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#navi(ゼロのロリカード)
&setpagename(ロリカードとギャンブラー-1)
「ド・サリヴァン家の次女、マルグリット」
「アーカード・シュヴァリエ・ド・ツェペシュです」
タバサとアーカードとシルフィードはカジノの潜入任務にやってきていた。
例によってアーカードは半ば無理やりついてきたようなものであったが。
「ありがとうございます、マルグリット様。アーカード様は・・・シュヴァリエと?」
「ええ、マルグリットお嬢様お付きの騎士をやっております。そしてこちらは世話係の―――」
「シルフィなのね」
先住魔法の『変化』によって人型に化けたシルフィードが名乗る。
「ははぁ、まだお若そうなのにシュヴァリエとは・・・。いったいどのような功績を?」
「剣を少々・・・。今日はお嬢様と一緒に、楽しませていただきます」
アーカードは、普段の様相からは考えられないほど柔らかく微笑んだ。
その丁寧な物腰も相まって、支配人のギルモアは少し考えるもすぐに疑念を払拭する。
「ありがとうございます、存分にお楽しみください。マルグリット様、アーカード様、シルフィ様」
そう言ってギルモアは踵を返し去っていった。
順当に潜入することが出来たタバサ達は、まず持ってきた金貨をチップへとかえた。
「多少変な目で見られていたようだが・・・、とりあえずは順調に入り込めたな」
タバサは頷く。自分もそうだが、年端もいかぬ少女がシュヴァリエというのは、得てして無用な猜疑心を抱かせてしまう。
「演技ももういらんな。それじゃ、私は楽しませてもらうよ」
アーカードは今回、厳密には任務の協力者という立場ではない。ただ楽しみたい、それだけの理由でついてきた。
聞く話によると、支配人ギルモアがイカサマをやっているという。
『サンク』と呼ばれるゲームで、ここぞという時にやたらと引きが良くなると。
ギルモアのイカサマを見破り、恥をかかされた貴族達に巻き上げられた金を戻す。それが今回の任務であった。
なのでアーカードには、純粋に楽しんでもらって構わない。
任務内容を反芻したタバサは、まずは元手を増やす為にサイコロ賭博のテーブルへと向かう。
アーカードはルーレットを選び、シルフィはどれにしようかと右往左往しながらあれこれ悩んでいた。
◇
「これはお嬢さん、ルーレットのルールはご存知ですかな?」
ディーラーの言葉に、アーカードはザッと見渡した。自分のいた世界のルーレットとは特に差異はなさそうだ。
「あぁ、大丈夫だ」
アーカードがそう言うとディーラーは納得したように頷き、ルーレットは始まった。
(まずは増やすとするか)
高レートのカジノで楽しむにはまず豊富なチップが必要である。
あっという間にすってしまう可能性もあるし、ちまちま賭けていてはスリルも面白味もない。
兎にも角にもある程度大量のチップがあった方が、なにかと張りが出るというものだ。
しかし一介のシュヴァリエの年金の1ヶ月分。金額にして40エキュー強をチップにかえたに過ぎないので、非常に心許なかった。
まず最初、一度目はアーカードは賭けなかった。ただの様子見である。
球は黒の17に入った、他の客から一喜一憂する声が聞こえる。二度目、一回目のベットが終わり球が放り込まれる。
(まずは堅実に・・・赤黒賭けにしておくか)
アーカードは二回目のベット終了する合図の直前に、30エキュー分のチップを赤へと賭けた。
球は赤の9へと入った。
「幸先がよろしいようですね」
ディーラーが営業スマイルを浮かべながら口を開く。
「ふむ」
アーカードの動体視力は回転する球と盤面を正確に捉え、そこから最終的に入るだろう箇所を予測していた。
一度目の回転とその結果を基にし、おおよその見当をつけていただけなので少々不安があった。
結局、目算していた数字とは違うところに入る。しかし賭けたのは同じ赤であったので、勝ちは勝ちである。
賭けていた30エキュー分のチップは倍になって返ってきた。
(いきなり30エキュー分は危なかったな・・・。数字に賭けるのは、もう少し見極めてからにするか)
球と円盤の回転を鋭く見ながら赤黒賭けをしていたら、倍々ゲームであっという間に3850エキューほどのチップにまで膨れ上がっていた。
(ん~~~む、いつの間にか随分な量になってしまった・・・)
見極めてから、増やす。の筈であったのだが、見切りに確信が持てるようになったと思えば、既に充分過ぎるほどのチップが手元にあった。
(まっ・・・結果オーライ)
そしてアーカードは二回目のベットをやめ、純粋に楽しむ為に一回目のベットで賭け始めた。
しかし一回目に賭け始めてすぐ、大きく賭けたその悉くを連続ではずし始める。
一転してみるみる内にチップは減り始め、引くに引けなくなったアーカードは負け分を取り戻す為に賭け続ける。
小勝ちと大負けを繰り返し、気づけば4000エキュー弱あったチップは500エキュー分まで落ち込んでいた。
「んぬぬぬ」
「ふゥー・・・」
それは通常、客には聞こえない小さいものであった。しかし、吸血鬼であるアーカードの耳にはしかと聞こえた。
予定通りに事が上手く運んだ、そんな安心したような一息。
その時、アーカードに電流走る―――!
(こやつ・・・!?)
少しだけ思考を巡らす。直感でしかないがナニカ作為的なものを感じた。
アーカードは沸き上がった疑問を確かめるべく200エキュー分のチップを赤へと賭けた。
ディーラーはうっすらと笑い、球を放り込んだ。2回目のベットタイムも終わり、球は黒の31へと入った。
(やはり・・・・・・)
相手の表情、その挙動、そして大きく張った時に必ず狙いからはずれる球。疑問はほぼ確信へと変わる。
このディーラーは、自分の好きな箇所へ球を落とすことが出来る・・・・・・ッ!?
やや溜めをつくって若干の捻りを加えながら投げる、少し凝った投擲方法。ただのパフォーマンス、魅せ技かと思っていた。
だが実のところそれは狙った場所に球を落とす為の技術なのだ。イカサマなどではなく、ただの技術。
であるならば、それを咎めるのは憚られる。そもそも確たる証拠も存在しない。
(・・・・・・手の平で踊らされていたわけか。こんなにチップが減るまで気付かんとは耄碌したか喃)
それにしてもかなりの練度だ、おそらく己の技術に相当な自信を持っている筈。
重圧の中、一投一投に全神経を集中させてるのだろう。とてもとても立派なことだ、安易にイカサマに走るわけではないのだから。
きっと血の滲むような地道な努力をして身につけた筈だ。
本来ならば、全体のバランスを考えながら適度に場をコントロールし、客を楽しませるのだろう。
それにひきかえ、自分は半ばチートのような行為で元手を増やしていた。
自分が一回目にベットをし始め、ディーラーが多少怪しまれようとも、負けた分のチップを露骨に回収しようとするのも無理はない。
吸血鬼になる以前。ヴラドとして、まだ人間として生きていたあの頃から、誠実さに欠けることだけは疎んできた。
不誠実な輩は平民・貴族を問わず、串刺しにしてきた。そのおかげでついた名が『ツェペシュ』だ。
専制君主としての強い自尊心。今思えばまだまだ若い自己の価値観の範囲内であったが、それでも厳格な正義感というものがあった。
その本質、根幹部分は、バケモノと成り果てた今でも変わっていない。
当然のことであるが、気が付くまでは知らなかった。回転を見切り予測するのも、自分の能力ではある・・・・・・。
だがしかし、吸血鬼のそれは人間のそれとは違う。少し見極めるだけで見切ることは可能となり、事実チップを大量に稼いだ。
人間と吸血鬼では、その前提が違う、立っている土俵が違う。吸血鬼ならば『一の努力』で済むところが、人間には『百の努力』が必要なのである。
故に人間である相手が必死に身に着けた"技術"と比較すれば、吸血鬼である自分が一朝一夕でおこなった"見切り"は不誠実と言えるかもしれない。
(でも・・・なんかムカツク)
アーカードは最初の倍々ゲーム時、二回目のベットが終了するギリギリまで見極めをしていた。
一度球が放り込まれた後は二回目のベット終了の合図以外に、ディーラーはテーブルにその手すら触れていない。
なによりアーカードが赤黒賭けの倍々ゲームで、チップを稼いでいた時は為されるがままだった。
つまり一度球を放ってしまったら、それ以降操作できないのだ。
なればこちらが二回目のベットで賭ければ単純な運勝負。球の入るところを見切れば、容易に勝てることだろう。
が、カラクリに気付いた今、それを自ずから進んでやることは・・・・・・ありえない。
しかし単純に運や勘で勝負するのも、少々興が殺がれる。
アーカードは考える。運でなく、能力でなく、その上で勝つ為に。
「・・・・・・勝負だ。次の賭け、次の一回で、何もかも一切合切、決着をつけよう」
「は?」
「次に私は二回目のベットで、残りのチップを全て賭ける。ちと少ないがの、私が勝ってもここでの勝負は終わりにする」
その言葉に周囲がどよめいた。
それから、ディーラーにだけ聞こえる声音でアーカードは続けた。
「ちなみに最初の時のような真似は二度としない、正々堂々勝負するつもりだ」
アーカードは足を組みかえると、唇の端を上げる。
「お前は・・・好きにするといい、赤か黒か。二回目のベットならどうしようもないだろう?」
ディーラーの目が細まり、同時に顔が険しくなる。
目の前の少女は・・・・・・自分が狙った所に球を放り込めることに気付いている。
「一体何を言っているのか、手前にはわかりかねます。が、勝負というのなら全身全霊でお受けしましょう」
「そうこなくちゃな。貴様のプライドと私の意地、最後の対決だ」
二人の言葉に、場がヒートアップしていくのがありありと感じられた。
「ぁあ~それと、勝負の前に一つだけ聞いておきたい」
「・・・なんでしょう?」
他の客の手前、余計な事を言われるのではないかとディーラーはヒヤヒヤしたが、なんてことはない質問であった。
「これ以外の、他のギャンブルは担当しているか?」
「いえ、これのみですが?」
アーカードは「そうか」と、一言だけ呟いた。
ディーラーは思い出す。最初の倍々ゲームの時の、あの連続した当たりは運や確率では考えられない。
それに少女は言った、「最初の時のような真似は二度としない」と。なんらかの方法で、赤と黒のどちらに入るのかを見通していた。
その方法までは定かではないが、何かをやっていたのは確かのようだ。
ディーラーはさらに思い出す。球が放り込まれた後、球や盤を見るのは当然である。だが思い返せば普通の客以上に、見つめていたような気がする。
俄かには信じ難いが、二回目のベット終了直前まで見極めて、球が入るところを予測していたのかもしれない。
そんな荒業をやっていたのかもしれない少女は、今目の前で腕を組んで瞳を閉じていた。
他の客は空気を読んでいるのか、誰もベットする様子がない。
これは正真正銘の一騎打ち。先の言葉からもそれが窺える。自分のプライドに賭けても、この勝負に負けるわけにはいかない。
しかし・・・・・・宣言したとはいえ、目を瞑っているとはいえ、少女が天命に任せているとは限らない。
油断させておいて、こちらが放った瞬間に目を開けて見極めるやも。他に協力者がいて合図を送っている可能性だって有る。
ディーラーは考える。確実に勝つ為のポケットを。
赤黒を当てられるということは、数字も当てられるのか?しかし、倍々ゲームの時は何故か赤黒のみに賭けていた。
ディーラーはさらに考える。実際には正確に予測しているわけじゃない?
赤黒に賭けておけば、はずれたとしても確率はほぼ1/2だ。倍々ゲームの時は運もたまたま良かったのかもしれない。
考えても考えても思考がまとまらない。いずれにせよ、赤黒を連続で当てたという事実だけは存在する。
少女も「赤か黒か」と言っていた。ならば球を放り込むべき場所とは――――――。
勢いよく球が盤面を回転した。
ディーラーは球を放った瞬間に手応えを感じた。自分が積み重ねた技術、間違いや奇跡など起こらないその渾身の一打。
その瞬間少女に目を移す。目の前の少女は未だ目を瞑っていた。宣言通り正々堂々、運でもって勝負する気のようだ。
と、思うと少女は口を開き喋りだした。
「技術があるから場をコントロール、ひいては支配する事ができた」
アーカードはパっと目を見開き、残った300エキュー分のチップを"その数字"へと迷いなくベットした。
「だからこそプライドがあるだろう、そして焚きつければきっと勝ちにくるだろう」
ディーラーの顔が青ざめていく、二回目のベット終了を告げる合図も忘れる。アーカードは言葉を続けた。
「ただでさえルーレットは、運の要素が強いゲームだ。ゆえに相手の心理を読む事に慣れていない、さらに技術があるから必要に強いられない。
そこに、間隙がある。赤か黒か、運では負ける可能性がある。なれば考えるだろう、勝つ為のポケットを。そして操作をするだろう、そのポケットへ」
ディーラーは呆然と・・・・・・回転する球と盤を見つめていた、アーカードの講釈も既に耳に入っていないかもしれない。
「それにさっき、確認したな?このルーレット以外に他の担当はしているのかと。
まぁ元々これほどの技量を持つお前だ、他のゲームの担当に割り当てられているとは、思っていなかったがな」
コロコロと球の勢いが落ちていく、ゆっくりとボールは"そのポケット"へと吸い込まれた。
「もっと精進することだな、でないとこうして足を掬われる」
300エキュー分のチップは一気に35倍となった。観客は感嘆の声を上げ、めいめいに拍手を打ち鳴らす。
ディーラーは放心していた。自分の技術に間違いはない、それはわかっていたことだった。
奇跡が起こってズレたりすることはなく、寸分違わず"そこ"に球は入った。
少女アーカードの主人を象徴する、その"0"の数字に――――――。
◇
カジノにある一通りのギャンブルを楽しんだ後、アーカードは一旦タバサに会うことにした。
ホール内を探してもいなかったので、係員に聞くと部屋で休んでいるらしかった。
案内された部屋の前でアーカードが扉を開けようとすると、自動的に開いた。
「おっと、これは失礼致しました」
控えめに言っても美形だろう、その青年は丁寧に会釈をしてカジノ場へと歩いて行く。
(今の男・・・・・・なかなかできるの)
咄嗟の事にも対処し、動けるように意識せず置かれた重心。
それが自然となるまで身についたその歩き方、それなりに鍛えた者だろうと推察する。
「おっ、いたいた」
その言葉に、部屋のベッドに腰掛けて本を読もうとしていたタバサは顔を上げる。
「ここにいると聞いてな、休憩か?」
タバサは頷き肯定した。
「さっきの男は何者だ?」
「・・・・・・昔の、知り合い」
それだけ言うとタバサは本を開き読み始める。
「昔馴染みか」
「危険な香りのする給仕なのね!強いし、口も上手いのね!!」
「あぁ・・シルフィード、いたのか」
「なっ!?いくらなんでもそれはヒドいと思うのねっ!」
シルフィードは大袈裟なリアクションで抗議する。
「まあいいのね、シルフィもそういう事よくあるのね。えっと・・・それで、さっきの男はおねえさまの―――」
「余計なことは言わなくていい、うるさい」
タバサは本に視線を向けたまま口を開いた。
「おねえさま、なんかシルフィに対してヒドいのね!さっきも少し黙っててとか、人権侵害ってやつなのねっ!!」
シルフィはプンプンと怒り出し、タバサは我関せずといった涼しい表情で一言告げる。
「人じゃない」
「えっと・・・・・・じゃぁ・・竜ッ!竜権侵害なのねっ!!!」
「まぁそれはどうでもいいとして、任務の方は順調か?」
アーカードはシルフィードを無視して、話を振る。
「これこれ!お姉さまこんなに稼いだのね!!」
シルフィードは新しい話題にすぐ心を移し、嬉々と小切手をアーカードに見せる。
「なんだ?なんで小切手なんか・・・・・・」
「お肉!いっぱいお肉買えるのね!」
「ほぉ、私より稼いでいるな」
タバサには賭博の才能があるようだ、この調子なら任務は案外簡単に完了するかもしれない。
「勝負は引き際が肝心なのね。もう帰ってお肉を買うのね」
「・・・・・・まだ終わってない、それはもう一度チップに換える」
「あの男がわざわざ小切手にしてくれたんだから必要ないのね!勝ち逃げするのね!」
「なるほど、昔馴染みが小切手にして持ってきてくれたというわけか」
これ以上カジノ側の損失を防ぐ為に、穏便に済ます為に持ってきたのか。
それとも・・・・・・タバサがこれからイカサマで負けることを見越して、それが忍びないという老婆心からか。
「そうなのね、いい人なのね。これからお姉さま勝てないから、早く帰った方がいいって持ってきてくれたのね」
(後者か・・・親切なことだ。『勝てない』ということは、やはり何か裏があるのは確実か)
「イカサマを見つけて潰すことが任務、まだ帰るわけにはいかない」
「そうだな、ちなみに大凡のギャンブルを回ったが、めぼしいイカサマはなかったと思うぞ」
「サイコロの方も、してなかった」
少しの間沈黙が流れる、思うところはタバサもアーカードも一緒であった。
「やはり、ギルモアか」
タバサは本を閉じてゆっくりと頷く。
「かなり稼いで目をつけられた、多分そろそろ勝負をしてくると・・・思う」
「なるほど、本番前に休んで英気を養っているわけか」
大勝したタバサをして勝てないと、小切手を持ってきたのだ。
いよいよもって油断するわけにはいかない。疲れも当然残していてはいけない。
「シルフィも頑張ってイカサマを見つけてやるのね!」
「無理」
「無理、じゃないか?」
タバサとアーカードの同時にハモったツッコミがシルフィードに突き刺さる。
「ひどいのねッ!!!!!」
意気込むシルフィードは憤慨し、部屋を出て行った。
※補足
史実ではヴラド公は実際に地主貴族を集めて何人も串刺しにしましたが、
本来串刺しは磔刑の一種で、身分の低い者が重い犯罪をした時にのみされるものであり、
その行為に対するヴラドへの強い反発もあり、以後配慮をして斬首刑に切り替えているそうです。
尤もHELLSINGに於けるアーカードは、多分そんなの関係なく串刺しにしてたような気がします。
文章の中で語弊があるといけないので、ここに注釈しておきます。
◇
暫くして、充分に休んだタバサとアーカードがカジノ場へと戻る。
するとすぐさま笑みを浮かべた支配人のギルモアが、小走りに近付いてきた。
「これはマルグリットお嬢様、アーカード様、お待ちしましたぞ!」
「やっぱりチップに換えて」
わざわざ小切手にして持ってきてくれた、トーマスの気遣いを踏みにじらないよう、さも心変わりしたようにタバサは言った。
「いやはや、さすがです!我々もお二人のような、お強い方々と戦えることを誇りに思います」
そう言うとギルモアはパチンと指を鳴らした。やや沈んだ表情でトーマスが歩いてくる。
「そんなお二方の為に、VIP専用の特別なギャンブルをご用意させていただきます」
ギルモアはトーマスに目配せすると、一歩進み出た。
「では・・・アーカード様はこちらへどうぞ。私がお相手いたします」
「マルグリットお嬢さまは私がお相手しましょう」
タバサとアーカードは視線を交わす。
思ったより早くギルモアが出てきた、あとはイカサマさえ見つければ任務完了である。
◇
アーカードは個室へと通された。
小めのテーブルと二つの椅子、そして棚があるだけの簡素な部屋。
しかしそれら全てがシンプルながら、高価なものであることが素人目にもわかる。
トーマスは棚からいくつものギャンブルが書かれた紙のリストを取り出し、アーカードに渡す。
「そちらがリストになります。なにかご希望はございますか?アーカード様」
椅子に座り、足を組む。ずらっと文字が並べられたリストに目を通す。
「マルグリットお嬢さまとは知り合いらしいの」
紙を眺めながら、アーカードは繋ぎに話を振る。
「えぇ、昔私の父がコック長をしておりまして。まだ若かった私はお遊び相手をしておりました」
(ルイズとアンリエッタのような関係に少し似てる・・・・・・な)
「なぜシャルロット・・・いえ、マルグリットお嬢さまは何故お帰りいただけなかったのでしょうか」
「その為に部屋にわざわざ来たというわけか」
「・・・・・・これ以上は決して勝てません。だから――――」
「かつての恩義から小切手にして、帰るよう進言したと」
アーカードはフッと笑って言った。トーマスは目を細め、納得いかないという顔をしている。
「はい、ギルモア様が相手をする以上・・・・・・絶対に勝てる筈がないのです」
「イカサマか?」
リストをテーブルに置く、トーマスを射抜くように見つめながらアーカードは聞く。
「・・・・・・私からは何も申し上げられません」
トーマスは目を瞑り、やや澄ました顔で黙する。
「・・・・・・我々は、勝ち負けにはさほどこだわってない」
「単に、楽しむ為だと・・・?」
アーカードはうんうんと頷く。任務を決して悟られないよう、顔にも声色にも一切油断は見せない。
トーマスは腑に落ちないといった表情を浮かべていたが、すぐに営業用の笑みをつくった。
「ご希望のギャンブルはございましたか?」
「そっちも見て構わんか?」
アーカードはそう言って棚を指差す。
「えぇ、どうぞ。ゆっくりお選び下さい」
アーカードは棚にしまってある、いくつものギャンブル道具を一つ一つ手にとって見ていく。
『ルーレット』のように、アーカードの世界と差異がないものは、に名称がそのまま翻訳されて頭に入ってくる。
一方でギルモアが不正を働いているという『サンク』というゲーム。
トランプではなくこの世界のカードを使うポーカーのようなもので、それは新たな単語として耳に入ってくる。
リストにもそういった名称の違いが顕著に表れていてた。
今まで吸ったハルケギニアの人間の記憶からわかったことだが、名称こそ違えど似通ったルールのゲームもいくつかある。
余談だが、特に本などを読んでいると書いてある文章と、実際に頭に入ってくる意訳はまた違っているのだ。
自分がガンダールヴだからなのか、深く考えても仕方ないのだが、翻訳機能とは実に便利なことであった。
「お決まりになりましたか?」
「そうだな、チンチロリン」
そういえばサイコロを使用したギャンブルはやっていなかった。
タバサが既にやっていたので、イカサマを調べる必要がないと踏んでいたからである。
「かしこまりました」
トーマスは棚から丼とサイコロを取り出してくる。
『チンチロリン』、サイコロを三つドンブリに投げ込んで、その目で勝ちが決まる博打。
名称がそのまま頭に入ってくるものを選んだ為、当然基本的なルールは変わらない。
賭け金は青天井。親は交代制だが、金額は常に客が決められるようになっている。
出目の倍率は通常の勝ちで一倍、123は二倍払い、456は二倍。1のアラシ、即ちピンゾロは五倍。それ以外アラシは一律三倍であった。
ざわ・・・・・・ざわ・・・・・・
十回を越えた時点で数えるのはやめた。これでもう何回目の貼りになるのか、トータルするとかなり負けていた。
たった今も結構な額を張り、負けてしまった。
(むぅ・・・・・・なんかここぞという時には負けてる気がする)
その時、アーカードに電流走る―――!
最初にやったルーレットを思い出す。負けが少々露骨だった上に、ディーラーのふとした吐息のおかげであの時は気付けた。
だが、今はどうだ?トーマスのポーカーフェイスは完璧で、表情から感情は読み取れない。
話術にも長けていて、客を飽きさせない。今までやってきて別段不自然なことも感じられなかった。
(何もやっていないだけか・・・、それともこやつが悟らせないほど上手いのか・・・・・・)
他のギャンブルをやっていた時も、似たような状況はあった。
ここから持ち直して勝てる可能性も当然有るかもしれない、だが――――。
(確認してみる価値はある)
トーマスがなかなかに楽しませてくれてるので思わす忘れていたが、自分とタバサは二人揃ってチップを相当数稼いでいる。
ギルモアとトーマスがそれぞれチップを回収しようと、何かしらのカラクリを用意している可能性は非常に高いといえる。
親はトーマス、アーカードは軽く張った。
今まで気付かれず何かをやっているとすなら、トーマスはやり手だ。二回連続で勝負に出れば、必ず訝しむに決まっている。
まずはさっきまでと同様に普通に張って頃合を見る、大きく張るのはその後だ。
(看破できるタイプのイカサマだったらいいが、ルーレットの時のように技術とかだったら困りものだな・・・)
何回か続けてアーカードの親番、賭け金は常に客側が自由に決められるのでここで大きく張った。
今アーカードがやや勝ちしている流れ、くるとすればそろそろと踏んでのことだ。
「では振らせてもらおう」
ドンブリにサイコロを放り込む。2、5、2、出た目は五だ。
「なかなかの目でございますね」
トーマスの言葉に黙ったまま、サイコロの入ったドンブリを自分の手元まで引き寄せる。
ざわ・・・・・・ざわ・・・・・・
「アーカード様は一体どのような功績で若くしてシュヴァリエに?」
そう言いながらトーマスはサイコロを振る。
「ん?あぁ・・・・・・とある元メイジの盗賊を捕まえてな」
「元メイジの盗賊を?ですか」
アーカードが肯定しようとした瞬間、サイコロの回転が止まる。
出た目は5、5、5、ゴゾロ。三倍づけであった。
「アーカード様は五、私は五のアラシですので私の勝ちでございますね」
ざわ・・・・・・ざわ・・・・・・
「何という名の盗賊を捕まえたのですか?」
「・・・・・・いや、言うほどのことでもない」
「謙虚なのですね」
トーマスは会話を続けながらチップを計算し、ゆっくりとサイコロを拾った。
アーカードは受け答えしながらも、この一回に限っては神経を集中させていた。
だからこそ気付く、その小さな綻びに。一つ一つ組み立てられた勝ちへの仕組み。
見たのはほんの数秒であるが、吸血鬼の目だからこそ捉えられた――――――そのカラクリ。
(なるほどなァ・・・むかつくが、感心せざるをえまい。技術ではなく明らかなイカサマだが・・・・・・許してやろうじゃないか、その寛容な精神で・・・!)
アーカードは表情に出さず、心の中だけでこれ以上ない邪悪な笑みを浮かべた。
「では続けて、私の親でございますね」
賭け金を決める、またも大きく張った。
トーマスは特に反応を見せず、サイコロを振った。一回目は目なし、二回目で出た目は四。
さすがに連続でイカサマを仕掛けてくることはなかった。
次にアーカードが振った。出た目は、1、1、1、ピンゾロ五倍づけ・・・!
ざわ・・・・・・ざわ・・・・・・
「さすがですね、アーカード様」
先ほどの負け分を取り返して余りある。トーマスはポーカーフェイスを崩さない。
博打なのだから確率的にもあって当たり前。驚くほどのことでもない。
「私の親番・・・だな」
アーカードが唇の端をあげる。
「残った全てのチップを賭けようか」
そう言ってもトーマスの表情は微塵にも動かない。
「全てですか・・・先ほど勝った分を含めて6200エキューですね、負けてしまいましたら終了となりますが・・・よろしいのですか?」
(ほォ・・・これでも平静を保つか、よく訓練されてることだ)
「構わん、全てだ」
「・・・・・・かしこまりました」
トーマスに手番が回ってくる事はなかった。何故なら、親であるアーカードが出した目がまたもピンゾロだったからだ。
6200エキューの5倍づけ、即ち31000エキュー分のチップに一気に膨れ上がる。トーマスがようやく驚愕の顔を浮かべた。
「くっくっく・・・ようやくお前のいい顔が見れた。目には目を、外法には外法を、イカサマにはイカサマだ」
「な・・・・・・ッッッ!?」
トーマスはアーカードの言う事にさらに驚きを禁じえない様子であった。
確率ではなく、なるべくしてなった結果、負けるべくして負けたのだと。
「ミス・ディレクションのおかげで全然気付けなかったよ。まさかジゴロ賽とは」
「全て・・・・・・お見通しですか」
トーマスは大きく息を吐き、観念したように呟いた。
「マルグリットお嬢さま・・・・・・シャルロットさまが幼き頃、得意の手品を使って楽しんでいただいてました」
トーマスは郷愁の入り混じった笑顔を浮かべる。
「なるほど。ミス・ディレクションも、すりかえに必要な器用な指先も、お得意だったわけか」
トーマスが「えぇ」と頷き肯定する。
「しかしよくできた賽だ、一方向から見たらなんの矛盾もないのだから」
アーカードはジゴロ賽を手に取って、コロコロと弄ぶ。
「普通の人間じゃ、コレが回転していても見極められよう筈がないが・・・。念には念をか、違和感を覚えてサイコロを改めるということくらいはあるかも知れんしな。
尤も、私ならば例え回転していたところで、その様子を見てさえいれば、ジゴロ賽を見抜くことなど造作もなかった。
だが巧みな話術でもって、意識をそらすというミス・ディレクションのおかげで、全然気付けなんだ。大したものだよ。
勝負所では必ず会話を途切れさせることなく、さらには質問で受け答えをさせるようにしていた。視線を自分に向けさせて、決して悟られぬことのないように。
三回あるサイコロを振るチャンスも最大限利用し、最も効果的タイミングを狙い、目が出た後も決して焦らず会話を続けチップを計算。
自然な流れを保ちつつ何気なくサイコロを回収する。本当に見事な手際だ、物的証拠であるイカ賽など真っ先に回収したくなるのが人の心理だというのにな」
トーマスの顔が少し険しくなった。
「回転している賽を見抜く・・・。ルーレット担当から話は聞いていましたが、まさか本当に・・・・・・」
「なんてことはない芸当だ。回転する賽を見極めるのも、狙った出目を出すことも、私にはな」
「ふぅ・・・・・・文句なく貴方様の勝利です、アーカード様」
トーマスは深く頭を下げた。
「その礼は誠意のつもりか?私に誠意を見せたいなら焼き土下座くらいしてもらわんと」
「焼き土下座・・・?それは一体どのような・・・・・・良い印象はありませんが、私に出来ることであれば――――」
「ククッ、焼き土下座は冗談さ。はっきり言って、心底感心したよ。ルーレット担当の奴とは別のベクトルでな」
アーカードは足を組み直し、柔らかな笑みを浮かべた。
「丁寧に積み重ねられたロジック。お前はそれを一切崩さず、さらに揺るぎないものに昇華させた。技術・話術・判断それら全てが見事だった。
ルールで五ゾロ、六ゾロあたりを最高の役、安易に最高倍率にせず一番強い目をピンゾロにする配慮、これも素晴らしい。
そうしておけば印象がぼける・・・・勝つには勝つがそう奇跡的ってわけでもない印象、演出になる。それと、イカサマ行為については別に咎める気はない」
アーカードは一拍置いてから続ける。
「私は私で少々やらせてもらったからな」
「ありがとうございます」
「・・・・・・ところで一つ聞きたいのだが、リストにあったギャンブルから私は無作為にチンチロリンを選んだ。
マジシャンズ・セレクトはされてない筈だが・・・・・・リストに書いてある全てのギャンブルにイカサマが用意してあったのか?」
「全てがイカサマというわけではありません、私の技術を応用したものもあります。ですがどれを選んでも勝敗を調整する事が可能です」
「なるほど。つまりここは儲けた客から搾取する為の特別室、ということか」
「噛み砕いて言えば・・・そうなりますね」
アーカードはゆっくりと立ち上がって、大きく伸びをした。
なんだかんだで結構長引いてしまった、そろそろタバサの様子も見ておきたい。
勝つにせよ負けるにせよ決着がついていてもおかしくない時間だ。
「とりあえずゲームは終了だ、マルグリットお嬢さまのところへ行きたい」
トーマスは少し考える。ギルモアに言われてアーカードのチップを毟り取る筈だったが失敗。
イカサマがバレてしまった以上、続けられる理由もなし。なによりもうアーカードに勝てる気がしなかった。
最早自分が止められる理由はない。
「かしこまりました、チップの方はいかがいたしますか?」
「そのまま持ってきてくれ」
アーカードとトーマスは連れ立って、タバサの元へと向かった。
ちなみに、
ミス・ディレクション:一箇所に注意を向けさせて、本命の種を隠すことです。
マジシャンズ・セレクト:相手が自分で選んだように思っても、実際にはマジシャン側が誘導していることです。
#navi(ゼロのロリカード)
#navi(ゼロのロリカード)
&setpagename(ロリカードとギャンブラー-1)
「ド・サリヴァン家の次女、マルグリット」
「アーカード・シュヴァリエ・ド・ツェペシュです」
タバサとアーカードとシルフィードは、カジノの潜入任務にやってきていた。
例によってアーカードは半ば無理やりついてきたようなものであったが。
潜入任務で怪しまれない為に、アーカードはいつもの少女姿ではなく青年姿でやって来た。
正装をして好青年風の仮面を被ったアーカードは、非情に優秀な執事にでも見えようか。
「ありがとうございます、マルグリット様。アーカード様は・・・・・・シュヴァリエと?」
「ええ、マルグリットお嬢様お付きの騎士をやっております。そしてこちらは世話係の――――――」
「シルフィなのね」
先住魔法の『変化』によって人型に化けたシルフィードが名乗る。
「ははぁ、なかなかお強そうで。一体どのような功績を?」
「剣を少々・・・・・・。今日はお嬢様と一緒に、楽しませていただきます」
アーカードは、普段の様相からは考えられないほど柔らかく微笑んだ。
その丁寧な物腰も相まって、マルグリットご一行は非常に高貴な者達に見える。
「ありがとうございます、存分にお楽しみください。マルグリット様、アーカード様、シルフィ様」
そう言ってギルモアは踵を返し去っていった。
順当に潜入することが出来たタバサ達は、まず持ってきた金貨をチップへとかえた。
「順調に入り込めたな」
タバサは頷く。アーカードもわざわざ変身した甲斐もあったというもの。
少女姿でシュヴァリエであったなら、無用な猜疑心を抱かせていたことだろう。
かと言って偽名を使おうにも、別々の家の少女二人とお供でカジノにやって来るなど、勘繰られる可能性があった。
「後は別々でも大丈夫だろう。それじゃ、私は私で楽しませてもらおう」
アーカードは今回、厳密には任務の協力者という立場ではない。
ただ楽しみたい、それだけの理由でついて来た。
今回の任務は、カジノの支配人ギルモアがイカサマをやっているのでそれを暴くというもの。
『サンク』と呼ばれるゲームで、ここぞという時にやたらと引きが良くなると。
ギルモアのイカサマを見破り、恥をかかされた貴族達に巻き上げられた金を戻す。
故に特段アーカードの助力は必要なく、純粋に楽しんでもらって構わない。
任務内容を反芻したタバサは、まずは元手を増やす為にサイコロ賭博のテーブルへと向かう。
アーカードは適当にルーレットを選び、シルフィはどれにしようかと右往左往しながらあれこれ悩んでいた。
◇
アーカードはルーレットのテーブルの近くで、まずは立ち見しながら見渡した。
数ゲームほど様子を見つつ、自分のいた世界のルーレットとは特に差異が無いことを確認する。
高レートのカジノで楽しむにはまず豊富なチップが必要である。
あっという間にすってしまう可能性もあるし、ちまちま賭けていてはスリルも面白味もない。
兎にも角にもある程度大量のチップがあった方が、なにかと張りが出るというもの。
しかしアーカードの手持ちは、一介のシュヴァリエの年金の1ヶ月分。
金額にして40エキュー強をチップに換えたに過ぎないので、非常に心許ない。
眺めるのをやめてアーカードはテーブルにつく。
最初にゲームの様子を見たのは、ルールの確認だけではない。
ルーレットの回転盤と球の回転を見極める意味もあった。
アーカードは球が放られた後の二回目のベットタイム終了直前で賭ける。
2、25、17、34、6。チップを一枚ずつ、一目賭けをする。
球が入った先は・・・・・・17。他の客から一喜一憂する声が聞こえる。
5枚のチップを使い、36枚のチップが返ってくる。
「幸先がよろしいようですね」
ディーラーが営業スマイルを浮かべながら、アーカードに向かって口を開く。
「あぁ」
アーカードは生返事をしながら考える。
(もう少し範囲を狭めても問題なさそうだな)
アーカードの動体視力は回転する球と盤面を正確に捉え、そこから最終的に入るだろう箇所を予測していた。
それまで見ていた回転とその結果を基にし、おおよその見当をつけていただけなので少々不安があった。
狙いポケットとその周囲4つの計5つに賭けたが、3ポケット分くらいでも問題なさそうである。
◇
球と円盤の回転を鋭く見ながら賭けていると、いつの間にか12000エキュー分ほどのチップにまで膨れ上がっていた。
(やり過ぎだか・・・・・・)
周囲は大歓声である。たかだか40エキューが、ものの数回のベットで300倍になったのだ。
3ポケットにして賭け金を増やし、賭け金と賭け金の35倍、合わせて36倍の払戻金である。
アーカードのベットにあやかろうとする者も出てきそうであったので、頃合と見てストップする。
そしてアーカードは二回目のベットをやめ、純粋に楽しむ為に一回目のベットで賭け始めた。
しかし一回目のベットで賭けていると、配当が大きい時に限ってやけに連続ではずし始める。
楽しむことを目的としていた為に、さらには不必要に大きな額で賭けていたりもしたので、そこまで気にもしない。
負けてはいるものの、確率的には十分ありえるレベルである。
小勝ちと大負けを繰り返し、気付けば12000エキュー分はあったチップの内、10000エキュー分はすってしまっていた。
さすがに訝んでいると、吐息が耳に入る。
「ふゥー・・・・・・」
それは通常、客には聞こえない小さいもの。しかし、吸血鬼であるアーカードの耳には、しかと聞こえた。
予定通りに事が上手く運んだ、そんな安心したような一息。
その時、アーカードに電流走る――――――!
少しだけ思考を巡らす。直感でしかないがナニカ作為的なものを感じた。
アーカードは沸き上がった疑問を確かめるべく、800エキュー分のチップを分散させて賭ける。
32、21、34、36、23、16、14、18。100エキュー分ずつ1目賭け。
ディーラーは球を放り込む。2回目のベットタイムも終わり・・・・・・球は赤の12へと入った。
(なるほど・・・・・・)
100エキュー分のチップ、どれか一つ当たれば配当は36倍。当然ディーラーにとっては回避したいところである。
はずれたことに対して意味はない。ただ"確かめる必要"があった。その為の配置とベット。
相手の表情、その挙動、そして大きく張った時に必ず狙いからはずれる球。
このディーラーは、ある程度コントロールして球をポケットに落とすことが出来るのだ。
イレギュラーを考えれば、確実に狙った場所に球を落とすのは難しい。
しかし数ポケット程度の誤差であれば、修練と経験で十分に操作可能である。
限りなく精度を高くして、要所要所をきちんと抑える。それだけでカジノ側の大負けは防げる。
先ほどの賭けた配置は、盤面の数字の並びに気を遣った配置。
3ポケットおきの数字に賭け、一定の区間だけにベットしていない空白を作った。
もしも操作できるのであれば、間違いなくその空白区間に入ると踏み、実際にそうなった。
あとはディーラーの動きそのものも含めて見れば、疑惑を確信に変えるのには十分過ぎる材料であった。
ここぞという時にはほんの僅か、注視しないと気付かない程度に溜めをつくっている。
それはもったいぶっているわけではなく、一定して回転する盤面に対して玉を放り込むのを合わせているのだろう。
だが実のところそれは、狙った場所に球を落とす為の技術なのだ。イカサマではあるが、それは技術に裏打ちされたもの。
であるならば、それを咎めるのは憚られる。証明することも不可能である。
(ここまでチップが減るまで気付かんとは・・・・・・耄碌したかな)
アーカードは自嘲気味に笑う。
それにしてもかなりの練度だ、おそらく己の技術に相当な自信を持っている筈。
重圧の中で、一投一投に全神経を集中させてるのだろう。
とてもとても立派なことだ、安易にイカサマに走るわけではないのだから。
確か水魔法の一種で、『&ruby(ギアス){制約}』というものがあった。
禁止されている魔法であるが、特定の状況下で簡単な命令を強制させるというもの。
例えば、操作出来ることをいいことに"客と共謀してカジノ側に損害を与えるイカサマをした"時にそれを支配人に報告する。
といった制約を魔法で刻み込めば、球の落ちる場所を操作出来るディーラーというのは非常に有用な人材である。
この技術はきっと血の滲むような地道な努力をして身につけた筈だ。
本来ならば、全体のバランスを考えながら適度に場をコントロールし、客を楽しませるのだろう。
それにひきかえ、己は吸血鬼の能力にあかせた半ば反則のような行為で元手を増やした。
自分が一回目のベットで賭け始め、ディーラーが多少怪しまれようとも、負けた分のチップを露骨に回収しようとするのも無理はない。
恐らく欲の皮の突っ張った支配人のギルモアに、きつく言われているのかも知れない。
それに最初の快勝をディーラー側から見れば、むしろこちらのイカサマが疑われても仕方ないのだ。
吸血鬼になる以前。
ヴラド公爵として・・・・・・まだ人間として生きていたあの頃から、誠実さに欠けることだけは疎んできた。
不誠実な輩は平民・貴族を問わず、串刺しにしてきた。そのおかげでついた名が『ツェペシュ』だ。
専制君主としての強い自尊心。今思えばまだまだ若い自己の価値観の範囲内であったが、それでも厳格な正義感というものがあった。
その本質、根幹部分は、バケモノと成り果てた今でも変わっていない。
回転を見切り予測するのも、自分の能力ではある・・・・・・。
だがしかし、吸血鬼のそれは人間のそれとは違う。少し見極めるだけで見切ることは可能となり、事実チップを大量に稼いだ。
人間と吸血鬼では、その前提が違う。立っている土俵が違う。吸血鬼ならば『一の努力』で済むところが、人間には『百の努力』が必要なのである。
故に人間である相手が必死に身に着けた"技術"と比較すれば、吸血鬼である自分が一朝一夕でおこなった"見切り"は不誠実と言えるだろう。
(だが・・・・・・例え技術でも、イカサマはイカサマか)
アーカードは最初、二回目のベットが終了するギリギリまで見極めをしていた。
一度球が放り込まれた後は二回目のベット終了の合図以外に、ディーラーはテーブルにその手すら触れていない。
なによりアーカードが最初にチップを稼いでいた時は為されるがままだった。
つまり一度球を放ってしまったら、それ以降操作出来ない。
なればこちらが二回目のベットで賭ければ単純な運勝負。
球の入るところを見切れば、また容易に勝てることだろう――――――。
――――――しかし、それではつまらない。
ディーラーの"技術によるイカサマ"と、吸血鬼の"イカサマのような見切り"。
カラクリに気付いた今となっては、どっちもどっち。
こっちがやって、あっちがやり返し、両成敗のようなもの。
勝とうと思えば一方的に勝てるが、それではアンフェアというもの。
しかし単純に運や勘で勝負するのも、少々興が殺がれる。
「そろそろ飽きてきたな。楽しませてもらったよ、ありがとう」
一つ面白いことを考えついたアーカードはそう言うと、手持ちのチップと共にテーブルを立つ。
ディーラーは会釈をして、アーカードを見送った。
◇
アーカードは人知れず、青年姿から少女姿へとなっていた。
既に潜入している為に、今はもう少女姿であっても問題はなかった。
"作戦"の為にアーカードはタバサの姿を探す。
タバサの姿を見つけたと思えば、サイコロ賭博で大勝ちをしていた。
勢いに乗っているところであったし、そういえばタバサは任務もある。
邪魔をしては難だと、アーカードはタバサの近くではしゃいでいるシルフィードに目をつけた。
「シルフィードを少し借りてゆくぞ」
「わっ!」
シルフィードはいきなり現れたアーカードに驚きの声を上げ、タバサは一瞥だけすると黙って頷いた。
アーカードが青年から少女に変化していることも、さして気にした様子はない。
「え?なんなのね?」
アーカードはシルフィードを引っ張っていき、人目のつかぬところまで連れていく。
「シルフィード、私に協力して欲しい」
「いつものアーカードさんなのね、シルフィで良かったらいつでも力になるのね!!」
無駄に自信満々なシルフィードに少し不安を覚えるが、アーカードは微笑んで説明する――――――。
◇
「よくわかんないけど・・・・・・よくわかったのね」
「・・・・・・、本当に大丈夫か?」
「意味はわかんないけど、シルフィがやることはわかったのね!」
そんなに難しいことを要求してはいない。アーカードも大丈夫だろうと楽観的に見る。
「それでは手筈通りにな、他人の振りも忘れぬよう」
アーカードはシルフィードに、手持ちの内から800エキュー分のチップを渡す。
「了解なのね」
ビシィッっと手を上げて、シルフィードは答える。
そしてアーカードとシルフィードは、別々に先ほどのディーラーがいるルーレットのテーブルへと向かった。
◇
「これはお嬢さん、ルーレットのルールはご存知ですかな?」
当然ディーラーには、先刻大勝した青年と、今眼前にいる少女が同一人物だとは気付く筈もない。
「失礼しちゃうわ、わたしを馬鹿にしていらっしゃるのかしら?」
「いえ・・・・・・申し訳ありませんでした。存分にお楽しみ下さい」
アーカードは高飛車な少女を演じる。
裕福な家庭で溺愛されて育てられた年相応の少女を。
「ねぇオジサマ?さっきから見てられないわね」
「ん?」
突然話し掛けられて、アーカードの隣に位置する髭を生やした恰幅のよい男性は疑問符を抱く。
当然少女とは面識のない他人。しかし負けが込んでいるのは、遠目で見ていたので知っていた。
「そんなんじゃ勝てませんわよ、ルーレットは。ぜーんぜん張りがなってないわよ、張りが」
「ははっ、お嬢ちゃんは随分と自信がたっぷりだね」
所詮は少女の戯言と髭の男は軽く対応する。
「当然よ」
「面白いね、手本を見せてくれないかな?」
「えぇ、教えてあげるわオジサマ。本物の技を!」
そう言うと少女は懐からチップを取り出す。
1エキュー分のチップを、一度目のベットタイムでそれぞれ並べていった。
「ほう、先張りかね・・・・・・」
アーカードは答えずにチップを丁寧に並べていく。
並べ終える頃には、0から36までの数字に一枚ずつチップが置かれていた。
「なんだ?37箇所全部の数字に一枚ずつ置いただけ?」
少女はにんまりと笑ったまま、それ以上賭ける様子はなかった。
「なあお嬢ちゃん、これだと確かに当たるけど・・・・・・一目賭けだから損しちゃうだろ」
「これでいいの」
「おいおい、ほんとにルーレット知ってんのかい?」
髭の男は嘲笑するように笑う。
「では参ります」
少女と男のやり取りを他所に、ディーラーは球を放る。
「お・・・・・・」
球は0の書かれたポケットへと落ちる。
「0です」
ディーラーは淡々とチップを回収し、それを配当する。
「次は"0"以外の36箇所に1枚ずつよ」
「あっ・・・・・・なるほど」
髭の男は思わず頷く。当たり数字を張りから削っていく。
つまり同じ数字に連続して当たりはないという、確率から見た必勝法。
「おわかり?オジサマ」
少女はチップを並べつつ言う。
「よくわかった、だけどお嬢ちゃん。最初の2回は様子を見てから賭ければ、最初のマイナス収支は削れるんじゃないか?」
「それじゃ駄目よ、わたしが賭け始めてからがリセットなの。遡ったらキリがないもの」
髭の男は鼻で笑う。それは嘲笑ではなく、微笑ましいものを見る感じであった。
「それがお嬢ちゃんのセオリーってわけね」
そうこう話している内に、球はポケットへと入る。
「赤の9です」
「ここからよ。ここからは賭け金を上げるわ。5エキュー分のチップを"0"と"9"以外の35箇所に賭ける」
「ほほォ・・・・・・そういうことか」
このタイミングで賭け金を上げれば、当然勝ちも増える。
額は少ないけど積み重ねる・・・・・・小額を数多く勝つ戦法なのだ。
「黒の26です」
「どう?オジサマ。次は"26"も外して、これからどんどん勝ちが増えてく寸法よ」
少女は予定通りと言った笑みのまま講釈を垂れる。
見れば簡単にわかるものの、「なるほどなるほど」と髭の男は相手をしてやった。
周囲の者達も、これからどこまでいけるのかと面白がって見ている。
ディーラーの目が細まる。
場は完全に少女のものと化し、他の者達が賭けにくい状況となっている。
性格も生意気で小憎たらしいことこの上ない。
ディーラーは手馴れた作業で球を放り込む。
(これで少しは大人しくなるだろう・・・・・・)
「あっ・・・・・・」
アーカードの漏れた声と、ギャラリーから「あ~あ」と感嘆の声が上がる。
球はチップを張っていなかった"0"の数字へと入っていた。
「残念だねえお嬢ちゃん。ルーレットってのは、こういうことがよくあるんだよ。
これで折角の少ない勝ちが一発でパーになっちゃったなー。どうするんだい?」
少女は歯噛みして涙を浮かべる。
「う・・・・・・ま、まだ残りのチップはあるもん」
そう言って少女は最後のチップを取り出した。
そして200エキュー分のチップを全て1エキュー分のチップへと細かくするよう、ディーラーに頼む。
チップを換えている間に、鮮やかな青色をした長髪の女性が少女の隣に座った。
800エキュー分のチップを手元に置き、様子を窺っているようであった。
「大丈夫、また"0"以外に5エキュー分ずつ。一から仕切り直せば大丈夫・・・・・・」
(諦めが悪いな、何の芸もなくまた10番以外の36箇所・・・・・・しかも後がない)
ディーラーは心の中で毒づくように思う。
「くっ・・・・・・見世物じゃないわよ!!」
少女は周囲の者達にまで当り散らす。
野次馬気分で見ていた客達は「やれやれ」と言わんばかりに去っていく。
ディーラーは冷ややかな瞳で少女を見つめた。
新たな客もテーブルについたところなのに、性懲りも無く場を荒らす。
(この短時間に、同じ数字に3回も落ちる筈はないと思っている・・・・・・)
「このゲームは安全よ・・・・・・3回は無い!大丈夫よ!」
自分に言い聞かせるように少女は何度も大丈夫と繰り返す。
そう、3回はありえない。だから5エキュー賭けていても問題ない。
変に保守的にならずここで勢いを作ってこそ、これからも勝っていける。
「いけるはず、その筈よ・・・・・・」
(くだらないセオリーにしがみつき、円滑なゲームを妨害する客を『技』で潰すのもディーラーの仕事・・・・・・)
新しく席についた女性も溜息を吐いている。ディーラーは決断する。
この場の秩序を守る為に、多少怪しまれようともここで取るべき手段は――――――。
「それでは参ります」
一定の回転を刻む盤面と、一定の速度で放られた球。
ディーラーは球を放った瞬間に手応えを感じた。
自分が積み重ねた技術、間違いや奇跡など起こらないその渾身の一打。
「0、26、32・・・・・・」
投げ込まれて二度目のベットタイムが始まると・・・・・・同時に少女が呟く。
それを僅かに聞き取れたのは、両隣にいた髭の男と青色長髪の女性のみ。
男の方はいきなり言い出された数字に疑問符を浮かべ、女の方がそれに呼応するように動く。
「のう、ディーラーさん」
「はい?」
「おぬしもそう思うだろう?そうそう"0"番に何回も落ちるわけはない」
「・・・・・・そうですね、経験上から言わせてもらえば何度かはありますが、そのようなことは滅多にあることではありません」
いきなり口調と声色が変わった少女の態度に訝しむも、ディーラーは予防線を張っておく。
「私はな、最初からこんな法則で勝とうとは思っておらん」
そこで恰幅のよい髭の男が気付いた。
少女を挟んで隣にいる女性がベットしている数字と、少女がやろうとしていることに。
"0"に400エキュー分のチップ、さらに"26"に200、"32"に200。"0"と、その両隣の数字・・・・・・っ!!
「&ruby(・・・・・・・・・){運で勝負していれば}、負けることもなかったろうに・・・・・・」
もはやルーレットを見極める必要もない。それ以前の一挙手一投足を見ていれば明らかであった。
長髪の女性が賭けた数字を見て、ディーラーは絶句する。
「こりゃあ・・・・・・」
髭の男も言葉が無かった。
少女は球がどこに落ちるかではなく・・・・・・最初からディーラーを自分に引き付けて、"そこ"に落とすよう誘導していた。
後からやって来て、このタイミングで賭けた長髪の女性も予定通りだったのだ。初めから全て打ち合わされていたのだ。
(何をやってたんだ自分は・・・・・・何を寝ボケていたんだ!!)
全体を冷静に見定め、場をコントロールし、秩序を保とうとしていたつもりが・・・・・・。
その実、眼前のこの少女に完全に操られていた。
少女は知っていたのだ。こちらが球の落とす位置を調整出来ることを・・・・・・。
言動や穴だらけのセオリーも、"ここ"に落とさせる為の布石。行動の一つ一つが勝利への試金石。
ご丁寧にもイレギュラーまで考えて、左右の数字にまで賭けていた。
コロコロと球の勢いが落ちていく・・・・・・。
ゆっくりとボールは"そのポケット"へと吸い込まれた。
「もっと精進することだな、でないとこうして足を掬われる」
シルフィードが賭けた400エキュー分のチップは一気に36倍となる。
ディーラーは放心していた。
自分の技術に間違いはない、それはわかっていたことだった。
奇跡が起こってズレたりすることもなく、寸分違わず"そこ"に球は入った。
少女アーカードの主人を象徴する、その"0"の数字に――――――。
(何のことはない・・・・・・自分はこの少女に、喰われてたんだ)
「やった!やったのね!!」
青髪の長髪女性シルフィードは、それまでの雰囲気と打って変わって子供のようにはしゃぐ。
チップの清算を終えて、最後にアーカードは告げた。
「ディーラーさん、あんた・・・・・・嘘つきだね」
そう言うとアーカードは席を立ち、シルフィードもチップを持って続いた。
「すごいのね、いっぱいお肉買えるのね。本当に半分くれるのね?」
「無論だ。シルフィードの協力あってのものだからな」
「お・・・・・・おい、君達!!」
髭の男がアーカード達を追いかけてくる。
「うん?」
「奴は球をコントロールし、イカサマをしていたのか?」
アーカードは顔だけを男に向けたまま少し考える。
ここでイカサマだとバラせば面倒なことになるだろう。
任務はギルモアの不正を暴いて、その上で金を取り戻すこと。
今ここでディーラーが球の落ちる箇所を操作していたなどと、吹聴するわけにはいかない。
「してないぞ」
「いや・・・・・・しかし」
先の勝ち方は明らかにディーラーが操作しているのを前提で、球を誘導して勝ちを拾ったようにしか見えない。
「私が何故イカサマをやっているディーラーを庇う必要がある?道理に合わんだろう。
もし不正を働いていたのならば、容赦なく吊るしあげているところだ。
そもそも控除率を考えればイカサマせずとも儲かる仕組み、信用を損なう可能性があることなどする筈がない。
それに後張りすれば、ディーラー側にはどうしようもないだろう。つまりは覚えても無駄な技術というもの。
仮に操作出来たとしても、証明しようもない。疑う労力そのものが無駄な行為というものよ」
「む・・・・・・ぅ」
男はやり込められる。少女の言うことは尤もだ。
そもそもあの場を完全に把握しているのは自分だけ。
傍目からは黒髪の少女が大敗し、青髪の女性が大勝したに過ぎない。
ディーラーが不正の事実を認めるわけはないし、少女自身がディーラーのイカサマを否定している。
操作しているという確たる証拠も存在せず、先ほどの一連のゲーム自体が鮮やか過ぎて白昼夢にすら思えてきている。
今ここでイカサマだの不正だのと騒いでも、自分がおかしな目で見られて出禁になるだけである。
出来ることは精々、少なくともあのルーレットでは遊ばないようにする。
他のギャンブルのイカサマも注意する。若しくは今後このカジノを利用しないということだ。
男の表情を見てアーカードは問題ないと確信し、シルフィードと並び立って歩いていく。
「こんなにあって・・・・・・シルフィはどうすればいいのね」
「ふむ」
あまり相場に詳しくはないが、7000エキュー強のチップともなれば相当なものである。
風韻竜であるシルフィードが、一回でどれほどの食事量を必要とするかはわからない。
だが騎士の年金の10年分を軽く賄える金額である。
「まぁ・・・・・・そのチップを元手にさらに大勝ちすれば、一生肉には困らないだろうな」
アーカードは軽い気持ちで提案する。そこに他意はなく、純粋な一意見として言ったつもりであった。
「な・・・・・・なるほどなのね・・・・・・」
シルフィの顔が鬼気迫るようにこわばる。
もしその表情をアーカードが見ていれば――――悲劇を――――止めることが出来たかも知れなかった。
◇
カジノにある一通りのギャンブルを楽しんだ後、アーカードは一旦タバサに会うことにした。
ホール内を探してもいなかったので、係員に聞くと部屋で休んでいると聞く。
案内された部屋の前でアーカードが扉を開けようとすると、自動的に開いた。
実際には自動ではなく、タイミングよく部屋から出て来るものがいた為である。
「おっと、これは失礼致しました」
控えめに言っても美形だろう、その青年は丁寧に会釈をしてカジノ場へと歩いて行く。
(今の男・・・・・・なかなか出来るの)
咄嗟の事にも対処し動けるよう、意識せずに置かれた重心。
それが自然となるまで身についたその歩き方、それなりに鍛えた者だろうと推察する。
「休憩中か?」
その言葉に、部屋のベッドに腰掛けて本を読もうとしていたタバサは顔を上げる。
「ここにいると聞いてな、英気を養っているのか」
タバサは頷き肯定した。
「さっきの男は何者だ?」
「・・・・・・昔の、知り合い」
それだけ言うとタバサは本を開き読み始める。
「昔馴染みか」
「危険な香りのする給仕なのね!」
「あぁ・・・・・・シルフィード、いたのか」
「なっ!?いくらなんでもそれはヒドいと思うのねっ!」
シルフィードは大袈裟なリアクションで抗議する。
「まあいいのね、シルフィもそういう事よくあるのね。えっと・・・・・・それで、さっきの男はおねえさまの――――――」
「余計なことは言わなくていい、うるさい」
タバサは本に視線を向けたまま口を開いた。
「おねえさま、なんかシルフィに対してヒドいのね!さっきも少し黙っててとか、人権侵害ってやつなのねっ!!」
シルフィはプンプンと怒り出し、タバサは我関せずといった涼しい表情で一言告げる。
「人じゃない」
「えっと・・・・・・じゃあ竜ッ!竜権侵害なのねっ!!!」
「まぁそれはどうでもいいとして、任務の方は順調か?」
アーカードはシルフィードを無視して、話を振る。
「これこれ!お姉さまこんなに稼いだのね!!」
シルフィードは新しい話題にすぐ心を移し、嬉々と小切手をアーカードに見せる。
「なんだ?何故小切手なんか・・・・・・」
「お肉!いっぱいお肉買えるのね!」
「ほぉ、私より稼いでいるな」
一度覗いた時から稼ぎ続けてきたのだろう、タバサには賭博の才能があるようであった。
この調子なら任務は案外簡単に完了するかも知れない。
「勝負は引き際が肝心なのね。もう帰ってお肉を買うのね」
「・・・・・・まだ終わってない、それはもう一度チップに換える」
「あの男がわざわざ小切手にしてくれたんだから必要ないのね!勝ち逃げするのね!」
アーカードは少し引っ掛かる。さっきからお肉お肉と言っているシルフィードに。
「シルフィードは自分のチップがあるだろう?」
「うっ・・・・・・」
アーカードのその問いに、シルフィードはそれまで完全に忘却の彼方にあったことを想起したかのように落ち込んだ。
その様子を見て、アーカードは察する。つまり・・・・・・――――――。
「・・・・・・まさか、あのチップ全部すったのか?」
「まったく理解を超えていたのね。あ・・・・・・ありのまま、起こった事を話すのね!
シルフィはチップを残そうと思ったら、いつの間にか賭けていたのね。
な・・・・・・何を言っているのかわからないと思うけど、シルフィも何をしたのかわからなかったのね・・・・・・。
頭がどうにかなりそうだったのね・・・・・・シルフィの意思だとか無意識だとか、そんなチャチなものじゃ断じてないのね。
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったのね・・・・・・。ギャンブルは・・・・・・とっても恐ろしいのね」
単純に阿呆の子なのか、それとも破滅的ギャンブラーの素養でもあったのか。
定かではないが、いずれにしても大損をこいた事にかわりなし。
「まっ仕方ない、自業自得というものよ」
「うぅ・・・・・・なのね」
しょげるシルフィードを他所に、アーカードは話を戻す。
「・・・・・・それで、昔馴染みが小切手にして持ってきてくれたのは何故だ?」
タバサの意思ではなく、その知り合いが自主的に換えて持ってきた理由。
これ以上カジノ側の損失を防ぐ為に、穏便に済ます為に持ってきたのか。
それとも・・・・・・タバサがこれからイカサマで負けることを見越して、それが忍びないという老婆心からか。
「これからお姉さま勝てないから、早く帰った方がいいって持ってきてくれたのね。いい人なのね」
シルフィードがタバサのかわりに答える。
(後者か・・・・・・親切なことだ。"勝てない"ということは、やはり何か裏があるのは確実か)
「イカサマを見つけて潰すことが任務、まだ帰るわけにはいかない」
「ルーレットは一応技術によるイカサマをしていたが、証拠はあげられんな。他のも大よそ回ったが特に不正を働いている様子はなかった」
「そう・・・・・・サイコロの方も、してなかった」
少しの間沈黙が流れる、思うところはタバサもアーカードも一緒であった。
「ギルモアか・・・・・・」
タバサは本を閉じてゆっくりと頷く。
「かなり稼いで目をつけられた、多分そろそろ勝負をしてくると・・・・・・思う」
「ようやく本番か」
大勝したタバサをして勝てないと、小切手を持ってきたのだ。
いよいよ以て油断するわけにはいかない。疲れも当然残していてはいけない。
「まぁ私は手は貸すつもりはないのであしからず」
「それじゃ、シルフィが頑張ってイカサマを見つけてやるのね!」
「無理」
「無理じゃないか?」
タバサとアーカードの同時にハモったツッコミがシルフィードに突き刺さる。
「ひどいのねッ!!!」
蔑ろな扱いにシルフィードは憤慨し、部屋を出て行った。
◇
暫くして、充分に休んだタバサとアーカードがカジノ場へと戻る。
するとすぐさま笑みを浮かべた支配人のギルモアが、小走りに近付いてきた。
「これはマルグリットお嬢様・・・・・・と、そちらは?」
ギルモアは首を傾げる。見慣れぬ少女が一人。
「アーカード・シュヴァリエ・ド・ツェペシュだ」
「・・・・・・?」
青年から少女姿に変わっていることを把握出来る筈もないギルモアは疑問符を浮かべた。
その様子を見て、傍に控えていたトーマスが声を掛ける。
「どうしました?ギルモア様」
「いや・・・・・・それが――――――」
「なにも問題はない」
アーカードはねっとりと絡みつくように、紅瞳を見開いてギルモアを見据えた。
「な・・・・・・にも・・・問題・・ない」
交差する瞳から逸らすことも出来ず、ギルモアはただただオウムのように言葉を繰り返した。
「何も問題はない」
「何も、問題、ありません」
虚空を彷徨うかのような、焦点の定まらぬ目でギルモアははっきりと口にする。
「ギルモア・・・・・・様?」
「いや、何でもないトーマス。マルグリットお嬢様、アーカード様、お待ちしておりました」
タバサの目線だけが横にいるアーカードへとそそがれる。
何をやったのだろうか。魔法なのか?魅了凝視か何かか?
気になるものの、今ここでそれを言及するわけにもいかない。
それに規格外の吸血鬼、正直何をやっても今更驚きはなかった。
「・・・・・・これ、やっぱりチップに換えて」
タバサはわざわざ小切手にして持ってきてくれた、トーマスの気遣いを踏みにじらないよう・・・・・・。
一度は小切手に換えて帰ろうとしたものの、さも心変わりしてもう一度勝負する気になった風に言い回す。
「いやはや、さすがです!直ちにチップに換えさせていただきます。アーカード様はいかが致しますか?」
「無論チップは余ってるからの。まだまだ楽しませてもらうさ」
「それはそれは・・・・・・お二方とも若いながら、ギャンブルというものをよくご理解していらっしゃる。
最も大切なのは流れと勢いでございますからな。これは当カジノと致しましても、大負けを覚悟しなくてはなりますまい!!」
大仰に言いながら「はっはっは」とギルモアは笑う。
「そんなお二方の為に、本来であればお得意様のVIPにのみご提供させていただいております、特別なギャンブルをご用意致しましょう」
ギルモアはトーマスに目配せすると、一歩進み出た。
「では・・・・・・アーカード様はこちらへどうぞ。私がお相手いたします」
「マルグリットお嬢さまは私がお相手しましょう」
タバサとアーカードは視線を交わす。
思った通りギルモアが出てきた、後はイカサマさえ見つければ任務完了である。
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ミス・ディレクション:一箇所に注意を向けさせて、本命の種を隠すこと。
マジシャンズ・セレクト:相手が自分で選んだように思っても、実際にはマジシャン側が誘導していること。
#navi(ゼロのロリカード)
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