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使い魔は闇の守護神 - (2009/06/16 (火) 05:36:10) のソース
神話は生まれる。 伝説は語られる。 歴史は、ただ記される。 「こ、これが……強大で、神聖で、美しい、私の……使い魔?」 召喚された使い魔を見ながら、ルイズは引きつった顔でつぶやいた。 失望、不安、恐怖、期待。 様々な感情が交じり合い、内心の動揺はわかりやすく顔の表情となって表れる。 召喚によって出現したそれは、生物とは見えなかった。 美しいという部分は該当するようであった。 人間の頭ほどの大きさで、形状は正八面体。 微かに粒子状の光をまとわせた〝それ〟は、黒曜石で作られた人工物のように見えた。 確かに美しい。 一個の美術品として見れば、かなりのものではないかと思う。 空中にふわふわと浮遊しているところを見ても、単なる宝石の類ではないだろう。 大体宝石にしては、あまりにも大きすぎる。 一瞬やり直しを要求しようかとも思ったが、ルイズはいつしかその美しさに見蕩れていた。 とても、普通のものとは思えない。 おそらくはマジック・アイテム。 非生物を使い魔にしたというのは、前代未聞だが、それでも成功は成功だ。 まぎれもなく、自分自身が召喚した使い魔である。 ルイズは決意した。 コントラクト・[[サーヴァント]]の呪文を詠唱し、不思議な使い魔にくちづけをした。 バチンッ! この時、ルイズに電流走る。 実際に電流が流れたというより、ルイズの感じた衝撃がそのようなものであったのだ。 瞬間に、ルイズは本能的に理解した。 ――ああ、生きている。 この奇妙なものは、生きているのだと。 生命を持った存在なのだということを理解した。 同時にくちづけたルイズから、使い魔が何かを吸収していくのも。 無数の記憶の本流が、ルイズを押し流そうとしていた。 走馬灯のように流れあふれる記憶の数々。 だが、ルイズの体験した全てが見えたわけではない。 それには明確な特徴があったのだ。 寝る間も惜しんで魔法の教本を読んだ時間。 声がかれるまで詠唱を続けた日。 魔法が出来ないのが悔しくて、せめて何か上手になりたいと励んだ乗馬の訓練。 それはルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが十六年間の人生の中で研鑽してきた時間の記憶であった。 今まで、一度たりと報われたことのなかった努力だけれど。 どうして、こんなことをこんなにたくさん思い出したのだろう。 自分でも気づかぬうちに、ルイズは涙を流していた。 そっと、使い魔から身を離す。 黒い使い魔にルーンが刻まれていくのを、どこか遠い目でルイズは見ていた。 「……終わりました」 自分でも暗いとわかる声で、ルイズは教師のコルベールにつげる。 ほう、変わったルーンですな、と頭髪の薄い教師が独り言を言いながら使い魔を見る。 使い魔に急激な変化が訪れたのは、その時だった。 「ええっ!?」 光があふれた。 強い光を放ったと思う瞬間、黒い正八面体は、黒い球状のものへと変化したのだ。 これには、 「そんな変なオモチャ召喚してどうするの?」 「召喚ができないからって、実家から変なものを持ってくるなよ!!」 そう嘲笑を飛ばしていた他の生徒も絶句した。 黒い球状のものには、わかりにくいが顔のようなものも見えた気がした。 ルイズが近づこうとすると、使い魔はさらに変化する。 新たな形態を目の当たりにして、ルイズは息を呑んで立ち尽くした。 信じられない。 こんなことをあるのだろうか。 変化した使い魔はくるりと身を回転させると、ちょこちょことルイズのもとへと歩いてくる。 最初の、無機質なすがたからじゃ想像もつかない変化だった。 猫だった。 そこにいたのは、黒い正八面体でも、丸っこいものでもない。 一匹の黒猫である。 しかし、普通の猫ではない。 何しろその黒猫は、人間のように後ろ足で立って歩いているのだ。 さらに、首には金の鈴。 おまけに、同じく金のリングをつけていた。 前の右足に二つ、左足には一つ。後ろの左足には一つ、さら尻尾の先にも小さなものが二つ。 左の耳には、やっぱり金に輝くピアスをつけている。 右前足には金色の、紋様らしきものがある。 最も注目すべきは、左前足かもしれない。 そこには紫に輝く菱形の宝石みたいなものがついていたのだ。 ついているというのか、埋め込まれているというのか。 宝石に、何か小さな文字らしきものが見える。 多分、使い魔のルーン。 黒猫は、紫の瞳でルイズを見上げ、にゃおと鳴いた。 そこには絶対的な絆のようなものを覚える。 よろしくね。 はじめまして。 猫の鳴き声にはそんな意思が感じられる。 自然と、ルイズは微笑んでいた。 「こ、これはまた……変わった使い魔、ですな?」 コルベールは目を見開いて、黒猫を前から後ろから観察している。 そして、左前足を見て、 「この宝石は一体……?」 ついと触れようとした途端だった。 「ふーーっ!!!」 黒猫は不快げに鳴いて、コルベールの手を払った。 否。 コルベールの肉体そのものを、払い飛ばした。 誰かの悲鳴が聞こえた。 騒然となった。 コルベールの体が、まるで蹴飛ばされた石ころみたいに転がっていくのを、ルイズは唖然として見ているだけだった。 こうして。 ひと悶着はあったものの、コルベールに大事はなく、儀式は無事に終了と相成った。 黒猫の左前足の宝石に使い魔のルーンが確認されたことで、ルイズの使い魔であるときちんと認定された。 「だけど、あんたって一体何なの? ただの猫じゃないわよねえ? 常識的に考えて……」 夜、ルイズはベッドで仰向けになりながら、自分のお腹の上で丸くなっている黒猫につぶやく。 黒猫は太平楽そのものの顔である。 ただの猫であるとは思えない。 おかしな物体から、猫になったのだ。 まるで芋虫が蛹に、蛹が蝶にでも変化するように。 それに、油断していたとはいえ、大の大人を軽々と吹っ飛ばした。 小さな体に見合わない怪力だ。 そこを差し引いても、立って歩くというだけで普通ではない。 使い魔になった動物が人間の言葉を理解できるようになるという話はあるが、直立歩行できるようになるとは。 「でも、何でもいいか。あんたは、私の召喚に応えてくれたんだもんね……」 ルイズは猫を撫でながら、微笑んだ。 こんなにも安らいだ気分でいるのは久しぶりだった。 この小さな使い魔の存在が、まるで百万の味方を得たほどに心強い。 「そうだ、名前をつけてあげなくっちゃね……」 何がいいかな? ルイズにつぶやき、黒猫はただ喉を鳴らしているだけだった。 窓から見える双子の月は、ただ穏やかに輝いている。 同じ頃、青い髪の少女は召喚した使い魔と共に夜の空を駆けていた。 「ルイズの召喚したもの……あなたには何かわかる?」 少女は青いドラゴンに尋ねかける。 ガーゴイル? ゴーレム? いずれにしても、あんな風に形を変えるとは、普通の生き物とは考えられない。 黒猫の姿も、本来の姿といえるのか怪しかった。 「あの桃髪の子はすごいのね! 使い魔の中じゃわたしが一番だって思ってたけど、まさか精霊を使い魔にするなんて!」 「精霊?」 少女は仮面のような顔に、珍しく驚きの色を見せた。 精霊が人間の使い魔になる。 そんなことがありうるのか? あるいは、それほどに低級な精霊なのか? 混乱する少女だが、次の使い魔の発言はその混乱をさらに大きくさせる。 「あんなのは初めてなのだわ! 普通の精霊じゃないのね! 大地や風や、炎、水の精霊たちよりもランクが上よ!!」 普通の精霊ではない? 四大元素の精霊よりも上? それは一体なんなのだ。 「ああっ、思い出したのだわ!!」 翼を羽ばたかせながら、青い風のドラゴンは叫ぶ。 「年寄りの竜から聞いたことがあるのね! 普通の精霊たちよりもずっと強い力を持った、〝闇の精霊〟がいるって!!」 四大元素より格上の精霊。 それらの言葉から、少女はあるものを連想する。 系統魔法の上に立つ属性。 失われた、伝説上のものとされる系統。 「虚無……」 少女の思考の中で、虚無という言葉が闇という言葉と重なっていく。 風は良くわかる、自分の系統だ。 土も、火も、水もわかる。 だが伝説の存在でしかない虚無とは何だ? 虚無とは何? 字面をそのまま解釈するなら、何も存在しない。 何もないとはどういう意味なのか。 空っぽということか。 何もない、つまりゼロ。 図らずも、それはあの桃髪の少女のあだ名と同じものになる。 ――虚無。 改めてその言葉の意味を考えた時、少女は、シャルロット・エレーヌ・オルレアンは広大で、底の知れない闇を幻視した。 ぞっと、少女の体に震えが走る。 底知れない、何も見えない暗黒。 それは彼女が仇として狙う、あの男から感じるものと同じだった。 原初、世界は闇で覆われていた。 それを照らす光が現れ、世界は形を成していった。 どこかで読んだ本に、そんな文があったように思う。 万物の原初たる闇。 あらゆるものを飲み込み、またあらゆるものが存在しうる暗黒。 混沌と言い換えても良いかもしれない。 その暗黒を司る精霊と、それを使い魔とするメイジ。 それこそ、伝説の虚無ではないか。 「ああっ」 いくつもの思考を重ねて、少女は叫ぶ。 桃髪の少女と、父の敵である、あの男。 その共通点は、魔法が使えない、ということ。 どんな魔法を使っても爆発してしまう。 しかし、そんなメイジはどんな書物を読んでも書かれてはいなかった。 あるいは、存在そのものが抹消され、記録されていなかったのかもしれない。 だが、もしも推測が当たっているのなら。 あの[[ゼロのルイズ]]と、無能王ジョゼフが伝説の虚無なのだとしたら。 ぎゅっと、シャルロットは杖を握る。 きゅい? と青いドラゴンは訝しそうに鳴いている。 あの悪魔のように知謀に長けた男が、虚無の力まで持っているのだとしたら―― 自分は倒せるのだろうか。 シャルロットは眼を閉じる。 これらのことに、まだ確証はない。 だが、事実であるのなら。 「虚無を倒すには、虚無の力を持って倒せばいい」 一つの決意と共に、少女はつぶやいた。 それは、必要とあればあのゼロと呼ばれる少女を、自分の復讐に利用することを意味していた。 非道であろうが、悪辣であろうが、構いはしない。 己の運命にかたをつけるために、自分はあの男を殺さねばならないのだ。 幼くしてトライアングルのクラスに達するメイジ。 その決意と覚悟は、さらなる飛躍への第一歩でもあった。 スクウェアという階段への。 男は薄闇の中で笑っていた。 まるで子供のような、実に楽しそうな笑みであった。 「ほう! お前と同じものがこの世界に現れたというのか!? それは楽しみなことだな!!」 顎髭を撫でながら、くっくっくと男は笑う。 まるで完成された彫像のように美しい容姿をしたその男は、たまらぬというように肩を震わせる。 男の背後には、巨大な影が従者のように付き添っていた。 異形である。 だが、どこまでも異形でありながら、それはどこまで美しかった。 邪悪というものがある種の美であるなら、それはまさにそういう姿をしているのだろう。 黒い衣装は下賎な娼婦にも似ているのに、発せられる気配はどこまでも神々しく、同時に恐ろしい。 ピンクに近い紅い髪の毛は、魔界の炎にも似ていた。 淫靡な美女がそこにいる。 しかし、その背丈は大柄な男が子供に見えるような巨躯。 巨人であった。 そして、ハルケギニアの民なら誰もが知っており、畏怖するであろう特徴。 長い耳だ。 エルフと呼ばれる異教徒たちと同じ特徴を、巨大な美女は有している。 だが、男は知っている。 美女がエルフたちにとっても、恐怖の対象であることを。 「我がミューズよ、乾杯しようじゃないか! 新たな伝説の使い魔が召喚されたことを祝して!!」 男は……ガリアの狂王は上等中の上等のワインが注がれたグラスを高々と差し上げ、歓喜の声を上げた。 美女の紅い唇には、淫靡で悪魔的な微笑みがある。 そして額には、神の本・神の頭脳であることを示すルーンが刻まれていた。 「そう……三体目が――」 若い男はつぶやき、双月の見上げていた。 二十歳前後の、美しい青年だった。 「四の四。そろわねばならない虚無の担い手は全部で四人。虚無の使い魔は全部で四体」 ちりんと、青年のそばで鈴が鳴った。 にゃおんと、声がする。 「もう少しで、数はそろう。その時こそ、聖地を奪還する〝戦〟は開始される」 そっと、美青年は目を落とした。 その瞳に、黒い猫が映る。 「ジュリオよ、もうすぐ君の同属と出会うことができるよ」 美しい青年――聖エイジス32世の言葉に、黒猫は楽しげに喉を鳴らした。 その黒猫は人のように立って歩き、片眼鏡をつけ、頭には黒いシルクハットをかぶっている。 金色の瞳と、その装飾品をのぞけば、ルイズの黒猫とそっくりの姿。 その右前足に刻まれるのは、神の右手・神の笛であることを示すルーンであった。 虚無の担い手たちは、いずれも自らの使い魔の明確な素性を知らない。 それは守護神の名を冠せられた、戦闘兵器。 遠い世界の住人たちが、世界の破滅をもたらす外敵に対抗するため、精霊の契約のもとに手にしたもの。 本来ならば、契約者はそれを一から育てなければならない。 自らの修練や経験と共に、小さな守護神は成長し、その姿を変えながら、力を増していく。 契約者がどれだけ優れていようと、それは絶対のルール。 だが、コントラクト・サーヴァントはそれを覆した。 メイジと使い魔をつなぐルーン。 それは契約者が過去に積み重ねてきた努力の経験を、一気に受け取ったのだ。 破霊の司祭の補助なくしては、いくら経験をつもうと進化はせぬはず。 始祖ブリミルの残した術はそれを破り、守護神を契約者の重ねたものにふさわしい姿と能力へと変えた。 戦いに長けた黒猫カルファリッタ。 補助に優れた黒猫エルツェリエル。 魔力あふれる黒き女神リリス。 残る担い手が召喚する者は、果たしていかなる姿を持つのか。 それは、未だ知れず。 ----