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もう一人の『左手』-05 - (2008/02/23 (土) 13:06:27) のソース
#navi(もう一人の『左手』) 「サイトぉっ!!」 「どいてぇっ! ――いいから――どきなさいよぉっっ!!」 人垣の中から、野次馬を掻き分けて、桃色がかったブロンドの少女が飛び出し、才人のもとへと走り寄り、その血まみれの頭を抱きかかえる。 「しっかりしてサイトっ!! 死んじゃダメ、死んだら……死んだら、絶対に、許さないんだからねっ!!」 「……よお」 才人は、うっすら右目を開くと、ほんの少しだけだが、微笑んだ。 ギーシュに見せた、唇を歪ませた皮肉な笑みではない。人が心落ち着かせたときに見せる、安らかな表情。 ――それは、ルイズが見る、彼の初めての笑顔だった。 ルイズには何故か、才人の、その笑顔の意図を正確に汲み取る事が出来た。 お互い出会ってから、まだ数時間しか経っていないというのに。いや、それどころか、口を開けば、諍いばかりだった自分たちなのに――。 (やっと俺を、名前で呼びやがったな) その瞬間、ルイズはホッとした余り、腰が抜けそうになった。 「なっ、何よ……!! 調子に乗るんじゃないわよ、生きてるなら生きてるって、ちゃんと……御主人様に心配かけるんじゃないわよっ!!」 そんなツンデレ的怒声を浴びせかけるルイズを、眩しそうに見上げながら、才人は、震える左手を、彼女の顔に伸ばし、――涙を拭った。 (泣くんじゃねえよ) 「なっ、泣いてないわよっ!! だいたいアンタ、平民のクセにそういうところが生意気だって――」 「お取り込み中のところ申し訳ないがね」 そこには、ようやく顔色を取り戻したギーシュが立っていた。 しかし、先程までの“決闘相手”ではなく、その主を名乗る少女に向けられた眼差しは、微妙な媚びと、それ以上の傲慢さが混合された、粘っこい光を放っていた。 「なあルイズ……主のキミから言ってやってくれないか、この強情な“使い魔”君に」 「ギーシュ?」 「痩せても涸れてもこの『青銅』のギーシュ、いかに決闘とはいえケガ人をいたぶる趣味は無い。君も知っての通り、僕は本来、穏やかな男だからね」 ルイズは怒りで骨が震えそうになった。 何を言っているのだろう、この男は……!! さっきまで嬉々として、彼をいたぶっていたくせに、『穏やかな男』? 『ケガ人をいたぶる趣味は無い』!? いまさら何を寛大ぶって、よくもまあ、ぬけぬけと……!! 「まあ、こう言っては何だが、『ゼロ』の君が召喚した使い魔にしては、大した男だったよ。そこのところは認めてあげよう。うん」 そして、事ここに及んでも、まだ自分を『ゼロ』と罵るのをやめない。 才人が、まさしく血を吐くようにして言った言葉を、こいつは、次の瞬間にはもう、存在すらしていなかったように受け流している。 こんな男のために、才人は、ここまでの傷を負わねばならなかったというのか。 「だから、彼に命じたまえと言ってるのさ、僕に謝罪せよと。――君だって、折角の使い魔をむざむざ殺したくは無いだろう?」 ルイズは、生まれてこの方、この瞬間ほど自分の無力を、神に呪わなかった事は無かった。 もし自分に今、この瞬間にでも、自在に使える攻撃魔法があれば、この男を――自分のみならず、自分のために命を賭けて戦ってくれた、彼を侮辱しようとする――この男の下品な口を塞いでやれるものを!! 「そうだな、なんなら、彼の代わりに君が謝罪してくれても、僕は全然構わないよ」 限界だった。 正直言ってしまえば、ルイズとしても、これ以上才人を戦わせるくらいなら、土下座でも土下寝でもするつもりだった。彼女の頭にあったのは、ただひたすら、才人を死なせたくないという、その一念だけだったから。――さっきまでは。 「ギーシュ・ド・グラモン……!!」 怒りに震える声で、眼前のキザ男を睨み据えると、ルイズは、膝枕に抱きかかえた才人の頭を、ゆっくりと、可能な限り優しげに、地面に置いた。 「……この決闘、わたしが引き継ぐわ」 「え?」 「この使い魔に代わって、わたしがアンタの相手をしてやるって言ってるのよっ!!」 ギーシュは、数秒ほど目をぱちくりさせると、やがて、呆れたように大声で笑い始めた。 「――だっ、だめだよルイズっ、いくら何でも、女の子と決闘なんて出来ないよ!!」 だが、彼の哄笑を塞いだのは、ルイズの手から投げつけられた、一枚の手袋。 「怖いの? だったら、わたしとサイトに謝罪しなさい。そうすれば許してあげてもいいわ」 ギーシュは、そうまで言われて一瞬、真顔になったが、次の瞬間には、やれやれと肩をすくめるポーズをとり、周囲の観客を見回した。 「そういうわけだ、諸君っ! これから行う決闘は、僕から仕掛けたんじゃない。ルイズが望んだものだ。――それを立会人として承知してくれるかいっ!?」 その声を受けて、さっきまでの才人の怒号にフリーズ状態だった聴衆たちも、その意外な成り行きに、おおいに盛り上がった。 その歓声の中に、ルイズを応援する声は、いっさい無い。 「さて、それじゃあルイズ、決闘に際して、一ついいものを上げよう」 彼は、少女に、いやらしい流し目を送ると、『練禁』で一振りの剣を練成し、彼女の足元に放り投げた。 「……何の真似よ、これ」 「決まっているだろう、“武器”だよ。君は女の子で、しかも『ゼロ』だ。たとえ名門公爵家の令嬢ではあっても――メイジじゃない」 その瞬間、ルイズは屈辱で顔が紫色になった。 しかし、ギーシュは尚もやめない。半ば哀れむように言い続ける。 「そこの平民ならともかく、貴族が、メイジでもない女の子を相手に決闘しようと思ったら、せめてこの程度の気は遣ってあげないと、格好がつかないだろう」 「……ギー、シュ……!!」 「僕の、優しさと気遣いは汲んでくれるよね? マドモアゼル」 いかにルイズといえど、こうまで正面きって、貴族としてのアイデンティティを否定された事は無い。 余りの屈辱に、眼前に投げ出された剣をギーシュに蹴り返そうとした時だった。 「もう、いい加減にしておくんだな」 才人の声ではなかった。 いや、ルイズ以外の、このヴェストリの広場にいた全ての人間が、聞き覚えの無い声だった。 その精悍な相貌に相応しい、低く響く、錆びを帯びた声。 『サモン・[[サーヴァント]]』で彼女に召喚された、もう一人の“平民”。 「それ以上、何かをしたいなら――」 そこで言葉を切った男は、ちらりとルイズに目をやると、 「“主”を立たせるまでも無い。平賀に代わって、俺が相手になってやる」 そう言って、投げ出された剣を拾った。 風見志郎が、そこに立っていた。 #navi(もう一人の『左手』)