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暗の使い魔‐00 - (2015/06/22 (月) 11:30:52) のソース
#navi(暗の使い魔) 薄暗い洞窟内を、壁に備え付けられた僅かな松明の明かりが照らしていた。 湿った岩壁からシトシトと、わずかに水が滴り落ちる。 その音を聞くものは、岩の亀裂に潜む蝙蝠のみであろうか、いや。 「見つけたぞ!」 「ぐっ……畜生!」 無数の足音が洞窟内にこだました。 そして同じ数の荒い息遣いとともに、甲冑に身を包んだ大勢の兵が、狭い通路内に押し寄せる。 「逃がすな!追え!」 無数の兵士は、皆一様に長槍を携え、背には赤地に黒色であしらわれた桐花紋の旗印。 今この日本において、最も強大な力を誇る勢力。 豊臣の軍勢である。 時は戦国時代の日本。そしてここは九州・石垣原の洞窟。 その屈強な軍勢に追われるのは一人の男。 薄暗い洞窟の中、その男は迷路のように入り組んだ洞窟内を、己の足で必死に逃げ回っていた。 ズルズルと、重いなにかを引き摺っており、その足取りは決して速くはない。 しかし男は、己が誰よりもこの洞窟の構造を把握している事を武器に、決して捕まらない自信があった。 「ふぅ……とりあえず撒いたか?」 洞窟の暗がりに潜みながら、ゆっくりと腰をおろす。 もう何度こうして身を潜めただろうか。 男には、自分がこうして追われる理由について、心当たりが有りすぎた。 「なんで小生だけがこんな目に」 己の不運を悔やんでも何も始まらない。 しかしながら、いつもこうして災難に遭う度に、男はその理不尽さを呪わずにはいられなかった。 がしゃりがしゃりと、甲冑の武者が通り過ぎ去る音が聞こえる。 そして、音が完全に遠くへ行った事を確認し、暗がりから身を表したその時。 「だから貴様は間抜けなのだ」 男の心臓が飛び上がった。 背後から、冷たく淡々とした声が男の耳に届いたのだ。 「ッ!?」 慌てて背後の暗がりを見やる。 「貴様は、最後の最後で詰めが甘い。それでいて決断が早すぎる」 変わらぬ調子で、冷淡な声が闇の中から響いてくる。 「だ、誰だ!」 男の問いかけに、声の主が暗がりから姿を現した。 「毛利!」 そこにいたのは、緑の甲冑に身を包んだ一人の男であった。 その手に身の丈ほどもある輪状の刃を携え、ゆっくりと歩み出でる。 端正な顔立ちだがそこに表情はなく、冷たい視線だけが男を捕らえていた。 毛利元就、日の本・中国の地を治める武将である。 「なんでお前さんがここに!」 敵意半ば、恐れ半ばといった様子で男は毛利に問う。 だが、当の毛利は意に介した様子も無く、静かに輪刀と逆の手を掲げる。 すると、どこからとも無く、一文字に三つ星の旗印を掲げた無数の兵達が現れ、男を取り囲んだ。 毛利元就の手勢である。 「ぐっ……!」 「貴様の考える事など、たかが知れている」 なお淡々と告げる毛利を、男は歯を噛み締めながら睨みつける。 「観念するのだな」 「ふん!何の目的があって小生を捕らえる?」 「それはあの男に聞くのだな」 「あの男、刑部か……!」 自分に兵を差し向けた人物を知り、男の表情はますます歪んだ。そして、それと同時に男は悟った。 このまま、ここで捕まるわけには行かないと。 「捕らえよ」 毛利の指示に5、6人の兵士達が武器を携えにじり寄ってくる。男は観念したかのように両腕を頭上に掲げる。 ようやく観念したか、と兵達が警戒を解いた、その時であった。 「うぉらあっ!!!」 ずどん!と、男を中心に辺りに凄まじい衝撃が走った。 取り囲もうとしていた5・6人の兵達は、予想だにしない振動をもろに受け、洞窟の岩壁に一人残らず叩きつけられる。 周囲を取り囲む兵士らも、一瞬なにが起きたか理解できなかった。 見れば、男が両腕を何かに叩きつけているのが見え、そのたびに辺りの兵達が木の葉のように宙へと舞っていた。 「どうだ!油断したな!」 混乱する兵らを見て、男はほくそ笑んだ。隊列は乱れ、もはや包囲どころではない。 逃げるなら今のうちだ、と崩れた隊列の一角から脱出を図ろうとする。だがしかし。 「詰めが甘いと言っている」 「うおっ」 突如、男の眼前を刃が通り過ぎた。 咄嗟に後方へと退避すると、己の前髪の端がぱらりと地面に落ちるのが見えた。 すとん、と男の目前に毛利元就が着地した。 空いた手で、自分の服についた土埃を軽く払いながら、毛利は変わらず冷ややかな視線で男を見下ろしていた。 「詰めが甘いだと?」 「そうよ」 どちらも至って冷静に答える。 「いや、そうでもない」 その一言と共に、毛利にむかって駆け出す男。 「ここでお前さんを叩きのめせば!それで詰みだ!」 「笑わせるわ!」 毛利の右に構えた輪刀と、男の引き摺るそれが、激しい金属音と共に激突した。 再び辺りに衝撃が走る。ガツンガツンと、互いの得物が火花を散らす。 それは、周囲の何者も介入できない、激しい剣劇であった。 ギシギシと互いの腕が軋むほど、そのぶつかり合いは激しさを増していった。 混乱から回復し、再び隊列を組み直した兵達は、成すすべなく勝敗を見守る。 ここで勝敗を分けるは、純粋なパワーと疲労。 純粋な力で言えば、毛利よりも男が勝っていた。しかし、長時間の逃亡による疲労を加えれば、勝負は互角。だが…… 「負けるか!」 「くっ!」 軍配は男に上がりつつあった、そして。 「おらぁ!」 ぎん、と鈍い金属音が響いた。男の左斜め下よりの一撃が、毛利の輪刀を吹き飛ばしたのだ。 勢いよく打ち上げられた輪刀がざくりと、固い岩の天井に突き刺さる。 「もらった!」 男が勝利を確信し、丸腰の毛利に向かって攻撃を加えようとした、その時であった。 「なっ!?」 眩いほどの光と共に、毛利元就の周囲が爆ぜた。 「ぐあっ!」 そのまま後方へ吹き飛ばされ、男は地面にずしゃりと転がる。 みれば毛利の全身がまばゆいほどの光を放ち、辺りを照らしているではないか。 薄暗い洞窟が真昼のように光を浴びる。兵達は目を覆った。 毛利から発せられるその光こそ、この日ノ本に生きる将である証。 そして戦国の世に生きる武将のみが扱える、奥の手である。 その感覚が、より鋭く研ぎ澄まされた時発動し、脅威の力と、空間を超越した速度を得ることが出来るという秘技だ。 そのまま毛利は3~4mはあろう天井に向かって飛び上がると、突き刺さった輪刀を勢い良く引き抜く。 そして、目にも留まらぬ速さにて男に迫り、その全身を切り刻んだ。 「ぐっ!があ……っ!」 まるで舞を踊るかのような、怒涛の連続の斬撃が、上下斜めから襲い来る。 体制を立て直す暇も無い男は、それらの攻撃を避け切るすべも防ぎきる術も持たなかった。そして。 「ハアッ!」 「うああああっ!」 下段よりの強烈な切り上げ、その一撃が再び男の身体を軽々と吹き飛ばした。 あたりを囲む兵もろとも吹き飛ばし、男は固い岩壁に叩きつけられた。 「ぐっ……!」 壁を背に、そのまま力なく床に崩れ落ちる男。 「手こずらせおるわ……!」 若干のイラつきを含んだ言葉を男に投げかけ、毛利元就は男を見やった。 毛利が輪刀を男の喉元に突きつけ、男は荒い息をつきながらギロリと毛利を睨みつける。 全身に傷を負いながらも、戦意を失わないその態度は周囲の兵達を驚かせた。しかし、もはや男に成すすべはない。 再び男を兵達が囲む。その光景を見て、男は悔しそうに歯噛みした。 「(結局こうなるのか。何とかならないのかっ)」 男が勝機を諦めかけた、その時。 「鏡!?」 男の目と鼻の先、毛利と男を隔てるように突如、鏡のようなものが出現したのだ。 「何?」 毛利自身も目を疑った。謎の物体の出現に、急ぎ距離をとる毛利。そして次の瞬間。 「なっ!何だ?何だぁ!?」 鏡が男に迫る。そして鏡に触れた男が、見る見るうちにそれに吸い込まれていくではないか。 これには流石の毛利元就も言葉を失った。一体何が起きたのか、恐らくその場に居た誰もが理解出来なかったであろう。 「毛利っ!畜生!離せ、離しやがれ!」 半身を鏡に飲まれながら、男は精一杯の抵抗を示す。しかしながらその抵抗むなしく、男は。 「なぜじゃああぁぁぁぁ……」 情けない叫びとともに、謎の鏡の中へと消えていった。 そしてその鏡自身も消え去ると、後には何一つ残っては居なかった。 辺りを沈黙が支配する。薄暗い空洞を僅かな松明が照らす。 湿った岩壁から滴り落ちる水の音のみが、ただただ虚しく洞窟内に響き渡った。 それを聞くのは残った無数の毛利兵と、ただひたすらに冷たい表情を浮かべる一人の将のみであった。 [[暗の使い魔]] 第一章 『召喚!不運の軍師、異世界へのいざない』 #navi(暗の使い魔)