サビエラ村は、ガリアの首都リュティスから500リーグほど南東に向かった、山間の片田舎である。
人口は350人ほど、2ヶ月ほど前から、火のトライアングル・メイジを含む9人が犠牲となっていた。いずれも体中の血を吸い尽くされていた。
間違いなく、最悪の妖魔『吸血鬼』の仕業であった。
タバサに変化したとらとシルフィードは、村から少し離れた場所に降りた。
人口は350人ほど、2ヶ月ほど前から、火のトライアングル・メイジを含む9人が犠牲となっていた。いずれも体中の血を吸い尽くされていた。
間違いなく、最悪の妖魔『吸血鬼』の仕業であった。
タバサに変化したとらとシルフィードは、村から少し離れた場所に降りた。
「どうするの、とらさま? 吸血鬼は人間と区別がつかないわ。村人にまぎれているのかも、きゅい!」
不安そうなシルフィードに、楽しそうな表情でとらが答える。
「そうだな……まずはたばさに言われたとおりに、吸血鬼をおびき出すかよ。
警戒されるから『めいじ』の格好で行くのはまずいか……しるふぃーど、ニンゲンの姿に変化しな」
「わかったのだわ、とらさま!……我をまといし風よ、我の姿を変えよ……」
警戒されるから『めいじ』の格好で行くのはまずいか……しるふぃーど、ニンゲンの姿に変化しな」
「わかったのだわ、とらさま!……我をまといし風よ、我の姿を変えよ……」
シルフィードが使ったのは、『先住』の魔法であった。しゅるしゅると風が青い渦になってシルフィードを包む。
そして……渦が消えると、そこにはシルフィードの巨体はなく、代わりに20歳ぐらいの若い女性の姿が現れた。『変化』の魔法である。
そして……渦が消えると、そこにはシルフィードの巨体はなく、代わりに20歳ぐらいの若い女性の姿が現れた。『変化』の魔法である。
「もう、とらさま、女性の着替えは見るものじゃないわ! 恥ずかしい……きゅいきゅいきゅい!」
シルフィードは竜にも似合わぬ恥じらいを見せながら、とらの持ってきた服をいそいそと着込む。(その服はタバサが持たせたものであったのだが。)
理屈から言えば、とらもシルフィードも普段は素っ裸であるはずなのだが……人間の姿に変化したとたん羞恥心に駆られて服を着るシルフィードであった。
理屈から言えば、とらもシルフィードも普段は素っ裸であるはずなのだが……人間の姿に変化したとたん羞恥心に駆られて服を着るシルフィードであった。
「とらさまは便利ね。服を着た状態に変化できるんだから、きゅいきゅい」
「まあな」
「まあな」
とらは来ていたマントをばさりと脱いで、シルフィードに着せる。手にした杖もあっさりと手渡し、自分はかばんを取り上げた。
「しるふぃ、オメエが『めいじ』、わしが従者の役をやるぜ。そうすりゃ、吸血鬼の野郎はわしを狙ってくるだろうからよ……」
「わかりましたわ、とらさま!」
「わかりましたわ、とらさま!」
シルフィードはにっこりと頷くと、とらの隣に立って歩き出す。その横を歩きながら、とらはぺろりと舌なめずりをした。
(くっくっく……美味ぇ相手だといいがよ……)
村に現れた騎士とその従者を、村人たちは遠巻きに見つめる。
青い長い髪の女騎士は水色のローブをまとい、節くれだった長い杖を持っている。そして、荷物持ちらしき小柄な女の子が、ちょこちょこその横を歩いていた。
青い長い髪の女騎士は水色のローブをまとい、節くれだった長い杖を持っている。そして、荷物持ちらしき小柄な女の子が、ちょこちょこその横を歩いていた。
「今度の騎士様は大丈夫かしら……」
「あんな小さな子供までつれて、襲われたらどうするんだろう? あきれた……」
「今度の騎士様は、二日でお葬式かね」
「あんな小さな子供までつれて、襲われたらどうするんだろう? あきれた……」
「今度の騎士様は、二日でお葬式かね」
村人たちはひそひそと囁きあう。もっとも、その声はシルフィードにも『タバサ』に変化したとらにも筒抜けであったが。
「もう、村人たちったら、あんなこと言ってる! 失礼しちゃうわ!! とらさまとシルフィをつかまえて! きゅいきゅい」
「ふん、言わせときな……今回の獲物は吸血鬼だからよ……」
「ふん、言わせときな……今回の獲物は吸血鬼だからよ……」
シルフィードとタバサの二人が通されたのは、段々畑の連なる、村の一番高い位置にある、村長の家であった。
白髪にひげの村長が深々と頭を下げる。
白髪にひげの村長が深々と頭を下げる。
「ようこそいらっしゃいました、騎士様」
タバサにつつかれて、シルフィードは慌てて名前を名乗る。
「え、えーと、ガリア花壇騎士のシルフィード、風の使い手なの!」
「……はあ。シルフィードさまですか……。いや、これは失礼しました。騎士様ともなれば風の妖精の名前をあだ名につかうのですな!」
「……はあ。シルフィードさまですか……。いや、これは失礼しました。騎士様ともなれば風の妖精の名前をあだ名につかうのですな!」
そう言って一人合点した村長は、これまでの事件の経過について語りだした……。
「……というわけですじゃ。吸血鬼の操る『屍人鬼』が誰なのか分からず、村は疑心暗鬼ですじゃ。騎士様、なにとぞお力をお貸しくだされ」
「まかせるのね、村長さん。わたしとこの従者のとらさ――いえ、タバサがきっと吸血鬼を見つけ出すのだわ」
「まかせるのね、村長さん。わたしとこの従者のとらさ――いえ、タバサがきっと吸血鬼を見つけ出すのだわ」
そう言って胸をはるシルフィード。と、シルフィードはドアの隙間から小さな女の子が顔を覗かせているのに気がついた。
5歳くらいだろうか、人形のように可愛い金髪の女の子だった。
5歳くらいだろうか、人形のように可愛い金髪の女の子だった。
「まあ、可愛い!」
シルフィードが素っ頓狂な声をあげ、少女はビクンと体を震わせる。「おいでおいで」と呼ぶと、少女は困ったように村長を見上げる。
「エルザ、騎士様にご挨拶なさい」
固い表情で入ってきて一礼する少女に、思わずシルフィードは抱きつく。
「なんて可愛いの! ねえ、とらさ――こほん、タバサ! きゅいきゅい!!」
そう呼びかけられたタバサは、目に妖しい光を湛えながら、ぺロリと舌なめずりした。
「ああ、喰ったら美味そうだな……」
「ひっ!?」
「ひっ!?」
タバサの一言に、少女は泣き出してしまった。シルフィードの腕をすり抜け、部屋を飛び出していく。
「し、失礼しました! あの子は昔両親をメイジに殺され、特別怖がりでして、はい!」
村長が慌てて言う。別にメイジ云々関係なく怖いと思うのだが、村長はフォローにならないフォローを繰り返す。
むしろシルフィードのほうがなだめるのに一苦労してしまうのであった。
むしろシルフィードのほうがなだめるのに一苦労してしまうのであった。
「わしは、あの子の笑った顔を見たことが一度もないですじゃ。体が弱くて……外でも遊ぶことができん……そこにこの騒ぎ……
早く吸血鬼を退治して欲しいものですじゃ……」
早く吸血鬼を退治して欲しいものですじゃ……」
(まるで、お姉さまみたいだわ……)
シルフィードは思わずトリステインの王宮に向かったタバサのことを思い浮かべる。あの青い髪のご主人も、やはり笑顔を忘れたものであるのだった。
笑うことをすて、冷酷な北花壇騎士として振舞う……そんなご主人が笑顔を取り戻すのはいつだろう?
笑うことをすて、冷酷な北花壇騎士として振舞う……そんなご主人が笑顔を取り戻すのはいつだろう?
切ない気持ちで主人を思うシルフィードの横では、青い髪のタバサが低く笑いを漏らしていた。
あたかも極上の料理が出るのを待つように、来る吸血鬼との戦いを待つ――――
あたかも極上の料理が出るのを待つように、来る吸血鬼との戦いを待つ――――
――――その美しい顔に、凶暴な笑みを浮かべて。
タバサとシルフィードは調査を始めた。
犠牲者が出た家を廻ると、どこも被害は同じ……固く扉も窓も閉めているというのに、吸血鬼はどこも壊さずに侵入し、ベッドに寝ている被害者の血を残らず吸っていく。
寝ずの番を行う家の者も、どうしても寝てしまう。どうやら、『眠り』の先住魔法が使われているようだった。
犠牲者が出た家を廻ると、どこも被害は同じ……固く扉も窓も閉めているというのに、吸血鬼はどこも壊さずに侵入し、ベッドに寝ている被害者の血を残らず吸っていく。
寝ずの番を行う家の者も、どうしても寝てしまう。どうやら、『眠り』の先住魔法が使われているようだった。
(まあ、確かに若え娘は美味いがよ……血だけ吸ってくってのは、わしとは好みがあわねえだろうな)
と、タバサは見当違いなことに頭をひねる。
「どうか、どうか吸血鬼を退治してください……」
「わ、わかったわ。この花壇騎士シルフィードにまかせるがいい! きゅい!」
「わ、わかったわ。この花壇騎士シルフィードにまかせるがいい! きゅい!」
娘を殺された老夫婦にそう頼まれて、思わず力の入るシルフィードと、ぺロリと舌なめずりをするタバサであった。
外に出ると、騒ぎが起こっていた。
村人たちが物々しい様子で、鍬や鎌を手に携えて歩いていく。火をともした松明を持ったものもいた。
村人たちが物々しい様子で、鍬や鎌を手に携えて歩いていく。火をともした松明を持ったものもいた。
「な、なんなの?」
慌ててシルフィードとタバサは、村人たちを追いかける。村人たちが目指していたのは、村のはずれにあるあばら家だった。
「出て来い、吸血鬼!」
「アレキサンドル! よそ者が! 吸血鬼を出しやがれ!」
「アレキサンドル! よそ者が! 吸血鬼を出しやがれ!」
口々に叫ぶ村人たちに反論しているのは、40歳ぐらいだろうか、屈強な大男だった。
「誰が吸血鬼だ! いいかげんなこというんじゃねえ!!」
「昼間だってのにベッドから出てこねえババアがいるだろうが! そいつが吸血鬼だ!」
「おっかあは病気で寝ているって言ってんだろ!!」
「うそつけ、日の光で肌が焼けるからだろうが!」
「昼間だってのにベッドから出てこねえババアがいるだろうが! そいつが吸血鬼だ!」
「おっかあは病気で寝ているって言ってんだろ!!」
「うそつけ、日の光で肌が焼けるからだろうが!」
どうやら、青筋をたてて反論している男の母親が、吸血鬼だと疑われているようだった。
「ど、どうするの、とらさま……」
中に吸血鬼がいるときいて、すっかり震えだしたシルフィードがタバサに体を寄せる。
そのシルフィードに、タバサは背伸びをしながら、二言、三言耳打ちした。はっと驚いた表情になったシルフィードは、こくんと頷くと、一歩、前にでた。
そのシルフィードに、タバサは背伸びをしながら、二言、三言耳打ちした。はっと驚いた表情になったシルフィードは、こくんと頷くと、一歩、前にでた。
「わたしは、ええと、北花壇騎士シルフィード! なの! アレキサンドルとやら、あなたの母親はわたしが調べる! 下がりなさい、きゅいきゅい!!」
アレキサンドルに突っかかっていた村人たちも、驚いたようにシルフィードを見る。
当のアレキサンドルは、騎士の持つ杖――メイジの証である――を見て、一瞬ひるんだが、すぐ怒りをあらわにして、シルフィードに食って掛かる。
当のアレキサンドルは、騎士の持つ杖――メイジの証である――を見て、一瞬ひるんだが、すぐ怒りをあらわにして、シルフィードに食って掛かる。
「おっかあは吸血鬼なんかじゃねえ! やめろ!」
「調べればわかることなのよ。村人たち、中の老婆を連れてきなさい。本当に人間かもしれないから、丁重にベッドごと運ぶの!
仮にも病人を運ぶのに武器などいらないわ! 早く捨てて老婆を連れ出しなさい! きゅいきゅい!」
「調べればわかることなのよ。村人たち、中の老婆を連れてきなさい。本当に人間かもしれないから、丁重にベッドごと運ぶの!
仮にも病人を運ぶのに武器などいらないわ! 早く捨てて老婆を連れ出しなさい! きゅいきゅい!」
村人たちは、はっとしたように武器を捨てると、老婆の寝ているベッドを引っ張り出す。
老婆はぼろぼろの赤い服を着ていた。その老婆――マゼンダ婆さんは、突然のことに戸惑い、「おお、おおおお……」と悲鳴混じりに唸ると、布団を被ってしまう。
老婆はぼろぼろの赤い服を着ていた。その老婆――マゼンダ婆さんは、突然のことに戸惑い、「おお、おおおお……」と悲鳴混じりに唸ると、布団を被ってしまう。
「やめろ――! っく、放せ!」
止めようと暴れるアレクサンドルの手は、タバサが尋常ならぬ力でがっちりと掴んでいる。
「それで、えーと、村長のところに運びなさい! わたしが取り調べるわ。村人は皆ついて来るの!」
杖を振って先導するシルフィードにつれられ、マゼンダ婆さんを乗せたままのベッドを担いだ村人たちは、村長の家を目指して歩いていく。
「おっかあ、おっかあぁぁあああ!! ちくしょう、はなせ、放しやがれッ!!」
万力のように締め付けるタバサの手を、アレキサンドルは必死にふり解こうとする。
「そうはいかねえな……ニンゲンってやつは、『カゾク』が殺されるのを見るのを一等嫌うからよ……」
タバサの言葉に、アレキサンドルははっとした様子で、タバサを振り返る。
「てめえ、調べるなんて言いながら、やっぱりおっかあを殺すつもりで――――ッ!?」
「いーや、違うな……」
「いーや、違うな……」
くぉぉぉおおぉぉぉ……
タバサの口がぼんやりと光り、灼熱の炎が口の中に渦巻いていく。
「死ぬのはオメエさ」
ごッ!!!
タバサの口から吐き出された劫火によって、一瞬でアレキサンドルの上半身は消滅した。どすん、と残った下半身が地面に倒れる。
しゅううぅうぅう……
煙を上げながらちろちろと燃え始める下半身をぐいと掴み、ぽいと家の中に向かって放り投げる。どさっという音を立てて、アレキサンドルの死体は地面に落ちた。
「かわいそーだが、屍人鬼になったニンゲンは二度と元に戻らねえってよ……」
行く前にタバサがそう教えてくれていたのだった。とらはごう、と炎を家に吐きかける。家はアレキサンドルの死体と一緒に燃え上がっていく。
「せめて火葬にしてやらあ……ニンゲン」
とらはそう呟くと、赤々と燃える家に背を向け、小さな体で歩き出した。
(ち、屍人鬼になってたとはいえ、やっぱりニンゲンを殺したと思うと後味がわりぃな……くっくっく、わしは弱くなったかよ? それとも――)
まだ、吸血鬼が残っている。
タバサの姿をしたとら――大妖、長飛丸は、村長の家を目指してゆっくりと歩いていく。人を殺すことにためらいを覚えた自分は、弱くなったのだろうか、と自問しながら。
がらがらがらがら…………
燃え上がるあばら家が、炎になめとられ崩れていく。炎に赤々と背中を照らされながら、タバサの姿をした妖怪はふと考える。
それとも……それは、自分がうしおと一緒に過すことで得た、一つの強さなのだろうか――――