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SERVANT'S CREED 0 ―Lost sequence― -01 - (2010/01/09 (土) 19:37:23) の1つ前との変更点
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#navi(SERVANT'S CREED 0 ―Lost sequence―)
&setpagename(memory-01 「アサシンの行方」)
1478年
フィレンツェ共和国
「あそこだ! 追え! 捕まえるんだ!」
兵士たちの怒号が鳴り響く中、夜のフィレンツェを一つの影が駆け抜ける。
目深に被ったフードに、白のローブ、左肩に質素なマントを纏った青年は、
慄く群衆をかき分け、道に積まれた酒樽を足場にし、壁から突き出た木の棒に飛び移る、
壁を伝い、窓に手をかけ、一気に屋根の上まで駆け上がる。
登り終えた青年がちらと下を覗き込む、追ってきていた兵士たちが必死に壁を伝いよじ登ってくるのが見えた。
このまま逃げれば余裕をもって彼らをまくことができる、そう考え踵を返そうとした、その時、彼の足もとに深々と矢が刺さる。
はっと顔をあげると、屋根の上を警邏していた番兵が、弓を構え彼に狙いを定めていた。
青年は小さく舌打ちすると、急ぎ踵を返し屋根の上を駆けた。
「追い詰めたぞアサシンめ! これで貴様も終わりだな!」
やがて、街の中でもひときわ高い屋根の上まで彼を追い詰めた番兵たちは、剣を抜き放ち、にじり寄る。
アサシンと呼ばれた青年は、フードの中で薄く笑うと、彼もまた腰に差した剣を抜き放つ。
それが合図となったのか、取り囲んでいた番兵たちが、青年に襲い掛かった。
くぐもった断末魔とともに、一人の番兵が糸が切れた人形のように力なく崩れ落ちる。
これで何人目だろうか? 剣についた血を振り払い、周囲を確認する、向こうは士気は下がってきているとはいえ、まだまだいる。
「まったく……男にモテたってうれしくないんだけどな……」
苦笑しながらそう呟いていると、今まで怯んでいた兵士の一人が持っていた戦鎚を振りかぶり、雄たけびとともに突っ込んできた。
不意を突かれた彼は、かろうじて剣で受け流したものの、威力負けし、剣をとりこぼしてしまった。
屋根の上を転げ落ち、地面へと剣が落下していく。
だが、彼はすぐさま空いた左手を突き出し、兵士の首をつかむ。
手甲に収納された刺突用の特殊なブレードが勢いよく飛び出し、兵士の喉元を深々と貫いた。
アサシンブレード、彼らアサシンの切り札にして、象徴とも呼べる武器である。
そのまま払いのけるように死体を投げ捨てる、剣を無くした分、さらに不利になった。
「さて、どうしたものかな」
小さくつぶやきながら、アサシンブレードを構え、策を考える。
……どこからか讃美歌が聴こえる。
こんな時に……どこからだ? そう考えあたりを見回し、気づく。
何のことはない、それは自分の足もとから聴こえてくるのだ。
そして彼は、今自分がどこにいるのか理解した。
「……どうやら俺は散々バチあたりなことをやってたらしいな」
彼が追い詰められた場所はフィレンツェ最古の大聖堂、サンタ・マリア・ノヴェッラの屋根の上だったのだ。
自分たちの足下では、今、聖歌隊が神に讃美歌をささげているのであろう。
その上で殺し合いとはなんとも皮肉な話である。
「なぁに、心配しなくても、すぐにお前も神様の元へ送ってやるぜ! もっとも行先は地獄かもしれんがな!」
その言葉を聞いた兵士の一人が、笑いながら剣を突き付ける。
青年は観念したのか、構えを解きアサシンブレードを手甲の中に納めた。
「なんだ? いまさら命乞いか? いいだろういいだろう、俺様は優しいからな、今なら絞首刑か斬首刑か、好きなほうを選ばせてやるぞ」
それをみた兵士が、笑いながら顎で彼を取り囲むように指示を出す、
だが青年は、ニヤリと笑うと、急に踵を返し一気に走りだした。
そして、正面のファサードまでたどり着くとあっという間に上まで登り詰めてしまった。
「き、貴様! 何をする気だ! 降りて来い!」
「悪いが、今のところそんな予定はないな、神様がまだ死ぬなって言うもんでね」
ファサードの頂上に立った彼は、真下の兵士たちににこやかに語りかけると、聖人のように手を大きく広げる……。
「Adios!」
青年は最後にそう言い残すと、そのまま宙へ身を放り投げた。
屋根の上の兵士たちは、急ぎ彼が飛び降りた地面を見下ろす。
そこには既に追っていたはずの青年の姿はなく、兵士たちの目に映るのは道行く人々の群れと、荷車に積まれた藁山だけだった。
.
SERVANT'S CREED 0 ―Lost sequence―
「あんた誰?」
その声に青年は目を覚ます、どうやら無理な着地のせいで気を失っていたようだ。
目の前には、桃色がかかったブロンドの少女が彼の顔を覗き込んでいる。
ズキズキと痛む頭を押さえ、大きく息を吸う。どうやら仰向けに倒れこんでいるらしい。
大聖堂から藁山にダイブした時の記憶がどうにもあやふやだ。
顔を上げあたりを見回す、そして唖然とした、ここはどこだ?
今まで自分はフィレンツェにいた、イタリア有数の大都市だ。
しかし周りには今さっきまでいたフィレンツェとは違い、豊かな草原がどこまでも広がっているではないか。
遠くには宮殿だろうか? 巨大な石造りの城が見える、だがその形は、かつて訪れたロマーニャやトスカーナでも見たことがない。
「……ここは……?」
見慣れぬ景色に首をかしげ小さく呟く。
あたりには自分を取り囲むように、黒いマントをつけた少年少女たちが、物珍しげに自分のことを見ていた。
一瞬身構えようとしたが、敵意は感じない、どうやらテンプル騎士団ではないようだ。
今向けられているのは疑惑でも、敵意でもない、純粋な好奇の目だった。
「ちょっと聞いてるの? あんた誰よ? っていうかいい加減フード取りなさい、顔が見えないわ、貴族に対し失礼だと思わないの?」
「おっと、これは失礼」
目の前の少女の声に、青年は立ち上がり、フードを取る、その下の端正な顔が露わになった。
彼はすぐに方膝をつくと胸に手を当て名乗った。
「初めまして、俺はアウディトーレ、エツィオ・アウディトーレと申します、以後お見知りおきを。
……よろしければお名前をお聞かせ願えますか? 可愛らしいお嬢さん?」
流石は元貴族、女性の扱いには慣れているのか、エツィオはニコリとほほ笑みかけ、実に流暢な自己紹介をする。
その洗練された物腰に面食らったのか、少女は少し顔を赤らめながら答えた。
「え、えと、私は、ル、ルイズ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、で、です」
「ルイズ・フランソワーズ……か、君のように気品あふれる名前だ」
エツィオが促すと、少々上ずった声で少女はご丁寧にフルネームで名乗ってくれた。
改めてルイズと名乗った少女を見る、年は自分よりも2~3下、といったところだろうか?
桃色がかったブロンドの髪、透き通るような白い肌をした可愛らしい少女である。
彼女もまた周囲を取り囲んでいる人間と同じような、黒いマントに制服を身につけていた。
「人間だ……」
「お、おい、ルイズが貴族を召喚したらしいぞ……」
「本当だ……でも杖を持ってないよな?」
「ねぇねぇ! 彼結構いい男じゃない?」
「ミスタ・アウディトーレ、かぁ……素敵」
人垣の中からそんな声が聞こえてくる。
召喚? 称賛の声はともかく意味がわからない。
とりあえず、ここがどこかだけ聞かなくては、そう思いルイズに声をかけようとする、
すると今までエツィオをじろじろと見ていたルイズは、それより先に恐る恐るといた感じで尋ねてきた。
「えと、あの、もしかして貴族……?」
「いや、元……かな、今はワケあってちょっと、な」
その問いにエツィオは肩をすくめ少々複雑な表情で答える。
彼の家、アウディトーレ家はテンプル騎士団の陰謀により反逆の濡れ衣を着せられ、貴族の地位をはく奪された。
その時に捕えられた父と兄、そして幼い弟が処刑されたのだ。
いまやメディチ家を除くフィレンツェ貴族達の間では、アウディトーレ家は存在しない扱いとなっていた。
「あっ、そ、そう、なら傭兵かなにか? どこから来たの?」
その答えに安堵したのか、ルイズは大きく息を吐くと、先ほどの口調にもどった。
エツィオはその質問の答えに困った。まさかアサシンです、なんて素直に答えるわけにもいかない。
「傭兵……まぁ、そんなところかな……それより、ルイズお嬢さん、
そのことでちょっと聞きたいことがあるんだ、ここは……フィレンツェじゃないのか? 俺はいままでそこにいたんだ」
ルイズの質問を適当にはぐらかし質問する。ここがどこだかは知らないが、フィレンツェに戻らねば、まだ消さねばならない相手はたくさんいる。
そんな焦燥感があるが、下手に刺激して騒ぎを起こすわけにはいかない。
だが、彼女の口から出た言葉はエツィオの予想を大きく上回っていた。
「フィレンツェ? 聞いたことがないわね、どこの田舎? ここはトリステイン王国、そしてここはかの有名なトリステイン魔法学院よ」
「なんだって? フィレンツェを知らない? おいおい、冗談はやめてくれ、フィレンツェを知らないなんてさ、
それにトリステイン王国? 俺が知る限り、そんな国聞いたことない」
エツィオは笑いながら肩をすくめる、彼は幼少時から銀行家として勉強をしてきたため(と言っても、勉強熱心ではなかったが……)、近隣諸国やその情勢は知っている。
しかし今までトリステイン王国、という国名は今まで一度も聞いたことがなかった。最近建国した、という話も聞かない。したとすれば街の先触れ達が騒ぎ立てるはずだ。
「しかも魔法だって? だとしたら君らは魔女見習いかい? ローマが黙ってないぞ、奴らは本当に冗談が通じないからな、このご時世に勇気のあるお嬢さんだ」
……それに、"魔法学院"という言葉まで出てきた、学院、ということは、魔法を学ぶための学校、ということになる。
魔法、それを使う魔女。最近ローマ教皇国がその弾圧に動いているという噂を何度か耳にした。
そんなご時世に魔法使いの学校とは、冗談にもほどがある。
だが、エツィオがそう言うと、ざわついていた広場は一転して爆笑に包まれた。
「ははははは! 傑作だ! メイジの貴族かと思ったら平民出か! しかも元、だ!」
「国名すら知らないとか、どこの田舎者を召喚したんだよゼロ!」
「ゼロはやっぱりゼロね! ルイズ!」
「そんなぁ……ミスタ・アウディトーレ……メイジじゃないの……?」
何が起こったのか全く事情が呑み込めない、何かまずいことでも言ってしまったのだろうか?
戸惑いながら見回していたエツィオは再びルイズへと視線を落とす。
見れば、怒りでわなわなと肩を震わせている、そして勢いよく地面を踏みならすと、顔を真っ赤にして一気にまくしたてた。
「さっきから聞いてれば! あんた本当にどこの田舎者よ! それに私たちは魔女なんかじゃないわ! メイジよ! メイジの貴族!
しかもトリステインも魔法学院も知らないなんて! あんた本当に元貴族なの!? 実は平民じゃないの!?」
「なっ、なにを怒ってるんだ一体? わ、わかったわかった、君はメイジだ、それでいいだろ? だから落ち着けって、きれいな顔が台無しだ」
怒り出したルイズを必死になだめる、何なんだ? もしかして本気で言っていたのか?
周囲の反応もそうだ、まるで自分がなにも知らない者のような扱いだ。
「ミスタ・コルベール!」
耐えかねたようにルイズが怒鳴る。すると人垣が割れ、中年の男が現れた。
彼もまた大きな杖を持ち、黒のローブに身を包んでいる。
ようやく話のわかりそうな人物が出てきた、そう考え、その男に話しかけようとする。
「やぁ、どうも、シニョーレ――」
「あんたはいいの! ちょっと黙ってて!」
ところが、それよりも早くルイズがエツィオを押しのけ、コルベールと呼ばれた男に食ってかかって行った。
仕方ないとばかりに肩をすくめ、成り行きを見守ることにする。下手に動いて、騒ぎになるよりはマシだ。
聞きたいことは山ほどあるが……あとであの男にでも聞けばいい。
「なんだね? ミス・ヴァリエール」
「あの! もう一回召喚させてください!」
「それはダメだ、ミス・ヴァリエール」
「どうしてですか!」
「決まりだよ。二年生に進級する際、君達は『使い魔』を召喚する。今、やっている通りだ
それにより現れた『使い魔』で、今後の属性を固定し、それにより専門課程へと進むんだ。
一度呼び出した『使い魔』は変更する事は出来ない。何故なら、春の使い魔召喚は神聖な儀式だからだ。
好むと好まざるに関わらず、彼を使い魔とするしかない」
「でも! 元貴族とは言えこんな……いえ! こんな胡散臭い平民を使い魔にするなんて聞いたことがありません!」
「おいおい、そうはっきり言われるとグサっとくるね」
「あんたは黙ってて!」
エツィオはおどけるように胸に手を当てる、すると再び周りがどっと笑う。
ルイズはエツィオと人垣を睨みつける、それでも笑いは止まらない。
「これは伝統なんだ、ミス・ヴァリエール、例外は認められない、彼はその……ただの平民かもしれないが、
呼び出された以上、君の『使い魔』だ、古今東西、人を使い魔にした例はないが、儀式のルールは万事に優先される。
彼には君の使い魔になってもらわなくては、さぁ、早く契約を済ませてしまいなさい」
「そんな……えーと……彼とですか?」
ルイズは至極残念そうな表情でもう一度エツィオを見る。
「そうだ。早くしなさい。次の授業が始まってしまうじゃないか。君は召喚にどれだけ時間をかけたと思っているんだね。
何回も何回も失敗して、ようやく呼び出せたんだ。早く契約しなさい」
「失礼、シニョーレ、契約とはなんだ?」
「使い魔契約です、すぐに済みますよ」
不穏な空気にエツィオが一歩前に出てコルベールに訪ねるも、その一言だけで済まされてしまう。
なんだか訳のわからないことに巻き込まれてしまった。魔法? メイジ? トリステイン? 使い魔? 契約?
話が理解の範疇を大きく超えている、どうにも嫌な予感がする。
この場から逃げるべきか? そう考えたが、ここはだだっ広い草原のど真ん中。広すぎる、身を隠す場所がない。
ならば強行突破……とも考えたが、即座に却下する、罪なき者を殺めることはできない、絶対にだ。
今はそれこそ成り行きを見守るしか手立てはないようだ。エツィオは諦めたように肩をすくめた。
彼らがテンプル騎士団やその手の者ではないことが唯一の救いである。
「ねえ」
そんなことを考えていると、不意にルイズが話しかけてきた。
「やぁ、ようやく話しかけてくれたな、こんな可愛いレディに無視され続けるなんて、胸が張り裂けそうだったよ」
わざとらしく肩をすくめ、ルイズの顎に手を添える。
だがルイズはすぐさまその手を払いのける、気の強い女の子だ。
「やれやれ、これは手厳しい」
「気安く触らないで! もうっ……! 本当なんなのこいつ……こんなのが使い魔だなんて……」
なんてふざけた男だ、何も知らない田舎貴族……いや、平民出の元貴族のくせに……。
小さくつぶやきながら、エツィオを再び睨みつける。
「あんた、感謝しなさいよね。あんたみたいな田舎貴族が、こんなことされるなんて、普通は一生ないんだから」
「こんなことって? 一体何をしてくれるんだ? お近づきの印にキスでもしてくれるのかな?」
「……っ!! あんたっ……これ以上しゃべったら本っ気で殴るわよ……」
怒りと羞恥でわなわなと肩を振るわせながらルイズが拳を堅く握りしめる。
これ以上言ったら本当に殴られそうだ。そう感じたエツィオはあわてて口をつぐんだ。
ルイズは、湧き上がる殺意を鎮めるために何度も深呼吸をして……手に持った小さな杖をエツィオの目の前で振った。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
朗々と、呪文らしき言葉を唱え始めた、すっと、杖をエツィオの額に置いた。
そしてゆっくりと唇を近付けてくる。エツィオは少々驚いたはしたものの、まぁ、こういうのもいいかな、と静かに目をつむった。
「んっ……」
「……」
柔らかい唇の感触、二人の唇が重ねられた。初々しい、ぎこちなさの残るキスだった。
ルイズの唇が離れる、もう少しその感触を楽しんでいたかったが……エツィオはゆっくりと目を開ける。
見るとルイズの顔は真っ赤だ、どうやら照れているらしい。
初めてだったのかな? だとしたら無理はないか、と思う。
「まさか本当にキスをしてくれるなんてな、驚いたよ、だけどまだぎこちないな、キスの仕方なら、今度ゆっくりと……あだっ!!」
エツィオが言い終わるより先にルイズの拳が彼の顔面にめり込む。……どうやら余計な一言だったようだ。
昔から母上によく注意されていた、あなたは余計な一言を言ってしまうことが多い、と。
「はぁっ……はぁっ……! お、終わりました」
「『サモン・サーヴァント』は何回も失敗したが、『コントラクト・サーヴァント』はきちんと出来たね、その後の行動はともかく……」
コルベールが、エツィオの顔を心配そうにのぞきこみながらも、生徒の成功を祝うように言った。
「相手がただの平民だから『契約』できたんだよ」
「そいつが高位の幻獣だったら、『契約』なんかできないって」
何人かの生徒が笑いながら言った。
どうやら今のキスが彼らの言う『契約』の仕方らしい。
可愛い女の子と出来ただけ僥倖というものだろうか。
これで男だったら間違いなくアサシンブレードが喉元を貫いていただろう。
「バカにしないで! わたしだって、たまにはうまくいくわよ!」
「ほんとにたまによね。ゼロのルイズ」
見事な巻き髪とそばかすを持った女の子が、ルイズをあざ笑った。
「ミスタ・コルベール! 『洪水』のモンモランシーがわたしを侮辱しました!」
「誰が『洪水』ですって! わたしは『香水』のモンモランシーよ!」
「あんた子供の頃、洪水みたいなおねしょしてたって話じゃない。『洪水』の方がお似合いよ!」
「よくも言ってくれたわね! ゼロのルイズ! ゼロのくせになによ!」
「こらこら、貴族はお互いを尊重しあうものだ」
諍いを始めた二人をコルベールが諌めた。
「いってててて……冗談だったてのに……まったく、勝気なお嬢さんだ……」
エツィオが鼻っ柱を擦りながらつぶやく、妹のクラウディアよりお転婆だ。
それにしても『契約』か、一体なんの『契約』だろうか? 彼らは『使い魔』との契約だと言っていたが……。
だとしたら俺は使い魔で、彼女はご主人様か?
とはいえ、現在の位置を確認したら、もうここには用は無い、馬を盗むなりしてさっさと逃げ出せばいいか。
そう楽観的に考えていた時だった、エツィオの体が妙に熱くなった。
「ぐぁっ……! なんだっ!?」
左手がまるで烙印を押されているかのように熱い、思わず地面に膝をつく。
「なっ、何をっ……?」
ルイズが苛立たしそうな声で言った。
「すぐ終わるわよ、待ってなさいよ『使い魔のルーン』が刻まれているだけよ」
「『使い魔のルーン』!? これが魔法だってのかっ!?」
「あのね?」
「っ……!?」
「あんたはもうわたしの使い魔よ、元貴族だったって言うから今まで寛大にしてたけど、ご主人様にそんな口利いていいと思ってるの?」
あの鉄拳が寛大だったとは恐れ入る、内心苦笑しながら左手を押える、だが熱いのはすぐに収まった。
体はすぐに平静を取り戻した。
「やっと終わったか……」
荒い息をつきながら膝をつくエツィオに、コルベールが近寄ってきて、押えていた左手の甲を確かめる。
それにつられ自分の左手へと視線を落とす、そして目を丸くした、そこにはいつの間にか見慣れない文字が刻まれていたのだ。
「ちょっと失礼しますよ」
「シニョーレ、これは一体……」
戸惑いながらコルベールに尋ねる、まさか本当に……、エツィオの胸に不安が募る。
「『使い魔のルーン』ですよ、ミスタ、彼女、ミス・ヴァリエールとの契約の証です、ふむ……しかしこれは珍しいルーンだ、私も見たことがない」
「『使い魔のルーン』……」
「えぇ、そうです、その説明は彼女がしてくれるでしょう」
思わずオウム返ししたエツィオに、コルベールはそう答えると、刻まれたルーンを簡単にスケッチし始めた。
「おや? これは……あなたの家の家紋かなにかですかな?」
スケッチを終えたコルベールがエツィオの左腕の籠手に刻まれた紋章を見て尋ねた。
腹当にも同じ紋章が刻まれていることに気がついたようだ。
「えぇ、父上の……形見です」
「っと、これは申し訳ない、ならば大事になさってください」
「いえ、お気になさらず」
コルベールは二コリと笑い小さく頷くと、踵を返し手を打ち鳴らす。
「では皆、教室に戻るぞ」
周囲の生徒にそう呼びかけると、ふわりと宙に浮いた。
口をあんぐりとあけ、エツィオはその様子をみつめた。
「ウソだろ?」
飛んだ、人が宙に浮いた、ありえない。
他の生徒たちも一斉に宙に浮いた。
魔法なんてこれっぽっちも信じていないエツィオだったが、その様子を見て本気で腰を抜かしそうになった。
浮かんだ全員はすぅっと、城のような石造りの建物に向かって飛んでいく。
「ルイズ、お前は歩いてこいよ!」
「あいつ、フライはおろか、レビテーションさえまともにできないんだぜ」
「その平民、あんたの使い魔にはお似合いよ!」
口々にそう言って笑いながら、飛んでいく生徒たち。
やがて草原にはルイズとエツィオの二人だけになってしまった。
ルイズは大きくため息をつくと、エツィオの方向を振り向き、大声で怒鳴った。
「あんた、なんなのよ!」
だがエツィオはその言葉が耳に入っていないのか、全員が飛び去った方向を見つめ呆然としている。
まるで初めて魔法を見た人間の顔だ、もしかして、本気で魔法を知らないのだろうか?
だとしたらとんでもない変わり者を召喚してしまったことになる。
ルイズは頭を抱えた。
「あれは……一体……どうやって……まさか本当に?」
「ちょっと聞いてるの!?」
なおも呆然と呟くエツィオをルイズが怒鳴りつける、その言葉に我に返ったのか、驚いたようにエツィオが振り向いた。
「あ、あぁ」
「ったく、あんた本当一体なんなのよ!」
「それはこっちのセリフだ! 人が空を飛んだんだぞ! まさかっ、君らは本当に……魔法使いなのか?」
「だからそうって言ってるじゃない! メイジが空を飛べるのは当たり前でしょ?」
「なんてことだ……本当に存在するのか、魔法が……もし奴らが……どうすれば」
「信じられない……あんた本当にどっから来たのよ、とんでもない田舎者じゃない……」
ルイズが思いっきり肩を落とし心底落胆した様子でつぶやく。
だが呼び出してしまったものは仕方がない、やがて諦めたようにため息をつくと、彼に声をかけた。
「さてと、そろそろ戻るわよ、えぇと……アウディトーレ?」
「……エツィオでいいよ」
「そう、じゃ、エツィオ、混乱しているところ悪いけど、学院にもどるわ、説明ならあとでしてあげる、さっさとついてきなさい」
「あぁ、わかったよ」
肩をすくめ、ルイズとともに石造りの建物に向け歩いて行く、魔法、使い魔、契約、トリステイン、まるでわからないことだらけだ。
とにかく、この場から逃げ出すよりも、まずは魔法についての情報を集めたほうがいい、そう考え彼女について行くことにする。
魔法という不可思議な力、もしこの力をテンプル騎士団が使うとしたら?
……いや、彼らとて神に仕える身、自らが異端とする力に手を染めることなどないと思われるが、それでも可能性がないとも言い切れない。
目的のためなら手段を選ばない、彼らはそういう連中だ、そう考えての結論だった。
「とにかく、まずは知ることだな……」
フードを被り、空を見上げる、一羽の大鷲が悠然と翼を広げ学院の方角へと飛んで行った。
#navi(SERVANT'S CREED 0 ―Lost sequence―)
#navi(SERVANT'S CREED 0 ―Lost sequence―)
&setpagename(memory-01 「アサシンの行方」)
1478年
フィレンツェ共和国
「あそこだ! 追え! 捕まえるんだ!」
兵士たちの怒号が鳴り響く中、夜のフィレンツェを一つの影が駆け抜ける。
目深に被ったフードに、白のローブ、左肩に質素なマントを纏った青年は、
慄く群衆をかき分け、道に積まれた酒樽を足場にし、壁から突き出た木の棒に飛び移る、
壁を伝い、窓に手をかけ、一気に屋根の上まで駆け上がる。
登り終えた青年がちらと下を覗き込む、追ってきていた兵士たちが必死に壁を伝いよじ登ってくるのが見えた。
このまま逃げれば余裕をもって彼らをまくことができる、そう考え踵を返そうとした、その時、彼の足もとに深々と矢が刺さる。
はっと顔をあげると、屋根の上を警邏していた番兵が、弓を構え彼に狙いを定めていた。
青年は小さく舌打ちすると、急ぎ踵を返し屋根の上を駆けた。
「追い詰めたぞアサシンめ! これで貴様も終わりだな!」
やがて、街の中でもひときわ高い屋根の上まで彼を追い詰めた番兵たちは、剣を抜き放ち、にじり寄る。
アサシンと呼ばれた青年は、フードの中で薄く笑うと、彼もまた腰に差した剣を抜き放つ。
それが合図となったのか、取り囲んでいた番兵たちが、青年に襲い掛かった。
くぐもった断末魔とともに、一人の番兵が糸が切れた人形のように力なく崩れ落ちる。
これで何人目だろうか? 剣についた血を振り払い、周囲を確認する、向こうは士気は下がってきているとはいえ、まだまだいる。
「まったく……男にモテたってうれしくないんだけどな……」
苦笑しながらそう呟いていると、今まで怯んでいた兵士の一人が持っていた戦鎚を振りかぶり、雄たけびとともに突っ込んできた。
不意を突かれた彼は、かろうじて剣で受け流したものの、威力負けし、剣をとりこぼしてしまった。
屋根の上を転げ落ち、地面へと剣が落下していく。
だが、彼はすぐさま空いた左手を突き出し、兵士の首をつかむ。
手甲に収納された刺突用の特殊なブレードが勢いよく飛び出し、兵士の喉元を深々と貫いた。
アサシンブレード、彼らアサシンの切り札にして、象徴とも呼べる武器である。
そのまま払いのけるように死体を投げ捨てる、剣を無くした分、さらに不利になった。
「さて、どうしたものかな」
小さくつぶやきながら、アサシンブレードを構え、策を考える。
……どこからか讃美歌が聴こえる。
こんな時に……どこからだ? そう考えあたりを見回し、気づく。
何のことはない、それは自分の足もとから聴こえてくるのだ。
そして彼は、今自分がどこにいるのか理解した。
「……どうやら俺は散々バチあたりなことをやってたらしいな」
彼が追い詰められた場所はフィレンツェ最古の大聖堂、サンタ・マリア・ノヴェッラの屋根の上だったのだ。
自分たちの足下では、今、聖歌隊が神に讃美歌をささげているのであろう。
その上で殺し合いとはなんとも皮肉な話である。
「なぁに、心配しなくても、すぐにお前も神様の元へ送ってやるぜ! もっとも行先は地獄かもしれんがな!」
その言葉を聞いた兵士の一人が、笑いながら剣を突き付ける。
青年は観念したのか、構えを解きアサシンブレードを手甲の中に納めた。
「なんだ? いまさら命乞いか? いいだろういいだろう、俺様は優しいからな、今なら絞首刑か斬首刑か、好きなほうを選ばせてやるぞ」
それをみた兵士が、笑いながら顎で彼を取り囲むように指示を出す、
だが青年は、ニヤリと笑うと、急に踵を返し一気に走りだした。
そして、正面のファサードまでたどり着くとあっという間に上まで登り詰めてしまった。
「き、貴様! 何をする気だ! 降りて来い!」
「悪いが、今のところそんな予定はないな、神様がまだ死ぬなって言うもんでね」
ファサードの頂上に立った彼は、真下の兵士たちににこやかに語りかけると、聖人のように手を大きく広げる……。
「Adios!」
青年は最後にそう言い残すと、そのまま宙へ身を放り投げた。
屋根の上の兵士たちは、急ぎ彼が飛び降りた地面を見下ろす。
そこには既に追っていたはずの青年の姿はなく、兵士たちの目に映るのは道行く人々の群れと、荷車に積まれた藁山だけだった。
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SERVANT'S CREED 0 ―Lost sequence―
「あんた誰?」
その声に青年は目を覚ます、どうやら無理な着地のせいで気を失っていたようだ。
目の前には、桃色がかかったブロンドの少女が彼の顔を覗き込んでいる。
ズキズキと痛む頭を押さえ、大きく息を吸う。どうやら仰向けに倒れこんでいるらしい。
大聖堂から藁山にダイブした時の記憶がどうにもあやふやだ。
顔を上げあたりを見回す、そして唖然とした、ここはどこだ?
今まで自分はフィレンツェにいた、イタリア有数の大都市だ。
しかし周りには今さっきまでいたフィレンツェとは違い、豊かな草原がどこまでも広がっているではないか。
遠くには宮殿だろうか? 巨大な石造りの城が見える、だがその形は、かつて訪れたロマーニャやトスカーナでも見たことがない。
「……ここは……?」
見慣れぬ景色に首をかしげ小さく呟く。
あたりには自分を取り囲むように、黒いマントをつけた少年少女たちが、物珍しげに自分のことを見ていた。
一瞬身構えようとしたが、敵意は感じない、どうやらテンプル騎士団ではないようだ。
今向けられているのは疑惑でも、敵意でもない、純粋な好奇の目だった。
「ちょっと聞いてるの? あんた誰よ? っていうかいい加減フード取りなさい、顔が見えないわ、貴族に対し失礼だと思わないの?」
「おっと、これは失礼」
目の前の少女の声に、青年は立ち上がり、フードを取る、その下の端正な顔が露わになった。
彼はすぐに方膝をつくと胸に手を当て名乗った。
「初めまして、俺はアウディトーレ、エツィオ・アウディトーレと申します、以後お見知りおきを。
……よろしければお名前をお聞かせ願えますか? 可愛らしいお嬢さん?」
流石は元貴族、女性の扱いには慣れているのか、エツィオはニコリとほほ笑みかけ、実に流暢な自己紹介をする。
その洗練された物腰に面食らったのか、少女は少し顔を赤らめながら答えた。
「え、えと、私は、ル、ルイズ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、で、です」
「ルイズ・フランソワーズ……か、君のように気品あふれる名前だ」
エツィオが促すと、少々上ずった声で少女はご丁寧にフルネームで名乗ってくれた。
改めてルイズと名乗った少女を見る、年は自分よりも2~3下、といったところだろうか?
桃色がかったブロンドの髪、透き通るような白い肌をした可愛らしい少女である。
彼女もまた周囲を取り囲んでいる人間と同じような、黒いマントに制服を身につけていた。
「人間だ……」
「お、おい、ルイズが貴族を召喚したらしいぞ……」
「本当だ……でも杖を持ってないよな?」
「ねぇねぇ! 彼結構いい男じゃない?」
「ミスタ・アウディトーレ、かぁ……素敵」
人垣の中からそんな声が聞こえてくる。
召喚? 称賛の声はともかく意味がわからない。
とりあえず、ここがどこかだけ聞かなくては、そう思いルイズに声をかけようとする、
すると今までエツィオをじろじろと見ていたルイズは、それより先に恐る恐るといた感じで尋ねてきた。
「えと、あの、もしかして貴族……?」
「いや、元……かな、今はワケあってちょっと、な」
その問いにエツィオは肩をすくめ少々複雑な表情で答える。
彼の家、アウディトーレ家はテンプル騎士団の陰謀により反逆の濡れ衣を着せられ、貴族の地位をはく奪された。
その時に捕えられた父と兄、そして幼い弟が処刑されたのだ。
いまやメディチ家を除くフィレンツェ貴族達の間では、アウディトーレ家は存在しない扱いとなっていた。
「あっ、そ、そう、なら傭兵かなにか? どこから来たの?」
その答えに安堵したのか、ルイズは大きく息を吐くと、先ほどの口調にもどった。
エツィオはその質問の答えに困った。まさかアサシンです、なんて素直に答えるわけにもいかない。
「傭兵……まぁ、そんなところかな……それより、ルイズお嬢さん、
そのことでちょっと聞きたいことがあるんだ、ここは……フィレンツェじゃないのか? 俺はいままでそこにいたんだ」
ルイズの質問を適当にはぐらかし質問する。ここがどこだかは知らないが、フィレンツェに戻らねば、まだ消さねばならない相手はたくさんいる。
そんな焦燥感があるが、下手に刺激して騒ぎを起こすわけにはいかない。
だが、彼女の口から出た言葉はエツィオの予想を大きく上回っていた。
「フィレンツェ? 聞いたことがないわね、どこの田舎? ここはトリステイン王国、そしてここはかの有名なトリステイン魔法学院よ」
「なんだって? フィレンツェを知らない? おいおい、冗談はやめてくれ、フィレンツェを知らないなんてさ、
それにトリステイン王国? 俺が知る限り、そんな国聞いたことない」
エツィオは笑いながら肩をすくめる、彼は幼少時から銀行家として勉強をしてきたため(と言っても、勉強熱心ではなかったが……)、近隣諸国やその情勢は知っている。
しかし今までトリステイン王国、という国名は今まで一度も聞いたことがなかった。最近建国した、という話も聞かない。したとすれば街の先触れ達が騒ぎ立てるはずだ。
「しかも魔法だって? だとしたら君らは魔女見習いかい? ローマが黙ってないぞ、奴らは本当に冗談が通じないからな、このご時世に勇気のあるお嬢さんだ」
……それに、"魔法学院"という言葉まで出てきた、学院、ということは、魔法を学ぶための学校、ということになる。
魔法、それを使う魔女。最近ローマ教皇国がその弾圧に動いているという噂を何度か耳にした。
そんなご時世に魔法使いの学校とは、冗談にもほどがある。
だが、エツィオがそう言うと、ざわついていた広場は一転して爆笑に包まれた。
「ははははは! 傑作だ! メイジの貴族かと思ったら平民出か! しかも元、だ!」
「国名すら知らないとか、どこの田舎者を召喚したんだよゼロ!」
「ゼロはやっぱりゼロね! [[ルイズ!]]」
「そんなぁ……ミスタ・アウディトーレ……メイジじゃないの……?」
何が起こったのか全く事情が呑み込めない、何かまずいことでも言ってしまったのだろうか?
戸惑いながら見回していたエツィオは再びルイズへと視線を落とす。
見れば、怒りでわなわなと肩を震わせている、そして勢いよく地面を踏みならすと、顔を真っ赤にして一気にまくしたてた。
「さっきから聞いてれば! あんた本当にどこの田舎者よ! それに私たちは魔女なんかじゃないわ! メイジよ! メイジの貴族!
しかもトリステインも魔法学院も知らないなんて! あんた本当に元貴族なの!? 実は平民じゃないの!?」
「なっ、なにを怒ってるんだ一体? わ、わかったわかった、君はメイジだ、それでいいだろ? だから落ち着けって、きれいな顔が台無しだ」
怒り出したルイズを必死になだめる、何なんだ? もしかして本気で言っていたのか?
周囲の反応もそうだ、まるで自分がなにも知らない者のような扱いだ。
「ミスタ・コルベール!」
耐えかねたようにルイズが怒鳴る。すると人垣が割れ、中年の男が現れた。
彼もまた大きな杖を持ち、黒のローブに身を包んでいる。
ようやく話のわかりそうな人物が出てきた、そう考え、その男に話しかけようとする。
「やぁ、どうも、シニョーレ――」
「あんたはいいの! ちょっと黙ってて!」
ところが、それよりも早くルイズがエツィオを押しのけ、コルベールと呼ばれた男に食ってかかって行った。
仕方ないとばかりに肩をすくめ、成り行きを見守ることにする。下手に動いて、騒ぎになるよりはマシだ。
聞きたいことは山ほどあるが……あとであの男にでも聞けばいい。
「なんだね? ミス・ヴァリエール」
「あの! もう一回召喚させてください!」
「それはダメだ、ミス・ヴァリエール」
「どうしてですか!」
「決まりだよ。二年生に進級する際、君達は『使い魔』を召喚する。今、やっている通りだ
それにより現れた『使い魔』で、今後の属性を固定し、それにより専門課程へと進むんだ。
一度呼び出した『使い魔』は変更する事は出来ない。何故なら、春の使い魔召喚は神聖な儀式だからだ。
好むと好まざるに関わらず、彼を使い魔とするしかない」
「でも! 元貴族とは言えこんな……いえ! こんな胡散臭い平民を使い魔にするなんて聞いたことがありません!」
「おいおい、そうはっきり言われるとグサっとくるね」
「あんたは黙ってて!」
エツィオはおどけるように胸に手を当てる、すると再び周りがどっと笑う。
ルイズはエツィオと人垣を睨みつける、それでも笑いは止まらない。
「これは伝統なんだ、ミス・ヴァリエール、例外は認められない、彼はその……ただの平民かもしれないが、
呼び出された以上、君の『使い魔』だ、古今東西、人を使い魔にした例はないが、儀式のルールは万事に優先される。
彼には君の使い魔になってもらわなくては、さぁ、早く契約を済ませてしまいなさい」
「そんな……えーと……彼とですか?」
ルイズは至極残念そうな表情でもう一度エツィオを見る。
「そうだ。早くしなさい。次の授業が始まってしまうじゃないか。君は召喚にどれだけ時間をかけたと思っているんだね。
何回も何回も失敗して、ようやく呼び出せたんだ。早く契約しなさい」
「失礼、シニョーレ、契約とはなんだ?」
「使い魔契約です、すぐに済みますよ」
不穏な空気にエツィオが一歩前に出てコルベールに訪ねるも、その一言だけで済まされてしまう。
なんだか訳のわからないことに巻き込まれてしまった。魔法? メイジ? トリステイン? 使い魔? 契約?
話が理解の範疇を大きく超えている、どうにも嫌な予感がする。
この場から逃げるべきか? そう考えたが、ここはだだっ広い草原のど真ん中。広すぎる、身を隠す場所がない。
ならば強行突破……とも考えたが、即座に却下する、罪なき者を殺めることはできない、絶対にだ。
今はそれこそ成り行きを見守るしか手立てはないようだ。エツィオは諦めたように肩をすくめた。
彼らがテンプル騎士団やその手の者ではないことが唯一の救いである。
「ねえ」
そんなことを考えていると、不意にルイズが話しかけてきた。
「やぁ、ようやく話しかけてくれたな、こんな可愛いレディに無視され続けるなんて、胸が張り裂けそうだったよ」
わざとらしく肩をすくめ、ルイズの顎に手を添える。
だがルイズはすぐさまその手を払いのける、気の強い女の子だ。
「やれやれ、これは手厳しい」
「気安く触らないで! もうっ……! 本当なんなのこいつ……こんなのが使い魔だなんて……」
なんてふざけた男だ、何も知らない田舎貴族……いや、平民出の元貴族のくせに……。
小さくつぶやきながら、エツィオを再び睨みつける。
「あんた、感謝しなさいよね。あんたみたいな田舎貴族が、こんなことされるなんて、普通は一生ないんだから」
「こんなことって? 一体何をしてくれるんだ? お近づきの印にキスでもしてくれるのかな?」
「……っ!! あんたっ……これ以上しゃべったら本っ気で殴るわよ……」
怒りと羞恥でわなわなと肩を振るわせながらルイズが拳を堅く握りしめる。
これ以上言ったら本当に殴られそうだ。そう感じたエツィオはあわてて口をつぐんだ。
ルイズは、湧き上がる殺意を鎮めるために何度も深呼吸をして……手に持った小さな杖をエツィオの目の前で振った。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
朗々と、呪文らしき言葉を唱え始めた、すっと、杖をエツィオの額に置いた。
そしてゆっくりと唇を近付けてくる。エツィオは少々驚いたはしたものの、まぁ、こういうのもいいかな、と静かに目をつむった。
「んっ……」
「……」
柔らかい唇の感触、二人の唇が重ねられた。初々しい、ぎこちなさの残るキスだった。
ルイズの唇が離れる、もう少しその感触を楽しんでいたかったが……エツィオはゆっくりと目を開ける。
見るとルイズの顔は真っ赤だ、どうやら照れているらしい。
初めてだったのかな? だとしたら無理はないか、と思う。
「まさか本当にキスをしてくれるなんてな、驚いたよ、だけどまだぎこちないな、キスの仕方なら、今度ゆっくりと……あだっ!!」
エツィオが言い終わるより先にルイズの拳が彼の顔面にめり込む。……どうやら余計な一言だったようだ。
昔から母上によく注意されていた、あなたは余計な一言を言ってしまうことが多い、と。
「はぁっ……はぁっ……! お、終わりました」
「『サモン・[[サーヴァント]]』は何回も失敗したが、『コントラクト・サーヴァント』はきちんと出来たね、その後の行動はともかく……」
コルベールが、エツィオの顔を心配そうにのぞきこみながらも、生徒の成功を祝うように言った。
「相手がただの平民だから『契約』できたんだよ」
「そいつが高位の幻獣だったら、『契約』なんかできないって」
何人かの生徒が笑いながら言った。
どうやら今のキスが彼らの言う『契約』の仕方らしい。
可愛い女の子と出来ただけ僥倖というものだろうか。
これで男だったら間違いなくアサシンブレードが喉元を貫いていただろう。
「バカにしないで! わたしだって、たまにはうまくいくわよ!」
「ほんとにたまによね。[[ゼロのルイズ]]」
見事な巻き髪とそばかすを持った女の子が、ルイズをあざ笑った。
「ミスタ・コルベール! 『洪水』のモンモランシーがわたしを侮辱しました!」
「誰が『洪水』ですって! わたしは『香水』のモンモランシーよ!」
「あんた子供の頃、洪水みたいなおねしょしてたって話じゃない。『洪水』の方がお似合いよ!」
「よくも言ってくれたわね! ゼロのルイズ! ゼロのくせになによ!」
「こらこら、貴族はお互いを尊重しあうものだ」
諍いを始めた二人をコルベールが諌めた。
「いってててて……冗談だったてのに……まったく、勝気なお嬢さんだ……」
エツィオが鼻っ柱を擦りながらつぶやく、妹のクラウディアよりお転婆だ。
それにしても『契約』か、一体なんの『契約』だろうか? 彼らは『使い魔』との契約だと言っていたが……。
だとしたら俺は使い魔で、彼女はご主人様か?
とはいえ、現在の位置を確認したら、もうここには用は無い、馬を盗むなりしてさっさと逃げ出せばいいか。
そう楽観的に考えていた時だった、エツィオの体が妙に熱くなった。
「ぐぁっ……! なんだっ!?」
左手がまるで烙印を押されているかのように熱い、思わず地面に膝をつく。
「なっ、何をっ……?」
ルイズが苛立たしそうな声で言った。
「すぐ終わるわよ、待ってなさいよ『使い魔のルーン』が刻まれているだけよ」
「『使い魔のルーン』!? これが魔法だってのかっ!?」
「あのね?」
「っ……!?」
「あんたはもうわたしの使い魔よ、元貴族だったって言うから今まで寛大にしてたけど、ご主人様にそんな口利いていいと思ってるの?」
あの鉄拳が寛大だったとは恐れ入る、内心苦笑しながら左手を押える、だが熱いのはすぐに収まった。
体はすぐに平静を取り戻した。
「やっと終わったか……」
荒い息をつきながら膝をつくエツィオに、コルベールが近寄ってきて、押えていた左手の甲を確かめる。
それにつられ自分の左手へと視線を落とす、そして目を丸くした、そこにはいつの間にか見慣れない文字が刻まれていたのだ。
「ちょっと失礼しますよ」
「シニョーレ、これは一体……」
戸惑いながらコルベールに尋ねる、まさか本当に……、エツィオの胸に不安が募る。
「『使い魔のルーン』ですよ、ミスタ、彼女、ミス・ヴァリエールとの契約の証です、ふむ……しかしこれは珍しいルーンだ、私も見たことがない」
「『使い魔のルーン』……」
「えぇ、そうです、その説明は彼女がしてくれるでしょう」
思わずオウム返ししたエツィオに、コルベールはそう答えると、刻まれたルーンを簡単にスケッチし始めた。
「おや? これは……あなたの家の家紋かなにかですかな?」
スケッチを終えたコルベールがエツィオの左腕の籠手に刻まれた紋章を見て尋ねた。
腹当にも同じ紋章が刻まれていることに気がついたようだ。
「えぇ、父上の……形見です」
「っと、これは申し訳ない、ならば大事になさってください」
「いえ、お気になさらず」
コルベールは二コリと笑い小さく頷くと、踵を返し手を打ち鳴らす。
「では皆、教室に戻るぞ」
周囲の生徒にそう呼びかけると、ふわりと宙に浮いた。
口をあんぐりとあけ、エツィオはその様子をみつめた。
「ウソだろ?」
飛んだ、人が宙に浮いた、ありえない。
他の生徒たちも一斉に宙に浮いた。
魔法なんてこれっぽっちも信じていないエツィオだったが、その様子を見て本気で腰を抜かしそうになった。
浮かんだ全員はすぅっと、城のような石造りの建物に向かって飛んでいく。
「ルイズ、お前は歩いてこいよ!」
「あいつ、フライはおろか、レビテーションさえまともにできないんだぜ」
「その平民、あんたの使い魔にはお似合いよ!」
口々にそう言って笑いながら、飛んでいく生徒たち。
やがて草原にはルイズとエツィオの二人だけになってしまった。
ルイズは大きくため息をつくと、エツィオの方向を振り向き、大声で怒鳴った。
「あんた、なんなのよ!」
だがエツィオはその言葉が耳に入っていないのか、全員が飛び去った方向を見つめ呆然としている。
まるで初めて魔法を見た人間の顔だ、もしかして、本気で魔法を知らないのだろうか?
だとしたらとんでもない変わり者を召喚してしまったことになる。
ルイズは頭を抱えた。
「あれは……一体……どうやって……まさか本当に?」
「ちょっと聞いてるの!?」
なおも呆然と呟くエツィオをルイズが怒鳴りつける、その言葉に我に返ったのか、驚いたようにエツィオが振り向いた。
「あ、あぁ」
「ったく、あんた本当一体なんなのよ!」
「それはこっちのセリフだ! 人が空を飛んだんだぞ! まさかっ、君らは本当に……魔法使いなのか?」
「だからそうって言ってるじゃない! メイジが空を飛べるのは当たり前でしょ?」
「なんてことだ……本当に存在するのか、魔法が……もし奴らが……どうすれば」
「信じられない……あんた本当にどっから来たのよ、とんでもない田舎者じゃない……」
ルイズが思いっきり肩を落とし心底落胆した様子でつぶやく。
だが呼び出してしまったものは仕方がない、やがて諦めたようにため息をつくと、彼に声をかけた。
「さてと、そろそろ戻るわよ、えぇと……アウディトーレ?」
「……エツィオでいいよ」
「そう、じゃ、エツィオ、混乱しているところ悪いけど、学院にもどるわ、説明ならあとでしてあげる、さっさとついてきなさい」
「あぁ、わかったよ」
肩をすくめ、ルイズとともに石造りの建物に向け歩いて行く、魔法、使い魔、契約、トリステイン、まるでわからないことだらけだ。
とにかく、この場から逃げ出すよりも、まずは魔法についての情報を集めたほうがいい、そう考え彼女について行くことにする。
魔法という不可思議な力、もしこの力をテンプル騎士団が使うとしたら?
……いや、彼らとて神に仕える身、自らが異端とする力に手を染めることなどないと思われるが、それでも可能性がないとも言い切れない。
目的のためなら手段を選ばない、彼らはそういう連中だ、そう考えての結論だった。
「とにかく、まずは知ることだな……」
フードを被り、空を見上げる、一羽の大鷲が悠然と翼を広げ学院の方角へと飛んで行った。
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