第三章 どてらい魔剣のゆううつ
一
『雪風』のタバサは虚無の曜日が好きだった。
趣味である読書にいくらでも没頭できる、貴重な時間だからだ。
邪魔する者には、問答無用で『ウィンド・ブレイク』を叩き込む。
それが彼女のルール。
まぁ、一部の例外を除いて、であるが。
そして都合の悪いことに、『それ』は数少ない例外に属する人間だった。
趣味である読書にいくらでも没頭できる、貴重な時間だからだ。
邪魔する者には、問答無用で『ウィンド・ブレイク』を叩き込む。
それが彼女のルール。
まぁ、一部の例外を除いて、であるが。
そして都合の悪いことに、『それ』は数少ない例外に属する人間だった。
ドンドンドドン。
静寂を破る無神経なノック。
タバサはとりあえず無視した。
後で「本に集中してて気づかなかった」とでも言い訳すれば問題ない。
デンデケデケデケ、デケデケデデン。
ノックが止む気配はない。むしろ激しくなっている。と言うか何やら珍妙なリズムを刻み始めた。
少しばかり気にならないでもなかったが、それでもやはり読書の方が大事。
『サイレント』で音を消してしまおうと、机に立て掛けた杖を取ろうとしたその時。
「タッバーサー!!」
タッ↓バー↑サー→。
その頓狂な発音に、思わず手が滑る。
倒れた杖を拾おうとしている間にドアが開かれた。
「タバサ! 今から出かけるわよ!!」
『ウィンド・ブレイク』をブチ込まれない数少ない例外――友人、キュルケであった。
『ウィンド・ブレイク』をブチ込まないのは友人だから。でもだからって読書の邪魔をしても良いか、と言うと
もちろんそんな訳はない。
排除できない分むしろ余計鬱陶しいとも言える。
タバサはとりあえず自分の都合を簡潔に述べた。
「虚無の曜日」
つまりは休日である。それだけで十分だ、と言うことで机の上に置きっぱなしの本に手を伸ばす。
――が、手が届く寸前で取り上げられた。
キュルケが本を持った手を高く掲げるだけで、背の低いタバサには取り返しようがない。
「分かってる。虚無の曜日があなたにとってどういう日なのかはよぉ~く分かってる。
でもね。今はそんな場合じゃないのよ! これは恋! すなわちラヴなのよ!」
お前は何を言っているんだ。そんなタバサの視線はちゃんとキュルケに届いたようだ。
「分かった分かった。ちゃんと説明するわ。あたし、恋をしているの。悲しいくらい!!
んで、誘ったわけよ! アレコレ理由を付けて! でも全部華麗にスルー!!
なぜ!? このあたしの魅力が――」
……はよう本題に入れ。
静寂を破る無神経なノック。
タバサはとりあえず無視した。
後で「本に集中してて気づかなかった」とでも言い訳すれば問題ない。
デンデケデケデケ、デケデケデデン。
ノックが止む気配はない。むしろ激しくなっている。と言うか何やら珍妙なリズムを刻み始めた。
少しばかり気にならないでもなかったが、それでもやはり読書の方が大事。
『サイレント』で音を消してしまおうと、机に立て掛けた杖を取ろうとしたその時。
「タッバーサー!!」
タッ↓バー↑サー→。
その頓狂な発音に、思わず手が滑る。
倒れた杖を拾おうとしている間にドアが開かれた。
「タバサ! 今から出かけるわよ!!」
『ウィンド・ブレイク』をブチ込まれない数少ない例外――友人、キュルケであった。
『ウィンド・ブレイク』をブチ込まないのは友人だから。でもだからって読書の邪魔をしても良いか、と言うと
もちろんそんな訳はない。
排除できない分むしろ余計鬱陶しいとも言える。
タバサはとりあえず自分の都合を簡潔に述べた。
「虚無の曜日」
つまりは休日である。それだけで十分だ、と言うことで机の上に置きっぱなしの本に手を伸ばす。
――が、手が届く寸前で取り上げられた。
キュルケが本を持った手を高く掲げるだけで、背の低いタバサには取り返しようがない。
「分かってる。虚無の曜日があなたにとってどういう日なのかはよぉ~く分かってる。
でもね。今はそんな場合じゃないのよ! これは恋! すなわちラヴなのよ!」
お前は何を言っているんだ。そんなタバサの視線はちゃんとキュルケに届いたようだ。
「分かった分かった。ちゃんと説明するわ。あたし、恋をしているの。悲しいくらい!!
んで、誘ったわけよ! アレコレ理由を付けて! でも全部華麗にスルー!!
なぜ!? このあたしの魅力が――」
……はよう本題に入れ。
話はさっぱり見えないが、とりあえず一つだけ言わせていただきたい。
……さっさと本の続きを読ませてほしいのだが。
……さっさと本の続きを読ませてほしいのだが。
二
トリステインの城下町。
その門の前で、ルイズはうずくまっていた。
息が荒く、頭がぐらぐらと揺れている。
……馬で三時間は掛かる距離を、二時間半で走破してしまったのだ。しかも己の足で。
無理もない話であろう。
「……やっぱり馬を使えば良かった」
疲労感はないが、違和感の方が絶大であった。
それに対して、殷雷の方は平然としたものだ。
「一旦学院に戻って、馬に乗って出直すか?」
そんな皮肉まで飛ばしてくる。
「あ……あんたは何で平気なのよ」
「そりゃお前、俺はお前の身体を操ってただけだからな。疲労は全部お前持ちだ。
明日から二、三日は筋肉痛で動けんかもなぁ」
「ちょっ!? 聞いてないわよそんな話!?」
往復でもせいぜい一時間程度の短縮のために、その後二、三日を棒に振れというのか。
「冗談だ」
……面白くも何ともない冗談を冗談とは言わない。
全くもって納得のいかないルイズであったが、殷雷はそんな彼女に構わず歩き出した。
「もう休憩は良いだろ。置いてくぞ」
何と身勝手な男だろう。……まぁ、実際もう調子は戻っているのだが、それでも
「大丈夫か? 歩けるか?」とか、せめてその程度に気の利いた台詞は言えないのか。
「――て言うか、町を案内してあげるって言ったのは私の方よ!
何であんたが先に行くのよ!!」
すると、殷雷は慌てず騒がず懐から一枚の紙を取り出した。
「地図を持ってる」
……ああ、そう。
その門の前で、ルイズはうずくまっていた。
息が荒く、頭がぐらぐらと揺れている。
……馬で三時間は掛かる距離を、二時間半で走破してしまったのだ。しかも己の足で。
無理もない話であろう。
「……やっぱり馬を使えば良かった」
疲労感はないが、違和感の方が絶大であった。
それに対して、殷雷の方は平然としたものだ。
「一旦学院に戻って、馬に乗って出直すか?」
そんな皮肉まで飛ばしてくる。
「あ……あんたは何で平気なのよ」
「そりゃお前、俺はお前の身体を操ってただけだからな。疲労は全部お前持ちだ。
明日から二、三日は筋肉痛で動けんかもなぁ」
「ちょっ!? 聞いてないわよそんな話!?」
往復でもせいぜい一時間程度の短縮のために、その後二、三日を棒に振れというのか。
「冗談だ」
……面白くも何ともない冗談を冗談とは言わない。
全くもって納得のいかないルイズであったが、殷雷はそんな彼女に構わず歩き出した。
「もう休憩は良いだろ。置いてくぞ」
何と身勝手な男だろう。……まぁ、実際もう調子は戻っているのだが、それでも
「大丈夫か? 歩けるか?」とか、せめてその程度に気の利いた台詞は言えないのか。
「――て言うか、町を案内してあげるって言ったのは私の方よ!
何であんたが先に行くのよ!!」
すると、殷雷は慌てず騒がず懐から一枚の紙を取り出した。
「地図を持ってる」
……ああ、そう。
*
ブルドンネ街はトリステインで一番大きな通りである。
白い石造りの街には露店が建ち並び、通りは声を張り上げて行き交う商人たちで溢れている。
「大きな街ってのはどこも同じようなもんだな……」
殷雷が感心した声を出す。
「センカイって国もこんな感じなの?」
「ン……いや、仙界とはあまり似てないな」
「ふぅん」
正確に言えば仙界は『国』ではない。だが詳しく説明するのは面倒だし、信じてもらえるとも思えないので
適当にお茶を濁しておいた訳だ。
「まぁ、同じ程度の規模の街には何度も立ち寄っていたからな。どこも大体こんなもんだ。
――スリの数もな」
背後からどがらがっしゃん、と激しい音が聞こえた。
バランスを崩した男が屋台に突っ込んだらしい。
「……今の?」
「無視しろ。目を付けられると面倒だ」
そう言ってさっさと先へ進んでしまった。
慌ててルイズは後を追う。
その気になれば追いつけなくもないが、気を抜くとすぐ見失ってしまいそうな殷雷の歩み。
だが、そうなる前に必ず速度を落とし、追い付くまで待ってくれていた。
――きっと、私をいじめて楽しんでるんだろう。
ルイズはそう解釈した。――先に行き先を教えるんじゃなかった。
二人は狭い裏路地へと入っていった。
白い石造りの街には露店が建ち並び、通りは声を張り上げて行き交う商人たちで溢れている。
「大きな街ってのはどこも同じようなもんだな……」
殷雷が感心した声を出す。
「センカイって国もこんな感じなの?」
「ン……いや、仙界とはあまり似てないな」
「ふぅん」
正確に言えば仙界は『国』ではない。だが詳しく説明するのは面倒だし、信じてもらえるとも思えないので
適当にお茶を濁しておいた訳だ。
「まぁ、同じ程度の規模の街には何度も立ち寄っていたからな。どこも大体こんなもんだ。
――スリの数もな」
背後からどがらがっしゃん、と激しい音が聞こえた。
バランスを崩した男が屋台に突っ込んだらしい。
「……今の?」
「無視しろ。目を付けられると面倒だ」
そう言ってさっさと先へ進んでしまった。
慌ててルイズは後を追う。
その気になれば追いつけなくもないが、気を抜くとすぐ見失ってしまいそうな殷雷の歩み。
だが、そうなる前に必ず速度を落とし、追い付くまで待ってくれていた。
――きっと、私をいじめて楽しんでるんだろう。
ルイズはそう解釈した。――先に行き先を教えるんじゃなかった。
二人は狭い裏路地へと入っていった。
*
剣の形をした銅製の看板。一目瞭然、武器屋である。
その扉には木で出来た札が掛けられており、そこにはこう書いてある。
その扉には木で出来た札が掛けられており、そこにはこう書いてある。
『準備中』
――と。
「開店時間にはまだ早かったな」
「あんたの足が無駄に速すぎるからでしょうが!」
すかさず突っ込む。やっぱり馬で来れば良かった。
「丁度良い。先に俺の用事を済ませてしまおう」
何が丁度良いのだ。最初からそのつもりだったくせに。
今日一日で全ての血管がブチ切れてしまいそうだ。
「――で、その用事ってのは何? 何処で?」
無理矢理に冷静を装うが、少しばかり声が震えているのが自分でも分かった。
「この、斜向かいだ」
あぁ、そう。
「開店時間にはまだ早かったな」
「あんたの足が無駄に速すぎるからでしょうが!」
すかさず突っ込む。やっぱり馬で来れば良かった。
「丁度良い。先に俺の用事を済ませてしまおう」
何が丁度良いのだ。最初からそのつもりだったくせに。
今日一日で全ての血管がブチ切れてしまいそうだ。
「――で、その用事ってのは何? 何処で?」
無理矢理に冷静を装うが、少しばかり声が震えているのが自分でも分かった。
「この、斜向かいだ」
あぁ、そう。
――余談。
ルイズは怒ると口より先に手が出る。ある一点を突破すると、手よりも先に足が出る。
キックの鬼と言っても良い。
ルイズは怒ると口より先に手が出る。ある一点を突破すると、手よりも先に足が出る。
キックの鬼と言っても良い。
――そうこうしている間に武器屋が開店してしまったりもしたが、あくまでただの余談である。
*
武器屋の斜向かい。
看板も表札も掛かっていない、粗末な小屋があった。
扉の向こうから漂うほのかなアルコール臭から、それが酒場か酒屋であることが推測できる。
酒蔵にしては、小さすぎる。
二人は今、その入り口の前に立っている。
殷雷は慎重に気配を探り、周囲に人影がないことを確認する。
小屋の中からも、人の気配は感じられない。
ゆっくりと、扉に手を伸ばす。
看板も表札も掛かっていない、粗末な小屋があった。
扉の向こうから漂うほのかなアルコール臭から、それが酒場か酒屋であることが推測できる。
酒蔵にしては、小さすぎる。
二人は今、その入り口の前に立っている。
殷雷は慎重に気配を探り、周囲に人影がないことを確認する。
小屋の中からも、人の気配は感じられない。
ゆっくりと、扉に手を伸ばす。
まず、一度扉を叩く。
一秒待ち、今度は二度。
さらに二秒待ち、最後にもう一度扉を叩く。
一秒待ち、今度は二度。
さらに二秒待ち、最後にもう一度扉を叩く。
殷雷の不可解な行動に、ルイズは首をかしげた。
「何、それ?」
少しばかり息が荒く、顔にうっすらと汗を浮かべているが、あくまで余談であり特に意味はない。
殷雷は答えず、扉の前から一歩下がる。
――間髪入れず、その扉を蹴破った。
「ちょ、何して――!?」
ルイズの悲鳴じみた文句は、一瞬後響いた『音』によって遮られた。
すなわち。
「何、それ?」
少しばかり息が荒く、顔にうっすらと汗を浮かべているが、あくまで余談であり特に意味はない。
殷雷は答えず、扉の前から一歩下がる。
――間髪入れず、その扉を蹴破った。
「ちょ、何して――!?」
ルイズの悲鳴じみた文句は、一瞬後響いた『音』によって遮られた。
すなわち。
ぼとり。
――猫が屋根から落下したような音と、
「――――ふぎゃっ」
――居眠りして屋根から落下した猫のような悲鳴。
――猫が屋根から落下したような音と、
「――――ふぎゃっ」
――居眠りして屋根から落下した猫のような悲鳴。
天井の梁から落ちてきたのは、女だった。
病的なまでに白い肌と、色の薄い唇。どことなく儚げな美しさを持った娘。
だが、生命力に満ちた大きな目が、不健康そうな印象を打ち消している。
病的なまでに白い肌と、色の薄い唇。どことなく儚げな美しさを持った娘。
だが、生命力に満ちた大きな目が、不健康そうな印象を打ち消している。
「……扉を蹴破れ、と書いたつもりはないんだけど?」
恨みがましい視線を送る彼女の名は、九鷲器。
徳利の宝貝である。
徳利の宝貝である。
*
『九鷲酒造
トリステイン城下町 ブルドンネ街 ○○○-××××
トリステイン城下町 ブルドンネ街 ○○○-××××
扉を一度叩き、一秒置いてさらに二度、二秒置いて一度叩く。
これを合図とします』
これを合図とします』
酒樽に貼り付けられた紙には、そう書かれていた。――殷雷たちの世界の文字で。
「五秒で考えたにしては、いい手だと思わない?」
得意げな九鷲に対して、殷雷の顔は険しい。
「……その五秒のせいで、何人が丸一日苦しんだと思ってやがる」
「あなたは今までに食べたご飯が何粒だか覚えてるの?
そりゃ、ちょっとくらいは二日酔いもあるかもしれないけど、安いものでしょ」
「ねぇ」
「どこが『ちょっとくらい』だ! 大体、以前は半日もあれば治まったのに、何で伸びてるんだよ!?」
「私だって、回収されてから無為に過ごしていた訳じゃない。己の能力を磨き続けていたのよ」
「あー、そうだな。確かにあの九鷲酒は美味かった。以前より遥かにな。
だがそれで欠陥部分まで悪化してたら元も子もないだろうが!!」
「ちょっと」
「欠陥ね。でも、そう思ってない人も多いみたいだけど?
全国から九鷲酒の注文が殺到してるんだから」
「そうやって、世界中に毒をばらまく気か」
「……今、何て?」
「だから」
「お前の酒は、猛毒だって言ったんだよ」
「――猛毒と申したか」
九鷲はゆらりと身を翻し、壁際に置いた水瓶に右手を付ける。
引き抜かれた手には握り拳大の水球――いや酒球が乗せられていた。
その手を一振りすると、酒球は一瞬つららのように伸び、一振りの剣へと変化した。
「五秒で考えたにしては、いい手だと思わない?」
得意げな九鷲に対して、殷雷の顔は険しい。
「……その五秒のせいで、何人が丸一日苦しんだと思ってやがる」
「あなたは今までに食べたご飯が何粒だか覚えてるの?
そりゃ、ちょっとくらいは二日酔いもあるかもしれないけど、安いものでしょ」
「ねぇ」
「どこが『ちょっとくらい』だ! 大体、以前は半日もあれば治まったのに、何で伸びてるんだよ!?」
「私だって、回収されてから無為に過ごしていた訳じゃない。己の能力を磨き続けていたのよ」
「あー、そうだな。確かにあの九鷲酒は美味かった。以前より遥かにな。
だがそれで欠陥部分まで悪化してたら元も子もないだろうが!!」
「ちょっと」
「欠陥ね。でも、そう思ってない人も多いみたいだけど?
全国から九鷲酒の注文が殺到してるんだから」
「そうやって、世界中に毒をばらまく気か」
「……今、何て?」
「だから」
「お前の酒は、猛毒だって言ったんだよ」
「――猛毒と申したか」
九鷲はゆらりと身を翻し、壁際に置いた水瓶に右手を付ける。
引き抜かれた手には握り拳大の水球――いや酒球が乗せられていた。
その手を一振りすると、酒球は一瞬つららのように伸び、一振りの剣へと変化した。
二人の間に緊張が走る。
――が、その空気は意外な人物によって破られた。
「ちょっとあんたら! 私を無視するんじゃないわよ!!」
ルイズだった。
「……あ、お前居たのか」
……いい加減、その程度の暴言では怒ることも出来ない。
(――こともないか。ムカつくものはムカつく)
まぁ、それはさておき。
「話が見えないんだけど、私に対して説明はないわけ?」
殷雷と話していた女性――九鷲と言うらしい――は、どうやら彼と旧知の仲らしい。
おそらく、殷雷のことはルイズ以上に詳しいのだろう。
「分かりやすく要約するとだ。俺はこいつに呼び出された訳だ」
「その人は?」
「私は徳利の宝貝、九鷲器。九鷲でいいわ」
『トックリ』と言う初めて聞く言葉も気になったが、それ以上に彼女の存在そのものがルイズには驚きだった。
聞けば、彼女も気づいた時にはこの街にいたらしい。
使い魔にはなっていないようだが、状況は殷雷と似通っている。
「……そのトックリさんがなんで上から降ってくるのよ」
先ほどの光景はルイズの脳裏に焼きついていた。
……見るからに不健康そうな女が、天井から落ちてきたのだ。あまりにもシュール過ぎる。
そもそも、本当に不健康な女は普通天井から落ちない、というかそんな所に登ったりしない。
その事実だけでも、彼女が見た目通りの存在ではないことは明白だった。
「ただ、隠れて様子を見ようと思っただけよ。失敗したけどね」
それはそれで結構なことなのだが、何故わざわざ天井なのか。
……あわよくばこちらから奇襲してやろう、などと考えていたのかもしれないが、
既に日用雑貨の宝貝の発想ではない。
「で、私はどうなるの? また、回収する?」
九鷲は抵抗する気はないようだったが、殷雷は首を横に振った。
「そのつもりはない。必要な宝貝も持っていないしな。
それに、今お前をふん捕まえるよりは、適当に泳がせて情報を集めさせた方が良さそうだ」
「それはどうも。ま、今はまだ何の情報も入ってないんだけどね。あいにく」
仙界で何が起こったのか。何故我々がここにいるのか。
飛ばされたのは我々だけなのか。
……結局、今はまだ何も分からないのだ。
……いい加減、その程度の暴言では怒ることも出来ない。
(――こともないか。ムカつくものはムカつく)
まぁ、それはさておき。
「話が見えないんだけど、私に対して説明はないわけ?」
殷雷と話していた女性――九鷲と言うらしい――は、どうやら彼と旧知の仲らしい。
おそらく、殷雷のことはルイズ以上に詳しいのだろう。
「分かりやすく要約するとだ。俺はこいつに呼び出された訳だ」
「その人は?」
「私は徳利の宝貝、九鷲器。九鷲でいいわ」
『トックリ』と言う初めて聞く言葉も気になったが、それ以上に彼女の存在そのものがルイズには驚きだった。
聞けば、彼女も気づいた時にはこの街にいたらしい。
使い魔にはなっていないようだが、状況は殷雷と似通っている。
「……そのトックリさんがなんで上から降ってくるのよ」
先ほどの光景はルイズの脳裏に焼きついていた。
……見るからに不健康そうな女が、天井から落ちてきたのだ。あまりにもシュール過ぎる。
そもそも、本当に不健康な女は普通天井から落ちない、というかそんな所に登ったりしない。
その事実だけでも、彼女が見た目通りの存在ではないことは明白だった。
「ただ、隠れて様子を見ようと思っただけよ。失敗したけどね」
それはそれで結構なことなのだが、何故わざわざ天井なのか。
……あわよくばこちらから奇襲してやろう、などと考えていたのかもしれないが、
既に日用雑貨の宝貝の発想ではない。
「で、私はどうなるの? また、回収する?」
九鷲は抵抗する気はないようだったが、殷雷は首を横に振った。
「そのつもりはない。必要な宝貝も持っていないしな。
それに、今お前をふん捕まえるよりは、適当に泳がせて情報を集めさせた方が良さそうだ」
「それはどうも。ま、今はまだ何の情報も入ってないんだけどね。あいにく」
仙界で何が起こったのか。何故我々がここにいるのか。
飛ばされたのは我々だけなのか。
……結局、今はまだ何も分からないのだ。
「ま、そのうち和穂か龍華辺りが回収に来るだろうが、その時までは好きにすればいい。
――いや、ほどほどにな」
一応付け加えておく。あまり野放しにするのは危険だ。
「ふぅん……ま、あんたの場合使用者も居るみたいだしね」
殷雷の左手を見てニヤニヤと笑う九鷲。この紋様が『使い魔のルーン』である事は知っているようだ。
「やかましい。これはちょっとした事故だ――ん、どうしたルイズ」
黙り込んでいたルイズがはっと気づいた。
そしてまた考え込む。
「……やっぱり、人間にしか見えない」
にわかには信じがたい話であったが、先ほどの酒剣を見る限りやはり事実なのだろう。
九鷲は杖など持っていない。つまり、少なくともメイジではない。
ルイズは素朴な疑問を口にした。
「パオペーってのは、全部で幾つあるの?」
「くだらん質問だな。お前だって世の中に皿が何枚あるか、剣が何本あるかなど把握してはいまい。
つまりはそういうこった」
……言い方はともかく、内容は納得出来た。
「わかってるだけで、七百二十六個はあるわね。全部欠陥宝貝だけど。
殷雷を足せば七百二十七個か。
まぁ、『この世界にある』とは限らないんだけど」
と――
「……欠陥?」
確かにそう言った。……そう言えばさっきもそんなことを言っていた気がする。
仙術の粋を集めて作られたという神秘の道具、宝貝。
その力を、ルイズは既に身をもって知っている。
欠陥があるなど、信じられない。
「その欠陥パオペーに、インライも含まれるの?」
先ほどの九鷲の言葉はそのように受け取れた。
「あれ、彼女には話してないの?」
「……そうベラベラと話すようなことでもなかろう」
殷雷は露骨に嫌な顔をする。――肯定、ということなのだろう。
そうなると芋ヅル式に出てくる疑問。
「インライの欠陥って、何?」
当然の流れだった。
「どうする? 知りたくてたまらないみたいだけど」
「……俺の口から言えというのか」
「他人が言うことでもないでしょ」
「それもそうなのだが」
相当言いにくい欠陥らしい。
……協議の結果、殷雷が自分で言うことになった。
「俺の欠陥は、な。
……武器としては致命的に、情に脆いこと、だそうだ」
――いや、ほどほどにな」
一応付け加えておく。あまり野放しにするのは危険だ。
「ふぅん……ま、あんたの場合使用者も居るみたいだしね」
殷雷の左手を見てニヤニヤと笑う九鷲。この紋様が『使い魔のルーン』である事は知っているようだ。
「やかましい。これはちょっとした事故だ――ん、どうしたルイズ」
黙り込んでいたルイズがはっと気づいた。
そしてまた考え込む。
「……やっぱり、人間にしか見えない」
にわかには信じがたい話であったが、先ほどの酒剣を見る限りやはり事実なのだろう。
九鷲は杖など持っていない。つまり、少なくともメイジではない。
ルイズは素朴な疑問を口にした。
「パオペーってのは、全部で幾つあるの?」
「くだらん質問だな。お前だって世の中に皿が何枚あるか、剣が何本あるかなど把握してはいまい。
つまりはそういうこった」
……言い方はともかく、内容は納得出来た。
「わかってるだけで、七百二十六個はあるわね。全部欠陥宝貝だけど。
殷雷を足せば七百二十七個か。
まぁ、『この世界にある』とは限らないんだけど」
と――
「……欠陥?」
確かにそう言った。……そう言えばさっきもそんなことを言っていた気がする。
仙術の粋を集めて作られたという神秘の道具、宝貝。
その力を、ルイズは既に身をもって知っている。
欠陥があるなど、信じられない。
「その欠陥パオペーに、インライも含まれるの?」
先ほどの九鷲の言葉はそのように受け取れた。
「あれ、彼女には話してないの?」
「……そうベラベラと話すようなことでもなかろう」
殷雷は露骨に嫌な顔をする。――肯定、ということなのだろう。
そうなると芋ヅル式に出てくる疑問。
「インライの欠陥って、何?」
当然の流れだった。
「どうする? 知りたくてたまらないみたいだけど」
「……俺の口から言えというのか」
「他人が言うことでもないでしょ」
「それもそうなのだが」
相当言いにくい欠陥らしい。
……協議の結果、殷雷が自分で言うことになった。
「俺の欠陥は、な。
……武器としては致命的に、情に脆いこと、だそうだ」
「嘘だッ!」
――思わず絶叫で返してしまった。
「……い、いや。嘘だと言われてもな」
流石の殷雷もいきなり全力で否定されるのは予想外だった。
ルイズは一気にまくし立てる。
「だって嘘じゃない! 何? 情? あんたは一回『情』の意味を辞書で引け!」
「…………まぁ、信じないなら信じないで、別に良いんだが」
「良くないッ! 今のが嘘なら他に欠陥があるって事じゃない!
教えなさいよ、早急に!!」
「いや、あのな」
「あー、そう。もっととんでもない、口では言えないような肉体的欠陥があるってわけね!」
「肉体的欠陥ってお前」
「このドエロ野郎! 変態の極み!」
「お前は何を言っているん――」
いい加減殷雷の方も切れかけてきたところで、九鷲が割って入った。
「はいはい。二人とも落ち着いてー。
そちらのお嬢さんも喉が渇いたでしょ。はい」
と、二人に湯呑みを手渡した。
二人は揃って口を付ける。
流石の殷雷もいきなり全力で否定されるのは予想外だった。
ルイズは一気にまくし立てる。
「だって嘘じゃない! 何? 情? あんたは一回『情』の意味を辞書で引け!」
「…………まぁ、信じないなら信じないで、別に良いんだが」
「良くないッ! 今のが嘘なら他に欠陥があるって事じゃない!
教えなさいよ、早急に!!」
「いや、あのな」
「あー、そう。もっととんでもない、口では言えないような肉体的欠陥があるってわけね!」
「肉体的欠陥ってお前」
「このドエロ野郎! 変態の極み!」
「お前は何を言っているん――」
いい加減殷雷の方も切れかけてきたところで、九鷲が割って入った。
「はいはい。二人とも落ち着いてー。
そちらのお嬢さんも喉が渇いたでしょ。はい」
と、二人に湯呑みを手渡した。
二人は揃って口を付ける。
……殷雷だけ噴き出した。
「てっ、てめぇ……ッ! ゲホッ、どさくさに紛れて何しやがる!!」
「……美味しい」
「吐け! 味わってないで今すぐ吐け!!」
殷雷は慌ててルイズの背中を叩くが、もう遅い。
九鷲は落ち着いたルイズの様子を見て、満足げに頷いた。
「うんうん。やっぱり九鷲酒の酔いには人を幸せにする効果があるのねぇ」
「うるせえ馬鹿!!」
「……美味しい」
「吐け! 味わってないで今すぐ吐け!!」
殷雷は慌ててルイズの背中を叩くが、もう遅い。
九鷲は落ち着いたルイズの様子を見て、満足げに頷いた。
「うんうん。やっぱり九鷲酒の酔いには人を幸せにする効果があるのねぇ」
「うるせえ馬鹿!!」
二人が飲まされたのは、九鷲酒。
地獄の二日酔いによりアルヴィーズの食堂を丸一日休業に追い込んだ、脅威の仙酒である。
地獄の二日酔いによりアルヴィーズの食堂を丸一日休業に追い込んだ、脅威の仙酒である。
……またこのオチか。
今後何かを口に入れる時は、必ず事前に匂いを確かめよう。
そう心に誓う殷雷であった。
今後何かを口に入れる時は、必ず事前に匂いを確かめよう。
そう心に誓う殷雷であった。
それでも飲酒自体を止める気は毛頭無かったりするのだが。
三
昼間だというのに武器屋の中は薄暗く、ランプの灯りによって照らされていた。
店内には剣や槍、甲冑、盾などが所狭しと並べられている。
そんな中、五十がらみの店主は、顔がニヤけそうになるのを必死で堪えていた。
二人連れの男女の内、一人は貴族の小娘。間抜けにも、「武器のことなんて分からないから適当に持ってきて」
などと言っていた。
もう一人は、平民の男。素性は知れないが、恐らく田舎出身の傭兵か何かだろう。
武器の目利きはできるようだが、相場や貨幣価値には疎いと見た。
しかしこの男、並の品では満足してくれそうにない。
ここは正念場だ。……頼むから、余計な口出しはしないでくれよ。
店主は店の端に積まれた剣の山に視線を走らせた。
店内には剣や槍、甲冑、盾などが所狭しと並べられている。
そんな中、五十がらみの店主は、顔がニヤけそうになるのを必死で堪えていた。
二人連れの男女の内、一人は貴族の小娘。間抜けにも、「武器のことなんて分からないから適当に持ってきて」
などと言っていた。
もう一人は、平民の男。素性は知れないが、恐らく田舎出身の傭兵か何かだろう。
武器の目利きはできるようだが、相場や貨幣価値には疎いと見た。
しかしこの男、並の品では満足してくれそうにない。
ここは正念場だ。……頼むから、余計な口出しはしないでくれよ。
店主は店の端に積まれた剣の山に視線を走らせた。
「これなんかはどうでしょう。ウチで一番の業物でさ。魔法が掛かってるんで切れ味も抜群。
ここまでの逸品は他じゃそうそう見つけられませんぜ」
店の奥から店主が持ってきたのは、一・五メイルはあろうかという大剣だった。
所々に宝石が散りばめられ、刀身は鏡のように光を放っている。
殷雷がほう、と声を上げる。
ルイズは殷雷がそれを気に入ったのだと考え、店主に尋ねた。
店一番の業物なら、貴族の従者が持つにふさわしいだろう。
「これ、おいくら?」
店主は指を三本立てる。
「三百?」
「いえいえいえ。三千でさ。新金貨でね。エキュー金貨なら二千」
「高ッ! 庭付き一戸建て買えるじゃない!?」
店主はやれやれと首を振る。
「名剣ってのは城に匹敵するもんですぜ。それが屋敷ですむなら安いもんでしょう」
……ルイズの財布には新金貨で百しか入っていなかった。
残念だが、諦めるしかあるまい。
しかし。
「こいつを買うくらいなら家を買った方がいいな」
そう言ったのは殷雷だった。
「そ、そいつはどういう意味で?」
「魔法のことは俺には分からんし、確かに悪い剣ではないようだがな。
だが、こいつは観賞用だ。実戦向きじゃない」
図星を突かれ、店主がぎくりとする。
「この宝石の一つ一つに、異なる魔法が掛けられているのか?」
「い、いえ……そういう話は」
「ただの飾りか。なら、研ぐ時邪魔になるだけだ。
……金持ちが屋敷の客間にでも置いておくのがふさわしかろう」
店主はがっくりとうなだれた。
ここまでの逸品は他じゃそうそう見つけられませんぜ」
店の奥から店主が持ってきたのは、一・五メイルはあろうかという大剣だった。
所々に宝石が散りばめられ、刀身は鏡のように光を放っている。
殷雷がほう、と声を上げる。
ルイズは殷雷がそれを気に入ったのだと考え、店主に尋ねた。
店一番の業物なら、貴族の従者が持つにふさわしいだろう。
「これ、おいくら?」
店主は指を三本立てる。
「三百?」
「いえいえいえ。三千でさ。新金貨でね。エキュー金貨なら二千」
「高ッ! 庭付き一戸建て買えるじゃない!?」
店主はやれやれと首を振る。
「名剣ってのは城に匹敵するもんですぜ。それが屋敷ですむなら安いもんでしょう」
……ルイズの財布には新金貨で百しか入っていなかった。
残念だが、諦めるしかあるまい。
しかし。
「こいつを買うくらいなら家を買った方がいいな」
そう言ったのは殷雷だった。
「そ、そいつはどういう意味で?」
「魔法のことは俺には分からんし、確かに悪い剣ではないようだがな。
だが、こいつは観賞用だ。実戦向きじゃない」
図星を突かれ、店主がぎくりとする。
「この宝石の一つ一つに、異なる魔法が掛けられているのか?」
「い、いえ……そういう話は」
「ただの飾りか。なら、研ぐ時邪魔になるだけだ。
……金持ちが屋敷の客間にでも置いておくのがふさわしかろう」
店主はがっくりとうなだれた。
「ひゃっひゃっひゃ! 坊主なかなか見る目があるじゃねぇか!」
どこからか、低い男の声がした。
「ここだよ、ここ」
乱雑に積まれた、剣の山からだった。
「まったくこの親父は、ちょいと金持ってそうな客見るとすーぐ適当なモン押しつけようとしやがる。
娘っ子よ。そこの坊主がいなかったらボッたくられてたぜ?」
「黙ってろ、デル公!」
店主が慌てて言葉を遮ろうとするが、もう遅い。
そうこうしている内に、殷雷が声の主を探り当てた。
「……ほぉ」
言葉だけ取ってみれば先ほどと同じだが、その声色は明らかに違っていた。
それは薄手の長剣だった。長さ自体は先ほどの大剣と変わらないが、刀身はこちらの方が細い。
「それ、インテリジェンスソード? ……それとも」
「宝貝ではないようだな」
少なくとも、殷雷と面識はない。
「デル公、とか言ったか?」
「違うわ! 俺様はデルフリンガーよ。覚えとけ」
「俺は殷雷刀だ」
「インライトー……んん?」
剣はしばらく黙りこくった。殷雷を値踏みしているのだろうか。
そして静かに喋り始める。
「おでれーた……おめ、同業者か。しかも『使い手』と来たか!」
「『使い手』?」
「ふん。知らねえのか。まぁいい。坊主、とにかく俺を買え」
ルイズは嫌そうな顔をする。
「か、買うの? こんなボロいのを? ……ま、まぁ、あんたが気に入ったなら良いけど」
「こいつなら、百で結構でさ!」
店主がすかさず口を挟む。やかましい商品を厄介払いできる好機に目を輝かせている。
殷雷はふむ、と少し考え――微笑んだ。
初めて見る優しい表情にルイズは驚く。
そしてその表情に似合う優しい声で、殷雷は言った。
どこからか、低い男の声がした。
「ここだよ、ここ」
乱雑に積まれた、剣の山からだった。
「まったくこの親父は、ちょいと金持ってそうな客見るとすーぐ適当なモン押しつけようとしやがる。
娘っ子よ。そこの坊主がいなかったらボッたくられてたぜ?」
「黙ってろ、デル公!」
店主が慌てて言葉を遮ろうとするが、もう遅い。
そうこうしている内に、殷雷が声の主を探り当てた。
「……ほぉ」
言葉だけ取ってみれば先ほどと同じだが、その声色は明らかに違っていた。
それは薄手の長剣だった。長さ自体は先ほどの大剣と変わらないが、刀身はこちらの方が細い。
「それ、インテリジェンスソード? ……それとも」
「宝貝ではないようだな」
少なくとも、殷雷と面識はない。
「デル公、とか言ったか?」
「違うわ! 俺様はデルフリンガーよ。覚えとけ」
「俺は殷雷刀だ」
「インライトー……んん?」
剣はしばらく黙りこくった。殷雷を値踏みしているのだろうか。
そして静かに喋り始める。
「おでれーた……おめ、同業者か。しかも『使い手』と来たか!」
「『使い手』?」
「ふん。知らねえのか。まぁいい。坊主、とにかく俺を買え」
ルイズは嫌そうな顔をする。
「か、買うの? こんなボロいのを? ……ま、まぁ、あんたが気に入ったなら良いけど」
「こいつなら、百で結構でさ!」
店主がすかさず口を挟む。やかましい商品を厄介払いできる好機に目を輝かせている。
殷雷はふむ、と少し考え――微笑んだ。
初めて見る優しい表情にルイズは驚く。
そしてその表情に似合う優しい声で、殷雷は言った。
「いらん」
そもそも、最初から目当ては剣以外の武器だった。
*
武器屋から出てきたルイズと殷雷を見つめる二つの影。
キュルケとタバサである。
「ゼロのルイズめぇ……プレゼント攻撃とはやってくれるわね」
ギリギリと歯を鳴らすキュルケ。
一方のタバサは我関せずとばかりに読書に集中している。
ルイズたちを探すのには思いのほか難儀し、二人を発見したのは武器屋に入る直前だった。
……それが実はタバサの思いやりであったことを、キュルケは知る由もない。
知らぬが花である。この場合の花というのは、少なくとも薔薇ではない。
だからどうしたという話でもないが。
キュルケは二人の姿が見えなくなった後、武器屋の戸をくぐった。
「へぇ、いらっしゃい……あぁ、また貴族の方か。……はぁ」
店主の声はやけに沈んでいた。
その様子にいきなり気勢を削がれる。
気を取り直して。キュルケは色っぽく微笑む。
「……ねぇ、ご主人。さっきの貴族が何を買っていったか、ご存知?」
店主は、キュルケが期待するような反応は示さなかった。何だこの男。不能者か?
「いえ、特に何も。……はぁ」
そしてまた辛気臭い溜息。
――ふと、気づく。先ほどから何か聞こえる。
地獄の底から漏れる呪詛のような呟き……店の端に積まれた剣の山からだった。
キュルケとタバサである。
「ゼロのルイズめぇ……プレゼント攻撃とはやってくれるわね」
ギリギリと歯を鳴らすキュルケ。
一方のタバサは我関せずとばかりに読書に集中している。
ルイズたちを探すのには思いのほか難儀し、二人を発見したのは武器屋に入る直前だった。
……それが実はタバサの思いやりであったことを、キュルケは知る由もない。
知らぬが花である。この場合の花というのは、少なくとも薔薇ではない。
だからどうしたという話でもないが。
キュルケは二人の姿が見えなくなった後、武器屋の戸をくぐった。
「へぇ、いらっしゃい……あぁ、また貴族の方か。……はぁ」
店主の声はやけに沈んでいた。
その様子にいきなり気勢を削がれる。
気を取り直して。キュルケは色っぽく微笑む。
「……ねぇ、ご主人。さっきの貴族が何を買っていったか、ご存知?」
店主は、キュルケが期待するような反応は示さなかった。何だこの男。不能者か?
「いえ、特に何も。……はぁ」
そしてまた辛気臭い溜息。
――ふと、気づく。先ほどから何か聞こえる。
地獄の底から漏れる呪詛のような呟き……店の端に積まれた剣の山からだった。
「……そうだよな。そうじゃないかなー、とは思ってたんだよな。割りと最初から。
でもまさか、買ってすらもらえないとはなぁ……しかし」
でもまさか、買ってすらもらえないとはなぁ……しかし」
……インテリジェンスソード、だろうか。
「……何、これ?」
「あー、あまり気にしないでくだせえ。あ、ご所望とあらばお売りしやすが。新金貨八十で」
「いらないわ、こんなの」
「……ですよねー」
店主は既に諦観の境地に達していた。
結局、ルイズたちは何しにここに来たのだろう。ついでに自分も。あとタバサも。
「……帰るわ。邪魔したわね」
「またどうぞー……」
最後までローテンションな店主だった。
「……何、これ?」
「あー、あまり気にしないでくだせえ。あ、ご所望とあらばお売りしやすが。新金貨八十で」
「いらないわ、こんなの」
「……ですよねー」
店主は既に諦観の境地に達していた。
結局、ルイズたちは何しにここに来たのだろう。ついでに自分も。あとタバサも。
「……帰るわ。邪魔したわね」
「またどうぞー……」
最後までローテンションな店主だった。
「……今日はもう店閉めるか」
店主はのろのろと立ち上がり、そこにはデルフリンガーだけが残された。
店主はのろのろと立ち上がり、そこにはデルフリンガーだけが残された。
「いいもん。どうせ、いつものことだし。俺一人が涙目になって丸く収まるなら、
いくらでも涙目になるし。別に寂しくなんかないもん。
でもやっぱり――」
いくらでも涙目になるし。別に寂しくなんかないもん。
でもやっぱり――」
魔剣のすすり泣きは、三日三晩続いたとか続かなかったとか。