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風の使い魔-01 - (2010/02/19 (金) 02:20:08) のソース
#navi(風の使い魔) 空は快晴、風は無風。屋外での実習には絶好の日和。 この良き日に、サモン・[[サーヴァント]]は取り行われた。自らが今後の人生を共にするパートナー、使い魔を召喚する儀式である。 その日、誰もが彼女の成功を疑わず、彼女自身もそれは同じだった。遠巻きに教師と他の生徒が見守る中、彼女は高々と杖を掲げる。 詠唱、続いて閃光。瞬間、ふわりと優しい風が頬を撫でた。止んでいた風が再び吹き始めた。 まるで風達が"それ"の来訪を歓迎しているような――不思議とそんな錯覚を受けた。 閃光に目を細めて数秒、何かが落ちる音がした。そよ風が土煙を運び去った直後、どよめきが場を支配した。 現れた"それ"に生徒も教師も、彼女自身も、誰もが一様に言葉を失う。召喚されたモノの前で立ち尽くすのは、 誰もが失敗を予想していた『[[ゼロのルイズ]]』こと、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールではない。 同学年の中でもエリート中のエリートであり、成績優秀な彼女が、まさかこんな謎のモノを召喚するとは思いもよらなかっただろう。 「おい、なんなんだ……あの物凄い顔の生き物は……」 誰かが言った。彼を皮切りに次々と、声を潜めて生徒達が囁き合う。 彼らもルイズならば堂々と笑えたが、なまじ秀才の彼女なだけに、囃したてるのもはばかられたのだ。 様々な憶測が飛び交うが、概ね意見は一致しているらしい。 「カエルだろ、どっから見ても」 「カエルが服着てるかよ」 「亜人じゃないかしら?」 「顔以外は全部人間だけど……」 「いやいや、まさかそんなはずは」 「あのベロはどう説明するんだよ」 「カエル顔で、異常に目がでかくて、舌が長い人間だっているかもしれないだろ」 「いねーよ」 「人間の子供よ、きっと……たぶん……もしかして」 「こやつめ、ハハハ」 「もうカエルでいいよ」 「カエルの何が悪いってのよ」 などと、外野は口々に勝手な陰口を叩いている。だが、それすらも彼女の耳には届いていなかった。 別にショックで何も聞こえなかった――わけではない。目の前に横たわっている子供が、地の底から轟くような大いびきを掻いていたからだ。 やがて担当の教師、ミスタ・コルベールがあたふたと生徒の塊を割って歩み出る。コルベールは、禿げ上がった頭に玉の汗を浮かべていた。 困惑も露わに近付くそれは、顔以外は普通の少年。オレンジのシャツ、深緑の半ズボンと、同色の鍔付きの帽子を前後逆に被っている。 見慣れない服装だ、異国人の可能性もある。首から上は見慣れないどころか、四十年余りの生涯で一度も見たことがないほど奇妙な顔だったが。 コルベールは、おもむろにディテクトマジックを唱えた。するまでもなく、結果はある程度予測できていた。 案の定、数秒の思案の後立ち上がった彼は、 「残念ですが間違いありませんね……この少年はただの人間です。魔力も無い、ただの平民……」 首を振りながら呟き、無言の視線で儀式の続行を促した。 「カエル人間!? あの娘……とんでもないものを召喚したわね……!」 囁き合う生徒達の塊から離れて、ルイズは戦慄した。 ルイズにとっては、平民であることよりもある意味では重要事項。なんせカエルは大の苦手、 似た顔の人間であっても駄目だ。自分の召喚する使い魔は、カエル以外である事を願うばかりだった。 さて、彼女には悪いが、内心ルイズはほっとしてもいた。ゼロだなんだと馬鹿にされていたが、 あれの後なら何を召喚しても大丈夫。どんなものでも、あれよりかはマシ。格上の使い魔ならなお良し。 そこまで考えて、自らの志の低さ、卑屈さに嫌気が差して首を振る。こんなことでは駄目だ、と。 そんな惰弱な考えは、ルイズの背丈より数倍高いプライドが許さなかった。 「そうよ、わたしは上手くやってみせるわ……!」 ルイズは迫る順番に、決意も新たに一人拳を固めた。 珍妙な使い魔を前にしても、少女はいつもと変わらぬ鉄面皮。だが、一サントにも満たないほどだが、 ハの字に下がった柳眉。ごく僅かに落ちた肩。ささやかながらも確かな変化。しかし、よくよく注視しなければ気付かないだろう。 唯一、少女の数少ない友人を自負するキュルケだけは、彼女のポーカーフェイスに隠された落胆を察していた。 あら……珍しくへこんでるわ、この娘。でもまぁ、無理もないわね。てっきり風竜かグリフォンでも召喚するかと思ったんだけど…… キュルケは呆れ混じりに彼女の顔を見て溜息を一つ。そう、なんだかんだいって、彼女は感情表現が下手、不器用なだけなのだ。 おそらく、無表情の裏に相当鬱屈した事情を抱えていることは想像に難くない。頑なに殻を作り上げるしかなかったのだろう。 尤も、想像の域は出ないし、彼女が何も言わないので、敢えて聞きはしなかったが。 ふと、キュルケの目が少年の腕に留まった。顔のインパクトが濃過ぎて誰も気に留めていないようだが、 少年は大きな籠を手に引っ掛けていた。彼の持ち物だろう。 一応人間みたいだけど……あの籠の野菜はなんなのかしら? 鮮やかな緑の皮に包まれている棒状の野菜。隙間から覗いた黄色い果実は、一粒一粒が丸々と太り、艶めいている。 四本だけ入った籠を、少年は大事そうに抱き直した。 少女の名はタバサ。二つ名を『雪風』のタバサ。 キュルケの読みは見事に的中。タバサは実際、落胆していた。 周囲の嘲笑も、好奇の視線もどうでもいい。使い魔だって別段、高望みをしたつもりはない。 ただ任務の為に、自分の目的の為に、役に立ち、頼れる使い魔が欲しかっただけなのに。 足元に転がっているのは、顔を除けば、明らかに年下の少年。足手纏いになりこそすれ、とても役立ちそうになかった。 起こそうと思い揺すってみても、まったく起きようとしなかった。 やり直させてくれと言ったところで、取りあってはもらえないだろう。神聖な儀式、やり直しが利く性質のものでもない。 こほん、とコルベールが咳払いをして言う。 「コントラクト・サーヴァントを」 遠巻きに眺めていた外野も今は沈黙。全員がタバサを見守っている。 仕方ない、このまま契約してしまおう。腹を括ったタバサは片膝を付き、格式張った呪文を唱えた。 次に、相も変わらずいびきを掻いて眠っている少年に、ゆっくりと顔を近づけていく。 なんだろう……この物凄い顔の生き物…… 見れば見るほど変な顔である。男というよりペットにキスするようで、別段何も感じなかった。 タバサが舌の付け根に口づけると、少年のいびきが止まる。全ての音が消え、 微かに風が草を揺らす音だけが残った。そして――。 「あちちちちち!!」 右足の甲を押さえて、少年がじたばたともんどりを打つ。なるほど、ルーンの位置はそこか。 タバサはしゃがんだ姿勢のまま、しばらくその様子を眺めていた。 やがて少年はひとしきり暴れると、動きを止め、ピクリとも動かなくなった。 まさかまだ寝足りないのか――タバサがどうしたものかと思案していると、少年は突如、むくっと起き上がる。 やはり舌をベロンと垂らし、魚のようにまんまるの目からは一切の感情は読み取れない。 周囲を見回した少年は大欠伸をし、一番近くにいたタバサに焦点を合わせ第一声。 「腹減った」 [[風の使い魔]] 第一章「輝きは君の中に」1-1 なんとなく徒労を予感しつつも、タバサは少年に使い魔のなんたるかを掻い摘んで説いた。 どうやらこの少年、魔法も貴族も無いような国から来たらしい。その為、 ここが何処かから説明しなければならなかったのだが、話を聞いているのかいないのか、終始首を傾げていた。 たぶん、話の半分も理解していないだろう。実際彼は三分の一も理解していなかったのだが。 「つまりおめぇが俺を呼んだ。そんで俺に助けてもらえねぇと困るってことか?」 「そう、お願い」 何を助けるのか、ちゃんと理解しているのかは甚だ怪しいものだが、取りあえず、使い魔になってくれないと困るという点は分かっているようだ。 「そういうことならいいぞ。まぁ婆ちゃんも最近は元気そうだし、畑はポチや村のみんなが面倒見てくれてるだろ」 意外なことに二つ返事だった。使い魔は最初から主人に好意的だというが人間も同じなのだろうか。 「私はタバサ。あなたは?」 「俺は風助ってんだ」 「よろしく」 形だけの挨拶を交わして、タバサは風助から離れた。風助はその場で座り込んだままだ。 これと信頼関係を築けといわれても、どうすればいいのやら。決して顔には出さないが、始まりから暗礁に乗り上げた気分だった。 「話はつきましたか?」 と、尋ねるコルベールに無言で頷く。 「では、最後は……ミス・ヴァリエール!」 「は、はい!」 ルイズが緊張の面持ちで進み出る。その顔にはタバサの召喚前に比べ、確かな自信が宿っていた。 杖を掲げ、ささやかな胸を張り、祈るようにルイズは唱える。 「宇宙の果てのどこかにいる私の僕よ……」 その後、ルイズも平民の少年を召喚したが、特に誰も驚きはしなかった。むしろ、 「良かった……普通の人間で……」 と、胸を撫で下ろしたくらいだった。それほどまでに風助の衝撃は尾を引いていた。 ともあれ、こうして使い魔召喚の儀は無事? に終了。生徒達は学院に帰る為、次々に『フライ』の魔法で空に舞う。 「おー、すげぇなぁ。藍眺みてぇだ」 悠々と空を飛ぶメイジ達に、風助は最も親しい友達の一人を重ねた。 感嘆の声を漏らしている風助にも取りあわず、空に浮かんだタバサは風助にもレビテーションを掛けた。 ふわりと風助の身体が地面から浮きあがる。 タバサは風助の手を握った。初めての空中浮遊。パニックになったり、 バランスを崩して事故を起こしては面倒だったからだが――結論から言うと、その必要はまったく無かった。 「おおっ!? ふは、はははっ。おもしれーな、これ」 それは風を掴むとでもいうのだろうか。レビテーションを掛けて浮き上がった風助は初めてにも関わらず、 下手なメイジよりも上手くバランスを取って、宙を泳いだり、くるくると回ったりしている。 そのはしゃぎっぷりは、他の生徒の視線も集めていた。 「遊ばないで」 ぴしゃりと注意した。普通のつもりだったが、声に苛立ちが篭ってしまったことは否定できない。 若干棘のある言葉にも、風助は気を悪くした様子は無い、たぶん。ただ感情の分かり辛い顔を傾げて聞いてきた。 「ひょっとして急いでんのか?」 「少し」 本当はそうでもない。が、これ以上遊ばれても困るし、その方が都合がいいと判断した。 相手は子供、もっと積極的に接した方がいいのだろうか。しかし子供の躾など、どう考えても苦手な分野。 できないことはないだろうが、得意不得意ではない。やりたくなかった。 「それなら走った方がはえーぞ。どっちに行くんだ?」 まさか、最初はそう思った。思ったが、つい今しがた接し方を考えたばかりである。取りあえず好きにさせてみようと、 タバサは無言で進行方向を指差し、言う通りに術を解いて地面に下ろす。 「んじゃ、先に行ってっぞ」 言うなり風助は走り出した。短い手足を機敏に動かして、まるでネズミのよう。だが、すぐに馬にも迫る速度まで加速した。 まさに風の如き速さだが、遠目にも無理や息切れの様子は見られない。 タバサは目を見張ったが、呼び止める間も無く、風助は一人遠ざかっていく。そして、 「あっ……」 という間に小さくなってしまった。 「頭はあんまり良くなさそうね……」 タバサのほんの僅か険しくなった顔に、キュルケは思わず苦笑いを禁じ得なかった。 ともかく掴みどころのない使い魔に、大いに戸惑っている。彼女が初めて見せる生の表情。 これは面白くなりそうだ――そう感じずにはいられないというもの。 幸い、学院は近くだし、周囲は見通しも良い。草原は見渡す限り青々と広がり、大きな建物は学院のみ。 まっすぐ進むだけなら、まさか迷うこともあるまい。そう思って数分後、タバサが学院に戻っても使い魔の姿はどこにもなかった。 「あれ? そういやどこ行きゃいいんだ?」 果てしなく広がる草原で、風助は立ち止った。こんなに風の心地いい草原は久し振りだったので、少しはしゃぎ過ぎてしまった。 足がかつてないほど軽やかに動いたせいもある。 「えーっと……あそこに行きゃいいんだっけ」 本人は真っ直ぐ走っていたつもりだった。それがどういうわけか、ほぼ直角に曲がり、現在学院は背後に見えている。 何故、目標に真っ直ぐ走っていてこうなるのか、 「ま、いいか」 深く考えず、改めて学院に向けて歩きだす風助。暫く歩いていると、遠くに二人並んで歩いている人間を見つける。 一人は、タバサや大多数の者と同じ服装の少女。もう一人は、比較的見慣れた服装の少年だった。 「よー」 「ひっ! タバサのカエル人間!?」 召喚した使い魔――平賀才人と一緒に、学院へとぼとぼ歩いていたルイズは、声を掛けられるなり才人の背中に隠れた。 ルイズにパーカーの袖を掴まれた才人は、自分の後ろにこそこそ隠れる主を訝しげに見つめる。 「お前、何やってんの?」 「ううううるさいわね!」 才人からすれば、何をそんなに怯えることがあるのか不思議でならない。確かに目の前の少年は奇妙な顔をしているが、 散々他の使い魔に驚いた後なので今更驚きはしなかった。何より自分の置かれている、この状況が一番奇妙だ。 「おめぇらあそこに帰るんだろ? 一緒に連れてってくんねぇかな?」 「ああ、別にいいけど……」 「ちょっと!? なんであんたが答えてんのよ!」 「なんだよ、どうせ同じ所に帰るんならいいじゃねぇか」 「う、それは……そうだけど……」 弱点を知られたくない、これ以上情けない自分も見せたくなかったルイズは、 「分かったわよ! 好きにすれば!」 そう言い捨てると、早歩きで風助から離れる。才人と風助は顔を見合わせると、揃って首を傾げた。 才人は改めて風助の服装に注目した。マントやローブでなく、普通のシャツと膝丈のズボン。 被っているのは野球帽だし、靴はどう見てもスニーカーだ。 もしや、彼も同じ世界から召喚されたのだろうか? 才人はその場で追求しようとしたが、 「何やってるのよ! さっさと来なさい、この愚図犬!!」 前を歩くルイズがうるさいので、深く追及はしなかった。 同類相憐れむ。才人は隣を歩く風助を見下ろし、わざとらしく肩を竦めてみせた。 「そんじゃ行こうぜ」 「おー」 この状況に順応しているのか、それとも何も考えていないのか。風助は笑顔で右手を突き上げた。 その夜、タバサに付いて風助は食堂に入った。床で食べるのは苦でもなんでもなかった。元々気にする性格でも生活でもない。 何より風助の関心は食堂に入った瞬間から、食事のみに向けられていた。 風助に出した食事は、貴族の物には幾分劣るものの、そこそこの量と質はあった。少なくとも、固いパンと薄いスープだけ、 というようなことは断じてない。 それなのに風助ときたら、それをほとんど一口で平らげると、開口一番、 「足んねぇ」 「我慢」 タバサも、一秒と間を置かず答えた。 なんとなく予想はしていたのだ。だが甘やかせば限が無い、自分だって皆と同じ量なのだから。 「部屋に戻る。時間までは好きにしてていいから」 言いながら、タバサは席を立った。既に寮での基本的な生活は説明してある。果たして理解しているかは、やはり謎だったが。 そして、食堂に一人取り残される風助。満腹にはほど遠いが、動けないほど空腹でもない。 「さて……どうすっかな」 考えてみれば、ここはまったく知らない国の知らない場所。腹ごなしでもないが、探検するのも面白そうだ。そう思った風助は食堂を出て、ふらふら敷地内をぶらつく。 目的もなく彷徨っていると、寮の中庭に出た。ずらりと並んだ部屋の窓のほとんどに明かりが灯っている。 その明りに照らされて、見た顔が木にもたれて座っているのが見えた。 「よー、なにやってんだ、おめぇ」 「ああ、お前か……」 座っていたのは、ルイズの使い魔、才人。彼は風助を一瞥すると、あからさまに不機嫌な顔で答えた。 「ちくしょう、あいつに口答えしたら部屋追い出されちまった。掃除に洗濯、なんでも俺に押し付けるんだぜ?」 「そんなに嫌なら、やんなきゃいいんじゃねぇのか?」 風助は才人と同じ木にもたれながら、事もなげに言った。 風助の言うことも当然といえば当然。しかし同意を期待していた才人は、ふて腐れて横になった。 「そう簡単に行くかよ。この世界に知り合いも友達もいねーんだ。追い出されたら行くところもねぇ。お前だってそうだろ?」 「まーな」 「お前はどうなんだよ。嫌になんねぇのか? そもそも何で使い魔なんてあっさり引き受けたんだ?」 「俺は別に嫌じゃねぇぞ。引き受けたのは……わかんね。たぶん、そうだなぁ……あいつに助けてくれって言われたからだぞ」 それは風助自身にも形容し難い、不確かで曖昧な、直感とも言える何か。当然伝わるはずもなく、才人はその言葉を額面通りに受け取った。 「お人よしなんだな、お前」 「そうか?」 「お前の……タバサ、だっけ? あの娘は当たりだよ」 「おめぇはハズレなのか?」 逆に風助に質問され、困り顔で唸り出す才人。自分で言っておいてなんだが、彼女をハズレだと言い切ることには一抹の抵抗を覚えた。 或いは、この世界の貴族とはああいうもので、誰でも大差は無いのかもしれない。数十秒唸って考えてみたが、やはり、 「ハズレ……なんだろうなぁ。ああ……腹減った。晩飯も食ってねぇってのに」 「なんだ、おめぇ腹減ってんのか。んじゃちょっと待ってろ」 「あ、おい!」 才人のぼやきを耳にした風助は立ち上がり、寮に入っていく。突然のことに、才人はただ見送るしかなかった。 およそ十分後、風助は手に何か持って帰ってきた。 「わりぃ、迷ってて遅くなっちまった。ほら、これ食え」 才人が手渡されたのは、緑の皮に包まれたトウモロコシ。一応洗ってはあるが、生だった。 「これ……トウモロコシじゃねーか。へー、この世界にもあるんだなぁ」 手に取ってしげしげと眺める。やはり、自分の知るトウモロコシと寸分違わないものだ。 「連れてってくれたお礼だぞ」 「連れて来たのは俺じゃなくてルイズだけどな」 「いいから食え。うめぇぞ。死ぬほど」 死ぬほどかよ、と苦笑する才人。風助は頭の後ろで手を組み、どこか得意気な様子で才人が食べるのを待っている。 魚のような目は変わらないが、うずうずしているのが見て取れた。 促されるままに齧りつくと、生なのに小気味良い歯応え、甘い汁が口の中に溢れる。一口ごとに、空だった胃袋が満たされていくのを感じた。 「俺のお師さんの畑で、俺が作ったんだ」 「ああ、すげー旨いよ。でも、お前なんでこんなの持ってたんだ?」 「んー、俺の十一人の友達はな、毎年お師さんのトウモロコシ食うのを楽しみにしてたんだ」 その時才人には、語る風助が、ふと遠い目をしたように見えた。 「だからお師さんが死んじまった後は、俺が畑を受け継いで、みんなに配りに行ってんだぞ」 「え? そんな大事な物だったのか……じゃあ俺が食ってよかったのか?」 と言っても、もう半分以上食べてしまったが。 「気にすんな、ちょうど全員に配って済んだ余りだ。それに……」 風助はにっこりと笑う。変な顔だと思ったが、なかなかどうして、笑うと愛嬌のある顔だ。 満面の笑みの風助に、才人はそんな感想を抱いた。 「おめぇも、もう友達だぞ」 その言葉で、才人の胸にぐっと熱いものが込み上げた。何か言おうと思っても、上手く言葉が出てこない。結局、 「そっか……ありがとな」 言えたのは一言だけだった。 いきなりこんな異世界に飛ばされ、主人と名乗る少女は横暴。ちょっと反抗すれば部屋を叩き出され、 かと言って他に行く当ても無く、知り合いもいない。これでも、多少心細くはあったのだ。 一人ホームシックになっていたところへ似たような身の上の少年が現れ、友達と呼ばれた。 それが無性に嬉しくて、涙が滲みそうになった。 才人は照れ臭さから鼻を啜り、顔を背けて目元を拭う。そして風助に右手を差し出した。 「そういや、名前も聞いてなかったっけ。俺は才人、平賀才人だ。よろしくな」 「おー、俺は風助ってんだ。よろしくな」 握り返す手は自分のものよりずっと小さく、しかし温かだった。 その後、風助はポケットから小さなハーモニカを取り出した。口に当て、ゆっくりと空気を吹き込むと、そこに音が生まれた。 カエルの口から奏でられるのは、美しくも優しい旋律。どこか懐かしい音色に、才人は目を閉じる。 そうやって感じる夜風は涼やかで、元の世界と何ら変わりなかった。 メロディーは風に乗り、閉じられていた部屋の窓が一つ、また一つと開き、生徒達が顔を覗かせる。中には、 扇情的な寝間着姿を惜しげもなく晒すキュルケの姿もあったが、この時ばかりは男子生徒の視線も彼女には向かわない。 時間にすれば五分にも満たなかったが、誰一人声を発する者もなく、寮のほとんどが風助の演奏に耳を傾けていた。 だが、その中に彼らの主人である二人の少女はいない。ルイズはいつまで経っても帰らない才人を探し歩き、 タバサは外の音を遮断して読書に耽っていた。 二人の少女はこの夜の出来事を知らず、二人の使い魔もまた、それを知ることは無かった。 この日、ほとんどの人間がハズレを引いたと考えていた。周囲の生徒も、タバサ自身も。 ルイズは、自分の使い魔はまだましだったと思うことにした。 キュルケは面白そうな使い魔だと思っていたが、それだけだった。 才人にとっては、異世界で出来た初めての友人だった。 ちなみに、召喚された当人は何も考えていなかった。 誰もが、夢にも思わなかっただろう。彼がタバサを様々な軛から解き放つ風となることも。 彼がまさしく雪風に相応しい……風竜と同じく、或いはそれ以上に風に愛されし存在であることも。 この時点ではまだ、誰も――。 #navi(風の使い魔)