「ふぅううううむ」
破壊の杖を前にうなるオールドオスマンに、この事件の顛末を報告をしたルイズは始終びくびくしていた。
フーケを取り逃がした上に破壊の杖を原型がかろうじてでしか分からないようににしてしまったのだ。
どんなお叱りが来るのだろうか。
謹慎?それとも……退学!?
「あ、あの……オールドオスマン……」
ついにルイズは耐えきれなくなる。
この張り詰めた空気がどうにかなるのなら、もうどうにでもなれ!そんな気までしていた。
「あ?ああ、わかっておる。2人ともよくやってくれた」
「え?」
未だ眉間にしわを寄せているが、オールドオスマンはぎこちなく笑ってルイズの予想外の言葉を返す。
「そんなに緊張せずともよい。学院の誰もが尻込みしていたというのに、2人はあの土くれのフーケから破壊の杖を取り返したのだぞ?これ以上望みようもあるまい」
「そうなん……ですか」
「うむ。破壊の杖はな、とてつもない……それこそ、ワイバーンをも一撃で倒せるような力を秘めておった。それが土くれのフーケなどに盗まれ、行方不明になったらどうなる?こんなところで座ってなどおられんよ」
オールドオスマンは、黒く焦げた破壊の杖を指先で擦る。
黒い煤の着いた指先と親指を擦りあわせ、さらに眉間のしわを深くした。
「おかげで、フリックの舞踏会も無事開ける。いや、本当に2人ともよくやってくれた」
オールドオスマンの皺も気になるが、そう言われるとそうなのかという気になってくる。
言われてみれば、一介の学生では普通にはできないようなことを成し遂げたのかも知れない。
「わしの方からあとで褒美を出そう。2人とも下がってよろしい」
ルイズは体から力が抜けていくような気がした。。
座り込みそうになる膝に力をいれて、どうにかこうにか立ったままでいられたのが不思議なくらいだ。
もう何もかもが終わった。そんな気持ちでいっぱいだった。
破壊の杖を前にうなるオールドオスマンに、この事件の顛末を報告をしたルイズは始終びくびくしていた。
フーケを取り逃がした上に破壊の杖を原型がかろうじてでしか分からないようににしてしまったのだ。
どんなお叱りが来るのだろうか。
謹慎?それとも……退学!?
「あ、あの……オールドオスマン……」
ついにルイズは耐えきれなくなる。
この張り詰めた空気がどうにかなるのなら、もうどうにでもなれ!そんな気までしていた。
「あ?ああ、わかっておる。2人ともよくやってくれた」
「え?」
未だ眉間にしわを寄せているが、オールドオスマンはぎこちなく笑ってルイズの予想外の言葉を返す。
「そんなに緊張せずともよい。学院の誰もが尻込みしていたというのに、2人はあの土くれのフーケから破壊の杖を取り返したのだぞ?これ以上望みようもあるまい」
「そうなん……ですか」
「うむ。破壊の杖はな、とてつもない……それこそ、ワイバーンをも一撃で倒せるような力を秘めておった。それが土くれのフーケなどに盗まれ、行方不明になったらどうなる?こんなところで座ってなどおられんよ」
オールドオスマンは、黒く焦げた破壊の杖を指先で擦る。
黒い煤の着いた指先と親指を擦りあわせ、さらに眉間のしわを深くした。
「おかげで、フリックの舞踏会も無事開ける。いや、本当に2人ともよくやってくれた」
オールドオスマンの皺も気になるが、そう言われるとそうなのかという気になってくる。
言われてみれば、一介の学生では普通にはできないようなことを成し遂げたのかも知れない。
「わしの方からあとで褒美を出そう。2人とも下がってよろしい」
ルイズは体から力が抜けていくような気がした。。
座り込みそうになる膝に力をいれて、どうにかこうにか立ったままでいられたのが不思議なくらいだ。
もう何もかもが終わった。そんな気持ちでいっぱいだった。
ルイズとその使い魔が部屋を辞したあと、オールドオスマンは羊皮紙を机の上に置き、髭をしごきながら考え始める。
フーケを退けたとはいえ破壊の杖は黒こげ、宝物庫の壁は破壊されている。
下手なことを書けば王宮からの無用な介入を招きかねない。
「ふーーーむ」
書くべき文章を思い描き、唸るオールドオスマンの前でドアがノックもなく開かれ、少女が1人断りもなく部屋の中に入ってきた。
先程までいたルイズの使い魔のベール・ゼファーという少女だ。
「どうしたのじゃ?何か忘れ物でもしたのかね?」
「いいえ。少し、質問したいことがあって。私にはご褒美なんて無いんでしょ?なら、すこし教えて欲しい事があるの」
「ふむ」
オールドオスマンもそこまでは考えていなかった。
使い魔の手柄は主の手柄となる。
故に手柄の褒美は主に与えればいいのだが、この場合は使い魔が人間という珍しい状況である。
使い魔も何かが欲しくなるのも、わからない話ではない。
「よかろう。何が知りたいのかね?」
「虚の属性……いえ、系統と言うものについて」
この数十年、虚無の系統などというものについて聞いてきた者は誰もいない。
オールドオスマンは目の前の少女の真意を探ろうと、その目をのぞき込んだが何もわからない。
未だ少女としか言えないような年齢であるにもかかわらず、その少女の目は真意を隠すことに慣れている目だった。
「何故そのことについて知りたいのかね?」
「興味があるからでは不足かしら」
「ふむ」
これ以上の追求は難しい。それに、追求するほどのことでもない。
そう考えたオールドオスマンは髭をしごく手を止め、椅子に座り直した。
「じゃが、教えたくとも教えられることは極めて少ない。始祖ブリミルの使った伝説の系統。それくらいが関の山じゃ」
「学院長であり、ハルケギニアでも指折りの知恵者であるあなたがそれくらいしか知らないの?」
「言うてくれるな。じゃが、そのとおりじゃ。お前さん風に言えば、知識人を気取っておっても虚無の系統についてはこの程度しかわからぬ。それほどまでに伝説、そして謎の系統なのじゃよ。虚無は」
「ふぅん」
両手を組むベール・ゼファーはわずかの間だけ物思いにふけると、つま先を立てて、くるりとオールドオスマンに背中を向けた。
「いいわ、それで。参考になったから」
「まあ、待ちなさい」
「なにかしら」
「これでだけでは申し分けないからのう。もう一つお前さんに教えられることがある」
オールドオスマンは杖を持ち上げ、ベール・ゼファーの左手の前でぴたりと止めた。
「その左手のルーンのことじゃよ。それはな、ガンダールヴの印。伝説の使い魔の印じゃよ」
「伝説……ね」
「その伝説の使い魔はありとあらゆる武器を使いこなしたそうじゃ。お前さん、武器を使ったことはあるかね?」
「いいえ。ルイズの使い魔になってからは一度も。それに、私は武器なんてあまり使わないし。で、それと虚無とどういう関係があるの?」
「伝説ではガンダールヴを使い魔としたのは始祖ブリミルということになっておる」
そのときになって、初めてベール・ゼファーは左手のルーンを見つめ、右手でその上をなぞった。
「どうじゃったかな。こちらの話は」
「ええ、予想外に参考になったわ。学院長の地位は飾りじゃないようね」
「ほっほっほ。おだててももう何もでんぞ」
それだけ聞けばもう十分だったのだろう。
ベール・ゼファーは毛足の長い絨毯の上を静かに歩き、扉の前に立つと、ノブを回しながら肩越しに振り返った。
「そうそう、ガンダールヴのお礼に私の知っている虚無の話を1つ教えてあげるわ」
「ほう?」
「虚無とは時間と空間をゆがめる力、と言う話」
「初めて聞いたのう。どこの文献からかね?」
扉を開けるベール・ゼファーは、その陰に隠れて答えた。
「虚無とは伝説にして謎。そう言う事よ」
扉の閉まる音と共に少女の姿はその向こうに消える。
「伝説にして謎か。あの少女も謎じゃな」
オールドオスマンはため息を1つつく。
やがて、杖を羊皮紙の上にかざすと魔法を使って王宮への報告書をしたため始めた。
フーケを退けたとはいえ破壊の杖は黒こげ、宝物庫の壁は破壊されている。
下手なことを書けば王宮からの無用な介入を招きかねない。
「ふーーーむ」
書くべき文章を思い描き、唸るオールドオスマンの前でドアがノックもなく開かれ、少女が1人断りもなく部屋の中に入ってきた。
先程までいたルイズの使い魔のベール・ゼファーという少女だ。
「どうしたのじゃ?何か忘れ物でもしたのかね?」
「いいえ。少し、質問したいことがあって。私にはご褒美なんて無いんでしょ?なら、すこし教えて欲しい事があるの」
「ふむ」
オールドオスマンもそこまでは考えていなかった。
使い魔の手柄は主の手柄となる。
故に手柄の褒美は主に与えればいいのだが、この場合は使い魔が人間という珍しい状況である。
使い魔も何かが欲しくなるのも、わからない話ではない。
「よかろう。何が知りたいのかね?」
「虚の属性……いえ、系統と言うものについて」
この数十年、虚無の系統などというものについて聞いてきた者は誰もいない。
オールドオスマンは目の前の少女の真意を探ろうと、その目をのぞき込んだが何もわからない。
未だ少女としか言えないような年齢であるにもかかわらず、その少女の目は真意を隠すことに慣れている目だった。
「何故そのことについて知りたいのかね?」
「興味があるからでは不足かしら」
「ふむ」
これ以上の追求は難しい。それに、追求するほどのことでもない。
そう考えたオールドオスマンは髭をしごく手を止め、椅子に座り直した。
「じゃが、教えたくとも教えられることは極めて少ない。始祖ブリミルの使った伝説の系統。それくらいが関の山じゃ」
「学院長であり、ハルケギニアでも指折りの知恵者であるあなたがそれくらいしか知らないの?」
「言うてくれるな。じゃが、そのとおりじゃ。お前さん風に言えば、知識人を気取っておっても虚無の系統についてはこの程度しかわからぬ。それほどまでに伝説、そして謎の系統なのじゃよ。虚無は」
「ふぅん」
両手を組むベール・ゼファーはわずかの間だけ物思いにふけると、つま先を立てて、くるりとオールドオスマンに背中を向けた。
「いいわ、それで。参考になったから」
「まあ、待ちなさい」
「なにかしら」
「これでだけでは申し分けないからのう。もう一つお前さんに教えられることがある」
オールドオスマンは杖を持ち上げ、ベール・ゼファーの左手の前でぴたりと止めた。
「その左手のルーンのことじゃよ。それはな、ガンダールヴの印。伝説の使い魔の印じゃよ」
「伝説……ね」
「その伝説の使い魔はありとあらゆる武器を使いこなしたそうじゃ。お前さん、武器を使ったことはあるかね?」
「いいえ。ルイズの使い魔になってからは一度も。それに、私は武器なんてあまり使わないし。で、それと虚無とどういう関係があるの?」
「伝説ではガンダールヴを使い魔としたのは始祖ブリミルということになっておる」
そのときになって、初めてベール・ゼファーは左手のルーンを見つめ、右手でその上をなぞった。
「どうじゃったかな。こちらの話は」
「ええ、予想外に参考になったわ。学院長の地位は飾りじゃないようね」
「ほっほっほ。おだててももう何もでんぞ」
それだけ聞けばもう十分だったのだろう。
ベール・ゼファーは毛足の長い絨毯の上を静かに歩き、扉の前に立つと、ノブを回しながら肩越しに振り返った。
「そうそう、ガンダールヴのお礼に私の知っている虚無の話を1つ教えてあげるわ」
「ほう?」
「虚無とは時間と空間をゆがめる力、と言う話」
「初めて聞いたのう。どこの文献からかね?」
扉を開けるベール・ゼファーは、その陰に隠れて答えた。
「虚無とは伝説にして謎。そう言う事よ」
扉の閉まる音と共に少女の姿はその向こうに消える。
「伝説にして謎か。あの少女も謎じゃな」
オールドオスマンはため息を1つつく。
やがて、杖を羊皮紙の上にかざすと魔法を使って王宮への報告書をしたため始めた。
フリッグの舞踏会。
それは、学院の生徒なら誰もが楽しみにし、またそのための準備に余念の無かったイベントである。
この日のために、新しいドレスを新調したものもいれば、この日こそはあの人に告白しようと贈り物を用意した生徒もいる。
そして、この舞踏会で誰が最も多くの殿方を惹きつけるかと言うことは、多くの女生徒達の興味とするところであった。
大方の予想通りそのトップはキュルケであったが、彼女に並ぶ2人は女生徒たちにまさか、と思わせるような2人だった。
その1人であるルイズはすでに10人以上の相手と踊ったあとで、今は壁際に置かれた椅子に体を預けていた。
「どうぞ」
ルイズの前に立ったのは、ルイズと共に同数二位のベール・ゼファー。
両手に持ったワイングラスの片方をルイズに渡す。
ちょうど喉も渇いていたルイズは受け取ったグラスの中の赤い液体を一息で飲み干してしまう。
「あら、じゃあもう一杯飲む?」
「いただくわ?で、あなたはこんな所にいていいの?ダンスのお誘いがあるんでしょ」
「いいのよ、そんなの。私もダンスには飽きてきたところだし、ご主人様の相手をしなければならないと言えば、男達を追い払えるわ」
「ふーん」
そういえば、少し周りを見てみると男達が声をかける機会をうかがっている。
もう少し休むのに、ベルと話しているのもいいかもしれない。
「まあ、そうしているとベルも大公殿下に見えるものね」
今のベルはどこから持ち出したのか、黒を基調にした実に豪華なドレスに身を包んでいる。
ベルのどこか人間離れして妖しい魅力をさらに引き立てる光を吸い込むような真黒のドレスは、
ルイズも見たことがないほどに高級な生地で作られている。
しかもベルのドレスは全く彼女の動きを妨げず、それなのに体に吸い付くように離れない。
つまり、このドレスは腕のいい職人が彼女のためだけに仕立てたと言うことになる。
それほどのものを手に入れるには、余程に身分と財力が必要になる。
「誰が見ても大公で通せるわよ」
「通せるじゃないの。本当に大公だって言ってるでしょ」
「はいはい」
それでも、そんなことは絶対にないとルイズは確信している。
大公殿下がこんなところに来たとあっては大騒ぎになってしまうこと間違いなしだが、そんな話は全く聞かない。
「それでルイズ。気分はどう?」
「ん……悪くないわね」
ルイズが土くれのフーケの犯行を阻止したという話はいつの間にか学院中に知れ渡っていた。
捕縛に至らなかったとはいえ、誰も止めることすらできなかったフーケの犯行を止めたのだ。
ルイズの評価はこの1日でぐんと上がったと言っていい。
さらに誰も予想もしていなかったドレス姿とも相まって、何人もの男がルイズの前で跪き、ダンスを求める。
気分が悪いわけはない。
「今日はベルもがんばってくれたものね。お礼は言っておかないとね」
「あら、こう言うときに使い魔としてはどう言えばいいのかしら。お褒めにあずかり恐悦至極、と言うところかしら」
ぴくりとルイズの感覚が閃く。
ベルがやけに殊勝なことを言っている。これはベルがルイズをからかいに来る前兆だ。
今日ばかりは何故か鋭く感じる。お酒のせいかもしれない。
だからルイズはここで先手を打つことにした。
「それに、ベルのこともだいぶんわかってきたし」
「へえ、どんな風にわかったの?是非教えて欲しいわ」
鼻先が触れ合うほどに近づいてきたベルの顔はいつもと同じように笑っている。
ルイズは、もう一杯のグラスのワインを開けるとベルの真似をして笑ってみた。
「あなたって、ゲームだのハンデだのって言ってるうちに負けたり失敗したりって事がよくあるでしょ」
ぴしり。
そんな、冬の水たまりにできた氷が割れたときのような音がした。
ただし今、凍っているのは水たまりではなくベルの顔である。
「昨日の夜はゲームだって言っているうちに、ゴーレム逃がしちゃうでしょ。今朝は犯人探そうとして結局何もできそうになかったし。あのとき、ロングビル……じゃなくてフーケが飛び込んできてなかったら結局ダメだったでしょ」
「あ、あれは……」
ベルの声には余裕がない。
朝と同じだ。
ルイズの背中にはまた、ぞくぞくと何とも言えない感触が走る。
その感触のままにルイズは言葉をさらに並べ立てた
「最後もゴーレム倒すとこまで追い詰めてたのに逃がしちゃったし」
「それは……」
「おまけに破壊の杖まで黒こげにしちゃうし」
「い、言わないでよっ」
「ねえ、ベル……あなた、ツメが甘いってよく言われない」
「言わないでっていってるでしょ!」
突然ベルはルイズに猛然と掴みかかる。
どこに掴みかかったかというと、具体的に言えばルイズのほっぺただ。
むにむにぽにぽにぎゅーぎゅーぎゅー
「ふぼひはほね(図星なのね)!」
「言わないでって事を言う悪い口はこれ?」
ルイズも負けてはない。
グラスを投げ捨てると、ベルに敢然と立ち向かった。
どこに立ち向かったというと、具体的に言えばベルのほっぺただ。
ぱにぱにもちもちぎゅーぎゅーぎゅー
「ほんほのほほひゃひゃい(ほんとの事じゃない)」
むにむにぽにぽにぎゅーぎゅーぎゅー
「ひうはー(言うなー)」
ぱにぱにもちもちぎゅーぎゅーぎゅー
会場の目はルイズとベルに集まるが、2人が何をしているかはわからない。わかるはずもない。
なかには2人が珍しいダンスを始めたとすっとこどっこいな勘違いをする輩まで出たほどだが、概ねみんなの意見は一致していた。
キュルケの口を借りて言うとこうなる。
「なにやってんのよ。あの2人」
そして、2つの月も遙か高い夜空の上からただ静かに2人を見つめていた。
それは、学院の生徒なら誰もが楽しみにし、またそのための準備に余念の無かったイベントである。
この日のために、新しいドレスを新調したものもいれば、この日こそはあの人に告白しようと贈り物を用意した生徒もいる。
そして、この舞踏会で誰が最も多くの殿方を惹きつけるかと言うことは、多くの女生徒達の興味とするところであった。
大方の予想通りそのトップはキュルケであったが、彼女に並ぶ2人は女生徒たちにまさか、と思わせるような2人だった。
その1人であるルイズはすでに10人以上の相手と踊ったあとで、今は壁際に置かれた椅子に体を預けていた。
「どうぞ」
ルイズの前に立ったのは、ルイズと共に同数二位のベール・ゼファー。
両手に持ったワイングラスの片方をルイズに渡す。
ちょうど喉も渇いていたルイズは受け取ったグラスの中の赤い液体を一息で飲み干してしまう。
「あら、じゃあもう一杯飲む?」
「いただくわ?で、あなたはこんな所にいていいの?ダンスのお誘いがあるんでしょ」
「いいのよ、そんなの。私もダンスには飽きてきたところだし、ご主人様の相手をしなければならないと言えば、男達を追い払えるわ」
「ふーん」
そういえば、少し周りを見てみると男達が声をかける機会をうかがっている。
もう少し休むのに、ベルと話しているのもいいかもしれない。
「まあ、そうしているとベルも大公殿下に見えるものね」
今のベルはどこから持ち出したのか、黒を基調にした実に豪華なドレスに身を包んでいる。
ベルのどこか人間離れして妖しい魅力をさらに引き立てる光を吸い込むような真黒のドレスは、
ルイズも見たことがないほどに高級な生地で作られている。
しかもベルのドレスは全く彼女の動きを妨げず、それなのに体に吸い付くように離れない。
つまり、このドレスは腕のいい職人が彼女のためだけに仕立てたと言うことになる。
それほどのものを手に入れるには、余程に身分と財力が必要になる。
「誰が見ても大公で通せるわよ」
「通せるじゃないの。本当に大公だって言ってるでしょ」
「はいはい」
それでも、そんなことは絶対にないとルイズは確信している。
大公殿下がこんなところに来たとあっては大騒ぎになってしまうこと間違いなしだが、そんな話は全く聞かない。
「それでルイズ。気分はどう?」
「ん……悪くないわね」
ルイズが土くれのフーケの犯行を阻止したという話はいつの間にか学院中に知れ渡っていた。
捕縛に至らなかったとはいえ、誰も止めることすらできなかったフーケの犯行を止めたのだ。
ルイズの評価はこの1日でぐんと上がったと言っていい。
さらに誰も予想もしていなかったドレス姿とも相まって、何人もの男がルイズの前で跪き、ダンスを求める。
気分が悪いわけはない。
「今日はベルもがんばってくれたものね。お礼は言っておかないとね」
「あら、こう言うときに使い魔としてはどう言えばいいのかしら。お褒めにあずかり恐悦至極、と言うところかしら」
ぴくりとルイズの感覚が閃く。
ベルがやけに殊勝なことを言っている。これはベルがルイズをからかいに来る前兆だ。
今日ばかりは何故か鋭く感じる。お酒のせいかもしれない。
だからルイズはここで先手を打つことにした。
「それに、ベルのこともだいぶんわかってきたし」
「へえ、どんな風にわかったの?是非教えて欲しいわ」
鼻先が触れ合うほどに近づいてきたベルの顔はいつもと同じように笑っている。
ルイズは、もう一杯のグラスのワインを開けるとベルの真似をして笑ってみた。
「あなたって、ゲームだのハンデだのって言ってるうちに負けたり失敗したりって事がよくあるでしょ」
ぴしり。
そんな、冬の水たまりにできた氷が割れたときのような音がした。
ただし今、凍っているのは水たまりではなくベルの顔である。
「昨日の夜はゲームだって言っているうちに、ゴーレム逃がしちゃうでしょ。今朝は犯人探そうとして結局何もできそうになかったし。あのとき、ロングビル……じゃなくてフーケが飛び込んできてなかったら結局ダメだったでしょ」
「あ、あれは……」
ベルの声には余裕がない。
朝と同じだ。
ルイズの背中にはまた、ぞくぞくと何とも言えない感触が走る。
その感触のままにルイズは言葉をさらに並べ立てた
「最後もゴーレム倒すとこまで追い詰めてたのに逃がしちゃったし」
「それは……」
「おまけに破壊の杖まで黒こげにしちゃうし」
「い、言わないでよっ」
「ねえ、ベル……あなた、ツメが甘いってよく言われない」
「言わないでっていってるでしょ!」
突然ベルはルイズに猛然と掴みかかる。
どこに掴みかかったかというと、具体的に言えばルイズのほっぺただ。
むにむにぽにぽにぎゅーぎゅーぎゅー
「ふぼひはほね(図星なのね)!」
「言わないでって事を言う悪い口はこれ?」
ルイズも負けてはない。
グラスを投げ捨てると、ベルに敢然と立ち向かった。
どこに立ち向かったというと、具体的に言えばベルのほっぺただ。
ぱにぱにもちもちぎゅーぎゅーぎゅー
「ほんほのほほひゃひゃい(ほんとの事じゃない)」
むにむにぽにぽにぎゅーぎゅーぎゅー
「ひうはー(言うなー)」
ぱにぱにもちもちぎゅーぎゅーぎゅー
会場の目はルイズとベルに集まるが、2人が何をしているかはわからない。わかるはずもない。
なかには2人が珍しいダンスを始めたとすっとこどっこいな勘違いをする輩まで出たほどだが、概ねみんなの意見は一致していた。
キュルケの口を借りて言うとこうなる。
「なにやってんのよ。あの2人」
そして、2つの月も遙か高い夜空の上からただ静かに2人を見つめていた。