊ではない普通の少年、という事だけではない。もっと根本的な部分が異なっている。
それが何なのかははっきりとは解らないが。
だが少なくとも、完全に従順とはいえないまでもあの二人ほど自分には逆らっていないのは確かだ。
それにギーシュにゼロと言った事を謝れと要求したのも、素直に嬉しいと感じることが出来た。
サイトとあの二人、どちらがより使い魔として接しやすいかと言えばこれは考えるまでもない。圧倒的に前者だ。
もし彼だけが召喚されていればこの状況もだいぶ楽になっていたのに、とルイズは思った。
もっとも彼女がこう感じるのもプッロとウォレヌスという、強烈に反抗をする人間がいるからだ。
二人のローマ人はサイトが感じていたであろう不平不満を、10倍にしてルイズに叩きつけている。
それを見ているサイトはルイズに反抗心をそれ程抱かない。どころか二人はちょっとやりすぎじゃないかと思う事すらある。
ルイズもプッロとウォレヌスに気をとられる形になって、サイトに手酷い仕打ちをする事もない。
サイトだけが召喚されていた場合、[[彼とルイズ]]の関係や反応はまた異なった物になっていただろう。
ドアが前触れもなくガチャリと開いた。
「帰ったぞ」
そう言いながらプッロがズカズカと部屋に入ってきた。後にウォレヌスが続く。
二人はようやく夕食から戻ってきたようだ。
「ああ、あんた達。随分と時間がかかったのね――」
そこまで言いかけてルイズはサイトも入って来た事に気づいた。
なぜ彼が二人と一緒に帰ったのかが解らず、ルイズは面食らう。そんな彼女にサイトが先に口を開いた。
「ルイズ、俺が色々と迷惑をかけたらしいな。すまない」
ルイズは困惑した。なぜ開口一番に謝っているのか、いやそもそも何について謝っているのかが理解できなかった。
そしてその疑問がそのまま口から漏れる。
「すまないって、いったい何がよ?」
「色々。決闘で負けた事。お前を謹慎にさせちまった事。お前に俺を看病させた事。そういうのを全部だ」
あれだけ酷い目に会っていながらもまず最初に自分に謝るサイトに、少し驚くと同時に感心した。
だがそれを口に出すのが癪だったので、ルイズは咄嗟に憎まれ口で返してしまった。
「まあ当然ね。あんたの決闘騒ぎのおかげで私まで罰を受けるなんて馬鹿馬鹿しいにも程があるわ。二度とこんな事が起こらないようにしなさい」
そう言った後でルイズはこれは自己撞着ではないかと少し後悔した。
使い魔の不始末は主人の不始末で、その逆も然り。前にそう言ったのは自分の筈だ。だから慌てて話題を変えた。
「ねえ、それよりどこ行ってたのよ?なんでこいつらと一緒に戻ってきたの?」
「目が覚めた後、猛烈に腹が減ったんで厨房に行ったんだ。そしたらこの人達もそこにいてさ」
そしてついでにと言った風にプッロが付け加えた。
「そんでその後は厨房の連中と一緒に風呂にいったんだよ」
「ふーん」
そう言ってルイズはベッドに腰掛けた。
他の三人は床に座る。
プッロはどこから持ってきたのか、懐からリンゴを取り出しそれをかじり始めた。
ウォレヌスは押し黙ったままだ。
サイトは窮屈そうに毛布の上に体育座りをしている。
嫌な沈黙が場を包む。誰も何も言わない。
プッロがリンゴをかじる音だけが響く。これはちょっとした問題だわ、とルイズは思った。
夜とはいえまだ寝るには少し早い。そもそもさっきまで寝ていたばかりなのだから眠る気にはなれない。
だがこのまま眠くなる程なにもせず、こいつらと睨めっこをするのはごめんだ。
かといって彼らと話すような事は何も思い浮かばない。
まさかこいつらと世間話をするわけにもいかない。
そう思っているとリンゴをかじる音が止んだ。
それを食べ終わったのだろう、プッロはリンゴの芯をその辺に放り投げた。
「……汚いわね。ちゃんとクズカゴに捨てなさいよ」
そう言われてプッロは舌打ちをすると、渋々と立ち上がり芯をクズカゴに入れた。
また静寂が部屋に戻った。そして数分が経っただろうか、更に嫌な気分になっていたルイズはある事を思い出した。
三日前、サイトが自分と使い魔達の関係について言った事だ。
“一度、俺たちはじっくりと話し合う必要があると思います”
今がその良い機会ではないのか。本来なら主人と使い魔がじっくりと待遇について話し合うなど馬鹿げた話だ。
だがプッロとウォレヌスに関してはそうせざるを得ないのはルイズも認めざるを得なかった。
どの道、眠れそうにないしこのまま何も言わずにずっと座ったままでいるよりは遥かに有意義だろう。
そう考え、ルイズは言った。
「ちょっと……あんた達と話したい事があるんだけど」
三人は別々に答える。
「いいぞ。このままボーッとしてるだけじゃ退屈だしな」
「私も構わん」
「俺もいいよ」
覚悟を決め、ルイズは口を開いた。
「決闘の前、サイトが言ったでしょ、私とあんた達との関係をじっくり話し合ったほうが良いって。今それをしたいの」
プッロが少し驚いたように言い返す。
「ほぉ、いつも“使い魔の分際で私の命令に逆らわないで!”みたいな事言ってたお前からそんな事を言い出すたぁ、どういう風の吹き回しだ?」
ルイズの声色を真似たプッロの声は、彼女にとっては不快でしかなかった。
そして相変わらずの不遜の態度も癇に障る。イライラしながら彼女は答えた。
「うるさいわね、どうせいつかはしなきゃいけない事だからさっさと済ませたいだけよ」
取りあえず、この二人が自分の言いなりになりたくないのはもう十分すぎる程に承知している。
だが具体的にいう待遇になれば満足するのか、がルイズには解らなかった。前から抱いていたこの疑問をルイズはぶつけた。
「まず聞くけど結局、あんた達は何をどうしたいの?いったいどうなったら満足なわけ?」
その質問はウォレヌスが答えた。
「それに答える前に確認しておきたいんだが、使い魔とは主人であるメイジに契約によって使役される存在の事。これであっているな?」
「ええ、そうよ」
「そして使い魔は主人の為に秘薬を集めたり、呪文を唱える間身を守ったりするわけだ」
ルイズは頷いた。ウォレヌスのいう事に何も問題は無い。その通りである。
そして、彼女が予想していなかった答えが彼の口から飛び出してきた。
「少なくとも私はそういう類の事はするつもりだ。そうするとお前達と合意したからな。それを破るのは信義に反する事になる」
前から薄々気づいていたが、ここにきてはっきりとルイズは認識した。
ウォレヌスの声は以前とは何かが違う。そう、前のようなはっきりとした敵意が薄れている。そしてそれはプッロも同じだった。
「まあ、俺にとってもそれは問題ない。何もしないが金だけ貰いますってのもアレだしな」
何はともあれ、使い魔としての役目は果たすと言っている。
あっさりと折れたのが不可解だが、結構な事だとルイズは心の中でうんうんと頷いた。
「なんでか解らないけど、だいぶ物分りがよくなったじゃない。なら――」
だが、そこでウォレヌスが釘を刺した。
「ただし、そこまでだ。洗濯だの掃除だのといった奴隷の仕事はいっさいしない。そもそもそれは使い魔の役目じゃないんでな」
「ああ。部屋の掃除をして貰いたいんならここにいくらでもいるメイド達に頼むんだね。俺は死んでもそんな事をする気はない。それはウォレヌスの奴も同じだろうさ」
よほどそれが嫌なのか、両名の決意が鉄のように固いのは表情から見て取れた。
ことこれに関して二人はテコでも動かないだろう。
大した重労働でもないのになぜこの二人はここまでこれに拘るのかが、ルイズには理解できない。
確かに、二人のいう事には一理あるかもしれない。
実際、雑用は使い魔の存在目的とは関係の無い仕事だ。
それでも自分はこいつらの主人なのだ。
主人が命令すれば例えそれが使い魔のする仕事ではなくとも、文句一つ言わずに遂行するべきだ。
仮にそれがどうしても嫌ならば、頭を深く下げて主人にその許しを請うのが使い魔、そして平民のあるべき姿の筈だ。
それがなんだ、こいつらは。平民の分際でまるで当然の権利を主張するかのようにふんぞりかえっている!
なんて恥知らずな連中なの!と怒り心頭になっているルイズをよそ目に、ウォレヌスは続けた。
「別の言い方をしよう。我々は奴隷ではなく自由市民だ。[[お前の使い魔]]にはなったが、それはあくまで金と引き換えに、だ。主従関係を結んだわけじゃない。
だからお前も自由市民として我々に接するんだ。そうすれば使い魔の役目は果たす。どこぞの山や森へ行って薬の材料を集めてこいというのならしてやるし、お前の護衛もする。だがあくまでも自由市民同士の関係として、だ」
「ああ。俺達はお前の言う事ならなんでもへーこら聞く召使じゃないんだ。それを頭ん中に刻み込んでおけ」
憤怒のルイズも、これを聞いて彼らの拘りが理解でき始めてきた。
つまる所、彼らはこの自由市民とかいう概念に強い執着を持っているのだ。
だがなぜそうなのか、と言う事になるとこれが全く解らない。
そもそも自由市民という言葉自体がルイズにとってはなじみの無い物だ。
おまけに“使い魔ではあっても主従関係ではない”に至っては完全に矛盾しているようにしか聞こえない。
と、そこにそれまで何も言わなかったサイトが割って入った。
「……でも俺にその使い魔の役目を果たすのは無理ですよ」
「うん?」
プッロが疑問の表情を浮かべる。
「だって俺、体力が大してあるわけじゃないし、護衛なんて無理ですよ……ギーシュとの決闘でそれは解ったでしょ?」
ウォレヌスは今にも舌打ちをしそうな顔になった。
つまりサイトの言葉を肯定したという事だ。
「お二人はともかく、俺は掃除とか洗濯くらいならやってもいいですよ。それ位しか出来る事がありませんから。プッロさんも言った通り、給料は貰う事になってるんですから何かしないとまずいでしょ?どうせもう一度はやったんだし」
このサイトの援護射撃ともとれる言葉に、ルイズは不覚にも感謝してしまった。
「まあ、君がいいのなら私は別に構わん……君のいう事にも一理はあると思うしな」
「とか言ってお前、本当は洗濯場に行っての娘達を見たいんじゃないか?中々の上玉が揃っているからなぁ。特にあのシエスタって子が――」
「ち、違いますよ!俺は本当にそう思って……」
サイトは慌てて、大げさに手まで振ってそれを否定した。
「まあ、とにかく私とプッロの考えはこんな所だ。後はお前がそれを承諾するか否かだな」
ルイズはハァ、と三度目のため息をつく。
ここでこいつらの言い分を認めれば主人としての自分の威厳は消えて無くなる。
というか主従関係ではない事を認めるのだから主人もクソも無い。
給料まで払ってるのだからそれでは単に護衛を雇っているのと同じ事になってしまう。
(だいたい、いったいどういう理屈で私がこいつらの言う事を聞かなきゃいけないのよ?)
ルイズは自問する。
こいつらは使い魔というだけでなく平民でもある。
使い魔の癖に主人の命令に反抗し、平民の癖に貴族の命令に文句を言う。
こんな事が許されて良いのか?
許されていい筈が無い。だが現実に彼らはそうしている。
ではなぜこうなったのか?そこから幾つか思考を重ね、ルイズは理解した。
単純な事だ。この二人に、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは自分の意を強制する術を持たないからだ。
もし自分に彼らを押さえつけられる力があれば、こんな事にはなっていない筈だ。
当然ながら彼らはその事を知っている。彼らが自分と対等な関係を要求しているのはその為で、とどのつまり自分はなめられているのだ。
ではなぜ自分にはそのような力が無いのか?
これも簡単だ。それは自分が魔法が使えないただの小娘だからだ。
極端な話、もし自分がスクウェア級の大メイジならこいつらをたやすくねじ伏せいう事を聞かす事が出来た筈。
つまりこの状況の全ての原因は自分がゼロであるからだ。
このいささか自虐的な結論にたどり着くのと同時に、頭の中で悔しさと情けなさがグチャグチャに混ざりあう。
ルイズは唇を強く噛み締める事で自分を落ち着かせた。
結局、自分の意をこいつらに通させる術が無いのだから最後にはこいつらの言う事を聞くしかないのだ。
それは耐え難い程に屈辱的な事だったが、いくら考えようともこの状況を覆せる術が見つからない。
そう、三日前の朝、プッロから杖を奪われた時と何も変わっていない。
「……ったわよ」
「あぁん?」
意を決し、ルイズは叫んだ。
「……わかったわよ。あんた達のいう事は全部認めてあげる。サイトはともかく、あんた達に使い魔の本来の役目とは関係ない仕事はさせないわ。それで良いんでしょ?私はもう寝るから!」
そう言って、ルイズはベッドの中に倒れこんだ。
普段なら寝巻に着替えずに寝るなんて考えられない事だが、今はもう何も考えずに眠りにつきたかった。
いわゆる不貞寝だが、ルイズはこの屈辱感と敗北感から逃げられるならなんでも構わなかった。
「もっと暴れるかと思ったのに、随分あっさりと納得したな?」
からかうようにプッロが言った。
「うるさいわね!あんた達の条件とやらを承諾したんだからこれで満足でしょ!あんた達もさっさと寝なさい!」
そしてルイズは指を鳴らし、部屋の明かりを消した。
「ま、それもそうだな。じゃあ寝るとしますか」
プッロは満足そうに頷いた。
他の三人はすぐに眠りについたようだが、ルイズはベッドの中で悶々と時を過ごした。
眠くないから、というだけでなくこの事を考えずにはいられなかったからだ。
(もう、いったいどうすればいいのよ)
そう考えながらルイズは頭をかかえた。
このままでは絶対にいけない。それは解っている。
もちろん最上の解決策はゼロで無くなる事だ。
そうすればこいつらも多少なりとも自分を見直すだろうし、純粋に力だけで押さえ込めるようになるだろう。
初日のように杖を奪われたら無意味だが、それは気をつければなんとかなる筈だ。
今のところは奴らと対等な立場にあるのを認めるしかないが、何時までもそれを続かせるつもりはない。
だが魔法が使える方法があればとっくにそうしている。
結局は今までのように、いつかは魔法が使えるようになる事を期待しながら勉学に打ち込むしかないのだろうか?
級友達の嘲りを受けながら。考えるだけでルイズは憂鬱になった。まるで終わりが見えない迷路のようだ。
召喚に成功したときはほんの一瞬、出口が見えたかのように思えたがそれは単なる錯覚だった。
それでも諦めるつもりはない。そうすれば自分が本当にゼロになるのをルイズは知っている。
頑迷なまでに諦めるという事を知らないのが良くも悪くもルイズの特徴だった。
だがそうは言っても何をすれば良いのかも解らないのは辛い。
せめて何かヒントがあるのならともかく、これでは五里霧中だ……
そんな事を考えている内に時間は過ぎていく。
(こんなんじゃいつまで経っても眠れやしないわ!)
ルイズはガバッ、とベッドから身を上げた。
ちょっと外に行って風にあたってこよう、とルイズは思った。
このままベッドの中で延々と考え続けてたら気がめいりそうだ。
外に出る方が健康的だろう。
一応この時間に外に出るのは禁止されているし、見回りの教師もいる事になっている。
だが殆どの教師がその当番を無視して当直室で眠りこけているのは公然の秘密だった。
実際、この時間に逢引をする生徒は少なくないしそれで捕まった生徒はまずいない。
だから何も問題は無いはずだ。
ルイズはベッドから降り、ドアに手をかけた。その時、意外な人物から声をかけられた。
「お前も眠れないのか?」
その声はサイトからだった。他の二人を起こさないようにする為か、小声だった。
「え、ええ……じゃああんたも?」
「ああ……外に行くのか?」
そう言いながらサイトは足音を立てないようにルイズにゆっくりと近づく。
「ちょっと風に当たろうと思って……」
「俺も行っていいか?どうせここにいても眠れそうにないし」
別に断る理由も無かったので、ルイズは頷いた。
「別に良いわよ。でも気をつけなさいよ、本来ならこの時間みんな寝てる筈だから」
そして二人は部屋を出た。案の定、見回りの教師の気配は無い。
だがそれでも念には念を入れてルイズはなるべく音を立てないように歩いた。
そして二人は中庭の一つに出る。ルイズは少しはしたないかしら、と思いながらも草むらの上に座り、サイトもそれに習った。
夜風が気持ちよくルイズに当たる。彼女は何も考えずにそれを堪能した。
それから何分か経った頃、サイトがやにわに話しかけてきた。
「なあ」
「なに?」
ルイズは物憂げに答えた。出来ればもう少しこうしていたかったからだ。
だがサイトはとても真剣な顔をしていたので、いちおう話を聞いてやる事にした。
「……俺の事を情けないと思うか?」
質問の意味が解らずルイズはきょとんとなった。
「は?どういう意味よそれ」
「ほら……ギーシュに偉そうな口を叩いておきながらボコボコにされた事だよ」
変な事を聞くものだ、と思いながらルイズは素直に返した。
「いえ、全然。むしろ良くやったと思ってるわ」
この答えにサイトは驚いたのか、目を丸くした。
「……俺を慰めようとそんな事を言ってるのか?」
別にそんな事はない。これは純粋に彼女の本心である。
平民は貴族には勝てないというのが彼女にとっての大原則だ。
だからギーシュに魔法を使わせない、というあの策が失敗した時点で勝機は完全に無くなっていた。
彼女にしてみればサイトがあれだけ粘った時点で十分凄い事だ。
というよりも、貴族と正面から戦って負けるのを情けないと感じるのは、勝つ可能性もあったと言っている事に等しい。
それこそ馬鹿げた、自分の分をわきまえない“情けない事”だ。
「馬鹿じゃない?なんで私があんたを慰めなきゃいけないのよ」
サイトはそれを聞いて苦笑いを浮かべる。
「ま、そりゃそうだな……でも俺は自分の事を情けないと思うし、凄く悔しい」
「ゴーレム相手に素手であれだけ持ったんだから恥ずかしがる必要なんて無いじゃない。普通の人間なら最初の一発で降参してるわ。学院の他の平民の間でも噂になってるのよ、あんた達は」
「そんな事はどうだって良いよ。問題なのは俺がそう思ってるって事だ」
だがそれがルイズには理解できない。
前提として平民は貴族には勝てないのだから、サイトがそう考える事自体がそもそもおかしいと感じてしまう。
「だからそれで当たり前なのよ。平民は貴族に勝てないの。メイジ殺しって呼ばれる連中もいるけど、真正面からメイジと戦って勝つなんてそいつらにも無理。だから誰もあんたの事を情けないなんて思わないわ」
「他の人がそう思おうと俺には無理だ。それに平民は貴族に勝てないっていうが、少なくともプッロさんとウォレヌスさんはギーシュのゴーレムの1、2体くらいなら倒せるんだ」
それを聞いてルイズは目を見張った。
ドットクラスのゴーレムでも傭兵の5人くらいとは渡り合えるのが常識だ。
本当にそれを倒せるのならあの二人は相当な強さを持っている。
そしてサイトは思いつめような顔をして呟いた。
「あの二人は魔法なんて使えないだろ。だから平民とか貴族とかそういう問題じゃなくって、これは単に俺が弱いって事だ……男として悔しいんだよ、単純に」
こんな事を言われたのは初めてだったからだろう。なんと言えばいいのかルイズは解らなかった。
ふと、そこである事に気づいた。もしかして、サイトは仕返しをしようと考えているのでは、と。
彼の表情を見ているとそう思えてならなかった。
「ねえあんた、もしかしてギーシュともう一度決闘しようなんて馬鹿げた考えはしてないわよね?」
サイトは表情を変えないまま、答えない。それを肯定と受け取ったルイズは声を張り上げた。
「あんた、バカ!?絶対に止めなさい!これは命令よ!」
サイトは表情を少し崩し、小さな微笑を浮かべた。
「お?俺を心配してくれてるのか?」
「当たり前でしょう!使い魔が危険な目に会うのを心配しない主人なんていないわ!とにかく、あいつに手を出すのはもう禁止!今度こそ殺されるわよ!?解ってるの?」
「そうされない方法を考えるよ」
「そんな方法があるわけないでしょう!諦めなさい!」
ルイズの脳裏に、三日前の光景が浮かび上がる。
ギーシュのワルキューレに一方的に嬲られるサイト。
明らかに曲がってはいけない方向に曲がった腕。
血だらけの顔。殴られるたびに出る嫌な音と、彼の苦悶の声。
そんな物はもう二度と見たくない。だがルイズの感情を裏切るように、サイトは絶対の決意を持って話す。
「もうプッロさんとは話してある。俺に戦う方法を教えてくれるそうだ。時間はかかるけどやってみせる。俺一人じゃなくてあの人も一緒だ。うまくやれば勝算はあるさ」
「あのねえ、少しくらい強くなったって無理よ!」
「俺だってバカじゃない。ちょっと鍛えてもらうだけじゃ勝てないなんて解ってるよ。真剣にやるし、何か策を考える。それに少なくとも自分の身くらいは守れないと、やる時にプッロさんの足手まといになるだけだ」
呆れた事に、サイトだけでなくプッロまで復讐を考えているらしい。
いや、彼の性格を考えればそれ程おかしい事ではないだろう。
だがまさかサイトまでそんな事をするとは……
いや、彼はギーシュの降伏勧告を蹴って勝ち目のない決闘を続けようとした。
実はそれ程おかしい事ではないのかもしれないが、どちらにしてもルイズは落胆し、頭を抱えた。
「まったく、少しはあいつらと比べて従順かと思ったら結局は同じじゃない……」
「すまないな、ルイズ。でもこればっかりはやらせて貰う……それに俺が強くなれば、少しは使い魔としても役に立つだろう?今のままじゃ雑用しか出来ないし」
彼の顔。ギーシュが剣を差し出した時と同じだ。自分が何を言おうと絶対に否とは言わない表情。
ルイズはもう何度目になるか解らないため息をついた。
こいつは一度こういう事を決心したらテコでも動かない人間らしい。
そして更にサイトはとんでもない事を言い出した。
「というかルイズ、俺たちに協力してくれないか?」
「……は?」
呆れて物も言えないとはこの事だ。
今あれだけ自分が反対したのが聞こえなかったのだろうか。
「あんた……私がさっきなんて言ってたか聞いてなかったの?する訳ないでしょうそんな事!」
「聞いてたよ。それを承知で言ってる、っていうか元々話そうと思ってたんだよ。あいつと戦うのには計画がいる。ならメイジに関する知識が必要だ。お前ならそれを持ってるし、三人寄れば文殊の知恵って言うだろ。頼む!」
そう言ってサイトは拝むように両手を合わせた。
馬鹿馬鹿しいにも程があると思ったが、彼の表情を見ると無下に断る事ができずにルイズは暫くの間考え込んだ。
そしてその内に認識を改め始めた。
最初は呆れ果てた彼の提案だったが、実はそれ程悪くないのではないか。
彼が言う通り自分も加われば少しはマシな計画な出来るだろうし、根気よく説得を続ければ止めさせられるかもしれない。
少なくとも、彼ら二人だけでやるよりは生き残れるだろう。
あの光景をもう見ない為の最も確率の高い方法だ。
そう思い、本当に渋々とだがうなずいた。
「……解ったわ。協力してあげる。あんた達バカ二人に任せておいたらそれこそ本当に死んじゃいそうだし」
「本当か!サンキュー!恩に着るよ!」
そう言いながらサイトは顔に満面の笑みを浮かべた。
だが一つ気になる事があった。
「ところでウォレヌスはどうしたの?話に出てきてないけど」
「あの人はこの事を知らない。プッロさんが言わない方がいいって言ってたんだ。絶対に反対するだろうから、って」
それを聞いてルイズは納得した。
ウォレヌスは名誉を重んじる性格のようだが、勝ち目が無い戦いに挑むほど愚かではないという印象を持っていたからだ。
が、それにしても疲れた。
サイトと話していたらドッ、と疲労が押し寄せてきた感じだ。
「まったく、あんたらといると胃に穴が開きそうだわ」
「……すまないな」
「本当にすまないって思うんならこのアホな復讐ごっこを止めなさいよ」
サイトは目を伏せ、申し訳無さそうな顔をしたが何も言わなかった。
「そもそもなんなのよ、あいつらは。恥って物を知らないのかしら」
ついでに、プッロとウォレヌスへの不満も洩れた。
大方、サイトを焚きつけたのもプッロなのだろうから。
そのルイズの呟きを聞いたサイトは困惑した表情になった。
「え?そりゃあの人達はお前の言う事を中々聞かないけど、恥を知らないってのは違うんじゃないか?」
「いいえ、違わないわ。平民の癖に私に対する暴言と暴挙の数々!奴らに少しでも平民としての自覚があればあんな事をするわけが無いわ。ローマとやらを一度見てみたい物だわ。きっとあいつらみたいに恥知らずな連中でいっぱいなんでしょうね!」
プッロはともかく、それなりに教養のありそうなウォレヌスでさえああなのだ。
ローマというのは野蛮人の国なのだろうとルイズは確信していた。
サイトはうつむき、少しの間何かを考え込む。
「じゃあさ、ルイズ。もしお前が俺達の立場だったらどう思う?」
「あんた達の立場?」
「突然聞いた事もない外国に連れ去られて、有無も言わさず使い魔とかいう物にされて、掃除しろとか洗濯しろとか。挙句の果てに家に帰す手段は存在しないって。そんな事になっていい気がするか?」
そう言われて、ルイズは想像してみた。
確かに嫌な気分にはなった。だがだから何だというのだ?
「……そりゃいい気はしないわ。でもそんなの関係ないじゃない。私は貴族であんた達は平民なんだから。むしろ私の使い魔になった事を名誉に思うべきだわ」
「だから平民だとか貴族だとかは関係ないだろ。普通、人間ならみんな嫌がるってことで――」
「関係ない?大有りじゃない。というかそれが全てでしょ」
ぜんぜん話が通じないわね、とルイズはサイトに違和感を抱いた。
ただの平民と、始祖から神の奇跡である魔法を授かった貴族では話が違うなんて当たり前だ。
だがサイトにはそれが理解できないらしい。
彼は困り果てたように右手で顔を覆って、ため息を漏らした。
「……とにかく、あの人達がなんでああ言う態度なのかは解っただろ?それにさっきお前と話すのを見る限りじゃ少しは柔らかくなってるんだ。そうカッカするな」
ルイズがサイトに抱いていた違和感がその言葉で吹っ飛んだ。
柔らかくなった?
いったい何を言っているのだろう。
あの傲岸不遜な態度は最初の頃と全く変わっていないじゃないか。
「いったいどこが?前と完全に同じじゃない!」
「最初の頃の二人なら使い魔の仕事をするのだって渋ってたんじゃないか?それが今は兎にも角にもそれだけは賛成したんだ。これは進歩じゃないか?」
それには気づいていた。決闘以来、あの二人の態度がほんの少し良くなっていた事も。
「それにプッロさんが言ってたよ、お前の事を“案外可愛い所もあるじゃないか”って」
以外だったが、あまり嬉しくない。まるで自分が普段は可愛くないって言っているように聞こえる言葉だ。
それだけでない。ほめ言葉のつもりなのだろうが、そんな台詞は明らかに自分を下に見ていないと出てこない筈だ。
その辺りも不愉快だった。
「どういう意味よそれ?」
ルイズはムスッとしながら答える。
「俺の看病をしたことが、らしい。意外に優しいんだなって驚いたそうだ」
ルイズの頬がサッと紅くなった。もし真夜中でないのならサイトにもはっきりと見えていただろう。
「べ、別に優しいからじゃないわよ。単に主人として使い魔の管理はきちんとしないと駄目なだけよ」
「看病ならメイドの人にやらせればいいじゃないか。なんでわざわざ自分でしたんだ?」
「そ、それは……」
ルイズは言葉につまった。
彼が心配で看病をしたかったと言うのも事実だし、周りの事を忘れて何かに熱中したかったと言うのも事実。
だがその両方とも彼には言いたくなかった。
後者は単に自分の内心を他人に知られたくなかったからだが、前者はなんとなく本人の前で認めるのが癪だった。
「それに、治療費も全部出してくれたって言ってたぜ。気軽に買える様な値段じゃないんだろ?」
余計な事をベラベラと喋って、とルイズはプッロに心の中で毒づいた。
「とにかく、感謝するよ。ありがとう。この事は忘れない」
なぜだか解らないが、サイトにこう言われるととても恥ずかしかった。
考えてみたら、他人から感謝されるなんて随分と久しぶりに思えた。
いつもは陰口を叩かれたり魔法を失敗して叱られるばっかりだったからだ。
それが原因かもしれない。
「ま、まあそう思うんならその恩義に報いるべくピシピシ働く事ねっ!」
そして恥ずかしさを誤魔化すようにルイズは立ち上がった。
「もう疲れたから部屋に戻るわ」
「ああ、俺ももう行くよ」
続けてサイトも立つ。そして二人は学院の中に戻った。
部屋に戻る途中、ルイズは自分でも気づかないまま小さくつぶやいた。
「まったく、いったいこれからどうなるのかしら……」
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