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規格外品0号-01 - (2008/03/07 (金) 07:35:05) のソース
#navi(規格外品0号) 第一話「DARK HERO」 ――鈍い音を立てて、青年の体が地面に叩きつけられた。 自分は何をやっているのだろう。 そんな思考が脳裏を掠めた。 周囲に群がる観衆の中に、桃色と黒色の髪を見つけていなければ、 きっと回答を見出すことすらできなかったに違いない。 鋼の巨人に何度も殴られた身体が軋み、悲鳴を上げた。 その悉くを完全に無視し、青年は身を起こす。 負けられない戦いがあるのだ。 ゆっくりと拳を握り締める。 彼は使い魔だった。 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが召還した使い魔。 名前は無い。元より、そういった物を与えられた記憶がない。 ただボンヤリと「0号」と呼ばれていたような気がする。 なのでそう名乗ると、何故か周囲の人々は一斉に囃し立てた。 『[[ゼロのルイズ]]がゼロを召還した』と。 「……まだ立ち向かう気かい? 諦めが悪いなあ、君は」 唐突に声をかけられ、記憶を振り返っていた彼は一瞬戸惑った。 ワルキューレなる巨人に守られた少年、ギーシュが話しかけてきたのだと気付く。 「しかし幾ら決闘とはいえ、こうも一方的になると些か興ざめだね……」 そう、決闘だ。 その事実を再認識する。 事の始まりは――殺しあうような問題でもなかった筈だが。 ああ、いや、目前の貴族にとってはそうなのだろうか? 彼には良くわからなかった。 そもそも、彼にわかる事など、この世界にどれ程あるだろう。 魔法。 貴族。 学園。 二つの月。 どれもこれも、かつての彼とは全く無縁の存在だ。 ただ……それでも、理解できた事だって、ある。 発端となったのは、今も観衆に紛れて此方を見ている黒髪の娘だ。 ギーシュが彼女を叱り付けている場面に出くわし、彼が割って入った。 あまり難しいことはわからないが、少なくとも真っ当な叱責には見えなかったのだ。 そう、あれは力を持つものによる蹂躙――暴虐だ。 彼もかつて経験したことのある、忌むべき行為。 許せなかった。 それが彼の理解できた、数少ない事象の一つ。 決闘を受ける気になった、理由である。 「……ほら、受け取りたまえ」 そんな事をボンヤリと考えていると、彼の目前に何かが突き立てられていた。 ――武器だ。 細身の剣。斬るよりは突き刺すことを目的とした形状。 情けのつもりだろうか。だとすれば笑ってしまう。 鉄の塊に対して『突き刺せ』とは。 「魔法の使えない平民が、貴族と戦うために鍛え上げた道具さ。 さあ、剣を握ると良い、使い魔君」 彼はギーシュの言葉に従い、その剣を掴む。 そして、刀身の半ばから真っ二つにへし折って見せた。 「…………ッ!」 いくら社会経験の少ない貴族の子息とはいえ、その意図は紛れも無く理解できたろう。 ギリィッと歯軋りをしたギーシュは、口の端から搾り出すようにして罵り声をあげる。 「この……ッ! 出来損ないの、規格外め…ッ!」 ――規格外? 「ああ、そうだとも! 魔法の使えない“ゼロ”に呼び出された使い魔! それも動物ですらない平民だ。 君は紛れも無い規格外の失敗だともッ!!」 桃色の髪の娘が、びくりと肩を震わせるのが遠目にも見えた。 今のは彼への罵倒でありながら、しかしルイズの心にも深く突き刺さったのだ。 或いは自分がもっと優秀なメイジであったなら、彼もこのような目には合わずに済んだかもしれない。 だが。 彼にとっては、そんな罵倒は全く意味を成さなかった。 ――規格外。 その言葉が頭の中で響く。 そう。 そうだ。 何故忘れていたのだろう。否、忘れさせられたのだ。 彼の名前。 0号ではない。 違う呼び名があった。 ――ギーシュは気付かない。 彼の口元が歪に歪んだ事に。 ――0号が、高らかに己の名を叫ぶ。 「ガイバァアァアァァァアァァ……ッ!!」 空間が歪み、そして『ソレ』が現れた。 「……なによ、アレ……ッ!」 ルイズが声を上げた。 それは鎧だった。 大きく後方へと張り出した角。 目の部分は鏡のような細工が施されている。 鎧の隙間には黒い皮膚が覗き、 また胸部はひときわ分厚い装甲で覆われていた。 ただの装飾と言いきってしまうことのできない、腕の突起。 そして何よりも異彩を放つのは、全身に埋め込まれた金属球。 奇妙な意匠の全身鎧。 否。そうではない。 0号を内部に取り込む仕草、かすかな脈動。 そう、あれは紛れもなく――生きている。 「先住魔法だ……! こいつ先住魔法を使ったぞッ!」 理解できない事態に、野次馬気分で見物していた生徒達が悲鳴をあげる。 無理も無い。彼らにとってエルフ――先住魔法の使い手とは、恐怖と同意だ。 そして杖も無しに虚空から鎧を呼び出したこの使い魔は、紛れも無く先住魔術の使い手……ッ! 怯え、竦み、或いは既に逃げ出し、混乱に陥った生徒達の中にあって尚、 辛うじて平静を――感情を表に出さずに――済んだのは、たったの数名。 己の使い魔の力を見極めんとするルイズ。 そして同様に彼女の使い魔を見に来たキュルケ。 それに付き合ったタバサ。 そして誰であろう、ギーシュ・ド・グラモン。その人だった。 「……ッ! よ、よろしい……成程、これならば――僕の剣は必要なかっただろうね。 さあきたまえ、わ、ワルキューレの力を見せてやろう……!」 虚勢。 紛れも無い虚勢。 だが、彼もまた貴族なのだ。 軽薄であり、女たらしであり、情けなく、経験不足であっても。 逃げることだけは、しなかった。 0号が奔る。 ワルキューレが迎え撃つ。 鉄の女神達は拳で攻撃していた先ほどまでとは違い、錬金で生み出された武具を手にしていた。 それに呼応するかのように0号の腕の突起が伸び、周囲にブゥンという羽音のような音が響き出す。 ――剣だ。 「受け止めろ、ワルキューレ!」 ギーシュの判断は的確であった。 惜しむらくは、彼が高周波という概念を知らなかったこと。 超高速で振動する0号の刃は此の世に断ち切れぬものが存在しない。 ワルキューレの剣に食い込み、その分子接合を切断。 そのまま武具ごと女神の胴体を斬って捨てる。 「……ッ! ならば――弓だッ!」 接近戦に持ち込まれては不味い。 咄嗟に距離をとった二体目のワルキューレが、その手に持った弓に、巨大な矢をつがえる。 無論、人に対して使うような代物ではない。“決闘ごっこ”で使う気も、勿論無かった。 だが、ダメだ。 あの0号――あの規格外品に手加減をしては、ダメだ! 鋼の糸が弾ける音がして、凄まじい速度で矢が放たれる。 だが0号は動じない。 まるで睨むことで矢を止められるとでも言うように、その攻撃へと視線を向け―― 閃光が奔った。 次の瞬間、鉄矢は空中で溶解する。 さらに、その延長線上にいたワルキューレが頭部に大穴をあけられ、溶けおちた。 「……なッ!」 有り得ない。 まだ辛うじて、この戦いを見物できていた者達の誰もが言葉を失った。 いくら先住魔法と言えど、あんな代物は見たことも聞いたことがない! 頭部の金属球から熱線―そう表現するよりあるまい!―を放った0号。 しかし、その前には未だ数体のワルキューレが立ちはだかる。 1対1で勝てないのならば、数で攻める。当然の帰結であった。 だが――……やはり0号に躊躇う様子は無い。 「……………………ッ」 キィィィィィィィィィxン、という酷く甲高い、耳に障る音が響きだす。 「な、なによこの音……ッ!」 「う、うるさい……!」 「………」 ルイズ、キュルケ、タバサのみならず、ギーシュすら耳を押さえて蹲る。 そして――異変が起きたのは、この時だった。 0号の前に立ちはだかっていたワルキューレの身体が震えだしたかと思うと……。 ――ピシリ。 一気に全身にひび割れが生まれ、そして――崩れ落ちたのだ。 誰の目、或いは耳にも明らかだった。 信じることはできなかったが、事実は事実である。 この0号と名乗った使い魔の、今の音が、ワルキューレを崩壊に導いた。 否、それだけではない。 0号はたった一人で、鋼鉄の女神を全滅せしめたのだ。 「ま…………まい、ったよ」 感情の無い鏡のような目で睨みつけられ、息も絶え絶え、ギーシュは敗北を認めた。 ――そう、確かにギーシュ・ド・グラモンの言葉は正しかったのだ。 ゼロのルイズは、紛れも無く。 『規格外品』を召還したのだから。 #navi(規格外品0号)