登録日:2025/07/05 Sat 00:41:34
更新日:2025/07/14 Mon 20:56:02
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この項目では原子番号79、元素記号Auの貴金属(きん)について説明する。
  • (かね)」の説明をお求めの方はお金の項目
  • 中国の王朝「金(Jin)」の説明をお求めの方はこのへんへ
  • 朝鮮半島で見ることが多い姓((キム))に関しては、お手数ですがご自身で調べてください
  • 哺乳類・鳥類の下半身の一部についての説明をお求めの方はお察しください


◆ 我々が知る「金(きん)」。それは富と権力の象徴であり、指輪やネックレスとして身を飾り、時には国家の経済すら左右する、まさに「最強」の金属。RPGの世界では通貨「G」としてお馴染み。

現実世界の金の起源は、我々の想像を絶する宇宙規模の超絶イベントにある。
それは、超巨大な恒星が燃え尽きたなれの果て、「中性子星」同士が激突・合体するという、まさに宇宙の最終戦争レベルのカタストロフ。
この時、凄まじい中性子の嵐が吹き荒れる「rプロセス」という現象によって、ようやく金は錬成される。
▷ つまり、我々が手にする金の原子ひとつひとつが、宇宙の終末級イベントでドロップした超激レアな遺物(レリック)なのである。

この記事では、そんな奇跡の物質「金」のキャラシートを徹底解剖し、その壮大な伝承(歴史)を追い、現代における「ゴールドファーミング」(採掘・精錬)の実態を書いていく。


金のキャラシート ~チート級スペックと宇宙的オリジン~


◆ 金がなぜこれほどまでに価値を持つのか。
その答えは、地球ではなく宇宙にある。
太陽のようなありふれた恒星の核融合では、鉄より重い元素は作れない。金のような重元素の誕生には、まさに規格外の環境が必要とされるのだ。

◆ その錬成プロセスこそが「rプロセス(rapid neutron-capture process)」、日本語で「速い中性子捕獲過程」と呼ばれる現象である。
これは、原子核がベータ崩壊する暇もないほどの超高速で、次々と中性子を吸収していく反応である。
この「中性子の嵐」を発生させるイベントとして、現在最も有力視されているのが「中性子星合体」。

▷ 中性子星とは、太陽の何倍も重い恒星が超新星爆発を起こした後に残る、超高密度な天体の死骸。角砂糖一個分で数億トンという、もはや物理法則の限界に挑むような代物。
そんな星が二つ、引力に引かれて螺旋を描きながら接近し、最後に激突・合体し、宇宙空間に中性子星の破片を撒き散らす。
その凄まじい密度の中性子が一斉に原子核に叩き込まれる中で、鉄などの軽い元素が金やプラチナ、ウランといった重元素へと一気に「進化」する。この現象は「キロノヴァ」と呼ばれ、その輝きの中から、宇宙の至宝が生み出される。

◆ つまり、金は宇宙規模のガチャで大当たりを引いた時にしか手に入らない、最高レアリティ「SSR」素材のひとつなのである。
その存在自体が、我々の文明や歴史を超越した、壮大な物語を秘めていると言えるだろう。

金の固有スキル ~生まれ持った優秀な能力~
金は、まるでゲームのキャラクターのように、生まれつき強力なパッシブスキルをいくつも持つ。
固有スキルとは言うが周期表の8~11族・5~6周期らへんは割と似た性質を持っているのは内緒だ

【固有スキル:永遠の輝き】
金は化学的に極めて安定しており、他の物質とほとんど化学反応を起こさない。空気や塩水に長期間さらされても酸化せず、錆びることがない。またほとんどの酸やアルカリをも寄せ付けない、まさに鉄壁の防御を誇る。表面に錆を作っているアルミやチタンとは違うのだよ。
ただ弱点も少ないながら存在し、例えば濃硝酸と濃塩酸を混ぜた「王水」や後述の「シアン化合物」、そして超高温高圧の「熱水」には溶ける。とはいえ並の薬品ではびくともしないこの驚異的な耐食性こそ、数千年前の黄金製品が今なお輝きを失わない理由であり、かつて金が「不滅の象徴」と見なされた所以でもある。
粉末にしないと溶けないイリジウムとか、アルカリに冒されるくせに王水含む酸をまるで寄せ付けないタンタルとか金以上に輝く金属もある。知名度の問題もあるのだろう…

【固有スキル:究極の展延性】
金は、あらゆる金属の中で最もよく伸び、最も薄く広がる性質を持つ。わずか1グラムの金は、なんと3000メートル以上の細い糸に引き伸ばすことができ、叩けば向こうが透けて見えるほど薄い「金箔(きんぱく)」になる。

💡 【豆知識】 金箔を通して光を見ると、不思議なことに青緑色に見える。これは、ごく薄い金の膜が黄色や赤色の光を吸収し、青色や緑色の光を透過するという物理的な性質によるものである。

【固有スキル:優秀な導電性】
銀や銅には劣るものの、金もその2種に次ぐ良好な導電性を示す。もちろん普段使いとしては銅でいいが、腐食環境下だったり高い延展性が要求される超精密部品だったりする場合は金の出番。

【固有スキル:対アレルギー(条件付き)】
純金(K24)は、人体とのなじみが非常に良い「生体適合性」が高く、金属アレルギーをほとんど引き起こさない。私たちが耳にする「金のアレルギー」の多くは、実は金そのものではなく、アクセサリーの強度を高めたり色合いを変えたりするために混ぜられる「割り金(わりがね)」、特にニッケル、パラジウム、銅といった他の金属が原因なのである。


人類と金のクロニクル ~神々の肉体から世界経済の支配者へ~


人類と金の関わりは、記録が残るよりも遥か昔に遡る。その輝きは、人々の信仰と欲望の対象となった。

古代エジプト: 金は太陽神ラーの肉体そのものとされ、神聖視された。ファラオのマスクや棺に惜しげもなく使われたのは、王の神格化と永遠の命を願うためだった。
しかし、驚くべきことに、古代エジプトのある時期では、金よりも銀の方が価値が高かった。これは、金が砂金として比較的純粋な形で採れたのに対し、銀は鉱石から精錬する必要があり、その技術が未熟で生産コストが非常に高かったためである。価値とは希少性だけでなく、それを手に入れるための「技術」によっても決まる、という好例*1

古代アメリカ: インカ帝国では、金は「太陽の汗」、銀は「月の涙」と呼ばれ、通貨としてではなく、神々への捧げ物や皇帝の権威の象徴として使われた。この精神的な価値観は、後に金そのものを富として求めるヨーロッパ人との悲劇的な衝突を生むことになる。

大いなる伝説: ヨーロッパ人たちは、東方の果てにある黄金郷の伝説に心を奪われた。南米のジャングルに眠るとされた「エル・ドラド」。マルコ・ポーロが『東方見聞録』で伝えた、宮殿が黄金でできているという「黄金の国ジパング」(日本)。ギリシャ神話では、触れるものすべてを黄金に変えてしまう強欲の戒め「ミダス王」の物語や、英雄イアーソーンが竜の守る「金羊毛」を求めて冒険するアルゴナウタイの伝説が語り継がれた。



通貨「G」の起源 ~価値のモノサシへの進化~


◆ 金が単なる権威の象徴や宝物ではなく、不変の価値を持つ「通貨」へとその役割を変える、歴史的な転換点が存在する。その舞台は、紀元前7世紀頃の古代リディア王国(現在のトルコ西部)である。ここで、世界初とされる鋳造貨幣が生まれた。

▷ 原料は、金と銀が自然に混じり合った合金「エレクトラム」その表面には、品質と重量を王が保証する証としてライオンの刻印が打たれていた。これにより、取引のたびに重さを天秤で計るという手間は不要となり、経済活動は飛躍的に効率化された。 我々がRPGの世界で当たり前のように稼ぐ通貨「G(ゴールド)」の直接の祖先**が、この瞬間に産声を上げたのである。

▷ 歴史的に見ると、良く使われる金貨*2「一般的な都市労働者の基本月俸」=「主食として流通する穀物の成人男子半年分の平価」ぐらいに調整された。これぐらいの価値だと、一般市民の高額決済用としてもボーナス用としても、何よりも軍隊の物資叩き買い用としても使い易いからである。

▷ 金は陸軍の行軍速度を大幅に向上させる。作戦行動中の食料を自分達で輸送するにしても、進軍地域から略奪するにしても時間と手間を浪費するが、現地で金貨を使って叩き買いをすれば自分達の持ち運ぶ荷物を劇的に減らせるし、地元民を敵に回すリスクも大幅に減少する。また、土地などの恩賞の原資を十分に得られなくとも、金貨で代替する事も、軍紀を破った人間に減俸と言う処罰を課す事で統制を保つ事も出来る。

▷ 近年中国ではバブルの崩壊により金の需要が高まっているが、そのため金より重いタングステンなどをを割り金?*3に使って重さだけを合わせた偽の金を使った詐欺が横行している。だがこれは電気を流せば伝導率の違いにより簡単に判明するので、ちゃんとした知識さえあれば金の価値は不変である。金を購入する際は怪しい業者でないかしっかり確認しよう。



近代経済の叙事詩 ~世界システムの基軸へ~


近代に入ると、金は単なる通貨から、国家の盛衰を左右し、世界経済システムそのものを規定する、まさに物語の主役へと躍り出る。

価格革命: 16世紀、スペインが南米のポトシ銀山などから莫大な量の銀をヨーロッパに持ち込んだ。これにより銀の価値が暴落し、ヨーロッパ全土で物価が2~3倍に高騰する激しいインフレーションが発生した。この「価格革命」を経て、相対的に金の価値はさらに高まった…と言うかローマ帝国時代の1:10~11に戻った。

ゴールドラッシュ: 19世紀、アメリカのカリフォルニア(1848年)やオーストラリアで巨大な金鉱が発見されると、一攫千金を夢見る人々が殺到する「ゴールドラッシュ」が起きた。この結果、金の供給量が爆発的に増加し、世界のマネーサプライを急増させ、イングランド銀行やフランス銀行の金準備高を数倍に膨れ上がらせるなど、世界経済の規模を大きく拡大させた。

金本位制: フランス革命後のハイパーインフレを収集すべく、ナポレオン・ボナパルトが1803年に近代初の本位金貨であるナポレオン金貨を発行。地金を持ち込めば僅かな手数料で本位金貨に交換される制度を確立した。19世紀後半から20世紀初頭にかけて、多くの国が自国の通貨価値を一定量の金と結びつける「金本位制」を採用した。これにより通貨間の為替レートが安定し、国際貿易が飛躍的に発展した。日本も1897年に日清戦争の賠償金を元手に金本位制を導入している。

ニクソン・ショックと体制の崩壊: 金本位制は第一次世界大戦や世界恐慌で停止と再開を繰り返したが、第二次大戦後、「ブレトン・ウッズ体制」として復活する。これは、アメリカドルだけが金と交換可能(1オンス=35ドル)で、他の通貨はドルと固定レートで結びつくという変則的な金本位制だった(この時のレートが1ドル=360円)。しかし1971年、ベトナム戦争の戦費増大でドルの信認が揺らぐ中、アメリカのニクソン大統領が突如ドルと金の交換停止を発表。この「ニクソン・ショック」により、金を基軸とした世界経済システムは完全に崩壊し、現在の変動相場制へと移行したのである。これは世界経済のルールブックが書き換えられた、歴史的な大事件だった。



ゴールドファーミング入門 ~採掘と精錬の光と闇~


人類はいかにして金を手に入れてきたのか。その方法は、牧歌的なものから巨大工業へと進化した。

砂金(さきん)採り: 最も古典的な方法。川の流れで削られた金鉱脈から剥がれ落ちた金の粒が、川底に溜まったものである。金の比重が19.3以上と極めて重いことを利用し、「揺り板(ゆりいた)」や「椀(わん)」と呼ばれるパンニング皿で砂や砂利を洗い流し、重い金だけを残す。

山金(やまきん)採掘: やがて人々は砂金の源流をたどり、山中の金鉱脈(岩金)を発見する。現代の金鉱山では、ダイナマイトなどの爆薬で鉱脈を爆破し、巨大な重機で鉱石を採掘するという、大規模なオペレーションが行われている。

採掘した鉱石から純粋な金を取り出す作業は、困難を極める。なぜなら、1トンの良質な鉱石から取れる金は、わずか3~5グラム程度、良質な熱水鉱床でも70~80g程度だからだ。この微量な金を取り出すために、現代では強力な化学の「魔法」が使われる。

灰吹き法:金と銀は鉛には良く溶ける上に、酸化鉛よりも遥かに表面張力が強いので、粉砕した金銀鉱石を熱で溶かした鉛で洗浄した後、凝灰岩や灰の上で貴鉛(鉛と金銀の合金)に酸素を吹き込みながら火炎噴射すると、溶けた酸化鉛が吸い込まれて金銀だけが残る。
紀元前から実用化されている手法だが、15世紀に李氏朝鮮で劇的な高効率化に成功し、佐渡金山や石見銀山の大増産の礎となった。

青化法(シアン法): 現在の金生産の90%以上で使われる主流の精錬法。細かく砕いた鉱石を、猛毒であるシアン(青酸)化合物の水溶液に浸す。シアンは金を選択的に溶かし出し、金が溶け込んだ溶液から活性炭などを使って金を回収する。この方法は、まさに光と闇を併せ持つ。効率的に純粋な金を生み出す一方で、その過程で猛毒を使用するという、大きなリスクを伴うのだ。2000年にルーマニアのバイア・マレ鉱山で起きた事故では、シアンを含んだ大量の廃液がダムから流出し、ドナウ川水系に深刻な汚染を引き起こした。このような事故は世界各地で発生しており、金の輝きの裏には、常に環境破壊という「呪い」が付きまとっている。この問題に対応するため、業界の自主規制として「国際シアン化物管理コード(ICMC)」が策定され、安全な管理体制の構築が進められている。

水銀アマルガム法: 発展途上国の小規模鉱山では、安価で手軽なため、いまだに水銀を使った精錬が行われている。水銀は金と混ざりやすく「アマルガム」という合金を作る。このアマルガムを加熱して水銀だけを蒸発させ、金を残すという方法。しかし、この時に発生する水銀蒸気は極めて有毒で、作業者の神経系に深刻なダメージを与えるだけでなく、河川や土壌を汚染し、生態系全体を蝕む。フィリピンなどでは政府が水銀の使用を禁止しているが、徹底されていないのが現状だ。

都市鉱山
金の新たな供給源として注目されているのが「都市鉱山」だ。これは、廃棄されたスマートフォンやパソコンなどの電子機器のスクラップを指す。
★ 驚くべきことに、廃棄された携帯電話1トンからは、なんと280グラムもの金が回収できるという。これは、良質な金鉱石1トンから得られる金の数十倍から百倍近い量だ。資源に乏しいとされる日本だが、国内に眠る電子機器に含まれる金の総量は約6800トンと推定されており*世界有数の「都市鉱山大国」なのである。
★イギリスでは下水道が注目されており、下水道の中におそよ2トンもの金が埋蔵されているとされる。問題はどうやって金を取り出すかだが、これについての議論は進んでいない。ロンドン中に張り巡らされた下水網からそれだけを取り出すとなると、それ以上のコストがかかるのは間違いない……


金の実装例 ~神仏の装飾から宇宙服まで~


美術工芸: 金閣や中尊寺金色堂に代表されるように、金箔は古くから寺社仏閣や仏像の装飾に用いられ、神聖さと荘厳さを演出してきた。
なお、8世紀に奈良、平城京の大仏を金色にするために施されたのは金メッキ、上記の水銀アマルガム法であり、重大な重金属汚染を引き起こしたという。

金継ぎ(きんつぎ): 割れたり欠けたりした陶磁器を、漆と金粉で修復する日本独自の伝統技法。傷を隠すのではなく、あえて「景色」として美しく見せることで、物の歴史や不完全さをも愛でる「わびさび」の精神を体現している。石川県でよく用いられる。

食用金箔: 料理や菓子に添えられる食用金箔は、その不活性な性質から体内で吸収されずに排出されるため、安全に食べることができる。

電子機器: 金の高い導電性と耐食性、展延性は、現代のハイテク機器に不可欠だ。スマートフォンやパソコンの精密な回路基板や接点部分に使われ、機器の信頼性と長寿命を支えている。集積回路(IC)の内部でミクロン単位の配線*4を実現できるのも金ならでは。我々のガジェットが錆びで動かなくならないのは、金のおかげなのだ。

医療: 耐久性と生体適合性から、古くから「金歯」として歯科治療に用いられてきた。また、関節リウマチの治療薬*5や、放射線治療の際に体内に埋め込むマーカーとしても利用されている。

オリンピックのメダル:金メダルは、上記のように金と別の金属を混ぜたもの*6国がその威信をかけて本気で獲りに行くのでもある。

宇宙という極限環境でも、金はその能力を発揮する。

宇宙服のバイザー: 宇宙飛行士のヘルメットのバイザーには、ごく薄い金の膜がコーティングされている。この金の層が、有害な太陽放射(赤外線や紫外線)を効率よく反射し、宇宙飛行士の目や顔を保護する役割を担っている。

人工衛星の「黄金の衣」の真実: 多くの人工衛星は、まるで金色の断熱材で包まれているように見える。しかし、これは多くの場合、本物の金ではない。その正体は「多層断熱材(MLI - Multi-Layer Insulation)」と呼ばれるもので、その金色に見える外層フィルムは「ポリイミド」という超耐熱性のプラスチックなのである。ポリイミドは、その分子構造上、光を反射・吸収した結果として、我々の目に黄土色〜金色に見えるだけで、素材そのものの色なのだ。人工衛星の温度管理は、熱を反射する白い塗装や、逆に熱を吸収・放射する黒い塗装などを使い分けて行われており、金色に見える部分は主に断熱の役割を担っている。目立つために金色にしているわけではなかったのだ。



物語の中の金 ~錬金術~


「鉛を金に変える」という錬金術は、単なる物質変化の技術ではなかった。

真の目的: 西洋錬金術の究極目標は、卑金属を金に変える触媒「賢者の石」を創り出すことだった。賢者の石は、金属を貴金属に変えるだけでなく、人間に不老不死を与える「エリクサー」そのものでもあると考えられていた。

その思想: 錬金術の根底には、ヘルメス思想という神秘哲学がある。その中心的な教えが「上なるものは下なるもののごとく、下なるものは上なるもののごとく(As above, so below)という言葉に集約される。これは、大宇宙(マクロコスモス)と人間という小宇宙(ミクロコスモス)が照応しているという考え方だ。つまり、卑金属である「鉛」を完全な金属である「金」に転変させる作業は、不完全な人間の魂を、完全な存在へと昇華させる精神的な修行のメタファーでもあったのだ。このテーマは、『鋼の錬金術師』において、賢者の石を巡る物語が単なる富の追求ではなく、生命の尊厳や魂のあり方を問う壮大な物語として描かれていることにも通じている。



現代の錬金術 ~理論と現実の壁~


では、かつての錬金術師たちが夢見た「鉛を金に変える」ことは、現代科学の力で可能なのだろうか。
答えは、「理論的には可能だが、現実的には全く割に合わない」である。

◆ 歴史的な錬金術が化学反応のレベルで物質を扱っていたのに対し、現代科学は原子核そのものを変化させる「核変換」の技術を持つ。
粒子加速器などの巨大な装置を使い、原子に別の粒子をぶつけて陽子の数を変えることで、ある元素を別の元素に変えることができるのだ。
例えば、金の原子番号は79なので、原子番号80の水銀から陽子を1つ取り除くか、原子番号82の鉛から陽子を3つ取り除けば、理論上は金が錬成できる。

しかし、これには天文学的なコストと、乗り越えられない技術的な壁が立ちはだかる。

莫大なエネルギーコスト: 粒子加速器を動かすには、都市一つ分に匹敵するほどの膨大な電力が必要となる。
数個の金の原子を作るために必要な電気代は、その金の価値の何兆倍にもなってしまう。

絶望的な効率の悪さ: この方法で作れる金は、一度にわずか数原子レベル。
1グラムの金(約1.2京円、2025年7月現在)を作るには、現在の技術では数千年かかっても不可能であり、そのコストは文字通り天文学的数字に達する。

放射能の問題: さらに、このプロセスで生成される金の多くは、安定した同位体(金197)ではなく、放射線を出す不安定な放射性同位体である。
つまり、せっかく作っても危険で役に立たない「呪われた金」になってしまうのだ。



結論 ~星屑から神話、そして我々の手の中へ~


◆ 金の物語は、中性子星の衝突という宇宙の創生詩から始まる。化学的には極めて不活性で「退屈」な元素でありながら、その性質ゆえに人類の歴史と文化を激しく揺さぶり、経済を築き、時には戦争の引き金ともなった。現代では最先端技術の心臓部を担い、同時にその精錬過程では環境破壊という深刻な影を落とす。

金の究極的な価値は、この物理的特性と、人間がそこに投影してきた欲望や理想の融合にある。錆びず、朽ちず、永遠に輝き続けるその姿に、我々は自らの「不滅」への憧れを、「力」への渇望を、そして「神聖さ」への祈りを重ねてきた。

◆ rプロセスによって鍛え上げられた星々の残骸から、RPGの通貨として我々の画面を満たすまで。金とは、宇宙の物理法則と人類の物語が交差する点に存在する、奇跡の物質なのである。次にゲームやアニメで金色のアイテムを目にした時、その輝きの向こうに、星々の激突、そして錬金術師たちの夢の跡を想ってみるのも一興だろう。




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最終更新:2025年07月14日 20:56

*1 他の金属の例なら、電解精錬が確立されるまで単離が難しかったアルミニウムが金以上の希少金属として尊ばれた事もある。

*2 ローマのアウレウス金貨、英国のソブリン金貨、フランスのナポレオン金貨、日本の一分判

*3 錆びたという報告があるので金が入っているかどうかも怪しい

*4 心臓部のICチップと外部端子をつなぐための内部配線で、ボンディングワイヤと呼ばれるもの。

*5 ただし現在は他の治療薬が多数出ていること、終売となったことからほぼ使われていない

*6 正確には銀メダルに金メッキが施してある