ゼロと電流-12 - (2010/05/10 (月) 13:36:24) の1つ前との変更点
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「第十一話」
港町ラ・ロシェール。
アルビオンとトリステインを結ぶ港である。街そのものの規模は小さいが、そこはアルビオンとの往来の要衝ということもあり、人の出入りは非常に盛んで、住人の十倍以上の人間が常にたむろしている。
治安を預かる者にとっては頭の痛いことだろうが、商売をする者にとってはこれほど嬉しい街もないだろう。ただし平和ならば、という注釈がつくが。
今の港町は、アルビオンの争乱を反映してか物騒な雰囲気の男たち……傭兵をはじめとする流れ者、脛に傷持つ者……であふれかえっている状態だ。
そのため、街の者にとっても多少の妙な風体はすでに見慣れていると言っていいだろう。『桟橋』の切符売りもその例外ではない。
だとしても、その夜やってきた男はその中でも飛び抜けて奇妙だった。
「アルビオン行きの船はいつ出る?」
「客かい?」
品定めするように男を見る。
見るからに訳ありの格好。
頭の先から足の先までをマントとフードで隠し、声までが何処かおかしい。確かに聞こえてはいるのだが、何となく声の出所が奇妙なのだ。
まるで、男の口元ではなく胸元から聞こえてくるように。
「金は?」
そう尋ねたのも仕方がないだろう。
男は、無言で厚手の手袋に包まれた掌を開いてみせる。そこには、金貨が数枚。
「二人分だ」
「悪いが、船は出ないよ」
「足りんか?」
「いや、ま、あんたが風石も全部出すってんなら別だろうが」
時期が悪い。数日後にはアルビオンが最も近づくのだ。その日ならば風石の消費も格段に抑えられるというのに、ノコノコとこの時期に船を出す馬鹿はいない。
「わかった。また来る」
「宿の当てはあんのかい?」
それには応えず、男は振り向くと歩いていく。
全身鎧を着込んでいるようなぎこちない歩き方に、切符売りは首を傾げた。
騎士か? それにしては従者も連れていないが。
いや、全身鎧を着た騎士が一人でこんな所を彷徨いているなどと不自然以外の何者でもない。
そもそも、鎧を着ているのならどうしてその上からマントとフードで隠しているのか。鎧姿よりも目立つではないか。
肩を竦めるとそれ以上の詮索は止め、切符売りは再び自分の仕事に戻ることにした。男にそれ以上構う義理も理由もない。
男は『桟橋』を出ると、そのまま町中へと歩いていく。そして、街一番の宿屋『女神の杵』亭へと。
一見してわかる、貴族や金のある平民相手の酒場兼宿屋である。
その一階の酒場で食事をしていた少女が男の帰りを認めて手をあげる。
「お帰り」
それはルイズだった。真っ赤なヘルメットを被った姿は、酒場の中で妙に目立っている。
「どうだった?」
「船は出ねえってよ」
「出ないって……あ、そうか」
「なんでぇ、知ってたのかよ」
「忘れていたのよ。月で決まるのよね、確か」
「ああ、『桟橋』の兄ちゃんもそう言ってたわ」
「ご苦労様、デルフ、ザボーガー」
「じゃあ」
「ちょっと待って。それを脱ぐのは部屋に戻ってからよ。どちらにしても、私が脱がせるんだし」
「早くしてくれ、嬢ちゃん。どうもこういうのは好きじゃねえ」
「考えてみれば、貴方、普段は服なんて着ていないものね」
「裸だな。ま、相棒だってそこは同じだと思うぜ。さ、部屋だ部屋」
「ご飯は?」
「いらね。わかってて言ってるだろ、嬢ちゃん」
食事の間預けていた鍵を受け取ると、ルイズは男の手を引くように階上の部屋へと向かった。
怪しい風体で喋りが粗野な男と、育ちの良さそうな美少女。
さらには脱ぐだの脱がせるだの裸だの。
周りの客の目が微妙に妖しいものになっていたのだが、勿論ルイズは気付いていない。
「美女と野獣に違いない」
「羨ましい」
「いや、でもあの子、飯食いながらなんか兜に手かけてぶつぶつ呟いてたけど」
「うわ」
「ちょっと、可哀想な子?」
「それであの男が騙して連れ回してる?」
「なんと羨ま……いや、けしからん」
「つか、変な者同士のお似合いじゃね?」
それらの視線や呟きを一切無視して部屋に入る二人。
ルイズは目立つのを避けるために行動しているつもりだったが、はっきり言って裏目である。
「脱がしてくんね?」
「ええ」
男のフードやマントを脱がせる、というより剥がすルイズ。
その下から現れたのはザボーガーである。そして、ザボーガーの胸元にくくりつけられているデルフリンガー。
よく見ると、ザボーガーの頭が少し開いていて、そこからヘリキャットが機体の鼻面を覗かせている。
ヘリキャットの集音マイクや小型カメラと視覚聴覚を繋いだルイズが、ザボーガーに命令して身体を動かしていたのだ。勿論、ザボーガーの口代わりになっていたのはデルフリンガーである。
「しかしなぁ、嬢ちゃん。俺っちは剣なんだが。あんまりこういうのは柄じゃねえ」
「今は剣の出番じゃないもの」
「ま、嬢ちゃんのためって事なんで、相棒も嫌がってなかったけどよ」
「どうでも良いけどさっきから、相棒って誰の事よ」
「ザボーガーに決まってるだろ」
「ザボーガーの気持ちがわかるの?」
ゴーレムの癖に気持ちなんてあるのか、とはルイズも言わない。
なんと言っても、ザボーガーは使い魔である。使い魔なのだから、どんな形にせよ心はある。ルイズはそう信じている。
「なんとなくわかる。多分嬢ちゃんがザボーガーの主人で俺の使い手だから、どっかで繋がってんだろ」
「それも、ルーンの力なの?」
「さあ、どうだろねぇ。主がそのまま使い手になってるなんて、初めてだからねぇ」
「じゃあ、他の人はどうだったのよ」
「忘れた」
「あのねぇ……」
「それで、どーすんだ? 船が出るまでは足止めだぞ」
「ザボーガー、さすがに飛べないわよね」
「そりゃあ、無理だろ」
「いいわ、待ちましょう。色々やってみたいこともあるし」
この機会に、ザボーガーの性能をもう一度検証してみよう、とルイズは決める。
そのときルイズは気付いていなかった。一階の客の中に、自分と旧知の者がいたことを。
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これは一体?
タバサは首を捻った。
どうして自分は学院長に呼ばれているのだろうか?
横を見るとキュルケ。
「知らないわよ?」
反対側にはギーシュとモンモランシー。
「僕も知らない」
「私も知らない」
知らないのについてきているのはどういう事か。
タバサについていくわけではない、と三人は言う。
「私たちも呼ばれたのよ」
「僕もだ」
「私も」
タバサは一同を見渡して気付いた。
「ルイズ?」
頷くキュルケ。
「そうね、どう考えても、この四人の共通点って、ルイズよね」
「いや、僕たちはそれぞれ魔法属性のトップクラスじゃないか。いわば魔法学園の四天王」
「ギーシュはドット」
「う」
トライアングルのキュルケとタバサは良いとして、ギーシュとモンモランシーはドットである。
とは言っても、それぞれゴーレム操作と秘薬造りに特化している状態なので、総合的に考えると並みのドットは遙かに超えているのだが。
「やっぱりルイズ絡みかしら」
「今更、あの決闘のことだろうか」
「闘ったのはギーシュ」
「そうね、ギーシュね」
「だからどーして君たちはいつも、僕にばっかり面倒を押しつけるんだね!」
「頑張ってね、ギーシュ」
それでもモンモランシーに言われると頑張ってしまう自分が、ギーシュは少し恨めしかったりする。
ギーシュのどことなく嬉しそうでもある溜息を聞きつつ、先頭になっているタバサは学院長室のドアをノックする。
「ミス・タバサとミス・ツェルプストー、ミス・モンモランシじゃな? 入りたまえ」
ノックだけでわかったのか、それとも予想していたのか。
しかし、ギーシュは慌てている。
「あの、学院長、僕は」
「男を部屋に誘い入れる趣味など持っておらんわい」
「え」
「早く入ってきなさい。お客様もお待ちかねじゃ」
お客様? と訝しげな顔になりつつも、四人はドアを開けて中へはいる。
途端に、直立不動となるギーシュとモンモランシー。
オスマンの隣で微笑んでいる客の姿に気付き、優雅に礼をするタバサ。一瞬遅れて、キュルケも。
「ここでの私はオールド・オスマンの客人に過ぎません。皆、楽にしなさい。」
四人が想像もしていなかった第三者アンリエッタはそう言うが、ギーシュとモンモランシーはそうはいかない。二人とも、学院内では変わり者に分類されてはいるが、曲がりなりにも、いや、誇り高き生粋のトリステイン貴族なのだ。突然王族を目の前にして、普通でいろと言う方が無茶である。
それに引き替えキュルケはゲルマニア貴族、タバサはガリア……隠してはいるが王族……貴族である。アンリエッタに対する敬意はあっても畏怖はない。
「これこれ、ミス・モンモランシ、楽にしなさい。そこまで緊張しては却って失礼じゃよ?」
そしてこの期に及んで勘定に入ってないギーシュ。
「お前さんがたに聞きたいことがあってな」
「姫殿下が、私たちに、ですか?」
「いやいや、儂も聞きたいことがある」
モンモランシーは少し考え、ある事実を思い出す。
『ルイズは、姫殿下の幼馴染みかもしれない』
忘れていた。というか、普段考えることなど無かった。
しかし、トリステインでも屈指の名門ヴァリエール家の娘である。さらに年齢もちょうど良い。幼い頃の遊び相手とされていても何の不思議もない。
そして膨らむモンモランシーの想像。
『ルイズが、姫殿下にあることないことチクった』
いや、さすがにそれはない。それはないとモンモランシーは自分に言い聞かせる。
しかし、だ。
ただでさえモンモランシ家は、現当主であるモンモランシーの父親が代々続いた水精霊との交渉で大ポカをやらかし、睨まれているのだ。ここで自分が姫殿下に嫌われようものならば……
さらに膨らむモンモン想像。
『私のお友達に何をしてくれたのかしら?』
何もしてません。私は見てただけです。やったのはギーシュ。唆したのはキュルケです。
いや、駄目だ。それは駄目。ギーシュが罪に問われてしまう。それは嫌。ギーシュは大切なお友達。
キュルケはいい。いや、良くはないけれど。最悪、ゲルマニアの貴族なんだからトリステインの王族に嫌われるのは諦めてもらおう。
うん、それがいい。キュルケに全ての罪を……
モンモン想像は広がる。
『なんですって、ゲルマニアの成り上がり貴族の分際で。戦争よ、戦争』
駄目ーーーー。駄目、姫殿下、落ち着いてください。
戦争はいけません、駄目です。個人的には水の秘薬の価値が上がるので嬉しいですけれど、実家の財産を殖やす機会ですけれど、でも、それはそれとしてやっぱり戦は駄目です。
お願いですから落ち着いてください。
この場合、落ち着くべきはモンモランシーである。
それでも、モンモン想像は続く。
『止めなかった貴方達も同罪よ。そっちのチビッ子、貴方は誰? ガリア? ガリアなの!? わかったわ、戦争よ、戦争よぉぉぉ!!』
大変なことになってしまった。2カ国相手の大戦争が始まってしまう。
モンモランシーは心から後悔していた。
こんなことになるなんて……どうして、こんなことに……
どうして……
どうして?
…………?
よく考えると、まだ何も起きてない。
顔を上げると、全員が自分を不思議そうに眺めている。
「どうしたんだい、モンモランシー。顔色が悪いようだが」
ギーシュが心配そうな顔で尋ねていた。
「あ、えっと……」
「良いかね? 三人とも」
オスマンが一同に尋ねた。相変わらずギーシュは員数外である。
「ミス・ヴァリエールのことなんじゃが」
はうっ。
その言葉で、モンモン魂は再び想像へと飛んだ。
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ワルドはルイズを“見て”いた。
妙な男と一緒にいるが、あれが例の使い魔たるゴーレムだろうか。
フーケのゴーレムを手もなく打ち砕いたゴーレムである。警戒が必要だろうが、ワルドとて油断はしていない。
マザリーニの密命によりアルビオン探索を請け負ったのは、自分からそのように仕向けようとしていたとはいえ、やはり幸運だった。命じられることがなければ、立案し志願するか、あるいはトリステインとの縁切りを予定より早めなければならなかっただろう。
本当に自分は運が良い。これも、自ら選んだ正しき行いへの祝福か。
ルイズの存在はそこに付け加えられたさらなる幸運、ちょっとしたボーナスのようなものだ。
使い魔などは二の次でいい。
どれほど強力な使い魔だろうが、ルイズの真の力が目覚めればそれどころの騒ぎではないのだから。
そして、その力は自分が使う。ルイズには、いや、トリステインの貴族の娘には勿体ない力だ。
ルイズならば、自分の言うことを聞くだろう。それが叶わないとしても、聞かせることはできるだろう。
なに、最悪の場合は身動きできない状態にしてしまえばいい。
足を失えば勝手に身動きはできまい。
手を失えば抵抗はできまい。
呪文の詠唱さえできればいい。杖はどうにでもなる。喉と舌さえあればいい。
自由意思など、時間と手間さえかければいくらでも変えられる。
ワルドの目に映っているのは、ルイズという名の少女ではなかった。
ワルドの目に映っているのは、ルイズと呼ばれる魔法装置に過ぎない。
#navi(ゼロと電流)
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「第十二話」
気がつくと夜明け前。
横にはギーシュ。前にはタバサとキュルケ。そのさらに前にはシルフィード。そして後ろにいるのは姫殿下と学院長。肩に乗っているのはロビン。
いつの間に?
いや、意識はしっかりあったし休憩もしっかり取った。別に意識を失っていたわけでも自我を失っていたわけでもない。
それにしても、どうしてこんなことに。
モンモランシーはじっくり考える。
「ルイズが行方不明!?」
「部屋にいるんじゃなかったんですか」
学院長の説明に、最初に声を上げたのはキュルケである。
次いで、ギーシュ。
タバサは無言のままで、モンモランシーの場合は声にならない驚き。
「何処へ行ったんですか? まさか、実家に帰ったとか」
「行き先の想像はついておる。おそらくは……アルビオン」
「ああ、アルビオン……って、あのアルビオンですか!? 戦時下じゃないんですか、あそこ」
「明らかに戦時下じゃな」
「なんでそんな」
「先夜にあったことじゃが、これは当事者に話を聞こうとするかね」
姫殿下が、ルイズの部屋で起きた状況を説明する。ただし、手紙云々は省略。ただ、個人的に必要なものがアルビオンにある、とルイズに話しただけだと。
秘密にするのはどうかと、アンリエッタは少し考えていたのだが、オスマンとマザリーニは異口同音に隠せと進言したのだ。
確かに、手紙のことをこの四人に話したところで事態に変わりがあるわけではない。不必要な情報を知らせないのも嗜みだ。
「それで、ルイズは先走ったということですか」
「はい。私の言い方が悪かったのです。幼馴染みであることに甘えて、愚痴をこぼしてしまった私の浅はかさが」
「いえ」
ギーシュが身を乗り出していた。
「姫殿下のお気持ちは重々お察しいたします。しかし、幼い頃からの親しき友であるミス・ヴァリエールに対して多少なり胸襟を開いたことなど、責められるようなことではないと自分は考えます。この場合、まことに言いにくいのですが、責は姫殿下ではなく、無闇と先走ったミス・ヴァリエールにあると」
なんだ、このいっぱしな物言いは。
オスマンは微笑ましげにそれを見、モンモランシーはやや呆れている。
そしてキュルケは考えている。
ルイズの行き先は既にわかっていた。ならば、自分たちが呼ばれたのは後先考えずに飛び出したルイスの心情を補足するためか。
しかし、だ。ギーシュとの決闘で自信を失ったルイズが短絡的に貴族の誉れを求め、姫殿下の望みを叶えようと飛び出した。それだけの事なら自分たちの証言による補足など不要だ。おそらく、それらに関してはとうに学院長が把握しているだろう。
それだけの訳がない。
ルイズを追うため、か。
勿論、追うだけなら自分たちである必要はない。正規兵のほうが確かだろう。
だが、正規兵を使うわけにはいかない事情がある、とキュルケは見抜いていた。
この出来事自体、公にするわけにはいかないのだろう。
今のトリステインの情勢はキュルケも知っている。そして、ルイズの実家が王家に迫るほどの名門である事も。
今の王家がヴァリエールに離反されればおしまいだ。そして、万が一ルイズが、アンリエッタに命じられたアルビオン行きで命を落とせば、離反の可能性が出てくる。少なくとも、離反しても不思議はないと言う雰囲気が周囲にできあがるだろう。
反アンリエッタ陣営にはこの上ない追い風だ。そうなった場合、ゲルマニア皇帝とてアンリエッタとの縁談をこれ以上進めるかどうか。
しかし、ルイズを追うのが学園の友人たちならば?
このアルビオン行きは、友人間のいざこざの末によるものという見方も出てくるだろう。いや、そう見えるように枢機卿が全力を傾けるだろう。
姫殿下は、自分たちにルイズを追わせようとしている。
キュルケはタバサを見下ろした。タバサもちょうどキュルケを見上げるところだった。
「シルフィードは四人なら大丈夫よね。フレイムたちも計算に入れて良いのかしら?」
「ラ・ロシェールで追いつける」
「だけどザボーガーの速度は……ああ、この月だと、まだ船が出ないか」
「足止めされているなら追いつける」
「それなら、答えは一つね」
トリステインの王族に命じられ、政治的に重要な娘を追う?
ゲルマニアのツェルプストーともあろう者が?
否。
自らの意思で、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーは自分の友人を追うのだ。決して、トリステイン王女からの依頼などではない。それは明確なる自分の意思で。
誰のためでもなく、自分のために。
「学院長」
キュルケは一歩、前に出た。ただし、姫殿下の方角ではなく、オールド・オスマンの方向へ。
「私とタバサは、ミス・ヴァリエールを連れ戻します」
「ほう?」
「ミス・ヴァリエールはミスタ・グラモンに決闘で負かされた事によって、自尊心を傷つけられ、学院を飛び出ていったのでしょう。その決闘自体にも、私たちが無関係とは思えません。それなら彼女を追うのは、事件の当事者であり友人でもある私たちの役目ですわ」
「横から失礼します。ミス・ツェルプストー、でしたか」
姫殿下の後ろに控えていた銃士が、突然声をかけた。
「ミス・ヴァリエールが突然出て行かれたのは、その決闘が原因だと仰るのですか?」
「ええ。他の原因など、何一つ思い当たりませんわ」
「なるほど」
アニエスは、そのままアンリエッタに向き直り、膝をつく。
「恐れながら申し上げます。我ら銃士隊の調査にても、ミス・ヴァリエール出奔の動機はわかりませんでした。しかしながら、学院内のご学友とのトラブルが原因だとすれば、我ら、いや、姫殿下には全くの関係ない事と思われます」
「アニエスと言ったかの。それはさすがに言い過ぎじゃろう」
オスマンの言葉に、キュルケとアニエスは似たような表情になる。
驚愕に、やや混じった不信。
ギーシュとモンモランシーは、互いに顔を合わせて既に理解を放棄している。ある意味、流れに任せている状態だ。
タバサは何を悟ったのか、面白そうにオスマンを見ている。
「学院長?」
「ミス・ヴァリエールは姫殿下の幼き日からの友。それをここに来て無関係と言い張るとは、如何に公私の区別とはいえ、情が強すぎるというものじゃろう。形はどうであれ、心配せぬ方がどうかしておるわい」
キュルケが発言するまでの会話は、これで全てなかった事になる。
ルイズを追うのは友人。
ルイズが出て行った理由は友人間のつまらないトラブル。
いくら娘を可愛がっている両親とはいえ、横やりを入れるにはあまりにもつまらない理由。
その翌朝。
モンモランシーは回想から抜けると、もう一度メンバーを確認する。
ルイスが暴力的に反抗する事はまずないだろう。必要なのは話し合い。姫殿下がルイズの行動を望んでいないとわからせる事。
説得は、同じトリステイン貴族であるギーシュとモンモランシーの役目だ。
ギーシュは、方向性こそ違うがある意味ではヴァリエール当主と肩を並べる事もできるグラモン元帥の息子。モンモランシーの実家とて、本来ならそれに並んでいておかしくない格の持ち主である。
「ヴェルダンデはラ・ロシェールまで地面を潜っていくよ。望むなら、フレイムはその後ろについて行けばいい」
シルフィードに乗るのは四人、そしてモンモランシーの使い魔ロビン。ロビンはカエルなので、重量的には誤差範囲だ。
モンモランシーとしては、ロビンに休んでいてもらっても良いのだが、朝、目を覚ますとロビンは自分から荷物の横に侍っていた。どうやら、連れて行って欲しいらしい。
そんな健気なことをされて、連れて行かない彼女ではないのだ。
「良いか。お主らはくれぐれもアルビオンに関わってはならんぞ。それでは本末転倒じゃからな」
「わかっています。ロクに準備もせずになし崩しの実戦参加など、父上に知られれば大目玉ですから」
「アルビオンとトリステインの間に入り込む気はありませんわ」
「ルイズを連れ戻すだけ」
「三人を全力で引き留めます」
「うむ。頼むぞ、ミス・モンモランシ。こう見えて三人とも突っ走りかねんからな」
「はい」
「きゅい」
「うむ。シルフィードもな。お前さんのご主人様と友達を、ちゃんと守ってやるのじゃぞ」
「きゅいきゅい」
シルフィードが飛び上がる。
そして、ラ・ロシェールへ向けて大きく羽ばたいた。
それを見ている別の集団。
「あれは……ミス・タバサの使い魔ですね」
「なんだ、朝っぱらからお出かけかい。ああ、そういやぁ、今日から食数減らすように言われてたな。なんだってんだ? こんな時期に」
学園行事予定は使用人たちも心得ている。この時期に学生たちがまとまって出て行く行事など無いはずだった。
「貴族の方々のなさる事は私たちにはわかりませんよ」
「はっ、ちげえねえ」
シエスタの言葉に笑って応えるのは、出て行ったのが「貴族の中でもかなりマシ」な一団である事を後で知り、だったら弁当の一つでも作ってやったのに、と呟く事になるマルトーである。
「それじゃあ、私もそろそろ出発します」
「おう。気ぃつけてな、土産のワイン、楽しみにしてるぜ」
「はい。今年は当たり年と聞きましたから、良いのができていると思いますよ」
シエスタは食材を運んできた荷馬車に便乗し、街へ向かう。
今日から少しの間、故郷に帰るのだ。そして戻ってくるときはタルブや各地の名産を積んだ荷馬車にまた便乗してくる事になっている。
「行ってきます、マルトーさん」
「おう、元気な顔見せてやれよぉ」
途中の街でお土産を買って、家族に元気な姿を見せて。
シエスタは村での過ごし方をもう決めている。
それから、ミス・ヴァリエールのために、もう少し村の秘密を明かしても良いかどうか、お父さんに聞いてみなければならない。
とりあえず、ゲンお爺ちゃんが「シャシン」と呼んでいた綺麗な絵。そして、ザボーガーのような「おうとばい」がタルブの村に残っている事。
マシンホーク。
そういえば、マシンホークに乗るのも久しぶりになる。
シエスタは、故郷でマシンホークと再会することを楽しみにしていた。
シルフィードを見上げて手を振る彼女はまだ知らない。
結局彼女は、その休暇の殆どをマシンホークと共にアルビオンで過ごす事になってしまうのだと。
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最初の一言は、
「どうしてこんな所に?」
それに対しては、
「任務だよ。枢機卿に直接受けた極秘任務さ」
ワルドは、入るよ、と一言告げ、提げていた紙袋を差し出す。
「この宿で一番のワインと肴だ。まずは、再会を祝して一杯どうかな? 僕の可愛いルイズ」
拒む理由はない、戯れとはいえ、親同士の決めた婚約者である事に変わりはない。
しかし、そもそも、前にワルドと会ったのはいつなのか、とルイズは考える。考えなければわからないほどの以前なのだ。
それが、婚約者といえるのか。
「お待ちください。部屋が散らかっていますから」
「待てば、入らしてもらえるのかな? それとも、酒場に戻ろうか?」
「すぐ済みますわ。戸を閉めて、待ってください」
ルイズは戸を閉めると、小さい声でザボーガーにマシン形態に戻るように言いつける。
最初にノックがあったとき、ルイズはボーイがチップ稼ぎに細仕事でも請負に来たのかと思っていた。だから、部屋は片付けていない。
しかし、そこにいたのは何故かワルドだった。幼い頃、親が勝手に決めた婚約者であり、それを差し引いたとしても幼い頃からの知り合いだ。
知らぬ仲ではない。無視をするわけにはいかない。
デルフリンガーに口をきかないように言い聞かせると、敢えて剥き出しのままで窓の外に置く。そこからは中が見える。何かあれば、デルフリンガーが外に向かって叫ぶというわけだ。
そして、ルイズはワルドを再び招き入れた。
「改めて。久しぶりだね。僕の可愛いルイズ」
「本当に、お久しぶりです。ワルド様」
「ふむ。これは手痛い。君を放っておいたようで済まなかったと、最初に詫びるべきだったな」
「ええ。何事もなかったようになんて、酷すぎるとは思いませんか?」
甘えているな、とルイズは思う。
ちい姉さまへの甘えも違う。お父様への甘えとも違う。無論に、エレ姉さまやお母さまとも違う。
だれにもこんな甘え方を自分はした事がない。
どこか我が侭で、それでいて媚びるような言葉。
なんだろう、この感覚は。
キュルケやモンモランシーがいれば、その疑問にはすぐ答えが出ただろう。しかし、ルイズ一人でわかるような問題ではなかった。
「そうだな、僕は詫びるべきだ。済まなかった、ルイズ」
そして、ワルドはルイズの手を取った。
取られるまま、逆らわないルイズ。
「ヴァリエールに相応しい地位を手に入れようとしていた、僕の無様な足掻きだよ。笑ってくれ」
「殿方の努力を笑う傲慢さなど、私は持っていませんから」
「そんな君だからこそ、僕は君に相応しい自分であろうとするのさ」
ワルドは告げる。
おのれが、マザリーニ枢機卿によってアルビオンに派遣されようとしているのだと。
「君は、姫殿下のためにアルビオンへ行こうというのだろう。しかし、既に僕がその任務を極秘裏に受けているのだよ」
「でも、姫殿下はそんな事……」
「これは枢機卿、あるいは僕の独断で動いた事になっている。事が発覚した場合、姫殿下に累が及ばないようにね」
つまりは、今のルイズと同じなのだ。違うのは、ルイズが本当に独断で動いているのに対して、ワルドが密命を受けている事。
「だから、この任務は姫殿下すら知らない」
だから、ルイスは学院に戻ればいい。後の任務は、ワルドのもの。いや、元々ワルドのものだった。
「ワルド様は一つ勘違いをしています」
「ほう?」
「私は姫殿下のためだけにアルビオンへ行くのではありません」
「と言うと?」
「自分のためです。自分の、貴族としてのあり方を見直すためです」
ルイズが語る物語をワルドは黙って聞く。
自分が嫌っていた類の貴族。その嫌な貴族に、自分はなりかけていた。そして、それに気付かなかった。
力を得た事で、自分のやるべきことを見失っていた。
「だから、私は力を正しい事に使いたい。姫殿下のために動く事がそれだと思ったの」
「なるほど。君は理想のトリステイン貴族であろうとしているのか」
「はい。だから私は、力を正しく使うため、アルビオンへ行きます」
「君に、それだけの力があるということか」
「私の使い魔には、それが可能です」
力を正しく使う事は、力に溺れる事とは違う。
例え、ワルドが反対しようとも。同じ任務であろうとも。
自分はアルビオンへ行く。誰のためでもない、自分の誇りを取り戻すために。
「では、僕はあくまで反対するよ。勇気と無謀は違う。君がこれからやろうとしているのは、ただの自殺だ」
「ワルド様は、ザボーガーの力を知りません。今の私の力も」
「そうか」
ワインの瓶が袋に戻される。
「そういうわけなら、今夜は酒を控えよう」
立ち上がり、ワルドは杖を掲げる。
「僕は、君の使い魔に決闘を申し込む。もし僕にあっさり負けるようなら、諦めて学院に戻ってもらう」
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註・マシンホーク
電人ザボーガー第1部(Σ団編)にて登場した準レギュラー秋月玄の愛車。
スペックなどは不明だが、マシンザボーガーと同等に戦えるマシン。
作品内で変形はしないが、変形の設定資料、デザインは存在していたため、本作では変形可能とする。
作品内では退場しただけで、秋月共々破壊も死亡も無し。
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