首吊り気球

登録日:2016/05/07 Sat 22:21:00
更新日:2025/04/22 Tue 08:54:36
所要時間:約 4 分で読めます






これから我々は一体どうすればよいのか…

…この化け物たちに手を出せないとすれば一体どうすれば……



『首吊り気球』とは『富江』や『うずまき』で知られる伊藤潤二の短編漫画作品。
『月刊サスペリア』94年1月号に初掲載。それ以降は複数の作品集に収録されている。


【概要】

伊藤潤二の作品といえば、不条理で奇妙な世界観を巧緻なペン遣いで紡ぎ出し、とにかく普通ではない奇抜な舞台設定に基づく奇妙な世界が描かれるのが特徴。
また、シュールになりすぎて笑えるレベルにまで至っている作品も少なくない。

そして本作はそんな点が遺憾なく発揮されており、加えてとにかく怖いことで有名なタイトルの一つ。
概要だけを説明するとシュール極まりない……が、悪趣味で不条理な世界が無駄にリアルに、且つ練り込まれた演出で描かれているためか、実際に読んだ時のどうあがいても絶望感が凄まじく、それが本作の評価を不動のものとしている。


【物語】



※以下ネタバレ注意


……物語は主人公・和子の回想から始まる。

その奇妙な事件は、クラスメートにして親友でもあった、人気アイドル藤野輝美の自殺から始まった。

自宅マンションの外壁に引っ掛けたワイヤロープで首を吊る……という、不自然な形で自殺をした彼女。
その死に様はクラスメートやファンに強い衝撃を与えた。

やがて、輝美の後を追うかのような奇妙な自殺や失踪が相次いで発生。テレビはそれを熱狂的なファンの後追いと報道した。
更には輝美の幽霊までもが目撃され始める。
それも、宙に浮かぶ巨大な生首という異様な姿で……。

そんな中、和子は輝美の恋人だった晋也から、毎晩のように輝美の幽霊が自分の庭に出現していると聞かされる。

そして、ある夜。
晋也からの電話を受けて家を出た和子は、輝美の巨大な生首に誘われるようにして晋也が首を吊って死ぬのを目の前で目撃する。
それだけでもショックだが、和子はハッキリと姿を現した晋也の首を吊ったモノを見て悲鳴をあげる。

何故ならそれは首吊りワイヤーをぶら下げ、虚ろな目をした晋也自身の巨大な生首だったのだ……!


【登場人物】

■森中和子
本作の主人公。
物語は彼女の回想として語られる。
回想であることを活かした導入と結末の描き方が秀逸。

■藤野輝美
人気急上昇の中で不可解な自殺をしたアイドル。
和子の親友だった。*1

■白石晋也
輝美の恋人だが、彼女が芸能界デビューしてからは疎遠になっていた。
……しかし、お互いに想いは寄せあっていたようで、それが結局は晋也を強烈に死に導いてしまった。

■洋介
和子の弟。
調子もいいが勇気がある少年。
を使って一度は気球から逃れるが……。

■和子の父親
主人公とその弟・洋介の父親。
首を腕でしっかりとガードすることで気球を避けようとするが、奮闘空しく力ずくで犠牲となってしまう。
……正直、彼が対策を練って外出を決意してから犠牲になるまでの一連の流れは突っ込みどころが多い。
漫画的には悲惨なシーンなのだが、この一連のシーンでホラー漫画として見られなくなったという読者も。

■和子の母親
主人公とその弟・洋介の母親。
出番も短くこれといって特徴は無いが、最後は心労から気球に身をゆだねてしまった。

■チハル
妙子、みゆきと共に和子の親友。
妙子とみゆきが生首=気球に殺されてしまった後も和子と逃げていたが、読者に絶望的な事実が開示される展開の中で衝撃的なを迎える。


【気球】

輝美や晋也を殺した「犯人」(?)にして、突如として出現し人々を襲ったモノ。
何のためにいつ現れ、誰の仕業によるものなのかも一切不明。
姿は人間の巨大な生首そのもので、下にぶら下げた首吊りワイヤーで自分と同じ顔をした人間に接近して首を吊らせようとする。
襲いかかってくる際の狂気に満ちた表情は必見。
“気球”というだけあって、穴を開ければガスが抜けたり、簡単に引火したりするので壊すこと自体は容易い。
……だが、厄介なのは“気球”を殺すと、同じ顔をした人間もまた、同じ死にかたをしてしまうと云うこと。
エゲつないことに、知能を持つばかりか同じ顔をした人間の記憶もそっくり引き継いでいるらしく、それを利用して協力したり、声真似などまでしたりして獲物を誘き出そうと狙う。
……終盤。正体を知った下校中の和子を襲ったのを皮切りに、大挙して“気球”が飛来してくる絶望的な展開は凄まじいの一言。
トラウマになりかねないほど怖い。
また、輝美と晋也の気球がキスをする誰得なシーンもある。


【映画】

2000年に『伊藤潤二 恐怖collection 「首吊り気球」』として映像化。

原作とは違い、アイドルと主人公(和子)は赤の他人。
幽霊の噂が立った際の元ネタとして、原作と同じ内容の漫画が登場する。

アイドルが微笑みながら自らロープに首をかけるシーンから始まり、
和子たちが下校中、漫画内の4つの気球が飛んでくるシーンを読んでいると、同じように気球が飛来。

逃げているところに父親(根津甚八)が助けに来るが、和子の気球を攻撃し破裂させてしまったため、和子も死亡。
「和子、見てろよ、、」と父親が火の海となった東京で、大量に浮かぶ気球を銃で攻撃するシーンで終了。

全体的にテンポが早く、妙にノリが良い音楽が流れるので、おどろおどろしさはあまりない。
音楽はゲーム会社であるタイトーのサウンドチーム「ZUNTATA」が担当しており、サウンドトラックも発売されている。


【余談】

【『首吊り気球・再来』】

2015年の年末に『Nemuki+2016年1月号』に掲載された、まさかの本作の続編。
『首吊り気球』のラスト後の世界での話で、6ページほどの短編漫画。
実は本編後も日本の空に気球は漂っていたが、三週間もすると気球の数は徐々に減り、一か月後にはひとまず上空から消えたらしい。
とりあえずあの絶望的な状況に置かれた人類も最悪の展開は免れたようだ。
また、この短編では気球の意外な事実が描かれる。


【首吊り気球・出現(?)】

2021年7月、東京都渋谷区の代々木公園に、人の顔を模した気球が出現。
これは現代アート作品で、もちろん首を吊らせようとはしないものだが、その様子にネットでは「本作を思い起こした」との声が多く聞かれた*2
また出版元もそれをキャッチして期間限定で全編無料公開に踏み切り、ちょっとしたリバイバルブームの様相を呈することとなった。




追記修正は自分の“気球”から逃げつつお願いします。

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最終更新:2025年04月22日 08:54

*1 物語は輝美の死から始まるが、なぜ彼女が最初に狙われたのか、そもそも彼女が本当に最初の犠牲者だったのかどうかは不明。

*2 ちなみに西川貴教アニキは「女型の巨人がいる」とTwitterに投稿していた。