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使い魔の達人-03 - (2009/07/04 (土) 06:33:26) のソース
#navi(使い魔の達人) 「来るぞカズキ!手を放すな!」 ――夏の洋上。対ヴィクター、最終決戦。 アレクサンドリアの残した研究成果では、完全に化物となったヴィクターを再人間化するには、今一歩出力が足りなかった。 怒れる魔人は、同じが如き境遇で、しかしそれでもなお向かってくる男に、強力な一撃を見舞おうとする。 槍を掴む手に、力が込められるのがわかった。 「キミと私は一心同体、キミが死ぬ時が、私が死ぬ時だ!」 黒髪の女子、斗貴子が叫ぶ。ここから先は、どちらかが倒れるまでの死闘となる。 そう、だから―― 「―――え?」 「ゴメン、斗貴子さん」 繋いだその手を、解き放す。 「その約束、守れない」 ゆっくりと、暗い海へと降下する斗貴子を見て、別れの言葉を告げた。 「本当に、ゴメン」 「――――――――カズキッ!!!」 [[使い魔の達人]] 第三話 [[ゼロのルイズ]] ――最悪の目覚めであった。 早朝。カズキは沈んだ気持ちで上体を起こす。窓から陽光が差込み、カーテンに淡くシルエットを刻む。 床の上で寝たためか、身体が少し痛い。が、肉体の疲労は大分取れたようだ。その替わり、精神の方が非常に重い。 …斗貴子さん、泣いてたな。 別れ際の斗貴子の顔、その悲痛な叫びは、今も目と耳について離れない。幾度謝っても、謝り切れない。 今も泣いているのだろうか。それを考えると、カズキは切なくなった。 視界の端に、ぽつんと置いてあるものが目に付く。昨夜渡されたルイズの下着である。 そう、オレは今、決死の覚悟でヴィクターと共に月へと飛び、何故か女の子の使い魔とやらをやることになった。 カズキは切なくなった。 「確か、洗濯しろって言われてたっけ」 確認するように呟くと、下着に目を向ける。恥ずかしくて直視できないが、とりあえず恐る恐る手に掴めば、立ち上がる。 なんだか、いけないことをしているような気分になった。 ベッドを見ると、自分をこの世界に呼んだ張本人、ルイズがすやすやと寝息を立てていた。 女の子の寝顔なんて、小さい頃の妹、まひろのものぐらいしか記憶にない。 起きてる時にはやれ貴族だ、メイジだ、使い魔だと、少々口うるさい分からず屋だが、寝ている時は人形のような可愛さだ。 寝顔を覗き込みながら、カズキはそんなことを考えた。 そのまま見惚れているわけにもいかない、と頭を振って。 部屋を見渡せば、昨日の高価そうな椅子に、昨夜着ていた服がそのなりでかけてある。あれは洗濯を託ってないし、いいか。 カズキは静かに部屋を出て、昨日通ってきた廊下を遡り、女子寮の出入り口までやってきた。 「…そういや、洗い場って何処にあるんだろ」 昨日は学院の入り口からまっすぐ食堂の厨房。ほとんど中庭で時間を潰し、その後女子寮まで歩いてきた。 さて、その中で洗濯をできそうな場所は… 「うーん?」 首を捻る。するとそこに―― 「ムトウさん、でしたっけ?」 後ろから声をかけられる。見ればそこに、衣類の入った籠を抱えたメイド、シエスタが居た。 「あ、シエスタさん。おはよう。早いんだね」 「おはようございます。この時間なら、学院の平民はほとんどが起きて仕事を始めていますわ。ムトウさんも?」 「あ、うん。ルイズにこれ、洗濯しろ…って…」 何気なく手を掲げれば、そこには先ほどから下着が握られているわけで。 カズキは思わず下着を後ろ手に隠す。なんだか自分がいけない方向へ進んでいるような気がしてくる。 「まぁ…それは、大変ですわね。わたしもこれから貴族の皆様の御召し物を洗いに行くんですよ」 くすくすと笑いながら、籠の中のそれを見せるように。なるほど、洗濯物か。カズキはハッとして 「ちょうど良かった。実は何処で洗えば良いかわかんなくってさ」 照れたような仕草で、そう伝える。すると、シエスタはこっちですよ、と促して 「そう言えばムトウさん、噂になっていましたよ。ミス・ヴァリエールが平民を使い魔として召喚したって」 「ふーん、やっぱこっちじゃ珍しいのかな」 自分の左手に刻まれたルーン。うっすらと輝くそれを見つめ、返す。なんでも普通は光ってないのだとか。 「聞いた限りでは前例がないことみたいですけど、まぁミス・ヴァリエールですし…」 そこで、はっとした顔になって口をつぐむシエスタ。なんだ?カズキは気になった。 「と、ところで、ミス・ヴァリエールに例の許可はいただけたんですか?ここを出て行くって言う…」 どこか苦しそうに話題を変えるシエスタ。が、今自分の横に、カズキが歩いていることを見るに… 「…ダメだった」 苦笑交じりに首を振る。やはり、ダメだったか。 「それは…残念でしたわね」 なんと声をかけていいかわからず、そう返してしまう。 「で、でも!此処も此処で、なにかと住み心地は良い所ですから! 困ったことが、あったら何でも言ってくださいね。平民同士、助け合わなきゃ」 取り成すように続けた。昨日無責任な助言をした、せめてもの詫びも含んでいる。 「うん、ありがとう。シエスタさん。 まぁ、ダメはダメでも、ルイズと話してみて、一応はお互い納得できる形に落ち着いたと思うから」 よもや、化物になった自分の始末を任せたなどとは言えないが。 その言葉に、シエスタは目を丸くしながら 「そうなんですか?それは良かったですね…あ、ここです」 などと話している内に、水場に到着。そこに至って、ここでカズキは重要なことに気付く。 「あ、そっか。こっちじゃ手洗いなんだよな」 洗濯機なんてあるわけがない。未だ手に掴んでいるそれを、自分の手で洗わなければいけないのか…。 「そうですよ?あぁ、お洗濯、為されたことないんですか?」 こっち?と首を傾げながら、シエスタ。洗濯籠を置いて、タライや桶、洗濯板を用意したり、てきぱきと要領が良い。 「恥ずかしながら…女の子の下着は流石に」 「ふふっ、それじゃあ量も少ないですし、ムトウさん…ミス・ヴァリエールのものから先にしちゃいましょうか。何事も経験ですわ」 「よ、よろしくお願いします…」 何処か畏まった調子で、カズキはそう言った。 シエスタの指導の下、洗濯も程なく終わり、干した後には一旦部屋へ戻る。乾いたら部屋へ運んでくれるとの事で、至れり尽くせりだ、とカズキは思った。 「えーと、こっちだったっけ」 記憶を頼りに、女子寮の廊下を進む。ぼちぼち他の生徒も目覚め始めている頃のようだ。 時々すれ違う、早起きな生徒に驚かれたりするが、どうやら噂と言うのは生徒にも広まっているようだ。 すぐに、何処か小馬鹿にしたような目を向けられた。カズキはその度に頭上に疑問符を浮かべた。 うーん?やっぱ平民ってやつだからなのかな?ルイズもなんだか嫌がってたし。 そんなことを考えるうちに、ルイズの部屋まで辿り着く。扉を開ければ、まだルイズは眠っていた。 よく見れば、枕元には自分の携帯。随分と気に入られたようだ。 「まだ寝てる…もう起きてる人いたよな。流石に起こさなきゃまずいか」 女の子ってどう起こせば良いんだろうか。とりあえず普通に起こすか。 軽く揺さぶってみる…が、どうにも寝つきが良い様で、気持ち良さそうにくぅくぅ寝続ける。 「おーい、朝だぞー」 時折ぺしぺしと頬を軽くはたき、揺さぶる。 「んにゅ…」 目覚めが近いのか、可愛い声で一つ鳴くルイズ。思わず手が止まる。が、いやいや、とにかく起きてもらおうと、強く揺さぶって 「ん…んん?……あんた誰!?」 夢から半分目覚めたらしいルイズは、自分の眠りを妨げた者がなんなのか判別できていない様子。寝ぼけ眼のまま、指をぴしりと突きつける。 昨日いの一番に聞いた台詞を、もう一度聞くことになるとは思わなかったカズキは、しかし律儀に答える。 「なに、もっかい名前言うの?カズキ。昨日ルイズに召喚された、武藤カズキだよ」 「…あ、そっか。使い魔、昨日召喚したんだったわね」 そう、異世界から来た使い魔。化物になるらしい使い魔。でも、今はどこをどう見ても、ただ平民の使い魔だ。 まったく、変なのを呼んじゃったこと。だけど使い魔は使い魔だ。まずは… 「じゃ、服」 さっそく命令をする。 カズキは早朝見かけた椅子にかけてある服を渡す。すると、ルイズは寝巻きにしていたネグリジェをだるそうに脱ぎ始めた。 全速力で回れ右。一瞬ちらりと見えたおへそが、脳裏に焼きつく。ちなみにへそから下は、見事に毛布に包まれていた。 「下着」 「そ、それは流石に自分でとれよ」 顔を熱くしながらそう返す。が、ルイズはかまわず 「そこのー、クローゼットのー、一番下の引き出しねー」 そう続けてくるからたまらない。どうやらとことん使い倒すつもりらしい。 しぶしぶ、といった調子でクローゼットの引き出しを開け…カズキは目を回しそうになった。 当然だが、中には下着がたくさん入っているのだ。なかなかきつい光景だ。 適当に掴んでは、ルイズのほうを見ないようにして渡す。その間、カズキは心の中で斗貴子に土下座していた。 「着せて」 「いやぁあああんッ!!」 限界だったようだ。涙目になって、奇声を挙げる。 「何が嫌なのよ。平民のあんたは知らないだろうけれど、貴族は下僕が居る時は自分で服なんて着ないのよ」 下僕って…カズキは頭が痛くなった。 妹のまひろにも、小さい頃ならばともかく、ここ数年で着替えを手伝ったなんて事はもちろんない。 お、オレはどうなってしまうんだ…カズキが息を乱し、ぐわんぐわんと頭を揺らしていると 「あらあら、この使い魔はまったく言うことを聞かないわね。バツとしてご飯抜きかしら」 困ったわ、といった調子でルイズがいうと、カズキはやがて、のっそりと動き出した。心の中で、臓物をブチ撒けられながら。 「も、もうお婿にいけない…」 「どうせあんたわたしの使い魔なんだから、そんな心配する必要ないわよ」 どうにかこうにか、ルイズに服を着付け…その間、カズキは五度死んだ。 顔を両手で伏せ、しくしく泣くカズキと、憮然とした表情で携帯を弄るルイズが扉から現れる。 部屋を出ると、幾つか並んだ木製の扉、そのうちの手前の一つが開かれ、そこから燃えるような赤髪の女の子が現れた。 ルイズどころかカズキより高く思える身長、そして見事なプロポーションを持ち、むせるような色気を放っている。 彼女はルイズを見ると、にやっと笑った。 「おはよう。ルイズ」 ルイズは顔をしかめると、携帯を閉じて嫌そうに挨拶を返した。 「おはよう。キュルケ」 「昨日は珍しく騒がしかったじゃない。愉快な曲も聞こえてきたし、随分使い魔と仲良くなったのね」 どうやら携帯の着メロが隣まで響いていたようだ。キュルケと呼ばれた女の子は、くすくすと笑った。 「で、あなたの使い魔って、それ?」 カズキを指して、馬鹿にしたように言う。 「そうよ」 「あっはっは!本当に人間なのね!すごいじゃない!」 気持ちいいくらい大笑されて、カズキは微妙な気分になった。人間だからって、ここまで笑われたのは初めてだ。 「『サモン・[[サーヴァント]]』で平民喚んじゃうなんて、あなたらしいわ。さすがはゼロのルイズ」 ルイズは白い頬を朱に染めながら 「うるさいわね」 「あたしも昨日、使い魔を召喚したのよ。誰かさんと違って、一発で召喚成功よ」 「あっそ」 へぇ、召喚って一回で成功するわけでもないんだ。 カズキが何処かズレた事を考えていると 「どうせ使い魔にするなら、こういうのがいいわよねぇ~。フレイムー」 キュルケは、勝ち誇った声で使い魔を呼んだ。キュルケの部屋からのっそりと、真っ赤で巨大なトカゲが現れた。 「あ、昨日の大トカゲ。君の使い魔だったんだ」 昨日、中庭で見た一匹。尻尾に火を灯す、強そうなやつだ。カズキはフレイムと呼ばれたトカゲと、その主人を交互に見た。 「あら、使い魔同士、もう面識はあるのね。フレイムって言うのよ。よろしくね」 その頭を撫でながら応える。フレイムは気持ち良さそうに目を細めた。口から火をぽうっと吹いて、挨拶の代わりだろうか。 「オレは武藤カズキ。よろしく」 「ちょっと、なに勝手に名乗ってるのよ」 「ムトウカズキ?変な名前ね」 ルイズを差し置いて、つい自己紹介。フレイムに。キュルケの感想を受け、カズキは変だ変だと言われることにそろそろ慣れてきていた。 「傍に居て、熱くないの?」 「あたしにとっては、涼しいぐらいね」 平然とした調子で返してくる。うーん、そういうもんなんだろうか。 「これってサラマンダー?」 ルイズは悔しそうに聞いた。 「そうよー。火トカゲよー。見て、この尻尾。此処まで鮮やかで大きい炎の尻尾は、間違いなく火竜山脈のサラマンダーよ。 好事家に見せたら、値段なんかつかないわよ?」 「そりゃあ、良かったわね」 キュルケの明るい声と対照的に、苦々しい声でルイズは言った。 「素敵でしょう、あたしの属性ぴったり」 「あんた『火』属性だもんね」 「ええ、微熱のキュルケですもの。ささやかに燃える情熱は微熱。 でも、男の子はそれでイチコロなのですわ。あなたと違ってね?」 キュルケは得意げにずい、と胸を張った。ルイズも負けじと胸を張り返すが、悲しいかな、ボリュームが違いすぎる。 それでもルイズはキュルケを睨みつけた。かなりの負けず嫌いのようだ。 「あんたみたいにいちいち色気振りまくほど、暇じゃないだけよ」 そんなルイズの言葉に対し、キュルケはにっこりと余裕の笑みを見せた。 「ま、いいわ。じゃ、お先に失礼」 そう言うと、炎のような赤髪をかきあげ、颯爽とキュルケは去っていった。そのあとを、ちょこちょことフレイムが可愛く追う。 キュルケが居なくなると、ルイズは拳を握り 「くやしー!なんなのあの女!自分が火竜山脈のサラマンダー召喚したからって!ああもう!!」 「別にいいんじゃない?何召喚したって、大して変わるわけでもないんだし」 「よくないわよ!メイジの実力を測るには、使い魔を見ろって言われているぐらいよ! なんであのバカ女がサラマンダーで、わたしがあんたなのよ!!」 どうにも理解しがたいことでがなられる。別に人間でもいいんじゃないか? 「なんでって言われても。それにほら、下手な動物より、同じ人間のほうがいいんじゃない?」 あまりこういう考え方はしたくはないが。そして、カズキの場合は、まだ、が付く。 「メイジと平民じゃ、狼と犬ほどの違いがあるのよ」 ルイズはそこだけ得意げに語った。ふーん、と返して。 まぁ、オレを呼び寄せたり、空を飛んだりは普通の人間にはできないしな。 カズキはそんな風に納得した。 「ところで、今のキュルケさん、だっけ?他の人も時々『ゼロのルイズ』って言ってたけど、『ゼロ』ってなに?」 「ただのあだ名よ。キュルケなら『微熱』ね。それと、あいつにさんは要らないわよ」 「あだ名か。確かに『微熱』、って感じだよなぁ」 思い返してみる。年のころは、自分より年上だろうか。そんな気がする。 顔は彫りが深く、美人さんだった。服の着崩し方も良かった。うん、表紙を飾ってたら買うかもしれない。 そこまで考えて、カズキは本気で斗貴子にごめんなさいした。ブチ撒けられた。 「で、『ゼロ』は?」 「知らなくてもいいことよ」 ルイズはばつが悪そうに言った。なんなんだ、一体。 昨日は厨房側から見た食堂。表から入ると、長いテーブルが三つ並べられ、ルイズたち二年生は真ん中のテーブルだった。 どうやらマントの色は学年で決まるらしい。正面に向かって左側は、ちょっと大人びた感じの三年生。紫のマントをつけている。 右側には、茶色のマントをつけたメイジたち。一年生だろうか。学年別の腕章みたいだ、とカズキは思った。 すべての食事は、基本此処で取るらしく、教師、生徒ひっくるめて、学院中のメイジが居るようだ。 豪華絢爛な装飾がそこかしこに為され、今からなにかパーティーでもあるのだろうか、と思うほどだった。 目まぐるしく動くカズキの視線がお気に召したか、ルイズは得意げに 「トリステイン魔法学院で教えるのは、魔法だけじゃないのよ。メイジはほぼ全員が貴族なの。 『貴族は魔法をもってしてその精神となす』のモットーのもと、貴族たるべき教育を、存分に受けるのよ。 だから食堂も、貴族の食卓に相応しいものでなければならないのよ」 とのたまった。 「へぇ~」 本当の本当に、貴族社会なのだ。カズキは目を丸くした。 「わかった?ホントなら、あんたみたいな平民はこの『アルヴィーズの食堂』には一生入れないのよ。感謝してよね」 「ありがと。ところで、アルヴィーズってなに?」 「…小人の名前よ。周りに像がたくさん並んでいるでしょう?」 説明するルイズの視線の先、壁際には精巧な小人の彫像が並んでいる。今にも動き出しそうだ。 「あれって動くの?」 「っていうか、夜中になると踊ってるわ。いいから椅子をひいてちょうだい。気の利かない使い魔ね」 ルイズが腕を組みながら言った。しかたない、今自分はルイズの使い魔なのだ。 カズキがルイズのために椅子を引くと、ルイズは礼も言わず、当然とばかりに座った。 「あ、ちなみにあんたのは、これね」 ルイズは床を指差した。そこに、皿が一枚置いてある。 肉のかけらの浮いたスープが盛られており、皿の端に硬そうなパンが二切れ、ぽつんと置いてあった。 「へ?」 カズキはテーブルを見た。豪勢な料理が並んでいた。次いで床を見た。やはり、皿が一枚だけだった。 「あのね?ほんとは使い魔は、外。あんたはわたしの特別な計らいで、中」 テーブルに頬をつきながら、ルイズがそう言った。 「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。今朝もささやかな糧を我に与えたもうたことを感謝いたします」 祈りの声が唱和され、食堂に響く。ルイズももちろん、それに加わっていた。 やがて食事が始まる。カズキは、この食事量はやはりないと思ったのか 「なぁルイズ」 「なによ」 「これ、流石にもうちょっとなんとかなんない?」 皿を掲げてみせる。どう見ても、一日の始まりに足りるとは思えない。 「まったく…」 ルイズはぶつくさ言いながら、鳥の皮をはぐと、カズキの皿に落とした。 「これだけ?」 「そ。これ以上は癖になるからダメ」 ルイズはおいしそうに豪華な料理を頬張り始めた。 「癖って…ま、いいけどさ」 どうにも、ルイズの態度に不満がつのる。が、仕方がないので、目の前のそれで空腹を補おうとする。 下手に食事を取らなくて、そんな理由でエネルギードレインが発動したら目も当てられない。 「あ、意外と美味いねこれ」 味付けが好みだったのか、パンとスープをさらっと平らげるカズキだった。わりと単純である。 どこか物足りない食事も程なく終わり、カズキはルイズに連れられて、魔法学校の教室へ向かった。 なんというか、大学の講義室みたいな感じだ。一番下の段に黒板と教師用の教卓があり、そこから段々と席が続く。 ちなみにすべて石で出来ている。 二人が教室に入ると、先に教室にいた生徒が一斉に振り向いた。 そして、くすくすと笑い始める。昨日といい、今といい、気になる。 先ほどのキュルケも居た。周りを男子が取り囲んでおり、なるほど、男の子がイチコロと言うのはホントだったようだ。 周りを囲んだ男子生徒に、女王のように祭り上げられている。カズキの教室ではなかなか見られない光景だった。 こちらに気づくと、軽く手を振ってきた。ルイズはぷいと顔を逸らした。 男子が何人かがこちらを睨んできた。カズキも思わず顔を逸らした。 見ると、皆様々な使い魔を連れていた。昨日中庭で見たものが、ちらほらと見受けられる。 そのうちに、ルイズはぶすっとした表情で、席の一つに腰掛けた。教材を机の上に用意する。 カズキも隣に座った。ルイズが睨む。 「…なに」 「ここはね、メイジの席。使い魔は座っちゃダメ」 カズキは周りを見た。なるほど。席に着く使い魔なんて一匹も居ない。 しかし、こうも人間扱いされないとは…使い魔の基準が基準だからだろうけれど。 だからといってカズキにしても、この扱いを不快に思い始めた。 「あ、そう」 席を立ちながら、カズキ。そのまま床に座ろうとする…が、どうにも窮屈だ。 「後ろで立っててもいいの?」 「別に構わないけれど…仕方ないわね。席に座っていいわよ」 「どっちなんだよ」 結局先ほどと同じように座ることになった。次第に、席が生徒で埋まっていく。 程なくして、扉が開く。中年の女性が入ってきた。紫色のローブに身を包み、帽子を被っている。 ふくよかな頬が、優しい雰囲気を漂わせている。 「あのおばさんも魔法使い?」 「当たり前じゃない」 なんとなく聞いたカズキに、呆れ声で返すルイズ。入ってきた女性は教室を見回すと、満足そうに微笑んで言った。 「皆さん、春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。 このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」 シュヴルーズと名乗った教師は、俯くルイズと、その隣のカズキに目を向け 「おやおや。随分変わった使い魔を召喚したものですね。ミス・ヴァリエール」 と、とぼけた調子で言うと、周囲で笑いが起こった。そこだけ、カズキはシュヴルーズにちょっといやな気持ちを覚えた。 「ゼロの[[ルイズ!]]召喚できないからって、その辺歩いてた平民連れてくるなよ!」 途端、ルイズは立ち上がり、髪を揺らしながら怒鳴った。 「違うわ!きちんと召喚したんだもの!こいつが来ちゃっただけよ!」 「嘘つくな!『サモン・サーヴァント』ができなかったんだろう?」 その言葉を端に、笑いの質が変わった。耳につく嫌な笑い声だ。 「ミセス・シュヴルーズ!侮辱されました!かぜっぴきのマリコルヌがわたしを侮辱したわ!」 「かぜっぴきだと?俺は風上のマリコルヌだ!風邪なんか引いてないぞ!」 「あんたのガラガラ声、まるで風邪引いてるみたいなのよ!」 マリコルヌと呼ばれた生徒が立ち上がり、ルイズを睨みつける。 こいつ呼ばわりされたカズキは、オレも別に来たくて来たわけじゃない、と思った。 そのうちに、シュヴルーズが小ぶりな杖を振ると、ルイズとマリコルヌは糸の切れた人形のように、すとんと席に落ちた。 「ミス・ヴァリエール、ミスタ・グランドプレ。みっともない口論はおやめなさい お友達をゼロだのかぜっぴきだの呼んではいけません。[[わかりました]]か?」 「ミセス・シュヴルーズ。僕のかぜっぴきはただの中傷ですが、ルイズのゼロは事実です」 その言葉に、またもくすくすと笑いが漏れる。 シュヴルーズは厳しい顔で教室を見回すと、杖を振った。 笑っていた生徒たちの口に、どこから現れたのか、赤い粘土が押し付けられる。 「あなたたちは、その格好で授業を受けなさい」 室内が静かになる。カズキはなんだかなぁ、と思った。 では授業を始めます、とシュヴルーズが続けた。 一つ咳を置いて、杖を振る。すると、教卓の上に石ころがいくつか現れた。 「私の二つ名は『赤土』。赤土のシュヴルーズです。『土』系統の魔法を、これから一年、皆さんに講義します。 魔法の四大系統はご存知ですね?ミスタ・グランドプレ」 「は、はい。ミセス・シュヴルーズ。『火』『水』『土』『風』の四つです!」 名指しされた先ほどの生徒が答える。 昨日ルイズが言っていた四系統っていうのは、こういうのか。 カズキは漠然と理解した。シュヴルーズは頷くと 「今は失われた系統魔法である『虚無』をあわせて、全部で五つの系統があることは、皆さんも知ってのとおりです。 その五つの系統の中で、『土』は最も重要な位置を占めていると私は考えます。 それは、私が『土』系統だから、というわけではありませんよ。私の単なる身びいきではありません」 再び重く咳をする。ふむふむ、とカズキは聞き入っている。こういう授業は初めてなので、興味はある。 「『土』系統の魔法は、万物の組成を司る、重要な魔法であるのです。 この魔法がなければ、重要な金属も作り出すこともできないし、加工することもできません。 大きな石を切り出して建物を建てることもできなければ、農作物の収穫も、今より手間取ることになるでしょう。 このように、『土』系統の魔法は皆さんの生活に密着に関係しているのです」 なるほど、とカズキは思った。こっちの世界では、どうやら魔法がカズキの世界での科学技術に相当するらしい。 ルイズが、メイジと言うだけで威張っている理由がなんとなくわかった。 シュヴルーズの言を信じるなら、魔法だけで石でできた一軒家が建つ。犬と狼ほども違う、とは的を射た表現だ。 「今から皆さんには、『土』系統魔法の基本である、『錬金』の魔法を覚えてもらいます。 一年生のときにできるようになった人も居るでしょうが、基本は大事です。もう一度、おさらいすることに致します」 『錬金』。昨夜、ルイズとの会話に出てきた言葉だ。『土』の魔法なのか。そういや金属を作り出すって言ってたっけ。 シュヴルーズは、石ころに軽く杖を振る。そして短くルーンを唱えると、石ころが光りだした。 光が収まると、ただの石ころだったそれは、ピカピカと光る金属に変わっていた。キュルケが身を乗り出し 「ごご、ゴールドですか?ミセス・シュヴルーズ!」 「違います、ただの真鍮ですよ。ゴールドを錬金できるのは、『スクウェア』クラスのメイジだけです。 私はただの、『トライアングル』ですから」 途中に一つ咳をして、シュヴルーズは言った。そこまで聞いてカズキは 「なぁ。スクウェアとかトライアングルって、なに?」 「授業中なのに…ま、いいわ。系統を足せる数のことよ。それでメイジのレベルが決まるの」 「?」 疑問符を浮かべるカズキに、ルイズは小さな声で説明する。 「たとえば、『土』系統の魔法はそれ単体でも使えるけど、『火』の系統も足せば、さらに強力な呪文になるの」 「なるほど」 「『火』『土』のように、二系統を足せるのが『ライン』メイジ。 シュヴルーズ先生のように、『土』『土』『火』、三つ足せるのが、『トライアングル』メイジってことね」 「同じのを二つ足すのは?」 「その系統がより強力になるわ」 「なるほど。つまりあそこの先生は、『トライアングル』メイジで、かなり強力なメイジ、と」 「そのとおりよ」 「で、ルイズは、幾つ足せるの?」 その問いに、ルイズは黙ってしまった。すると、喋っているのを見咎められたか。 「ミス・ヴァリエール!」 「は、はい!」 ルイズはびくりと震えると、首をすくめて返事をした。 「授業中の私語は慎みなさい!使い魔とお喋りする暇があるのでしたら、あなたにやってもらいましょう」 「え、わたし?」 「そうです。ここにある石ころを、望む金属に変えてご覧なさい」 しかしルイズは、立ち上がらず、困ったようにもじもじするだけだ。 なんだ?今のシュヴルーズみたいに、パッと変えればいいだけじゃないか。 「ミス・ヴァリエール。どうしたのですか?」 シュヴルーズが再度聞くと、キュルケが困ったような声を挙げた。 「先生」 「なんです?」 「やめておいたほうがいいと思います」 「どうしてですか?」 「危険です」 キュルケがきっぱりと告げると、教室のすべての生徒がうんうん、と頷いた。 「危険?どうしてですか?」 「先生は、ルイズを教えるのは初めてでしたよね?」 「ええ。でも、彼女が努力家ということは聞いています。さ、ミス・ヴァリエール。気にしないでやってごらんなさい。 失敗を恐れていては、何も出来ませんよ?」 「ルイズ。やめて」 キュルケが蒼白な顔で言った。 しかし、ルイズは立ち上がり 「やります」 そう言うと、緊張した顔で、つかつかと教卓のほうへと降りていく。 ルイズが隣に来ると、シュヴルーズはにっこりと笑いかけた。 「ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を、強く心に思い浮かべるのです」 ルイズは頷くと、手に持った杖を振り上げた。 その姿は一枚の絵のように様になっており、今にも杖の先から光が飛び出しそうであった。 こうして遠目に見る分には、かなり可愛い女の子に思える。その実、本性はすさまじいものだが。 思い返してみると、部屋を出るまではそうでもなかったが、食堂からこっち、どうにも扱いが酷い。 命をとられるようなことはないものの、まるで犬や猫だ。普段大らかな性格のカズキにしても、少し思うところがある。 けれど、とカズキは考える。ルイズは、話がまったく通じない相手でもないことは確かだ。昨日話してみて、それはわかる。 なら、話してみればきっと大丈夫だろうと、自然そう思った。 そんな風に考えていると、前の生徒はすっぽりと机の影に隠れてしまっていた。見ると周りの、ほぼ全員が身を隠している。 それどころか、退室する生徒まで居た。後ろで木製の扉が開く音が聞こえた。 何故だろうか。何か不穏な空気を感じる。皆、何故かルイズに魔法を使わせるのを異様に嫌がっていた。 昨日からの、皆からのルイズへの態度。これもまた、カズキは気になっていた。 あれだけ可愛い女の子なのに、あまり人気があるようには見えない。 皆からは『ゼロ』と二つ名で呼ばれ、どこかバカにされているというか。 虐められてるんだろうか、と漠然と思い始めていた。 そのうちに、ルイズは目を瞑り、短くルーンを唱え、杖を振り下ろす。 すると、机ごと石ころは爆発を起こした。 至近距離で爆風をもろに受け、ルイズとシュヴルーズはそのまま黒板に叩きつけられた。 悲鳴が上がり、驚いた使い魔たちが騒ぎ出す。キュルケが席を立ち、ルイズに指を突きつけて 「だから言ったのよ!ルイズにやらせるなって!」 「もう、ヴァリエールは退学にしてくれよ!」 「あぁ!俺のラッキーが蛇に食われた!ラッキーが!」 めいめい騒ぎ出す。大混乱である。カズキは呆然と見入っていた。 シュヴルーズは床に倒れている。気絶してるだけのようで、ぴくぴくと痙攣している。 煤で真っ黒になったルイズが、むくりと立ち上がる。 爆風で服のあちこちが裂け、見るも無残な姿であった。怪我らしい怪我はないようだ。 そのまま、周りを意に介した風もなく、取り出したハンカチで顔に付いた煤を拭うと 「ちょっと失敗したみたいね」 とんでもない大物である。 その言葉に、他の生徒から反発の声が挙がった。 「ちょっとじゃないだろ!ゼロのルイズ!」 「いつだって成功の確率、ほとんどゼロじゃないかよ!」 事ここに至り、カズキはやっと、ルイズが何故そんな二つ名で呼ばれているのか理解した。 ルイズを見ると、罵声を浴びながらも澄ました顔を保っている。が、肩が微かに震えているのが見て取れた。 #navi(使い魔の達人)