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毒の爪の使い魔-52 - (2009/08/24 (月) 07:24:40) のソース
#navi(毒の爪の使い魔) ――アルビオン・軍港ロサイス―― 戦争が終わってから約一ヶ月。活気が戻りつつあるアルビオンには、連日多くの人が訪れていた。 それはロサイスの周囲を見ても解る。 物売りに来た商人、一山当てようと目論む山師、政府の役人、果ては戦争で会えなかった親戚に会いに来た人、etc、etc…。 訪れる理由は様々なれど、ハルケギニア中の人間がやって来ている事に変わりは無く、溢れ返った人で港は大変な混雑を呈していた。 そんな中、一際目立つ桃色髪の少女が鉄塔のような船着場から下りてきた。ルイズである。 「こりゃ、大変だわ」 ロサイスとその周辺をざっと見回し、ため息混じりに呟く。 嘗ての軍港とは思えない露店の並びようは、まるで降臨祭の続きをやっているかのように感じる。 「何でしょうか、あの名前?」 隣にいつものメイド服姿に大きな鞄を手に持ち、リュックを背負ったシエスタが並ぶ。 シエスタの指差す先に視線を移し、ルイズは悲しげな表情を浮かべる。 それは大きく名前が書かれた木の看板を持っている人達だった。 「戦争で行方不明になった人の名前。その人を家族や友人が探している」 ルイズの代わりに答えたのはタバサだった。 いつもならこういう場合は読書をしている彼女だが、今は本を読んではいない。 その手には本の代わりに、青色のエクレールダムールの花の入った瓶が握られている。 枯れたはずのその花は、今や枯れていたなどと微塵も感じさせないほどに綺麗な花を咲かせ、眩い輝きを放っていた。 その首にはジャンガから預かったマフラーが巻いてあるが、その巻き方が尋常ではない。 二重、三重に巻きつけており、首など全く見えないばかりか、顔の下半分が完全に覆われている。 何故、彼女がこのようなマフラーの巻き方をしているのかと言るのか…、その理由はマフラーの長さにあった。 身長が二メイルほどもあるジャンガが、普通に首に巻いても地面に着こうかという長さのそれを、 小柄なタバサが普通に首に巻けば大部分を地面に引き摺ってしまうのは火を見るより明らか。 『固定化』が掛けられていえ、それではジャンガが大切にしているマフラーに傷が付いてしまうかもしれない。 普通に考えれば鞄に入れるなりすればいいだけだが、タバサはどうしても首に巻いておきたかったのだ。 ではマフラーが地面に付かない様に首に巻くにはどうすればいいか? タバサは考え…その結果、首に幾重にも巻きつけて余る部分を無くす、と言う実に単純な方法を取ったわけである。 そんな彼女にいきなり抱きつく人影。 「きゅいきゅい。お姉さま、あいつのマフラーをこんな無理矢理にでも首に巻くなんて、一途なのね。 イルククゥ、凄く嬉しいのね! 感動物なのね! きゅいきゅい♪」 それは人間に化けたシルフィードであった。先の戦争中に負った怪我が治りきっていないのか、 服の隙間から覗く手や足などには包帯が巻かれているのが見える。 しかし、そんな怪我など微塵も気にしていないのか、シルフィードは元気いっぱいにはしゃぐ。 無論、その正体は皆には秘密だった。表向きには”タバサの妹”で通している。 「ルイズ」 後ろから優しい声が掛けられる。 それが誰なのか、ルイズには直ぐ解った。 急いで後ろを振り返る。 「ちいねえさま」 果たして、それは下の姉であるカトレアだった。 ルイズと同じ桃色の髪をした彼女は、被った羽の付いたつばの広い帽子の下で微笑む。 姉の笑顔に釣られてルイズも笑いかけたが、直ぐ横に並んだ顔を見て表情を曇らせた。 彼女の曇った表情にその人物もまた不愉快な表情を浮かべる。 「その顔は何? おちび」 ルイズは何とか表情を戻しながら、口を開く。 「…何でもありません、エレオノール姉さま」 ルイズの謝罪が終わり、姉エレオノールは大きなため息を吐く。 そして、隣の上の妹を見る。 「いきなり妹と一緒にアルビオンまで行きたい、だなんて…無茶もいい所だわ」 「だって、折角の機会ですもの。ルイズとのお出かけなんて、初めてですし」 カトレアはコロコロと笑う。 しかし、ふと何かに気が付いたのか、気まずそうにルイズを見る。 「ごめんなさいね、ルイズ。あなたにとってはただの旅行じゃないのだし…」 申し訳無さそうに謝る姉の言葉にルイズは首を振る。 「ううん…いいの、ちいねえさま。わたしもちいねえさまと一緒にお出かけが出来て、嬉しいのは同じだし」 それに、と言いながらタバサの持つエクレールダムールの花を見る。 「あいつ…悪運だけは強いから」 ――何故、彼女達はアルビオンへとやって来たか? 事の始まりは一週間ほど前に遡る…。 戦争が終わり、魔法学院へと帰還したルイズとタバサはそれ以来、部屋に籠もりっきりになっていた。 原因はエクレールダムールの花が枯れ、ジャンガの死がほぼ確実となったからに他ならない。 学生や教師の誰が声を掛けようとも、二人は返事すら返さない。 それはまるで、心が抜け落ちて本物の人形になったかのように他者に感じさせた。 そんな風に二人が部屋に籠もってから二週間近くが経ったある日、転機が訪れる。 ロマリアの神官ジュリオがルイズを尋ねて来たのだ。 ジャンガとの甘い夢から目覚めれば、自分の部屋にジュリオがいた。 その”無断でレディの部屋に立ち入った”事実にルイズは当然怒ったが、当の本人はまるで意に介さない。 寧ろ、笑う余裕さえあった。 そんな彼はルイズを宥めながら言った。 ”偉大なる虚無の担い手”である彼女を迎えに来た、と…。 何故、彼が秘密であるはずの事実を知っているのか…、ルイズは訝しげに見つめた。 ロマリアは神学の研究がハルケギニアでも最も進んだ国、そこの神官である自分が解らないはずが無い、とジュリオは言った。 そしてジュリオはロマリアがルイズを欲しがっている事を告げ、ロマリアへと誘う。 しかし、ルイズはその誘いを一蹴した。 ジュリオはそんなルイズの態度に今は身を引くべきと判断したのか、すんなりとそれを受け入れた。 そして、部屋を出る間際に使い魔召喚の呪文、サモン・サーヴァントに付いての講義をお願いした。 ルイズは”それがどうした?”と思っていたが、次のジュリオの言葉に、ハッとなった。 ――その条件は?―― 条件…サモン・サーヴァントを行う条件…。使い魔がいない者が唱えれば、使い魔召喚のゲートが現れる。 そして、一度使い魔が召喚されれば二度と成功はしない。――使い魔が”生きている内”は。 そうだ…使い魔が生きているかどうか、簡単に確かめる方法はあったのだ。 こんなにも身近に…。それに気付かず、ただ泣きはらしていただけの自分は何と浅はかだったのだろうか? ジュリオはいつの間にか部屋を立ち去り、今部屋に居るのは自分だけであった。 ルイズは杖を握り、呪文を唱えようとした時、扉が叩かれたので彼女は驚きのあまり跳び上がる。 ジュリオがまた戻ってきたのか、と思いながらルイズは扉を開ける。 すると、そこには意外すぎる人物が立っていた。 上の姉のエレオノールと下の姉のカトレアだったのだ。 どうして、二人がここに居るのか…。 訳が分からず呆然としているルイズの頬をエレオノールが抓った。 貴族として今の態度は情けない、と言いながら。 聞けば、二人はルイズを心配して学院へと来たらしい。 もっとも、積極的に来たがったのはカトレアであって、エレオノールはその付き添いだったらしいが…。 カトレアはルイズが激しく落ち込んでると思い、その小さな体を優しく抱きしめた。 そんな姉の優しさに元気を取り戻したルイズは姉達の見守る中、サモン・サーヴァントを唱えた。 結果、サモン・[[サーヴァント]]は失敗に終わった。 その事実はルイズに大きな希望を与えた。 召喚の失敗は即ち使い魔の存命に他ならず、あの猫が生きているならばアンリエッタも生きているに違いない、と。 ルイズはいても立ってもいられなくなり、大急ぎで荷物を纏め始めた。 それをカトレアが、渋々と言った感じでエレオノールが手伝う。 と、三度扉が叩かれた。 扉が開き、入ってきたのはタバサだった。 一体何をしに来たのだろう? と言う疑問は彼女が手に持っている青く輝く花の入った瓶を見た瞬間に解消した。 タバサの下にも来訪者がおり、来たのはガンツだった。 もっとも、彼はジュリオと違ってタバサに大した励ましのような物はしなかったのだが。 ただ、ジャンガはそうそうくたばる奴ではない、とだけタバサに言った。 そして去り際にエクレールダムールの花に付いて軽いレクチャーをした。 エクレールダムールの花はパートナーが死ぬと枯れてしまうが、その判断基準は可也曖昧らしい。 パートナーが死んでいなくとも、その危険が有ると判断されると枯れてしまうようなのだ。 事実、死んだと思った相手の花が、ある日再びその輝きを取り戻して咲いたという話があるそうだ。 ガンツの話を聞き、タバサは二度と見たくないと、エクレールダムールの花を仕舞いこんだ引き出しを開ける決心をした。 ガンツが居なくなり、いざ引き出しを開けようとした時、窓が叩かれた。 見ればシルフィードが浮かんでいる。未だ傷は癒えてはいないはずなのに…。 タバサは窓を開けた。瞬間、シルフィードは早口で呪文を唱え、全裸の女性の姿へと変身する。 人間の姿に化けたシルフィードをタバサは咎めたが、シルフィードは全く気にしていない様子。 曰く、いつまでも元気が無いタバサを案じ、傷を押してやって来たらしい。 その使い魔の気遣いにタバサは優しく微笑み……お仕置きの一撃を加えた。 頭を押さえながら床を転げまわる使い魔を尻目に、タバサは引き出しを開けた。 直後、青い輝きが目に入り、彼女はこれ以上無い喜びを感じたのだった。 そうして、タバサはルイズの下を訪れたのだった。ジャンガが生きていると教える為に。 かくして、ルイズとタバサ、カトレアにエレオノール、人間に化けたシルフィード、 それに地獄耳で話を聞きつけたシエスタの五人と一匹はジャンガとアンリエッタを探すため、アルビオンへと向かう事になった。 しかし今の時期、アルビオン大陸とハルケギニアを結ぶ船便は行きかう人々で溢れかえっている。 ラ・ロシェールの船着場など、いつかの任務でアルビオンに渡った時とは比べ物にならないほどの長蛇の列が出来ていた。 女王陛下のお墨付きだったり、ラ・ヴァリエール公爵家の娘だったりなどのアドバンテージも混雑を極めた船便には通用しない。 結局、ルイズ達が軍船の定期便に割り込み、ロサイスに到着する時には、普段の倍以上の時間が掛かってしまった。 ロサイス到着の時点で、魔法学院出発から一週間が経過していた。 ――そして、話は冒頭に戻る。 「見つかりますよね…、ジャンガさんとアンリエッタ女王陛下」 心配そうに呟くシエスタの言葉には答えず、ルイズはタバサに尋ねる。 「ねぇ、あなたがあの不届き者と突然現れた怪物と戦ったのって、ここから真っ直ぐ行った所よね?」 タバサはこくりと頷く。 「五十リーグほど」 「随分あるわね…」 徒歩では一日ほど掛かるかもしれない距離だ。 タバサのシルフィードが使えれば楽だったのだが…。 今は大怪我を負っている為、療養中なのだから仕方が無い。 そして辺りを見渡す。 「こんなんじゃ馬も借りれないわよね」 人込みを見て、ルイズはぼやく。もっとも馬を借りられたとしても、元気になったばかりのカトレアを馬に乗せるのは酷だろう。 「結局、頼れるのは自分の足って事ね」 そう言って一歩を踏み出す。瞬間、ルイズは地面に倒れこんだ。 二週間近い運動不足による体力の低下に加え、混雑を極めた船の人込みは彼女に決定的な疲労を与えていた。 カトレアが心配そうにルイズを抱き起こす。 大丈夫と姉に言うルイズだったが、その顔を見れば大丈夫でないのは一目瞭然だった。 そんな彼女を見ながらシエスタが口を開く。 「無理は良くないですわ、ミス・ヴァリエール。どのみちもう夜ですから、今日はここで一泊して明日向いましょう」 そんなシエスタの意見はすんなりと受け入れられた。 無論、一泊すると言っても宿など借りれる訳も無い。 溢れかえる人達に宿は何処もが満室だったのだ。 仕方なく、近くの空き地を適当に見繕い、そこに布を広げて眠る事になった。 エレオノールは「公爵家の者が平民と同じように野宿をするなんて」と露骨に嫌がっていた。 だが「あら、楽しいじゃない」のカトレアの一言に押し切られ、文句を言いながらも折れたのだった。 そこはルイズやタバサには見覚えがある場所であった。 何処かと思えば、赤レンガで出来ていた司令部の前庭である。 恐らくあの時にやって来たキメラドラゴンの群れに破壊されたのだろう。 無残に砕かれた赤レンガがあちこちに散らばり、実に痛々しい光景だ。 だが、そんな恐ろしい事があった場所でも人間というのは適応する力が凄まじいようで、 あっちこっちに天幕を設けて眠っている者も居れば、砕けた赤レンガを『終戦記念レンガ』と銘打って売っている者までいた。 そんな人達に混じり、シエスタはテキパキと準備をする。 布や棒を取り出してテントを張り、転がるレンガを積み上げて即席のかまどを作る。 その手際の良さにルイズもタバサも目を見張った。カトレアは「お上手ね」と笑っている。 かまどが組みあがると鍋や食材を取り出し、シチューを作り出した。 出来上がると、シエスタはおわんによそい、皆に手渡していく。 見ているだけで空腹の身に応える、実に美味しそうなシチューだった。 一口啜ってみると、尚の事その美味しさが伝わった。 「美味しい!」 「えへ、お口にあってよかったです」 続けてタバサやエレオノール、カトレアもシチューを口にする。 感想は揃って「美味しい」の一言に尽きた。 てへ、と笑いながらシエスタは言葉を続ける。 「これ、わたしのオリジナルなんです。ひいおじいちゃんも気に入ってくれていたんですよ?」 「ふぅん、そうなんだ」 「きっとジャンガさんも気に入ってくれると思うんです。同じ国の出身ですし」 「…あっそう」 ルイズはそれだけ返す。 シエスタはそこで妙な抑揚をつけて歌い始めた。 「ひいおじいちゃんと恋人、同じ国♪ 同じ国♪ 同じ国♪」 ルイズは、ギギギ、と音が鳴りそうな動きで首を動かし、シエスタを睨む。 「今…何て言ったのアンタ?」 「え? ひいおじいちゃんと恋人、同じ国♪ 同じ国♪ 同じ国♪ …って歌ったんですけど?」 そこでルイズは我慢なら無いといった感じで、シエスタに噛み付くような勢いで詰め寄る。 「誰が恋人なのよッ! ねぇッ!」 「ジャンガさん」 さして躊躇いも無く、ましてや怖気づいた様子など見せず、シエスタは言い切った。 かは、とルイズは息を洩らす。 ブチ切れそうになったが、ここで冷静さを欠いては相手の思う壺。 必死に堪え、何とか余裕の態度を取り戻す。 「わ、わたしだってあいつにされました! ええ、されましたとも!!」 半ば自棄になって叫ぶルイズにエレオノールは目を細める。 「ちょっと、[[ルイズ!]] 今のはどういう意味かしら!? あなた、ヴァリエールの者が亜人なんかと――」 「姉さまは黙ってて!!!」 そう怒鳴りながらルイズはエレオノールを睨み付けた。 その表情は鬼気迫る物があり、それまでルイズが姉に見せた事が無い物だった。 さしものエレオノールも息を呑んだ。…気のせいか、殺気のような物も感じたのだ。 ルイズは姉が黙るや、シエスタに向き直る。 「まず! わたしはあいつとキスをしてるの! 三回もよ!?」 人差し指と中指、薬指を立て、目の前に突きつける。 しかし、シエスタはなんら臆する事無く、寧ろ冷たい目でルイズを見つめている。 「へぇ、どう言った状況で?」 「サモン・サーヴァントで召喚した時に一回! 契約解除された後、大怪我をしたあいつに再契約した時に二回! てなわけで、合計三回もわたしはキスしてるのよ、あいつに! どう、参った!? 参ったって言いなさいよ、メイド!」 一気に捲し立て、怒鳴るルイズ。 だが、やはりシエスタは動じていない。いや、不敵な笑みすら浮かべている。 「それ、どれも契約じゃないですか? カウントに入りません」 「右に同じ」 「契約を数に入れるなんて卑怯極まりないのね、きゅいきゅい」 シエスタの言葉にタバサとシルフィードが同意する。 ルイズのこめかみに青筋が浮かび上がった。と、そこでルイズはある事を思い出した。 「そうよ!? あれがあったわ!」 「あれって?」 シエスタが怪訝な表情で尋ねるのに対し、ルイズは勝ち誇った笑みを浮かべる。 「わたし、この前実家に帰ったんだけど…そこであいつってばね、小船に居たわたしを押し倒したのよ?」 シエスタとタバサ、エレオノールが一斉に反応する。カトレアは楽しそうな微笑を浮かべながらルイズを見ている。 ルイズは得意げに語りだす。 「あ、あいつってば、あ、あたしの事をい、いきなり押し倒して、べ、べろべろ舐めてきたんだから! そりゃもう遠慮の無い舐めっぷりだったわ! お、おお、おまけにむ、胸やす、スカートの中にまで手を伸ばして…。 ほんっっっっとうに失礼な奴だったわ!」 叫びながらルイズはシエスタに指を突きつけた。 「ど、どう!? あ、あんたはそ、そそそ、そんな事された!? されるわけないわよね! ただのメイド風情にそんな事する訳ないし! わたしの勝ち! やったーーーー!!!」 一人勝利宣言をするルイズ。 その眼前に突きつけられた物に表情が一瞬で曇る。 青く輝くエクレールダムールの花。勿論、持っているのはタバサだった。 ルイズは鋭い視線で睨みつける。 「何よ…?」 「ぶい」 ピースサインをして見せるタバサ。 あの時と寸分変わらないポーズである。 ピクピク、とルイズのこめかみが振るえ、体中が震える。 エクレールダムールの花、永遠の絆の証。これ以上無いアドバンテージとも言える、それの存在はルイズには目の上のたんこぶだ。 「な、生意気ね! そんなマジックフラワーで気を引こうなんて!」 「嫉妬」 ルイズを指差し、タバサは静かに呟く。 ルイズは全身を怒りで真っ赤に染めあげ、タバサを睨みつける。 タバサも静かにルイズを見つめる。 そんな二人を横合いからシエスタが睨む。 暫く時間が流れ、三人は同時にため息を吐いた。 「無事…ですよね?」 「当然よ。あんた、あれだけ言って信じないつもりなの?」 シエスタは首を振った。 そんな風に暫く三人はしんみりとしていた。 そんな彼女達を一つの人影が遠くから見つめていた。 翌日、五人と一匹は目的の場所に立っていた。 ほぼ一日を掛けて五十リーグの距離を歩いてきていた為、既に日は山の向こうに沈みかけている。 その沈みかけた日に照らし出された目の前の光景は想像を絶していた。 本来ならば綺麗な草原が広がっていただろうその場所は、戦場の跡地だった。 辺り一面の草は一本残らず焼け、凄まじい力で抉られたようなクレーターが幾つも出来ている。 横に広がる森には奇跡的に被害は見られなかったが、他は酷い有様だった。 「ここで…あったのね」 ルイズの言葉にタバサは重苦しい表情で頷いた。 ――あの日の事は忘れていない。 嘲笑うガーレンに、暴れ狂う謎の怪物。 そして、炎に消えていったジャンガの背。 首に巻いたマフラーをタバサは強く握り締めた。 ルイズは魔法学院の図書館から拝借してきたトリステイン地理院発行のアルビオンの地図を広げている。 近くに村はないか? とシエスタは辺りを見回す。 しかし、既に日は落ち始めている為、周囲は薄暗くなってきている。 と、夜目の利くシルフィードが森の一角にある小道に気が付いた。 「あ、あそこに小道があるのね!」 シルフィードの言葉に他の皆がそちらを向く。 「本当だわ」 小道へと走る。 馬車が通れるほどの広さがあるわけではなかったが、人がそれなりに行き来しているらしく、地面はしっかりと踏み固められていた。 それらを見ていたシエスタが口を開く。 「人の生活の香りがしますわ。もしかすれば、この先に村があるかもしれません」 ルイズは地図を広げる。 この森の辺りには村などは記されてはいない。 だが、このような道がある以上、村もしくは家の一軒でも建っているはずだ。 他に手がかりも無い以上、この道に賭ける他は無かった。 (今度は当たりなさいよ) 嘗て、賭け事をして大損をした経験があるルイズは心の中でそう呟いた。 小道は意外と長く続いており、歩いているうちに日はすっかり暮れてしまった。 しかし、月明かりが道を照らしており、タバサの唱えた魔法の明かりもある為、それほど迷わずに進めた。 「大分、暗くなってきましたね…」 シエスタの言葉にルイズは黙って頷く。 エレオノールが後ろで呆れたようにため息を吐いた。 「だからわたしは言ったのよ、明日にした方が良いとね。それを急ぐからこうなるのよ」 そんな姉を宥めるカトレア。 しかし、確かに道は解るとはいえ、この暗がりをこのまま歩き続けるのは危険かもしれない。 と、その時である。 「ねぇ、ねぇ、お姉ちゃん達、何処行くの?」 幼い子供の声が聞こえてきた。 声の方へとタバサは杖の明かりを向ける。 暗い森の中、あどけない笑顔をした少年が立っていた。 こんな時間にこんな所に何故こんな子供が居るのだろう? 一行の誰もがそんな疑問を浮かべた。 カトレアが少年に近づき、優しく尋ねた。 「坊やは何処の子? こんな時間に外を出歩いていたら親が心配してしまうわ」 「ねぇ、おねえちゃんたち、こんな所でなにしてるの?」 カトレアの質問には答えず、少年はルイズ達に声を掛ける。 ルイズは五歳ぐらいのその少年にジャンガの事を尋ねてみた。 すると、少年は意外な答えを返した。 「うん。知ってるよ」 ルイズとシエスタは思わず詰め寄っていた。先に感じた疑惑などとうに吹き飛んでいる。 「何処? 何処に居るの?」 すると、少年は森の奥へと歩き出す。 途中で振り返り、手招きをする。 「こっちこっち、こっちだよ」 楽しそうに言いながら、少年は再び歩き出した。 ルイズとシエスタは顔を見合わせ、彼の後を追った。 ちょっと、あなた達? とエレオノールが止めるが、二人はどんどん奥へと進んで行く。 そして、カトレアに促されるままエレオノールも後に続いた。 そんな彼女達の後姿を見ながらタバサは、少年が手招く姿を見てから感じていた妙な感覚を考えていた。 「きゅい? お姉さま、どうしたのね…そんな難しい顔をして?」 「…何でもない」 タバサは頭に浮かんだもやもやを振り払うように首を振り、シルフィードと共に後に続いた。 少年は暗い森の中を進んで行く。余程夜目が利くのか、一度も足をとられない。 シエスタも田舎娘ゆえに盛り歩きは慣れた物なのか、比較的軽快に足を運んでいく。 ルイズは木漏れ日のように木々の間から差す月明かりしか頼れる物が無い為、散々に転んだ。 後からやって来たタバサが明かりを持って来た為、漸くまともに歩けるようになった。 少年の姿は既に闇に溶けて全く見えない。 ただ「こっちこっち」と楽しげに誘う声だけが闇の中から聞こえていた。 「まったく、子供の相手なんかするからこうなるのよ。ただわたくし達を、からかっているだけじゃないかしら?」 「まぁまぁ、子供のしている事ですし。鬼ごっこみたいで楽しいじゃない」 ぶつくさと文句を言うエレオノール。 カトレアはコロコロと実に楽しそうに笑う。 やがて、月明かりが差す開けた場所に出た。 発光性のキノコが所々に生え、地面に生えた草も僅かに光を放っている。 その広場の中央に少年は立っていた。 年相応の無邪気な笑みを浮かべながら、少年は彼女達を待っていた。 「こっちこっち、こっちだよ」 手招きをする。 先に来ていたシエスタが辺りを見回していたが、怪訝な表情を浮かべている。 何しろ辺りには家一軒見当たらないのだ。 シエスタは少年に問い詰める。 「ねぇ、君の家は何処? ジャンガさんは何処に居るの?」 しかし、少年は答えない。ただ笑うだけだ。 「ねぇ、あなた…子供だからって、あんまり嘘が過ぎると許さないわよ?」 ルイズが多少怒りを露にした口調で少年を問い詰めた。 「木々よ。森の木々よ。その枝で彼女達の腕を掴みたまえ。その根で彼女達の足を掴みたまえ」 突如響き渡るその声にタバサは目を見開く。 「逃げて!」 慌てた様子で叫ぶタバサに、他の皆は何事かと思った。 しかし、逃げるには遅すぎた。 響き渡る声に呼応するかのように、広場の周囲の森がざわめきだす。 枝が伸び、地面から木の根が迫り出す。 杖を振る間もない。枝が、根が、ルイズ達を捕まえていく。 タバサは逸早く反応したため、それから逃れていた。 『ブレイド』を唱え、生み出された風の刃で枝を、木の根を切り落としていく。 周囲のそれを切り落としながら、タバサは森の中に向って『エア・[[ハンマー]]』を唱えた。 空気の塊が森の一角に向かい、木々を吹き飛ばした。 「あ~あ…酷いな。木々が”痛い痛い”って言ってるよ、おねえちゃん?」 そんな事を言いながら暗がりから小柄な人影が姿を現す。 少年とそう変わらないその人影をタバサは睨み付けた。 「あなたは…まさか」 くすり、と笑いながら人影はフードを取り払った。 美しい金髪が月明かりに晒され、夜風に揺れた。 まるで血が通っていないと思えるほどに真っ白な肌をしたそれは少女だった。 そして、その少女にタバサは見覚えがありすぎた。 少女はタバサを見つめると、嬉しそうに笑った。 笑った拍子に開いた口の隙間から、白く光る二本の牙が二個綺麗に並んでいるのが見えた。 「エルザ…」 「久しぶりだね、おねえちゃん♪」 緊張した声で呟くタバサに対し、エルザは無邪気な笑顔で楽しそうに答えた。 #navi(毒の爪の使い魔)